前回はダンスイベントに参加したときの話をしていましたが、その直後から、いろんなことが突然動き始めた1ヶ月でした。
何が起きていたのか?お聞きください
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サマリー
この1ヶ月は、ダンスイベント参加直後から、体調不良を挟みつつも、本業の教室協会でのセミナー準備、別のコミュニティでの講座募集、そして放置していた副業からの思わぬ報酬発生と、複数の方面で物事が急に動き出した怒涛の日々でした。さらに、次女の出産が控えていることもあり、多忙な日々が続きます。この状況変化の中で、他人の意見に左右されず、自分の直感を信じて行動することの重要性を語り、自身の経験から学んだ教訓を共有しています。
怒涛の1ヶ月の始まり
IKUKO Labo ワンダーランド
このポッドキャストは、私の音声日記です。
毎日の暮らしの中で気になったあれこれを、気ままにおしゃべりしています。
よかったら、最後までお聞きください。
こんにちは、IKUKO Laboの金田イクコです。
8月13日木曜日の午前8時58分に収録をしております。
なんとなんと、前回配信が7月13日でしたので、ちょうどぴったり1ヶ月ぶりということになります。
この間何をしていたのかということ、これから何が起きるのかということ、ちょっとお話ししたいなと思って収録を始めました。
まずね、前回配信が何だったかというと、7月12日の日に名古屋のダンスイベントに行ったよっていう話ですね。
その時の感じた感覚をお話ししたのが前回配信だったと思います。
その翌週、翌週、そうですね、次の日ぐらいからなんとなく体調がおかしくて、それで水、木、金あたりで微熱が出て、
特に何にも症状はないんですけど、体がだるくて、風邪ですか?みたいな感じで、
ダンスのレッスンを休んだりとか、あとあれですよ、実家の方に戻って高校のバレエ部の闘争会に一泊で参加するみたいな話もキャンセルしまして、
結構一週間ぐらいグダグダとしておりましたという、そういうことを挟んでですね、その翌週は突然、本業の落室協会の方で、
講師の資格を取られた先生たち向けに、どうやって教室をやるとか、お金を稼いでいただく方法ですかね。
それをセミナーというか、何かサポートしないといけないよねっていう話はだいぶ前からあったんですけど、いよいよそれを始めようということになって、
風邪で体調が悪かったのが収まってきたタイミングで、告知をして、2、3受けてみたいなっていう方がいらっしゃったので、個別にそれぞれ説明会というかヒアリングとかして、
ということをしておりましたのが、7月の最終週あたりです。つまり新しいセミナーをやる準備をしてたってことですよね。
で、あれはいつだったかな。ほぼ同じ、同じじゃないや、別の講座なんですけど、別のコミュニティで募集をしておりましたところ、そちらからも申し込みが入って、
想定外の申し込みだったので、こちらも慌てるみたいな感じで、とにかく7月の最終週にポコポコっと私の新しいマーケティング系の講座を受けたいっていう人が現れ、その対応に追われたということが起きてました。
加えて、私このポッドキャストで何回かはちらちらお話ししてると思うんですけど、副業というか、最近全くノータッチなんで裏業みたいになっているお仕事が一つありまして、ほぼ5年ぐらい放置してるんですけど、おかげさまで毎月ちょっとずつ報酬は入っていたんですね。
お小遣い程度かな。でもないよりあった方がいいじゃない。それを5年ぐらい受け取り続けてきて、自分何もしてないっていう、そういうお仕事が一つあるんですけど、こちらにとある方をおつなぎしたら、そこでその方がその製品を購入されまして、
その話を聞いた別の人が、そういうことなら私もとか言って、ぽこぽこぽこっといくつも注文が入るというか登録がありまして、これが7月の30日と31日の話、2日間。
これによって私にも多大なる報酬が突然出ることになって、びっくりって感じですね。そうするとそちらの方面でもやっぱりお声がかかるようになって、ちょっとセミナーに出てくれないとか、あとミーティングしましょうとかいう話になっていくんですよね。
そうするうちに8月に入りまして、私の新しいマンケティングのセミナーも始まっていく。それから裏業の方のミーティングも入ってくる。
