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56.ゲスト編22「若い力が地域を変える!石見銀山地域経済研究所 齊藤さんと語る”暮らしが遺産を守る”とは」
2025-08-17 43:58

56.ゲスト編22「若い力が地域を変える!石見銀山地域経済研究所 齊藤さんと語る”暮らしが遺産を守る”とは」

▼エピソード内容:

齊藤弘起さん(株式会社石見銀山地域経済研究所)/島根県大田市・大森町は最盛期人口20万人→現在約400人、それでも江戸幕府天領ゆかりの町並みが残る価値/重要伝統的建造物群保存地区では外観工事に住民合意が必須—自費と時間をかけて直し景観を守る営み/女性たちが軒先の花で日常を整える“ソフトの力”も/真夏でも18℃の龍源寺間歩—鉱山語“まぶ(間歩)”やピッケルの跡を想像でき、坑道から徒歩15分で町並みに戻れる距離感/宿は「他郷阿部家」。空き家から集めた家具を一つずつ元の家へ戻す所作で整えた空間、トミさんと囲む夕食で“何を大切にしてきたか”がにじむ夜/ローカル若手U-35との出会いや名刺忘れ事件(内田が預かる)まで、現場の温度で語る“暮らしが遺産を守る”エピソード。


▼ゲスト:齊藤弘起さん

2003年生まれ、大阪出身。株式会社石見銀山群言堂グループ傘下・株式会社石見銀山地域経営研究所に在籍。持続可能で幸せな地域について、地域を経営するという観点で研究を進めている。主には、二地域居住推進事業『遊ぶ広報プログラム』に従事。


▼参考リンク

石見銀山群言堂

https://www.gungendo.co.jp/

遊ぶ広報

https://asobu-koho.jp/

遊ぶ広報ができるまで・遊ぶ広報のしくみ【動画】

https://youtu.be/GJKuDaL9r84?si=yGzu_ldRGH-Imzth

暮らす宿 他郷阿部家

https://kurasuyado.jp/

SUNABACO(プログラミングスクール)

https://sunabaco.com/


▼番組概要:

人口1万人以下の農村で暮らす3人が、地域の魅力を掘り下げながら、日本の未来を考える番組。暮らし、伝統、歴史を学び、今の日本を100年後に残すためのアイデアや方法を考えます。


▼毎週日曜 更新


▼番組へのお便りはこちら:

ask.hitokoto@gmail.com


▼番組への寄付はこちら:

https://square.link/u/m68wNPQv


▼番組ハッシュタグ:

#ヒトコト


▼MC:

👤服部大地(はっとり だいち)

1992年、北海道生まれ。鶴居村の「Heart’n Tree」シェフであり、「The Royal Express」最年少シェフ。地元食材を活かした料理に定評があり、2023年「RED U-35」でブロンズエッグ受賞。現在は食材ハンターやノマドシェフとして各地でポップアップを開催中。

https://www.instagram.com/hattori.daichi/

https://note.com/nomad_chef


👤内田将大(うちだ まさひろ)

1990年生まれ、東京都出身。株式会社ムラシゴト代表。ゼネコンで約7年間、都市開発案件を担当した後、2022年から長野県原村(はらむら)に移住。「日本で最も美しい村」連合専任の地域おこし協力隊として活動する傍ら、2024年に起業。裂織(さきおり)ブランドの推進を日々行う。

https://www.instagram.com/uchimasa07/

https://murashigoto.jp/

https://boloco.jp/


👤長屋詠一郎

1993年生まれ、岐阜県関市板取出身。20代前半は海外で暮らす。6年後、日本のことがもっと知りたいと思い、長野県木曽町に移住。写真や動画を撮りつつ、木曽谷の手仕事と日本で最も美しい村連合の繋がりを活かした一棟貸しの宿「玄草」を準備中。

https://www.instagram.com/eiichiro_nagaya.jp/

https://note.com/genso_kiso


▼番組概要:

https://murashigoto.jp/2025/02/13/1617/


▼音声編集:

Eiichiro Nagaya / 木曽の実


▼運営:

株式会社ムラシゴト


▼後援:

