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2026-01-21 19:19

#22 否定という構造から距離をとる『肯定からあなたの物語は始まる 視点が変わるヒント』

養生茶を飲みながら、『肯定からあなたの物語は始まる 視点が変わるヒント(稲葉 俊郎 著)』についてご紹介します。


自己否定と他者否定/きれいな心を持つ人が未来を作る/命が私に期待しているものは何か



収録後記、書き起こしはこちらのnoteに!

https://note.com/honcha_honcha/n/n553fd9f695ca


🍵 本日のお茶 🍵

https://www.hangofun.com/


📕 本日の本 📕

『肯定からあなたの物語は始まる 視点が変わるヒント』

稲葉 俊郎 (著)

https://amzn.to/4r3V2lO



👤 スピーカー 👤

Fuyuto


「静けさのデザインとケア」を通して、創造性の器を育む、Studio Stillnessとして、コーチング、プログラム開発などを行っています。


Instagram → https://www.instagram.com/___fuyuto/

note → https://note.com/honcha_honcha

サマリー

ポッドキャスト第22回で、稲葉敏郎の著書『肯定からあなたの物語は始まる 視点が変わるヒント』が紹介されています。自己否定や他者否定から距離を置く方法が深く探求されています。また、未来を創る力の源として「きれいな心」の重要性が語られています。心の清さが未来を作る重要な要素として強調され、宿の体験を通じて「きれいさ」の意味が深掘りされています。さらに、生命への期待について考察され、主語と目的語の転換が生きることにどのように影響するかが論じられています。

