2024-10-21 31:13

#103 大ちゃん、恩師に会いに行く④ ゲスト:檀原延和先生

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檀原先生のエピソードもいよいよラスト!

今回は校長先生の在り方=リーダーシップに迫ってみました。

大ちゃんへのサプライズもあります◎


「ほぼ教おたよりフォーム」へのメッセージもまだまだ募集しています!

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《 ゲスト:檀原 延和 先生 》

大ちゃんが小学校5、6年生の時の担任で「ほぼ教」の大ファン。

現在、東京都小金井市立南小学校の校長。子どもたち、教職員、地域の方々と一緒に協力し合って、今日が楽しく明日が待たれる学校づくりに取り組んでいる。

小学校の先生として順風満帆に活躍していた大ちゃんが退職し、「先生の幸せ研究所」や「ほぼ教」で、新たな教育のムーブメントを起こしていることを知り、何か突き動かされる感情をおぼえる。

また、ヒロックの蓑手先生が「自由進度学習のはじめかた」を執筆したときの学校の校長で、蓑手先生の公立小学校での様々な実践、コロナ一斉休校時の対応を現場で応援し見守った。



《 つぼけん 》


大学の自主映画サークルで映像制作の面白さを知り、映像の制作会社に入社。カメラマンディレクターとして、北極🐻‍❄️から南極🐧まで世界各地で撮影をしてきた。現在は「月曜日に会いたい人をふやす」をテーマに、映像🎥・写真📷・Podcast🎤などメディアを横断して活動中。



《 大ちゃん:大野大輔 》


共育ファシリテーター。

学校と自分が嫌いだった学生時代を、ある恩師が幸せに変えてくれたことがきっかけで教師の道を志す。10年勤めた公立小学校を退職し、現在は(株)先生の幸せ研究所のコンサルタントとして全国の学校園の伴走型支援を行うなど、「教育をもっと自由に」をテーマに活動している。

○(株)先生の幸せ研究所 コンサルタント

○鎌倉市教育アドバイザー

○社会教育士


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【つぼけんX(Twitter) : @tsuboken_mol】


