それでは続きになります。今回のテーマは、対話について対話をしようということで若杉逸平さんをゲストにお迎えしています。よろしくお願い致します。お願いします。3本目までではですね、いろんな対話について、ああでもない、こうでもないと、もやもやお話しさせてもらいました。
そして逸平さんもそうですし、大ちゃんもね、学校の現場に入って、まあいろんな対話を先生たちと進めていくということをお仕事としていますので、じゃあ実際に教育の現場でどんな対話をしているのか、具体例を伺っていこうと思います。では逸平さんから伺ってもいいでしょうか。
まずはどんな学校にそもそも向かっていらっしゃるんですか。そうですね。最近だと名古屋市の小学校に年間6回、9月から月1回ぐらいのペースで入らせてもらって、先生たちが対話をするっていう場のコーディネートみたいなことをするんですけど、基本的には私がテーマを決めるわけじゃなくて、
まずは先生たちのコアチームというか、上メンバーがいるので、そこの先生たちと一緒にミーティングというか、それも対話だと思うんですけど、どんな話題が話せるといいんだろうとか、6回の対話の中でどんな方向に進んでいけたらいいのかなみたいな、ガチガチに決めるわけじゃなくて、
なんとなくイメージを持ちながら進めていこうかみたいな話を一つ進めていって、実際の対話の時間、1時間ぐらいですけどは、僕がファシリテーターとして取り仕切り、先生たちはプレイヤーとして全員対話の中に入ってもらうという、そんなようなことを繰り返していくことで全体がどう雰囲気が変わっていくのかみたいな。
かたく言えば変容とか変化みたいなことにもなるんですけど、緩やかに変化していくんですよね、人の動きというか。そこら辺を確認しながら進めていくような対話の場ですね。かたく言えば研修みたいなことになりますけど、そんなようなことをやってますね。
なるほど。やっぱり先生方、いろんな課題があるからこそ対話の場を作りたい、6回やりたいというふうに思うかとは思うんですけれども、例えばコーチングとかみたいな課題解決に向かっていこうっていうのはまたちょっと違ったりするんですかね。
そうですね。コーチングにめちゃめちゃ詳しいわけではないですが、自分のスタンスとしては明確に線路があってそっちに進んでいくんだということではなく、その線路も一緒に作っていくとか、大きくは道は広くはあるとは思うんですけど、その中で自分たちで作っていくようなイメージは持っているので、そこに自分も関わらせてもらうみたいなスタンスなんですけど、
自分自身があんまり言わないけどゴールが見えるみたいなゴールを感じるような研修とかワークショップって好きじゃなくて、乗せられていくというか、どうせ自分が発言してもしなくてももう決まってるんでしょみたいなのが僕は嫌いなんで、そうはなりたくないなとは思ってますね。
なるほど。
でも実際にはどんなことがテーマになることが多いんでしょうか。
そうですね。まず最初にやっぱり話をしたのは対話って何だろうでしたね。対話型の研修ではあるので対話の場ではあるんですけど、まず対話って何なんだろうなってことを本当にじっくり15分20分とかもっと時間かけて、まず初回に話をみんなでして、それをみんなで共有しながら、
一人一人こういう違いがあったりとか、でもなんかそこら辺って確かに対話なのかななんて言いながら話をしていくと、実は雰囲気ができてくるんですよね、なんとなくですけど、それを前提にみんなで敷きながらテーマについて語り合う。そうするとなんか優しいんですよね。
かつ環境的には少しBGMかけたりとか、ちょっとお菓子食べながらみたいな環境がある中で、なるべく先生たちもそこに居心地、居ていいんだって思える、なんかそんなような場合にしてますね。
うんうんとうなずいてる大ちゃん。僕もう大ちゃんの話聞いてるのかなぐらい共通点が多かったけどどうですか。
分かるわと思って、それだけもう分かるわ。スタンスがいいよね。
乗せられていくっていうのはやっぱり全力的にやっぱりそういうの作らないと決めてるね、僕はやっぱり。
やっぱりね。
ワークショップじゃないもんね、それね。完全なもう対比のファクトリー型ですもん、いわゆる。なんかやっぱりその場にいる人たちを信じて、その場にいる人たちと一緒に作るっていうスタンスがあるっていうのはいいよね、やっぱね。
いぺいさん、でもその中でもやっぱりこう解決したいこと、困ってること、こうありたいってことって当然あるじゃないですか。
それに向かってはどういうアプローチを作っていくんですか。
そうですね。さっきのコアメンバーがやっぱりいることは大事かなと思っていて、
例えば自分と校長先生だけとか、あるいは自分だけで決めていくって結構こう相互性がないというか、そういう方向じゃないなって感じるし、
あくまでも自分は年間に数時間しか関わらない人ではあるので、正直分かってないわけですよね。
でもそこの中でできることを自分は役割として全うしたいと思うし、そのお互いの役割を持った状態、まさにポーさんも含めてだけど、持った状態で一緒に作るっていう、
そのあり方が、ひょっとしたらそれ自体が課題解決にすでに向かっているんじゃないかなと思うし、
テーマ自体がうまく解消していくだけじゃなくて、やっぱり関係性、日常の関係性に影響するきっかけになるといいなと思ってますけどね。
なんかちょっとお菓子食べながら雑談をその研修の中でしたことで、次の日話しやすくなったとかね。
あ、あの人こんなこと思ってたんだってちょっと知れたことが見えないところで変化してたりとかってことは、なんか嬉しいなと思いますけど。
具体的にはどんな課題があって、対応によってどう変わっていくみたいなのってありますか?