自己否定と他者否定の関係
こんにちは。本茶本茶へようこそ。毎回一種類のお茶を味わいながら、一冊の本をきっかけに、緩やかに語る時間です。静けさのデザインとケアを通して、創造性の器を育む、スタジオスティルネスのFuyutoがお送りします。毎週水曜日19時に更新しています。
今日ご紹介するのは、稲葉敏郎さんという方が書かれた、『肯定からあなたの物語は始まる 視点が変わるヒント』という一冊になります。
この稲葉さんという方は、本茶本茶を始めた初期ですね、第3回に『命を呼び覚ますもの、人の心と体』という本をご紹介させていただいた著者の方なんですけれども、
もともとはお医者さん、東大病院で、確か心臓だったと思うんですが、の担当をされていた方なんですけれども、
西洋医学だけではなくて、東洋医学であったりとか、あるいは哲学みたいなことにも踏み込みながら、
命、稲葉さんはひらがなで命と使っていますけれども、命っていうことであったり、命を呼び覚ます場というものに興味を持ちながら、
現在はお医者さんという立場ではなくて、大学の慶応だったかな、特任教授などをやられながら探索、探求をされている方になります。
僕、この稲葉さんの本すごい好きでですね、特にその医療、医術というものと芸術というものを、
両方ともその命を取り戻す、あるいは輝かすものとして論じているという部分がとてもユニークでですね、
毎回新刊が出ると読んでいる、そんな著者の方になります。
ご紹介したいポイントは今日も3つで、
1つ目が、自己否定と他者否定。
2つ目が、きれいな心を持つ人が未来を作る。
最後に、命が私に期待しているものは何か。
では、今日もその前に一緒に楽しむお茶から。
はい、今日はですね、台湾のハーブティーをいただいています。
ハンゴーファンという漢字で言うと、漢字の漢にお菓子の漢に方々の方というところの養生茶、ハーブティーと書いてあるものを、
これはティーバッグに入っているものなんですが、いただいております。
これはですね、最近台湾に行った仲間の一人がお土産に買ってきてくれたもので、
お茶をお土産にいただけると、いろんな国のお茶を楽しめてとても嬉しいんですけれども、
このハンゴーファンというのは、もともと漢方に由来のあるメーカーだそうで、
お茶ではあるんですが、甘い草だったり、牧竜というのかな、
牧竜といういろんな漢方とハイビスカスとかローズが混ざっているちょっと酸っぱめのハーブティーという形になっています。
ほんちゃほんちゃの第8回でしたかね。
2つ以上の世界を生きているからだという、韓国で西洋医学に基づく病院と東洋医学に基づく館医院、
これはハリだったり漢方で治療していく、その2つの医療機関の人類学をした本をご紹介しましたけれども、
漢方ってやっぱりすごい興味深いですよね。
あまり日常的に今は私は飲んではいないものの、とても気になる領域だなというふうに思っていますし、
それがお茶になってこんな楽ちんに飲めるんだったらより一層いいなと思いながらおいしくいただいております。
ここからは本のご紹介に戻ろうと思いますので、皆様もお気に入りの飲み物とともにお楽しみください。
さて、この肯定からあなたの物語は始まるっていう本なんですけれども、
去年の11月14日に発刊がされているので比較的最近の本になります。
そしてこちらは4つ章に分かれているんですけれども、
それぞれ、よみがえる力、はなれる力、ひとことの力、たましの力、
それぞれ力は漢字でそれ以外はひらがななんですが、
そんな4つの力について章立てをされている本になっています。
これ、前回ご紹介した命を呼び覚ますものとか、その続編の命はのちの命へっていう本と比べるとですね、
何か前作の方がギューッと時間をかけて結晶化されたものが書かれていたイメージで、
今回のこちらの本はもう少し発散的にというか、
何か一緒に考えを膨らませていくきっかけになるような言葉とか文章、テーマが散りばめられているような、そんな本に僕は受け取りました。
なんて言うんですかね、固まりきっていないというか、
伝わる方いるか分からないですが、理科の実験、昔妙蛮の結晶の実験とかやった方いますかね。
妙蛮を水に溶かしてそこから結晶を作るんですけど、
はじめに角になる小さなきれいな形の結晶をつるしておくんですよね、その妙蛮液の中に。
そうするとそこにどんどんどんどん結晶が膨らんでいって大きくなるみたいな、そんな記憶があるんですが、
そういう、読んだ人それぞれがこの稲葉さんの言葉を角にしながら、
それぞれ考えを膨らませていくような、固まりきっていないテーマ、そんなものを感じながら個人的に読んでいました。
早速一つ目のテーマですが、自己否定と他者否定。
このタイトルにもあるように、肯定からあなたの物語は始まるということで、
その逆ですね、自己否定とか他者否定ということから距離を取りましょうというようなことが書かれた場所からの引用になります。
自己否定は他者否定とセットになっている。
むやみに他者を否定する人はおそらく自分を否定された被害者でもある。
中略して、その解決法は、否定を発する他者とは物理的な距離を取り、
自分を肯定する力を奪われないようにすることだという部分があります。
まさに自分の命を生きる、命を発揮するために、他者否定をする人から距離を取るということが書かれている部分なんですけれども、
この部分を読んで自分として思ったことは、この他者否定と自己否定ってセットだったり裏表だったりするなと。
例えば、他者を否定しないために自分を否定するということとか、自分を否定しないために他者を否定する。
そのどこかに原因を求めて否定する対象を探すというのは、
実は自己否定も他者否定も表裏で構造としてはあまり変わっていないんじゃないかななんていうことを思いながら読んでいました。
とすると、もちろんその他者否定する方と距離を取るというのがここに書かれているように一つありますし、
もう一つは、自己否定している自分とも距離を取るみたいなことがもしかしたら必要なのかもしれないなと。
要は、誰かが悪くて誰かを否定するっていうフレーム自体から距離を取る。
未来をつくる力
そんなことがあるのかなと思い巡らせてみると、
何回か前にご紹介したユン・ウンデさんのつながりすぎないでいいという本に、
設定に気づくっていうことが自己否定から離れるためのポイントっていうことがあったなと思って少し読み返してみました。
これはある子供がいる女性がユンさんに相談をする場面の話なんですが、
その方、子供の至らないところばかりが目についてしまって、
なんでこんなこともできないのかというふうに思ってしまう。
その度に自己否定を覚えてしまうという話をした女性に対してユンさんが、
そうなんですね、でもなく、そうなんですか、でもなく、
僕はただ、自己否定感を覚える設定を毎回理事義にあなたは導入しているとしたらどう思いますかと尋ねてみた。
そんな一部分があります。