「ほぼ教おたよりフォーム」

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こんにちは、つぼけんです。シリーズ、大ちゃん、恩師に会いに行く、ついにラストになります。
ここまでは、大ちゃん先生と檀原先生の思い出をお伝えしたんですけれども、僕がリスナーの皆さんに聞いてほしかった話は、実はもう一つありまして、それがリーダーシップなんですね。
ほぼ教でおなじみの、オルタネティブスクールヒロック書道部、三野手昌吾さんいらっしゃると思うんですけれども、番組では、シャープ6869、公開収録、誰もがどうしてもって言える学校、出ていただきました。
その、三野手先生が、公立小学校の先生だったときに、校長先生だったのが、実は檀原先生だったんですね。
自分は何もしてないと、よく檀原先生、この収録の間もたくさん繰り返していらっしゃいますけれども、一方で三野手先生のように、どんどん人を活かして羽ばたいていっていると。
この校長先生のリーダーとしての在り方、これにもちょっと迫ってみようかなと思います。
ラストには、大ちゃん先生へのサプライズも用意してあります。ぜひ最後までお聞きください。どうぞ。
それでは続きです。今回のテーマは、「大ちゃん、恩師に会いに行く!」ということで、小金井市立南小学校、檀原信勝校長先生に会いに来ています。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
大ちゃん先生の小学校時代にいろんなエピソードがありまして、どうもありがとうございます。
今回は、檀原先生の校長先生としてのお話もちょっと聞きたいなと思っていまして。
我々まだ番組100回ちょっとですけれども、現役の校長先生にご出演いただいたってことはあまりなかったので、校長先生ってどういうことなのかなっていうのを改めて聞きたいなと思っております。
檀原校長先生といえば、実は保護教にも出ていただいたミノテさんですね。ヒロップ諸島部のミノテさんが現役の先生でいらしたときに校長先生をやっていたということで、校長先生と教師という立場だったみたいですね。
そうですね。私が渋谷の方からですね、副校長から承認して小金井に来たときの前原町にミノテ先生がいらっしゃいました。
ミノテ先生は研究推進委員長ということで、来たばっかりのときにはちょうど前原小学校がプログラミング教育で全国的に名前が広がっていた時期で、
前任の松田孝先生という素晴らしい優秀な先生が3年間で前原小にプログラミング教育の先進的な学校に築き上げた学校だったんですが、ミノテ先生はその中でもプログラミング指導に長けた先生という印象が最初だったんですね。
当時、来るとですね、どの学年でもiPadやChromebookなどを使って、本当にプログラミングのコード入力をするような授業をしてたんですね。
最初びっくりしたのは、ミノテ先生のクラスでドローンのプログラミングをして、ドローンを自分の意図する高さに飛ばして、意図する場所に移動させて、そこを着陸させるとか、
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そういった授業を子供たちが手でテキストで入力するんですね、打ってプログラミングする、そういう授業をしている学校だったんです。
私の中では、ミノテ先生の最初の印象は、プログラミング指導に長けた先生という最初の印象でした。
すごい、そんなことができちゃう。
おそらく、公立小学校の中では斬新なことをやってらっしゃったんだけど、ミノテ先生がやっていることに全然違和感はなかったんですよ。
だけど、校長としてとか管理職としてになると、みんなと揃えなしならないというところも出てくるから、そこでいろいろ判断をどうしようかなと思う時もあったんだけど、
でも、その意味を考えると全然OKじゃんということばかりで、ミノテ先生なりの自由身の学習を教室でやってたり、
教室の配置なんかも全く今までの公立小学校とは違う配置をしてましたし、
当時いろいろ個性のある子がいて、教室に帽子かぶって罰習入ってくる子がいて、すごく特徴のある子だったんですね。
実はその子も卒業の時に私ともハグしてものすごくいい顔して卒業してた子なんですけども、
当時5年生になったばっかりのその子の姿を見たら、おそらくいろいろな思いを持つ先生方が多かったと思うんですが、
ミノテ先生はそういう子も吸収しながら、まさにさっきのダイちゃんが言ったアゴヒゲとか、
何かこう全然突拍子もないことをやったことに対して、私が記憶にはないんだけども、そういう対応したことがミノテ先生も同じように全部受け入れて、
