1. 本茶本茶(HON-CHA HON-CHA)
  2. #14 強さは、弱さを全うして生..
2025-11-19 17:35

#14 強さは、弱さを全うして生きるしかたどり着けない『つながり過ぎないでいい——非定型発達の生存戦略』

日本茶を淹れながら、『つながり過ぎないでいい——非定型発達の生存戦略(尹 雄大 著)』についてご紹介します。


時間を遅らせる胚胎期間/「わかる」は聞けていない/脆弱な自分として生きてみる


収録後記、書き起こしはこちらのnoteに!

https://note.com/honcha_honcha/n/n4a9d0794228a?app_launch=false


🍵 本日のお茶 🍵

https://en-tea.com/products/1000000643


📕 本日の本 📕

『つながり過ぎないでいい——非定型発達の生存戦略』

尹 雄大 (著)

https://amzn.to/43Ex9rQ


📗脱線して紹介した本📗

『聞く技術 聞いてもらう技術』

東畑 開人 (著)

https://amzn.to/4ieX6nW


👤 スピーカー 👤

Fuyuto


「静けさのデザインとケア」を通して、創造性の器を育む、Studio Stillnessとして、コーチング、プログラム開発などを行っています。


Instagram → https://www.instagram.com/___fuyuto/

note → https://note.com/honcha_honcha

00:10
こんにちは。本茶本茶へようこそ。毎回一種類のお茶を味わいながら、一冊の本をきっかけに緩やかに語る時間です。
静けさのデザインとケアを通して、創造性の器を育む、スタジオスティルネスのFuyutoがお送りします。
毎週水曜日19時更新です。
今日ご紹介するのは、ユン・ウンデさんという方が書かれた、『つながり過ぎないでいい』という一冊になります。
著者のユン・ウンデさんは、インタビュアーとかライターという肩書きで、1000人以上にインタビューをされたり、作家活動をされている方で、
今日ご紹介する『つながり過ぎないでいい』という本は3年くらい前のものなんですけれども、
その後に、苦点に気をつけろとか、今年に入って、つい最近、要するにって言わないで、というような本を書かれている著者の方になります。
このですね、つながり過ぎないでいいという本は、読み返すために、こう違う部分が大事だなと入ってくるそんな本で、
正直今日ですね、うまくご紹介をしきれるかどうかというのが不安ではありますが、
今日、今ここで感じた良さみたいなものをぜひお伝えしたいなというふうに思っています。
ご紹介したいポイント、今日も3つありまして、
1つ目が、時間を遅らせる排隊期間。
2つ目が、わかるは聞けていない。
そして3つ目が、脆弱な自分として生きてみる。
では、まずはその前に本日のお茶から。
今日は久しぶりに日本茶に戻ってきました。
鹿児島県の渋滞市というところにですね、堀口製茶さんというお茶屋さんがありまして、
そこの和公園という販売されているブランドのお茶、緑茶伝説の極みというものをいただいています。
03:02
なかなかすごい名前ですよね。
緑茶の伝説の、さらにいくつかランクがあってその極みということで、
過去、今年ではなかったと思いますが、日本茶アワードでも入賞しているような、そんなお茶になっています。
これは品種はちょっとわかんないんですけれども、深蒸し茶で入れるとすごい綺麗な緑の水色になって、
THE日本茶という形で、とても奥深く美味しいお茶になっています。
この堀口製茶さん、実際に訪れたこともあるんですけれど、
鹿児島の大墨半島という半島の付け根の方にある場所で、
結構ですね、あたり一面平らな土地にお茶畑が広がっているような場所で、
工場とショップとレストランが一緒になっている、そんな場所で購入をさせていただいたものになります。
本当はですね、この堀口製茶さんの商品で一番好きなのは、
紅風紀という品種の和紅茶。
これが結構美味しくてですね、何回かリピート購入しているんですが、
今日はちょっとそれが切れてしまっていたので緑茶をいただいております。
ここからまた本の紹介に戻りますので、皆様もぜひお気に入りの飲み物とともに聞いていただければと思います。
