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#045 大事なことはくり返せ/『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』/本語り
2026-09-20 18:41

#045 大事なことはくり返せ/『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』/本語り

著作の多い山極寿一先生ですが、本書では、若き日のフィールドワーク、異文化理解の重要性などが率直に語られています。とりわけ印象的なのは、職位を求めるのではなく、やりたいことを貫きながら信頼を積み重ねる生き方です。ゴリラ研究の本でありながら、人との関わり方や仕事への向きあい方に多くの示唆を与えてくれます。

【言及した本】

・山極寿一『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』(朝日文庫、2020)

・山極寿一『暴力はどこからきたか:人間性の起源を探る』(NHKブックス、2007)

・山極寿一『家族進化論』(東京大学出版会、2012)

・山極寿一、鈴木俊貴『動物たちは何をしゃべっているのか?』(集英社、2023)

・山極寿一『共感革命:社交する人類の進化と未来』(河出新書、2023)

感想

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サマリー

山極寿一『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』を軸に、著作の特徴と、日高敏隆から「大事なことは繰り返して言いなさい」と学んだ経緯を紹介する。アフリカでのフィールドワークでは、許可の取得や危険な市場での交渉を自力で経験し、味方を作るより敵を作らない姿勢を身につけた。ダイアン・フォッシーとの関わりや、地域住民の事情を踏まえた異文化理解の重要性から、人間にもゴリラにも心を開く態度が語られる。ゴリラの覗き込み行動やドラミングを例に、霊長類研究が人間の共通点と違いを知る営みであることを説明する。最後に、職位を先に求めるのではなく、やりたいことを続けて信頼を得ることで環境や仕事がついてくる生き方が示される。