NPO法人「日本で最も美しい村」連合

感想

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00:00
みなさん、こんにちは。 hitokoto Radio です。
この番組では、人口1万人以下のどの村で暮らす3人が、
地域の魅力を掘り下げながら、日本の未来を考えます。
こんにちは、中野県原村の内田です。
こんにちは、北海道鶴井村の服部大地です。
こんにちは、ゆっきぃです。
はーい、最近どうですか、みなさん3人。
いやー、熱くないっすか。
北海道だけど、暑いんだよな。
今日も30度超えてて、こんなはずじゃなかったって思いがすごいっす、ほんとに。
エアコン欲しい。暑い。いつもより絶対暑いと思う。
7月にこんなに暑いの久しぶりじゃないかな。
でもあれ、中野県は暑いでしょ、もともと。
うん、原村でも鶴井と同じくらいかもしれなくて、
この前、長野市の方行ってきたらめちゃくちゃ暑かった。37度とかだったから。
嘘でしょ。
全然違えた。
37度。やば。人住めないじゃん、そんな。
うん、エアコンないと無理だけどね。
まあ、原村、いつも話しちゃうけど標高が高いので、そこがなんとかなってるかなって。
長野県は標高マウントがありますんで、みなさん気をつけてね、長野県の知り合いの人は。
大地くんちはね、丘の上だもんね、でも。
はい、丘の上にあるんで。123mにあるんです、僕の丘の上は。
おお、高いね。
なんかやだな。ちなみに、うちさんの家は何mですか?
いや、そんな高くないんだけど、1006mかな。
下手が。
毎回これ笑っちゃうんだよな。
そういうね、長野マウントの話はさておき。
今日はね、実はゲストを一人お呼びしています。
よっ、ありがとうございます。
早速お迎えしますね。
はい、えっとですね、岩見銀山地域経営研究所から斉藤裕樹さんをお呼びしてます。
じゃあ斉藤さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。ご紹介預かりました。岩見銀山地域経営研究所の斉藤と申します。
初めまして。どうぞよろしくお願いします。
お願いします。あの岩見銀山ですよね?
そうです。世界遺産の島根県にある岩見銀山の地域に本社がありますね。
実際に言ったら何市、何町になるんですか?
島根県大田市というところにありまして、岩見銀山のふまと町は大森町。
大森町から車で20分ぐらいのところに、銀を世界に輸出していた猪の津町っていうところがありますね。
そんな感じの場所になってます。
いやー、美しい村を越えて世界遺産から今日は人をお呼びしてるんですけど。
最初にちょっと、ぜひ斉藤さんから簡単に自己紹介いただけたらなと思ってます。
何をお話ししたらいいですかね。
老いたちとかね、から始めて、なんで今その会社なんですかとかね。
03:05
えっとですね、僕が老いたちか、大阪に育ちでして、小っちゃい頃からずっと大阪で。
17年ぐらい住んだ後に、熊本に1年だけ住んで、神奈川に移住して、
今は神奈川で働いてはいるんですけど、年のうち2割ぐらいは岩見銀山地域にいるっていう感じになってますね。
地域に関わり始めたのは、17歳ぐらいのときですね。
早い。
えー、そんな時から。
大阪にいながら旅が好きで、とにかく自分のやりたいことを仕事にしなきゃっていう思いで、
いろんなところを旅してるうちに、一つの課題を見つけて、
いろんな地域で、歩くほどでもないけど車を借りるほどでもないみたいな。
歩くにはしんどいけど、車を借りるほどでもないみたいな。
中途半端な距離にある、だけどもすごくいい観光の魅力となる場所が地域にはいくつもあるなって思ったんですよね。
それを楽しく回ってもらうためにどうすればいいのかってことで、
謎解きロゲイニング、今略称だと謎ロゲっていう形で出てると思うんですけど、
そのイベントの賞票を取得して、10地域ぐらいで授業をやってましたね。
え?そんなことやってたんですか?
はい。
初耳だな。急に。そうなんですか。一番びっくりしてるかも。
それが17から20までやってて。
すごい。
自分でそういう運営っていうことですか?起業してってことですか?
そうですね。初めはただ個人事業の仕方でやってたんですけど、
途中から株式会社にして、
観光協会とかスポーツ団体、自治体から業務委託という形でお仕事をいただきながら、
観光の誘客イベントを立ち上げるってことをしてましたね。
すごい人が来てますね。
いやいやいや、全然。
本当に100人ぐらい。
どんな地域?
北海道の札幌市とか、岩手県のあっぴ公園。
あとは福島県万代町。
一回渋谷でやったこともありますし、富山県の富山市。
京都県の宮津。
あとは九州のほうに行くと、
熊本県八津城市とか福岡県やめ市とかでやってましたね。
やめ、やめなんですね。やめって確か美しい村の近くにあるんですね。
06:01
信濃村はそうだね。
やめは素晴らしいとこですよ。
本当にお茶が美味しい。
やめ茶。
僕も行きましたけど、え、てかすごい今斎藤さんのいい恋なんですけど、
実はまだ20前半ぐらいなんでしたっけ?
今21なんで、
その観光イベントの仕事を1年半前までやってた形ですね。
