2025-05-15 15:18

#48 自分を責めてしまう癖がやめられない~悪循環から抜け出すヒント

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48回「自分を責めてしまう」という悩みは、Yahoo!知恵袋でも非常に多いご相談。当番組「だれせめ」のメインテーマでもあります。マインドフルネスや禅の概念に触れながら、自分を責める癖から抜け出すヒントになることをお話しています。 こちらもおすすめ → #49 「自責と他責」どっちがお得?傷つけ合わない関係性のヒント

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この番組は、臨床心理士の「ゆ―こさん」とキャリアコンサルタントの「ぼーちゃん」の二人が 「だれせめ」-だれも責めないコミュニケーション-を使って、お悩みやお困りごとの解決のヒントや応援メッセージをおしゃべりでお届けしていきます。
木曜夜更新

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#自分を責める #自己否定 #マインドフルネス #自責

サマリー

このエピソードでは、自分を責める癖や完璧主義がもたらす悩みについて語り、考え方を変える方法や気づきの重要性を考察しています。特に、責めることから抜け出すためのヒントや、自分を受け入れることの大切さに焦点が当てられています。また、自分を責める癖に苦しむ人々へのアドバイスが提供され、自分の見方を変えるためのマインドフルネスが強調されています。さらに、情報リテラシーの重要性と、どのように受け取るべきかについても議論されています。

