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本日のごきげんワンポイント
おはようございます。ごきげんコーチ、鈴木安子です。
今朝のお目覚めはいかがでしたか?
さて、今日のお題ですが、我慢と忍耐、です。
我慢と忍耐って違うなぁって、ちょっと思い出したことがありましてね、それで話します。
小学校6年の3学期のことでしたね。
私はちょっとしたきっかけがあって、クラスで一人で給食を食べたりとか、
あとその時流行ってたドッジボールではクラス全員からぶつけられるターゲットにされていたと、そんな時期があったんですよね。
まあまあきっかけは、あるいじめっ子というかね、その子が女の子をいじめてて、
その子をかばったことでこっちに矢が向いたっていうよくあるパターンなんですけども、
まあいじめなんでしょうかね。
ただ、どうなのかなぁ、気質もあるんでしょうけども、
割とね、淡々と通ってた記憶があるんですよ、私はね。
多分ね、もう6年の3学期だし、学級委員会なんかやったわけもするんですけど、
もう少しで小学校生活終わるしなぁとか、もちろん親には言わなかったですね。
結果的には卒業までに遠足があって、そこでカレーかなんか作った時に口を聞くことになり、
まあ他のクラスメイトはね、その子に抑えられてたわけなんですが、
自然と解消されて卒業できたなっていうのはありましたね。
でね、あれって我慢してたの?っていうとなんかフィットしない。
で、ふと思った言葉が忍耐、耐える、そんな期間だった気がするんですよね。
で、どう違うんだろうと思って見てみたんです。
そしたら我慢は、辛いことから目を背けて、まあ背けてね、
で、自分の気持ちを抑え込んで耐えるっていうものだったと。
で、忍耐はというと、辛いことがあってもそれと向き合って、
その苦しさをバネにして自分の目的や目標に向かっていくというふうに書いてあったんですよ。
うーん、まあその後の人生で今なれば振り返られますけど、その時わからないけどね。
ただいろいろある中でもしかしたらタフに生きろよという、
その最初の先例のような経験だったのかななんて思ったりしました。
意味づけが変われば見方も変わりますよね。
その後なんですけどね、オチがありましてね、そのいじめっ子の男の子。
クラス会だったんですよね、その6年1組のね、結構やってるんですけど、大人になった時ね、謝ってきましたよ。面白かった。
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で、そういう勇気がいたことでしょうけども、そのことでね、私の中でも修了できたんだなって。
その一言って大きいんだろうなぁなんて思ったりもおまけであります。
今日は先日ね、ちょっと仕事で小学校行った時に給食の時間と被ってね、見た時で思い出したことを喋りました。
始まりをほんのちょっとの気づきから、今日もお聞きいただきましてありがとうございます。
必要な方に必要なタイミングで届きますように。
ご機嫌コーチ、メンタリング専門家、鈴木康子でした。
ではまた、今日も笑顔でご機嫌よう。いってらっしゃい。