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2024-05-29 31:19

#4-2 コミュニティは面で、コミュニケーションは線?違いを説明できますか?

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コミュニティに近い言葉として「コミュニケーション」がありますが、この違い、意外と説明できない人も多いのでは?ここでは、線と面、という言い方をして、両者の違いを明確にします!


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▼MC:

尾原和啓(IT批評家) https://twitter.com/kazobara



京都大学院で人工知能を研究。マッキンゼー、Google、iモード、楽天執行役員、2回のリクルートなど事業立上げ・投資を専門とし、内閣府新AI戦略検討、産総研人工知能研究センターアドバイザー、現在13職目 、近著「アフターデジタル」は11万部、元 経産大臣 世耕氏より推挙。「プロセスエコノミー」はビジネス書グランプリ イノベーション部門受賞

▼サブMC:

けんすう(アル株式会社代表取締役) https://twitter.com/kensuu



アル株式会社代表取締役。学生時代からインターネットサービスに携わり、2006年株式会社リクルートに入社。新規事業担当を経て、2009年に株式会社nanapiを創業。2014年にKDDIグループにジョインし、2018年から現職。

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▼音声編集:株式会社BOOK

▼アドバイザー:株式会社BOOK代表取締役 樋口聖典

サマリー

コミュニケーションは線で結ばれ、コミュニティは面で構成されています。パケット型とグルーミング型の2つのコミュニケーション内容が存在し、それぞれ異なる特徴を持っています。現在、グルーミング型とパケット型のコミュニケーションについて考察されています。2チャンネルやSNSのコミュニティ作りと、インターネットのコミュニティの型についても解説されています。最近のテクノロジーの進化とデバイスの性質によって、コミュニティの形態が変化してきています。以前は個人を中心とした発信が限られていましたが、Web 2.0の登場により、個人発信が増え、現在は目的中心型のコミュニティが再び注目されています。

