1. ギャップトマッチ
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2025-04-16 28:43

#64「【感想回】『芽吹く9つの小さな問い-哲学対話-』がはちゃめちゃに楽しかった」

和音が初めて挑んだ哲学対話。今回は「価値ってなんだろう」という問いを真ん中に置いて8人で対話をした。内側の円には問いを出す人たち、外側の円には耳を傾ける人たち。自分を広げて耳を傾け合う時間は美しい。そして、初めてって楽しい。\お便り募集/SpotifyのQ&A「このエピソードについてどう思いますか」、もしくは、運営Studio HICCHOのWEBサイト「番組へのお便りはこちらから!」へ、番組へのコメントやお手紙、ご相談などお気軽にお寄せください。いしだまと和音が喜びます。https://studiohiccho.com/

サマリー

今回のエピソードでは、植物にまつわる哲学対話イベントを振り返り、参加者たちが普段語らない疑問について自由に考察し合う様子が描かれています。満席となった会場では、皆が真剣に問いに向き合い、心を動かす瞬間が生まれています。このエピソードでは、参加者同士の哲学対話を通じて、自らの感情や思考を開示する楽しさや、相手の意見を理解し合う重要性について語られています。また、対話を通して得られる気づきや、次回の場作りに向けた展望も共有されています。エピソードでは、哲学対話の楽しさや参加者との交流について語られ、特にナチュラルなスタイルや価値観の共有が強調されています。

イベントの振り返り
ギャップトマッチ。年齢も性格も趣味も異なる石玉と和音の2人が、日常のあちこちからギャップや共通点を見つけ出す番組です。
3月はイベントがいろいろありましたので、
本当に目白押しだったね。
振り返りたいことがいっぱいあるんですけど、前回石玉さんの朗読劇を振り返って、
今日は、
あれですよ。
植物にまつわる9つの物語というイベントの中で行った哲学対話について、振り返ろうと思います。
本当にあれは素敵なイベントだった。
私が進行して、石玉さんも一緒に問いを出す人として参加したので、ギャップトマッチのイベントじゃないんですけど、両方2人ともいたっていう。
どうでしたか?
あれはですね、まず大きな感想から先に行くと、やっぱりこういう問いとかちょっと引っかかるんだけれども、なかなか普段話すことがないみたいなことを話すとか聞くとかいうことを求めている人たちっていうのがこんなにいるんだなと思いました。
本当に。
20人定員にしてたんですけど、満席になり、しかも当日行けると思ってたら満席になったから行けなかったって声があって、そんなに集まってくれるのかっていう驚きがありましたね。
本当にね、私は参加者側で今回お邪魔してるんだけど、一緒に参加してやったけど、何が素晴らしかったっていうか、やっぱりそういうことが普段の暮らしの中で引っかかったり、なんとなく触れたり気になっているけれども、
やっぱり日々の速度みたいなのがあるじゃないですか。
の中ではそれを拾ってはいけないっていうこともやっぱりありますよね。
けれどもやっぱりそれがずっと心の中につどつど引っかかるっていうことがやっぱり人間はあるから、ああいう時にああいうふうに集まってくださる人たちがいるんだなと思って。
なんていうか、やっぱり行動を伴わない疑問とか、やらないけど思ってるだけには意味がないっていうこととかを、そういう言説もあると思うんですよね。
それって、ある側面においてはもちろん本当にそういうこともあるんだと思うんですよね。
すごい取り急ぎすごくやらないといけないことがあるっていう時に、思ってるけどやらないよりは思ってるんだったらやった方がいいというようなこととかっていうのは、やっぱり時間軸をどう設定するかとか、どれぐらいの緊急度なのかとかで変わってくる部分があるとは思うんですけど、
そういうふうな時間軸とか緊急度を設定しないけれども、思っている感じているっていうことは、やっぱりすごく意味があるし大事なことだっていうのを改めて感じることができるすごくいい機会でした。
やっぱり緊急性を優先しちゃうじゃないですか。今日の夜何食べようとか、これ捨てなきゃとか、お風呂に入らなきゃとか、もう寝なきゃとか、急ぎの用事がどんどん優先されていっちゃうから、緊急じゃないけど大事なものって本当に時間を確保してあげないとどんどん過ぎちゃうなと思うんですけど、
あの場では一旦そういう何か問いありますかって聞いたら、本当に皆さん面白い問いいっぱい出してくれて、わがままっていつからダメになったのとか、美しいって何とか、時間って何とか、一人の時間って何なんだろうとか、何で大人になればなるほど謎が増えちゃうんだろうとか、初めてって何だろうとか、