加えてさっきちらっと言ったコミュニティですね。コミュニティに入ったんですけど、今年の4月ぐらいに。そちらはそちらでちょっとミーティングしませんかみたいな感じで、これからどのように効果的に活動していこうかみたいな話をですね。
そちらはそちらであって、どうですかね。私から考えた時に3方面ですね。裏業とコミュニティと、それから本業の落室協会でのセミナーみたいな感じで、もちろんそれぞれ関連はあるんですけど、でも別の人たちっていうか。
それぞれ違う構成要因の人たちがいてっていう感じで、3つの方面で物事が回り始めてしまって、本当になんかコマみたいな感じですね。1個目が回ると次のが回ってみたいな。
複数の方面での活動活発化
連鎖反応的に出来事が起きてきて、あっという間に1ヶ月。私こうやって今パソコン開いて、そこにマイクをつけて喋るんですけど、これ喋る時は当然誰もいない状態。
部屋にいないだけじゃなくて、家の中に誰もいない、落ち着いて自分一人になれ集中できるところじゃないと喋れないので、こういう時間がほとんどなかったっていう驚きの1ヶ月を過ごしました。
前回配信がダンスイベントといって面白かったっていうか、不思議な浮遊感を感じたみたいな話をしてたと思うんですけど、その直後からお仕事方面が動き出すという不思議な展開になりまして、それで今日に至っております。
今日はなぜか家の中に誰もおらず、そして今日やらなきゃいけないこともなく、昨日までで一旦講座みたいなのは一旦どうしてもすぐやらなきゃっていうことは片付いたので、今日ぽっかり空いてるんですよね。
で、ここから1ヶ月またバタバタするなって言ってるのは、実は二女が、2番目の娘が出産を控えていて、出産予定日がこの間の日曜日だったんですよ。1、2、3、4、予定日を4日超えた状態でいるので、もはやいつ生まれてもおかしくないし、
なんなら多分来週には入院して出産するんじゃないかと思います。今日、検診に行くらしいので、そこで話が出るんじゃないかっていう構図なんですけど、
出産した後、家に帰ってくるっていう予定はもちろん最初からあったんですけど、結構出産前から本人帰ってきてて、家から20分くらいのところに住んでるので、いつでも帰れるんですよね。
それで、ちょっとなんかあるとすぐ帰ってきて泊まってくるとか言って、家にいるので、それもあってこの1ヶ月なかなかポッドキャストが撮れなかったんですね。
これで来週、今日以降、近い、あと2、3日中に出産っていう話になると、これはこれでまたバタバタしますよ。
ポッドキャストを撮るどころじゃないっていう状況が多分1ヶ月ぐらい続くと思うので、どうしても今日撮っておかなくちゃって思ったという次第でございます。
で、たった1ヶ月のことなんですけど、とにかく私を巡る状況がものすごく変わっていて、私自身の頭の中とか考えてることはほとんど何も変わらないんですけど、
周りに動きが起きると、やっぱりその対応する必要が出てきて、誰かに会ったりとか、どこかへ行ったりとかっていうことも増えていきますよね。
今は何でもズームでできるので、リアルで動かなきゃいけないことはほぼほぼないんですけど、それでもやっぱりズームが異常に増えるということで、対応を迫られる。
前みたいに毎日ずっと一人で好きなことして過ごすみたいではなくなっているっていうことです。
どっちがいいのかよく分かりませんけど、とにかくそんな感じです。
他人の意見に左右されない姿勢
驚いたのは本当にお仕事が動いたっていうところで、何か何ですかね、何が起きたのかちょっと自分でよく分からないんですよね。
全て偶然みたいなものなので、落ち着いて状況がどう変わろうが、私にできることっていうのは以前も今も変わらないので、自分にできることを粛々とやり、できないことはやらない。
だってできないからやれないじゃん。みたいな感じで、状況が動くとそれに振り回されて、なんかあれもしなきゃこれもしなきゃこういうことしてあげなきゃみたいになりがちなんですけど、今回はもうそういう風にならずにマイペース決めていこうって思ってはおります。
思っています。本当に。
人に期待するっていうことは本当に虚しいなとは思うんですけど、同じように自分に期待しすぎるのも虚しいことで、結局のところ人生、物事ってなるようにしかならないんですよね。
以前は私が動き回らなかったら何も起きないって本当に思ったし、それは今でもそうだなとは思うんですけど、でも自分にできることさえ粛々とやっていて、その結果起きてきたことっていうのは本物だなっていう気がしている。