21歳なんすか斎藤さん。
同い年だと思ってました勝手に。
やばいな。
ちょっとなんかそうだったんですね。全然知らんかったわ。
そうやってることとこの落ち着きとでなんかね勘違いしたんですけど、
U35同じぐらいかなと思いきや、あれ一回り以上違えぞみたいな感じで。
ちょっと待って言わないでそれ。一回り違うって。
そっか。
そんなね斎藤さんは実は美しい村の3月に開いたU35の交流会で実は出会ったわけなんですけど、
そもそもね今岩見健さんさんは確か美しい村入っていないはずなんですけど、
なぜこの美しい村連合のU35に出たのかなというのを教えてもらえませんか。
僕が岩見銀山地域系研究所っていう会社に所属しているのは、
あそぶ候補プログラムっていうそのプログラムを通じて、
日本各地の地域系、今の生活文化、日本各地のすべての地域の美しい生活文化とか、
持ってきたものをこれから先に持続的に引き継いでいくためにはどうすればいいのかっていうのを、
経営という観点で考えていろんな地域で実証をしてるんですけど、
そこで一つできたあそぶ候補っていうプログラムがすごいいいものだったので、
僕はその事業を広げるために活動してるんですけど、
その一環として日本一美しい村連合にも関わり始めたってところですね。
はじめは木曽町の永谷さんっていう方に、木曽町に行ったときにお会いして、
日本一美しい村連合ってのがありますよみたいな話を聞いてたんですけど、
今度東京でアンダー35の集まりがあるから来ないかって言われて、
行ったらそこで内田さんとか服部さんとか、
ユッキーさんいましたっけ。ユッキーさんにもたぶん出会ったんじゃないかなと思います。
同じグループ。
同じグループね。
すみません。
いい。
そうなんです。ちなみに日本で最も美しい村連合なんです。
すみません。
いいんです。
本当に申し訳ないです。
厳しいですよ。チェックマンになりますから僕。
急に12歳違うって分かった瞬間からチェックマンになりますから私は。
チェックマンと呼んでいただける。
日本で最も美しい村連合。
ちょっと分かりづらいんですけど、日本で最も美しい村連合なんですよ。
北海道で一番とやっぱり間違っちゃうよね。どうしても。
09:02
確かにね。北海道で一番有名なシェフって言ってる僕が隣にいるとね、
ちょっと分かんなくなっちゃいますよね。
分かんなくなっちゃって本当にすみません。
ちょっと待って。
逆に俺いじられてない?このまま。
これ俺いじられてるね。
レシーブしときました。
ありがとうございます。すみません。
そっかそっか。改めてAちゃん経由でU35に出てって感じだったんですね。
そうです。
嫌な感じ。
今日ちょっとAちゃんが来れてないので、本当はAちゃんとも話せると良かったんですけど、
どういった経緯だったんですか?
どういった経緯ですかね。
経緯は聞いたわ。経緯は聞いたわさっき。
大丈夫か大丈夫か。
ごめん。ちょっとあっさりやられてるかもしれないわ。経緯は聞いたわ。
でも僕U35に参加して、同年代でこんなに地域に住んでたりとか、
いろんな地域に関わりながら頑張ってる人たちがいるのかっていうのを感じて、
なんかすっごい心温かくなったんですよね。
へー。
なんか普段いないんですね。
そっかそっか。今いる会社さんもそういう若い人ってどれくらいいるのかな。
35以下だったら、僕の会社は今3人で動かしてるんですけど、地域経営という会社。
で、もう一人は20後半、もう一人は30手前なんですけど、そんな感じですね。
でもやっぱり、なんていうんですかね、地域に住みながら、
それぐらいの年代で仕事されてる方となかなか出会えなくて、
たまに会うとめちゃくちゃ話が合うんで、嬉しくなっちゃうっていうのはありますね。
いやーそっか。でもなんかすごい盛り上がりましたもんね、アンダー35のときも。
みんな意気投合したみたいな。
20回にほぼ全員行くっていう奇跡が起きたぐらいなので。
よかったね。
すごいよかった。
全員集まってきてた。
そうなんでね。
ちなみにそのときに短いに僕は名刺入れを忘れて、
あ、そうだそうだ。
内田さんに預かってもらい、
そうなったの?
長野県原村に僕の名刺入れが行き、原村の郵便局から僕のところに送ってもらうということをしました。
そのお礼としてね、ちょっとお菓子をいただきましたので。
いや本当に申し訳ない。本当にありがとうございました。
そうなんだ。
この立ち振る舞いが果たして本当に21歳なのかってくらい素晴らしい立ち振る舞いだったのでびっくりしましたね。
そうなの岩見議員さんって言葉がくっつくから、すごいローカルな会社さんなのかなと思いきや、
今おっしゃってた通りですね、あそぶ広報っていう、今見たら地図庁とか、あと高知県でもやってるのかな、
いろんなところでやられてて、その営業みたいなこともやっているということで、
12:01
実は今も、今そっち島根じゃなくて別のとこにいるんだよね。
そうですね、今高知県の中戸差の横の島本町ってとこに来てるんですけど、
素晴らしいですね。大量に、なんていうか真っ透明の、少し青みがかった水が大量に流れている支流が、
どこもかしこもあって、それに動物たちが吸い寄せられるように、