いろいろ出た中で、価値についてっていうのがテーマとしてみんなで話してみようっていう上がり。
そう、答えは出ないわけですよね。私結構どうなるんだろうと思って、自分でも。私もどうなるかわかんないし、それこそ二重の縁だったんですよね。内側に8人の方が座ってて、外側に23人くらいの方が座ってて、
二重の縁で内側の8人が喋ってるのを、周りの20何人の方は1時間半聞いてる。しかも結論出ない。え、大丈夫かなみたいな。こんな話を聞いててみんなどんな気持ちなんだろう。
二重の縁なもんだから、私の後ろにも人がいて、後ろにいる人の顔はもはや見えてないし、すごいドキドキしてたんですけど、なんとなく終わった時に、なんか今日すごい日だったんじゃないかみたいな。って思いましたね。
本当に1時間半、眠そうとか退屈そうにしてる人が私の見える視野の中にはいなくて、皆さん一緒に心を動かしたりとか、すごくしてくださっているなと思ってました。
そして、なんて言ったらいいんだろうね。本当に問いっていうものがどこから生まれてきてるんだろうとかみたいな、根本的なことをかなり考えることが私はできて、いい時間でした。
なんか私、必死にやったんで、何が起きたんだろうみたいな思うんですけど、問いがあっていいんだなとか、みんなで考えたとか、あと全員が真剣に話していた。もう語られることに真実味があった。予定調和なことだったり、なんとなく間を埋めようとする会話だったりじゃなくて、
みんなが真剣に喋っていて、話してる時は間もありながら話すし、それ以外の時間はみんなが耳を傾けるっていうのが起きてたっていう感想とかもあって、そうか、よかったみたいな。
ギャップとマッチの重要性
本当にとってもいい時間で、ほんと私会が終わる時にはちゃめちゃに楽しかったっていうふうに言ったんですけど、はちゃめちゃに楽しかったんですよ。
そのはちゃめちゃに楽しかった哲学対話、もう本当に今、かずねが言ったみたいにさ、みんなちゃんと、ほらよく私たちがよくあれだよね。たった今私たちがこの場に一緒にいるんだから、たった今お互いをちゃんと本当に広げ合うっていうことをしましょうってよく言うじゃん。それがもう、そう、めっちゃ怒ってたよね。
不思議なんですけど、私が今回8人を選んだわけじゃないんですよ。
そうなんだ。
そう、まあ選んだわけじゃないって言うとちょっとまた語弊あるかもしれないんですけど、要はこのメンバーだったら哲学対話できるんじゃないかみたいな感じじゃなくて、植物にまつわる9つの物語っていうイベントの中だったから、せっかくだったらそういう言葉を実際聞こうした皆さんの話を実際本人の声から聞きたいなみたいな。だから結構初めましてのこと言ったんですよ。
私当日いろんな展示見に行って、だれだれさんの作品こんな感じで、だれだれさんの作品こんな感じなんだってその日に見たんで、あんまりわかってないんですよね、当日の本当に直前数時間前まで。
なのにああいう感じでみんな話してくれて、事前の質問そんなに多くはしてないので、こんな風に話したいができてたからびっくりしたのと、私もう一個驚いてることがあって、哲学対話が今回実現したのって、元をたどると実はギャップとマッチなんですよ。
これね多分そうで、植物にまつわるこのその物語っていうイベントをそもそも企画している野口さんとケンジさんってお二人がいらっしゃるんですね。で、あるときちょっとなんかお話ししたいですって言って集まったんです、その二人と。で、和音さんには哲学対話をしてほしいんだよねって言ってくれたんですね。で、その哲学対話したいって言ってたじゃないですかって来たんですけど、
ああ。
野口さんとケンジさんに哲学対話したいって話したっけなって、あんま記憶がないんですよね。で、もしかしたら、てか多分そうなんですけど、ギャップとマッチで言ってるんですよ。
言ってるよ、言ってる。
これを野口さんとケンジさんが聞いてて、和音さん哲学対話したいって言ってたじゃないですかって多分なってるんですね。だから期限取られるとギャップとマッチなんですよ。
えー。
多分。
なんと。
そうだからこれ、その時間自体もいい時間だったんですけど、私の人生にこんなこと起こるんだなって思ってて、それは結構私何かをやる、もしくは辞める、引っ越す、何か試してみるって時に結構自分で決めてその機会を作ってるっていう、きっとそればっかりじゃないんですけどその感覚は強いんですよね。
でも何か私が言ってたらそれをキャッチしてくれた方がいて、やりませんかって言ってくれて、せっかくなんでこのメンバーでやってみましょうって言ってやって、そんなにすごい集客頑張ってないんですよ今回。
