1. そろそろ美術の話を...
  2. #031 土と炎の芸術 陶芸の魅力..
2021-06-26 56:34

#031 土と炎の芸術 陶芸の魅力って何ですか?(菊池寛実記念 智美術館 学芸員 島崎慶子)

菊池寛実記念 智美術館 学芸員 島崎慶子さんをお迎えして、陶芸の魅力についてお聞きしました。

https://sorosoro-art.vercel.app/ep/031 番組の感想は、#そろそろ美術の話を でお願いいたします。

番組の中盤からラジオが混線してノイズが入ってしまいました。お聞き苦しいところがありますがご容赦ください。

Guest Profile

  • 菊池寛実記念 智美術館 学芸員 島崎慶子
    • 2008年に菊池寛実記念 智美術館入館。現代陶芸専門。2019年4月から同館主任学芸員。近年の企画・担当展:2018年「線の造形、線の空間 飯塚琅玕齋と田辺竹雲斎でめぐる竹工芸」、2019年「野蛮と洗練 加守田章二の陶芸」、2020年「菊池コレクション―継ぐ 今泉今右衛門、酒井田柿右衛門、三輪休雪、樂吉左衞門」、2021年「三輪龍氣生の陶 命蠢く」

Show Notes

  • 菊池寛実記念 智美術館
  • 菊池智 :: 東文研アーカイブデータベース
  • 智美術館のストーリー
  • スミソニアン博物館
  • 菊池ビエンナーレ|菊池寛実記念 智美術館
  • 三輪龍氣生の陶 命蠢く
00:03
はい、始まりました。アートテラー・とにのそろそろ美術の話を。この番組は、私アートテラー・とにがアートに関わる方をゲストにお迎えして、トークを繰り広げるホットキャスト番組です。
本日は、九地漢日記念ツモ美術館学芸員、島崎恵子さんをお迎えしてトークしていきたいと思います。
さて、もう収録は終えたんですが、この収録し終えたものを聞きましたところ、なんと番組の中盤からラジオが混戦してノイズが入っているということが判明してしまいました。
ただですね、収録盛り上がりましたので、もう一回収録するというのもあれなので、ちょっとお苦しいところはありますが、このままオンエアしたいと思いますが、どうぞご容赦くださいませ。
よろしくお願いいたします。
プロデューサーがこの近くに働いているんですよ。
なんですけど、この美術館知らなかったっていう。
よくある話ですね。
それで、なんでとにがここ知ったんだっていうのを始まる前に聞かれたんで、僕は結構前から来ているじゃないですか。
しもたきさんに言われて覚えているのが、まず普通にお客さんとして来たんですよ。
その後に面白い美術館だなと思って、申し込みしたんですよ、ちゃんとプレスとして。
そしたら、ですよね。
そんなことがありました。
言ってたんですよね、僕だけ。
はい、思い出しました。
後々聞いたんですよ、しもたきさんから。
なんかとにっていう、なんか変なのが来るぞみたいな感じで、カンナがざわついたみたいな。
そうですよ。
FAXでお申し込みいただくようなやり方になっていて、アートテラーとにって書いてあって、意味不明っていうか、どこが名前で何なのかがわからない。
アートテラーっていうのがちょっとよくわからない。
テラーとにってなんかちょっとよくわからないっていうことになって。
何人かもわからないけど、とにがひらがながらみたいな、余計怪しいっていう。
それでしかもあれなんですよね。
今はそうでもないですけど、たぶん当時は、詳しく話しますけど、焼き物専門の美術館というのもあって、
記者さんを他の美術館で見る記者さんというよりも結構年配の方が多くて、
僕はやっぱりちょっと一人若いから、入った瞬間に一発でとにがひらみたいな感じになりましたよね。
そうでした。
服装がまず違ったんですよね。
世代の問題もあったかもしれないですけれど、人種が違うっていう。
それですよね。
しばやたらきさんが僕を最初に訪ねた時のファーストインプレッションを覚えてますか?
03:01
受付だったと思うんですよね。
そうそうそう。
で、もしやと思って、やっぱりみたいな受付をして思って、何者ですかっていう。
そうか。聞かれた気がします。
なかなか他の内覧会って何者ですかって聞かれないですよ。こっちは取材しに行ってるのに。
逆に聞かれたなと思いましたよ。
見元不明のマスコミの方が一人いらっしゃるっていう。
一体何を取材に来るんだろうっていう。
そこからだけど、何故か仲良くなりましたね。
そうでしたね。
菊池さんとはいろんなツアーを企画した、焼き物をテーマにしたツアーをやってますもんね。
ちょっと最近はできないですけども。
だから意外と関係性が深いんですよ。
そうですね。
この番組で焼き物を取り上げるのが初めてなんで、そういうところも含めて話をしていけたらと思うんですが。
プロデューサー、それはしばやたから言ったら抜けないですけど。
改めてこの菊池漢実記念堂美術館ってどういう美術館ですかという。
そもそも読み方もわからない人もいないですか?
