1. 続ごシュウ笑ラジオ
  2. 自分も人も責めちゃダメ?〜切..
2026-10-15 40:57

自分も人も責めちゃダメ?〜切り取った表現…

「(自分の)悪いところを責めちゃダメ」

っていう感覚に対して、たいきくんは矛盾のまま受け入れてて

その理由が「自分の欲求が満たされてるからいいじゃん」っていう…

 

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収録日:8月24日

 

#シュウ笑

#樋口塾

 

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サマリー

大輝は、個人の欲求を満たしたい気持ちを手放すのが惜しいため、自分を責めるべきではないという矛盾を抱えたまま受け入れていると話します。二人は、他人や自分を責めても、本人が心から納得しない限り反省や変化にはつながらず、表面的な謝罪や嘘を強めるだけではないかと考えます。しゅうは『叱る依存が止まらない』や、幼少期の虐待と犯罪に関する『ティーチャーティーチャー』のエピソードを例に、外から責めることは逆効果だと説明します。大輝は、自分や犯罪者を責めてはいけない理由として、個人だけのせいではなく尊厳を傷つけるからだと整理します。 後半では、個人の欲求と社会全体のバランス、そして対話の位置づけについて話します。しゅうは、言葉は全体の一部を切り取った表現にすぎず、同じ事柄が文脈によってスタートにもゴールにもなり得ると説明します。原因が結果になり、その結果が次の原因になるという仏教的な因果のイメージによって、大輝はこの考えを理解します。さらに、全体がうまく回ることを意識しながら個別の事例を考える姿勢や、自我と社会への理解には人文学の知識だけでなく日常的な意識が必要だという問題提起に話が広がります。