それは多分その企画自体のファンの皆さんとか問いを出してくれた皆さんの知り合いとかいろんな方々が集まってくださったからだと思うんですけど、本当に無駄な力が入ってないというか集客に。
普通に自然に当日を迎えたのに満席で、その1時間半は私が話したかった空気感で話が進み、こんな流れるように実現しちゃうことって私の人生にあるんだっていう。
かなり私が今後自分の人生の年表を書く時があるとしたら年表に刻まれる1日だったなって思います。
なるほど面白いね。年表の話も面白いし。本当に美しい1日だったと思うよ。なんだろうな。やっぱり人間って本当はものすごくおしゃべりで有弁、それは言葉だけじゃなくて。
だからあの会場にいらしていて、話をされてる人たちとか聞いてらっしゃる方たちみんな体が何かに集中している時って人間の体ってリラックスするんですよ。柔らかくなる。みんな体が柔らかくなってたんですよ。私の目から見ると。
だからこれはすごくいい時間だって思っていて、きちんと嘘とかではない、嘘とか本当とかいちいち考えないくらい自分の中にあるものをただただ見て口に出していくとか。
そういうことしてる時はやっぱりそのいらない作業が入らないからリラックスとすごく似た状態になっていく人間は。それが起きてて、本当にその状態だから起きる会話みたいなのがやっぱりすごく起きていて。すごいとってもいい時間だった。
哲学対話の楽しさ
本当。すごくめちゃくちゃいい時間だったのは大前提なんだけど、私は自分でああそうかって自分になっちゃったことが一個あって。
みんなの話してる話があまりに面白いし、今本当に本気でみんなが喋ってくれてるからさ、その言ってることっていうのがどういうところから出てきてることなのかっていうのがよく耳を澄ましてよく見て、よく受け取ってると見えるんだよね。それが何なのかみたいなのが。
だから怒ってることを見て、わあすごいすごい、今この人が言ってるのはこういう感じのことっても言えるとか、大きく分けると今みんなが言ってくれてることってこういう基準をもしそこに入れると、AとBっていうような属性があるようなものに分けることができてみたいなのがもうめちゃくちゃ見えるの。
それを、ああそっかそっか今言ってるのってこうでこうでこうだってことはこれはこれこれこうでこうでこうでこうなるってことねってことはみたいなのをもうとにかく見て理解してるのが楽しくなりすぎちゃって、私ちょっと対話がうまくやれてなかったなって思ってる。
たぶんあんまり周りはそこまで気づいてないんですけど、石玉さんの話を聞いてそうだったんだなと私は思ってて、
1個ね、私ちなみにその日初めてってなんで嬉しいんだろうっていう問いは私自分で出してるんですけど、何が起こるかわからないから何が起きてもOKって思いやすい。初めての時って。
この前も哲学対話初めてだったから何が起きてもOKって結構自分に許可できるというか何が起きることも許可しやすいなっていうのが私にとっての初めてで好きな部分でもあるんですけど、
みんな私はどう思う、私はどう思うってめっちゃ言ってくれたんですね。でも石玉さんが素直に今誰々の聞いてこう感じたとか、もしくは誰々さんのこれってこういうことみたいに、参加者同士でそういうのあってもよかったんですよ。
でもバンバン出しまくるみたいな感じだったから、むしろ石玉さんが言ってくれた誰々のこの話を聞いて私にはこれが見えたとか、誰々さんの話ってこういうこと?ってもう一回返すみたいな、そういうアクションがあるとまたあの時違う空気があったんだろうなと思って、
なんかそれが起きやすい働きかけを次回したいなって思ってるんですよ。
あのさ、今回自分でそのことを考えた時に自分の癖とか、そういうことにもちょっとあれそういうことなのかなってちょっと思ったこととかがあって、やっぱり私その起きてることが何なのかをとにかく見ることに興味があるんだよね。たぶんものすごく、それはもう本当にものすごくそうなんだと思う。
それを見ていてこういうことが起きてるとか、すごいすごい今この人たち言ってることって主語は違うけどたぶん根っこで同じようなこと言ってて、本当にって言ってるこの人も主語はこうで言ってるけど、
その上にもう一個大きな主語が隠れててとか、そういうのとかが見えてくるのとにかく楽しいんだよね。それを見てうわーって思ってる方に自分のエネルギー使っちゃうと、自分の話結構どうでもよくなってきちゃうんだよね。
だからそういう自分も改めて気づいたし、あとやっぱり何て言うんだろうな、結構哲学対話は例えばで言うとテニスよりはバスケとかサッカーに近くて、ボール回しが回っていくっていう美しさとか面白さとかがすごくあって、