そうですね。
菊池漢実記念堂美術館というのが正式名称なんですけれども。
大抵の方は菊池漢で止まっちゃうんですよね。
父帰るんですよね。
作家の小説家の菊池漢で止まってしまって、実までなかなか読めない。
実が飛んでしまって菊池漢記念館になっている場合がどんどん多くてですね。
当館は現代陶芸を紹介する美術館なんですけれども。
菊池漢が現代の焼き物をコレクションしていたのね、みたいなことを言っていらっしゃるお客様というのが後を絶ちませんが。
2003年に開館をした私立の美術館でして。
菊池敦という女性が自分のコレクションを母体に作った美術館。
菊池漢実さんはそもそも何?
菊池敦さんは菊池敦さんのお父さんで、実業家だったんですね。
エネルギー関係で成功した実業家で。
ですがこの人がコレクションをしたわけではなく、
娘さんが焼き物を収集し、そのコレクションで美術館を作ったというのが当館です。
場所自体は虎ノ門というか、この場所も菊池敦さんが関係しているんですね。
自宅とも会社とも別に、お客様を迎えするゲストハウスとしてこの場所を生前、菊池敦さんが使っていたそうで、
06:05
その父親ゆかりの場所に美術館を作ったということで、
頭にお父さんの名前が来て、その後ろに自分の名前が来るという。
なかなかでもハウストネームがつく美術館って珍しいですよね。
珍しいですよね。
うよ曲折あったんだろうと思うんですけど、
名前がつくまでには決定するまでには思うんですが、
結果的になかなか読めず。
友美術館も読みづらい?
友美術館も読めないんですよね。
佐藤市美術館とか市美術館とか、
いろんな読み方を工夫してくださる方もいらっしゃったり。
友さん自体は陶芸のコレクションはいつぐらいから始めた?
陶芸以外も好きだった?
陶芸一本やりの感じだった?
一番初めはお茶を習い始めたというところから、
焼き物の収集に目が向いていくようなんですけれども、
それが徐々に現代作家の作品に移っていく。
お茶道具から現代作家の作品に興味が移っていく。
現代作家が作る作品というのは、
実際まだ価値も決まっていないもの。
歴史的に価値が決まっていないので、
新しいもので何が出てくるかわからない。
そういうワクワク感やドキドキする気持ちに
どんどん引っ張られて情熱を傾けていく。
収集していく。
僕がうすら聞いたことがあるのは、
最初は美術館じゃなくてギャラリーでしたよね?
この美術館とは別に、
現代陶芸カンドリーというお店を
ホテルニューウォーターの美術館に経営していたんです。
これはお店として経営をしていて、
カンドリーとこの美術館というのは全く別の組織なんですが、
オーナーは一緒だという。
カンドリーはいつぐらいに行ったんですか?
カンドリーが1974年。
これいまだに残っているんですか?
なくなってしまいました。
でも美術館のほうに残っている。
どこからこの美術館の流れになったんですか?
この美術館は2003年ですが、
カンドリーを長年経営していて、
80年代、1983年ですが、
自分のコレクションを
09:02
スミソニア国立自然史博物館で展示をするという
機会を持ちまして展覧会を開催しました。
これは現代日本陶芸展ですが、
それを開催して文化事業と
意識がつながっていくというタイミングがあって、
実際その美術館を自分で作ろうということを
考え始めたのはいつなのかという話は
私は知らないのですが、
そこから20年ほどの時間の中で
準備をされていったということです。
スミソニア国立自然史博物館の展覧会は
評判が良かったんですか?
というふうに聞いています。
これまで日本の現代陶芸が海外で評価されるというか、
評価されてもらう機会はあまりなかったんですか?
この大きな展覧会に出ている作品というのは
当時30、40歳代の
若手ですか?