コミュニケーションとコミュニティの違い
けんすう
前回、コミュニティについてざっくりと全体像を話したんですけれども、 今回はインターネットに絞って話していきたいなと思っております。
尾原
1回目のね、そもそもコミュニティっていうだけでも、 基本的に4つの分解ができるっていう話から、
あそこまで解像度上がるってなかなかなくて、 すごいわかりやすかったです。
けんすう
よかったです。今回ですね、私ちょっと整理から入った方がいいかなと思ってます。
尾原
マジか。よし、行こう。
けんすう
さらに整理します。まずですね、ちょっと混同されがちな、 コミュニケーションとコミュニティって違うよねっていうのを、
ちゃんと言語化しておいた方がいいかなと。
尾原
コミュニケーションとコミュニティの違いですね。
けんすう
でないと、XもLINEもコミュニティだよねみたいに言っちゃうと、
どっかでやっぱりわかりづらくなっちゃうので、そこをちょっと説明しますね。
まずですね、コミュニケーションとは何かっていうのを定義したんですけれども、
人と人をつなぐやりとりの線みたいなのが一番わかりやすいかなと。
尾原
誰かと誰かを話してるよねっていう、いわゆる意図電話的なイメージってことかな。
けんすう
ですです。もう話してと受け手がいて、線がつながれてる。まさに意図電話ですね。
これポイントとしてはコミュニケーションって必ず線で結ばれてるっていうのが重要だと思うんですよ。
線で結ばれてないコミュニケーションって存在しない。
要は話してがいて受け手がいるけど何も発信してなかったらそれはコミュニケーションではないっていうことですね。
メッセンジャーアプリのLINEってすごくわかりやすくて、あれって線って意味じゃないですか。
なのでLINEがやってることって基本的にはコミュニケーションです。
1対1でメッセージを送って帰ってくるみたいな感じですね。
尾原
なるほどね。だからTwitterとかって一般的にコミュニティツールっていうふうに解釈されるときとコミュニケーションツールって解釈されるときがあって、
そのときに何がコミュニティで何がコミュニケーションだっていう話になると、
要はコミュニケーションとは受け手と送り手のキャッチボールだから、
受け手と送り手に線が引っ張られてる特技はコミュニケーションですよっていうふうに
まず定義しちゃうと、これはコミュニケーションですねっていうふうにわかりやすいってことですね。
けんすう
そうですね。コミュニティとは何かっていうと、これは線に対して面だと思ってます。
例えばAさんとBさんがいてコミュニケーションのLINEが引かれている。
CさんとDさんがいてそこもコミュニケーションしているみたいなものが同じ面の中で存在するっていうのがコミュニティかなと。
結構重要なのが誰ともコミュニケーションしてないEさんがいても大丈夫なんですよ。
尾原
だからあれだよね。結局Eさんは要は読んでるだけということで、
AさんとBさんのやりとりとCさんとDさんのやりとりを見ていることもできるし。
けんすう
まさに。サークルとかでも5人ぐらいで部室とかにいて、AさんとBさん話してて、CさんとDさん別の話してて、
Eさん何もしてなくてもこれってコミュニティだよねって言える。
けどEさんはコミュニケーションはしていないっていう。こんな感じになるかなと。
なのでまとめるとコミュニケーションは線であり、コミュニティは面であると。
で、インターネットのコミュニティ話す前になんでこの話したかというと、
結構コミュニティ作る人って何も発言していない人のことを頭から抜けちゃったりするんですよ。
尾原
なるほどね。
けんすう
なのでコミュニティ作りましたよって時に発言してくれる人って目につくんですけど、
当たり前ですけど発言してない人ってたくさんいたりするので。
で、実際あの昔の調査ですけど、たとえば2チャンネルとかの匿名掲示板を見てるだけの人って90何%で書いてる人って5%いないとかだったりするんですね。
ってことは本当であれば見てない人の方が、喋ってない人の方が重要であって、
多いので、見てるだけの人のことを考えなきゃいけないけど、発言してる人の声の方が当然大きいので、
そこでコミュニティ設計をミスっちゃうってことはよくあるかなと思ってます。
尾原
結構このミャワー、コミュニケーションは線で考えて、コミュニティは面で設計するって初めて聞いたんだけどさ、
