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サマリー
新しい街に到着して1週間、語り手は新オフィスとなるアパートでの生活を記録する。ダマスカスとの比較からこの街の暮らしやすさを感じつつも、新拠点でのプロジェクト立ち上げにはインターネット環境整備など多くの課題に直面している。個人的な掃除の習慣から日本の掃除文化に思いを馳せる一方、最も感動したのは地元の若者たちが運営する映画クラブでの体験だった。内戦を生き抜いた若者たちが、安心して意見を交わし、新しい社会を築こうとする姿に深い希望と自身の活動意義を再確認し、中島みゆきの歌「糸」の歌詞を引用してその感動を表現する。
新しい街での生活とプロジェクトの始まり
はい、こんにちは。 4月17日の金曜日の午後1時40分です。
今日の声日記というか、一週間の記録というか、 昨日のとても素敵だった体験の記録というかを残したいと思います。
今日はお休みの日で、金曜日なので、今ですね、ベランダに座りまして、今ここに住んでるんですけど、
アパートですけど、ここはつい最近から借り始めた、新しいオフィスになるはずの場所です。
まだ人が雇ったりしてないので、まだオフィスっぽくないんですけど、全然。
借りたばかりのアパートに、家具付きで借りてるのでベッドとかはあるし、最低限のものはあるが、
まだ誰も使ってないときにこっそり住んでる人みたいになっています。一人で住んでいます。
この町はどこかはまだ言わないんですけど、こんなに一週間とか暮らす病にいるのは初めてですね。
私が30年前にダマスカスに住んでいたときも、訪問したことはあったと思いますけど、何度も。
一泊二泊とかで旅行で、でもこんなに住んでるっていう感じになるのは初めてなので、
私はダマスカスの方が好きだってずっと思ってたんですよね。
なんとなくダマスカスがすごい好きで、今でも好きですけど、ダマスカスが好きで、
こちらの町はなんとなくライバルみたいな、東京と大阪みたいな感じなので、
こちらが好きだという人もたくさんいますが、私はダマスカス派と思っていましたが、
なんか意見を変えつつある感じになってますね。素敵です。いい町です。
ちょうど今新しくオフィスを設置した場所が、もの静かな、でも町の結構便利な場所にあるんだけど、
落ち着いたネイバーフッド地区みたいな感じで、なんかのんびりした感じもあるし、
ここは安全だなっていう空気にあふれているので、すごく安心して暮らせる感じがあるし、
車の渋滞とかがダマスカスがひどいんでね、それに比べるとこの町の方がずっとマシで、
それを考えると、あと家賃とかもね、家賃が半分ぐらいですね、
ダマスカスでこの規模の家を借りようとしたら倍ぐらいしそうな感じだったので、
いろんなことを考えたときに暮らしやすそう、長く暮らすんだったら。
ここの町で私たちの団体がプロジェクトを今から始めますので、3年半ぐらいの長いプロジェクトを始めますので、
そのためのオフィスをセットアップしてチームを雇ったり、
オペレーションを開始するというミッションで私は来ています。
それで、ベランダが心地よいので毎日、もう1日中ベランダに座って仕事をしているんですけど、
お花を買ったりもして、ベランダに置く。
よくあるじゃないですか、お家のベランダでおばあちゃんがずっと座ってて編み物とかしているみたいな、
そういう感じですよ。
新拠点での仕事の課題とインターネット事情
家のベランダにお花を並べて座って、1日中座っているおばあちゃんみたいになっています。
そういった感じののんびりした雰囲気ですね。
でも、街はのんびりした雰囲気なんだけど、仕事が本当にはっちゃかめっちゃかで、
仕組みが確立できていないので、今までやってきた地区、場所、
この国でうちの団体は2016年ぐらいから10年ぐらいプロジェクトをやってきているので、
元の拠点の方に行けば、北東の方に行けば、オペレーションのやり方が確立していて、
ある意味スムーズなんですよね。役割分担とかも決まっているし、業者とかもいつも使う同じ業者で、
例えば支払いの方法とかも交渉とかもする必要もない。
何でもかんでもスムーズにオペレーションできる仕組みができていたんですけど、
場所が全然違うので、その仕組みを全然鼻から作り出さなければならず、本当に結構いろいろ大変です。
例えば例なんですけど、インターネットを引かないとならなくて、今も携帯のセルラーデータでつないでいるので、
2個SIMを2種類持っていて、速度とかもそんなに悪くはない感じ、接続も。
だからインターネット接続に困っているという状況ではないんですけど、
何せ個人のみんなの携帯のホットスポットでセルラーでつないでというのは、オフィスとしては全然現実的ではないので、
早くインターネットを引かなきゃならないんですけど、
この地区が古いからランドラインみたいなものを、いわゆる固定のラインを引こうとすると遅いとか、
セルラーネットワークよりずっと遅いからそれをやる価値があるかみたいな話が出てきて、
調べてもらった人がみんなスターリンクを使っているって言うんですよ。
えー、本当?って言って、そんなバックアップとして衛星回線を使うならともかく、
そのメインのオフィスの回線をスターリンクとかってそんなことある?