本当の意味での現代というのが
若い人たちの中にあるものであろうと考えると
本当に先端のその時の
日本の新しい雰囲気を持っていった展覧会だったと思うんですが
それが評判になったというところまでは
そういう成果としてあった展覧会だったようです。
このスミソニアの時に
展示デザイナーのリチャード・モリナグリさん
この方と出会いは結構大事だったんですね。
この美術館にとって。
そうですね。
一つともにとても大切な出会いだったと思うんですけれども
その時の展示デザインを担当されたのがこの方で
スミソニアでの展覧会の展示デザイナーだったんですね。
その作品の見せ方というものが
展覧会を作る上でどれだけ重要なものかということを
木口とも自身が学んだというのが
モリナグリさんのデザインによってだったんですけれども
証明であったりとか展示台が
作品に合わせて全体を構成されていく
デザインされていくという
そういう空間作りをここで学んで
自分で実際美術館を作るようになったので
当館の展示室は
リチャード・モリナグリさんにお願いすることにしたという
これだからまだ多分プロデューサー見てないと思いますけどね
かなり変わった展示室です
変わったって言い方は変かもしれないですけど
僕はだからこれ別に島崎さんに気遣ってとかじゃなくて
焼き物ってやっぱりみんな
ちょっと言い方悪いですけど
12:00
絵画とかに比べると難しいとかつまらないとか思ってる方
結構美術派の中にもいたりするわけですよ
そういう人に言うのは
一応じゃあ友美術館一回行ってみて
友美術館でも刺さらなかったら無理だよっていう言い方
そういうのも
でもここの場合って展示ケースじゃないんですよ
焼き物の展覧会っていうと
やっぱり展示ケースの中にお茶碗があって
なんかこう見る感じじゃないですか
それはそれで面白いんですけど
ここはなんか舞台のような
演劇の舞台みたいになってて
スポットライトが渡ってて
これでかっこいいと思えなかったら
多分もう普通の展示ケースで見ても刺さんないよ
っていう考え方が僕の中では
展示ケースが基本的にないという
作品が抜き出しの状態ですので
質感ですとか
とにかく近くに寄っていって
見ることができるというケースに
ガラスとかアクリルのケースに
隔たられて
距離が遠いということはないんですよね
すごく近くでご覧いただけるので
臨場感が違うっていうのがあるんじゃないかなと思います
照明効果が劇的ですので
そういう演出がある展示室ですし
空間に色も多いんですよね
情報量が結構ある空間
学芸員として展示するときには
ちょっと大変なところもあるんですか?
普通のホワイトキューブのいわゆる白い壁のところと
違ってますか?
デザイン性の高い空間なんですよね
照明効果も劇的で
空間そのものの個性がとても強い
ただ現代陶芸
この作家から生きている作家まで
制作者の作品まであるんですけれども
作家の名前を聞いて
どんな作品が連想できる方っていうのは
焼き物を好きな一部の方は限られるんじゃないかと思いますよね
名前を聞いてパッと浮かぶかっていうと
現代っていつかっていう話がありますけれども
20世紀の焼き物で東漢のコレクションというのは
主に戦後の日本の焼き物がほとんどなんですけれども
東漢でご紹介する作家というのも
今活躍中の方から
亡くなっていても
この何十年というようなそういう方たちなんですよね
その方たちの名前を聞いて
作品まで連想できる人っていうのは限られている
15:03
ということはこの美術館に来てくださる方たちにとって
東漢が紹介している作品っていうのは
全部初めて見るもの
基本的にはそういうことですよね
新しい価値観
知らなかったものに出会うわっていうのがこの美術館
その出会いをより良い形で演出しようというのが
東漢の展示室だというふうに私自身は考えていて
その時に
この展示室のコスというのがうまく作用する
というふうに感じるっていうのが
これがいい時なんですよね
ただこの作品を見せるには
ホワイトキューブの方がいいんじゃないかなって思う時
っていうのはあるんですよ
作品によるっていうことがあります
だからいい時に滅ぶ時もあるしっていう
僕もまだ全部うまいかと思ってるんですよね
あんだけ個性があるのに
他を殺してない気がするのはやっぱりすごい展示室だと思ってます
どの作品にとってもいい場所を探す
全体の展覧会の構成はあるんですけれど
とはいえ展示台がかなりフィックス
動かせない状態になっていて
空間と相談しながら作品配置を
最初から考えてお借りしてこないと
なるほど
うまくいかないんですよね
持ってきてから考えようじゃもう
持ってきてから考えようというタイプのこともあるんですけれども
そうすると計画性はないというか
いうことになるので
一人の作家の個展のように展覧会を作る時
そういう場合はある程度順番を考えて
構成していかないと
いきなり始めから真ん中あたりの作品が出てくるとか
なってくると
最初からその人が知っていることが前提になってきてしまうので
できれば初期から今までって並べながらですね
できることなら
と考えた場合は
やっぱりここまでの展示スペースに
この時代までの作品を展示しておかないと
