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スピーカー 2
前回、コミュニティについてざっくりと全体像を話したんですけれども、 今回はインターネットに絞って話していきたいなと思っております。
スピーカー 1
1回目のね、そもそもコミュニティっていうだけでも、 基本的に4つの分解ができるっていう話から、
あそこまで解像度上がるってなかなかなくて、 すごいわかりやすかったです。
スピーカー 2
よかったです。今回ですね、私ちょっと整理から入った方がいいかなと思ってます。
スピーカー 1
マジか。よし、行こう。
スピーカー 2
さらに整理します。まずですね、ちょっと混同されがちな、 コミュニケーションとコミュニティって違うよねっていうのを、
ちゃんと言語化しておいた方がいいかなと。
スピーカー 1
コミュニケーションとコミュニティの違いですね。
スピーカー 2
でないと、XもLINEもコミュニティだよねみたいに言っちゃうと、
どっかでやっぱりわかりづらくなっちゃうので、そこをちょっと説明しますね。
まずですね、コミュニケーションとは何かっていうのを定義したんですけれども、
人と人をつなぐやりとりの線みたいなのが一番わかりやすいかなと。
スピーカー 1
誰かと誰かを話してるよねっていう、いわゆる意図電話的なイメージってことかな。
スピーカー 2
ですです。もう話してと受け手がいて、線がつながれてる。まさに意図電話ですね。
これポイントとしてはコミュニケーションって必ず線で結ばれてるっていうのが重要だと思うんですよ。
線で結ばれてないコミュニケーションって存在しない。
要は話してがいて受け手がいるけど何も発信してなかったらそれはコミュニケーションではないっていうことですね。
メッセンジャーアプリのLINEってすごくわかりやすくて、あれって線って意味じゃないですか。
なのでLINEがやってることって基本的にはコミュニケーションです。
1対1でメッセージを送って帰ってくるみたいな感じですね。
スピーカー 1
なるほどね。だからTwitterとかって一般的にコミュニティツールっていうふうに解釈されるときとコミュニケーションツールって解釈されるときがあって、
そのときに何がコミュニティで何がコミュニケーションだっていう話になると、
要はコミュニケーションとは受け手と送り手のキャッチボールだから、
受け手と送り手に線が引っ張られてる特技はコミュニケーションですよっていうふうに
まず定義しちゃうと、これはコミュニケーションですねっていうふうにわかりやすいってことですね。
スピーカー 2
そうですね。コミュニティとは何かっていうと、これは線に対して面だと思ってます。
例えばAさんとBさんがいてコミュニケーションのLINEが引かれている。
CさんとDさんがいてそこもコミュニケーションしているみたいなものが同じ面の中で存在するっていうのがコミュニティかなと。
結構重要なのが誰ともコミュニケーションしてないEさんがいても大丈夫なんですよ。
スピーカー 1
だからあれだよね。結局Eさんは要は読んでるだけということで、
AさんとBさんのやりとりとCさんとDさんのやりとりを見ていることもできるし。
スピーカー 2
まさに。サークルとかでも5人ぐらいで部室とかにいて、AさんとBさん話してて、CさんとDさん別の話してて、
Eさん何もしてなくてもこれってコミュニティだよねって言える。
けどEさんはコミュニケーションはしていないっていう。こんな感じになるかなと。
なのでまとめるとコミュニケーションは線であり、コミュニティは面であると。
で、インターネットのコミュニティ話す前になんでこの話したかというと、
結構コミュニティ作る人って何も発言していない人のことを頭から抜けちゃったりするんですよ。
スピーカー 1
なるほどね。
スピーカー 2
なのでコミュニティ作りましたよって時に発言してくれる人って目につくんですけど、
当たり前ですけど発言してない人ってたくさんいたりするので。
で、実際あの昔の調査ですけど、たとえば2チャンネルとかの匿名掲示板を見てるだけの人って90何%で書いてる人って5%いないとかだったりするんですね。
ってことは本当であれば見てない人の方が、喋ってない人の方が重要であって、
多いので、見てるだけの人のことを考えなきゃいけないけど、発言してる人の声の方が当然大きいので、
そこでコミュニティ設計をミスっちゃうってことはよくあるかなと思ってます。
スピーカー 1
結構このミャワー、コミュニケーションは線で考えて、コミュニティは面で設計するって初めて聞いたんだけどさ、
これなんかどっかで理論としてあったの?