でもだんだんだんだん教室の中で認められて、卒業の時にはもう本当にみんなと抱き合うような関係で卒業してた姿を見て、
自分のやってたことはそんな間違ってなかったのかななんていう、ちょっと自信にもなる出来事がありました。
ミノテさんはいつの間にか突然学校を辞めて、辞めるのもそんな私に話したのは結構直前だったんですよ。
それでミノテさんに聞いたら、その後で聞いたら、もっと何年も前からそれは決まってたって話だったんだけども、
ちょうどコロナ禍になった時のミノテさんの実践も、おそらく当時は全く予想もつかないような実践例だったんだけど、
話を聞いたら、それは今必要だよねっていうことで、いいよやっていいよって言って、
もうコロナの臨時休校になったすぐ翌週からもうズームで全員子どもたちと家庭をつないで、朝の会とか、
ネットでつないで授業をするというのではなくて、子どもたちとつないで子どもたちの心のケアをしたりとか、子どもたち同士の関係性をつなげたりとか、
そういった実践をミノテ先生がしてたので、それも公立小でもああいうことをやってもらえたらよかったなと。
それがミノテさんがその後にまさかのヒロックを立ち上げて、こんな素晴らしい学校を作るなんてことを予想もしてなかったものですから、
でもミノテさんにはそういうポテンシャルがあったんだなって今思うと、すごく逆に私が勇気づけられるかなと思っています。
いいね。補教出演者で繋がってくるのいいね。
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校長先生ということなんですけれども、ダンバラ先生は先生としてもご自身は何もやっていないというふうにおっしゃいますし、
ミノテ先生に関してもあの人すごいよねっていう感じで、結構俯瞰して見ていらっしゃるような感じを受けて、
自分が校長先生だったからこそ彼が伸びていったんだみたいな気持ちっていうのは全然ないという感じなんですか?
そうですね。ミノテ先生はもうこういうふうにやりたいんですっていうことをどんどん提案してきてくれるので、
それに対して私がここのとこは気をつけてやろうね、でもここをどんどんやってっていうような形でやってもらっていたので、
私自身がこれを具体的にしてくださいとか、こうしてほしいって言ったことはほとんどなかったですね。
し、しって言うならば、例えば学年の中ではできるだけ揃えてやってほしいとか、
可能であればそれが高学年だったり学校全体にも波及できるような方向性で進めてほしいというようなことはお願いしたことはありましたけれども、
でも基本的にミノテ先生がやりたいことを、当時はできたかどうかわかりませんけども、一緒に見守ってたそんな立場だったと思います。
だいちゃん、やっぱり校長先生といえばある程度学校の運営する責任者でもありますし、責任をもとに導いていくみたいなイメージだけれども、こんなふうにサポートするっていう方もいらっしゃるんですね。
なんかいろんなスタンスがあると思いますけどね、ただ僕の中でだんちゃんは当時の担任の先生としてのだんちゃんと、この今ね、管理職としてのだんちゃんで、あんまりこうあり方を変えてない、いい意味でっていうのもあって、この前、戸田市の笹見東町ってところの校長先生で、僕大好きな片岡さんって方がいるんですけど、あの方もなんかもう職員室の担任の先生みたいなもんだと。
だから、そこのあり方は実は大きく変えてないんだっておっしゃっていて、なんかそこが僕はむしろいいんじゃないかなっていうふうに思ってるんですよね。
校長でいて大企業の社長みたいにこうなんかやんなきゃいけないのかなとか、そんなことないっていうね、本当になんかあり方、こうあえて変わってないんじゃないかなっていうふうに思いましたけどね。
現役の先生だったときは、生徒たちと一緒に楽しんでいったり、学校楽しいって感じでしたけども、校長先生になってからはいかがですか?
そうですね、結構自分がやりたいことをやらせてもらっているというところもあるし、逆に校長がやりたいことをやりだすと、逆に職員の皆さんは逆にこう負担が増えちゃうなんてこともあるかもしれないので、
そういった面では迷惑かけちゃってるかなというところも実際のところあるんじゃないかなと思っています。
でも一番嬉しいのは、やっぱり先生たちの中でこういうことやってみたいっていうのが出てきたときが嬉しくて、それに対してはもう今校長の立場になっても富野さんのことに限らずですね、
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それでやってみなということでやっていくし、その先生だけじゃなくて他の先生にも影響が出るような場面になったときって結構それが難しい判断で、それが学校としての負担増につながるんじゃないかというときにはやり方を工夫してもらったりとか、
