「静かな退職」を巡る補足とリーダーシップ
こんにちは、遠藤克樹です。 井上健一郎の組織マネジメント研究所、 井上先生、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いしまーす。 さあ、ということでね、今日も行きましょう。
ということですけれども、質問いきなりいきますかね?
あのー、 前回話したことで、収録後で遠藤さんと話しててね、
その部分をちゃんと伝わってたら、 言ったほうがいいよね、なんていうことも言ってたので、
ちょっとその部分を補足しておきましょうかね。
静かな退職の話が前回ありまして、 おさらいも含めてですけど、
静かな退職というのは、実際に退職するんじゃなくて、
仕事への熱意とか、やる気、エンゲージメントみたいなのを低下させて、
必要最低限の業務のみを淡々とこなす、 働き方のことを言うらしいと。
いうような人たちが最近すごく多いという印象があるけれども、
そういった静かな退職状態をどう捉え、 どう関わっていくのが健全ですかね、
というご質問をいただきましたという背景でしたよね。
で、ちょっと私の話としては、
そういう部下の人に対してどう扱うかな、みたいな話が、
領域が多かったんだと思いますね。
でもその前、収録後に遠藤さんと話しててね、
静かな退職者っていうのが部下にもって、
そのために上司の熱が下がっていっちゃうようなことのほうが、
問題かもしれないですねって話が出てね。
そうですね。
遠藤さんが松下幸之助さんの話とかを例にとって、
松下さんだったらどう言ったんでしょうねって言ったときに、
いや面白いね、あの遠藤さんが言ったときに、
お前はどうかわかんないけど俺は関係ねえよって言うぐらいに、
やっぱり自分の進む道に進んだんじゃないかって。
結果的にその熱量でもってその火種がこっちがついちゃうってことが起きるんで、
結局部下によって左右されてしまう火種ということのほうが、
問題になるのかなっていうのも一方で、
自分事として考えるとあるのかなって話をちょっとしてたんですよね。
そうそう。すごく大事なポイントだからちょっと補足したいなあってね、
私は補足をいたしました。
そうなんです。そういったね、やっぱりリーダーの人たちがね、
己が信じるものとか進みたいものみたいなね、
そういう情熱を冷めない、むしろ帰ってむしろ燃え上がらせる。
逆境ではないですけど。
ぐらいのほうがいいのかもねって話でしたね。
いう話もね、大事なポイントだったと思います。
組織における感情の適切な扱い方
ということで今日も早速質問に行きたいと思いますが、
いろいろですね、なんかこう似たような、質問はまるで違うんですが、
なんとなく似てるなという傾向がすごいなんか感じませんか?
感じます。すごく感じます。
ねえ、そんな中でなんですけど悩んだ結果、
今日はちょっと感情の話に行きたいなと思っております。
はい。
テーマ、タイトルがですね、
組織における感情はどこまで扱うべきですかという質問でいただいております。
ありがとうございます。行きましょう。
最近、感情を扱うマネジメントが語られる一方で、
どこまで踏み込んでよいのか迷いがあります。
共感しすぎて線引きができなくなってしまう。
突き放すと冷たいと言われる。
組織において感情を扱うことの適切な距離感は、
どのように見極めればよいでしょうか?
