1. 本語り~読んだ本について語るひととき~
  2. #046 鳥の目と虫の目を行き来..
#046 鳥の目と虫の目を行き来する/『物語 インドの歴史』/本語り
2026-09-27 17:58

#046 鳥の目と虫の目を行き来する/『物語 インドの歴史』/本語り

通史は、ともすると出来事の羅列になりがちですが、『物語 インドの歴史』は、インダス文明から現代までの壮大な流れを描きながら、語源の由来や現地での体験談といった細部にも目を配っており、優れた歴史叙述とは「鳥の目」と「虫の目」を自在に往復する営みだと感じました。

【言及した本】

・堀本武功『物語 インドの歴史:インダス文明からムガル帝国、現代まで』(中公新書、2026)

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

今回は、堀本武功『物語 インドの歴史』を取り上げ、インダス文明からムガル帝国、植民地支配、独立後の現代までを一人の著者が生き生きと描く本書の魅力を語る。著者の個人的な経験や現地訪問、語源や制度の由来を織り込むことで、教科書的な通史に手触りが加わっていると評価する。インダス文字が未解読であること、ゾロアスター教の影響がヒンドゥー教や仏教の護摩につながること、バルナ制とジャーティ制の違いなど、細部から歴史を理解する例も紹介される。仏教の衰退については、カースト制度との関係に加え、ガンジス川流域の商人層やローマ帝国との交易の縮小が背景として説明される。ムガル帝国では、少数のイスラーム勢力が多数のヒンドゥー教徒を支配した構図が、後のイギリス統治にも重なったと論じられる。プラッシーの戦いを訪れた著者の体験や、牛・豚の油を塗った薬莢がセポイの反乱のきっかけになった話から、現地の宗教観と歴史の具体性が浮かび上がる。ガンディーやインド独立も英雄譚だけでなく、イギリス側の戦後の経済事情を含めて多面的に捉えられている。最後に、細部を描く「虫の目」と大きな流れを見る「鳥の目」を往復することが、血の通った歴史叙述につながるとまとめる。