いろんな動物に出会いましたし、いろんな植物と自然に出会って、
本当に素晴らしい自然が残ってる地域だなっていうのを感じてます。
すごい、よくその表現できましたね、今の。
すごいよね、今のね。わかったもんね。
いや、そのすべての支流に、ここ100年ぐらいで徐々に住んでる方たちが集まってると思うんですけど、
そこが全部タラダになってるっていうのがね、もう本当に素晴らしいですよ。
もう今言えますけど。
そうなんだ。
なんかね、走ってるだけで心が震える感じがします。
いいね、ヒロ君。
11歳、すごいな。
ね。
じゃあ今結構、週の何日間はほとんど外にいるって感じなのか。
僕、出張に出てから今で2週間ぐらいなんですけど、
大体、季節労働者で、夏、秋はですね、会社にいないんですよね、大体。
で、いろんな地域を巡り、車を走らせ続けて、視察もし学んで、自治体さんとお話ししながら、
どういう取り組みが本質的に必要とされてるのかっていうのを考えていくっていう仕事をしてますね。
だから、本当にありがたい環境をいただいてるなと思います。
すごいな。
すごいね、それだけ聞くと、学生さんが、その会社やりたいっていう人いっぱい出てきそうだね。
いや、やりたい方いらっしゃるんじゃないかなと思いますね。
ちょっと今、大量には雇えないですけど。
でも、もともと岩見銀山で働くってなった時の、なんか元の話を多分僕は1回聞いてるんであれですけど、
どういったあれで今、この岩見銀山地域経営研究所の前身も多分あったと思うんですけど、前身というか、
そういうのもちょっとお聞きしていいですか。
はい。大きくお話しすべきことは2つあって、
一つ目は僕が前身のHAVAという会社に入社したっていうことと、
そのHAVAという会社が岩見銀山地域経営研究所に変わったってことを、
2つお話したらわかりやすいかなと思うんですけど、
一つ目のHAVAという会社に入社したきっかけは、取締役のキロクさんっていう人にお誘いいただいて、
僕がさっき言った観光地域づくりというか、観光誘客のイベント、
15:04
なぞとキロゲーニングっていうのを株式会社としてやってたんですけど、
一人社長だったんで、経理も見るし、エンジニアリングもするし、
デザインもするし、営業もするし、集客もするんですよね。
結構限界があったりとか、呼んでくるのはいいんだけど、
地域の人と外から来た人がうまく交流して、リピートにつながるっていうところまで、
なかなか成果を出せてなかったので、これ以上いけるのかなっていう。
あとは、僕がやってたことはよかったのかもしれないですけど、
それを継いでくれる人が地域に、10の地域あって1つの地域にしか、
いまなぞとキロゲーニングのイベント、継続的に行われてないんですよね。
その現状を見て、たぶんこれじゃうまくいかないんだって思って、
誰かに学ばなきゃなっていうところで探してたときに、
キロクさんっていう人に出会って、キロクさんはもう10年ぐらいですかね、
インバウンドガイドの会社をやりながら地域に関わって、
アソブコープログラムを作ってた方だったんですけど、
その方と僕が参加してた企業化精神とか、プログラミングのスクールがあって、
そのスクールがすごいいい施設だから、キロクさんっていう方が視察に来たときに出会って、
僕が悩んでることとかをいろいろ話してると、
自治体ってこういう考え方で、こういう制約があるから、
こんな形で進めていかないといけないんだよとか。
地域の人に、いい取り組みだって言ってもらうためにはこういうことが必要でみたいなのを教えてもらって、
それを僕は聞きながら、涙をポロポロ流しながら聞いてたんですよ。
そのときに直感的にこの人についていったら、
多分僕が見える世界は変わるんだろうなと思って、
2日後ぐらいに、愛媛県で出会ったんですけど、
2日後に神奈川県の鎌倉のオフィスに行って、
ちょっと仕事を見せてくださいって、僕も働きたいんですって言って、
半年後ぐらいに採用していただきましたね。
すんごい行動力ですね。
そうね。
僕もどうすればいいのかわからないことばっかりだったんですけど、
悩みまくってたらそんな感じになりました。
あともう一つは、僕がHAVAっていう会社に入ってから、
何も伝えられてなかったんですけど、
5ヶ月後に会社が変わるっていう話になって、
うちのアソブコープログラムを続けてきた大田市ですごい成果が出てるから、
大田市の会社さんと一緒に続けていくってことになったんだよね、
18:00
みたいな話で、
去年の8月、2024年の8月に合弁会社を立ち上げ、
日本全国の地域経営を研究していく地域経営研究所という会社が立ち上がったときに、
アソブコープログラムの事業と人材がそっくりそのまま会社に移動して、
僕も人材の一人として移動したって感じですね。
そういうことだったんだ。
場所ありきではある意味なくて、
ヤミキンさんが好きですというよりは、
やってるプログラム事業についていったら、
気づいたらそっちのが本社になっててって感じなんだね。
そうですね。
本当に運が良かったんだろうなっていうのは今でもすごく思います。
プログラミングスクールに行ってたんですか?
さっきの話から言うと。