後ろがうまくいかないとか
そういうことは起こって
なるほど
でも一回ほんと来てほしいなと思いますし
地下にあるというのが面白いですよね
オリンピックという
隠れ家系なんですよね
この螺旋階段が東海のシンボルでもあります
18:02
ぜひ見ていただきたい
これは多分写真載せるのかなホームページ
いただければね
気になる方は写真見ていただけたらなと思いますが
先ほどから話出てきている
現代陶芸って
戦後からってことでいいんですか
捉え方として
ちょっと線が引けないので
曖昧な言い方をいたしました
基本的に現代陶芸専門ですって歌っている美術館って
国内にあるんですか
近現代じゃないかと思うんですよね
現代陶芸専門ですと言っている美術館は
東京には東海だけだと思います
これさっき話していましたけど
焼き物
僕は本当にこの美術館に来させてもらって
島崎さんと焼き物を楽しむ企画
トークショーもやったりツアーもやったりして
陶芸家の皆さんと知り合いも増えたんで
僕は全然苦手意識ないんですけど
多分一般的にも焼き物ってちょっと難しいって
思われがちな気はするんですが
島崎さん的に焼き物の魅力とか楽しみ方とかってありますか
かけねなく面白いと最初から思ってしまっている
難しいって言われると
何が難しいかなみたいなところはちょっとあるんですよね
最初から私が面白いと思っていた部分
歴史とかありますけれども
土よりもまず土で作るという制約がある
枠組みがあるんですよね
土を焼かないと形を固定できないという
工程の制約があって
その中でそれぞれの作家が何をするかという
個性をどう出すかというところで
作品が出来上がってくるという
素材を限定しているという枠の作り方というか
何でも自由というわけじゃなくて
土でやると土で出来ないことが出来ない
頭の中でどう発想しようと形を
土でさらにそれを焼かないといけないところが面白いなと思っていて
土って乾燥しても収縮するんですよね
焼いても収縮変形するんですよね
ですので炎に耐える形しか作れないんですよね
そういう素材の持つ性質に制作が制約を受ける
21:03
その制約を受け入れられる人が焼き物をやっている
そこも興味深いなと思っています
例え違ったらごめんなさいなんだけど
あらゆる芸術がお笑いで言うと
自由に何でもやっていいよというのに対して
焼き物って大切りじゃないけど
制約がある中でその中で面白さを出さなきゃいけない
僕は大切り的な感じがしているんです
そういう面白さっていうことですか?
大切り?
ちょっとそこは私にはわからないですけど
落語とかもそうじゃないですか
自由にやれるわけじゃない
ある程度ルールがある中で
それの中で何か自分の個性を出しましょう
というところに魅力を感じる
その制約に対して
どう自分なりの視点で再定義していくか
そういうところが魅力じゃないかなと
僕が焼き物をここで見るようになって
スッと意外と入れたのが
僕は建築スーパーというのをやってるんです
建築家と一緒に
建築家に建築について教えてもらってたのがあったので
バックグラウンドとして
結構似てるなと思ったんです
建築家も陶芸家も
例えば炎とか建築家で言うと
最終的に自分の手じゃなくて
作り手は工事現場の人たち
考えるんだけど最終的に手を付けられないところとか
立ち上がるためにやっぱり自由に作りたいと言ったって
重力に負けちゃうじゃないですか建築だって
そこがすごく似てて
重力に負けちゃうってそうですよね
だから自由に作れるようだけど
建築もやっぱりある程度ルールがあるじゃないですか
それは結構僕は似てるなと思ってて
焼き物って勝手なイメージですけど
女性が好きそうなイメージだったんですよ
それは食器っていう
とかもあってかな
だけど建築好きって男性が多いから
建築好きが焼き物好きになってくれたら
早いなと思ったことがあったんですよ
広め方として
やっぱり焼き物も建築家と似てて
陶芸家は今も違いますけど
やっぱり男性の方が多いなって思います
男女比も
男女比は確かにまだ男性の方が多い
ちょっと世代で切ると違うと思いますけど
他のジャンルは男女比結構半々になってきてる
24:03
焼き物と建築
僕はそこが似てて面白いなと思ってる
僕の個人的な楽しみ方として
っていうのはありますかね
うーん
そうだと思います
繋がるところはすごくある
通ずるな
そうそう通ずるなと思ったのが
めちゃくちゃイケイケの焼き物の方だった
イケイケのって言っていいんですけど
最先端やってる
誰か
島崎さん紹介してもらった人に
個人的に
私がそんなイケイケの最先端の陶芸家を
島崎さんに紹介した
記憶はないんですけど
誰かと
それで
違う人かな
陶芸の若手の人で話した時に
どういう
極論
何でも作れるよってなった時に
どういうの作りたいですかって言ったら
やっぱり無重力で作りたいねって言ってたんですよ
重力の中でしかできないから
無重力でやりたいよねって話をしてて
建築家でも若手の建築家と喋った時に
いつか無重力で作りたいって言ってたから
そこが僕の中で通じて
やっぱ考え方に似てるんだなって
僕の中でストーン落ちた時は
そうそう若手がそんなこと言ってたなっていう