はい。
組織において感情を取り扱うということがどのぐらいかっていうことで言うと、
感情自体を扱うということが目的ではなくて、
やっぱり人なので感情が湧きますねと。
人がやっぱり前向きに仕事を進めるにあたって、
マイナス感情を持っていたら、
それだけで前に進む力は限りなく現実るだろうということなので、
前向きになるとか前に進む力を高めるためには、
やっぱりマイナス感情をちゃんと理解しなきゃいけないし、
で、片方でプラスな感情が湧くような工夫も必要だよねということですね。
おそらくこの質問者の方も、
感情をどこまで扱えばいいんだろうかっていうところで言うと、
ポジティブな感情ではなくて、
ネガティブな感情の扱い方で悩まれてるんじゃないかなという気がしますね。
おお、なるほど。
どうしたかと言うと。
で、やる気になっててね、
いや面白いんですよこの衝動とか言ってる人に対しては、
決して感情いいねいいねそれでいいよねなんて言ったって、
何の問題も起きないと思うんですよね。
確かにあえて線引きする必要もないですもんね。
だけどマイナス感情が起きてるっていうことは、
とても大事なことなんだけど、
そこをあまり扱いすぎると、
なんか統制が効かなくなるんじゃないかみたいな心配もあるでしょう。
で言うとね、やっぱり感情をどう扱うかは、
大事なことは感情自体がなぜ起こってるかなんですよね。
だから同じものを見ても、
笑っちゃう人もいれば泣いちゃう人もいる、
怒っちゃう人もいるみたいに、
やっぱり感情の一個手前に捉え方があるわけですよ。
その事象をどう捉えたからどういう感情が起きたか。
っていうことで言うと、
どう捉えたかをわかってあげるってことが、
まず基本の木かなと思います。
なるほど。現実は一つじゃないですからね。
なので、なんて感情を扱ってるかというと、
その捉え方っていうのが、いろんな滝にわたっているのに、
そこに触れずに、こうあらねばならないだけ持ってっちゃうと、
全然違う捉え方をしたら、
具体的な行動向きが変わっちゃうはずなんですよね。
だから捉え方、この人はどういう捉え方をしているのかが大事。
その結果この人は怒っちゃったはあるんだけど、
そんなに怒るなよって怒ることを扱うよりも、
そういうところから考えたんだねっていう、
そこのどう捉えたかを理解すること。
で、やったとしたら、
君が納得するとしたら、
こういうやり方だったらどうなのかな、
なんていう次の話にもなるでしょう。
ということで、怒ってるから、
怒らないようにするためにじゃなくて、
なんで怒ったのかっていうことに触れていくってことですね。
それと、特にその辺が大事なのは、
チームとか組織の向かっている方向に対しての、
それぞれがどう捉え、どういう感情が起きてるかっていうことは、
ある意味丁寧に扱った方がいい。
だけど、例えばですよ、
2人の部下、AさんとBさんが仲が悪くて、
お互い嫌いだみたいな感情をどう扱うかって、
あまり扱いすぎても、
もっとマイナス効果が起きる可能性がある。
変に上司が間に入りすぎちゃって、
収拾つかなくなるっていうこともなくはない。
ただ、誰かが間に入ってあげないと、
仲の悪い2人が連携することはないので、
そこは冷静に上司がハブになってあげる必要がある。
ただそのときに、あまり感情感情感情って言うと、
深みにはまる可能性もあるので、
やっぱりさっきも言った、
何をどう捉えてるのかは理解してあげることはベースだけど、
いやでも私たちがやらなきゃいけないことはこういうことなのでっていう、
ここはある種感情扱いよりは、
論理性合理性みたいなのを前に出さなきゃいけないのかもしれないですね。
組織ですからね、難しいとこですよね。
単純に仲の悪い2人、
組織の方針目的進む方向に対して、
完全に阻害要因となっている場合には、
ちょっとどうすんだって話に介入必要かもしれませんけど、
これあれですね、この話するといつも思うんですが、
じゃあその組織の方針っていうものが共有化されてないからこそ、
マイナスの感情でぶつかりがちっていうのも起きたりというのもあるじゃないですか。
ありますね。
よく見るのはお互いベテランでね、
自分のやり方っていうのがあって、
で、そんなやり方するんですか?みたいなこととかで、
なんかちょっと違う?違うなーっていうスイッチがガチャンって入る。
とかね。
指示命令されるような立場じゃないのに指示命令されるとかね。
なんかそんなことでしょうね。
だからまあ、指示命令される立場じゃないのに指示命令されるっていうので、
嫌いなあの人っていうのは、今言った指示命令されるはずの相手ではないんだっていうのが前提。
そこが捉え方のポイントになるので。
そこは、例えば上司が間に入ったときにも、それはあなたがそう思うのはよくわかるよと。
だけどBさんは何を言おうとしたかっていうと、こういうことが言いたかったってことなんだけど、それはどう思うの?っていうようなふうに入ってあげる。
なんかこう。
少なからずその感情が起きた場合に、
その感情の背景となるものが何なのかという理解はやっぱり、
大前提としてないと、話が始まらないんですかね。
そう。
だからやっぱり感情のときの前に、さっき言ったね、どう捉えたかっていう中にはね、非常に言語化できない捉え方っていうのがあるんですよ。