スピーカー 2
いやこれ多分、僕が友達とかと喋ってる時に整理したとかだと思いますね。
スピーカー 1
結構来たな、この懸垂理論もあるかもしれないね。
なんとなく僕たちも、例えばオンラインサロンみたいなものがあった時に、比較的水野さんのところとかって、
みんながワイワイ言うタイプに対して、西野さんはロムセンだよねみたいな、いわゆるリードオンリーメンバーが多いっていうことで、
それってコミュニティとして捉えるよりはメルマガ的に捉えがちなんだけれども、
メルマガってさ、あくまで読み手はレスポンス返せないじゃん。
スピーカー 2
はいはい。
スピーカー 1
だけど、フェイスブックグループとかでやってるから、ずっと98%の読み手も、時々1年に何回は書き手に変わる瞬間っていうのかなって。
結局それって、面として98%の読み手をずっと捉えてて、この人は時々発言できるっていうふうな気分になっていいんだよっていうことだったりとか、
ちょっと1年に1回しか発言しかしないんだけれども、でもその1年に1回発言した時に、やっぱり温かいコメントがついてくれることとか、
前回で話した支援の話みたいに、支援されたい瞬間に手を挙げていいんだよっていうふうに、実はさっき言ったように線が引っ張られてない、
8割とか9割の人を面として捉え続けて、面として捉え続けた人がコミュニケーションしたい時にコミュニケーションできるようにどう設計するかとかってさ、
今の線と面っていう考え方を言われただけで、これだけ話せるよね。
スピーカー 2
そうですね。本当にこれやっぱり見えてる線の方が気になっちゃうので、すごくやっぱりコミュニティ作る上で、ある意味バイアスが強くかかっちゃうんですよね。
スピーカー 1
そうだよね。それもさっき話したように、AさんとBさんのコミュニケーションのラインがあって、CさんとDさんのコミュニケーションのラインがあって、これが同時に見ているという8割の人がいた時に、
このAさんとBさんの線とCさんとDさんの線を全体の一つの文脈として捉えて、誰かがまとめ直したりとか、誰かがそこに対してまとめた形でコメントをしていくみたいなことが生じるみたいなところがコミュニティの楽しさだから。
まさにこれ。
図と字の理論っていうのがあるんですけど、いわゆる図っていうのは絵が描かれた時のキャラクターとか背景とかだよね。でも字っていうのは何も描かれてない場所っていうところで。
よく言われるのは、アメリカの漫画っていうのは基本的に描かれたキャラだけが物語を紡いでるんだけれども、日本の漫画は描かれている図よりも描かれてない字の部分で表現をするみたいな話を言って。
スピーカー 2
面白い。
スピーカー 1
例えばスラムダンクって、ネタバラになれないと思うけど、最終話ってセリフが1個しかなくて、表現されない後ろの何も書かれていない余白の部分の中に試合の切なさだったりとか、
スピーカー 2
主人公が本当にギリギリになりながら勝利を勝ち取るまでの危うさみたいなものが表現されたりするわけじゃないですか。一般的にやっぱり日本の美学というものは、描かれてない字の表現によってなされるみたいな話があって。
スピーカー 1
コミュニティってまさに描かれてない字の設計だよね。
スピーカー 2
なのでコミュニケーションにおいては、この前カラオケ行ったんだけどあの曲歌ったら気持ちよかったんだよね、いいよねみたいな感じの。
内容は割とどうでもよくて、つながっててお互いに寄り添ってる感というか、敬意とか好きという感じが伝わるっていうのがグルーミング型のコミュニケーションかなと思ってます。
結構パケット分かれるものじゃなくて、パケット型の夫婦の会話だと何買ってきてほしい卵だけよりかは、ありがとうねとか、明日卵焼き作ろうかなみたいなグルーミング型のが入ってくる場合もありますし、
グルーミング型でもそこから情報っぽいものに寄ったりするんですけれども、極端に言うとやっぱりこの2種類ぐらいがどっちがメインかっていうので分類できるかなと。
スピーカー 1
中身を伝えたいパケット型と中身よりもお互いの共感みたいなところを作っていくっていうところの01じゃなくて間があってっていう形で進んでいくってこれでも分かりやすいよね。
スピーカー 2
そうですね。これ2チャンネルは完全にあのひろゆきさんの合理的な思考が出てると思うんですけど、完璧にパケット型なんですよ。だからもう彼にとっては敬語とかすら邪魔だと。