山極寿一の著作と『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』
本語り45回目です。 山際樹一先生といえば、世界的なゴリラ学者として著名だと思います。
また、京都大学の総長をはじめ、数々の養殖を歴任されてきたことでも知られているかと思います。
手書、大変たくさんあるわけなんですけども、一番最初に読んだのは、暴力はどこから来たのかというものを読んで、すごくその問いの大きさといいますかね、それに衝撃を受けて矛盾になって読んだということがあります。
その後、おそらくまあ、手書と言っていいと思いますけれども、東京大学出版会から出ている家族進化論というものにも進み、刺激的な内容ですので、
スルスルとね、頭に入ってくるというものでした。 かなり一般書というものをたくさん出されておりますので、まあ人気ですよね。
気になるので、目に触れるたびに読むということをしておりましたが、対談なんかもね、大変よく出されておりますけれども、その中では、
鈴木俊隆さんとの対談で、動物たちは何を喋っているのかというものがね、近年のものでは秀逸だったんじゃないかなというふうに思ったりします。
大変著作も多いわけなんですけれども、一般書というのはかなりありますけれども、こういってはなんですけれども、いずれもどこかで聞いた話というものが出てくるわけなんですね。
講話となる体験と言いますか、話と言いますか、理説というものはあって、また例の話だなというのはなるわけなんですけれども、本ごとにコンセプトと言いますかね、切り口が違いますので、それなりに楽しめるわけなんですが、
とはいえ、どこかで聞いた話がたくさん出てくるということなんです。あえてやっていると思います。
そんな中で、じゃあどれがいいかという話になった時に、一般書として自説を展開しているもので、よくまとまっていると個人的に思うのは、共感革命なんかかななんていうふうに思うわけなんですけれども、
「大事なことは繰り返せ」――日高敏隆との対話
そんな中で比較的重なりが少ない、要するに他の本には出てこないエピソードがよく書かれていて、手頃で読み応えのある本という意味で、私がこれがいいなというふうに思うのが今回紹介したい本なんです。
それは山際十一兄弟早朝ゴリラから生き方を学ぶ朝日文庫です。京都大学の早朝になってこの本を書こうと思って書いたという意味で、一般向けに積極的に書き始める原点に近いものです。
そういった意味でも重なりの少ない、また他の本には書いてないことも書いてあって、面白いものだと思います。
アフリカでの経験なんかも満載です。
この中でなるほどと思ったわけなんですけれども、日高俊隆さんという動物行動学者がいますけれども、その人と一緒になった時のエピソードが書かれております。
というのが山際先生が日高先生に、講演や発表でいつも違うことを言うのは大変ですねなんてことを言ったそうなんですね。
そうするとその日高先生が返すことには、自分が本当に大事だと思うことは繰り返して言いなさいと、そうしないと人には伝わらないよということを言われたそうなんですね。
それで目が開かれた山際先生は同じことを繰り返すようになったということなんですね。
そのようなスタンスを取っていらっしゃる方、それが取れないとやっぱり講演とか一般的な著作っていうものはなかなかたくさんできないと思いますのでね。
プロフェッショナルになるためには同じ話を繰り返すということが必要になってくるでしょうし、それでも客がついてくるっていうのがプロだと思いますので、落語じゃないけれどもね。
同じ話をしていても今回の出来はとかね、今回のアレンジはみたいな形で楽しんでいくものだと思いますけれどもね。
その境地に達する原点となるのがこの日高先生との対話だと思います。
なかなか私なんかは新しいことを言わないと言わないとと思ってしまって、それが必ずしも悪いとは思わないんだけれどもね。
いつもの自説というものを堂々と繰り返すということが人に伝えるためには大事なんだという言い方はね、なるほどと思いますし、山際先生の原点を見るような感じがいたします。
アフリカのフィールドワークと交渉術
京都大学は猿学で有名ですけれども、それを始めたのが動物社会学、動物にも社会があるんだということを主張して、今では世界でも認められておりますけれども、当初はね、そんなことはないと言われていた学問を認めさせていった。
そのきっかけとなるのが今西錦二という人、そしてまたその弟子にあたる伊谷淳一郎という人がいるわけなんですけれども、その伊谷淳一郎の弟子が山際先生ということになるわけなんですね。
そこで代々フィールドワークというものを重視しているわけなんですけれども、しかし手取り足取り教えるということではなくて、兄弟の子捨て主義ということを言っているわけなんですね。
すなわち現地に連れて行くところまではやるけれども、そこから先は自分でやれという形なんですね。一人でやれという形で捨ててくるような形なんです。
ですのでゴリアの調査をしたいと思って山際先生がアフリカに赴いたところで、全部を準備してくれているわけではないどころか、全く何の準備もされていないわけなんですね。
そこで子捨て主義ですので、一人でまず許可から得ないといけないということになるわけなんです。
大臣に許可を得るまでが大変で、まず会えないわけなんですね。オフィスに行ってもいないということで、週に一回いるかいないかという形でなると。
どうしたら会えるかということで知恵を絞っていくと、メイドやコックというものがいるので、大臣を抱えのね、そのメイドやコックに接近していって、酒を一緒に飲んで親しくなっていって、何とかその大臣に許可を得たい、会いたいんだけどという形でね、ようやくそのコネクションを生かして大臣に会うことができて許可を得るというね。
こんなことまで自分でやらないといけないという状況が大臣の交渉力というものをね、鍛えられていくわけなんですね。
アフリカの市場というものは、場所によっては大変危険な場所なんですけれどもね、そんなときどうするかというときに、ほんとサバイバルですので、マーケットで近づいてくる悪い奴がいるそうなんですけど、その中の一番悪そうな奴と交渉するそうなんですね。