つまり感じる。
考えたじゃなくて感じたっていう。
なんとなくってやつ。
そうそう。なんとなく偉そうとかね。なんとなくって感じることもあるのでね。
なんかわかるでしょって言いたくなるやつですよね。なんでわかんないの?みたいな。
まあでも、そういうところまで、場合によってはね、その人の成長のためにそこの捉え方っていうのは、
少し変えてあげたほうがいいなと、変えたらもっといいのになーなんていうときは、
少し深掘りしたような話にまでいってもいいけど、
あまりそこに時間をとって扱いすぎているがゆえに、さっきから言うように、逆に深めにはまる。
なんでわかってくんないんですか?みたいなモードにどんどん入ってっちゃう可能性もなくないので、
そこは注意しましょうっていうのは一言添えておかないといけないかなと思います。
組織方針の共有と感情の対立
井上先生、この辺ってどう考えるんですか。
先ほどの会社の方針が明確で教育化されていれば、
確かにそのもとにこれはおかしいよねっていう共通のもとに違和感とか怒りに対してその背景を語り合ったときに、
でも俺らここは一緒だもんね、が語れるじゃないですか。
それがないと寄って帰る場所がなくなるので、多分これが普通だと思うんですよね。
よくあるでしょ。
なんで感情が感情のままで背景はわかったけど、そんなもん知らねーよっていうところに落ちてしまい、
その先進まないっていうこのジレンマ。
今遠藤さんが言ってくれたような、
やっぱり方針みたいなのが、どこを軸に考えるのっていうことは、
やっぱり組織は作っておかないと、
示していたり、みんながわかっていないと、
そのズレがどこなのかがわかんなくなっちゃうんですよね。
そうですよね。
寄ってたくつものが違ったら、ズレもクソもそもそも軸がずれてるから。
世界が違うって思っちゃいますよね。
だから土俵違うよねっていう話になっちゃうので、
そうじゃなくて、同じ土俵で立ったとしたらどうなの?
でもそれでも違いがあるでしょうと。
であればね、あんまり感情的な部分が、
どんどん強力になる、強くなるっていうことはあんまりないとは思いますけどね。
確かにね。
感情情報の活用と人間関係性の配慮
ただこの方が感情を扱うってことはどこまで大事かっていうことで言うと、
もう一回整理すると、
チームの方向性とか、それから落とし込んだときの具体的なやり方とか、
行動っていう部分を決めていくというか、
そこをみんなで統率していくような段階においては、
感情っていうのは、それをどう捉えてどう考えてるか、
どう感じてるかってことは大事な情報なので、
そこは丁寧に扱ってくださいねっていうのが一つ。
ただ個人個人が人間関係性の中で感じてるもの、
それがチーム運営の疎外要因になってるかなってないかは、
ひとつまた判断基準なんですけど、
疎外要因になってるとすれば、
どっかで間に入って、それぞれがどう思ってるかという、
相手に間に入ってお互いを通訳してあげるようなことも必要なので、
その部分でも、感情っていう、
怒りだとか悲しみとかっていう感情だけではなくて、
どうしてそんなふうに感じるのっていうところに、
入っていく必要はやっぱりあるでしょうねということですね。
というわけで、これはもう人間の話なのでね。
相互の共感関係の重要性
単純じゃないですが、非常に重要な。
なんかこういった質問最近増えてますね。
でね、今言ったことも聞いてるけど、
このポッドキャストで私の話なんか一生懸命聞いてくれてる方はね、
やっぱり共感が大事なんだなーなんて感じてる方もいるでしょう。
でね最近ね、今みたいな話もそうなんですが、
前回の話もちょっとつながるんですけど、
上司が部下のことに対して共感してあげるってとても大事なんだけど、
もう一個ね私大事だなーってあまり言ってなかったなーと思ってることが一個あって、
部下に共感してもらうってことも大事なんだと思うんですよ。
あ、自分が?上が?
自分のことを部下に共感をもって捉えてもらうっていうことも大事なので、
要はどういうことかというと、
自分はどういうことを思っていて、
こういうふうにしたい。
なので今回についてはこういうふうに感じるよ、みたいな。
そういう自分の感じ方、感情とまでは言えない。
感じ方、考え方までいかなくてもいいから、
いや楽しそうなんだよと思うんだけどどうでもいいから、
そういうことは提示して、
部下がいやそういうふうに考えるんだったら確かに楽しそうですよね、
っていうふうに共感してもらうっていう場面も大事になってきてるんじゃないかな。
なるほどね、上から下とか下から上だけじゃなくて相互の関係ということですね。
なんかその辺は感じますね。
なるほど。
ということでね、
ちょっとこの辺りはいろんな皆様からの質問を通して、
いろいろ可視化していきたいなと思いますので、
今日の話を受けましてまた具体的に質問ありましたら、
ぜひぜひ具体的にいただけますと、
一緒に考えていきたいなというふうに思っております。
ということで終わりましょう。
夢先生ありがとうございました。
ありがとうございました。
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