あるいは学校全体の業務用なんかも考えていかないとならない部分もあるので、そういったところは担任になったときとはまた違う難しさがあるなというふうには思っています。
先生がやりたいことをやっていらっしゃるっていうのは、例えば自分自身でやりたいことはどんなことを伝えてきたんですか?
例えば大ちゃんの根が昔の鶴巻にいたときもそうなんですけども、鶴巻って結構地域とのつながりが深かったんですよ。
私が来るもっと何年か前に文科省のそういう教育コーディネーターっていう方が配置されて山口さんだったんですけどね、職員室にちゃんと助けを置いてコーディネーターとしていろいろ地域とつなぐ方がいたんです。
その方のおかげで、例えば月に1回必ず高齢者の方を招待して、ふれあい給食っていうのをやって、子どもたちも6年間毎月毎月ふれあい給食を1年間に最低1回はやりますから、地域のお年寄りの方とも仲良くなったりとか、あるいは土曜日の学校公開の日に地域のお祭りの日と合わせて学校公開を行うんですね。
これがとても珍しくて、地域に鶴巻、東西南北の町会と山吹町会っていう、たしか五町会だったかな、あったんですよね。
五町会のお祭りの日を全部そこに合わせてもらって、子どもたちを各町会に、子どもたちが区域で通ってますから、各町会で見越しを出すんですけども、その見越しを出す場所に全部子どもたちを学校公開の授業中に行かせるんです。
地域の保護者、地域の方と地域の町会のお祭りの方たちと一緒に子どもたちは2時間ぐらい町内を練り歩くんです。
各町会ごとに、発表も違いましたよね。各町会の発表を着て練り歩いて、休憩所でいろんなものを振る舞ってもらったり、そんな地域とのつながりが深い学校だったんです。
私は地域の中にある学校、学校、地域、家庭って結構昔は3つのリングで合わさった真ん中に子どもがいるよっていう考え方が昔はあったんですが、私の中には結構その頃も違ってて、地域という大きなくくりがあって、その中に子ども、家庭があると、もう地域の中にある学校だという意識がすごく強かったものですから、校長になってからも地域との関わり、地域の人に学校の教育現場に入ってもらったりということを大事にしたんですね。
前二の前原小学校でも、私が行った翌年にコミュニティスクールになったんですけども、その時にも地域にある学校とか専門学校の方たちを中に入ってもらったりして、地域で子どもたちを育てるということを大事にしてきたんです。
前原小学校の時にはその近くにあるテクノスカレッジという専門学校と連携した授業作りを、かりきれも作ろうということで準備をしてこちらに移動してきたんですが、南小ももうとっても地域がとっても熱心な場所で、ここの地域すごく恵まれてるんですよね。
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もう来てご存知だと思うんですが、隣に武蔵野公園があり、野川があり、野川公園があり、ちょっと向こう行くと多摩レーンがあり、もう自然がものすごく豊かな地域なんですね。
その中で活動している様々な団体もあり、そしてICUだったりテクノスカレッジだったり、また学芸大学だったりという学校もあると、そういったところとの連携を深める活動をしたいというのは自分の中にあったものですから、そういったことを学校の教育課程の中にもできるだけ入れ込んでやろうねということを先生方に投げかけています。
その一つの形として、地域と地域に関わる大人と子どもと家庭がつながる一つのイベントとして、これ学校距離でやるのはちょっと無理なので、南昌フェスティバルという名前で、ちょうど去年50周年を迎えたんですけども、その50周年を迎えるきっかけもあり、一昨年来たときにPTAの会長さんにこんなことをやったらどうだろうという提案をしたところ、PTA会長さんはものすごい素晴らしい方で、
壁さんという方なんですけども、壁会長がぜひやりましょうということで、その輪をバーッと広げてくださいましてね、来た年の12月に南昌フェスティバルというのを実現したんですけども、先生方の負担はかけないようにしようと。先生方はあくまでも任意の関わりで、地域PTAが主体になって、地域の様々な団体、あるいは子どもたちのサークル、
あるいは地域の専門学校で大人たちが関わった、高校の文化祭みたいなものですよね。そういったものが1年目に実現できましてね。そういったことは教育課程外ではあるんですけども、地域とのつながりを深めるということで、すごい大成功した会になりまして、去年もそれが行われ、今年も12月に行う予定になっているんですが、