例えば今だと学校現場としたら、俗に言う一斉型の授業で先生がみんなに伝え続けるみたいなことだけじゃなくて、
子どもたち一人一人の特性だったり考え方やりたいことを大事にしようとか、選べることを増やそうなんていうことが教育現場で今言われてはいると思うんだけども、
ただ我々大人たちは受けてきた経験がほとんどないんですよね。
そういう一斉型の授業を受けて、そこで勉強してきたわけだから、やったことないことを今度は子どもたちにやらなきゃいけないっていう状況の中でやっぱり困ってるんですよね。
なので、じゃあどうしたらそれができるのかなとか、何でその必要性があるのかなとか、少しでも腹落ちしないと、じゃあやってみようって思えないし、
あるいは自分は頑張ろうとしてても他の人が動いてないように見えるとイラッとしたりとかもするし、ギャップが生まれやすいような時期にあるのかなと思っていて、
お互いに干渉しなきゃいけなくなっちゃってるんですね、先生同士が。
昔は一国一条の主としてクラス経営みたいなことをやってた時期もあったと思うんだけど、
先生同士が干渉しなきゃいけないってなると、言わなくていいことも言ったりとか、聞かなくていいことを聞いたりってことも出てくるから、
だからこそそれは大事だし、そこを経由していきたいんだけど、当事者同士だと難しいこともあって、
さっきの夫婦だったり隣の人と距離が近ければ近いほど当事者同士って難しいところで、
ちょっと第三者、あるいは元々教員だった大ちゃんもですけど、我々としては第2.5者ぐらいのイメージで、
ふっとファシリテーションという関わることで、そこにベクトルを向けてもらえると、
当事者同士が話しやすくなったりとか、そういう環境づくりをすることで、
さっきの話しやすさにつながるといいなみたいなところでやってるんですけど、
ちょっとそんなようなイメージですけど。
もう徹底して姿勢が一貫してるというか、優しいというか、自分じゃないっていう感じはすごいしますね。
さっきも言ったけど、大ちゃんと話してるのと全く同じ感覚。
僕今寝ていいかなと思って。
違うか。本当わかる。全部わかる。
わかるね。わかるねって話を前もお茶しながらね、してたもんね。
そこでまた一気投合したってね。
そう。
でしょうね。
そうなんだよ。そこにあることでもね、話したいこともあるし。
そうなんだよね。
関係性って言葉出てきたじゃないですか。もうそれだだって、本当にそう思ってて。
大ちゃんはなんでそういう場を作るのっていうアンサーは僕そこなんですよ。
結局全ての問題とかたどっていったら、大体関係性からくるものがほとんどだと僕思ってるんですよ。
例えば最近で言うと、働き方改革とかもそうだし、事業改善とかもそうだし、
あれたどっていくとね、大体関係性の何かによってチャレンジできないとか、対立が起きてるとかだと僕は思ってるんですよ。
それがじゃあトップダウンで、こうやってやっていきますよ、ドンってなった時にはやっぱりちょっとハレーション起きるじゃないですか。
何が必要なのって言うと、やっぱりみんなで対話をしていって、答えはないんだけど、最適解を見つけたりとかしていく。
そのプロセスで関係性が変わってくるんですよね。
じゃあまず試してみようかとか、そういうのが生まれたりするだけであって、そこはすごいマスターピースな気もするんだよなって。
確かに。
共鳴し合ったらお二人ですけれども、じゃあ活動、お互いの活動っていうのはある程度把握されてる?
お互いを見て、ここは地味にないなとか、ここすごいなと思うものってある?
一回研修を見させてもらったというか、そこが中に入らせてもらったことはありますね。
だいちゃんがやってると。
いっぺいさんの生でっていうのはない?
ないと思う。
じゃあいっぺいさん、だいちゃんの様子を見て、自分と違うなとか、ここいいなと思ったことってありますか?