以前はその先の先の先まで全部自分が管理しないといけない、自分がコーディネートしないといけないと思ってたので、それはそれは大変だったんですけど、何をするにもね。
でもそれは私の勘違いだったなって思って、私は神様じゃないし、未来に起こること一つもわからないし、ただ自分はこういう風になりたいとかこうであってほしいっていう願望はあります。
願望はあるからそれについては思い描くんだけど、だからといってどう実現したらいいかってわかんないじゃないですか。本当にただ思ってるだけですよ。
でもその思ってることに近づける一歩が見つかったかな、やってみようかなと思ったことは誰の許可も待たずに自分でやってます。
その結果はうまくいかなくて、ポシャることがほとんどですけど、それでもやってます。出版オーディションもエントリーしましたがダメでした。
でも誰にも迷惑なんてかかってないですよ。
失敗したから恥ずかしいっていう人いますけど、誰が私の出版オーディションのことを覚えてますかっていう話で。
恥ずかしいも何も、私その人たちにかっこよく見せなきゃいけないようなそういう関係性の人っていないので、誰にどう思われようが平気ですよ。
裏で掛け口叩かれようが平気ですよ。
なぜかっていうと掛け口っていうのは聞こえなければ私に影響を与えないけれど、言った本人は聞いてるので自分が言った掛け口が自分に入ってるんですよね。
自分の行動を制約することになるんですよ。人の悪口ばっかり言ってると。
あいつはでこういうとこがダメだよなっていう、あいつが自分に置き換わって脳がそういうふうに処理しますので、
俺はこういうところがあってこれでダメだとかって脳が勝手に思い出すんですよね。
そうするとチャレンジするとか、やったことのないことに挑戦するとかに歯止めがかかるのは当然のことで、
結果誰が損しますかって言ったら本人なので、掛け口を叩かれてそれを真に受けて私が傷ついたり、やる気を失ったりしたら、それは相手の勝ちですよね。
ポイント1ですわ、相手に。でも受け取らなかったりとか、そもそも聞こえなかったら、私は何も影響を受けずにマイペースで生活できるので、
誰が損しますかって言ったら言った本人が必ず損します。
私はそういうメカニズムに気づいたので、それはちょっと前に気づいたので、
みんな私にいろんなことを言おうとするけど、言うのを止めることはできないけれども、言われたことで私が傷ついたら、相手にポイントが1入るわけです。
傷つかずにへーって言って流せたら、私は差し引きゼロというか、言われる前と言われた後が変わらないポテンシャルエネルギー量に対して、
相手は言った分だけその言葉を自分が受け取るので、マイナス0.5ぐらい。
やり返すことはないけど、私が受け取らないことによって相手のダメージを大きくできるという、そういう防御の効果はあると思いますね。
自分の直感を信じることの重要性
この話は何の話をしているかというと、催眠とか措置系の本で大島信頼という人がいるんですけど、信頼するって書いて信頼って読むんですね。
その人の本をだいぶ前に読んでいたときに、そういうような話が別のたとえで書いてあって、ずっと意味がわからなかったんですが、
ちょっと前にわかったんですよ。そういうことかと。
なので、他人が言っていることを間に受けない、受け取らない、参考になるなと思ったら頂戴するんだけど、
お前なんかとか、そんなことやってとか、ネガティブなことを言ってくる人に対してとか、言われたこと、内容に関してそうかもしれないなんて言って、
相手が善意だろうと悪意だろうと同じですよ。そのことがまとえているのか考える必要があるけど、
さりとて、そう言われたとて、私に他にどんな選択肢があったんだろうって考えたら、どんな時でもやるかやらないかしか選択肢ってないんですよね。
選択できるだけマシじゃない?何していいかも全くわからないっていう発砲ふさがりのところで、
誰も何も起きなくてシーンとして絶望しているのに比べたら、やるかやらないかっていう選択肢があるだけでも幸せだと思うんですけど、
それに関して、お前はするべきだこうするべきだ、あれをするなこれをするなってみんな言うけど、
あなたの言うことに従った結果、100%成功しますかって、あなたそれ保証できるんですかって話。