そういったところでの地域の人たちとのつながりができると、さっきの総合じゃないですけども、そういう学校の中に地域の方が入っていくのが当たり前になってくる。そういう学校に近づいていくんですね。
今、地域の畑を持っている農家の方とも連携が始まり、子どもたちがただそこに作物を取りに行くだけじゃなくて、その土を起こし、土づくりから始まって、農業のことを勉強しながら作物を作る。もしかすると、それがややもすると、作ったもので、もちろん給食の食材にしたりとか、もちろん家庭科の授業で使ったりとか、もしかするとその南小フェスティバルでそれを使った何かこうメニューを出すとか、そんなことにも、もしかしたら、
これは全く可能性としてあるかもしれないんですね。
ですから、そうするとワクワクが止まらなくなるんですよ。
そうすると、地域の方たちも大人も楽しくなるし、その楽しんでいる大人と一緒に活動する子どもたちも楽しくなるし、そういったことが学校の中に、大事なのは先生たちの負担を増やさないようになんですけども、それが増えてくると、さっき言った子どもたちが今日が楽しく、明日が待たれる学校に近づくんじゃないかなという思いでいます。
ただ、それの一番の気をつけないとならないことが先生たちの負担を増やさないということですよね。
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だから、働き方改革も並行して進めていかないとならないし、先生たちの心身のケアというのも大事なので、そこのところは本当に最大限気をつけているところでありますけども、やっぱり現実として先生方の労働時間というか、負担感というのはなかなか減らせないので、そこはまだまだこれからの課題だなと思っているところです。
子どもたちのブースもあるっていうことですけど、どんなブースがフェスティバルではあるんですか?
小学生のブースは今までないんですね。前回の2月に行われたやつなんですけども、そこでは地域のPTAとか、あるいは大隈教育長先生もいろいろ関わってくださって、地域にいる卒業した中学生にも声をかけまして、中学生がブースを出すのを、もし企画立案が出てきて、それに対してやってみようということになったら、クラウドファンディングではないですけども、
少し援助して出展を手伝うようなんていうことを、地域の方たちが提案してくださって、中学生の子たちが結局焼きそばのブースを出したんですね。
それには当然資金もいるだろうし、準備も必要だと思うし、もちろん保健所とのやり取りとかいろいろ出てくると思うんですけども、そこに来る中学生の中には、もちろん生き生きと普段から活動している子もいれば、普段なかなか学校に行けなかった子、中学に通ってなかった子も、実はそこに参加したりとか、そこでの舞台には出てきたりとか、
そういう普段学校現場だけでは活躍の場がなかなか見出せなかった子が、そこでまた活躍できるなんていう機会になったんですね。だから一石二鳥三鳥とか、もう本当にそのフェスティバルを通して、本当に地域が一体になったり、地域で普段は関わりを持てない子も関わりを持てたりっていう、そういう機会になりました。
地域とのつながり、すごい。だいちゃん行ってみたいね。行ってみたいね。行こう。12月7日にありますので、ぜひリスナーの方も行けるかで一緒に行きませんか。12月7日。小金井みなみしょうフェスティバル、地域とのつながりですね。
栄養士さんもですね、遠藤さんという素晴らしい、私は世界一と歌っている栄養士さんがいるんですけども、日本一じゃないです。日本一どころじゃなくて世界一と言われる栄養士さんがいるんですが、その栄養士さんもですね、前回のフェスティバルの時には給食室の外部委託している調理師さんとも連携してジャンボ餃子を提供してくださったり、千葉野菜の江戸黄金汁、そういった食材を提供してくださったりとか、
いろんな輪が広がっているんですね。ですから、そういった広がった輪をですね、一家制のものにならないようにしながら、持続できるものをできるだけ持続して、地域の行事としてつなげていけたらなと思っています。
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こうやってお話ししていて、PTA会長の何々さんとか、世界一の栄養士の何々さんとか、名前がどんどん出てくるのがすごい良いよね。
だから本当に自分は特別なことやってないっておっしゃってますけど、いろんな方を熱く力になってもらって、みんなで盛り上げていって、地域で子供たちを見てっていう姿勢をすごい感じるなって思ったな。
だいちゃんどうですか?
いいよね。誰かのことを楽しそうに話すのね。
だからなんか会いたくなるよね。