そんな話騙すのは聞かなかったんでね。
何人かに、昨日全然関係ない人にもそんなこと聞いたんだけど、本当?って聞いたら、うん、そうって言うんですよね。
うちのオフィスもスターリンクをメイン回線で使ってますと。
本当かー、ちょっと色々調べなきゃならなくて、それも面白いですけどね。
スターリンクなんて使ったことなかったけど、
そんなオフィスのメイン回線で使うことになるのか?
本当か?本当か?
あとはセルラー回線が悪くないので、
セルラールーターみたいなものが、いわゆるマイファイデバイスみたいなやつのちょっと大きいやつって言うんですか?
SIM入れて、でも10人とか15人、20人とかつなげるようにするっていう手もあるのかもしれないし、
とにかくインターネットの世界もあれですか、
携帯電話ネットワークの方が先に発展して、
ランドの光回線とかは全然入ってきてないし、
今更電話回線とかを引いてそれでやるのかっていう話だから、
中途半端に、やっぱりこういう戦争があった国とかだから、
特に街の中に回線を引くみたいな感じの開発が順調に発展してきてなかった場所では、
掃除と「住み込みのお手伝いさん」の妄想
リープフロックじゃないけど、三段飛びみたいにしていきなりスターリンクが一番メジャーみたいな話になるんでしょうか。
ちょっと面白いから調べたいんですけどね。
面白いから調べるとかって言ってる場合じゃなくて、本当に早く来週にはインターネットも引きたい。
でもいろいろ研修のアレンジ、研修というかワークショップのプロジェクトの開始のスタートアップワークショップみたいなのをアレンジもしなきゃいけなくて、
とにかくはちゃめちゃ忙しいです。
でも一緒にやってる人がいて、その人といいチームワークでできているし、
すごくあきこがいてくれてありがとうって言ってくれるので、本当に彼女一人だったら無理だったよ。
私が来てもこれでも無理だから今まさに救援を頼んでいる状況ですけど、手伝いに来てねって。
楽しいです。はっちゃかめっちゃかだけど新しいことを始めるのは楽しい。
そしてなんかすごいいろんな妄想してるんですけど、今この私アパート住み始めて毎朝2時間くらいお掃除をするんですよね。
それでクリーナーさんとかも本当に雇う予算もあるし、スタッフみなさん来るようになったら雇うんですけど、
今まだそんなにすごくオフィスをみんなで使ってないのでクリーナーさん雇うのももったいない。
それも2週間後くらいには雇おうと思うけど、今は私がクリーナーで唯一の住人でってなってると、
なんかよくあれですよ、
ドホークあたりではフィリピンはあんまりいないか、インドネシアとかね、
あとはアフリカ各地から来たお手伝いさん、お家にお手伝いさんがいて、
そういう人たちが海外から出稼ぎに来た女性だったりするんですよね。
お家の中に住み込みのお手伝いさんっていう仕組みというか習慣が中東あたりではあるんですよ。
私が30年前にシリアでいたときも、みんなでは全然ないが、
一人お父さんが外交官という人のお家に遊びに行ったときには、
ミャンマーから来たお手伝いさんがそういえばいたよなって思い出したんですよね。
戦争があったから、そういうアジアのお手伝いさんとかも、
たぶんみんないなくなっていたとは思うんですけど、
もしかしたら戻ってきているかもしれなくて、
そろそろそういう余裕のあるうちはお家にお手伝いさんを雇うと、
しかも外国の人を雇うっていうのが戻ってきているかもしれなくて、
もはや私は住み込みのお手伝いさんに見えるかもしれないと思っています。
それはでも結構いいんじゃないかなと思っていて、
妄想としては、私はスパイみたいにして、
私はここで住み込みのお掃除お手伝いさんなんですっていう
アイデンティティで生きていくっていうのもいいかもしれない。
近所の人とかに対しては。
そうやって暮らしを、嘘をつくっていうわけじゃないけど、
そういうふうにしたほうがみんながリラックスして、
ここの地区のことがよくわかったりするんじゃないかななんていって、
ずっとそうやってお手伝いさんっていうふうにしていて、
本当に何かいざ大事件とか重要なことがあったときに、
正体を明かすみたいな、
そんな黒子みたいにして働くのも面白いかもしれないなんて、
勝手に妄想しています。
そんなことできないので、
既に例えば省庁とかにもご挨拶に行って、
自己紹介しちゃったので、
日本の掃除文化と「手入れ」の精神性
それはそれでできないんですけど、