『物語 インドの歴史』の魅力と著者の視点
本語り46回目です。 中古神書の人気シリーズとして、物語〇〇の歴史と銘打って各国の歴史を大掴みに把握するものがあると思います。
といって私は実は今までそういうのがあるなぁとは思っていたんですが、一冊も読んだことがなかったんですけれども、
この度、新刊で目にして気が向きまして読んでみたら大変面白かったので、今回紹介したいと思います。
それは、 堀本武之 物語インドの歴史
インダス文明からムガル帝国現代まで 中古神書です。
何しろこの物語〇〇の歴史というのを読んだのが初めてなので、このシリーズの特徴なのか、この本書の著者の堀本さんの特徴なのかわからないわけなんですけれども、
インダス文明からムガル帝国現代までという大変長い射程を一人で書くということなんで、教科書的に抑えるべきことはたくさんありまして、
それを抑えていくだけで一冊というのはあっという間に過ぎてしまうはずなんですけれども、
それをのっぺりとしたものではなくて、ちゃんと生き生きとした物語として読ませる工夫というものが随所になされていて、
なるほどこれは面白い、人気のシリーズであることも頷けるなというふうな書きぶりではありました。
堀本さんというのはデリー大学の博士で、インドの日本大使館にも勤めたことがある、
いわば現代インドの政治経済でしょうかね、その専門家と言えるような方なわけなんですね。
現代の政治経済を知るためには歴史も知らないといけないわけなんで、詳しいのも当然なわけなんですが、
非常に的確に生き生きとした姿を描いてくれているなというふうに思いました。
書きぶりとしてこれが効いているなと思ったのは、個人的経験というものを随所に見せてくれているわけなんですね。
歴史的なことを語っていても個人的なことを書いてくれている。
個人的なことばっかり書いているというよりも、ちょうど要所要所で書いてくれているの。
あと書きなんかでね、それが良かったかどうかみたいなニュアンスのことも書かれていますが、大成功だったんじゃないかなというふうに思います。
また本当にいわゆる教科書的な記述、抑えるべき記述は書いているんですけども、
あえてトリビアといいますかね、勘所に関してはもっと突っ込んで書いているというところがありまして、
これも非常に意味付けといいますかね、深く知れるきっかけになりますのでね、
素晴らしい書きぶりだったなというふうに思ったりします。
冒頭のところで大掴みなインドの把握の仕方なんていうことも触れているわけなんですけれども、
インド人のドグマとして、2つのものが挙げられるんだということを言っているわけなんですね。
それは大小の序列、大きいほうがいいというのね。
また都会・田舎、あるいはその中央と周辺と言い換えてもいいと思いますけれども、
その序列があって、やっぱり中央、都会が周辺・田舎というものに対して下に見ているというね、
そういうのがあるんだと。
そういうね、でかいもの、都会が偉いというね、ドグマがあるんだという指摘はね、
本書の中で重要な物差しとしてあるんじゃないかなというふうに思います。
早速そのインダス文明から本当に古代のことを始まっているわけなんですが、
私までこの本の通りに辿っていっても仕方がないですから、
興味があったことだけをピックアップして話していきますけれどもね、
知らなかったけどインダス文字っていうのは全然解読されていないわけなんですね。
記号のような文字が残っているわけなんですけど、
こういうのってこれからもしかしたら、
AIなんかで解読できる日も来るのかななんて思っちゃったりしましたけれどもね、
解読の文字っていうものが解明されたら何がわかるのかななんてことも気になったりしました。
宗教・語源・カースト制度を細部から読む
仏教というのは非常に我々にとっては身近なわけなんですけれども、
その身近な仏教の中に入り込んでいるインドの、
もともとは仏教ではないインドの影響というものを結構指摘してくれているので、
案外そんな繋がりがあるのかなと思ったりすることも多いわけなんですけど、
その一例としてあげるならば、
ゾラスター教という、
ハイカ教という火をあがめる宗教がありますよね。
このハイカ教、ゾラスター教というのがヒンドゥ教の中に取り入れられていく。
さらにそれが大乗仏教の密教の中に入っていく。
すなわち火をあがめるというものですけど、
それはいわゆるゴマですよね。
仏教のゴマ団のゴマ、
あちらにこのゾラスター教の影響があるんだって、
これはどこかで聞いたことありますが、
改めてこうやって歴史をひも解いていく中で、
その知識を入れてくれるとリアルに感じられるものです。
さらにもう一歩進めてといいますか、
そのゴマというのは、
サンスクリット語のホーマというものから来ているんだということまで聞くと、
そうなんだと思いますので、
こういう細かい語源ですとか、
細かい部分の押さえ方が本当に的確なんですよね。
目を見開かされることも多いです。
その点で言ったら、
例えばバラモン教というのがあるわけなんですけれども、
このバラモン教というザックリしたネーミングのような
気も個人的にはしていたわけなんですけれども、
それはイギリスの学者がヒンドゥ教と対比的に区別するために
ネーミングをしたんだということを書いてくれていて、
なるほどこういう便宜的なネーミングなんだなということもわかってくるわけで、
こういう始源といいますか始まりをちゃんと押さえてくれているというのは、
それはやっぱり著者がちゃんと物事の本質を理解しようという姿勢の表れだと思いますし、
それを伝えてくれようとしていることの表れでもあると思いますので、
この姿勢が随所にあるのが本書のいいところといいますか、
読みどころだったなというふうに思います。
そんな中で、いわゆるカースト制度というものも当然言及があるわけなんですけれども、
大変日本人にとって、もちろん私にとってもややこしい制度なんですけれども、
まずバルナ制というものがあると。
