2022-10-30 31:27

#45 すずかん先生と語る教育のミライ(3/4)「旅をして未知なるものと遭遇しよう〜ドリブルで抜けないならパスすればいい」ゲスト:鈴木寛さん

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・旅をすればいい

・未知なるものと遭遇する

・必ず巡り会えます!

・学校の中では先生が失敗を語ればいい

・上手く行っている改革は「小さないいものを見つけて、それを増やしていく」すずかん流改革の秘伝!

・僕が止まることで周りに人が一生懸命になる

・ドリブルして抜けなかったらちょっとパスすればいい

・ハーモニーの美しさ

・教師は、できるようになるまで信じて渡して待っていればいい(社長は怒られる)


《 ゲスト:鈴木寛さん》

東京大学 公共政策大学院 教授
慶應義塾大学 政策メディア研究科 教授 

1964年生まれ、兵庫県出身。
東京大学法学部卒業後、通商産業省に入省し、IT政策に携わる。
山口県庁出向中に吉田松陰の松下村塾に何度も通い、若者の無限の可能性を実感し、人材育成の大切さに目覚める。
1995年夏から、通産省勤務の傍ら、大学生などを集めた私塾「すずかんゼミ」を主宰し、現在に至る。 

1999年、慶應義塾大学SFC助教授に転身。
2001年から参議院議員(2期12年)。
2009年から文部科学副大臣(2期)、2015年から文部科学大臣補佐官(4期)。
2014年、東京大学、慶應義塾大学の教授に同時就任。 若者の無限の可能性を信じ、一貫して教育政策や人づくりに取り組む。


《 つぼけん 》

1982年生まれ。東京都出身。
大学の自主映画サークルで映像制作の面白さを知り、2005年に映像の制作会社に入社。
カメラマンディレクターとして多くのテレビ番組に携わる。
子どもが小学校に入ったことがきっかけで、日本の学校教育に関心を持つ。
人生の目標は「Happiness Creactor」(=自分も他人もしあわせにできる創造力をつくる)


《 大ちゃん:大野大輔 》

1991年生まれ。東京都出身。
学校と自分が嫌いだった小学生時代を、当時の恩師が幸せに変えてくれたことがきっかけで教師の道を志す。
現在は東京都北区立赤羽小学校の研究主任として、児童に自己決定のある授業や、みんなが幸せで働きやすい職員室づくりに挑戦中。
人生の目標は「全国の共育者と子どもを幸せにすること」
座右の銘は「最高のNo.2」「認任」

○ともはぐ(共育)代表
○教育の窓口 共同運営
○REACHER BASE 共同運営
○先生の幸せ研究所 第3期
○オンライン市役所 東京都会幹部


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【つぼけんTwitter : @tsuboken_mol】