そんな妄想を楽しみながら毎日お掃除をしています。
おうちがお掃除をすると、
おうちが生き返ってくるっていうか、
初め借りたときからすごく綺麗ではあったんです。
古い家だけど、綺麗にお掃除して貸してくれたなっていう感じであったんですけど、
一旦自分で拭き掃除をしたり、
自分が手を入れて掃除をしたところって、
もっとすごく綺麗に見えるというか、
親しみのある感じになっていくっていうのが楽しくて、
手入れっていうのは、
お手入れ、手入れってよく言ったもんだなって思ってるんですよ。
手が入ると、手入れが行き届いたっていう感じになって、
するとすごい安心して暮らせる感じになっていくなと。
それでその手が入ったっていうのがやっぱり、
自分の手だともうひとしおですし、
それやっぱり知らない誰かが掃除したっていうのは、
手入れがされたっていう印象にはならないんだけど、
ちゃんと自分で手を使ってお掃除をした場所っていうのは、
なんか手入れができたなっていう感じで、
よくいい言葉ですね、手入れって思ったんですよね。
なので、お家の隅々に手を入れてお手入れをしています。
若者たちの映画クラブと希望
こんなことも私、本当に日本人でよかったなって思うことの一つなんですけど、
学校の掃除当番とかって言って、
自分の家を自分で掃除するのはどこの国の人でもやると思うんですけど、
公共の場所とかみんなの場所をみんなで掃除するっていう文化って、
本当にあんまりないんですよね。
日本は子供の頃から掃除当番って言って、
他の人が使ったトイレとか玄関とかクラスとか廊下とか、
いろんなところをみんなで分担して、
自分たちで子供が掃除するじゃないですか。
あれは本当に素晴らしいなと思っていて、
その習慣があるから、
私こんなことさせられてなんて思わないんですよ、全然。
だから言い換えれば、
ここの国の人にも他の外国のスタッフ、国際スタッフにも、
このオフィスを掃除してくださいなんて他の人にはちょっと頼めないです。
なんで私にそんなことさせるの、みたいなふうになっちゃうと思うんですよね。
みんなそういう公共の場所を掃除するのは、
お掃除クリーナーさんがやるもんだっていう思い込みがあるから、
実際そうだから、社会のおける役割分担として、
公共の場所をお掃除するっていうのは、専門の人がやるものだっていう意識があるから。
でも日本ではやっぱりだいぶクリーナーさん、
大きい道路とかともかくとして、
自分の家の道ぐらいまでとか、
あと溝とかも町内会でみんなで掃除したりとか、
公共の場所で特に学校とかオフィスとかも、
年末にはみんなで掃除をするとか、
そういう公共の場所に自分たちの手を使って、
自分で掃除をしましょうっていう考え方、習慣っていうのは、
なんかいいなと思っていて、
それはとても、なんていうのかな、節約とかいう話じゃなくて、
もうちょっと人間として大切なことですよね。
手入れっていう発想に似ているかもしれないけど、
自分たちの手を使って、手を入れて場を清めましょう、整えましょう、
というのは、精神性みたいなところもつながってくる発想だと思っています。
今、こんな話をする予定はなかったんだが、
自由に話をしていたらこんな話をしてしまいました。
本当は話したかったことは、昨日行った場所、イベントのことなんですよ。
これが素晴らしくて、
さっき言ったように、私は今一人国際スタッフの
ヨーロッパ人の同僚と一緒に、新しいプロジェクトのスタートをしている。
その同僚が、
今日は6時から映画だよ、仕事5時に終えて、映画会に行くよって誘ってくれたんです。
その映画は映画でちょっと面白かったので、古い映画なので、
その映画の話はまた別のところでするとして、
ここの地元の大学生とか、若いシリア人の若者たちのグループ、
30人くらいかな、の映画クラブみたいなグループがあるみたいで、
本当にみんな若い、多分今学生っていう子たちもいるし、
それから卒業したばっかりで働いてますみたいな感じの人もいれば、
中には40代、50代みたいな人も数は少ないけどポロッといたり、
多分比較的自由にいろんな人が集まってくるというグループで、
週に1回木曜日に映画を上映して、まずみんなで映画を見ます。
その後、丸くなって、椅子を並べて丸くなって、
どんなことを感じましたかって感想を話し合って、
さらにもう一歩進んだ質問として、
この映画で見たことが今のシリアの状況と重なる部分はありますか?
