2022-10-31 27:49

#46 すずかん先生と語る教育のミライ(4/4)「縁あって生徒と出会えただけで幸せ。あとは何が要りますか?」ゲスト:鈴木寛さん

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・人間は本来待てるもの

・近代教育で急かされて待てなくなる

・おばあちゃんにパスしちゃう

・全てに意味がある

・教育はシンプル

・ご縁のある生徒と出会えて、時間を共有して、その子と出会えただけで幸せ。それだけであとは何が要りますか?

・今は保護者の人が一番かわいそう

・保護者が変われば教室の雰囲気が変わる

・現代のプロフェッショナルは教育=神になり変わって人生を育む

・多くは救わなくていい 一人でいい

・一人の人生に影響を与えるだけで十分

・教育学部の学生さんと同じことを言っている驚き


《 ゲスト:鈴木寛さん》

東京大学 公共政策大学院 教授
慶應義塾大学 政策メディア研究科 教授 

1964年生まれ、兵庫県出身。
東京大学法学部卒業後、通商産業省に入省し、IT政策に携わる。
山口県庁出向中に吉田松陰の松下村塾に何度も通い、若者の無限の可能性を実感し、人材育成の大切さに目覚める。
1995年夏から、通産省勤務の傍ら、大学生などを集めた私塾「すずかんゼミ」を主宰し、現在に至る。 

1999年、慶應義塾大学SFC助教授に転身。
2001年から参議院議員(2期12年)。
2009年から文部科学副大臣(2期)、2015年から文部科学大臣補佐官(4期)。
2014年、東京大学、慶應義塾大学の教授に同時就任。 若者の無限の可能性を信じ、一貫して教育政策や人づくりに取り組む。


《 つぼけん 》

1982年生まれ。東京都出身。
大学の自主映画サークルで映像制作の面白さを知り、2005年に映像の制作会社に入社。
カメラマンディレクターとして多くのテレビ番組に携わる。
子どもが小学校に入ったことがきっかけで、日本の学校教育に関心を持つ。
人生の目標は「Happiness Creactor」(=自分も他人もしあわせにできる創造力をつくる)


《 大ちゃん:大野大輔 》

1991年生まれ。東京都出身。
学校と自分が嫌いだった小学生時代を、当時の恩師が幸せに変えてくれたことがきっかけで教師の道を志す。
現在は東京都北区立赤羽小学校の研究主任として、児童に自己決定のある授業や、みんなが幸せで働きやすい職員室づくりに挑戦中。
人生の目標は「全国の共育者と子どもを幸せにすること」
座右の銘は「最高のNo.2」「認任」

○ともはぐ(共育)代表
○教育の窓口 共同運営
○REACHER BASE 共同運営
○先生の幸せ研究所 第3期
○オンライン市役所 東京都会幹部


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【つぼけんTwitter : @tsuboken_mol】