自分を責める癖がやめられない
スピーカー 1
みなさん、こんにちは。だれせめ相談室のお時間です。
だれせめ相談室室長で臨床心理師のゆうこさんです。
スピーカー 2
キャリアコンサルタントのぼーちゃんです。
スピーカー 1
この番組は、ゆうこさんとぼーちゃん2人が、
誰も責めないコミュニケーション、だれせめを使って、
お悩み・お困りごとの解決のヒントや、元気になるメッセージをお届けしていきます。
スピーカー 2
今日の誰せめのテーマは、
自分を責めてしまう癖がやめられないというご相談です。
いつものように、ヤフー知恵袋からピックアップさせていただきました。
自分を責めてしまう癖がやめられないです。
なんでできない?なんで不安を感じる?など、ずっと責めていることに気づきました。
自分を受け入れられない。自分がかわいそう。
責めすぎて病気にばかりなっています。
変わりたいのに変われない。人生、後悔しそうです。
というご相談の内容でした。
完璧主義とその影響
スピーカー 1
自分を責めてしまうということ、あるいは、
責めてしまうことをやめられないというご相談は、
多分、ヤフー知恵袋上でもすごく多いし、
一般の悩みとしても多いテーマですよね。
スピーカー 2
そうですよね。あふれてません?
スピーカー 1
よく聞くね。普段からね。この言葉は。
スピーカー 2
私たちの誰責めのメインテーマと言っても過言ではない。
スピーカー 1
過言ではない。
この方は、責めてしまって病気にばかりなっています。
変わりたいのに変われない。
つまり、ご本人としては、やめたいし、責めるのやめたいし、
変わりたいし、もう病気になりたくないという思いを持っていらっしゃるので、
それはでもすごく良い方向性を持っていらっしゃると思いますよね。
気がついていらっしゃる。これじゃあまずいだろうなというところにね。
そうそう。これじゃあ自分がかわいそう。自分を受け入れられていない。
そして自分のどうなりたいというニーズが見えていらっしゃるので、
もうそこまで来たら、あとはもうだいぶ前向きにいける話なんですよ。
むしろ気づいていない場合の方がひょっとしたらしんどいのかなと思いますよね。
スピーカー 2
そうですよね。私もそっちの方の人なのでよくわかるんですけど、
全部自分が悪い、自分が悪い、自分が悪いっていうので、
終わらせてしまおうとしてしまう。
自分のせいにすればこの話は諦められる。
でも他に責めることにエネルギーを使いたくないという部分もあるんじゃないかなと思いますね。
スピーカー 1
そうなんですよね。だから自分を責める以外のやり方もわからないし、
かといって誰かを別に、人を責めるっていうのもそういうチョイスはしたくないっていうね。
すごいそれはとてもいいことなんだけど、
結果病気になるぐらい自分を追い込んじゃう考えでもあるので、
さじ加減を何とかしたいっていう悩みはたぶんいっぱいあると思うんですよね。
これ責めるってどういうことかなって考えてみると、
このご相談者さんの言葉を借りると、
なんでできない?なんで不安を感じる?っていう疑問形が入ってるんですが、
これをひっくり返してみると、なんでできない?をひっくり返すと、
できることしかない状態ってことになりますでしょ。
なんで不安を感じる?不安を感じるなんていけないよって自分に言ってるとしたら、
じゃあ不安を感じない人っていないじゃないですか、人間じゃないじゃないですか。
スピーカー 2
怖い怖い、AIかっていう。
スピーカー 1
そう、サイボーグみたいになっちゃうし。
理屈で言うとそういうことで、
いけなくないことを人生のどっかの段階から、
それは良くないことであるいはいけないことだっていうふうに、
なんとなく思っちゃってるまま、それを維持しちゃってるっていうことなんだと思うんだけど、
別にできないことの方が一人の人間のできないことが多いし、
不安にならない人間なんて一人もいないので、
全部ひっくり返していくといいっていうのが、
これ理屈の話ですけどね、
自分を責めてしまう時の自分に向ける辛辣な言葉をひっくり返してみると、
なんて無謀なことを私は自分に求めてるんだろうっていうのに、
ちょっと気づけるかもしれないなっていうふうにも思いますね、一つは。
スピーカー 2
ちょっとお聞きしたいんですけど、
自分を責めてしまう人って完璧主義っていう意味もあるんですか?
考え方の変化と成長
スピーカー 1
そうですね、結果として完全な姿ではないですか、
ひっくり返すと悩みがないとか、できないことがないとか、不安がないとかっていうことになっちゃうので、
それはすごい完璧ですよね、完璧な存在なので、
完璧主義っていうことにすら気づいてないかもしれないですけど、
結果として完璧主義的な発想になっちゃってるっていうのは多くあることかもね。
スピーカー 2
だからできないっていうことで自分を卑下しちゃうわけですね。
スピーカー 1
でもね、ある意味できそうなことについてしか自分を責めないじゃないですか、
例えば絶対できないこと、私ってバック転、2連チャンできないんだよねって、
こう自分を責める人はいないじゃないですか。
だからちょっとなんならできそうかもっていうことに対して、
あるいは人はできてるのに私はできてないみたいに比較したりなんかして、
なんで私できてないんだろうっていうふうに思うと思うんですけど、
でもバク転もそうだし、例えばすごい達筆な習字のような文字とかでもそうだし、
なんかねそこは範疇にみんな入ってないわけですよね、できないって自分を責める時も。
スピーカー 2
そうね、やっぱり自分の目の周りのことを考えて比較してると思いますね。
スピーカー 1
そうなんですよ。だからそれはそんなに嘆かなくてもいいことかもしれない。
例えばできないけどできるようになりたいなって思うことだったら、やってみるとちょっと進歩するかもしれないし、
鼻からも爆点のように鼻からどっちにしてもできなくていいやってことで悩んでるかもしれないので、
これは私はどうしたいと思ってるんだろうっていうふうに自分のニーズを振り返ると、
なんだできなくて別にいいじゃんってなるかもしれないし、
そりゃ世の中できる人はいるかもしれないけど、大谷翔平のようにみんながなれるわけでもないし。
そうね、無理だわね。みんながなっちゃったら逆に怖い世界だわ。
だからフォーカスがそっちにいってるってことだと思うんだよな。
できてないところとか、良い悪いで自分を見ると悪いところみたいに欠点とかね、そこに目が行ってるんだと思うけど、
でもそれって自分の中のありとあらゆる考えとか、ありとあらゆる行動とか、ありとあらゆるやってることの、
めっちゃほんの一部だと思うんですよね、それって。
例えばなんかできてないというとしたら、例えば職場でね仕事が、大体の人は多くの人はこれを30分ぐらいで片付ける仕事が、