同じパーセンテージで失敗するうまくいかない可能性もあるよね。私があなたの言うことに従ってうまくいかなかった時、あなた責任取れますかって話ですよ。
責任を取るっていうのはこの場合、時間を巻き戻して最初の時点に戻るってことだから、時間を巻き戻せる人っていますかって。
何にせよ選択したら、何ヶ月とか何年とか、それをやる、あるいはやらないわけですから、時間は過ぎちゃうんです、勝手に。
だからこそ、間違えずにいきたいって思う気持ちはわかるけれども、何もやらないことが一番安全ですわ、そりゃ。
だって失敗しないもん、やらないから。それでいいんだったら、もう今いる位置にずっといなさいよって。
今いる位置にずっといるわけにはいかないから、人は行動してるんだと思い。
例えば、お仕事がなくなっちゃったとか、年金だけで暮らせないとか、そういう今のままじゃまずいっていう状況があるからこそ何かをしようとしてるのに、
そんなことやったってうまくいかないぞとか、言うのは自由。だけどそれを聞いて、そうかなと思ってやめた、その先に何か解決策があるんですかっていうところですよね。
言った本人はお金持ちで、年金もいっぱいあって退職金もがっぽりで困ってないかもしれませんよ。
じゃああなたが私にお金をくれるんですかっていう話で、生活養ってくれるんですかみたいな。
そうでもないのに、私のすることにいちいち口を出す、特にやめろっていう、根拠もないのにやめろみたいなことを言う、
そういう言う権利はあるけど、言うことを聞かせる権利はないですよね。
話がちょっと尖った感じになってきましたけど、とにかく人って本当無責任。
私は自分の未来、皆さんの未来のことが1ミリも見えないって言いましたけど、他の人もそうですよ。
未来が見えるなんて人いませんよ。
なんか予知能力とか言うけど、何回かに1回かは当たるでしょそりゃ、いろいろ言えば。
でもその人が当たらなかった場合の、その責任をその人が負えるんですかっていう話ですよね。
負ってくれるんだったらあなたの言う通りにしますけどって。
結局、結論ですけど、どうせ失敗するなら、人の言うなりになって失敗するより、自分でこれをやろうと思ってやって失敗した方が学びになります。
なぜなら、自分がやろうと思ってやったから。
どうこうが間違ったんだろうとか、反省とかが失敗から学ぶことができるんです。
でも、なんか本当はやりたくないけど、あの人がうまくいくって言ったからやったみたいな風って、失敗の原因は1個しかない、その人の言うことを信じたからみたいな。
それって全然役に立ってなくて、やっぱり物事をやっていくときにはいろんな要素が積み重なっての成功ですから、どこで何が足りなかったのかなとか、
あの時もうちょっと別のやり方があったかなとか、そういう学びを得られるんじゃなかったら失敗にも意味がなくなっちゃうし、
だからこそ自分で考えて自分でこうしよう、多分こうした方がうまくいくってちらっと思ったとかいう直感、自分の感を信じてやってみて、
いくつもやって失敗するけどでも一つうまくいったら、ほら私の感は当たったわって、
じゃあそれでその時の感じを覚えてて、次にまたこれやったらうまくいくかもって思った時に、あの時の感じと同じだなって、じゃあこれを信じてやってみようみたいにして、
自分で自分の直感を信じられるように訓練していくことでしか自分の思う成功っていうものは得られないんじゃないかと、得られないと思います。
人の言うなりにこうベルトコンベアに乗っかるみたいな感じでのほほんと一見成功してるような感じになる人もいますけど、
それは本当に乗っかってるだけなんで、そっから降ろされちゃったら何もできないただの人に本当になっちゃいますし、それで良ければいいですよその人。
他人の私が口出しすることでは本当にないですけど、私はそういう人生は嫌だなと思うので、失敗しようが何しようが目の前に現れたことに対してこれはやってみる価値があるかもしれないなと思ったらやってみるし、
やってみてダメだと思ったらサッとやめるし、うちうち考えてる時間がもったいないっていう感じですね。
優等生的な考え方からの脱却
最近私ここのポッドキャストでは多分こういう話をずっと前から延々としてて、どうせ誰も聞かないしいいかみたいな感じで喋ってるんですけど、
案外私の同年代60歳くらいの女の人って本当に優等生で周りの言うことを聞いて言われる通りに振る舞ってきた人が意外に多いので、今言ったような話を聞いてびっくりする人って多いんですよね。