これなんかどっかで理論としてあったの?
けんすう
いやこれ多分、僕が友達とかと喋ってる時に整理したとかだと思いますね。
尾原
結構来たな、この懸垂理論もあるかもしれないね。
なんとなく僕たちも、例えばオンラインサロンみたいなものがあった時に、比較的水野さんのところとかって、
みんながワイワイ言うタイプに対して、西野さんはロムセンだよねみたいな、いわゆるリードオンリーメンバーが多いっていうことで、
それってコミュニティとして捉えるよりはメルマガ的に捉えがちなんだけれども、
メルマガってさ、あくまで読み手はレスポンス返せないじゃん。
けんすう
はいはい。
尾原
だけど、フェイスブックグループとかでやってるから、ずっと98%の読み手も、時々1年に何回は書き手に変わる瞬間っていうのかなって。
結局それって、面として98%の読み手をずっと捉えてて、この人は時々発言できるっていうふうな気分になっていいんだよっていうことだったりとか、
ちょっと1年に1回しか発言しかしないんだけれども、でもその1年に1回発言した時に、やっぱり温かいコメントがついてくれることとか、
前回で話した支援の話みたいに、支援されたい瞬間に手を挙げていいんだよっていうふうに、実はさっき言ったように線が引っ張られてない、
8割とか9割の人を面として捉え続けて、面として捉え続けた人がコミュニケーションしたい時にコミュニケーションできるようにどう設計するかとかってさ、
今の線と面っていう考え方を言われただけで、これだけ話せるよね。
けんすう
そうですね。本当にこれやっぱり見えてる線の方が気になっちゃうので、すごくやっぱりコミュニティ作る上で、ある意味バイアスが強くかかっちゃうんですよね。
尾原
そうだよね。それもさっき話したように、AさんとBさんのコミュニケーションのラインがあって、CさんとDさんのコミュニケーションのラインがあって、これが同時に見ているという8割の人がいた時に、
このAさんとBさんの線とCさんとDさんの線を全体の一つの文脈として捉えて、誰かがまとめ直したりとか、誰かがそこに対してまとめた形でコメントをしていくみたいなことが生じるみたいなところがコミュニティの楽しさだから。
まさにこれ。
図と字の理論っていうのがあるんですけど、いわゆる図っていうのは絵が描かれた時のキャラクターとか背景とかだよね。でも字っていうのは何も描かれてない場所っていうところで。
よく言われるのは、アメリカの漫画っていうのは基本的に描かれたキャラだけが物語を紡いでるんだけれども、日本の漫画は描かれている図よりも描かれてない字の部分で表現をするみたいな話を言って。
けんすう
面白い。
尾原
例えばスラムダンクって、ネタバラになれないと思うけど、最終話ってセリフが1個しかなくて、表現されない後ろの何も書かれていない余白の部分の中に試合の切なさだったりとか、
けんすう
主人公が本当にギリギリになりながら勝利を勝ち取るまでの危うさみたいなものが表現されたりするわけじゃないですか。一般的にやっぱり日本の美学というものは、描かれてない字の表現によってなされるみたいな話があって。
尾原
コミュニティってまさに描かれてない字の設計だよね。
2チャンネルのコミュニティ設計
けんすう
面白いですね。これちょっと別の話ですけど、2チャンネルってやっぱりすごいコミュニティ設計で上手だったんですね。
尾原
結構、ひろゆきさんが作った2チャンネルって、何描いてもいい自由な場だと思ってる人が多いと思うんですけど。
結構多いよね。便所の落書きみたいに思っちゃう人が多いよね。
けんすう
そうですね。ただ初期の結構きつめのルールがいろいろあって、まず慣れ合いダメだったんですよ。
だからAさんとBさんが仲良くなって、なんとかさんこんにちはみたいなやり取りは、これはもうめちゃくちゃダメだと。
かなり徹底的に排除する方向に行ってましたし、あとオフ会ネタはダメ。
尾原
要はそこで描かれてない文脈の共有を前提とした会話みたいなものでやめろと。
けんすう
やめろと。つまりなんか昨日飲んで楽しかったですねとか、あの発言面白かったよねってやったら、読んでる人がつまんない。
確かに。
なのでそういうものは結構規制されていて、例えばその名前欄をもう消しちゃうとか、徹底的にそういう人を追い出すとか、
そうですね、慣れ合わないようにしているっていうのをやっていて、実は読み手のことをかなり考えて作られてるっていうのがありますね。
尾原