00:02
じゃあ、じゃあですよ、じゃあですよ。やりたいことが本当にあるなら、そうやっていいじゃないかと。1年、2年、3年。
で、一方で、やりたいことがまだ見つけられない。そんな子もたくさんいますよね。自分は何なんだろう。
みんなはキラキラしていて、インスタグラムに載って、なんか夢を叶えている。でも私は僕は何なんだろう。って思ってる子もたくさんいますよね。
そんな子たちにはなんて。
そういう子たちはですね、旅をすればいいんです。旅っていうのは、もちろん旅行のこともあるんですけども、本の旅もあるんですね。
図書館に行って、自分が気になった本を毎日読んでいくっていうのも、これ旅です。要するに未知なるものと遭遇する。
いろんなものをつまみ食いするっていうことが旅なんですね。僕の定義は。ディープな旅もありますけど、若い人にはつまみ食いの旅をしなさいと。
だから青春18切符で一駅ずつ降りていってもいいし。別に青春18切符じゃなくてもね。だから本の旅もできるでしょ。
だから東京の山手線とJRの駅全部降りたことある人ってあんまりいないんですよ。僕はあるんですよ。
一日で?
いやいやいや。人生で。山手線だって全部降りたことある人ってあんまりいないじゃないですか。面白いんですよ。山手線だけでも。もちろん中央線だけでも面白いんですけど。
でもこれだって旅なんですよ。新橋駅はこんな感じ、東京駅はこんな感じ、宇宙谷はこんな感じみたいな。ここにいろんなものが見えるんですよ。
そういうものと遭遇してる中でやっぱり人間を感じるところがあるわけですよ。
で、そこで駅で降りて、そこでね。そしたら、あるいは23区全部行ったことある人って案外少ないんですよ。
今日は帰宅、23日やってみるだけでも、ものすごい旅になる。別にお金いらないですよ、そんなに。歩いていけばいいんだから。
疲れたら飛ばす乗ればいい。
飛ばす乗ればいいな、疲れたら。だから旅って、それから人と会うってこともそうですね。東京だけで1300万人います。1300万人に会うことは不可能です。
例えば、東大生って1学年3000人なんですね。東京大学12000人学生がいるわけですよ、大学生だけで。
そこに修士とかいると2万人。2万人の東大生に会うことは不可能なんですよ。
じゃあ、自分の通ってる学校の学生に一人一人会っていくだけだって旅なんですよ。
あるいは、自分の小学校500人、600人いますよね、5000人のところ。
じゃあ、その子たちと一人一人話していくのだって旅なんですよ。
まだ若い時ってまだまだインプットが足らないから、いろんな多様なインプットを、つまみ食いでいいんでいっぱいするってことですよ。
03:12
そこで引っかかったら、そこで止まるってことです。そこで深める。
なんか巣がめっちゃ気になるみたいな。巣がもうブワー深めたらいいんですよ。
あるいは、いろんな人と会う中で10人目に会った人にめちゃくちゃなんか気になる。
そしたら、その人とディープにぐーっと1年間。
なんか関心を持つ人が気になるってことはやりたいことの絶対きっかけだから、その子と徹底的に付き合えばいいんですよ。
だから必ず巡り会います。
必ず。
必ず。
必ず。
だからまず数が足らないってことです。見てるものの数が足らないってことです。
だからやりたいことが見つからない人は、まだ出会ってないんで、だから旅をしなさい。
自分の未知なるものと出会う。そういうところに行く。
食べ物でもいいけど。
だから名所、名物、名人、そういうものを何でもいいですよ。
僕47都道府県全部行ったことあるんですよ。
素晴らしいですよ、日本。いくらでもいいところいっぱい。
まだ僕ももちろん市町村、1700市町村でも行けてないところいっぱいあるからね。
それだけでも旅ですよね。
だから別にそんなにお金はかかんないんです。
ちょっとアイデア次第、知恵次第。
あるいは毎日赤羽駅に立っててもいいんですよ。
一点突破。
一点突破。
で、赤羽駅の朝、ものすごい数の人が出てきますよ。
その人たちの顔を見てるだけでいいですよ。
この人はどういう気持ちなんだろうな、どういうことしてるのかな。
顔にはいろんな情報が詰まってますから。