自分を責めない理由と欲求の矛盾
スピーカー 1
前回からの続き。
スピーカー 2
矛盾のまま受け入れている理由のでかい部分として、自分の欲求が満たされているからいいじゃん、というふうに思っています。
伝わってます?
スピーカー 1
いや、わからなかった。自分の欲求を満たせているからいいじゃん。
理想状態の自分もいるし、責める自分もいて、責めちゃダメっていう自分もいるけど、そうして今幸せに生きられているから、まあいいか、みたいな話ですか?
スピーカー 2
うーん、違うな、どうしよう。
違うっていうのは、自分が幸せじゃないっていう意味ではなく、もちろん自分は幸せなんですけど、
強い言葉でしか喋れないな、なんでだろうな。
あえて強い言葉を言っちゃうと、そこばっかりに…
確かに。
なんですか?
スピーカー 2
フォーカスして、言いたいことそうじゃなかったのになっちゃうことってありますよね。
まあこれはちょっと話が変わるんで。
矛盾のまま受け入れるっていう状態は、それがいいからじゃなくて、
なんて言うんだろう…
だから、自分の欲求を手放す、自分の個人の欲求を満たすこと、行動を手放すのが、多分惜しいんですよね。
スピーカー 1
惜しいから。
欲求を満たすことを手放すのが惜しい?
欲求を満たしたいから?
スピーカー 2
そうそう、満たし続けたい。
矛盾のままにしとこっていうことがたくさんあります。
スピーカー 1
難しいですね。
難しいばっかり言ってる。
スピーカー 2
逆効果っていうのは、逆効果かもしれないです。
結局解決してないので。
スピーカー 1
逆効果っていうのは、攻めることに対してよ。
でも大輝くんはさらに、攻めちゃダメもいるっていう話だから難しいなってなってるんですけど、
大輝くんの中では、ちょっと一個ずつ分解してしゃべりたいんですけど、
攻めちゃダメは、何か理由があってそうしてますか?
スピーカー 2
今直前で思ってたんですけど忘れちゃいました。
理由というか感覚的なものなんですけど、
恥ずかしいな、どう言えばいいんだろう。
僕のせいじゃないと思ってるんですよ、それはもう。
個人の欲求を追求するのって、
スピーカー 2
僕のせいじゃなくて、僕はこのあらゆる人以外の他者との関係性の中で、
僕がそのような欲求を抱いてしまって、その欲求を満たせる状況になってしまっているので、
僕だけのせいじゃないから、そんなに自分のことを責めても意味ないって思ってるんですよね。
スピーカー 1
っていう恥ずかしさ。
恥ずかしさ。
スピーカー 2
恥ずかしいっていうのは、言い訳にしてるなって思われたらどうしようみたいな恥ずかしさです。
スピーカー 1
二重構造になってるんですね。
スピーカー 2
結構二重というか、何でもなってません?ミルフィーユ的に、感情って。
スピーカー 1
まあなってはいるけど、それが、
責めちゃダメっていうのがあって、それの理由があるのかなっていう意味で僕聞いたんですけど、
さっきの大輝くんの答えによると、
責めても意味ない、みたいな答えが出てきたと思ったんですね。
自分のせいでもないし、みたいな。
スピーカー 2
意味ない、意味ない。
スピーカー 1
意味ないみたいな表現が出たかなと思ったけど、間違ったかな?
スピーカー 2
僕意味ないって言いましたっけ?
スピーカー 1
言った記憶だったけど違ったかも。
もう一回今の感じで表現してもらえたら、
責めることが反省や変化を生まない理由
スピーカー 2
僕のせいじゃないから責めちゃダメって思ってるんですけど、
スピーカー 1
ダメ、ダメなんだ。
スピーカー 2
これは別に自分じゃなくてもそうですよねって思ってて、
Aさんが個人の欲求を満たすために何かをした時に、
スピーカー 2
自分とその人を僕に当てはめるのと同じ理由で、
責めちゃダメって思ってます。
ただ意味ないかどうかはちょっとわかんないですね。
責めたくはなりますけどね。
でも責めちゃダメだなって思ってます。
スピーカー 1
その理由が今の文章ではまだくっきりはしてない気がしてるけど、
ちなみに僕もさっきまで喋ってて、
そろそろこれに向き合わなきゃなーって僕言ったんですけど、
本当はたまに頭の中で考えてる時は何回か出てきてて書き残してないから、
こうやって喋った時にポンと出てこないっていうレベルだったんだなーってわかったんですけど、
さっきまさに大輝くんが言ってくれたように、
スピーカー 1