そうすると、そいつと一緒に歩いていると、他の悪い奴は一番悪そうな奴が一緒にいるので近寄ってこない。
でもその一番悪そうな奴も何しよう悪い奴ですので、油断したらね、殺されたり金を奪われてするわけなんですけどもね、今ここで殺して金を取る方が得か、あるいはもっと交渉して活かしておいて、もうちょっと大金を引き出せるかみたいなことを、向こうが頭の中でそろばん弾いているのをね、見越してね、交渉して、
こっちの要求と言いますか、それを通していくっていうね、命がけの交渉術みたいなものもね、身につけていくわけなんですね。
そんな中で得た教訓というのが、味方を作るというのはイコール敵を作ることでもあるんだということなんですね。
敵対する勢力というものがあれば、あいつの味方ってことはこっちの敵だなということになりますので、だから味方を作るより敵を作らないというふうなスタンスというものをね、取っていくことになったというのも、
経験からね、得た大変貴重な指南だと思います。
ダイアン・フォッシーと異文化理解
そんなこんなで当初なんですけれども、アフリカの現地で指導を受けることができたのが、ダイアン・フォッシーというね、白人女性の研究者なんですね。
この人の生き方は映画にもなっているそうなんですけれども、猿というのは餌付けするという方法が取れるわけなんですけど、ゴリラは餌付けなんかできないわけなんですね。
そんな時に人付けと言いまして、じわりじわりと近づいてコミュニケーションを取っていって、ゴリラと仲良くなる方法を実践したのがこのダイアン・フォッシーという人なわけなんですね。
その人の下でちょっと教えを置こうという形で、いろいろと教わっていくということになって、そこでいわばゴリラ研究の最前線に飛び込んでいくということがあるわけなんですね。
ただこのダイアン・フォッシーという方は最終的に殺されてしまったわけなんですよ。
諸説あってどうしてかというのは真相は闇の中なわけなんですけれども、一つ大きなポイントとしてはね、ダイアン・フォッシーというのはゴリラと大変仲良くなっている裏表で地元の人が密漁したり殺したりするということが多発していたわけなんですね。
そのこともあって、現地の人を非常に差別したわけなんですね。
山際先生にもね、地元の人と付き合ってはいけないという風な指導をしていたわけなんですけれども、しかし結果的に殺されてしまったということがあるわけなんです。
山際先生はそんな風に言われてたけれどもね、ダイアンのいないところではね、ちゃんと地元の人とは付き合うということをしていたわけなんですね。
いよいよダイアンが殺されたという状況になった時にね、やはりね、ああいうやり方は良くなかったという形でね、改めて地元の人たちともしっかりと付き合うという風なやり方をとっていったわけなんですね。
密漁というのは非常によろしくないことなんですけれどもね、しかしよくよくその裏を見てみればなんですけれども、ゴリラも色々と地域と種類があるわけなんですけれども、
このダイアンフォッシーのいた場所っていうのが旧ザイイル、今ではコンゴーですけれども、そこなんですね。
ザイイルといえばベルギーが総主国であって、そこの国王っていうのが大変ひどいことをしたっていうのは有名な話ですけれどもね、大きな影響の一環だと思いますけれども、
地元のピグミというね、地元民たちがベルギーが総主国であった時に、ザイイルのもともと住んでいた森を国立公園に指定したということがあった。
そうなると森を追われてしまったわけなんですね。
自分たちの土地であったものを勝手に国立公園に指定して森を追われた。
そこで仕事がなくなり、どうしても暮らすっていうことができなくなったから、回り回って密漁するっていう状況になっているわけで、
攻められるべきはどっちなんだっていう状況も背景にあるわけなんですね。
それを押し量らずに結局、いわば白人女性として、このダイアンホッシーは地元の人を蔑視しているということがあったりしましたので、
そういうことも全部見せた上でね、山岩先生は地元の人と付き合おうという判断をしていて、
それが結果的にダイアンにはできなかったことができるようになっていったということがあり、
フォリア研究の世界的第一人者になったということにもつながるんじゃないかなというふうに思います。
地元の人と付き合うということはどういうことかというと、向こうの感覚、理屈というものを知らないといけないわけなんですね。
例えばなんですけれども、日本人の感覚だったら、レストランで一緒に食事をしているときに、
お手洗いに行くというときに財布をテーブルの上に置いていったりしたら、
それはどういうことかというと、日本だとあなたのことを信頼してますよというメッセージになると思いますけれどもね、
アフリカだと違うというわけなんですね。すなわち、それを置いたままに行くということは、
それがきっかけでまがさしてしまうかもしれないわけなんですね。
すなわち、そんなまがさすような状況を作ったその人が悪いという発想になるわけなんですね。
これがアフリカの理屈ということですので、日本的な信頼感というものでもって、
仮にそこで財布を盗まれたとしたら、信頼してたのにと悲しがるのは勝手なこっちの日本的な理屈で、
そういう状況を作ってしまった方が実は悪いんだという。
これは本当に一例ですけれどもね、こんなふうなことを積み重ねていって知ることで、
向こうの文化の中に馴染んでいくことが大事なんだというわけなんですね。
何も知らないので、ライアンを批判してもいけないわけなんですけど、
ゴリラに心を開いていても、人間に心を開いていなかったようにも見受けられますのでね、
山際先生はゴリラ、そして人間ともにね、心を開くという形をしてますのでね、
学ぶべきことがある姿勢だなというふうに思ったりします。
山際先生のパーソナリティだと思いますけれども、
現在の視点からすれば山際先生の方法論というのはやっぱり昭和のノミュニケーションなわけなんですね。
だけどそれを一概にやっぱり全然否定できないと言いますか、
昔はそれでよかったというわけではなくて、そこには学ぶべきものはあるなと思います。