プログラミングスクール、すなばこっていうすごくいいプログラミングスクールがあるんですけど、
本当に事業に使うために、生きたプログラミング能力ですよね。
知識を入れられるんじゃなくて考え方を教わるんで、
どうすればうまくいくのかを自分で考えられる人が、
そのスクールを卒業した人はできるようになっていくんですけど、
そういうところに通ってました。
ちょっと昔に戻っちゃうんですけど、
18歳で企業、個人事業主になって企業してってなるじゃないですか、
その前の高校とか中学生の時はどんな少年だったんですか?
どんな少年だったんですかね。
でも僕変な子だったんで、
小学校とか中学校は、
相手の気持ちがわからない言葉とかを言っちゃって、
相手が気分を悪くしちゃって、
で、はぶられるみたいなこともありましたね。
そうなんだ。
今から全然想像できないですね。
いやいや、そんなことないですよ。
すっごいしっかりしてるから。
不登校とかっていうわけではなくて、
言ってたけどちょっとうまくコミュニケーション取れなくてみたいな感じだったんですか?
そうですね、言ってたけどそんな感じですね、まさに。
コミュニケーション取れないとき。
楽しいときもあったんですよ。
でも1年だけじゃなくて2年とか同じ人と付き合っていくと、
ポロポロ出てくるみたいな。
でも悪気はないんですよ。
相手に何か悪いことしようと思って言ってるわけじゃないですけど、
気遣いができない言葉とかっていうのがポロポロ出てくうちに
嫌われちゃうみたいなことがありましたね。
はあ、そうなんだ。
じゃあそれがきっかけなんだなっていうか、
嫌われるんだなっていうのがわかったから改善しようと思ったんですか?
っていうことですか?
21:01
今めっちゃあれじゃないですか、
言葉遣いとかもすごい丁寧にコミュニケーション取ってるんで、
そこら辺が反動としてあったみたいな感じですか?
たぶんまだ直ってないですね。
なので僕、これはすごい今、
作られた自分っていうところがあるのかもしれないですけど。
みんなそうでしょ、みんな。
だから仲良くなっていくと、
ああ、やっぱ若い子なんだなって思うってよく言われますね。
だから一緒に長い時間をかけていくと出てくるんだと思います。
いろいろ失礼な部分が出てくるんだと思います。
いやでもなんかちょっとね、
どんな子供時代だったのかを急に聞いてしまってすいません。
なんかちょっと興味あるんですよね、そういうの。
なんでこうなるんかなと思って。
いやすげえ深掘りすんなと思ってびっくりしてた。
いやなんか急に気になっちゃって、
21歳で今なんでしょと思って。
急激に何かあったのかなと思った。
やっぱいろんな経験はしてこられてると思うんですけど、
いやなんか勉強になるなと思って。
32歳の僕が言うのがなんですけど、
勉強になります。
いやいやいや、流れですよね。
でももう一つ大きくあったのは、
親が大企業で働いてるんですけど、
ブラック企業大賞を5年前ぐらいまでブラック企業大賞を取ってた会社で働いてて、
夜12時になっても帰ってこなくて、
土日も出社して帰ってきたときには、
死んだ魚の目をしてるんですよ。
それを見て、
ああ、雇われはだめなんだなってそのとき思ったんです。
なんとか自分で仕事を作る。
なんとか自分のやりたい仕事に就かないと、
こうなっちゃうなって思ったんですよね。
そうなんだ。
問題解決するのが好きなんですか?
昔からこれ解決したいなと思ったものに愚直に進んでいくタイプですか?
そうかもしれないですね。
聞きました?
どうも占い師、服部大地です。よろしくお願いします。
急に人の…
いやいやいや。
でもそうなのかなと思って話を聞いてると。
本当、でもなんかそのような気がします。
確信までいってないですけど、
確かにって思う部分が結構あったんで。
でもいいですね。
周りに合わせる合わせないとか、
別にそこ、僕も割りかし結構空口なタイプなんで、
結構ううって言われることがよく多くて、
あんま気にしなかったんですけど、
なんかすごいな、
20歳前でそんな起業して、
事業作って商標まで取ってってすごいびっくりして、
なんかさらっと言うけど、
僕今回商標を自分の先売りのブランドで取ったんですけど、
24:01
結構大変だったりしたので、
なんかそもそもそこのステップを踏んでるって時点で、
なんか純粋にすごいなっていうのは普通に思いましたね。
しかもそれがもちろんね、いろんな、一人じゃないとは思いつつも、
自分が経営者側として旗振ってそれやってるのは、
いや本当に尊敬するなとは思ってて、
さらに言うとそれが今、町、地域に落ちてるっていうのは、
なんかすごいこう日本、
日本お前ラッキーだなってぐらい言いたいぐらい、
さゆりさんがその地域にこうレクトラを向いてくれたのが、
なんかすごい嬉しいなと思ってて、
今それが大森町ですっけ?
はい、大森町です、はい。
なんかめちゃくちゃいいなと思うんですけど、
せっかくなら岩見銀山っていう名前もあるので、
なんかその大森町の話でもちょっと聞いてみたいなと思うんですけど、
なんかどんな町なのかなってちょっと教えてくれませんか。
岩見銀山って最盛期は人口が20万人ぐらいいたって言われてるんですよ。