自分じゃなくて人に対しての態度で考えたら僕の場合はわかりやすくて、
僕の場合というか大輝くんもそうだったんでしょうけど、
同じ構図で考えた時に、
僕はその逆効果って言ってみたり責めちゃダメっていう理由は割とくっきりしていて、
ただその事例をね、ちゃんと引っ張ってきて出せない気がするんですけど、
ティーチャーティーチャーのかなり前のエピソードで、
犯罪を犯してしまった人のちっちゃい頃のトラウマみたいな話をなんか聞いたんですよ。
トラウマというか、ちっちゃい頃に虐待されていたりとか、
なんか悪いことをした時にそれを責められて、
スピーカー 2
で嘘をつくのが上手くなっていったみたいな、なんかそんな感じのエピソードかなー。
スピーカー 1
多分割と序盤の方だから聞いてる人が多いんじゃないかなって思って、
今ちょっと僕ティーチャーティーチャー追いかける時間なくなっちゃってるんですけど、
それがもうそうだよなーって僕思ってて、
スピーカー 1
責めても、その子供、責めた対象の子供は、
本人がそうだよねって思わない限り、表面上の嘘が上手くなるだけなんですよね。
反省したふりをするというか、実際反省の言葉を言ったら許されちゃうし、
みたいなことで、将来大人になって犯罪を犯すみたいになっちゃって、
で結局どういう内容だったか忘れちゃったけど、
その犯罪を犯した後に話をめちゃめちゃ聞いてもらって解きほぐしていったら、
本音として、心から自分が思っていることが出てきて、
そこでやっと始めて本当に自分が悪いことをしたんだって理解できたみたいな、
なんかそんな感じの、ちょっといろいろ間違ってる可能性高いんですけど、
そういうエピソードがあったりとか、
『叱る依存が止まらない』と自己否定
スピーカー 1
あとはだいぶ前にこの終章でも話したんですけど、
叱る依存が止まらないっていう本を読んで、
叱る側の方が叱ることに依存しているだけで、
実際には叱ることには効果がないってことが立証されてますみたいな本だったんですよね。
おもしろそう、初めて聞きました。
スピーカー 1
いやいや言ってるんですけど、しかも2回くらいは出してる最低。
それもあって、実際だから叱るというか、
何か悪いことをその人に理解させることに外側から外圧をかけても、
マジで意味ねえって思ってる。
本人が心から、あ、わりかとしたって思わない限り、
スピーカー 1
全く意味ないって思ってるので、
自分の悪い面に対してもその同じ構図が当てはまるって思ってるんですよね。
だから僕は自己啓発セミナーの時に、
自分の悪いところを嫌ってるうちは治らないっていうやつが、
後々しっくりきたんだなっていうふうに今はその話と紐付けて考えてるんですけど、
そういう意味での、
責めることが良くないし逆効果っていうのを、
僕の中ではそういう明確な理由があって、
そこが大輝くんとは違ったのかなって思って、
大輝くんの理由の方が若干不透明というか、
そんな風に感じたもんで、
そこをもうちょっと聞けたら嬉しいなって思ってるっていう感じかな。
オーバー?
スピーカー 2
自分の理由、僕の理由、何を聞きたいんでしたっけ?
スピーカー 1
要は責めちゃいけない。
スピーカー 2
責めちゃいけないって思ってる理由です。
責めちゃいけないって思ってる理由は、
そうですね、そこまで聞いたらさっきのしゅうさんの責めても意味ないに近くなりましたね。
近くなったというか、責めても意味ないって言い換えても大丈夫です。
スピーカー 1
自分のことはこんな感じ。
スピーカー 2
言い換えてもいいし、言い換えなくてもいいですけど、
なんで責めちゃダメって僕が自分のことを思っているか。
なんでなんですかね。
自分、責めても意味ない。
この、叱ると責めると嫌うはほとんど一緒ですか?
スピーカー 1
僕はaboutに使っちゃってますね。
スピーカー 2
なんか、責めると叱るは結構一緒かも。
嫌う、嫌う、嫌う。
スピーカー 2
言葉の語義的なところなんで別にほっとけばいいか。
スピーカー 1
ほっといてもらえると非常に助かります。
スピーカー 2
叱る依存が止まらないの文脈での叱るが意味ないっていうのは、
意味ないっていうのと、自分のことを責めても意味ないっていうのは、
対象が他者か自分かってだけでありますっていうことですかね。
そうですね、僕はそういうふうに使ってます。
スピーカー 2
叱ると責めるがそれで一緒ってことは、じゃあそうですね。