スピーカー 1
なるほどね。敬語ってある種、相手に敬意を示してるってグルーミングっちゃグルーミングだもんね。
スピーカー 2
そうなんです。証言部分なんだ。だから、なんとかについては教えれ、なんとかっていう端的に書いてあると分かりやすいし、コスト低いよね。
スピーカー 1
だから2チャン用語ってあえてネットのちょっとIQ低いような省略語が多いけど、逆に省略語にすることによってパケットという中身だけに意識を集中させて、相手のグルーミングみたいなところのために変な形容詞つけたりとか語尾長くしたりとか、
デスなのかデアルなのかみたいなことを考えなくてよくするっていう、実はシンプライゼーション単純化だったっていうふうに考えられるわけだね。
スピーカー 2
おっしゃる通りですね。結構今だと優しい日本語っていう言葉が話題だったりしますけど、外国人にとっても優しい日本語使いましょうみたいな感じで、ガイドラインとかもあるんですが、例えば地震の時に揺れがありましたっていうのを、外国人には難しい表現だよね。
だから普通に揺れましたでいいじゃんとか、そんな感じで情報を伝えることをもうちょっと端的にできるように優しい日本語使おうねって動きなんですが、これと多分近いですね。2chのやってたことは。
スピーカー 1
なるほどね。だからあれだよ。簡単に言えば軍隊の用語ってそうなんだよね。
スピーカー 2
ああ、なるほどね。
スピーカー 1
もともと日本語って大和言葉が中心だったものに、東京に寄せた時に標準語って作られたわけなんですけども、標準語ってどっちかっていうと、その時、布告強兵があったから、軍隊用語的にできるだけいろんな方言の人たちが共通の言葉でしゃべれるように簡素にしたものが標準語だったりするので、
まさにパケット型のために作られたのが標準語みたいな話で。
一方で京都の芸妓さんの言葉ありますね。
よろしくなみたいな、ああいうので、むしろこれはこれで京都の芸妓さん、舞妓さんも地方からたくさんいらっしゃるので、彼らも言葉を変えなきゃいけないんですよね。
その時に逆にグルーミング型で、上巻がめっちゃたくさん出るようなイントネーションにすることによって、あえて東北の方言の語尾の回し方とか関西の語尾の回し方みたいなことをオーバーなイントネーションにすることによって打ち消すっていう、
そのグルーミング型で誰もがしゃべれるようにしたっていうのが京都の舞妓さんの言葉でございまして。
面白い。
スピーカー 2
そうですね。グルーミング型って確かに特殊な用語が生まれると思っていて、
女子高生とかが大人にはわからない言葉を使ってしゃべるとかって、大人を排除するっていう意味もありますし、お互いの言語を理解してるっていう、繋がってる感をより感じられるっていうので、
グルーミングが効率的になるのかなと思いますし、グルーミングってやっぱり生存本能にかなり直結するので、
これは食事をしたいとか寝たいとかと同じぐらい多分欲求が高いので、悪用しちゃうと結構ここをついてるだけでインターネットの盛り上がりとかを作るのは簡単なんですよね。
スピーカー 1
怖い怖い怖い怖い怖い怖い。そうやって君は独自の怠け者とかいろんなアイコンを使いながら仲間意識を作ろうとしてる。
話は置いといて、でも真面目な話にコミュニティの一番シンプルな定義が、敵と分けるためのものっていう意味があって、単純に言うと、であるを定義するためにはでないを定義した方がわかりやすいんだよね。
一方でグルーミング型の逆が何かっていうと、お前はいつか裏切らないかもしれないよねっていう不安を抱き続けることって、すごく脳があって予測できないものを嫌うので、できるだけ予測可能範囲にしていくことが安心なんですよ。
スピーカー 2
最後に目的中心型というのがあって、これは割と最近のやつでDAOと呼ばれるような何かの共通の目的があって、それに対して推進していくことが求められるというところかなと。
これ前回小原さんが言ったようなチームとコミュニティの違いみたいなところ。
ちょっとこれは次回話そうかなと思ってるんですが、チームとコミュニティに分かれるとしたらチーム側に入るやつですね、これは。
スピーカー 1
そうだね。
これって結構テクノロジーの進化とか、何しは送受信してるデバイスの性質によってどこまで許容できるようになったのかっていうところが結構大きいと思ってて。