会いたくなるっていうのに尽きるかな。
なんか僕、校長先生とたくさんお話しする機会があまりないから、校長先生の役割って一体何だろうって思ってたんですよ。
でも今のお話聞いてたりすると、本当に素敵な方、多分三野手先生もそうだと思うんですけど、この人を生かしたら自分も楽しいだろうし、子供たちのためにもきっとなるだろうしっていうことをずっと思ってらっしゃる。
それを実現させていくっていうのも、一つ校長先生の姿なのかなってお話聞いてて思いました。
そうですね。今、名前を出させていただいた三野手先生や、PTAの壁会長や栄養士の遠藤さん。
今、うちの職員が本当みんな素晴らしくて、本当に熱心で真面目にいろんなことにチャレンジしてくれてるんですね。
今、研究主任の村上先生。この村上先生も、いろいろなご縁で去年からうちの学校に赴任してくださって、今の校内研をリードしてくださってるんですが、
例えば今、いろいろ話題になってる単元内自由心の学習であるとか、プロジェクト学習であるとか、探究学習であるとか、あるいは先生方がやりたいプロジェクト学びについて、今、校内研をリードしてくださってるんですね。
ですから、本当に私が何かを旗振ってやるっていうのではなくて、本当にそういった先生方に恵まれて、職員、地域家庭、本当に子どもたちにも恵まれた中で、今、なんとか学校経営ができてるという状態です。
でも、やっぱりまだ校長として至らないところもたくさんあるんで、本当に子どもたち、職員も迷惑かけながらやってるところもたくさんあるんですけども、何かをやるっていうのは簡単なことじゃないので、
まず障害になることだとか、あるいはそれをするには何かを削らなくてはならないとか出てくると思うので、そういったことをまた知恵を出し合いながら一つ一つ解決していけたらいいなというふうに思いでやってるところですね。
この校長先生としてのあり方っていうのと、きっと大ちゃんが子どもだったときの担任の先生のときのあり方っていうのと、あんま変わんないんじゃないかなって思うよね。
よく使う掃除系って、たぶんこういうことなんだと思うんですよね。
その組織にいる人を幸せにあってほしいって願うのは、別にそれが子どもだろうと大人だろうとあんまり変わらないっていうのは掃除系っていうのはあると思っていて、そういうのが大切にされてるんだろうなっていう話からも思いますね。
21:10
校長先生としてだけじゃなくて、人としても素敵な部分っていうのがわかってとっても嬉しかったです。
じゃあ一旦本編は以上させてもらいます。ありがとうございました。
ありがとうございました。
それではエンディングです。今回のテーマは大ちゃんを恩師に会いに行くということで、段原信勝先生にお話聞きました。段原先生ありがとうございました。
ありがとうございました。
本当口下手ですいません。
いえいえとんでもない。素敵なお話たくさんいただいてありがとうございました。
ここで段原先生から大ちゃんにちょっとプレゼントがあるということでお願いいたします。
人に手紙って私本当書いたことがないんですけど、壺犬さんについせんだって依頼がありまして。
なにこれ。
すいません。本当に下手な文章で申し訳ないんですけども、心を込めて読みたいと思いますので恥ずかしいんですが聞いてください。
お手紙よろしくお願いします。
私が鶴巻省に移動して受け持った5年生。その中に坊主頭でやんちゃでテレ屋の可愛らしい大ちゃんがいました。野球が大好きで運動が得意でした。
時には冷静に周りの人たちの様子を観察しながらじっと考え相手のことを考えながら行動する心優しい男の子でした。
野球に打ち込んでいた高校の時だったでしょうか。母校に来てくれたことがあってその時もじっと私の顔を見ていた大ちゃん。
何かを言いたそうにしていた大ちゃんの表情が今でも印象に残っています。
数年後、大学で教職を目指し母校である鶴巻省で何かできることがないか学生ボランティアとしてお手伝いに来てくれました。
私が教務主任の立場でより良い学校づくりのためにこんなことしたいんだよね。こんなことできるといいんだけどと相談すると大ちゃんが仲間を集めその期待に見事に答えてくれました。
何と頼もしく嬉しかったことか。
修行前の朝遊び、放課後学びの場、学校職員だけではできない体験や学びの環境づくりにたくさん力を貸してもらいました。
24:02
感謝、感謝です。
そして、夢を叶え教職に就き順風満帆の教員人生を歩んでいた大ちゃん。
また、結婚式に招待していただき、お色直し後のエスコート役をさせてもらったことは、まさに教師名利に尽きる一生忘れることのない出来事でした。
そして3月のこの部屋での久しぶりの再会、さらに頼もしくしなやかに成長された姿に感動しました。
