映画の背景とテーマ
このポッドキャストは、ギークな2人が興味がある技術や熱中していることについて語り合う番組です。 ゾエです。
ぼくです。 はい。今回は、ちょっとツイッターとかで話題になってた、あの教皇選挙っていう映画の話をしようかなと思ってます。
はい。
なんか自分は、まあツイッターで、これ面白いから見た方がいいよっていうのを見て、映画館に見に行ったんですけど、
この映画、あれなんですよね。あの字幕版しか、たぶん日本だと上映されてない。
うんうん、そうですね、たぶん。 なんで、なんだろうな。結構、
実はあんまりカジュアルに見に行けないタイプの映画になっているのかなとは、はい、思ってます。
なんか、あんまり一般向けっていうよりかは、どういうそう向けなのかな。まあ映画が好きな人とか、
海外の文化とか、
に触れたい人みたいな感じなのかな。 結構難しい。誰にオススメするか結構難しいなと思うんですけど。
まあなんか、ざっくりどういう映画なのかっていうと、教皇選挙っていう、いわゆるあの、
コンクラーベっていう、なんだろうな。 やたらとその、あれいつ習ったんだっけ。
中学か高校くらいで習うと思うんですけど、なんかやたら耳に残る あの単語の、
まあ、いわゆるキリスト教のカトリックの総本山であるバチカに集まって、
カトリックのトップを決めるみたいな。 それを選挙制と、投票してやるから教皇選挙。
それが一般的なコンクラーベっていう、 あんな感じかなと思うんですけど。
まあその中で、右翼を拒絶あって、なんか主人公が、超頑張ってなんとか選挙を終えるっていう。
はい、ざっくり言うとそんな映画でした。
主人公の葛藤
で、まあ自分がそのツイッターXで見かけた、
どういうところが面白いかっていう、紹介文みたいなのは、
なんていうんですか、いわゆる中間管理職のクローンみたいなのが、 滲み入れてると。
かなり上の方なのに中間管理職っぽいですよね。 そうですね、その主人公は、
なんか難しい、言い方が難しい。会社で言うと、なんか、
あれは、でも役員の一人みたいな感じですよね。多分、
役員のトップ、なんか会社で言うと難しいけど。 票考候補のトップなんですよね。
そうですね、まあ、這い抜きで、
そのまま、なんだろうな、地区の社長みたいなのをやって、
本社の取り締まりやってるみたいな感じですよね。
そうですね。
その人のやるべきことっていうのは、まあ、 票考を選出するっていうことを無事に終えることが、
役割。
まあ、その役割を行うんですけど。 なんかどうだろうな、なんか、あんまり
宗教、もちろんその宗教、キリスト教を題材にしてますけど、あんまりその宗教っぽいところって、
そんな強くなかったかなというふうな、
気がしてます。
なんか、ある種、タイトルからして、めっちゃ宗教っぽい話をしてるんですけど、
なんか、中に出てくる人間、めちゃくちゃ俗ですよね。 俗っぽいっていう。
そうです。やっぱり、
キリスト教のトップを決めるとはいえ、世の中の流れに逆らうことはできなくて、
どんな課題が起こるかっていうと、なんか、
主人公的な男女平等を推し進めたいけど、みたいなところと、
あとは、そもそもなんか、今までの、
教皇選挙を行う理由って、その教皇が亡くなったから、
次の代の人を選ぶっていう形で行われるんですけど、
前の教皇が進めてきた政策、政策と言うんですかね、なんか方針?