そうか。ニンチャンネルが単なる匿名で誰でも書ける掲示板ですっていうふうに思いがちなんだけれども、
実は名前の欄を消すことによって、Aさんいつものあれみたいな形で、相手を特定とした線としてのコミュニケーションをできるだけ無効化することによって、
その面としてみんなに語りかけるっていう形の誘導設計が、実はナナシさんっていうデフォルトのところの名前の設計に実は隠されてたんじゃないかっていう話を今してるわけだよね。
けんすう
そうですね。
パケット型とグルーミング型のコミュニケーション内容
尾原
すげえな。
けんすう
ここから次のコミュニケーションの内容について共有するとさらに今の話が面白くなるんですが、
コミュニケーションの内容はめちゃくちゃ大きく書けると、僕2種類あると整理したんですね。
一つはパケット型、一つはグルーミング型という区分です。
尾原
グルーミングっていう。
けんすう
これ耳慣れない言葉だと思うんですけど、パケット型は内容が重要なものです。
例えば、今日スーパーで買ってくるものありますかって聞いて、卵買ってきてって言ったら、卵買えばいいんだなっていうふうに当然情報が伝わります。
これはパケット型。
尾原
パケットっていう何を伝えたいんですかっていうものを小包みに包んで相手にお渡ししますよっていう。
けんすう
これやっぱり内容が重要なんです。
何買ってきてほしいって言ったとき、卵って返ってくれば分かるけど、スーパー行くんだ楽しんできてねとか言われたら、買ってくるものを教えろってなるじゃないですか。
っていうすれ違いがあったりします。
これとちょっと別のものでグルーミング型っていうのを用意したんですけど、これはコミュニケーションそのものが大事なものというふうにしてます。
先ほど小原さん言ったようにグルーミングって猿とかが毛づくろいをお互いにするみたいな感じなんですか。
要はお互い敵がないよ、味方だよっていうのを示すためのものですと。
グルーミング型とパケット型のコミュニケーション
けんすう
なのでコミュニケーションにおいては、この前カラオケ行ったんだけどあの曲歌ったら気持ちよかったんだよね、いいよねみたいな感じの。
内容は割とどうでもよくて、つながっててお互いに寄り添ってる感というか、敬意とか好きという感じが伝わるっていうのがグルーミング型のコミュニケーションかなと思ってます。
結構パケット分かれるものじゃなくて、パケット型の夫婦の会話だと何買ってきてほしい卵だけよりかは、ありがとうねとか、明日卵焼き作ろうかなみたいなグルーミング型のが入ってくる場合もありますし、
グルーミング型でもそこから情報っぽいものに寄ったりするんですけれども、極端に言うとやっぱりこの2種類ぐらいがどっちがメインかっていうので分類できるかなと。
尾原
中身を伝えたいパケット型と中身よりもお互いの共感みたいなところを作っていくっていうところの01じゃなくて間があってっていう形で進んでいくってこれでも分かりやすいよね。
けんすう
そうですね。これ2チャンネルは完全にあのひろゆきさんの合理的な思考が出てると思うんですけど、完璧にパケット型なんですよ。だからもう彼にとっては敬語とかすら邪魔だと。
尾原
なるほどね。敬語ってある種、相手に敬意を示してるってグルーミングっちゃグルーミングだもんね。
けんすう
そうなんです。証言部分なんだ。だから、なんとかについては教えれ、なんとかっていう端的に書いてあると分かりやすいし、コスト低いよね。
尾原
だから2チャン用語ってあえてネットのちょっとIQ低いような省略語が多いけど、逆に省略語にすることによってパケットという中身だけに意識を集中させて、相手のグルーミングみたいなところのために変な形容詞つけたりとか語尾長くしたりとか、
デスなのかデアルなのかみたいなことを考えなくてよくするっていう、実はシンプライゼーション単純化だったっていうふうに考えられるわけだね。
けんすう
おっしゃる通りですね。結構今だと優しい日本語っていう言葉が話題だったりしますけど、外国人にとっても優しい日本語使いましょうみたいな感じで、ガイドラインとかもあるんですが、例えば地震の時に揺れがありましたっていうのを、外国人には難しい表現だよね。
だから普通に揺れましたでいいじゃんとか、そんな感じで情報を伝えることをもうちょっと端的にできるように優しい日本語使おうねって動きなんですが、これと多分近いですね。2chのやってたことは。
尾原