さて、僕はユンウンデさんの作品をなぜかこれまで読んだことがなくて、この本が初めての出会いになります。
出会ったのは、本茶本茶ではおなじみという三原ジャヤのトワイライトさんで、この本にも出会いました。
なんかいろんな本の出会いはトワイライトだなと、もちろんいろんなところで買っているんですけど、思いますね。
とてもいいタイミングで出会えた本だなと思っています。
さて、実はこの本にはサブタイトルがあって、非定型発達の生存戦略というサブタイトルがついています。
定型にあらずということですね、非定型発達。
これが何かというと、一般的に人間ってそういうもんだよねっていう、人間の当たり前みたいなことを定型発達というふうに捉えたときに、
何かそういうことが苦手な人、一般的にものを考えたり、一般的ないわゆるコミュニケーションということが苦手な人たちは、
ついついその定型発達できる側を当たり前としたときに、定型発達障害みたいな形で取られてしまうかもしれないと。
ただ、このユンさんが言っているのは、それはその発達障害ということではなくて、非定型な発達の状態なんだと。
06:03
定型発達の世界では、できるということばかりが尊重されているけれども、実はできないということ、そのこと自身にも必然性があるんだと。
そんなことがユンさんの実体験を通して、この本の根底に流れています。
ここから少し内容に入っていくと、一つ目の切り口として、時間を遅らせる排体期間。
この排体は、漢字で排我前の排に胎児の胎ですね。
これは、身ごもることとか、はらむことということを意味するらしくて、やがて起こる出来事の元になるもの、そんなことを意味する言葉だそうです。
そしてこれが何を表しているかというと、非定型の発達をしている人が、例えば社会に出た時に周りの人が当たり前にできていることができないような時間。
これが、できない時間ということではなくて、まさに排体期間、その先にできる前の身ごもる時間、元の始まりの時間というふうに捉える、そんな考え方になります。
一つ例で話されているのが、蝶が幼虫からさなぎになった時に、そこから変容をしていくのですが、もともとあった体が、一旦ドロドロの液状になると。
生き延びるための変化の途中というのが、一番無力で最も死に近くなる。
そんなことを例に挙げながら、人間においても、このできないということを全くできないというわけではなくて、今はできない、あるいは今は何もできないように見える時間があるということで、
その先に起こる出来事に向けた兆しである、準備である、そんなふうな排体期間として捉えながら、できるということまでの時間を遅延させる、時間を遅らせる、そんなようなことが書かれています。
そしてこの排体期間というのは、極めて個人的で自閉的な時間帯であるとしながら、自分の体験を一つ一つ味わいながら経験にしていく、そんな時間であるというふうに語っています。
まさしく、社会に出て様々な当たり前にできると定型発達の側から見えることができない時間というものを、その外の判断軸、定型側の判断軸にのっとって過ごすのではなくて、
一旦そこを排体期間と捉えながら、自分なりにその体験を経験にしていく、向き合っていく、そんなような期間というふうに僕は捉えました。
09:12
個人的にはこの排体期間というものが、わかりやすくその社会人になったタイミングでドカッときたかというと、もしかしたらそうではなかったかもしれないですが、
ずっとその定型の社会に適応しようとする中で、服装的にというか、地下水的にずっと一部その排体期間的なものが続いてきていた、あるいはあるはずのものをなるべく見ないようにしてきた、そんなような印象を持って読んでいました。
ぜひこの排体期間の詳しいことについては、なかなか説明がしきれず、本を読んでいただきたいなと思うんですけれども、
次の二つ目の切り口はですね、かなりピンポイントに自分に刺さった場所になっていて、「わかる」は聞けていないというものになります。
一節引用させていただくと、「相手の話にわかると簡単に言ってしまい、少しでも共感できないことはわからないで済ませてしまえるとしたら、それは相手の話を自分の話として聞いているからだ。」
ここ数年ですかね、聞くということについて、かなり様々な本が出ていたり、それこそ僕もやっているコーチングみたいな話もある中で、