示してた方針が、いわゆる、自流に沿った感じで、リベラルっぽいというか、多様性を認めるみたいなところ。
それは多分、キリスト教だけじゃなくて、社会全体が、そういう流れだった。
っていう中で、その教皇が亡くなったら、もちろん、それに反対する、いわゆる保守的な流れ、
なんていうんですか、なんか、ナショナリズムっぽいというか、伝統派っていうような勢力も出てくるし、
不正行為も発覚したりみたいな感じで、本当に、あんまりキリスト教を意識しなくても、
映画の印象と結論
中に何が起こってるかっていうのは、わかりやすいんじゃないかなと思います。
私、カトリックっていうところで、比較的リベラルになっているという流れを踏んでたんですけど、
カトリック自体は、いわゆる伝統主義的な路線があるじゃないですか。
なので、それでも全体的にリベラルになってるんだな、もしくはそういうふうな演出をしてやるんだな、みたいなところを思ったところがありましたね。
そうですね。
やっぱ、逆にそれが、
しっかりキリスト教ってものが、一般社会に込み込まれてる要素の一つなのかなっていう、
言い方が悪いんですけど、流行らない宗教だったら、伝統を守れるけれども、
みんなが、いろんな人が信仰せる宗教だから、世の中の流れに逆らえないっていうのもあるのかなとは、はい、思いましたね。
なんか、世俗化の結果としてみたいな感じですよね。
そうですね。
で、なんだろうな。自分は、
まあ紹介文がそういうのもあって、結構その中間管理職的な視点で、結構見てたんですけど、まあその、
何ですかね。いつまでにこれをやらなきゃいけないっていうことと、その中に起きる解決しなきゃいけないことを、その期限までに何とか収まるように判断して、解決していかなきゃいけないっていうのが、なんか、
中間管理職って感じで、はい、思ってましたね。
そうですね。あのー、ずーっとトラブってましたからね。
そうですね。で、なんか、途中で、自身の、自分がその強行選挙が終わった後にどうするかみたいな、
まあなんか進路じゃないですけど、出世していくのか、やめるのかみたいなところがありつつ、
そこの、自分のやりたいことともバランス取らなきゃいけないし、
全体の、なんだろうな、キリスト教がうまくいくための取り組みをやらなきゃいけないっていうところが、
なんか苦労がすごいんだろうなという。
そうですね。なんか、主人公が辞めようと思ってるの理由の一つに、
なんていうか、信仰心がちょっと疑いを持ってるみたいな話が出てくるんですけど、
あーなるほど、これだけ登り詰めた人でもこういうふうに思ったりする人いるんだなーみたいなことを思うんですよ。
たしかそういう話が出てくるのは比較的前半で。
なんですけど、話が進むにつれて、不正行為とかがいっぱいでチラチラチラチラ出てくるじゃないですか。
そりゃね、信じたものを疑うかもしれないなと思いますよね。
これ、なかなかこうやっぱり皮肉が効いてるなと思うのは、
教皇になると、なんとか賛成的な、昔の聖人の名前を冠して名乗っていくじゃないですか。
聖人の名を冠するっていう状態になるんですけど、それに至るにあたって不正行為しすぎだろっていう。
決して聖人とは思えんみたいなことしかしてないっていうのが、なかなか皮肉だなーみたいな感じがしましたけどね。
すごいなんか、この映画見て自分が一番印象に残ったところは、一番最後。
もう本当に終わる寸前なんですけど、教皇選挙がやっと終わって、実質に戻って、
窓から差し込む光を見て、窓の外を見て、
なんかぽーっとしてるみたいなシーンがあるんですけど、
そこのシーンで、なんかやっと終わって、ほっとした息ついてるというか、放信状態になってるみたいなところが、すごく共感してというか。
多分直近の自分の仕事的なところと重なってしまって、なんかとりあえずやっと終わったわみたいな。
あれ明らかに燃え尽き症候群だったんですよね。
そうですね、なんか、やっと一息っていうようなシーンがめちゃめちゃ印象に残りましたね。
本当に何でもないシーンで終わるんですよね。 ロジとゆっくり閉まっていくドアっていう。
そうですね。 なんか日常に戻った感がすごかったですね、あそこが。
私はね日常に戻るも感じたんですけど、そこに至るまでの最後のオチがあるじゃないですか。
やっぱりこの後、もう一目するぞっていう覚悟も感じたんですよね。
まあそうですね、そうなんか。 やっぱり、何だろうな。
物事は完璧にいかないけど、何も完璧にいくことはないけど、進んでいかなきゃいけないっていうのはありますよね。
なんかそういうところもなんか重なっちゃいますよね。
何だろうな。 成功か成功じゃないかで言えば成功だけど、
まあ課題は途中、当然残ってるから。
まあそれに取り組むためにも、どっかで一息入れとかないとっていうような見え方をしました。
特にあの、窓が開いて光浴びるシーンって、いわゆるあの、
何だ?包囲? 宗教者としての服じゃなくて、多分普通の服だったじゃないですか。
確か。 まあその劇中で着てたガッチリしたやつっていうよりかは、いわゆる兵服っぽい感じ。
そうそう、上からちゃんと羽織ってみたいな、そういうやつじゃなくてっていう。
なんかあの瞬間だけやっぱただの人だった感じすごいするんですよね。
今回は教皇選挙っていう映画の話をしてきました。
何だろう、宗教的な話がもしわかんないんだったら、同じようにコンクラーベ、教皇を選出する糧を描いた
天使と悪魔っていう結構有名な映画があるので、そっち見てから、何かどういうことをしなきゃいけないんだろうな、みたいなのを見た後に、
日本に深く根差してない文化ではあると思うんで、何か興味があったら見に行ってもらえればなと思います。