それを毎日365日赤羽駅に立って、そこに乗り乗降する人たちの顔を見る。
それだけでもいいです。
あるいは教育をやりたいんだったら、東京の小学校は全部バレないですから。
幼稚園でもいい、中学校でもいい。
もちろん中に入らせてもらったら一番いいけど、それが難しければ校門に立てばいいんですよ。
朝、子どもたちが登校してくるそのシーンを見るだけでいいんです。
それをやってみたらいいんですよ、教育学部をやりたいんだったら。
どんな顔で子どもが入ってくるのかなみたいな。
どんな顔で下校していくのかな、陶芸校していくのかな。
陶芸校の時期に、地図を塗りつぶしてくれるんですよ。
赤羽小学校の子どもたちがバーッと来る。
そういういろんなシーンを脳裏に焼き付けるんですね。
06:03
だから何でもできますよ、旅を。
夢がないなら旅をせよと。
旅をせよと。
いろんな未知との遭遇。
未知なるものは実は自分の身近にまだまだいっぱいある。
田井ちゃんいかがですか?
旅ってワクワクするし、自分で決めたことだから楽しいし、
飲み込んで夢中になって気づいたら行くとこまで行ってたぞってなると思うんですよね。
それを学校の中で作れたら僕はいいなって思ってるんですよね。
自分が意図していないものがベルトコンビヤ的に運ばれてきて、
その中で旅見いらせて、結構難しいところはあるなと思ってて、
学校の中でそういう旅っていうのは作れるものなんですかね。
学校の中で旅はね、それこそ学校の先生だって20人30人いるわけですよね。
その人にそれぞれの人生があるわけですよね。
それぞれの先生とどれだけその人の人生を子どもたちは聞いてますか。
あるいは自分の人生を子どもたちに語ってますか。
今33歳?
31歳。
31歳。
31年間のいろんな楽しかったこと、つらかったことを子どもたちに語るだけで、
それを学校にいる先生全員やったらすごいことになるでしょ。
すごいですね。
あるいは同じことを10歳の子どもだったとしても、
10年間の人生があるわけですよね。
それを暮らす30人。
300年ですよ。
10年かける30人。
300年分の人生を一つの教室だけで共有することができるわけですよね。
331年分やれる。
旅ですね。
旅。
だいちゃんがいろんなチャレンジをしてるじゃないですか。
いろんな人に会ってきてるし、いろんな人と語ってきてることを子どもたちとよく話すね。
ベラベラしゃべる。
それがいいと思う。
やっぱり一人称で自分が好きだった本とか、自分が好きだったこととか、何でもいいと思うんですよね。
そういうことはできると思うんですね。
客観的な知識を伝えなきゃいけないっていうふうになりすぎちゃうんですよね。
それもなるべく自分との関わりの中で伝えていく。
なるほど。
それはできると思うんですね。
だからきっとだいちゃんがチャレンジして迷ったりしてることを子どもたちに言っていることっていうのはきっといいんだね。
しかも失敗談の方がいいんですよ。成功話を。
09:03
人生グラフみたいな。
僕は子ども時代、学生時代が暗黒のように下に下がっているのをバンと教室に4月に貼ってあるんですね。
それを見るとみんな、「ここは何があったんですか?」みたいな。
漢字テストほぼ0点だったんだとか、授業中落ち着いて座ってられなかったんだとか話すっていうのは、
実はC5、6年生たるときは必ずやっていて、その方が近くなる気がします。
そうですね。それでいいんじゃないですか?
あんまり自慢自在がないっていうのもあるんですけど、失敗談とかも。
何が失敗なのかっていうのはね、それは失敗ではないんだよね。
僕、息子たち今小学生なんですけど、出身の地元の幼稚園が、すごく父の会が盛んな幼稚園だったんですよ。
もうお父さんがとにかく参画していって、力こぶ祭りっていう父の会祭のお祭りをやったりとかするんですね。
それ何でかっていうと、園長先生とかみなさんがおっしゃっていたのは、お父さんっていうのは社会の窓だっていうふうに言っていたんですよ。
社会と繋がる。こんな人、弁護士いる。映画作ってる人いる。