00:02
そんな厚いトークをしている間にですね、オブザーバーとして見守ってくださっていた中立さんが一歩二歩前に出てメモをして、ちょっとマイクを用意しますね。少々お待ちくださいね。
はい、お待たせいたしました。中立さん、聞いていただいてどうもありがとうございました。我々を見守っていただいて。
あ、いいですか?こんにちは。お邪魔します。もう言いたくてしょうがない。
そこをね、オブザーブ役を頑張ってしてましたので、本当に素敵な話で心震えますね、大ちゃんね。震えまくりでも最初から。
ちょっと言葉にならないよね。ならない。出てこない。本当に勇気づけられる話だし。
これからのワンピースじゃないけど、新世界ってのはどういったものなのか、なんか見えてくるなーっていう気がすごいしてるんですけど。
1個ちょっと、2個すごい思ったことがあって聞かせてもらっていいですかね。今の社長業とか校長の話の中で、これからの社長は教職経験というか教師的なものがあった方がいいんじゃないかって話があって。
僕があるとき、数年前、Googleの心理的安全性ってことがだいぶ言われ始めたときに、初めはすごい拍子抜けして、そんなこと?って思ったんですよね。
そんなことって日本の教育でずっと大事にされてきたことだし、それってやってきたことだったんじゃないの?今更なんでそれがこんなに騒がれるんだろうなっていう思いが正直あって。
なんかその後いろんな企業とかの研修出るたびに先生たちが企業からすごい学んで、先生は足りてないみたいな、もっと心理的安全性をみたいな。ちょっと待って、教師ってそのプロとしてやってきてるんじゃないのかなって。
多分学級経営ってもうまさにそうじゃないねところもあるかと思うんだけど、すごい頑張って先生たちって信頼関係築いたり、その子一人一人の良さを受け止めるような在り方を大事にしてきたのに。
改めてそういうことを海外から企業から学ぶっていうのはちょっと寂しい、残念な気持ちが僕は正直していて、今こそ逆にこの教師としての人間関係の作ってきた在り方とか、まさにコミュニケーション能力とか楽器をみんなと心地よい場にしてきたっていう力って、
逆にもっと発信していった方が、誇りを持ってやってきたから、そこで発信してきていいんじゃないかなっていうふうに思ってたので、今のお話をお聞きしていて、やっぱりそんな卑下すること全然ないし、先生たちってそこを本当に大事にしてきたし、
心理的安全性って言葉は使ってないけども、でもそこってうまくいかないこともすごくあるけどね。35人目の前に生きてる子どもたちがいるから、みんながそんな心理的に安全になれないかもしれないけど、
03:01
でも大切にしてきてるっていうことは、すごく勇気づけられて、先生たちは全然卑下しないで、すごく頑張ってるから、それでいいんだなっていう確かめが一個ありました。
で、一個お聞きしたいところが、先生っていいよねって信じる、信じて後輩たちの伸びていくのを待てばいいって、そこが僕もずっとこの信じるってことについてもずっと考えていて、
信じたいけど信じられないとか、待ちたいけど待てないとか、そこが僕ら日本人が身につけてきた、知らず知らずのうちの近代の何かだと思うんですけど、
待つとか信じるって、もともと僕らに備わってるものなのか、それでもなんかしんどさとかもやもやを抱え続けながら頑張って我慢して信じて待つものなのか、信じるとか待つってこれどういうことなのかなっていうのを少しお聞きしたいなって思います。
確かに。
なんかね、人間は待てるんですよ、本質的には。
だけど、近代教育、近代社会に染まっていくうちに急かされ急かしっていうところに入っちゃってるから、だんだん待てなくなるんですよ。
だから、おばあちゃんになると待てますよね。
確かに。
だから、小学校低学年とおばあちゃんってめちゃくちゃ波長がいいわけですよね。
うんうんうん。
わかる。
ほんとだってことか。
確かにね。
そういう意味では、自分が待てないんだったら、待てる人を当てればいいのかもしれない。
おばあちゃんにパスしちゃいますね。
なるほど。
ここでパスが出るわけですよ。
パスが。
おばあちゃんにパスするのが苦手ならね、苦手ならパスすればいいじゃんって。
苦手なら、せかすのが好きな時もありますよ、人生。
そしたら、そのせかす、一緒に走りたい人と一緒に走ればいいし、待ったほうがいい時にはそういう人にパスすればいい。
いや、おばあちゃんにパスって今までの僕の人生の中でイメージしたこともない。
でも、確かに本当そうですね。
おばあちゃんにパス。
そして関連して、やっぱり信じるってことなんですけど、これ足田マナちゃんがものすごい深いこと言っていて、
彼女が信じるって何かってよく考えるんですって言って。
それで結局信じるって、自分が期待した通りの人になることを信じているって思っちゃってるから、そうならないと期待外れとか裏切られたって言って心がすごいザワザワしちゃうんじゃないか。
だから本来それは期待通りになることを信じているだけであって、それって本当の信じるって言わないんじゃないかってよくそういう言い方するんですね。