印象はありますね
重力と戦うかのように
ものを立ち上げていくっていうのは
面白いところかなと思っていて
必ずしも
アクロバッティックに
無理をしたことをすることに意味がある
っていう風に言ってるわけじゃないんですけれども
ただ土を
いろんな技法がありますけれども
立ち上げて造形を作っていくと
下から上に向かってとですね
ろくろにしろ
土を積んでいくとか
方法がありますけれども
それを立ち上げていく
どういう形に展開していくかという時に
重力には逆らえない
という問題が出てくるんだと思うんですよね
ですので大きくなればなるほど
形が複雑になればなるほど
例えば動いていく造形を支えられるだけの
土台はどうするんだとか
立ち上がりをどういう風に作っていけば
この形を支えていけるのかとか
柱があって針があってみたいな
全体の構造を支える作りはどうするかとか
っていう風に考えていくタイプの
作家がいたりしますけれども
そういうのを見ていると
重力との戦いが生み出す
造形の限界に挑戦するような
27:03
ロマンみたいな
実際はとても厳密にことが行われて
いったりするんだと思うんですけれども
そこにある精神的な挑戦の意識とか
情熱っていうのは
作品に現れてくるところがあるので
そうやって迫ってくるものっていうふうには
感動しますね
これちょっと意地悪な言い方かもしれないですけど
陶芸家の人は気にして
怒られたら嫌だなと思うんですけど
個人的な意見と
やっぱり焼き物って
いっぱいあるじゃないですか
これまで種類としてたくさん揃えてきたじゃないですか
その中で制約がかなりあるとした時に
めちゃめちゃ目新しい陶芸って
生まれてくるものなんですか
もう今まで見たことなかった
すごく言い方が悪いけど
何かしらの微善焼きの路線とか
何かこう
観光の人が見えるわけですよ
ダイナーセンス
お笑いダイナーセンスじゃないけど
全く見たことないっていうものができた
個性ってどう作ってくんだろうと思うんですよね
陶芸家
それは何を考えているか
ということなんだと思うんですよね
何々焼きっていうように
土で作るっていう
さらにもっと限定して
この地域のこの土で作る焼き物とか
この技法に特化していくとかっていう
さらに枠っていうのを
それぞれの製作者が作っていくわけですけれども
それは
陶芸の中のどの部分に自分が
興味があって
もしくはその土という素材に対して
何を考えて
技法に対して何に気づいて
作品化していくかっていうところで
それぞれが違う仕事をしていくことになるんだと思うので
出来上がってくる作品っていうのは
作家の思考の結果であって
それを総合の技術で形にしていくものっていうのが
陶芸作品なんだろうなというふうに思います
一見同じ白いツボのように見えても
色々と見ていくと分かってくるんですよね
個性
そろそろ楽しむ
白いツボっていうの
ツボ型でも
ツボという形をどう捉えているかっていうのは
その人によって違うんですよね
なぜツボになったかっていう
その理由も違うと思うんですよ
でもそれはやっぱり陶芸家に聞いたら
基本的にはやっぱり皆さん持っていると思うんですよね
ある人もいればない人もいると
30:01
ない人もいるんですよ
ちょっとないっていうのはやめこない言い方ですけれども
どこにその人の考えている部分が強く現れていて
何をコッパコーに自分の制作を獲得しているのかっていうのは
人によって違うので
それを聞いていくというのは
すごく面白いですね
だからやっぱり例えば画家とかだと
パッションとか
何か気づいたらできたみたいな人もいるじゃないですか
やっぱり陶芸家はさすがに
色と考えて作ってる以上
工程があるので確実に踏んでいかないといけない
形を作ったら乾燥させなければいけないし
焼かなければいけないし
やることもあるんですよね
工程があるので気づいたからできるということはありえなくて
焼く日をこの日に焼かなきゃいけないということが
もし決まっているとしたら
この日までに乾燥してなきゃいけないとか
この日には乾燥を始めてないといけないとか
色々あると思うんですよね
それも大きさによって違うと思うんですよ
小さい作品であれば制作サイクルは早いけれど
大型の作品になってしまったら
すごい長い時間これを抱えてるかもしれないとか
っていうことを全部逆算しながら
制作していくっていうことにもなると思うので
気がついてたらできてたらいいかもしれないですけど
気がついてたらできてたで
かまぼこに関してたらかなり危険なんじゃないかと思うんですよね
調整方法も焼き方もどうするかっていうのは
何をしたいかによってどういう焼き方をするか
っていうことが変わるので
どういうタイミングで何してるかっていうのも
それぞれどの作家も違うと思うんですし
かまといっても巻き釜もあれば電気釜もあればガス釜もあったり
色々ありますので
その人の制作環境と制作内容によって
環境も違うんですよね
そうか
でもそういうのを読み解いていくと
楽しくなるのかもしれないですね
焼き物の鑑賞の力として
なんとなくみんな漠然と見てるじゃないですか
何も知らないと
壺だなとか皿だなと思ってるけど