江戸時代ですよね。
銀を輸出してたんです。
世界の3分の1の銀を輸出してたと言われてるんですよね。
ただ今人口が400人になって。
すごい落ちるな。
経済成長期に向けてどんどんどんどん人が減ってって、
その後も減り続けて400人ぐらいになって、
そういう都会に人が離れていった地域ですよね。
なんですけど200年前の天寮だったんですよね、江戸幕府の。
なのでその頃の街並みがそのまま残ってるというか、
そういうときに建てられた建物が残ってるんですよ。
これをなんとか良い状態で保存していかないとっていう運動が、
やっぱり地域の中でも生まれてきて。
重要伝統的建造物保存地区って基礎町とかもたぶんなってると思うんですけど。
基礎町もそうだね。
住民全員の同意がいるんですよね、あれって。
外壁を簡単に工事しちゃいけない。
なのでそういう取り組みも行ってきたりして、
住まれてる方が自分の資材とか実感を通じて一つ一つ家を回収して、
景観を守られてきた地域になってます。
その運動もすごい意味があって、
今では女性が中心になって街づくりを行ってく地域で、
抜き先に花を添える活動があったりとか。
ソフト面、ハードだけじゃなくて、
ソフトの毎日の景観整備っていうのも、
すごく綺麗に整ってる地域だなって思いますね。
こんな町です。
めっちゃ行ってみたいなー。
みんなどれくらいの人が来るんですか?
1万人ぐらいですね。
400人の街が1万人。
400人に1万人?
25倍になっちゃう。
27:01
すごいなー。
毎日300人ぐらいが来るんですよね。
人口より少し少ないぐらいの方たちが見に来てるって感じですね。
繁華産業がなかなか良くなるのはいいけど、
多分オーバーツーリズムとかも起きるだろうと思ってて、
その辺も多分一通り経験してるんでしょうね、きっと。
世界遺産になった2007年のときに、本当に大量に人が来て、
車が地域から出れなくなったり、
渋滞で地域に帰ってこれなくなったりしてたんですよね。
そういう状態になったときに、
本当にやりたい街づくりがこれだったのかっていうのを、
やっぱり地域の人たちは考えていて、
自分たちの暮らしを守っていきたいし、
それがあるからこそ景観が整備されるっていうのもあるじゃないですか。
そのときに住民憲章ができたんですけど、
今も大森町の街に入る一角に看板で立てられてるんですけど、
その一文目に書いてあるのが、
私たちのこの街には暮らしがあります。
私たちの暮らしがあるからこそ、
世界に誇れる街なのですって書いてあるんですよ。
そこに暮らしてる人の暮らしがあって、
それがちゃんと紡がれていくから景観も整備されるし、
遺産も残されるんだと思うんですよね。
それが多分オーバーツーリズムを経験してちゃんと言語化されて、
今でも引き継がれているっていう、
すごい本当に素晴らしい地域だなと思いますね。
自分たちの限界が分かっているというか、
どれぐらいの人を受け入れるのかっていうのも分かってますし、
どのような形で来てもらうのが、
その地域にとってより良いのかっていうのも、
すごく考えられてるなっていうのは思いますね。
素晴らしい。
美しい村で言うと、
美恵町が同じようにね、
北海道の美恵町がオーバーツーリズムで色々と木を切ったりとか、
池に行く道を規制したりしたのかな、
そういうことを踏まえて、
この前浜田前町長に話したときも、
いろいろ新聞記事でオーバーツーリズムに対して、
いろいろと記事を書いてる人はいるけど、
誰の町なのかみたいな、
しょうもない議論をしてるんじゃないぞみたいな、
俺らが頑張らなきゃみたいな、
ちょっとこの解釈なんですけどね。
やっぱ、うちらが良いと思わなきゃ良い町にならないし、
それを外部の新聞社に書き立てられるのもちょっと変じゃないかなみたいなことを
おっしゃったので、
美しい村の中でも進んでる自治体の同じぐらい、
もしくはさらに上へ行ってるような、
先進地区なんじゃないかなと思ったので、
今回美しい村ではないんですけど、
30:01
絶対学べることが多いんじゃないかなと思ったので、
ぜひ僕らもそうですけど、
美しい村連合に対しても発信してくれたら嬉しいななんて勝手に思ってる人です。
僕にできることがあれば、
たぶん少しずつ関わっていくことがあると思いますので、
よろしくお願いします。
お願いします。
そんなことでもっと聞きたいところなんですけど、
今回ね、リスナーさんからの質問が来てるんですよ。
そうだそうだ。
イエーイ。
じゃあ、どうしようかな。
質問コーナー。
来ました来ました、質問コーナー。
じゃあ、
ちょっと待って、リスナーからの質問来ますよ。
いいですか。
これ、名前読んでいいのかな。
ちょっとそこの確認が取れてないんで、
勝手に僕がラジオネームつけます。
即興。
ラジオネーム、ブルーツリーさん。
いや、ほぼ言ってんじゃん。
斉藤さんの思う大森町の色んな側面からの価値、
そして地域資源が文化的なのか、
ぜひ生の声を聞きたいですということですね。
ありがとうございます。
ちょっと補足をすると、
大森町って景観が綺麗とか、景観を守る人の心が綺麗ということはあるけれども、
個人的に斉藤さんが思う価値を教えてほしいなと。