嫌悪感や否定感っていうものは、感覚と感情の癒着だと。
その感覚と感情の癒着のことを設定と呼んでいるんだそうです。
そしてその自己否定というものが、もう自分にへばりついてどうにも離れないものということではなくて、
実は自分でそういう設定を導入しているということかもしれないと。
少し客観的に見たときに、そこから離れていけるんじゃないかと。
そんな内容のことを思い出しながら読んでいました。
もちろん他者否定はよくないという話はありながら、
では他者を否定できないのであれば、全部自分のせいで自己否定になるということも、
それはそれで健全じゃないなというときに、このユンさんの言葉というのはとても意味のあるなというふうに思っています。
そして2つ目が、きれいな心を持つ人が未来をつくるという言葉になります。
この言葉自体はですね、実は稲葉さんの言葉というよりも、
北木という会社、これは北軽井沢という場所でキャンプ場をやったりとかですね、
焚火を家具にした対話の施設を運営していたり、木材を育てて材木にして、
それを薪にしたり家具にしたり、あるいは養蜂をしたりというですね、
非常に多様な循環をつくっている会社があるんですが、
そこの創業者である福島誠さんという方と話をする中で、
このきれいな心を持つ人が未来をつくるという言葉と出会ったそうです。
それを受けて稲葉さんは、きれいな心と汚い心からは生み出されるものに差が生じる。
その差は誰かが判断するものではなく、自分自身で感じ、判断するしかないのだ。
中略で、どんな時代においても、きれいにする、正常にする、浄化する、
そうした場が必要なのだというふうに自分なりに書かれています。
このきれいな心を持つ人が未来をつくるというのを二つ目に挙げたのは、
稲葉敏郎の視点
美しいときれいの違いみたいなことを、この文章を読んでいる時にポッと思ったからです。
美しいというのは、瞬間的に判断ができそうな美しいものと美しくないものという個人的にはイメージを持つのですが、
きれいかきれいじゃないかというのは、
もう少し状態的というか、きれいに整えている、整え続けていればずっときれいだし、
放っておけば汚れていくという、何か時間とか手入れみたいなものを、個人的には感じる言葉だと思っていました。
まさにきれいにするとか、浄化するみたいな、そういう営みとセットじゃないと、ずっときれいな心というのは続いていかない。
そんなようなことを思いながら、僕であれば例えば、きれいな心を持つ人が未来を作るということを少し解釈をして、
心をきれいに手入れし続ける人が未来を作る、そんなような思考が動いたりもしました。
これちょっと雑談になって長くなっちゃうんですが、先日ある社会人の知り合いの方と2人でご飯を食べた時に、
その方は非常に食痛で、いろんな良いお店、良いというのは価格が高いというよりも、大切にしたいお店というのをたくさん持っている方なんですよね。
その方に、良いお店の条件って何ですか?接客ですか?美味しさですか?という話をした時に、清潔感とかきれいさみたいなことをあげられたんですよ。
それがすごい面白いなと思いつつですね、僕も同じ心当たりがあって、
結構僕、宿とかホテル、特にその小さい1日1組とか、家族とか個人がやっているような宿がすごい好きで、いろんなところを巡ったりするんですが、
これまで行った中で特にお気に入りな宿の中の一つに、山梨県の乙女湖っていうですね、人工の湖かな、ダムのようなところだったと思うんですが、
その湖畔にあるホトリニテっていう宿があるんですよね。そこに行った時に、おそらくですけど、めちゃめちゃきれいにその場が清められている。
もはや掃除されているっていうのを超えて、清められているという感覚がすごいわかるんですよね。
大きな元旅館みたいなところをリノベして作っているところなんですけれど、空間がピーンと浄化されているような感覚がすごい伝わってくる。
その上に様々な食事であったり、その地域を案内してくださるっていうことであったりが乗っかっている。
そんなですね、宿に滞在した覚えがあるんです。
いろんな置いてあるものが素敵だったりということを押しのけて、やっぱり一番覚えているのは浄化された感覚、きれいさみたいなことがあって、
それはもちろん施設のきれいさということもそうだと思いますし、それだけじゃなくて、
宿主の高村さんという方なんですけど、心のきれいさみたいなものがあるんじゃないかなというふうなことを思い出しています。
命に期待するもの
そんなですね、きれいさということを思い出させてくれる一節でした。
そして最後に、命が私に期待しているものは何か。
これはですね、本文中で、夜と霧っていう本、とても有名な本なんでご存知の方も多いと思いますが、
ナチスの強制収容所に習慣されているその実体験をもとに書かれた本ですね。
その中で、絶望しても私たちが人生に何を期待できるのかではなく、人生が私たちに何を期待しているのかが問われるという一節を稲葉さんが読んだときに、
私が命に期待するのではなく、命が私に期待しているものは何かという言葉が浮かんできた、そんなことを書かれている場所になります。
私が命を所有しているのか、命が私を持っているということなのか。
この主語と目的語が入れかわっていくこと。
幼少期にとても病弱だった稲葉さんが、なぜ自分は生き延びることができたのだろうかということを考える中で、この主語と目的語の転換が起きていったというような話でした。
ここが面白いなあと思ったのはですね、全然僕はまだ学んでいる立場なので、うまく伝えられないと思うんですが、
西田喜太郎という哲学者が日本にはいて、禅の研究という本なんかを書いている方ですね。
ちょっと僕はあれを読んでも読んでも意味がわからないというところから抜け出せていないんですけれども、
ただ、何かその西田が言っている世界観、自分が自分として生きるそこに世界というものが全体性を持って現れているというような話に何か接続をするような気がしたということです。
これは全く見当違いの可能性もあるので、ぜひお詳しい方がいたらご指摘いただければと思うんですが、
この仕事目的語がひっくり返っていく体験というのは結構面白いなあと思います。
この部分はちょっと要勉強継続ですね。もしかしたらちょっと言わない方がよかったかもしれないですが、
自分の探求テーマとして置いておきたいなというふうに思っております。
今日もだいぶ長くなってしまいましたが、
今日はハンゴーファンというところの養生茶ハーバルティをいただきながら、
稲葉敏郎さんの「皇帝からあなたの物語は始まる。視点が変わるヒント」をご紹介しました。
ノートにて書き起こした本のご紹介、そして収録後期を投稿しています。
そちらもぜひ概要欄からご確認ください。
それではまた。
19:19

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