っていう質問をしたりするんですよ。
それぞれの人がみんなが意見を言う。
それがまたいいなと思ったのは、丸く輪になって30人ぐらいで話すから、
まずその意見を強要されているみたいな緊張感のある感じではなくて、
初めの感想を一言ずつは全員が言ったんですけど、
その後は話したい人が、意見がある人が話すっていう感じ。
でも結構みんな積極的に話をしていたし、
司会の人が、あなたはまだあまり言っていないけど何か意見があるって振ったり、
ファシリテーションもできていて、
それをみんな他の人はディスカッションというよりは、
他の人の話に耳を傾ける場っていう感じなんですよね。
なので何か意見を言って、それに対して前の人の意見を聞いて、
私はこう思いましたがっていう形でつながっている話をする場ではあるんだけど、
私はこう思う、いやいや違う、こうだ、みたいな感じのディスカッションではないんですよ。
中島みゆき「糸」と「ここにいたの 生きてきたの」に寄せて
順番にみんなが輪になって、それぞれの思いを話して、それぞれの思いに耳を傾けて、
もしそこから自分に関係のあることがあれば自分の意見も言うという形でした。
それで最初にそういえばインストラクションといってあったのは、
私はこう思うっていう、私という主語で話をしましょうねっていう誘いかけもありましたね、
そういえば思い出しましたけど。
だからそれぞれディベートとかではなくて、私はこういうふうに感じたんですって言って、
あなたはそういうふうに感じたんですねっていうふうに静かに耳を傾け合うみたいな場だったんですよ。
だから議論が白熱するという感じよりは、本当に穏やかな場で、
それぞれの人が安心・安全な感じで意見を思ったことを言える、
まとまらない意見でも口に出してみようみたいな感じの雰囲気のある場だったんですよ。
それをやった場所が、古い教会の中庭みたいな場所で、
その教会がやっている個人院みたいな、
個人院というか幼稚園かな、子どもたち通ってきてるって言ってたので、
そういう感じの場所で、その場所も素敵だったし、
映画クラブは週に1回集まって、その場所だけではなくて、
他のいろいろな場所で映画を上映したりするっていう話だったので、
本当に若いシリア人の子たちがみんな可愛い。
もうね、自分の娘・息子であって全然おかしくない年齢ですからね。
みんな可愛いんですよ、本当に。
そして一生懸命、自分の意見をそれぞれが言っている。
アラビア語だったんで、実は何を言ったかはそんなによくわかんない。
通訳をしてくれる子もいたけど、そこで話された意見が面白かったというより、
その場があったっていうことが本当に面白かったし、すごく希望を感じました。
そして彼女ら、彼らは今25歳だとすると、
2026年ちょうど本当にこの街で戦闘が激しかったのは10年ぐらい前。
2014年、15年、16年ぐらいが激しい戦闘がありましたね。
2011年に知り合い内戦が始まって、その直後も多分あったのかな。
結構激戦地の一つです、この街は。
なので、今25歳だとしたら、10歳から15歳ぐらいの間に
ティーンエイジャーのときに激しい戦争を体験している子たちなわけでしょう。
それが一回じゃなくて、本当に複雑なことになりましたからね。
いろいろな戦い、いろいろな勢力によるいろいろな戦いが何度も何度もありました。
その内戦というのが泥沼化していた場所なので、それを本当にまずは生き延びて、
生き延びただけではなくて、そこでまた昨日の晩もいろいろな宗教の人たちが集まって、
社会をもう一度作っていこう、再統合というんですけど、社会再統合という感じで、
彼女らも宗教とか民族宗教とか違う人たちもいろいろ入り混じったグループなんですよ。
そういう場所に出ていって、新しい社会を作っていこうと、みんなが安心して、