どういうふうに陶芸家が考えて作ってるのかっていうのを
そういうのが楽しみ方の一つでしょうかね
そうですね
それらの一つだと思いますね
お皿の中とか壺でも
それがどういうふうに焼かれて
どんな表面の質感がどうなっているかとか
そこに面白さを生み出すっていう人も
もちろんいらっしゃるでしょうし
作家の思考回路がどうなっているか
33:03
その産物としての作品っていう見方をする人もいるでしょうし
その見方っていうのはもういろいろあると思うんですけれども
作品 作家というからにはやっぱり考えている
何を考えているかっていうことが大事だと思いますので
それを作品から感じられたり
どうなっているのかなっていう
何を考えているのかなこの人っていうことを
考えながら見ていくっていうのは一つの面白さかなと
それをやるには少し知識が必要になってしまったりとか
っていうことはあるんだと思うんですけれど
一歩か二歩か踏み込んでいただくと
もうちょっとその先はどんどん続く
いけるんじゃないかなと思って
最初の一歩目があってのことですよね
ちょっとお話先に進めちゃっていいですか
僕 皆さんの質問で
ここキクチ・ヴィエナルってやってるじゃないですか
若手の募集してるじゃないですか
ってことは今の話を踏まえて聞くんですけど
審査の対象になるときに
まだまだ入選する人としない人の差っていうのは
今の話の流れからどういうところで見てますか
ジャッジの部分というか
これはちょっと一言では言えないんですけれども
候補点というシステムそのものが相対評価の場なんですよね
絶対評価で選べるわけじゃないんですよ
それで選べるような作品も中にはもちろんあるんですけれども
あると思うんですけれども
そのとき出てきた 応募してくださった作品から
キクチ・ヴィエナルの場合は
友美術館に展示するので
展示できる数っていうのは決まってるんですよね 上限が
応募してくださった中からその数分を
入選作とすることになるんです
じゃあその作品をどうやって選定するのかってなると
ちなみにキクチ・ヴィエナルは僕が先に進めちゃって
僕が悪かったんですけど
先行の年齢とかキャリアとかって関係ないんですか
一切関係なく
誰でも出せる
大きささえある程度の中で
大きさも当館に展示できる範囲であれば
大丈夫です
だいたいどれくらい募集
平均で言うとどれくらい
500は来ます
そんなに来ないです
200 300
えっとですね 第9回って
今募集はこれ5月18日に終了
終了したんですが
今回は279点です
そのうち何点くらいが
52,3点になります
一番多かった時で423点だったと思うんですけれども
36:04
その例だとしても52,3点という
その相対評価で
どういうところで見てるんですか
これは審査員によって違うと思うんですよね
何を基準としているのかっていうのは
さっきも申しましたように
相対評価になっていくので
423点あった時の50点と
180点くらいの中の50点っていうと
ここの切れ目の作品が
どういうものになるかっていうのは
また違うんじゃないかなと思うので
何が基準だってないですよね
入選の基準は何だっていう言い方って
ちょっとできないなと
でもその 落選するというか
選ばれねえとのギリギリじゃなくて
逆にトップ10は
違うんですか 他の
ここは確実に受かるわけですもん
当然いるわけじゃないですか
これはどういうところで焼き物の
プロフェッショナルの見る人たちは
これはやっぱり当然合格よね
っていうところで見てますか
M1で言ったら大笑いの量で決まるとか
わかりやすいじゃないですか ジャッジメントが
焼き物の評価のところの
すれすれはいいです
これはやっぱりこの人は合格よね
っていう部分であるんですか
50点そんなに決まるところもあるわけですよ
これは
審査員が常に6,7人くらいいるんですよね
それぞれが票を入れた
その得票数っていうのが
まず一つの基準になってくるんですよね
だからこの人はすごくいい
だけれどもこの人はそうでもない
ということは起こるんですよね
ただそれも合わせた得票数で
全体の中でのグループ分けというか
割り振りができてくるっていう
その中から入選で言うのであれば
この辺りが入選に
選外のボーダーラインになってくるんじゃないか
というその票数のところから
作品を確認していく
でも上はある程度見えている
というところだと思うんですけれど
というものなのである人は
これは絶対に入選させたい
って思っても
もしかしたら別の審査員は
39:01
どちらでもいいと思っているかもしれないんですよね
ですので焼き物として
峠全体の中でも基準っていうのは
ちょっと一概に
公募店における基準は
説明できないなという感じはします
でも評価されない人も当然いるわけじゃないし
その人は何が足りないんですか
評価されない完全に落ちちゃう人って
結局は思考力であったり技術力であったり
それを合わせた完成度で
見るっていうことなんじゃないのかなと
思考力もやっぱり大事なんですね
作品の存在感であったり
必然性のある制作がされていると
うかがえるものっていうのは
なんとなくできているわけはないんですよね
また技術だけでできているっていうこともないんだろうと