なぜ教えてほしいのかというと、
斉藤さんがこういう資座で、
その町を良いと悪いと思っているこの資座を知ることで、
逆にブルーツリーさんとか我々が自分たちの地域の好きなところに築く、
そういったヒントになるんじゃないのかなということをこの人は考えているそうです。
ということでさっき話したことにプラスしてもいいし、ベテてもいいし、
ぜひ教えてほしいなと思います。
そうですね。何を話すべきかな。
いろいろいいなって思ったことはたくさんあるんですけどね。
3つぐらいお話しすると、
一つ目は、さっきも言ったとおりなんですけど、
昔ながらの暮らしを守ってきたからこそ、
それに共感する人も現れるし、
そういう暮らしがしたいっていう人が地域に移住してくるんですよね。
どういうことなのかっていうのをイメージすると、
自然もある地域、自然もすごい多い地域で山の中なので、
いわゆる古民家ですよね。
200年前の時代の作りをした家で、
かつ今の新しい便利な家具とか、
少し見た目のいい内装とかになっていたりするんですけど、
33:00
そういった家々が大森町にはすごくたくさん並んでいて、
自然があって、昔ながらでかつ使いやすい家があって、
子どもが熱を出したら隣の家が預かってくれたりとか、
住民全員で小学校の運動会を見に行ったりするんですよね。
そういうつながりの中で、子育て世代がよく移住してきてですね、
12年前、大森町には保育園児が2名しかいなかったんですけど、
そこから今26人に増えていて、
たぶんそういう、ここなら子どもを育てられる、
きっと子どもにとってもいいんだろうなっていうイメージがつくような暮らしっていうのが、
守られてきたからこそ、やっと成果が出始めるというか、
数字としても見えてきてる部分があるんだろうなっていうのは思いますね。
2つ目は、そういう暮らしがあるからこそ遺跡がちゃんと残されてて、
リュウゲンジマブっていうんですけど、全長200メートルぐらいだったかな。
この夏場でも入るとね、クーラー18度にしてるんかっていうぐらい涼しいんですけど。
えーすごい。
参考があるんですよ。
山こと場でマブっていう、間に歩くって書いて、
その行動。山こと場でマブって言うんですけど、
そこに入ると、たぶん昔はピッケルとかでカーンカーンってやりながら、
一つ一つ銀を取ってたんだろうなっていうのがイメージできる感じになってるんですよね。
本当に綺麗に残されてます。
そっから町に徒歩15分ぐらいで降りてくると、
そういう炭鉱の人たちが住んでた家々っていうのが、
こういうのだったんだろうなっていうのをイメージできるし、
それが今の時代にちゃんと引き継がれてるんだなっていうのを目で見てわかるんで、
そういう遺跡っていうのが暮らしがあることで守られてるっていうのが、
たぶん二つ目のすごい大きな価値だと思います。
三つ目は、行くと何を大切にすべきかっていう、
何を大切にしてるのかっていうのが、
わかるようになってるっていうところですね。
大森町が何に心が動いてどういうことを大切にしていったら、
持続的に幸せな地域になるのかっていうのを、
やっぱり行くと体験できるんですよね。
特に滝尾阿部家っていう宿があるんですけど、
そこは宮見銀山地域で会社を立ち上げた女性の方が、
何年も何年も住んで作った家なんですよね。
対応に家々が倒壊されて空き家になっていって、
壊される30年か40年くらいの間のときに、
36:00
家を壊したら、それまで使ってきたものとか、
一緒になくなっていくわけじゃないですか。
その家具とか小物とかを、
全部地域の小学校の体育館に入れておいて、
いざ空き家を自分が回収するってなったときに、
空き家を買ったら、一つ一つ体育館の奥から引っ張り出してきて、
これは合うな、これは合わないなって。
合わなかったと思ったんですね。
で、持ってきて合わせてっていうのを、
何年も何年も楽しみながらやって、
作り上げたのが滝尾阿部家なんですよ。
だから本当に、人が生きた息遣いが止まると見えるんですよね。
毎晩その家に住まれてた富さんっていう方が、
一緒に夕食を食べてくれるんですけど、
そのときに、これはいいわよねーとか、
こういう家がいいんだよねーとか言いながら、
一緒にご飯を食べてくれるんですよね。
そのお話を質問とかしながら聞きながら、
夜一泊すると、
ああ、これは大事にすべきだわって思う。
これを大切にしてるんだなっていうのが、
言葉にはならないんですけど、
理解できるっていうものがちゃんと残ってるのが、
本当に素晴らしいなっていうのは思いますね。
言葉にならないですけど、
でも通じ合えるものってあるんだと思うんですよね。
来ていただいたら、何を大事にすべきかって、
バチッと目線が合うんですよ。
それができるっていうのは本当に価値だなと思います。
実態があるっていうことですよね。
ずっと作り続けてきた。
それがたぶん三つ目の価値なんじゃないかなと思います。
昔ながらの暮らしを守り続けてきて、
それに共感して移住してくる人がいるっていうのが一つ目の価値で、
二つ目はそれによって守られてる遺産ですね。
炭鉱とか町の景観とか、
昔の人がどういうことをしてたのかっていうのが見えて、