いろんな人を小さい子供たちに見せることで、多様な選択肢があるっていうのを見せるっていうの部分もあるんだってことを言っていました。
あと、二戸部文化学園の外部スタッフを務めたんですけれども、
ハピネスブリッジという企画がありまして、1年間で100人の大人たちに会おうということで、オンラインでつないで。
もう100人どころじゃないですよね。中学生たちが本当にいろんな、何なら世界の裏側にいる海外の大人とかにも会って、
自分の発表を聞いてもらったり、大人たちが話してくれたりっていうようなイベントもやっていて、
どうやって外に繋げていくかとか、多様な生き方があるかっていうことを繋げていくかっていうことを、僕の周りでは素敵な取り組みがあるなって思ってるんですよ。
一方で、だいちゃんは地域と学校をつなぐっていうことをめちゃくちゃ頑張ってやってますけど、
学校ってどうしたって外部を入れないっていうことが基本ですよね。
外の人、地域の人。
難しいところもありますよね。
それは、だいちゃんを見ているから変わってるもんだと思ってるけど、それはどうなんですか?
いや、確実に進んでると思いますけどね。
そこに進撃の巨人みたいな壁があって、それを今建設中の、し直してる人はいっぱいいると思いますけどね。
なるほど。
ドア作ったりとか、通信集団で電話で通信集団で外の壁と中とできるようにしたり、みたいなことをしてる人はいっぱいいると思います。
じゃあその動きっていうのはどんどん広げていくべきだし、広がっていくものって考えてるんですか?
12:03
20年前、30年前と比べたら相当変わってますよね。
20年前、30年前というか、教育実習の学生と保護者会の日の保護者以外は入れちゃダメだったんですよ。
そっちのイメージですね。
でも今は学生ボランティア毎日来てるところもいっぱいあるし、保護者以外の地域の人たちも割としょっちゅう出入りする。
少なくとも法律上は認められた。
だから制度はできたんだけどね。
今度はあとは文化ですよね。
文化と具体的に出入りしてくれる人が生まれるかどうかっていうところですよね。
だいちゃんはその辺は実践者ですけど、実感としてはどうなんですか?
どんどん進んでいってるって感じ?
進んでるっていうか、満たされてきてるなっていう感じですかね。
いろんな人が入ってくるっていうのは嬉しいし、
あと率直に学校にできないことがいっぱいあって、できないことできないって言うみたいな僕イメージで。
できるって言ってくれる人が来てくれるとか、一緒にそこで作るみたいなのが楽しいなっていう実感はあります。
だから進んでるっていうよりかは満たされてきてるなって。
いろんな人でいろんなことを見るのはいいことだなっていう。
そんな感じです。
もしよかったら実際に今取り組んでることとかお伝えしてもらえる?
いいんですか?
今赤羽の小学校が徒歩2分くらいで遊び開発の会社があるんですね。
ジリリタさんっていう。
そこの会社の方が本当に素敵で遊びで世界を豊かにするっていう風に話してるんですね。
その方と遊びというかものづくりをしたい3年生の子たちがいて、
その3年生の子たちのものづくり、遊びづくりにジリリタさんが一緒に遊び開発したいって。
そこでマッチングが起きて交差点が。
一緒に遊びを開発して地域の子どもたちとか高齢者の方を笑顔に元気にしていこうぜっていう。
そんなプロジェクトが起きたんですね。
それが今すごい楽しくて。
そこに私も乗っかりたいという地域の人が今3団体くらい来てくださっていて。
うちの学校の養護教員の先生もうちもちょっと入っていって乗っかってきたり。
そのプロジェクトにみんなが乗っかってきてるみたいなのが起きてるので。
そういうのはすごい楽しいなって思いますね。
そんな感じです。
実は全国にはそういう頑張ってる人がいっぱいいる。
たくさんいますね。
大きなメディアが取り上げないだけで。
本当に現場に行くとすごく嬉しくなるというかね。
こんな小さな街なのにこのことにこんな大勢の人たちが集まっているんだとかね。
人間なんでもそうなんだけど、ポジティブな面を見るのかネガティブな面を見るのかっていうね。
15:00
100点もないし0点もないわけで。