なるほどね。だからあれだよ。簡単に言えば軍隊の用語ってそうなんだよね。
けんすう
ああ、なるほどね。
尾原
もともと日本語って大和言葉が中心だったものに、東京に寄せた時に標準語って作られたわけなんですけども、標準語ってどっちかっていうと、その時、布告強兵があったから、軍隊用語的にできるだけいろんな方言の人たちが共通の言葉でしゃべれるように簡素にしたものが標準語だったりするので、
まさにパケット型のために作られたのが標準語みたいな話で。
一方で京都の芸妓さんの言葉ありますね。
よろしくなみたいな、ああいうので、むしろこれはこれで京都の芸妓さん、舞妓さんも地方からたくさんいらっしゃるので、彼らも言葉を変えなきゃいけないんですよね。
その時に逆にグルーミング型で、上巻がめっちゃたくさん出るようなイントネーションにすることによって、あえて東北の方言の語尾の回し方とか関西の語尾の回し方みたいなことをオーバーなイントネーションにすることによって打ち消すっていう、
そのグルーミング型で誰もがしゃべれるようにしたっていうのが京都の舞妓さんの言葉でございまして。
面白い。
けんすう
そうですね。グルーミング型って確かに特殊な用語が生まれると思っていて、
女子高生とかが大人にはわからない言葉を使ってしゃべるとかって、大人を排除するっていう意味もありますし、お互いの言語を理解してるっていう、繋がってる感をより感じられるっていうので、
グルーミングが効率的になるのかなと思いますし、グルーミングってやっぱり生存本能にかなり直結するので、
これは食事をしたいとか寝たいとかと同じぐらい多分欲求が高いので、悪用しちゃうと結構ここをついてるだけでインターネットの盛り上がりとかを作るのは簡単なんですよね。
尾原
怖い怖い怖い怖い怖い怖い。そうやって君は独自の怠け者とかいろんなアイコンを使いながら仲間意識を作ろうとしてる。
話は置いといて、でも真面目な話にコミュニティの一番シンプルな定義が、敵と分けるためのものっていう意味があって、単純に言うと、であるを定義するためにはでないを定義した方がわかりやすいんだよね。
一方でグルーミング型の逆が何かっていうと、お前はいつか裏切らないかもしれないよねっていう不安を抱き続けることって、すごく脳があって予測できないものを嫌うので、できるだけ予測可能範囲にしていくことが安心なんですよ。
2チャンネルやSNSのコミュニティ作り
尾原
そうなった時にあなたは私の予測可能な範囲の人ですよねっていうことを日々確認することによって、相手が突然ケースが今俺を殴りかからないよねとか、小原さん言ってること全く違いますよねみたいなことを否定をしてこないよねっていうことで、僕は不安コストを減らしながら生きることができるから。
そういう意味では特に不確定なものが多くなってくると、よりあなたと私の関係の中では予測可能な範囲だから、いちいち不安コストを払わなくていいよねっていうのがグルーミングのもともとのルーツであり、
インターネットはどんどんどんどん他人から突然ぶん殴られるものになっていくと、逆にBDRだったりとか、ものすごいクローズの中でグルーミング的なことをやるっていうことが貴重になってくる。
リアル社会って距離っていうものの中で、同室性を担保できてたから安心できたんだけど、オンラインコミュニティって遠くの人とつながれる分、逆に知らない人が突然やってくるっていうこともあるので、
そこら辺、安心でいられるためにグルーミング型のコミュニケーションがより必要となっていくっていうのは、確かにオンラインだからこそグルーミングっていう指摘はめちゃくちゃわかりやすいな。
けんすう
そうですね。だからコミュニティ作る時とかにグルーミングさせたいのか、パケットで情報をやり取りさせたいのかで、多分全然違くて、CGMと呼ばれるようなユーザーの投稿が情報として重要なCookpadとかTabelogだと、やっぱり基本的にパケットを投稿させたがるんですね。
なのでグルーミング部分はちょっとCookpadさんだと作レポみたいな感じにして、作ったよみたいなやり取りで満たしてあげるとか、結構工夫をしてたりするので、ちょっと自分の使ってるサイトがどっち優位なのかなとかを見てみると面白いかなと思います。
尾原
これやっぱり普段って件数ってグルーミング型とパケット型っていうのを意識的にSNSのポストとかでも切り分けたりとかしながら、うまくコミュニケーションとコミュニティの作り方みたいなこと変えてたりするの?