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その信じるってことについて、教師の子供に対する信じるとか、信じるってことについて何かお考えがあればもう少し教えてほしいなと。
信じるって言うとね、ちょっと難しくなっちゃうかもしれないけど、全てに意味があるってことですよね。
全てに意味がある。
うん、起こっていることにはね。
だから思う通りにならないことばかりですが、それはなぜ、どういう意味があるんだろうっていうことをちょっと考えてみると、こういう意味があるのかもしれないと。
あるいはこういう成長の機会、こういう気づきの機会なのかもしれない。あるいは休めっていうことかもしれないし、慌てるなっていうことかもしれないし。
だから本当に人生何が良くて何が悪いかってわかんないですよね。
人生ね、まさにいいなと思ったことが実は悪いことのきっかけになっちゃったり、最悪と思ったことが実は最善へのきっかけだったり。
だからそこを教えてくれてると思えばいいんじゃないですかね。
そうすると、むしろそこを探った方が良くて、これどういう意味があるんだろうかなっていう。
自分が気づいたり成長する、あるいは少なくとも新たな経験をするチャンスですよね。成長のチャンスですよね、最大のね。
そういうチャンスが今与えられているんだって思えば。
だって山登りって大変じゃないですか。だけど山登った時にやっぱりいろんなものを自分は得てるわけですよね。
自信も得てるし、技も得てるしね。そういう苦難を乗り越えるという試練っていうことかもしれないけど、
試練っていうのは乗り越えられない人には来ないんで、できた試練を乗り越えればもう一段、もう二段バージョンアップしてるわけですよね。
成長のチャンスっていうことは。だから次どういうことを学べって言われてるのかっていうことだと思うんですね。
なるほどね。ありがとうございます。
僕20年ぐらい小学校の教師ずっとやってきたんですけど、本当にこれが自分の天職だろうと思って僕はやってきて、まさか辞めるなんて本当に思っていなかったんです。
だけど本当に上手くいくことやいかないことが山ほどあって、すごく心も苦しくなって、最後いろんなきっかけで辞めることになったんですけど、
その時鈴川さんに教師辞めることになりましたっていうことを言ったら、おめでとうみたいな話があって。
おめでとう。
これで僕たちとまたいろんなこと一緒に、じゃあできるってことだねっていうことを自由に、例えば今日もこの場に来てるのって、そういうことは長野から今日来たんですけど、
09:07
まさにその言葉の通りだなって。だから意味を考えるじゃないけど、一回辞めたことで何があるのかなって時に一緒にこれから何かできるかもねって言ってくれたことが本当に自分の意味としてすごく大きく今も人生を突き動かしていて。
先ほどの高速で飛行機で動いてるとか車乗ってるの話で、まさに一回教師を辞めるっていうことは道端の花を見て、タンポポってお話ありましたけど、
そういった花を見て風を感じて、少し高速で動いていたところからゆっくり今生活しているっていう、そんな状態なので、人生の意味っていうのも今すごいかみしめられているので、今の話すごいありがたかったなと思って。
今日来てよかったです。ありがとうございます。
確かに僕も中田さんと軽井沢でパスタを食べたんですけども、一口目食べて味わうっていうことを今してるんだって話をされてたんだよ。今思い出しました。
中田さんは歩いてるわけですね。今ね。歩いてるんだ。
そっか。いいなぁ。
はい、ありがとうございます。
では大ちゃん、そろそろエンディングに近づいておりまして、なかなかこのチャンスないので、ラストになるかな?聞きたいこと言ってみますか。
大ちゃん最後だって。
最後かどうかはあれですけど。
何聞くの?どうするの?
鈴鹿さんは何を見てんだろうっていうのは知りたいんですよね。
なんかきっと僕たちが見えてない世界を見ていて、未来も見ているんだろうなというのを、これまでの話を聞いていて思うんですね。
最初の美学のところもそうですけど、私たちがなかなか見えないところをワクワクしながら見ていると思うので、そこをぜひスポットライト当てていただいて、今ちょっとでも見えるのであれば嬉しいなと思うんですけど、教育でどんなところを未来見ているんでしょうか。
教育ってすごいシンプルだと思っていて、ご縁のある児童生徒と出会えて、その子にとってとても大事な時間を一緒に共有して、その子と出会えただけで幸せではないかと。
もちろん1年になるのか2年になるのか6年になるのかいろいろあるでしょうけど、子どもにとっての1年とか半年とか1ヶ月ってめちゃくちゃ大事ですからね。
その大事な大事な時期を一緒にいられるっていう、その素晴らしさというか尊さというか。
12:08
子どもは無限の可能性ですからね、もう本当に。
無限の可能性の存在と時間を共にできる、空間を共にできる。
それだけで何が後を入れますかって。
そういうふうにみんなが思えれば、これは教員だけじゃなくて保護者の人たちもそういうふうに思えるようになってもらえればいいなと思って。
僕は今やっぱり保護者の人が一番かわいそうだと思うんですよ。