違う。でもやっぱり親和性みたいなところはあるし、そこはもう感じている中で、当然キャラクターはそれぞれ違うから、
そのキャラを持ちながらも大事にしてる軸っていうのは似てるなってすごい感じたんで、
だいちゃんもそういうふうに思ってるんじゃないかなぐらいの感じではいたんだけど、
なんとなくね、見てると動きとかなんとなくわかるじゃないですか。
自分もそっちをやってるから余計に、そこを大事にしてるんだとかっていうのは伝わってくるんですね。
僕はだいちゃんがここに入っているところを何度か見させてもらってるんですけど、
僕が見て思うのはライブ感ですね。
本当に目の前の人に合わせて、来るまでにちゃんと準備、もちろんしてきてるけど、
準備100してきたものをゼロにするときある。
やっぱ違ったみたいな感じで変えるときがあって、その辺のライブ感すごいなって思いながら見てるんですけど、
ぐっぺいさんもそういう部分ってありますか。
でもそれはありますね。やっぱり作ってはいくけど、まずは。
じゃあそこもある程度ライブ感ですね。時間だけに縛られずに。
なるべくタイマーかけたりとかも自分はしないようにしてるから、
音とかね、なるべくノイズが少ない方がいいなとかってことは気にする中で、
オリンを使う人もいればね、チリンチリンって人もいろんな止め方があると思うし、
タイマーの人もいれば、今ちょっと声をかけながらいいですかとかって言いながら、
すいません、そろそろいいですかっていう話をしたりもするときもあるし、みたいな感じですね。
ナイちゃんはその辺はどんなふうに場を見てるんですか?何見てる?
関係性を見てるっていうのはまさにだなと思いましたね。
それはね、目に見えます。
見えます。
見える。で、一見楽しそうに話してるけど、その深い話はなかなかできてないのかもしれないなとか、
なんかすごい後ろの方でふんぞり返って、
まずそもそもこの場は何なのっていう姿の方もいるし、
それとすごいワクワクしてる人とそうじゃない人がいたら、もしかしたらコミュニケーションギャップあるかもなとか、
あとはその管理職と皆さんとの関係を見たりとか、
始まる前も僕雑談の時間かなり取っていて、なんかお菓子とか置いておいてもらって、
そのお菓子とか食べながら近くの人に聞くんですよ。
今日どうですか?とか聞いたら、いやもうめっちゃ忙しいですとか、
あとは、いや今日そもそも何やるか聞いてないんですよとか、
いろんな情報はキャッチできるんですよね。
それで結構変えるかもなと思います。
僕は関係性かも中心。
めちゃめちゃわかるな。
ね。
めちゃめちゃわかるな。
はい。
じゃあ、この本編の最後の質問にしたいんですけど、
お二人が達人級に今までの経験を騒動員して表情を見て、
素敵な場作り、対話の場を作ってるっていうのはわかったんですけど、
じゃあ先生とか教育に関わっている方が、
場作りをしたいとなった時に、
どうしたら真似ができるというか、
何かここに気をつけておくと、
より素敵なチームになったり、声がかけてきたりみたいな、
もしアドバイスをいただければと思ったんですけれども、
いかがでしょうか?
なるほど。
今パッと言われて思いついた、
さっき大ちゃんとの話の中でも話し聞きながらイメージが膨らんでいったことと繋がるんだけど、
そこの人たち、学校だったら学校の人たちのことをどう思ってるかっていうのが大事かもしれないなっていうか、
その人たちとどう自分は一緒にいたいかとか、どう接していきたいか、
その人たちに何を思っているかっていうことに全てかなと思っていて、
どうしても例えば仕事とかっていうことになるんだけど、
それは学校で先生をやっている時もそうだったけど、
あまりにも自分にウェイトが高すぎるとだいたい合わないというか、
その職自体が合ってないかもしれないし、
例えば子どもたちのことが好きで先生やってる、
うまくいかないこともあるけど先生、子どもたちがそういうことが好きなんだみたいなことってすごい大事な気がするから、
やっぱりその先生たちのことをやっぱり好きだっていうかね、
そういうのは大事かもしれないですねって思います。
はい、ありがとうございます。
大ちゃんいかがですか?
うん。
僕は最近大事だなって気づいたことでいくと、
前まで言ってWhy? What? How? の順番で僕こういう場作りしてたんですよ。
何のためなのかっていう目的とか、
何を目指してるのかとかの視点からそれがWhy?
で、何をっていうのは例えばテーマですよね。
こんなテーマで話したいなと。
で、あとは場作りのHow? になっていくわけですね。
Why? What? How?
僕一個かけてたなと思ったのがWho? なんですよ。
Who? Why? What? How? な気がしていて、
結局僕たちは誰のためにまずはこの場を作るのかとか、
誰がどんな風になったら僕たちはガッツポーズができるのかとか、
あとはそれを押し付けてないかとか、
そこらへんの誰から入るようにすごいしてるかも最近は。
誰がどんな表情になってるのを思い浮かべながらその場を作るかっていうのは