だからなんか私そのボールが回る美しさとか、そういうことが自分の中であの時すごい場として重要だって思って、
そう多分感じ取ってくださったんだと思います。
だからそのちょっと毛並みが違う、今話聞いててめっちゃこういう相関図とか見えてきてて、これをこうだと捉えたら今言ってる話って多分落ち着くところがザザザって見える気がするみたいなのとかを話すのなんか適切じゃないなって思っちゃったんだよね。
ちょっと言っていいですか、これ哲学対話がどんな場であるかっていう、この比喩が一個あるとすごい背骨が通るんだと思うんですよね。結構いろんな方がピンポン玉が飛ぶ感じとか球技に例えてたんですよ、実際あの日すでに。
多分バスケっぽい、ボールが結構テンポよく飛び交う感覚だと思うんですけど、これが哲学対話ってみんなで温泉に入る感覚なんですって、私が最初一個比を出してるとするじゃないですか。みんなで一個の温泉に入って体を緩ませながら、このお湯加減ってこんな感じだねみたいな。
なんか私の肌がこんなサラサラしてきたみたいな。だらだらさん顔がくなってるねみたいな。こういう感覚の時間ですって言ってたら、多分違うこと起きてるんですよ。みんなでこの湯加減とか、今このお風呂に入っている感覚について話すみたいな。
だからなんか一個比、今日この時間をどんなイメージで過ごしたいがあると、多分ね、なんか違うことが起きたんだと思う。
そうか、その視点も面白いわ。
そうかそうか。
次回への展望
そうそうそう。それだと多分石玉さんが、なんか毛色の違うことを言って、これが場にどう作用するかみたいなのを、多分そこで一回立ち止まらずに済んだんだろうなとか。
いやでもね、立ち止まったことが、なんか私その、この間に関してはそれはそれで良かった気もしてて、なんて言ったらいいんだろうな。
せっかくみんなが自分の感覚を開示してくれるっていう流れができてる時に、なんか私だけちょっと筆記でモニタリングしてる。
それこそあれだよね。球技とかで行くとさ、プレイヤーの選手がいて、どういう選手がどういう動きをしてるとかっていうデータを取っていく。
データをやる係りの人たちっていうのは、近代スポーツは必ずいるんだけど、その役割に近いことを結構やってた気がするんだよね。
データとデータを関連付けてみたいな。
だから、もっと私そこに主体者として関わる気で現場に行ったんだけど、始まってみたらめっちゃこの球技面白いこと起こっとうやみたいな感じになっちゃったっていうか、もともとそういう嫌いがあるから。モニタリングしがちっていうか。
ちなみにですよ、あの日終わった途中アンケート取って、今後問いを出す人、内側の円に入りたいですか?聞く側、そして参加したいですか?聞いたんですね。石沢さんどっちですか?次また開催されるとしたら。
どっち?どっち?どっち?難しいね。
多分ね、どっちも微妙に違う。どっちもじゃないか。微妙に違う体験になるんですよね。多分ね。
そのさ、これ、かずね画用?もしその、この間私に見えてるような気がした、その価値に対しての話をみんなでしてた時に、その価値っていうものを話をする時に、他者の目線も入った相対的な価値と、
自分ってものがもう他とは替えが利かず、これに価値を感じるっていう絶対的な価値とっていうのの2種類が基本本とはあって、その言葉が前提として隠れてるみたいな話をちょっとしたんだけど、
なんかこれさ、使い方次第な気がするんよ。なんかだから、なんていうの。第二フェーズとしてそれも考えてみて、だったらどうなるかなみたいな使い方だったらあったかもしれないなっていう気がするんだけど。
その、個人の感覚をただひたすら一旦そのブレストみたいな感じで出していく時にはこれなんか邪魔になる気がするんだよね。
なんか事前に、どうぞ。
そういうこういう感覚、かずねどう思うだろうと思って。
私事前に、実はチャットGPTに聞いてたことがあって。
え、なになに。
哲学対話やりますみたいな。ファシリテーターとして何に気をつけたらいいですかみたいな。質問してみたりとか。じゃあちょっとチャットGPT上で哲学対話してみてくださいみたいな。
へー。
で、3人がただ喋ってるやつとファシリテーション他入り。入りの4人のやつバージョンとか色々なんかやらせてみて、ファシリテーターで何するといいのかなみたいな。ちょっと調べてたんですよ。
で、やっぱりファシリテーターって切り口を提示するのもやっぱり大事で。
今日今こういう観点とこういう観点で色々出てきたけど、自分にとって価値って何だろうと相当的な価値って何だろうってこういう視点で出てきたよね。