そこの見方だけですね。
2年前に鈴川さんがオンラインでおっしゃっていた
このコロナで本当に失うものばかりなのかって話を僕されたと思ってるんです。
そこでコロナっていうテーマで子どもと学べばいいじゃないかっておっしゃったのを
ヒントにこれが始まったんですね。
子どもとコロナっていうテーマで出してみたら
遊ぶ時間とか友達とかそういうの失われたんだっていう風に出したと。
じゃあそれどうするって言ったらみんなで遊び作ろうぜって風になったプロジェクトがさっきのプロジェクトなんですね。
それってもう本当に国語とか道徳とかいろんな教科を混ざり合って
もう子どもからしたら遊びでしかないんですけど
結果として学びになってるみたいなところのヒントも実は鈴川さんからもらってるっていう。
なるほど。
2年前のあそこからまだ火がついてるっていう。
そうなんです。
すごい楽しいですね。
いいですね。
なんかお話ししてると何ですかね。
なんか前向きな気持ちになる。
これ何なんですかね。
かなりもっと背中を押されてます今も。
多分見方の話もされてましたけれども
メタ認知と申し上げていって多様な視点がある中で
こっちの見方だったらいいじゃんっていうことを常に考えられてる。
もちろん多様な見方なのでマイナス面も分かりつつだと思うんですけれども
ポジティブな面であったりこれだったら未来につながるかもしれないとか
そんなふうな思考でどんどん物語を進めてらっしゃるのかなっていうことを感じたんですけれども
実際ご自身としてはいかがですか。
そうですね。
ある種のうまくいってる改革で
このダメなところを直すっていう改革は大体うまくいかないんですよ。
なるほど。
小さな良いものを見つけてそれをどんどん倍増していくっていうのは単多うまくいかない。
それがだいたい5割を超えたときに自動的にうまくいくっていう。
それがスズカン流改革の秘伝。
秘伝。
5割っていうのは何の5割?
だいたい51を超えたらみんなそういうもんだって思うから。
最初は1%ぐらいしかいないわけで。
でも1人目ができるっていうことはすごい重要なことで。
0が1になる。
1が2になって2が4になって4が8になってっていう。
特に最初の頃はしんどいんですよね。
でもこれが30になって64になったら後はほっといて回り始めますよね。
そこがある程度僕はいろんなことをやってきたんで。
何号目かなっていうのがだいたいわかるんで。
あと3回いけば64になるなとかね。
18:01
いうのがちょっとは見えるのかな。
それは色々経験してきたっていうこともあると思いますけど。
せっかく直接お話しさせていただいてるので伺いたいんですけど。
本当にいろんなことをやってきていろんな面を見てきて。
先も見えるようにどんどんなってきていて。
それでもうまくいかないことって当然あると思うんですよ。
すぐにはね。
すぐには。
つまりもうダメだ。
絶対こっちの方向なのかもしれないけど。
諦めた。手放した。失敗した。
っていう時もあるんですか。
それはね。結局僕はちょっと早くなってたっていうことなんですよ。
早すぎたな。
うん。ついて。
それはいつも意識はしてるんだけど。
ちょっと欲が出る時はね。僕もね。
煩悩があるからね。
ここまで来れたんだったらもう一歩いけるだろうみたいな時に。
やっぱりちょっと早かったっていうのは。
その時はちょっと早かったんだなって思えば。
僕自身は待つかと。
それはこう失敗だって。世の中が遅いんだとか。
自分の意見がなぜわからないのかとかっていうことではないんですね。
だからそれはちょっとペースを間違えたなっていうのと。
それから僕が止まることで周りの人が代わりに一生懸命になったりね。
逆にね。
だから僕が大コケするとそれで奮起する人も出てくるんで。
そうすると仲間は団結は強まりますよね。
なるほど。
団結とから輪は一歩広がりましたね。
先ほどの大ちゃんの失敗も優にもある程度通じるのかもしれないですね。
例えば僕がさっき言ってたんだけど。
全部ドリブルで抜こうとしてどこかで抜けませんでしたって。
ただちょっと球をパスすればいいんで。
うわー。
ドリブルしてるわー。