そういうものっていうのは
作家本人がその制作に
必然的に結びついて向き合っている姿が出てきてくるという
それを実際に見ごたえのある形にするためには
技術力がないといけないし
自分の焼き物に対して考えていることを形にしようと思ったら
今ある既存のいわゆる技法を
いわゆる技法のやり方でやっているだけでは表せない
というふうになったら
必然的に技法開発っていうのが行われるんですよね
開発革新っていうのが行われていく
そうすると結果的にその人だけの作品になっていく
その姿がわかりやすく見えるものっていうのは
やっぱり光ってくるんだと思うんです
相対評価の中においては光ってくるんだろうと思います
それ聞いていると家電とか車の開発にも似ているのかなと思って
そんなに車って大きく変わってないように見えるけど
でもちゃんと会社でしかできないものを作っている
だからデザイナーに近いものもあるんですね
そうですね
デザインを計画力という考え方をしたとすると
やっぱり繋がるところがあって
思想とか理念とかっていうのがあって
それをどうやって形にするかっていうところで
42:03
技法開発とかそもそもの技術力が必要になってくる
っていうことが起こるんですよね
結果的に自分の求めているものは作れるのか作れないのか
その結果として作品が出てくる
これは今回今まだ審査中なわけですよね
この結果が2021年の12月上旬から
口弁慣れへの第9回転の入選作品になってにされるってことですよね
これ聞いてる方聞きたいと思ったらあれですけど
僕も多分第6回ぐらいから見てて
でもまだまだ素人だからあれなんですけど
やっぱり年々2年に1回開催されるのを
島崎さん見てて
やっぱりなんとなく進化はしてるんです
現代陶芸界はどんどんやっぱり2年に1回
新しくなってるなって感じるものですか
そんなに簡単じゃないんですよね
ひたすら前に進んでいくわけではないんですよね
陶芸という歴史があって
制作者の人数もいて
日本にある程度のマーケットもある
続いてきている分野で
新しいことで意味のあることを
制作として探していくっていうのは
そう簡単ではないですよね
未開拓分野でどんどん少なくなっていくはずなので
そう考えると
候補展を見ていて
ただただ前進するかっていうと
そういうことではないだろうなとは思います
それに候補展に応募しなくても
候補展で入選して展示をされなくても
今作品を発表する方法ってあるんですよね
SNSで自分で発信していくっていうこともできるので
この10年の間でもだいぶ候補展の
必要性というか意味が変わってきていると思いますし
それってもっと前からずっと言われていることだと思うんですけれども
特に若い制作者が
誰かに評価されて選ばれるっていうことを得なくても
自分で発信してそこに結びついてくれるお客さんたち
興味を持ってくれる人たちがいて
自分で展開していけたりするので
45:01
それをしていればギャラリーともつながるでしょうし
候補展で世に出るというルートを
必ずしも踏まなくてもいいんだと思うんですよね
かつてはそういう意味で機能していたと思うんですけれども
考えると応募数も減ってきているという感じもします
ただ今回の応募結果を見ていますと
50代以上はそんなに前回と数字は変わらないといけないんですけれども
30代 20代が減っているんです
ですので若い制作者にとっての世に出ていく方向
かつて一つであった大きな役割を果たしていたであろう候補展が
そうではなくなっているという言い方もできるかなと思うんですけど
でも作家は減ってないんですね
それもちょっと素数は分からないんですけどね
20代 30代の若手の統計家が減っているってわけではないとか
応募数は減ったとはいえ
今40代 40歳代のあたりの作家が多いと思うんですけれども
その多さに比べるとやっぱりその下はちょっと少ないという感じはしますけれども
世代によってちょっと波はあるんじゃないかなと思うんですけれども
じゃあそれとですねそろそろあれを伺いたいなと思うんですけど
今開催中の展覧会も聞いていいですか
はい
これがちょうどオンエアが7月頃
6月26日配信予定ですけどちょうど今開催している展覧会
ぜひ教えていただければと
庭竜気象と因数をめぐというタイトルの展覧会です
竜気象って字が難しいですよね
竜はドラゴンの竜で木が旧字の木なんだ
木持ちの木なんだ
中が米ですね
どんな方なんですか 庭竜気象
萩 山口県萩市を拠点に制作をしている統計家で
1940年生まれですので今年81歳になる統計作家です
原液バリバリでやってる
今回の展覧会では2020年制作の新作もある
今も制作を続けていて展開している作家ですね
平たく言いますと今回の展覧会は元気になる展覧会
平たく言う
なんですけれども
岩さんの制作というのは
自分自身のその時々の心情 喜怒哀楽を
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ストレートに武将的でシンボリックな造形に表現していく
形にしていくという制作なんです
今までいろんな焼き物の話が出てきたけどそんな話出てこなかったですかね
