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最初は、やりたいから始めたはずだった。
でも、気づけば、やらなければならないに変わっている。
そんな感覚を持ったことはないですか?
こんにちは、フユコです。
このシリーズでは、目標そのものではなく、
その目標がどこから生まれているのかを見ていきます。
それは、本当に自分のものなのか、
それとも、外側の機体が形を変えたものなのか。
本日は、第1章、第2話をお届けします。
タイトル、【やりたいが、やらなくちゃ】に変わる時。
やり方が目的になってしまう理由、
やる手段の目的がですね。
今日は、やりたいことのはずなのになぜか苦しいというテーマです。
例えば、起業したい、そう思って始めたのに、
気がついたら、やらなければになっている。
例えば、主体的にいきたい、そう思ったはずなのに、
気づくと、なんとか自分で選ばなくちゃ、になっている。
最初は望んで始めたはずなのに、途中から義務のようになる。
この時、起きていることは、意思の問題ではありません。
目的がすり替わっているんですね。
人はね、やり方を目的にしてしまうことがあります。
例えばね、起業家さんであれば、起業することそのものが目的になってしまっていたり、
本来は自分の人生を生きるための手段だったはずなのに、
いつの間にか起業すること自体がゴールになってしまったり。
会社員でも同じです。
昇進する、評価される、成果を出す。
本来は自分の人生を進めるための手段。
でも、昇進することが目的になると、評価され続けなければ不安になっちゃうよね。
家庭でも起こります。
幸せな家庭を築きたい。
そのために、いいお母さんになりたい。
いい妻になりたい。
いい父親になりたいし、良い夫でいたい。
本来は家族との関係を大切にするための手段でしかなかったはずなのに、
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でも、いい母親であることが目的になると、休めなくなるんですね。
そして、誰かになるって楽ですよね。
なぜなら、自分と向き合わなくて済むからです。
会社でも、誰かの正解、このやり方を真似すれば考えなくていい。
間違えないで済む。責任も減りますね。
家庭でも、YouTuberのわんままさんのやり方をなぞれば、
これが正解、これで合ってる、そう思いますよね。
自分の選択と向き合う必要がなくなる。
つまり、誰かみたいになることは、自由ではなくて安全なんですね。
ただ、安全な代わりに、自分の人生ではなくなります。
主体的に生きる。自分で選ぶ。起業する。行動する。
これらすべて、人生を生きるためのただの手段です。
であるのに、それ自体を目的にしていると苦しさが生まれるんですね。
例えば、自分で選ばなくちゃ、そう思っている時、何のためにが抜けていることがあります。
自分で選べるようになるのは、人生を主体的に生きるための手段。
でも、自分で選ぶことが目的になると、選び続けなければならなくなります。
やりたいことがやらなくちゃ、これに変わる時、多くの人はやり方が目的に変わっています。
起業も主体性も行動力も、本来は人生を進めるための手段であるはずなのに、
やり方そのものを目的にしていると、人生の在り方が静かに逸れていきます。
次回は、なぜ人は手段を目的にしてしまうのかを扱います。
これのためにやるんだ、そう思っているそのこれ、実は手段かもしれませんよ。
今日はここまでです。