何を持って聞くとするかということは今、自分の関心に刺さる部分になっています。
これを読みながらですね、非常に耳が痛いなと思いながら、一つ思い出した本があって、
遠畑海斗さんという方が書かれた、「聞く技術・聞いてもらう技術」という本なんですが、そこもちょっと引用すると、
心理師としての僕なりに定義するならば、「聞く」、これはあの、文構えに耳の方の聞くですね、は、語られていることを言葉通りに受け止めること。
聞く、こっちは耳辺の視聴とか聴覚の聴ですね、は、語られていることの裏にある気持ちに触れること。
そんな風に二つの聞くを定義した後に、心の奥底に触れるよりも、懸命に訴えられていることをそのまま受け取る方がずっと難しい。
要するに、耳辺の聞くよりも文構えの聞くの方がずっと難しいということを書いた本になっています。
これ面白いなと思うのは、やっぱりこう、共感を持って聞くとか、まさに敬長みたいな言葉にあるように、
12:08
耳辺の聞くっていうことが、まあビジネススキルであったり、生きていく中での大切なスキルとして今、いろんなところで語られ受け取られている中で、
実は言われていることをそのまま聞く。
ユンさんの証言の仕方で言うと、相手の話を相手の話として聞くということが実は大切なんだというのは、
何かこう、自分の見てきた聞くの範囲のもう一個先を見せていただいているような、そんな印象を持って読んでいました。
そしてユンさんはこの排隊期間において、共感し気持ちに寄り添うとか、敬長して感情を向き合うという、
この時代が要求する感性や価値観というものに、あまり取り込まれずに、飲み込まれすぎずに、相手をフラットに聞くこと、
そして共感すらできないところにいる、自分の中にいる知らない自分みたいなものの大切にすること、そんなことを書いています。
そして最後の切り口が、脆弱な自分として生きてみるというもの。
これは何か冒頭でも少しお話しした、自分を定型に発達させようとずっと頑張ってきてしまった人、自分も含め、が今必要な考え方なのかなと思う場所になっていて、
一節引用すると、「強くなろうとばかりして、真剣に弱さについて考えていないのだと思う。
どうすればいいのか?」という問いに対しては、「脆弱な自分として生きてみるしかない。」と答えるほかない。
だけど、弱さを見るよりも、先に弱さを武器にしてしまうことの問題に、なかなか気づけないものだ。
この排退期間というものは、極めて個人的で自閉的な時間帯であり、お手本がない中だからこそ、苦しいし弱さも自分にしか見出せない時間になる。
ただ、それをすぐに埋めて強くなろうとするということではなくて、徹底して脆弱さに徹しながら、一つ一つ体験し、味わい、経験に転換していくしか道はないんだというふうに書かれています。
さらには、「強さは弱さを全うして生きるしかたどり着けないのではないか?」そんな言葉も添えてあります。
15:08
やっぱりですね、三つ切り口を話しながらも、なかなかこの本のことをうまくお伝えできていない気がするので、ぜひこれは皆様に読んでいただきたいなというふうに思うんですけれども、
何か一貫して全体から感じ取ったところで言うと、自分というものを定型発達の世界で当たり前とされている価値観に乗っ取られて規定をしてしまうのではなくて、
ある意味、そこを遮断した排体器官というものを作りながら、苦しい中で向き合いながら、自らの体感覚で感じ、味わって、経験にしていく。
そういうような人生を通した一つの生き延びるための学びのプロセス、そんなようなものが必要だと。
そして、それを行う場としての排体器官を持つための勇気、それがこのタイトルのつながりすぎないでいいと。
もちろんつながらなくていいということでもなければ、ずっとつながっていなければならないということでもない、その間に生まれるこの排体器官というものの向き合い方。
そんなことを僕は受け取りました。
なかなか今日はちょっと難しかったですが、ぜひ読んでいただきたいなと思う本になっています。
今日は鹿児島県堀口製茶和公園の日本茶をいただきながら、ユンウンデさんのつながりすぎないでいいをご紹介しました。
また、ノートにて今日の書き起こしと本のご紹介、そして収録後期を投稿しております。
そちらもぜひ概要欄から飛んでみていただければと思います。
それではまた。
17:35

コメント

スクロール