けんすう
変えてますね。だからこれに対してコメントがどんぐらいつくかとか、引用RTと普通のRTどっちが増えるかとか、これは多分ブックマーク数が一番上がって、レスは全然つかないなとかはある程度計算してやってますね。
尾原
その時にパケット型とグルーミング型の使い分けってあるわけか?
けんすう
ありますね。ありますが、やっぱりグルーミング型って不特定多数に向けてやるのって難しいんですよ。
尾原
それはそうだね。ある種仲間を強化していくためのステップがグルーミングだもんね。仲間っていうふうになってから、その仲間になった人に対して提供していくものだもんね。
けんすう
そうですね。SNSだと基本的にパケットを提供している人が多いんですけれども、このパケットを提供している人とこのパケットを提供している人は近しいんだよっていうのを読み手に見せるためにグルーミングするみたいな、ちょっとややこしい話になりますね。
尾原
そっかそっかそっか。だからパケットって結局情報だから、この情報は好きっていう人と、この情報はいらないかなっていう人に分かれてくるわけだよね。
けんすう
そうですね。
尾原
そうすると、ある情報を発信していくと、だんだんその情報が好きだなっていう、最初は情報交換型でやってたものが、結局その情報を好きだっていうことは、同じ価値観の人っていうコミュニティ的要素を持ってくるから、
じゃあ同じ情報を好きな人を、そのコミュニティ的なところに転換していくために、その人同士をグルーミング型に持っていくことによって、その仲間、仲間、仲間っていう感じを作っていくってことを、意図的にやってるってことか。なんて怖いこと。
コミュニティの型とインターネット
けんすう
そうですね。だから結構インフルエンサーと呼ばれるような人たちは、本当のグルーミングだったらDMすればいいので。
尾原
確かに。
けんすう
その手でやってる時は、何らかのそこの手の関係性に似たパケットですよっていうのをやってるケースが多いんじゃないかなと思ってます。
尾原
そうだね。
だし、グルーミング型も何らかの形で、この人とこの人が仲間っていうのを見せることによって、同じ価値観の人たちに私も仲間みたいな、温かみを伝播していくみたいな感じになってるってことかな。
けんすう
まさにそんな感じですね。
尾原
怖いな。
けんすう
最後にインターネットのコミュニティの型みたいなのもあるかなと思うので、これはちょっと軽く説明しておきます。
一つはまずコンテンツ中心型みたいなのがあって、YouTubeのコメント欄とかがそうですね。
コンテンツっていうでっかいものがあるから、コミュニティっぽくはあるけれども、見てる人同士の相互のやり取りってそんなに多くない。
尾原
そうですね。コンテンツに対して矢印が向いてるっていう感じだよね。
けんすう
ですね。なのでここって特徴としては自発性がなくて、どちらかというとコンテンツに対しての反応みたいな感じに。
レスポンス型。
はい、になってます。
個人的にはSNSをコミュニティと定義するんだったらここに入るかなっていう感じです。
コンテンツを提供する人とそれに対しての反応の人みたいな。
尾原
メインのポストがコンテンツであって、そこに対する反応をコメントしてる人同士のやり取りというよりはあくまで発信主に対してるっていうだけだよね。
けんすう
そうですね。もう一つのコミュニティの型はトピック中心型。
これは例えばスレッドみたいなのがあって、子育てしている横浜県、横浜市の人集まれみたいなテーマがあって、そこで話していくみたいな感じですね。
これは情報交換とかにすごい使われて、
古のインターネットだとトピック中心型から発展していった気がするので、これは昔からよくある形です。
尾原
そうだよね。
テクノロジーの進化によるコミュニティの変化
けんすう
最後に目的中心型というのがあって、これは割と最近のやつでDAOと呼ばれるような何かの共通の目的があって、それに対して推進していくことが求められるというところかなと。
これ前回小原さんが言ったようなチームとコミュニティの違いみたいなところ。
ちょっとこれは次回話そうかなと思ってるんですが、チームとコミュニティに分かれるとしたらチーム側に入るやつですね、これは。
尾原
そうだね。
これって結構テクノロジーの進化とか、何しは送受信してるデバイスの性質によってどこまで許容できるようになったのかっていうところが結構大きいと思ってて。