あ、わかんない。この叱る依存が止まらないの本の中で、
なんで意味ないって言われてるかがわかんないけど、
子供の尊厳とかを傷つけちゃうからみたいな感じですかね。
いや、実際に効果がないことをその本では、
スピーカー 1
たぶんなんか統計家なんかとって実証してたような気がしますけど、
僕はでもそれの結果がこうだからみたいなのより、
直感的にそう思うっていう、自分の人生経験と照らし合わせて、
そう思うっていうのを根拠にしてますかね、僕の場合は。
なんか、責められたときに本当に心からそうだって自分、
責められたから思ったみたいな経験ほぼしてないです、僕。
嫌だな、怖いって、だから謝るしかないって謝るみたいなことはしたとしても、
自分が心から悪いことしたって、自分発信で先に思ったのと偶然一致してる場合はあったかもしれないけど、
そうじゃないときには、それによって本当に自分が変われたことがないですね。
スピーカー 2
確かに、そうですね。僕もそうかも。
なんかその偶然一致してることはあるかもしれないけどっていう補足がなければそんなことないなって思ってたんですけど、
確かに偶然一致してるだけかもしれないです、僕が今までその本当に反省できたときって。
スピーカー 1
そうなんですよ。自分が元々悪いことしたって思ってて、責められたらそうだよねって思うんですけど、
そうじゃないときに責められてもそうだよねって思えたことは僕ないです。
スピーカー 2
そうですね。その瞬間は何か言い訳みたいなのがわーって思いつきますもんね。
確かにそれはそうですね。
シカルが逆効果、シカルが逆効果。
スピーカー 1
メモを整理しながら聞いてくれてるって感じですね。
スピーカー 2
そうですね。言葉に結構気を取られてしまってますね。僕のシカルっていう言葉が何を指してるんだろうっていうのは。
何回か前っていうかもう結構前ですけど、この話したなと思って。シカルと怒ると。
スピーカー 1
結構前ですね。
スピーカー 2
めちゃくちゃ前ですけど。
なんでこのシカルが何を言ってるんだろうっていうのがまた別でちょっと考えてしまっているんですけど、
そこをうやむやにして人を責めることと自分を責めることは意味がないし逆効果っていうのは、
そうですね。自分の経験としても逆効果ですね。
ですけど僕が思ってたのは、言ったのはそういう思いっていうよりも、
なんかその自分のせいっていうかその人個人のせいじゃないからその人を責めた。
その人の尊厳が傷つくからダメっていう感じでした。
でその人が僕のこともありますし、僕の尊厳が傷つくからそんなに責めちゃダメだし、
犯罪者の尊厳が傷つくからそんなに責めちゃダメだっていう思いですね。
最初の責めちゃダメって思ってる理由としては。
スピーカー 1
なるほどなるほど。だいぶくっきりした気がして嬉しいです。
スピーカー 2
尊厳の漢字が書けないです。
スピーカー 1
尊いに厳しいかな?厳しいかな?
でもなんか途中で話が変わった気がしてるけど、元の話が思い出せないな。
元はこんな調子。僕もメモしながらしたほうがいいのかな。
個人の欲求と全体のバランス
個人と個人の欲求と全体のバランス、僕も矛盾することがあるっていうところぐらいですかね。
スピーカー 1
まあでもその話、個人と世界のバランス、個人の欲求と世界のバランスの話と、僕は対話でアナロジーを感じてっていう話から流れたんですよね。
スピーカー 2
アナロジー、対話をしたいっていう個人の欲求ですか?
個人の欲求と世界のバランスっていうのが、世界のバランスの方がベースだよねっていう話のアナロジーとして、
スピーカー 1
対話をしたいっていうのと、
対話したいというか、2人で対話を成り立たせるっていうことと、自分の話したいことを言いたいっていう。
スピーカー 1
そこに同じ構図があって、そこが解決できたら両方うまくいく気がするっていう話を自分が知って、
それで解消された、大輝くんの疑問というか問題提起は解消されたっていう話の流れから来たんですよね、自分を責める責めないの話。
自分を責める責めないってどっから出てきたんだったか。
スピーカー 1
えー、どっからでしたかね。そこがわかんなくなっちゃった。
スピーカー 2
なんででしたっけ。何かが僕、僕がこのしゅうさんが冒頭で言った個人の欲求と全体のバランスにもう1回触れたんですよね。
これと繋がりますって言ったんですよ。
そのことは覚えてるんですけど、何とこれが繋がったのかが覚えてる。