で、周りの言う通りにお勤めしてたら上司の言うようにですよね。専業主婦だったら旦那さんの機嫌を損ねないようにですわ。やってきててそれでいいんだったらずっとそのままいればいいんだけど、
皆さんそれが立ち行かなくなってくるんですよ。やっぱり定年っていう、自分の定年あるいは旦那さんの定年、あるいはどちらかが死んじゃったとか、自分が死んだら終わりですけど。離婚したとか、いろんな出来事が起きてくる中でそのいい子ちゃんにしてるだけでは立ち行かなくなるからいろんな企業塾に通ったりとか、
もがき始めるわけで、そんな時にやっぱり企業塾に入ってもなおいい子ちゃんでいて、言われることは100%全部やらなきゃいけないと思い込み、結構企業塾で病んじゃったっていう人が何人かいるんですね、知り合いの中にも。
高いお金払って100万も払って鬱になったっていう。何、20、30に損してないっていうようなことになっちゃったりするぐらいみんな真面目なんですね。言われたことは100%正しいからできない私が悪いんだみたいに。
本当に優等生すぎて、そのメンタリティで自営業で成功するっていうのはまあ難しいだろうっていうことですね。なぜなら自営業には正解っていうものがないからです。みんな人の裏を書こうとして、あいつが今やってること儲かりそうだなって言ったら近くまで行って、その人とちょっと違うやり方をして隙間に潜り込むんですよね。
その隙間に潜り込むっていうことを知らないし、やってはいけないと思ってるし、人を出し抜いてはいけないと思ってるし、そのままで自営業として全然成立しない。何ならお金をもらうのは悪いことだとか、お金もらっちゃったら悪いからタダでやってあげるねとかつい言っちゃう。
これって全然ダメじゃない?おかしくない?話がね。なんで、本当に根底から何か考え方がずれてるなって思うことが多々あります。
これを聞いてくださってる方はきっとそうだよねって私側の人が聞いてくれてるんじゃないかなと勝手に思ってるわけですけど、本当に私みたいなものでさえ、
昔は本当に修行した人とか、あるいはお仕事でめちゃくちゃ大成功した人がそれを言うんだって思っていましたけど、そんな大成功もしてない、別に修行もしてない私でも言えることは言わないといけないんだなって最近思うようになって。
それが何人を助けるかとかよくわからないんですけど、でも言えることがあるのに、その人が目の前でどうしたらいいんだろうって困ってるのを見ても、どこまで手を差し伸べようかって有意識問題だと思いませんか?
私の結論としては、手を差し伸べるわけがない、身も蓋もないですけど、私は育子塾っていう講座を始めたんです。
これはそういう困ってるビジネス、企業とかで困ってる人の役に立つ話をしようっていうものなんです。
こんな私から話聞きたい人なんている?みたいな感じではあったんですけど、初めて見たらちらほらとは聞きたいと言ってくれる人がいるという中で、聞きたいなって言ってる人って自分から聞きたいですって言ってきてくれてるし、何なら講座を受けるって言った人はお金も払ってくれてるし、
その上で、時間も合わせてズーム来てくれて、その上で私が話をするわけなんですけど、ただの知り合いで、昔から知ってる人で、友達で、友達だったらちょっとわかんないけど、
いかにも困ってる風な感じを醸し出してるぐらいだと、私からできるのは私の講座聞く?みたいな感じ。そうしないと悪くないですか?ちゃんと受講してくれてる人に対して。
人って不思議なもんで、お金払った分だけしか価値を得られないっていう法則ありますよね。不思議なもんで。同じ情報なのに、ただで聞いたものってすぐ忘れるどころか、最後まで聞くのもしんどい。
でもこれお金払っちゃったしと思うと一生懸命聞くじゃない?その違いだと思うんで、やっぱり本気度はお金で測れると思うし、ただお金払ってきてくれた人に100%誠意を尽くすというのは当たり前のことですが、
それでもやっぱり受け取りきれない部分があったとしたら、それはその人の課題なんだろうなって思っちゃうっていう感じですかね。なんか話がぐるぐるしてますけれども、30分ぐらい経ちますので、今回ここまでにしたいと思います。以上です。
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