自分の意見を言えるような場を作っていこうと思っている若者たちが、
ああいうふうに集まれる場所があるんだなと思ったのは、本当に嬉しくて感激しましたね。
だから私は2016年ぐらいに東京で働いていた仕事を辞めて、
シリアの人道支援に関わるためにNGOに入ったんですけど、それも10年前になりますけど、
そのちょうど10年前に、今子どもたちとかどうなっているのかな、大丈夫なのかって心配していた。
そのちょうど10年前に心配していた子どもたちが、それを生き延びて育って、
それで10年経って私がやっと、よし核心の街に入れたぞって思ったときに、
こうやって出会えて、しかもああやってみんなの話に耳を傾ける場を持ちましょう、
未来を向けていきましょうっていう静かな穏やかな場でしたけど、
そんな希望を感じさせる場を彼ら自分たちで運営しているんですよ。
全然外国人が誰かが導いているとかっていう感じじゃなくて、
本当に大学生のサークルみたいな雰囲気で自分たちで運営しているんです。
むしろ外国人の私たちはゲストとして迎えてもらって、みんなにもてなしてもらってっていう立場なんですよ。
そんな場をもてているなんて、本当によかったっていうふうに思ったんですよ。
はい、最近中島みゆきさんをね、もりっしぃさんと共に中島みゆきを味わうという秘密結社が結成されてますけど、
もりっしぃさんの会にも改めてコメントに引用の会をやりたいと思っているんですけど、
これは私はね、糸ですね。糸って結婚式とかで歌われることがあるので、
縦の糸はあなた、横の糸は私っていうと、
恋愛関係というか、結婚、男女のカップルみたいな、結婚みたいなイメージを持たれているのかもしれませんが、
私はこの糸って、もっといろいろなタイプの社会、巡り合いとか出会いのことを歌っているように私はずっと今までも感じていたんですね。
だからその縦の糸はあなたって言ったときのあなたって、誰か特定の一人ではなくて、すごくたくさんの出会う人たちのことだというふうに私は感じているんですよ。
その縦の糸はあなた。
だからあの場にいた30人ぐらいの若者たちのそれぞれ、全員がもう本当に縦の糸はあなた、横の糸は私、横の糸もあそこにいた他の人たちも含めて、
だから織りなす布はいつか誰かの傷をかばうかもしれないって思いますし、
そう思ってああいう場を持っているんだと思いますし。
一番思い浮かんだ歌詞はここですね。
ここにいたの 生きてきたの
ここにいたの 生きてきたの 遠い空の下
ここにいたの 生きてきたんだねっていうふうに思いました。
ここにいたんだね 生きてきたんだね よく生き延びてきたよね。
そしてここで会えてよかったねっていうふうに思いました。
嬉しかったです。本当に嬉しかったです。
また映画クラブいい試みだと思います。
本当に簡単にできますからね。
あれドホークでもやりたいですね。大学生と一緒に映画を見て、
そして本当にシンプルに終わったら丸くなって輪になってみんなこれを見て感じたことを一言ずつ口に出すっていうね、
そんなに難しいディスカッションとかディベートとかする必要は何もなくて、
私はこう思いましたっていうことをみんなが言ってそれに耳を傾けるだけだとしても、
すごいいい場だったなというふうに思います。
では長くなりましたが、以上にしたいと思います。
私は本当に感動して感激しております。
そして本当に仕事のモチベーションにもなりますよね。
私は自分が何のために生きていて何のために働いているかということを
あの子たちに会って確認させていただきましたよ。
本当にありがとうございます。
では以上にします。聞いていただいてありがとうございました。また今度。
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