すいません、僕も聞いてるはずなのに忘れましたね。
スピーカー 1
なるほど、対話って難しいですね。
スピーカー 2
難しいですね。で、僕思ったのが、なんかこの対話を成り立たせたいって、
スピーカー 1
うん。
スピーカー 2
なんですか?
あんまり思っ…え、違うね。
対話を、この今、目的として対話をどうしようみたいな話になってる。
なんか、なんて言うんですか。対話って結構手段でした、僕の中で。
ほう。
だから対話を目的とするっていうのが結構新鮮でしたね。
スピーカー 1
え?
スピーカー 2
対話をしたことによって、対話をすることによって、なんか僕が持っていた情報とか前提とか思いとかが書き換えられたり、役もしかりによって、
より良い世界に一歩近づくみたいなのを目的としてる感じでした。
スピーカー 1
うんうん、それはそう思って聞いてた気がするけど。
スピーカー 2
うん。だから、対話を成り立たせることをベースで、同じこと言ったよな、新鮮ですって。
スピーカー 1
新鮮?
僕もでもあんまり目的として置いたつもりもないんですけどね。
構図としてそう見えるっていう話をしてるだけで。
その対話をうまくいかせたい2人がいたとしたら、
スピーカー 1
2人とも、大輝くんが言ったみたいな目的は、世の中が良い方向に向かうことかもしれないじゃないですか。
実際僕はそういう意識を持って対話も見てたりするので、
さっきの話の例としては、対話をうまくいかせたい意識の2人っていうそこだけ切り取って喋っただけで、
それが最終目的みたいに言ったつもりは僕なかったから、
あんまり新鮮。
スピーカー 2
そうか、じゃあ僕の受け取り方が雑だっただけか。
確かにベースっていうだけですもんね。ゴールではないか。
スピーカー 2
スタートですね。
切り取った言葉のスタートとゴール
スピーカー 1
そうですね。どこのどういう話であっても、やっぱりどうしても一部を切り取った表現になってしまうから、
スタートっていう風に言えなくもないし、ゴールと言えなくもないしみたいに、
切り取り方によってはそう言えなくもないんだよなーみたいに感じるんですよね。
スピーカー 2
ゴールにもなり得るってことですか。
スピーカー 1
文脈によってはそういうこともあり得るんじゃないですかね。
スピーカー 2
対話を成り立たせてゴールっていう意味?
スピーカー 1
今の問いかけの時点で、その切り取った何かが全てを表してるみたいに受け取られてる気がすると思って、
僕は全体をいつも見ようとしていて、その全体の中の一部を、
スピーカー 1
じゃあ例としてここをこういう風に話すみたいな話をした時に、
どっちの表現になるかはその時によって違うよねっていうようなことを言いたいだけなんですよ。
スピーカー 1
切り取り方によって。
もう一回いきますか。
ちょっと違う表現になるかもしれないですけど、
ごめんなさい。
燃え尽きる前のロウソクかもしれないんですけど。
スピーカー 1
僕の話をしたほうがわかりやすいかな。
僕はいつも世の中が全体としてうまく回ることを意識しながら喋ってますっていう気分はもう大前提としてあるんですけど、
いつもそのスコープで全体の話ばっかりしてるわけにもいかないから、
その中で細かい具体的な事例の話もどんどん出てきますと。
でもそれは自分の世界観の中でこう感じるみたいな、
全体としては大きな全体がうまく回ったらいいっていう雰囲気、空気の、僕の意識の中でどう捉えるみたいな、
スピーカー 1
現れ方がいろいろあるわけですよね。
それもその日の気分によったり体調によったりもするけど、なんとなく全体としては、
少なくとも今は全体として社会全体がうまくいく方向で考えてるんだけど、
その時の個別具体の事例に対して何をスタート地点にして何をゴール地点に置くかみたいなのは、
その事例をどこでどういうふうに切り取ってるかによって表現が変わってくるから、
下手したらその表現が真逆になることすらあるみたいに思ってるんですよ。
スピーカー 1
だからあんまりそれがスタートであるかゴールであるか目的であるかみたいなのは、
全てを表す結果みたいな唯一無二の答えではなくて、
その時の切り取り方でこれを表現したらそういう表現になったけど、
それで何かしら伝わったらいいなっていう程度のものでしかないから、
なんかそれが唯一の答えっていう感じじゃなくて、
あくまで切り取った時にそんな表現が出てきました程度のもんって思ってますっていう話かな。