イメージできるような残されてる遺産と、
あとはそれをどうすれば引き継げるのかっていうのを考えてきた人たちが、
何を大切にしてるのかのイメージが、
行って止まったらわかるっていうのが三つ目の価値だと思います。
素晴らしい。アドリブなのに。
いや、ほんとに。
そうか。
ぜひ行ってみたいなと。
行かなきゃわからないってね。
斉藤君自身も言ってるところもあるけど。
たぶん今の話に加えて地理的な条件。
すごい山奥なのか通過路なのか、
めちゃめちゃ閉鎖的なのかとかね。
そういうのがあって初めてわかるのかなって気がするので、
あと空気感かな。目に見えない空気感っていうのもあると思うので、
39:00
今の話の実証として、
ぜひどっかの機会で行ってみたいなと思わせる回でした。
ありがとうございます。
僕も全力で案内しますんで、おもてなししますんで、
来られる方はご連絡ください。
連絡しないとね、出張行ってる可能性高いからね。
確かにそうだった。
僕がいなかったら案内できる人できれば繋ごうと思いますんで。
ありがとうございます。
ぜひ斉藤さんにお願いしたいな、できれば。
確かに。
予定合わせていきましょう。
分かりました。ありがとうございます。
今回はもうまちづくりの、
なんていうんだろう、すごい歴史もありつつも今に活かしている
闇金山のある大森町からですね、
斉藤ひろきさんご案内をお送りしました。
ごめんなさいね、会社名が
岩見銀山地域経営研究所ということで、
今回はですね、貴重な時間をいただき。
もし最後に斉藤さんのほうから宣伝とかあれば、ぜひ。
そうですね、僕はあそぶ広報プログラムっていうものの
営業の担当ではあるんですけど、
いろんな地域を回りながら、
自治体さんから業務委託をいただいて運営する事業で。
そういう取り組みをやってるんで、
ぜひ興味がある方はご連絡いただけるとありがたいです。
今言った中長期滞在、
僕たちの地域は来ていただける方も、
地域に暮らす人もありのままで、
お互いがリソースを分け合って暮らしながら、
その地域にある感じるべきもの、
見るべきものは何なのかっていうのを、
暮らしを体験してもらうってことを大事にしてます。
なので2週間の滞在者を、
大体50名ぐらい、それが体験できる形で、
しっかりと交流が生まれる仕組みを持って、
地域に送るっていう取り組みをしてます。
それをちゃんとできる人材と、
あとは会社の体制が整ったので、
いろんな地域の方とご一緒してます。
今6地域ですね。
全国で6地域の方と、
あそぶ広報のプログラムを進めていってるんですけど、
移住者とか関係人口ももちろんですし、
飲食店がもともと1店舗しかなかった人口1,000人の街が、
今11店舗まで増えてたりとか、
あとレンタカーが1台しかなかったのが10台まで増えてたりとかっていう、
そういう中長期で滞在してくれる人にとって、
いい環境をつくるってことが、
まちづくりのひとつのゴールだと思うんですけど、
なので、そういう取り組みの環境整備が一括して行える、
あそぶ広報プログラムっていうのをやってるので、
ぜひご興味ある方は、
お連絡いただけるとありがたいです。
多分ディスコードとか連絡口があると、
僕もせんでしょうかなと思うんですけど、
どうぞよろしくお願いします。
42:01
概要欄にも載せていきましょうかね。
詳細は概要欄ということで、
ありがとうございます。
あそぶ広報で検索して、
会社概要のほうに飛んでいただけると、
僕はいつでも多分、
お問い合わせいただいた内容見れるようになってるんで、
そこで問い合わせいただいても大丈夫だと思います。
すぐ問い合わせします。
これは裏話だけどね。
すぐ問い合わせします。
僕は問い合わせするんで、
皆さんもぜひ問い合わせを気軽にしてください。
大地君に先にやろうかな。
おっけー。
コゼリアイを。
2番目でもいいです。
僕には権限ないので。
僕もないですけど、
誰でもあれですよね。
気軽に話を聞いて、
協力できたらってことですよね。
そうですね。
僕もやりたいってことであれば、
地域を実際に見て、
この地域ならうちができそうなことあるなって思ったら、
進めていくって形にしたいと思うんで。
僕は現地にお伺いしながら、
皆さんと進めていければなと思ってます。
すいません。
ぜひよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ということで、
岩見銀さん地域研究所から斉藤博さんをお呼びした回でした。
今日は本当にお忙しいところありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ひとことラジオ、人の物語を語る時間。
今回のエピソードはいかがだったでしょうか。
番組への感想、メッセージは、
メールアドレス ask.hitokoto.comまでお寄せください。
コラボしてみたいや、こうしたらいいのではというアイデアなど、
ぜひいただけると嬉しいです。
それでは次のエピソードもお楽しみに。
またお会いしましょう。
43:58

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