バルナというのはもともと肌の色という、皮膚の色ということらしいんですけれども、
アリア人がインドに入ってきたというときに、
アリア人を支配階級として確立していくときに、
バラモンという存在が上位に位置するわけなんですけれども、
そのときにバルナ制ですね。
すなわち4つの階層を定めたわけですが、
バラモン、クシャトリア、バイシャ、シュドラという、
それこそ昔習った、それがあったということは聞いたことがありますけれども、
これとカースト制というのが今一つ私はごちゃになっていたところがありますけれども、
バルナ制をもとにしてといいますか、
バルナ制とは別にといいますか、
ジャーティ制というのがあって、
ジャーティ制というのは、摂取的職業ということなんですね。
バルナはあくまで身分であって、
ジャーティというのは職業、ずっと代々受け継がれる職業ということなんで、
身分と職業が固定化されていくというふうな感じですよね。
その組み合わせというのがカースト制なんですが、
今の説明も私のはちょっと正確ではないわけなんですけれども、
なんでこんなややこしいことになっているんだというのも書いてくれていて、
そうなんだと思ったのが、
いわゆるカースト制というのはポルトガル語のカスタ、
このカスタというのは家柄や血統の意味らしいんですけれども、
それをインドの身分制に当てはめたというところで、
こういうこんがらがったややこしいことになっているそうなんですね。
そういうややこしいところも、
ちょっと私の説明だと書いてまた混乱させただけかもしれませんけれども、
ちゃんと丁寧に書いてくれていて、
理解が深まるところがあります。
細かく言っていたらまたキリがないので、
私の興味に即して言うわけなんですけれども、
仏教の衰退と世界史の中のインド
仏教も交流し、そしてそれが衰退していくわけなんですけど、
なんで仏教が衰退していったのかというところなんですけれども、
仏教というのはカースト制度を否定して超越する宗教ですので、
それに対して非差別される人というものが確実に存在するカースト制度というものですけれども、
構造的にはひどい話なんですけれども、
差別されない人たち、そういう人たちにとっては、
カースト制度というのは都合のいいところがあるわけなんですね。
それを肯定するというふうな近隣教というものが、
力を持っていったという大変残念な状況があるというのは、
背景としてわかっていたわけなんですけれども、
もう一つ大きなここでの指摘というものがあるのが、
仏教とかジャイナ教というのがどこで生まれたかというと、
ガンジス川流域だというわけなんですね。
すなわち農業生産が増大していって非常に豊かな地域なんですね。
ですので商業も発達しているところなわけなんです。
いわば余裕のあるところなわけなんですね。
仏教を守護する人たちというのは、
商人階層が多かったわけなんですよね。
今でもジャイナ教なんかは、
商人階層が多いわけなんですけれども、
そういう人たちが支持しているわけなんですが、
その裏表で仏教が衰退していった一員として挙げられているのが、
ローマ帝国が衰退していたというのがある。
するとそのローマと交易をしていて、
利益を得ていった商人階層というものもだんだん縮小していく。
それによって仏教も縮小していったということを指摘されていて、
なるほど、そういう背景もあったのかということに驚かされました。
インドというものを扱っていたら必然的なのかもしれませんけれども、
こういうグローバルヒストリーの視点といいますかね、
何しろ植民地になるというふうな歴史を辿っておりますので、
必然でもあるわけなんですけれども、
世界史という世界の中のインドというものの視点が明確に意識されて書かれているというのも、
この本の見どころではないかと思います。
ムガル帝国からイギリス植民地支配へ
私は知らなかったんですけど、
ムガル帝国というのは、
ムガルというのはモンゴルのペルシア語の派生から来ているわけなんですね。
モンゴルがムガルなんだというね、
そんなことも私知らなくて、
教わってお恥ずかしい限りなんですけれども、
そういうのを教わるのも、
いちいちちゃんとこうやってね、
語源的なことをね、
これは何から由来しているかということを抑えていく本書の書きぶりのおかげだと思います。
ムガル帝国自体も非常に興味深い内容なんですけれども、
後に繋がるところに重要な視点というのが、
ムガル帝国というのは、
少数のイスラームが大多数のヒンドゥを支配したという構図を持っているわけなんですね。
その構図が長期間存続したということがあって、
そのせいでという言い方をしてもいいかもしれませんけれどもね、
その頃、少数のイギリス人が大多数のヒンドゥを支配するというね、
その構図をそのままスライドさせるだけでね、
成り立たせることになったという指摘はね、
ああなるほど、歴史の皮肉だなというふうに思ったりしてしまいます。
イギリスが植民地支配する時の決定的な出発点となったのが、
プラッシーの戦いというのがあるそうなんですけれども、
ただ歴史的に描くだけじゃなくて、
それこそこれ一例なんですけれども、
著者のコリモツさんは、
プラッシーの戦いというのはインド史における関ヶ原のような場所なんだ、
ということを言ったので、
インド留学時代にプラッシーの見学に行ったんだということも書いているわけなんですね。
するとそのコルカタ駅から核液停車の夜行列車に乗って、
北上して150キロほど進んで、
関ヶ原のような日本だったら、
場所に到着したら雑草が追い茂るダダピロイノ原だったというね、
当時はプラッシー古戦場というね、
風化したような木札があるだけだったんだ、
ということを書いてくれているわけなんですね。
こういう記述ですよね。
こういうなんか血の通った記述があるから、
そうなんだと思いますので、
歴史的な場所というのは、
面影がなくったってそこに行く価値と言いますかね、
戸籍の価値というものを感じてしまいますので、