例えば自分は1時間かかっちゃったとか、なんで私ってできないんだろうみたいになるとしても、
もうその30分で片付ける仕事が1時間かかっちゃうこと以外の残りの99.9%は別にそんなまずいわけでもなかったりとか。
スピーカー 2
そうですよね。だからフォーカスがそこにどんどんどんどんそこの部分だけにフォーカスされてしまうと、そこができないってことで全部を否定してることになってしまう。
スピーカー 1
そうそうそう。できない人みたいに全体が見えちゃってきて、
そういう見え方の問題ね。自分のフォーカスの当て方の問題で、実はなんでもないことが気になってるってこともあるし、
あとね、変わりたいのに変われないでしょ。この考え方を変えるっていうのは結構難しいんですよね。
考え方を変えるっていうのも、変えたいっていうのも考えじゃないですか。
考えで考えを変えるっていうのはこれはね、至難の技。
スピーカー 2
特にね、この自分を責めてしまうその考え方って、成長の早い段階でついてしまうっていう考え方だと思うんですよ。
やっぱりそれを急に変えるっていうのはなかなか難しいですよね。
スピーカー 1
そうそうそうそう。ある意味ね、その本能的というか、脳がそうなってるというか、問題点を記憶するように人間の脳、前もどっかで言ったかな。
生物の脳はそういうふうにできてるので、あれしくじったなとか、あーちょっとあれまずかったなっていうことを記憶するようにできてる。
うまくいってることは記憶する必要がないからですよね。
だからね、ちっちゃい頃からなんとなくそうなってる、自分の心の働きってそれが当たり前に思っちゃうから、
自分を責める癖
スピーカー 1
それはなかなか、だからゼロにはなんないんですよきっとね、自分を責めるとか、あーしくじったなーっていう自己嫌悪とか、ゼロにはなんないし、別にゼロにする必要はなくて、
ただ、こう責めてばっかりでしんどいとか、責めてばっかりで病気になっちゃうっていうのは、ちょっと程度をね、何とかしたほうがきっといい。
でね、その慣れだから、世界の捉え方とかフォーカスの当て方とか、物の見方とかっていうのは慣れなので、だからあれですよ。
世間で今のマインドフルネスが流行ってるというかね、ここまでこう世間にマインドフルネスが広がってるのはそういうことなんですよね。
例えば自分を責めるきっかけになるのが誰かから言われた言葉とかがね、引っかかってたりすると思うんだけど、
マインドフルネスでは、誰かからの声だろうと、意味を取らずに、受け取らずに、音、音、音、音とかね、女の人の声、女の人の声、女の人の声みたいに意味じゃなくて、
起きてる事実だけを実況中継するっていう迷走法があるんですけど、
意味を受け取っちゃうと、その発言者の思っている意味をこっちが受け取るってことになるので、それは受け取るなっていうのが、これ仏教の考えなんですよね。
受け取らなくていいんだよというのが、ただそういう意味はどうか知らないけど言葉、音として飛んできた飛んできた飛んできた飛んでっちゃったみたいに、ただ観察してなさいっていうのがマインドフルネスなので、
受け取らない訓練っていうのが、訓練としてはね、今世界中にこう人気なのはそういうことなんですよね。
スピーカー 2
え、それってスルーしていいっていう意味ですか?
スピーカー 1
そうですよ、スルー力っちゃスルー力ですよ。
スピーカー 2
スルーしていいのね、そうか。
スピーカー 1
人によってね、ある実証というかある誰かの行動を、それをいいと思うか悪いと思うかなんて、多分厳密に測れば多分半々なんですよ。いいと思う人半分、悪いと思う人半分みたいに。
つまりどっちをとっても反対の人からの言われる、なんか言われるみたいなことに確率的にはそうなるので、気にしてもしょうがないっていうかね。
自分の信念を解放してみる
スピーカー 2
今それこそフェイクニュースとか、ちょっと話飛びますけど、フェイクニュースとかあるじゃないですか。
本当がどうかわからないニュースがSNSとかでぐるぐる回ってるから、いわゆるフェイクニュースに騙されないような情報リテラシーを上げていこうっていう話も出てるじゃないですか。
なんかそれに通じるなっていう感じがして、結局受け止めるのって自分というフィルターを通して言葉も受けるわけじゃないですか。
ポジティブなように受けるか、ネガティブなように受けるかっていうのは、それこそ情報リテラシー的な感情リテラシーみたいな、そういうものを上げていくっていうのも必要なのかなって今ちょっと思いましたね。
スピーカー 1
情報リテラシーっていうとね、それもね、でも私最近実はちょっと疑いを持って見てるのが、人の認知とか認識のプロセスって、前提があっての言葉とか発する意味ないようになるから、
その前提を見ないと言葉っていう枝葉の部分っていうのかな、何を言ってるかっていうのは結構そのどの前提から発してるのかによってもう全然違ってくるので、言ってみればその絶対正しいってことはないし、
フェイクニュースって言ってる、これはフェイクニュースだって言ってる方の人がフェイクである可能性もあるわけで、
何が正しいかなんて、リテラシー強い人でも引っかかっちゃう時代だからね、今のSNSとか。でもね、そのどう受け取るのか、何をスルーするのか、結局人間って信じてるものしか見えないし、自分の信念と違うものは勝手にスルーされるように脳はできてるので、
それを利用すれば、こうしちゃいけない、ああしちゃいけない、例えばこのなんでできない、できなくちゃいけないとか、なんで不安を感じる、不安を感じちゃいけないとかっていう信念を持ってるとそこに全部引っかかってきちゃうから、その信念をちょっと待ってよ、これ私できないっていうのは本当にまずいことなの?できないっていけないことなの?っていうのをちょっと考えてみると、いやそんなことない、だってできないことの方が多いしとか、
現実的な話に持っていくと、いけるかもしれないねっていうね。何が正しいというよりは自分がどう思っているのかっていうところに、どうなりたいのかどうありたいのかっていうところに合わせていくと、病気とかね、自分が辛いっていうことからは変われそうかなと。
はい、ということで、今日は自分を責めてしまう癖がやめられないというテーマでお話ししてきました。ゆう子さん、ありがとうございます。
ありがとうございました。
スピーカー 2
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スピーカー 1
来週も木曜日の夜18時に公開いたします。お仕事帰り、週末に向けてあと一息という夜にお聴きいただければと思います。では次回のだれせめ、お楽しみに。
15:18

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