みんな素材がどうだとか立ち上げがどうだとか
素材 技法 用途 機能
全部焼き物にまつわることですし
考えるのでは重要なんだと思うんですけれども
この岩さんも江戸時代から続く端焼きの焼き物の家に生まれ育った人なんですけれども
焼き物の伝統とか固定概念に立脚して制作をするというよりも
自分自身を枠組みに仕事をしたいということを考えている人で
その枠組みは自分
ただその中に素材の話もあるし技法の話もあるし
伝統の用途のある造形というのもいろいろ要素としてはあるんだけれども
全てのことを考えるそのスタートは自分
これはやっぱり珍しいですか 他の
じゃないかなと思います
結構特殊な感じのオンリーワンな感じなんですかね
稀有な陶芸作家だと思うんですけれども
そういう一人だと思うんですけれども
この素材でどうするかとか
この素材の特性 技法の特性をどういうふうに自分が解釈するかということで作品を展開していく
自分なりの光の当て方で展開していく制作というのがたくさんあるんじゃないかと思うんですけれども
そこじゃなくてまずは自分だという組み立て方が違うんですよね
実際のところ素材の特性を考えなければ焼き物はできませんし
技法だって焼き物ならではの技法を使っているんですよね
焼き物ならではの質感というのも作品に生かしているのでもちろん考えているんです
彫刻家ではないようですね そこに関しても
そうですね なんですけれども考えるスタートを
土台をどうするかその視点が違うんだと思うんですね
例えば具体的にはどういう心情で作った作品があるんですか
例えば自分の中に溜まったヘドロのような思いを一度吐き出してしまわないと
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自分は前に進めないという若い時の気持ちを
そこから立ち上がって出来上がった作品というのは
苦悶に生めく焼き物の胸の像だったんですね
阿部教官のゆわゆわの表情の焼き物が出てくるということもあるし
母性の憧れというのを形にしようとして
女性の胸のちぶさの造形を作るとか
僕は実は天羅会を先に見させてもらって
島崎さんに紹介してもらった時に
この胸めっちゃいいでしょみたいな感じが
コメントめちゃめちゃ細かい
もう一人女性もいたんですよね知り合いも
女性同士で盛り上がるのはいいけど
俺は言えないよみたいな
このチクビがすごいいいのよみたいなことすごいよ
あのぐっとくるチクビが
島崎さんが言うにはいいけど
キャラクターとして言いづらかったですけど
でもぐっとくるんですよね
そうですね 宮城希少のチクビはいいんじゃないかと
皆さん見に行きたくなるかなと思います
そういうのもなかなか見ないですよね
他の陶芸家の方で
あんまりそこを表現してる人いないですよね
その苦悩を形にすることがあまりにもつらくて
自分の中の苦しみと向き合い続ける時間というのが
つらいから官能に逃げようとして
足を開いた鎧脚の造形を作ってみたりするんですね
中にもあるんですよね
最初に出てきた友さんをイメージした作品もあるんですよね
イメージしたとはご本人はおっしゃらないんですけれども
女帝というタイトルの作品があります
イメージなのかわからないけど
イメージソースみたいなことですかね
そうですね
菊池が古典の打針を宮城希少氏に知って
その古典を開催するにあたって
何かテーマが必要だと
その答えとして女帝シリーズ3点をご提示くださったという作品があります
羊の造形
羊の頭蓋骨みたいな
羊の頭蓋骨の両サイドから角と足が広がっているというような
動感のある迫力のある作品なんですけれども
これは皆さんホームページなり何なりチェックしないと
多分頭では思いつかない絵面が
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羊の頭蓋骨の唇には赤い唇があったり
後ろ姿を見ると
陰陵の怪客
陰陵を除いている怪客みたいな感じですよね
してるんですよね
ですからね
足が開いているようにも見えますし
かつてそういう作品を作っていますし
足を開く造形作品もありますし
骨に興味を持って頭蓋骨を造形化している作品もありますし
そういう過去作ってきたいろんなモチーフと
効く力の脱芯という刺激と
いろいろそのイメージが合わさってできてきているのが
女帝シリーズ3点じゃないかと
2015年ですね
そう思うとすごいですよね
75歳とは思えない若々しいですよね
最新の作品も年齢は関係ないですよね
そうな感じがあります
8月1日まで開催されていますので
もしかしたら8月8日まで
伸びるかもしれない
ホームページをチェックしていただけたらと思います
ということでまだまだお伺いしたい話は
いっぱいあるんですけれども
そろそろお時間ということですので
後々にまた後半で
島崎さんのいろんなご経歴や
いろいろ掘り下げていきたいなというふうには思っております
ということでですね
次回は島崎さんのご経歴をまちえつ
さらにリーチャーズについての話を続けていきたいと思います
ご視聴ありがとうございました
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