そこに行ったら、
知識として新たな何かが、
歴史記述の中に加わるわけではないかもしれないけれどもね、
やっぱり書く時のリアリティと言いますか、
切実さと言いますかね、
それが変わってくると思うので、
こういうことを書いてくれていると、
具体的には歴史の知識が加わったわけじゃないんだけど、
しかし確実に読みどころというものが増していると言いますか、
なんか血の通ったものになっているので、
これって大事だよなと思いますね。
やっぱりね、歴史学の人たちがフィールドワークを大事にしている、
やっぱりその場所に足を運ぶということの大事さというものを感じますので、
手触りと言いますかね、
現地の感触というものをよく伝えてくれているのが、
改めて見ることです。
セポイの反乱と歴史のリアリティ
有名なセポイの反乱というものもありますけれども、
そのセポイの反乱なんかも、
例えばきっかけなんかをこう書いてくれているわけなんですね。
何かというと、
新式のエンフィールド銃というものがあるわけなんですけど、
それに装填される薬莢がきっかけだったんだと言うんですね。
どういうことかというと、
薬莢を包むときに、
防湿のために包んでいる紙に油を塗ってやったわけなんですね。
その油というのが、牛とか豚の油なわけなんですよ。
牛はヒンドゥ教徒が神聖しているので、
その油なんてもってのほか。
豚はイスラーム教徒が忌避するものですので、
やっぱりもってのほか。
それを触るというので、
そんなことできないというふうな形で、
反乱のきっかけになったというね。
ちょっと思っても見ないきっかけですけれども、
しかし宗教観に根差している、
かなり切実なものだったということが分かりますのでね。
こういうとこですよね。
これをやっぱり教えてくれるだけでね、
歴史のリアルが浮かび上がってくるというふうな気がします。
ガンディー、独立、現代インド
近現代に入っていったら、ガンディーですよね。
のこともありますけど、
ガンディーのことに関しては、
ガンディーを主役にした本ばかりを今まで読んできたので、
そういう視点で見てましたけど、
この歴史の中でガンディーを位置づけていく、
助術するときに、
特にこの堀本さんの立場なのかもしれませんけれども、
必ずしも英雄誌だけしていない視点というものも書いているわけなんですね。
それは、なるほどそういう立場もあるんだというふうな形で、
反対する立場と言いますかね。
そういう見方も知れて、興味深いものでした。
またね、独立するというふうなところなんですけど、
そういうところでも、なるほどそういうもんかと思うんですけど、
こういう言い方知ってしまいますけれども、
イギリスがインドを手放したというのは、
ガンディーをはじめとしたインドの人たちの必死の努力というものが絶対あったというのは、
間違いないことなんですけれどもね。
イギリスからしたら、第二次大戦後の最終段階においては、
貿易においてね、イギリスが対インドで、
それまでは本当のドル箱と言います、
金の卵を産む鶏だったインドというものが、
第二次大戦後の段階になったら、
インドを植民地化して支配している方が、
貿易的には損をしている状況になっていたそうなんですね。
それで手放したということがあってね、
なんて身勝手なんだというふうに思ってしまいますけれども、
結局そういう経済的なことによって、
世の中が動いていくということをね、
まざまざと見せつけられていくようで、
志とかね、そういったものだけでは見えないね、
可燃によって動いている背景というものも知れますので、
一面的ではない姿というものも教えてくれました。
その後の現代となったらもう私ははっきり言って、
ネルとかは名前だけ知っていたような形、
それ以降のインディラガンディとか、
名前もかろうじて知っていて、
その後の現代なんか全く知らない感じだったので、
なるほどそうなんだというふうにね、
教えてもらったというところがあり、
そして現代にも続いていくという書きぶりになっておりました。
鳥の目と虫の目で描く歴史
このようになんとなくね、
知ったつもりでいたそのインドのことについては、
細部が非常に細かく、
しかも著者本人の経験とかも含めて書かれておりますので、
クッキーとすることによって、
目鼻立ちがようやく立ってきたというような気がします。
そして知らないことについてはもちろんね、
基礎知識をこれでやることができたということになります。
バランス感覚ですよね。
バランス感覚って言ったら、
いわゆる相場な的に全部当分に書いていくっていうのが、
バランス感覚がいいというふうに捉われるかもしれませんけど、
そんなことは全然違って、
そうじゃない。
本当のバランス感覚っていうのは、
細かいところは徹底してね、
個人的にも細部にもこだわって書く。
そして大掴みにするところは大掴みにしていくっていうね、
この出入りと言いますかね、
鳥の目と虫の目の出入りっていうものを
頻繁に繰り返していくことによって、
血の通った歴史になっていくんだっていう意味で、
この物語、インドの歴史の書きぶりというものはね、
大きな流れを描くときに、
何が必要なのかっていうことを教えてくれる気がしました。
物語と銘打っているように、
小説的なと言いますかね、
キストリーイコールストーリーと言いますかね、
その描き方っていうのは、
平均的に慣らした形で書くんじゃなくって、
細かいところと大掴みにするところとを、
何度も出入りしながら書いていくっていうことがね、
大事なんだっていうことをね、
教わるような書き方でしたのでね。
その書きぶりにおいてもね、
学ぶことが大きかったなというふうに思える読書でした。
本語は毎週日曜日更新です。
スポティファイ、アップルポッドキャスト、オーディブルなど、
各プラットフォームで聞くことができます。
継続してお聞きくださる方は、
ぜひフォローをお願いします。
以上で46回目を終わります。
17:58

コメント

スクロール