第8章とゴール側のセルフイメージ
こんにちは、フユコです。シリーズ人生の主語を取り戻す。 さあ、今日からいよいよ第8章ですね。
ここまでは長く、私たちはなぜ自分の人生なのに自分で選べなくなってしまうのか。 その構造を一つずつ見ていきました。
人のせいにしてしまう多正義。 どう思われる?で選ぶ多辞句。
評価されることで私は大丈夫。 そう確認しようとすること。
認められること。 必要とされること。
選ばれることに自分の価値を預けてしまうこと。 そしてようやく自分でゴールを設定しても、今度はやっぱり無理かも。
今のままでいいんじゃない? そう、元の自分に戻りたくなる。
第6章ではセルフイメージ、コンフォート像、そしてホメオスタシスについてお話ししましたね。
第7章ではそれでもゴールを持つことで自分にとって重要なものが変わり、今まで見えていなかった情報や選択肢が認識に上がってくることがあります。
そのラスやスコトーマについてお話ししました。ではここからです。
ゴールが見えましたと今まで見えなかったものも少しずつ見えるようになってきて、その時次に見てほしいものがあります。
それがその未来で私はどんな自分として生きている?これです。
今日はセルフイメージをもう一段深く見ていきますね。
例えば、いつか自分で仕事を作りたいというゴールを持った人がいるとします。
未来を想像すると、こんなサービスを作って、こんな人たちとお仕事をしていて、こんな場所で働いていて、このぐらいの収入があって、いろんな景色が浮かぶかもしれない。
でも今日見てほしいのはそこではありません。
その未来であなたは自分のことをどんな人だと思っているでしょうか?
例えば、今のあなたは何か新しい話が来た時に、私にできるかな?から考えるかもしれない。
でもゴール側のあなたは、これ私のゴールとどう繋がるかな?そんな風に考えているかもしれないよね。
今のあなたは、知らないことが出てきたら、わからないことが無理、そう思うかもしれない。
だけどゴール側のあなたは、誰かに聞けばわかるのかな?誰に聞いたらわかるだろう?そんな風に思っているかもしれないね。
または誰かに反対された時、今のあなたであればやっぱりやめた方がいいのかな?そう思うかもしれないけれど、
ゴール側では、相手の意見を聞いた上で、なるほど、じゃあ私はどうする?そう自分に戻ってきているかもしれないね。
ここで大事なのは、どっちの行動が正解かではありません。
見て欲しいのは、その選択をしている自分を自分がどう認識しているかです。
いつもの自分と選択の違和感
セリフイメージというのは、簡単に言うと、私はこういう人間です、っていう自分についての認識。
例えば、私は頼まれたらこどわれない人だから。
私は失敗してはいけない人。
私はちゃんとしてる人。
私は人から必要とされる人。
私は安定した仕事をする人。
そういう自分の中にあるいつもの私です。
そして私たちはこのいつもの私と一致する選択をすると、とても自然に感じます。
逆にね、いつもの私と違う選択をすると違和感が出ます。
怖くなる。これでいいのかな?そんな風になっちゃいます。
例えばね、ずっと頼まれたら答える自分。
頼まれ事をしたら答えてきた私で生きてきた人が、初めて今回は引き受けません、そう言ったと。
相手は、あ、わかりました、普通に帰っていった。
何も問題は起きてない。
であるのに、家に帰ってからザワザワする。
あんな言い方で大丈夫だったかな?
嫌なやつって思われてないかな?
やっぱりやりますって言おうかな?
そんな風になっちゃう。
これね、断るっていう行動だけが問題じゃないんだよね。
頼まれたら答える私、そこから外れたの。
だから落ち着かないんです。
ゴールデンも同じで、ゴールデンは自分の考えを社会に発信してる。
だけど、今現在のセリフイメージは、人から批判されない私。
そうすると発信しようとする度に、これでいっちゃって大丈夫かな?
こんなこと言っても大丈夫かな?みたいになる。
ゴールでは、人を育てたりチームを動かしたりしているのに、
でも現在のセリフイメージでは、自分で全部やるのが優秀な私になっちゃってる。
そうすると、人に任せる度に不安になっちゃう。
ゴール側で普通になっていること
つまりゴールだけ未来へ移動しても、
セリフイメージが今までのままで変わらないと、そこにズレが生まれるんです。
なのでゴールを考える時に、私たちは何を達成するかだけではなく、
もう一つ問いを持ってほしい。
その未来では、自分はどんな自分として生きているか。
そしてここからがすごく大事で、これを新しい正解探しにはしないでということ。
1、成功している人だったらこうする。経営者ならこうする。
ゴールを達成する人なら怖がらない。主体性がある人なら人の意見なんか気にしない。ではありません。
これやっちゃうと、今度はゴール側の私という新しい正解に自分を合わせ始めます。
そうじゃないの?みたいのは、ゴールを達成している自分にとっては何が当たり前になってるんだろう?
何が普通になってる?これです。
怖くなくなっているとは限らない。怖くても必要であれば動いてるかもしれない。
全部わかってるとも限らない。
わからなければ誰かに聞くことが当たり前になってるかもしれない。
全部一人で決断できているとも限らないよね。
いろんな人の意見を聞いて、その上で最後には私はこうすると決めているかもしれない。
ここなんですね。
このシリーズでずっと扱ってきた人生の守護。
人の意見を聞いて自分に戻る
人の意見を聞かないことが人生の守護を自分に戻すということではありません。
誰にも頼らないということでもない。
誰にも影響されないということでもない。
迷わないことでもないし、いろんなものに影響されます。
人の意見も聞きます。怖くもなります。迷うことだってあるよ、それ。
それでも最後には、じゃあ私はどうしたい?
そう自分に戻ってこられる。
私はこれがすごくめちゃくちゃ大事だと思っています。
なので今日ゴールを持っている人には一つ観察してみてほしい。
ゴール側の自分にとって何が普通?何が当たり前になってる?
わからない時どうしてる?ゴール側のあなたは。
反対された時どうしてる?あのゴール側のあなただったら。
失敗した時自分に何て声かけてる?あのゴールのあなただったら。
自分に何て声かけてる?あのゴール側のあなただったら。
誰かに頼ることどう捉えてる?あのゴールのあなただったら。
そしてもう一つ。
今日の私はどの自分として選んでますか?
今までのいつもの自分で選んだ?
それともあのゴール側の自分から今を見た?
いつもとは違う選択肢も含めて自分で選んでますか?
どちらだったとしても自分を責める必要はないですからね。
まず自分がどの自分として選んでいるのかを知る。そこからです。
次回のエフィカシー
そしてこの第8章ではもう一つ大きなところまで進みます。
自分で未来を選ぶ。
自分でゴールを決める。
自分で人生を選択する。
ここまでできるようになった時、実はその先に新しい問いが出てきます。
私はどうしたい?これがわかるようになったあなたは。
で、主体性は感性なんだろうか?
はい、これはまだね、今日は答えを出しません。
まずは自分で選ぶ自分を育てるところから。
次回はゴールを選定した時に私たちがつい探してしまうもの。
でも私にできる証拠は?
これについてお話しします。
第8章第2話はできる証拠を過去に探さない。
はい、エフィカシーですね。
自分はそのゴールを達成できる存在であるという自己能力の自己評価のことです。
これについて現状の外側のゴールと一緒に読み解いていきます。
今日もあなたの人生のハンドルはあなたの手の中にあります。
それでは。