さっきの心理的安全性がない人が増えてしまって、別にそれ本人が悪いわけじゃなくて、いろんな不運や不幸が重なってそういう人が増えてきちゃってるっていう。
それの影響が学校にも教員にも。
逆に言うとぶつけられるところがないからね、学校しかね。
それがある意味でつらく当たってくる保護者もいると思うんですけど。
だけど逆に言うと、この先生なら当たっても受け止められるっていうふうに信頼してもらってるんだよね。
教育心理の人が言うんだけど、
反抗期のお母さんが子供からクソババーって言われたら喜んでください。
どういうことかっていうと、子供はそのお母さんを全面的に信頼してるから、
クソババーって言ってもこの親子関係に全くひびが入らないと思っているからクソババーって言えるんです。
逆に親子関係が危ういと、子供が親の顔色をうかがうから、絶対クソババーって言わないんです。
逆に言うと、モンスターの現場に立ち合わせられたらたまらないっていうのは200も承知で。
僕も役人時代、クレーマーのクレーマーのクレーマー。
政治家とかってもうクレーマーのクレーマーのクレーマーの対応。
要するにその会社で対応できなくて、業界団体に行って対応できなくて、それが役所に来ますからね。
2時間3時間のクレームは毎日浴びてましたから、もうキングオブクレーマー。
15:06
だけど、最初は大変だったけど途中から、やっぱりその人は寂しいんだなっていうふうに思って。
そこをとにかく魅力だけで受け止めてあげようというふうに思った瞬間に、クレーム対応の力がめちゃくちゃついて。
僕ちょっと年を取ってね、部下がクレーミングを受けてるでしょ。
ちょっと大変だなと思ったら、僕が取って代わるんですよね。
そうするとね、なんとなく収まるっていう技を身につけることが。
特殊能力。
特殊能力。
やっぱりさすが偉い人が違うなって。
何にも言ってないでしょ。
そうですね。
それをちゃんと受け止めるのは、やっぱり言ってる方もかわいそうなんだっていうかね。
元から悪い人っていないんで。
言い合ってこういうことになってるんだなっていうことを、こっちが思うと沈まるみたいなことなんだけど。
だからそういう意味で、今僕は保護者の不安というか恐れとか、不必要に脅かされてますからね、社会からね。
これを取り除いて、それこそ保護者への心理的安全性を取り戻せるように。
そういうことが僕もできたらいいなと思うし、
これを聞いてる皆さんもそういうことをちょっと頑張っていただけると。
その効果絶大ですからね。
その保護者が変わるだけで、教室全体の雰囲気はガーッと変わりますから、もう軽減されてると思うけど。
その教室がガラッと変わるとなんか伝播するからね、その空気。
だから今本当に大変だと思います。子供を預かってるだけじゃなくて、親子を預かってるからね。
それを20代にして預からなきゃいけないから、大変だと思うけど。
でもね、僕はいつも言うんだけど、教員の若い人に。
中世のプロフェッショナルっていうのは、心学と医学と法学なんですよね。
神になり代わって死刑判決を下すのは法学ですよね。
神になり代わって人の命を救うのが医学ですよね。
心学ってのは神そのもの。
18:00
現代のプロフェッショナル、もちろん職業に寄生はないんだけど、私はこの心学の代わりに教師だと思うんですよね。
だってその人の神様になり代わってその人の人生を育むわけだから。
やっぱりそういうプロフェッショナルになろうと目指してることの素晴らしさと、あるいはなることができたっていうね。
そういうご縁と巡り会えたっていうことの尊さみたいなことを。
で、多くは救わなくていいと思うんですよね。
一人でいいと思うね。
この先生に出会えたので人生が少し変わりましたっていう人が。
だって一人の人生に影響を与えられるだけで十分じゃないですかと。
あるいは一人の親の幸せに少しでも貢献することができたら、人生としてそれで十分だと思うんで。
それが二人になり三人になりすればなおね、素晴らしいけど。
お医者さんだともそうでしょ?
なんか心臓がけがいでね。
もう一人命それで自分の手術で救えたらもう。
だって人生あるいは命って無限大なんだから。
それ一人一人の人生もまさに無限大の価値があるわけで。
より大きい人生に少しでも関われたらそれで十分でしょっていうか。
そんなに素晴らしいことはないでしょっていう。
めっちゃいい。
本当そうだし、関わってくれた先生にも感謝だし。
自分もそうなりたいなって思ったのと、僕今すごく感動しているのは、今おっしゃっていた子どもには無限の可能性があって、成長を見守る、成長に関わる。
それって幸せなことなんだよねって今根本に我々も立ち返ってそうだよなって思ったんですけど。
よくよく考えたら、僕らが話をこの1年間で聞いてきた教育学部の現役学生さん。
全く同じことを言っているわけですよ。
教師になりたいのは子どもと関わりたいからなんだと、成長を目の前で見て、だからブラックって言われているかもしれないけど、私は教師になるんだと思って頑張っている子たちって、子どもの可能性を信じて、成長を信じて、だからやるんだって言っているわけじゃないですか。
それって今おっしゃっていることと同じですもんね。