大ちゃんですって。
今聞きながらパスできる人いるなって思って嬉しくなってきた。
いるよね。
聞こえてなかった時かもしれないですけどね。
最近は聞こえるんですけど。
パスとドリブルとの塩梅が上手になってくるわけです。
なるほど。
ドリブラーから変幻自在になっていく。
21:02
一人でドリブルして頑張ってるのって美しいですしかっこいいですし素晴らしいなと思いますけど。
一人でドリブルしてるなって方いらっしゃいますもんね。
パスを覚えましょうって。
なるほどー。
パスしてみましょうって。
てっきり僕の質問からすると、
それは失敗することだってありますよっていう話だと思いましたし、
実際そうなんでしょうけど、
失敗は失敗じゃないんですね。
そうですね。
一つの失敗は。
ドリブルで抜けなかったことはありますと。
しょっちゅうありますと。
それはパスすればよかったっていうことを。
パスのタイミングとかパスの感覚がより上がってくるってことじゃないですか。
それはもうある程度若い時からそういう考えでらしたんですか。
そうですね。
びっくりした今。
それすごくないですか。
若い時はもう俺がって言って俺が俺がって言っていう感じじゃないんですか。
やっぱり僕はサッカー部だったからね。
なるほどー。
これはやっぱりドリブルでは勝てないんですよね。
あとバンドとか音楽やってたんでね。
確かに。
これも意味があると思ってて、
やっぱり一人でベースもドラムもピアノも弾けないんですよ。
はい。
やっぱりドラムパートはドラムパートに任せないと。
それも同じですよね。
結局バンドやろうと思ったら自分だけでは絶対にできないんで。
そうするとやっぱり信じてドラムは任せる。
うん。
ベースは任せるっていう。
うん。
あとは演劇もやってたんだけど、
やっぱり照明と役者と音楽ともぎりと制作はできないんですよ。
うん。
だからそこはやっぱり役割分担して、
まさに目と目を合図して、
っていうことばっかりやってきたんで。
すごいな。
うん。
もちろんファッカーとかバンドやってたら自分がプレイヤーではありますけれども、
どこかこうコートを貫してたり、
観客側に回ったりするようなご自身が若い時からいたんでしょうね。
それはそうでしょうね。
うん、多分ね。
あとだから演劇は音楽監督とかしてたから、
やっぱりそういうことはそうだと思う。
結局、一人でハーモニーって絶対作れないんですよね。
うん。
やっぱり男性も女性もいて、声の高い人も低い人もいて、
初めてハーモニー、ハモれるっていうね。
皆さんカラオケぐらいはやったことあると思うんだけど、
ハモった時のゾクゾク感っていうのはね、
24:02
たまらないですよね。
それは楽器でハモってもいいんだけど、
そこの喜びとか楽しさっていう、あるいは美しさですね。
うん。
ハーモニーの美しさを割と若い時から感じたからじゃないですかね。
まさに美学ですね。
それはそうだと思います。
うん。
僕もそうなんですけど、仕事をしていて、
例えば後輩と一緒に仕事をしていたりすると、
今っていう時に教えるよりも自分でやったほうが早いっていう時があるわけですよ。
分かります。
それをずっと続けてたら誰のためにもならないっていうのは分かりつつ、
でもまあ自分でボールを持っちゃう時ってやっぱあるんですよね。
それはね、社長さんだからね。
なるほど。
だから教師はいいですよ。
そっか。
もうそれをできるようになるまで信じて渡して待ってればいい。
うん。
教員は怒られないんだもん。
確かに。
それやってても後輩に任せて、最初は失敗して、
しかしそれを見守り続けてても誰からも怒られない。
社長が怒られますよ、何やってんだって。
確かにね。
株主から。
だからそこがいいんですよ、教師は。
なるほど。
ノルマもないし。
もちろんいろいろモンスターペアレンスの問題とかは大変ですよ、それは。
それはもちろん大変だけど、
やっぱり社長が追ってる売上ノルマプレッシャーがないっていうのは。
うん、確かに。
だから本当は待てるんですよね。
人生の後輩たちの成長をいくらでも。
もうそれだけでもかなりいい仕事だと思いますけどね。