スピーカー 2
なんか全然、正直全然意味がわからないんですけど、
意味がわからないんですけど、このスタートとかゴールとかどっちでもいいって思ってるって、
時に応じて変わるって思ってるって理解します。
スピーカー 1
まあまあ結果としてそうですね。
その時はそこをそんなに大事にしてないっていうことですもんね。
スピーカー 1
こっちがスタートでこっちがゴールだっていうのをドキドキでしか。
大事にしてないけど、大事にしてないっていうのは、
どっちかっていうとそれを大事にしてないっていうよりは、
全部変化し続けながら全体をうまく回していくみたいな、
そっちのイメージが近いですかね。
固定されてなくて流動的だっていう意識の現れっていうかな。
なんかこう、言語で何かを伝える時って、
その言語の裏にある自分で言ったら世界がうまく回ったらいいよねっていう意識?
みたいなものを伝えるための道具に過ぎないって思ってるんですよ。
道具に過ぎないし、そもそも言語化した時点で若干ずれてくるみたいに思ってるから、
完璧じゃないけどそんな中で長々喋ってたら何か伝わるよねって思ってるから一生懸命喋り続けてるんですけど、
そういうふうに喋ってる時に一部分だけを切り取った時の表現が、
ある時はスタートになってある時はゴールになるみたいなことは往々にしてあるよなって思ってるんですよ。
目的と言えなくもないし、
うまい例が出ないけど、
その時その話としてはその、具体例がないとあれだな、具体例がないからなかなかうまく言えないんですけど、
マジ逆になることって余裕であるなって思ってるんですけどね。
スピーカー 2
どう想像しようっていう感じですね。
スピーカー 1
具体例は相変わらず出せないんですけど、
原因と結果が連続するという理解
スピーカー 1
仏教ではその原因と結果が連綿と続いていくみたいな表現されるんですよね。
で、ある原因があって、ある結果が出るじゃないですか。
スピーカー 1
でもその結果が、次の何かの原因にまたなる。
ってことは、ある状態というか、出来事が原因でもあり結果にもなったり、それは切り取り方によって変わるじゃないですか。
そういうイメージが近いかな。
スピーカー 2
その因果の話はめっちゃ分かった。
めっちゃ分かった。
スピーカー 1
で、しゅうさんの言いたいことが、さっきの8000倍くらいよく分かったんですけど、
スピーカー 2
最初にその対話を成り立たせたいっていうのがスタートでもゴールでもないっていうのが、繋がってないです。
スピーカー 1
えー、全くそれに対しては、それにも、それ以外の事例にも全部それが当てはまると思って生きてるんですけど、なんでその対話のだけ当てはまらないんだろう。
スピーカー 2
対話を成り立たせたいっていうゴールっていうのが、どういう意味ですかね。
対話を成り立たせるゴール。対話が成り立ったらゴール。
スピーカー 1
いやいや僕はだから、表現がどうなるかはその時によって違うって思ってるから、ゴールになる例はどういう文章があるかなっていうのはこれから僕も考えないといけない。
なるほど、じゃあ分かりました。やっぱり僕この、そういうことですね。そういうことですね。分かりました。
スピーカー 2
言葉で結構捉えちゃってました。
スピーカー 1
何で納得できたかちょっと分かってない逆に。
スピーカー 2
いや、なんか対話を成り立たせたいっていう、そのなんていうんですか、その欲求でゴールってどういう意味だろうって思ってて。
その表現方法というか言葉を変えたら、それは全然成り立ちますね。
スピーカー 1
あー、そうっすか。
スピーカー 2
めっちゃ分かりました。
えー、そっか。ちょいちょいこういうことが、あーって大輝くんが分かってくれたって思うけど、何で分かってくれたかはあんまり分かってないことが多いんだけど。
スピーカー 2
えーっと。
スピーカー 1
まあまあ、しゃあないですよね。
僕が分かってなかったのはこの、対話をしたいっていうベースでもなくて、対話をしたいっていう目的でもなくて、
スピーカー 2
まず僕が言ったのが対話をしたいっていう目的じゃない、対話を成り立たせたいっていう欲求があまりなかったから新鮮だったなっていう話から、
まあ、しゅうさんももともとそういう思いではないよね。そこがゴールではなくてっていう話を僕がそのように受け取って、