同じ。
同じよ。
同じ。
僕も言ってた昔。
言ってたよ。
うん。
今この本当にいろんな経験をされていろんなことが見えてきている鈴鹿さんと、学生さん、大学4年生、3年生さんが言っていることって同じだったわって思って、今すごく感動しているところです。
21:12
だからいろんな人とお話しするってこともね、旅にもなってくるし、なあと思って、だいちゃんよ。
そう思ったよだいちゃん。
いやあ、なんかね、ここでいいんだっていうね。
うん。
本当。
思いましたね。
思いました。
うん。
これ、ん?終わっちゃうの?え?終わっちゃうの?終わっちゃうの?
そっか、ちょっとお時間がね。
そうなんですよ。
そもそもなんですけど、なんでこのラジオ、今回OKいただいたんですか?
確かにそれがもう、驚きがあったんですけどね。
なんでもない我々が。
いや、トラの悪い。
いやいや、僕頼んだんですけど。
頼んだんですけど、OKってすぐに言ってくださったのが、なんでだったのかなと。
いやまあ、中田さんのご紹介ですからね。
そっかそっか。
悪い人はいない。
そっかそっか。
ありがとうございます。
でも頼まれるっていうことはありがたいってことなんですよ。
なるほどなるほど。
だってまあ必要とされてるってことじゃないですか。
そうですよ。
だから僕は基本的に頼まれたことは、もう頼んでいただいたってことだけでありがたいし、
まあ私を必要としていただいてるわけだから。
だから基本断るってことはないんですよ。
へえ。
ねえ、どんどん頼み始めてる。
ただ僕が今のジレンマは、やっぱり自分の体力とそこをどう折り合いをつけたらいいのかっていうのが私の今の宿題ですね。
どうやら先ほどの話ですとテレポーテーションが大切ですね。
1日40時間くらい移動していただいて。
教師一回離れたけどさ、今日ほどもう一回近いうちにね。
もう少しいろんなことしますよ僕は。
もう少しとにかく先生を支えたいからもう少しいろんな活動をするけど、
なんかゆくゆくの鈴川さんの言ったさ、教え子の森。
イメージできたじゃない。
した。できた。
いいじゃん。あれ抱きながらやるのとさ、あれを遠くに抱きながら、
さっきのこの目の前では子供のね、本当にご縁があってこの出会えたこの喜びをかみしめながらやっていけば、
あとはその間だよね。その間のいろいろ入ってきちゃう。
ここを僕が多分支えるんだと思うの。先生たちを。
24:00
なんかその役割果たしたら戻りたいなっていう気に今日すごいなったな。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
じゃあ大ちゃん感想聞いちゃいましょうかね。
なんか想像していたものじゃないものを得たんですけど、
教師いいなっていう、先生いいなって再認識と、
なんか前まで大事にしていた自分にもう一回出会えた感じがしたので、
教え子の森の話ね、僕来週元教え子のコンサートチケットのナンバーワンをもらいました。
サイトマン聞きに行くんですけど。
今の話を受けてまた行くっていうのは全然違うなと。
泣いちゃうなと思って、本当によかったです。
ありがとうございました。
僕は何度か申し上げた通り、本当に教育だけじゃなくって、
日本の未来の話とかをさせていただいて、とても面白かったんですけど、
受け止め方、考え、姿勢がポジティブとは違うのかな。
上を見ているような感じがすごくするんですよね。
それっていうのも何かお金とか成長、急成長とか、
なんか順位とかランクとか数字とかじゃなくって、
目指すべき方向を本当に一歩一歩歩いていくって、
いいじゃないってすごく思えた時間で、
僕らが悩んだり、いや違ったんじゃないかとかって、
だいちゃんと話してても思うことたくさんあるけど、
いいんだって思えた時間でした。
なので本当に今の時間もすごくいいですし、
次につながる、なんかちょっとこれ終わって、
明日の見方とか、また僕は外部スタッフであるんですけど、
学校に行った時の受け止め方とか、
自分の子供との向き合い方とか、
ちょっとポジティブに変えられるなっていうふうに思って、
本当に幸せな時間を過ごさせていただきました。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
では終わっちゃいますよ。
夢の時間終わりますけれども、だいちゃん大丈夫ですか?
第一回が終わったと。
僕は勝てながら、
よく映画の終わりにほのめかして終わるみたいな、
あれを作って終わりたいなって思います。
頼まれたら断れないってことね、分かりました。
失礼。
でもそれまでに今日いただいたことを、
僕らも受け止めて、いや分かりましたよと、
これこそ理学っすよと、
今日、きちんとお示しできるときになったら、
27:03
もう一回お話してもよろしいですか?
はい。
よし。
では、ほぼ教育最前線、
シーズン1最後のゲストとなっていただいて、
本当にありがとうございました。
鈴川先生こと鈴木寛さんでした。
どうもありがとうございました。
27:49

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