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おはようございます。やすです。今日もお聞きいただきありがとうございます。このチャンネルは、旅好きのやすが、人生楽しく生きるをテーマに、旅のことや日常の試行錯誤を現在進行形でお話ししているチャンネルです。
まず、事前にご案内です。今週末、私は合気道の合宿でちょっと出かけてきます。なので、明日はですね、共同生活をしているので、配信が撮れない可能性があるので、
お知らせをしてきますと、日曜日の夜には戻る予定ですので、21時15分からの定例のライブはやりたいと思っております。
連休の中日で、変則的なご予定で動かれている方も多いと思うんですが、もしお時間が許せば、遊びに来ていただけたら嬉しいです。
で、本題です。今日はですね、私が最近読んだ本でね、ほーへーと思ったこの本についてね、ちょっと紹介をしたいと思います。
こちらの本はですね、自分とかないから、教養としての東洋哲学という本で、新明Pさんという方がね、書かれた本です。
これですね、なかなか10万本も売っているということでね、たぶん平積みとかになっているんだと思うんですけれども、私はKindleで買ってみました。
で、この本ですね、どういう話かっていうとですね、まずこの著者の新明Pさんという方が、なかなかぶっ飛んだ経歴の方なんですよ。
東大を卒業してですね、成り物入りで大手IT企業に就職をしたんだけれども、そこでね、仕事がもう全然ダメ、できないということで早々に退職と。
で、じゃあもうね、移住だ、スローライフだってことでね、鹿児島のとある島に移住をして、そこでね、人肌あげようとやるんだけれども、これも全然ダメ、人間関係うまくいかずと。
それで、じゃあお笑いだってことでね、お笑い芸人になろうっていうことでね、R1グランプリとかに挑戦するも面白くなさすぎて一貫戦で敗退、愛想使われて奥様とも離婚、引きこもってお布団の中で暮らすみたいな、そういうかなりですね、尖がったそういうご経歴をお持ちの方です。
この方がですね、もうその自分に対してもどうしたものかと、もう悩み苦しみ哲学書を読みまくって、それでですね、そこに救いがあったと。東洋哲学を50冊読んだら救われたっていうね。
この本を書く前にノートにそうした記事を書いて、それが編集者さんの目に留まって書籍化されて、とっても今売れているという、そういう本なそうです。
私はですね、なんでこの本を手に取ったかと言いますと、これはゼロトレブでですね、お寺を継がれた女性の方、女性のお坊さんというんですかね、方がこの本を紹介してくださってたんですよ。
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私は常日頃ね、私はこれからどう生きたいのかとか、自分の幸せのためにとか、私私自分自分ってもうすごい言ってると思うんですよね。
で、もう最大の関心事は自分の将来っていう、もう本当にそういう感じだと思うんですけど、そんな私にですね、自分とかないからって、え?っていう。
え、だって自分は自分じゃんっていうふうに思って、なんか自分とかないっていうそのね、タイトルがまずよくわからないっていうところからあったんですが、今回ですね、これを読んで、
ああ、なるほどというふうに私はすごく思いました。で、この本は7人の古今東西というか、古今というか、まあ昔ですね。はい、今じゃないですね。
ブッダ、リョウジュ、ナーガール・ジュナっていう人ですね。あとロシト・ソウシ、ダルマ大使、神乱・空海。
どんな人かね、詳しくは知らないまでも、なんとなくうっすら聞いたことがある。歴史の教科書で来る太文字になっていたみたいなね、そういう人たちだと思うんですけど、
まあそうした仏教の大化の人の考え方をめちゃくちゃ、あの分かりやすく、そしてね、とってもポップな感じで紹介をしてくれるっていうね。
はい、なんか例えば、あのあれですね、ブッダの紹介というのはね、超ハイスペックな引きこもりブッダとかってね、いうタイトルになってたり、
論破しすぎインドのヒロユキ・リョウジュとかね、そんな感じのすごくキャッチーな切り口で紹介してくれてるんですけれども、
この自分とかないっていうのはね、一体どういう話なのかっていうと、そもそもそれはフィクションなんだっていう、私は私だと思ってるとか、あらゆるものっていうものは、
それがそういうことだよねっていうお約束ごとのもとになり立っているっていう話で、
例えばですね、その卒業式後の教室がらんとした、でもなんかそこで教室なんだけれども、一旦もう生徒さんを卒業させて役割を終えて、がらんどうな感じで、
もう一旦役割を終えた場所、そこがもうその空っぽな感じ、空な感じとかね、その仏教的な概念で言うという感じだったり、
あと富士山っていうのは、富士山って私たちが思っているけれども、富士山の教会っていうのはここが教会だよねっていうことを決めて、それでそのお約束ごとのもとに富士山っていうものが成り立っているので、
富士山は実はずっとつながっていて、本当は私の家まで富士山なのかもしれないみたいなね、そういう話が出てくるんでしょう。
あと自分が自分だと思っているけれども、自分というものは常に入れ替わっているので継続している自分というものはそもそも存在しないとか、
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なかなかこの概念って説明するのすごい難しい部分あるかと思うんですが、この本の中ではそういうとってもこうもやっとした概念をかなりね、
なるほどねって思うようないろいろな例で教えてくれるんですよね。
私はですねこの本を読んで、結局ね私はこれから先とかね、あの私ってとかね、私私自分自分ってすごい言ってるけれども、
でもなんかそういうすごく行き詰まっている時とか、それから何かもう自分と向き合おうとしすぎて疲れちゃってる時とか、そういう時にこの本ってすごく救いになると思います。
だってそもそも自分なんていうもの存在しないから、もう自分と思っているものフィクションだからとか、例えば会社って思っているものはそれもフィクション。
会社っていうふうにみんながそれを会社だと思っているけど、それはね単なるビルであり銅であり、自分の役割っていうものもそのね人との関係性によって変わってくるしみたいな。
はい、なので何かにねすごく囚われてちょっと辛いなみたいな時に、そもそもその悩んでいる概念自体はないっていう、すごい凶悪、もうすごい大逆転の考え方なんですよね。
なんかもうそうやって本当に袋小路にはまった人が、もうあらゆるものを読んで救われた考え方っていう、これはその新銘さんが救われた東洋哲学の考え方っていう意味だと思うんですけど。
はい、ということで今日は自分とかないからっていうね、この本について紹介しました。
なかなかですね、分かりにくい考え方の部分かもしれないけれども、何か行き詰まりを感じている時とかにこの本に出会うとすっごく救われた気分になるかもしれません。
最後までお聞きいただきありがとうございました。吉でした。