受け取って、対話を成り立たせたいっていうゴールではなくてスタートだっていう受け取り方をした。
スピーカー 1
なるほど。
なるほど。
スピーカー 2
で、えーっと、スタートではなくてゴールですよねって多分僕が確認のために聞いたんですかね。
スピーカー 1
あー、そっかそっか。
ちょっと覚えてないけど。
スピーカー 2
でも、ゴールではなくてスタートですよねって聞いたけど、ゴールでも大丈夫、大丈夫ってゴールにもなり得るって言ったんで、対話を成り立たせたいっていうその欲求がゴールって、
どうやって欲求でゴールって言えるんだろうと考えてもスタートなのにっていう風に思ってました。
スピーカー 1
なるほど、なるほど。
なんでその因果の話とかの話は、因果の話とかの話?因果の、因果って説明しましたっけ?原因と結果か。
スピーカー 1
原因と結果だからまあ因果でいいですよね。
スピーカー 2
原因と結果の例えはすっごいよくわかったんで、そっから急激に理解できましたね。
スピーカー 1
あー、よかった。
うん。
でもちょっとどう流れてきたかは正確には思い出せないんで。
スピーカー 2
確かに。
スピーカー 1
取れないんですけど。
どうしようかな。もうちょっと時間あるから、全然話題変えちゃうか、なんとなく延長で転がすかみたいに思ってるんですけど。
スピーカー 2
そうですね、この個人の欲求と全体のバランスの話ってなんか深掘れます?
自我・社会・ウェルビーイングへの問題提起
スピーカー 1
うん、僕これ多分ね幻会議のみたいにして書いてるやつ?
まあそれに、
スピーカー 2
これですか?
スピーカー 1
ちょっとつながるかな。
スピーカー 2
じゃあちょっと読みますね、すいません。読むっていうのは目読みします。
スピーカー 1
させん。
ちょっとねー、強い、強いというか。
スピーカー 2
えっと、これ何ですか?CNCって何でしたっけ?
スピーカー 1
コミュニティナースかな?
でも僕もどうやって書いたか忘れたから今読んでます。目読してるっていう。
読み上げた方がいいかな?
スピーカー 2
確かにそうですね。
スピーカー 1
ちょっと強い表現になっちゃったかなっていうのが気にはなるんですけど、一応読んじゃいます。
幻会議の28ポスト資本主義についてを何回か聞いている。
まあね、ポッドキャストってダウンロードできちゃうのでこういうことができちゃうっていうあんまりよろしくないことを言っちゃってるんですけど。
本来おそらく理想的な人間関係とウェルビーイングのあり方っていうのはまさにブッダが指摘していることでもあり、
CNCが体現していることでもあるのは、その瞬間瞬間の全体を見渡して最もやった方がいいことをやっていればいいだけのはず。
コテンが指摘しているのは、それをやるためには自我と社会に対する深い理解が必要だから人文学を使ってくださいっていうことを言ってる。
っていうふうに言われてて、それを聞いてたときに考えるきっかけになって、自我と社会に対する深い理解が必要っていうのは僕は完全同意してるんですけど、
ただ、人文学を使うかっこというか知識を得るとか勉強することも有効なんだろうけど、自我かっこまなしき。
まなしきの説明としてかっこしてわかっちゃいるけどやめられないっていうふうに僕書いてますけど、自我かっこまなしきと向き合うこととか、
社会を常に意識するのは勉強じゃなくて意識の話なんじゃないかって感じてるっていうのがまずはあって、
それに続けてこれはもう一個次の問題提起というか疑問の話になるんですけど、
とはいえ、シュウがその意識にたどり着いたのは偶然というか既知としてのHSPがあるから、他の人にどう適応されるかはまだイメージできていないっていうふうに書いてるんですけど、伝わりますかね?言いたいこと。
スピーカー 2
うん。すんなり伝わります。
スピーカー 1
あーはいはいはい。あれ?でもこれあれか。話別に繋がんないのかな?
スピーカー 2
えーっと…
スピーカー 1
繋がるかなと思って。
スピーカー 2
なんか直接は繋がらないかもしれないですけど、でも繋がってそうですよね絶対に。
スピーカー 1
うーん、僕はどうしても一番気になるのが前提としての社会全体がうまく回っていってないとまずいよなっていう危機意識があるから、そこが繋がってると思っては。
はいはいはい。
40:57

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