もちろん時代に合わせて相手を見てやらないといけないわけなんですけれども、
昭和のノミュニケーションという形で切って捨てられない大事な対人関係のヒントというものが隠れているように思ったりします。
ゴリラの行動から人間を知る
実際にゴリラと接していくという日々がある中でね、
これはもう他の本を読んだらたくさん出てくるエピソードがここでも書かれているわけなんですけれども、
例えばゴリラの覗き込み行動というのは、
多分これは山際先生が見つけた行動なんじゃないかなというふうに思うわけなんですけれども、
サルと接していた時に向こうが目を覗き込んできたら、
こっちは目を反らす必要があるそうなんです。
それはずっとそのまま目を見ていたら喧嘩になってきて、
向こうが負けないようにこっちに喧嘩を仕掛けてくるわけなんだということですね。
そこでゴリラがこちらの顔を覗き込んできた時に山際先生はサルで学んでますので目を反らしたわけなんですね。
だけど向こうはずっとそれを続けてくると。
しばらくすると向こうが不満そうな感じの様子を見せて向こうに行っちゃったそうなんですね。
あれおかしいなと。サルみたいにこっちに喧嘩仕掛けているとは違うように思うという形でいると。
するとそのゴリラの様子をよく見てみると、やっぱりよく覗き込んでいるそうなんですね、お互いに。
それはね、挨拶なんだということが分かってくるので、
サル類人猿とは違う、その中でもまたゴリラは違うということがね、
実際に一緒に暮らしている中で分かってくるわけなんですね。
そもそもこのサル学というもの、今西金人の系譜を引くサル学というものは何かと言いますと、
サルとか類人猿とか、そのことを知るというのはもちろんなんですけど、
じゃあ何のためにやっているかというと、そもそもの根本が人間を知るためということなんですね。
すなわち近いけれども違うということで分かってくることが多いわけなんですよね。
だからゴリラそのものを知るのも大事なんだけど、
それを知ることによって人間との違いとか共通点とかが分かってくることによって、
人間とは何かというものが分かってくるというのが元々の目的でありますのでね、
それはやっぱりね、サルとゴリラの違い、そしてゴリラと人間の違いというものの中からね、
じゃあ人間とは何かということが深まってくる。
それはまさにこの山際先生の様々な著書、「暴力はどこから来たのか?」とかね、
共感革命とかというものによく説かれておりますのでね、
それは非常に豊かな成果を見せてくれるなというふうに思ったりします。
例えばそれこそ他にもよく説かれているものですけれども、
人には白目がありますけれども、ゴリラとかには白目がない。
何でかというと、白目があることによって目の動きで何を見ているか方向が分かったり、
目の表情と言いますかね、それによって表情がつきますのでコミュニケーションに役立っているんだという説を
取ったりしておりますね。
またゴリラのドラミングというね、胸を叩く行為もありますけれども、
あれは当初はね、攻撃だと思われていたわけなんですけれども、
よくよく見ていったら全然攻撃じゃなくて、
C行為と、C行為と攻撃は違いますのでね、主張してね、
抑止じゃないけれどもね、ちゃんと自分を主張するということと、
実際に攻撃する前振れとは別物ですのでね、
そういった細かな違いというものも見えてきたということがあるわけなんです。
そうやってゴリラを見、あるいはまたアフリカの人類においてもね、
文化の違いというものを見据えていく中で、
いろんな経験を積んでいったわけなんですけれども、
職位ではなく、やりたいことと信頼を優先する
大変順調なキャリアを進んできたように見えるわけなんですけれどもね、
ここで最後らへんで言っていて興味深いと言いますか、
なるほどなと思うのが、
すべての職というのは提案を受け入れる形で得てきたんだと、
自分からこれになりたいと言ったことはないんだということをおっしゃっているわけなんですね。
では何を大事にしていたかと言いますと、
まずやりたいことがあって、その結果職がついてきた、
だからこれをやるためにはこの職に就かないといけないという発想では動いていないということなんですね。
しかしやりたいことをやってきたように見えるのは何かと言いますと、
環境を自分に合わせて変えていったからなんだということなんですよ。
これは大事な視点で、山際先生の職業柄から言えば、
例えば教授にならないとやりたいことができないので、
教授になるために年に何本論文書こうみたいな発想は一度もしたことがないということらしいんですね。
そうではなくて、やりたいことを重視してやっていったらね、
結果的にそれがついてきたということです。
ではそのやりたいことをやるために大事なのは、
職とか職位を得るということではなくて、
じゃあ何かと言うと、
信頼を得るということなんだろうなということが見えてきます。
信頼の得方というのは何かと言うと、
そこは話をする、お茶を一緒に飲む、
酒を飲む、
昭和の飲みにくいじゃんということになってしまいますけれども、
これはやっぱり侮れなくて、
職場の信頼を確保としているからこそ自分でやりたいことができるんだ。
そしてその職というものが自分でやりたいことに合ってくるという形になりますのでね、
虚偶を嘆いてね、
あそこに行けば何とかができるではなくて、
自分のいる場所でやりたいことをやりながら、
信頼感を得て職場環境を変えていくという生き方、
それを最も高いレベルで達成したのが山際先生だと思いますけれども、
それは例えばいろんな立場の人においても応用できるんじゃないかなというふうに思ったりしますのでね、
逆にステータスを求めていくとやりたいことができなくなってしまうということですのでね、
やりたいことを優先するという生き方、
それこそが京都大学の自由な学風の根幹にあるところだと思いますのでね、
その部分は今後もね、
みわきみわくと受け継がれていってほしいなというふうに思ったりしたものです。
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