やっぱり昔っていうのは、そもそも発信者コストが高かったから、サーバーを設置するのって結構コストが高かったし、そもそも2チャンネルもスレッドって999までにしておかなきゃいけないっていうのは、もちろん設計の理由もあったけど、やっぱり保存する場所が重たかったので、ある程度ちっちゃく小分けにしないと動かなかったみたいなことがあって。
そうすると個人を中心にした発信って、やっぱり個人が発信できるからなので、どうしてもやっぱりトピック中心からしか始まり得なかったっていうのが、やっぱりテクノロジーによる制限で。
一方、Web 2.0というものは、結局サーバー側が結構誰でもアップロードできるっていうところのクラウドの発達と、誰もが気軽に24時間30センチ以内に肌見放さず持ってるスマホ、携帯っていうものから発信できるようになったっていうところで、発信者が個人の方に移ったから。
逆に言うと、個人を起点としたものをどんどん出せるようになっていったので、逆に言うと小分けにしたコンテンツを中心にできるようになったっていうのがあって。
一方で、やっぱりもう一度目的中心型に戻ってるっていうのは、どっちかっていうとコミュニティというテクノロジーっていうよりかは、インセンティブというテクノロジーの発達だよね。
それは、みんなのお金を集めて目的が達成したときに、みんなが儲かることができるよねっていうふうな、何を達成すれば達成したときに、みんなが利益をみんなに配分することができるっていうシステムが民主化したので、目的中心型が戻ってきてるっていうふうに捉えたほうが良くて。
そういう意味では、この最後の3つの分類っていうのは、今までリアルから考えたコミュニティは何を共有するものかっていう性質で考えていたものと、
それに対してインターネットのコミュニティの方っていうのは、テクノロジーによってどういう共有の仕方ができるようになっていったかっていう、開放されていった、できることが増えていった歴史みたいに捉えるとわかりやすいよね。
スピーカー 2
そうですね。おっしゃる通りで、Web 2.0の時代ってお客さんにインセンティブを与えるのが難しかったので、どうしても褒められるとか自己顕示欲を満たすみたいな方向しかなかった。
なので、SNSが生まれたぐらいで僕は捉えてますね。
スピーカー 1
そうだよね。
スピーカー 2
今だとインセンティブを与えられるようになったということは、自己顕示欲にそんなに頼らなくて良くなっているはずなので、ダオ型というか目的を中心としたコミュニティが増えていくかなというのが個人的な予想です。
スピーカー 1
でも面白いのが、結局コンテンツ中心でいこうが、トピック中心でいこうが、目的中心でいこうが、その中の一個一個のコミュニケーションの種類っていうのは、パケット的な情報をやり取りしていくっていうことに重きを置くケースもあれば、
結局人が集うので、人が集うとそこの中に仲間っていうものが生まれたり上下みたいなものが生まれるから、そこの中でグルーミング的なものも両方芽生えるはずなので、
やっぱり自分がどこに比重を置きながら、コミュニティというものをオンラインの中で作っていくかっていうことは大事だし、何よりもコミュニティを設計したり運営していくと、目の前に立ち上がる線である実際発言している人同士の線に目が行きがちなんだけれども、
むしろコミュニティっていうのは発言もしていない面として場がどういうふうに活性化していくのかっていうことも含めて設計していくことが大事って、結構これなんか2回目にして実践編の結構あんま語られてないことの秘伝を何か結構開示してる感じがする。
スピーカー 2
そうですね、ここまで聞いただけでもコミュニティ作りっていうのはかなり進んでいくかなと思うんですが、次回でチームとコミュニティの違いみたいな話をちょっとして、おそらくチーム型のコミュニティを今は作るのが一番盛り上がりやすいかなと思っているので、ちょっとその話をしようかなと思います。
スピーカー 1
なんて言ったって第2回気づいてますか。大村はこれって○○って理論だよねってことが言えなかった回なので、たぶん次回は○○の理論だよってことが言えるんじゃないかなというふうに。
スピーカー 2
言えるかもしれない。
スピーカー 1
はい、綿木役所の回にしていきたいと思います。
スピーカー 2
はい、ありがとうございます。
どうもです。