その時に何気なくいただいたほぼ教育最前線と書かれた一枚の絵カード。
何だろうと思いながらスポティファイで聞き始めると、そこには大ちゃんの教育者としての考え方、ポジティブな姿勢、謙虚さと本質を見失わない確固たる信念が坪犬さんやゲストの方々との絶妙なキャッチボールを通して語られていました。
どのエピソードの内容も私の心にスーッと染み込んできました。
私がこれまで教員として、管理職として大切にしてきた思いや考え方、経験則、理想とする方向性と一体化する奇妙とも思える感触を味わってしまったのです。
大ちゃんから語られる言葉に不思議なくらい、そうだよね、そうなんだよね、と共感しまくっている自分がいて、たくさんのエネルギーを充填させてもらいました。
先生の幸せ研究所の取り組みや、ほぼ教のゲストとしていらした方たちとの実践、教育の新たなムーブメントは確実に大きくなってきていると思います。
先行き不透明な未来を切り開く子どもたちの幸せのために、このムーブメントをより確かなものにしていくために、そして子どもに伴奏するすべての先生たちが幸せになれるように、大ちゃんだからこそできる役割を果たしていってください。
本気で応援しています。
これからもご両親、奥様、お子さん、ご家族を大切にして、あまり無理しすぎず、くれぐれも健康に気をつけてご活躍ください。
今、最高に素敵な大ちゃんへ。令和6年8月18日、ダンちゃんより。
今の思いを聞きました。
嬉しいね。嬉しいね。僕の人生を変えてくださった方なんでね。生きててよかった。
27:11
またどこかで大ちゃんに応援してもらいたいなと思ってます。
それもまたいいよね。メモリアルな回でね。恩返しじゃないけど。そこでようやく果たせる気がするな。
最高っす。
何よりです。
お手紙どうもありがとうございます。読んでいただいて、A43枚にびっしり書いていただいて、後でじゃあプレゼントしていただけると思います。
嬉しいわ。
ありがとうございます。
ありがとうございます。プレゼント言いまされました。宝物だ。
まだまだダンちゃん頃があるから。いつか売れると思ってる。
じゃあちょっとずつごごきょうでもね、紹介していきましょう。
ありがとうございました。
そんなわけでサプライズも済んだところで、田村先生どうもありがとうございました。
本当に大ちゃんの話を聞かせてもらって、逆に私がものすごく勇気つけられてエネルギーをもらっているので、これからもよろしくお願いします。
初め緊張するっておっしゃってましたけど、今いかがですか?
いやまだ緊張してます。
してるんかい。全然わかんないけど。
本当に僕はですね、本当にその人のあり方ですよね。
もちろん教育者ですし、ですけど、もう一番初めの今日が楽しく明日が待たれる、もうそのまんまをずっとやってきていらして、それがいつしか大ちゃんにも伝わっていて、
三本先生にも伝わっていて、いろんな人の影響を地域にもBTSの方にも子供たちのみんなに伝わっていって、
っていうことをやってらっしゃってるんだなぁと思って、すごくグッときた回でした。もう100回を。
良かった。
カンブリオン大ちゃんいかがでした?
インサイドヘッド見たときくらい泣いたわ。
本当になんかあれだよね、いつかこうやって一緒に話す日を作ろうと思って、生きてたんだなってわかった。
それこそね、いろいろあったからね。教員時代。退職後もいろいろ考えてたから。
この日がね、一個自分の中のすごい転換期になる気がするな。
ありがとうございます。
というわけで素敵なお話と、そして素敵なお手紙も山村先生どうもありがとうございました。
本当に至らないことばっかりすみません。
30:00
とんでもないです。
それでは締めさせていただきます。
ご意見ご感想をツイッターのハッシュタグほぼきょん、ほぼはひらがな、きょうは教育のきょうで漢字でつぶやいていただけたらとっても嬉しいです。
番組はアップルポッドキャストとスポティファイとYouTubeミュージックも使っていまして、YouTubeでも聞くことができます。
再生回数だけではなくフォローしてもらうと番組の応援にもつながりますので、ぜひフォローもお願いします。
大ちゃん先生最後に何か一言ありますか。
生きててよかった。
当時の僕に言ってあげたいなって。
よかった。
100数回以降も200回目指して300回目指してまだ僕らも頑張っていきましょう。
というわけで今回のテーマは大ちゃん先生おんちに会いに行くゲストはダンバランの部活校長先生でした。
ありがとうございました。
31:13

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