やっぱり昔っていうのは、そもそも発信者コストが高かったから、サーバーを設置するのって結構コストが高かったし、そもそも2チャンネルもスレッドって999までにしておかなきゃいけないっていうのは、もちろん設計の理由もあったけど、やっぱり保存する場所が重たかったので、ある程度ちっちゃく小分けにしないと動かなかったみたいなことがあって。
そうすると個人を中心にした発信って、やっぱり個人が発信できるからなので、どうしてもやっぱりトピック中心からしか始まり得なかったっていうのが、やっぱりテクノロジーによる制限で。
一方、Web 2.0というものは、結局サーバー側が結構誰でもアップロードできるっていうところのクラウドの発達と、誰もが気軽に24時間30センチ以内に肌見放さず持ってるスマホ、携帯っていうものから発信できるようになったっていうところで、発信者が個人の方に移ったから。
逆に言うと、個人を起点としたものをどんどん出せるようになっていったので、逆に言うと小分けにしたコンテンツを中心にできるようになったっていうのがあって。
一方で、やっぱりもう一度目的中心型に戻ってるっていうのは、どっちかっていうとコミュニティというテクノロジーっていうよりかは、インセンティブというテクノロジーの発達だよね。
それは、みんなのお金を集めて目的が達成したときに、みんなが儲かることができるよねっていうふうな、何を達成すれば達成したときに、みんなが利益をみんなに配分することができるっていうシステムが民主化したので、目的中心型が戻ってきてるっていうふうに捉えたほうが良くて。
そういう意味では、この最後の3つの分類っていうのは、今までリアルから考えたコミュニティは何を共有するものかっていう性質で考えていたものと、
それに対してインターネットのコミュニティの方っていうのは、テクノロジーによってどういう共有の仕方ができるようになっていったかっていう、開放されていった、できることが増えていった歴史みたいに捉えるとわかりやすいよね。
けんすう
そうですね。おっしゃる通りで、Web 2.0の時代ってお客さんにインセンティブを与えるのが難しかったので、どうしても褒められるとか自己顕示欲を満たすみたいな方向しかなかった。
なので、SNSが生まれたぐらいで僕は捉えてますね。
尾原
そうだよね。
けんすう
今だとインセンティブを与えられるようになったということは、自己顕示欲にそんなに頼らなくて良くなっているはずなので、ダオ型というか目的を中心としたコミュニティが増えていくかなというのが個人的な予想です。
尾原
でも面白いのが、結局コンテンツ中心でいこうが、トピック中心でいこうが、目的中心でいこうが、その中の一個一個のコミュニケーションの種類っていうのは、パケット的な情報をやり取りしていくっていうことに重きを置くケースもあれば、
結局人が集うので、人が集うとそこの中に仲間っていうものが生まれたり上下みたいなものが生まれるから、そこの中でグルーミング的なものも両方芽生えるはずなので、
やっぱり自分がどこに比重を置きながら、コミュニティというものをオンラインの中で作っていくかっていうことは大事だし、何よりもコミュニティを設計したり運営していくと、目の前に立ち上がる線である実際発言している人同士の線に目が行きがちなんだけれども、
むしろコミュニティっていうのは発言もしていない面として場がどういうふうに活性化していくのかっていうことも含めて設計していくことが大事って、結構これなんか2回目にして実践編の結構あんま語られてないことの秘伝を何か結構開示してる感じがする。
けんすう
そうですね、ここまで聞いただけでもコミュニティ作りっていうのはかなり進んでいくかなと思うんですが、次回でチームとコミュニティの違いみたいな話をちょっとして、おそらくチーム型のコミュニティを今は作るのが一番盛り上がりやすいかなと思っているので、ちょっとその話をしようかなと思います。
尾原
なんて言ったって第2回気づいてますか。大村はこれって○○って理論だよねってことが言えなかった回なので、たぶん次回は○○の理論だよってことが言えるんじゃないかなというふうに。
けんすう
言えるかもしれない。
尾原
はい、綿木役所の回にしていきたいと思います。
けんすう
はい、ありがとうございます。
どうもです。
31:19

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