これについてどう思いますかってファシリテーターが振ってたら多分スムーズに済むんですよね。
だからそれぐらいファシリテーターとして介入するのもなんかありだなと思って。
ただこの前は楽しすぎて私もファシリテーターしないみたいな。私は問い出していいですかみたいな感じでいたから。
そこもなんか回を重ねていく中で私どのスタンスが一番楽しいかなとか、どこをやった方が良くてどこはやらなくてもいいのかなみたいなのを探求したいところの一個。
私さっき石玉さんが言ってたみたいに、まずみんなが開示していた。しかも全部真実味を持って開示していたっていう。この時点で結構すごいことが起きてるじゃないですか。
これができるメンバーなんだなとか、こうすると心地良いことがみんな分かったが、次の段階としてもっと面白く深めれないかなとか。
いろいろ実験するといいんだろうなと思って。まずこういろんなことが起きて、なんかこれ続けたいなってまず思えたっていう感じですね今は。
そうだね。やっぱりとても面白いことが起きていた。私はああいう時に、じゃあこれってこういうこと、じゃあこれってこういうことと見えるなじゃなくて、自分の体験を喋るにはどうしたらよかったかな。
でもあまりに面白かったからそうなってんだよな。
みんなのエピソードが全然出てこなかったら石沢さん言ってると思いますよ。
言ってるかな。
言ってると思う。
哲学対話の魅力
それはきっとやってると思う。なんか材料がいるだろうなと思って何か喋ってると思う。
だからこういうことを考えなければいいの?
材料が足りてる足りてないとか、何がこの場に必要かみたいな。
でもこれも実験したらいいなと思ってて、私も考えちゃう方なんですよ。今この場がどういう状況で何が必要かなとか、ここにどんなものを投げ込んだら何が起きるかなって考える方なんだけど、
それで行ってもいいし、今日をちょっと委ねてみようかなみたいな。何も考えずに委ねるパターンで行こうかなみたいに。その日の気分で変えてもいいと思うし、
最初今日は身を委ねて好き勝手喋るぞって言ったけど、途中からやっぱやめようみたいな。やってもいいと思うし。
このメンバーだから身を委ねようかなとか。初めてだからちょっと協力体制で行こうかなとか。でもあっていいんだと思います。
でもナチュラルなスタイルが今日観察するっていうスタンスなのかもしれないですね。
そうね。観察。
そうね。何が起きてるのかはすごく見ちゃうね。何でも。
そしてそれがもう本当に面白いと思う。いつも。
本当によかった。しかも好きな人たちがいっぱいその場にいてくれたのが本当に嬉しかった。
あの人もこの人もこの場に居合わせてくれてありがとうございますみたいな。
本当に面白かった。価値のお話を出してくださったカラスヤマさんとかも、とてもいらない装飾のない言葉で話してくださる方だったし、全員のこと喋りそうになるから。
でも本当に哲学対応すると一緒に喋った人好きになってくるんですよ。って永井玲さんも言ってました。
リスナーとのつながり
みんなについて話したくなるし、また会いたいってなるし、ありがとうみたいな。
あとね、ギャップトマッチのリスナーさんも来てくれてて。
え、本当?
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます、本当。ってちょっと言っておこうと思って。
来てくださってたんだ。嬉しいね。
嬉しいですね、本当。
でもさ、ずっと同じようなこと言ってるかもしれないけどさ、私とかすね、ギャップトマで似たようなことしてると思ってる。
いや、そうなんですよ。それの応用版みたいなね。哲学対話。というわけで、またやるかもしれないんです。哲学対話。
いや、かむじゃないでしょ。やるでしょ。
やりますよね。
これはやるでしょ。
その時はぜひリスナーの皆さんも来れる方はお越しください。
なんかあれだね、でも物理的に来れない人がオンラインで見れるようにとか。
できるといいですよね。
というわけで、ギャップトマッチお便りを募集しておりまして、お便りくださる方はこの番組を運営しているスタジオヒッチョのウェブサイト、番組のお便りはこちらからお寄せください。
本当にコメントはいつだってEveryday Anytime待っておりますし、SNSでリアルタイムにギャップトマにアクセスすることもできるようになりました。
インスタもぜひ見てください。
ギャップトマッチお届けしたのは石玉と和音でした。聞くほどに心がほぐれ、何かとの境界線が解けて、ちょっと豊かな気持ちになりますように。
28:43

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