うん。
大地はまさしくパスタイプの先生ですもんね。
シュート打てない方の。
打ちたい、打ちたいわけじゃない。
打てない打てない。
全然見てるの好きみたいな。
見てる先生。
最後の方。
ねえ、周りでドリブリしてるなっていうような先生感じることありますか?
いっぱいいますよ。
いっぱいいますか。
最初孤独だったんですよね、来た時。
で、鈴鹿さんの以前のFacebookの投稿で3人できたらちょっと変わりだすんだっていう。
ちょっと変わりだすんだっていうのを拝見して待ったんですけど。
しっかり来てくださいまして。
それで今ではもっとたくさんいるんですけど。
そしたらもうなんかみんなでサッカー楽しんでる感じに。
やっぱ今思います、本当。
つまり大地も独りドリブル期があったってことね。
もちろん。あいつ何やってんのみたいな。
もう11対1みたいな。
みんなベンチでお腹水飲んでるみたいな。
感じるんだけど、実はドリブルしたい人はちゃんといて。
休憩中とかにいっぱい対話すると、実はドリブルしたい部分があって。
遠くの方で呼んでくれるから。
27:00
サイドチェンジしたらちょっと変わったんですけど。
伝わりました、今の。
そんな感じで。
今は楽しいです。
やっぱ日本っていうのはね、受験っていうのはなんかドリブル競争みたいな感じだったからね。
パスしたら怒られる。
それをみんなやっちゃってるから。
偶然にもサッカーやった人とかバンドやった人は、ドリブル以外もあるよとか、ハーモニーって楽しいよって言ったけど、それ全員じゃないから。
でもこの前ちょっと面白いことがあって。
ある日本ではない学校の校長を決めるっていう面接にちょっと加わったことなんだけど。
僕も面接の一人だったのね。
全員相手は外国人ですよ。
最初の人でも全然いいんじゃないかと思ったんだよ。
素晴らしいイギリス人がね。
いや、ダメだと彼女は。
彼女は趣味がマラソンだと。
自分にも厳しく、他人にも厳しくなるから。
校長としてチームの走るのが苦手なやつもいるし、走るのが嫌いなやつもいるから。
そこの側に立てないからダメだって。
日本には駅伝がありますよ。
だからもちろん校長という仕事としてダメだってことだね。
別に他の仕事だったらいいと思うけど。
要するに自分が走れちゃう人は走れない人の側の立場になれない。
それが校長の彼らの持っている資質なんだなと思って。
大英帝国は深いな。
全てバランスなんだけど、日本はマラソンの得意な人ばっかり集めすぎたな。
そういう人も3割くらい大事なんだけど。
だからやっぱり長っていうのは役割が違うんだよね。
そこの区別が日本は教員の延長線上で校長が決まってるから。
そこは分けて考えないとダメなんだなって。
全てがイギリスがいいわけじゃないけど、イギリスは30歳でも校長はいるんですよ。
すごいな。
コンダクターとして、オーケストレーションというか指揮者としてのプロなんですよ。
指揮者って弾かせたら下手なんですよね。
そこそこは弾けるけど、一流のプレイヤーじゃないんですよ。
ピアノもちょろっと弾けるし、チェロもちょろっと弾けるんですけど。
30:01
だけどチェロではプロにはなれない。ピアノでは一人前になれない。
だけど別の能力というか才能と経験があってそのプロなんですよ。
だからそこがまだ日本はマラソン選手の一番最後が校長先生っていうのはちょっと変えなきゃいけない。
社長も最近そうなってきましたよね。
社長業っていうのは違う仕事なんだっていうね。
ここが日本社会全体の話だと思うんだけど、
そういう役割っていうのがもっと多様なんだっていうことをもうちょっとわかんない。
名選手名監督ならずっていうね。
スポーツの世界では割と当たり前の話ですけど、教育の世界でもそうだなと思いますよね。
ありがとうございます。
そんな熱いトークをしている間にですね、
オブザーバーとして見守ってくださっていた中立さんが一歩二歩前に出てメモをして、
ちょっとマイクを用意しますね。少々お待ちくださいね。
31:27

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