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シリーズ【GOALの錯覚】第1章第3話 なぜ人はやり方を目的にしてしまうのか
安心のための選択が自由を奪うとき こんにちは、ユコです。
前回は、やりたいがやらなくちゃになるとき つまり、want to が have to これに変わるとき
やり方が目的になっているという話をしました。 今回は、そもそもなぜ人はやり方を目的にしてしまうのかと、これを扱います。
理由は、意思の弱さではありません。 安全を求めるからですね。
人は不確実な状態が苦手です。 例えば、会社で新しいプロジェクト、これを任された時とか、
何を目指せばいいのか、まだ曖昧な状態は落ち着かないですよね。 でも売り上げを伸ばすという目標があると安心しますよね。
家庭でも同じで、子育てに正解はないですが、でもちゃんと育てるというやり方があると安心しますよね。
つまり、目的は不確実で、やり方は確実なんです。 なので、やり方の方が見えやすいんですね。
で、もう一個理由があって、やり方は評価ができるからなんです。
起業したのかどうか、昇進したのかどうか、主体的に動いたのかどうか、これらって周囲からも見えますよね。
でも、自分の人生を生きているかどうかは評価ってできないですよね。 数字もつかないし、証明もできない。
例えるんだったら、健康に生きることは目的、体重の数字は種だ。 体重は測れる、健康は測れない。
だから、体重を下げることが目的になりやすいと。 不確実な目的を持ち続けるよりも、確実なやり方を持つ方が安心できるんです。
会社員であれば、評価制度に合わせて働く方が迷いが減るよね。
起業家さんであれば、成功者と言われている人の型をなぞる方が判断が楽になるよね。
ご家庭でも、いい母親像、このやり方に沿う方が迷わなくて済むよね。
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つまり、やり方はお気づきの通り、不安を減らす装置なんですね。
ただし、このやり方だけを握り続けていると、今度は本来の目的を見失います。
主体的に生きるために始めたはずの行動が、主体的に動いているように見せる行動、これに変わっていっちゃう。
自分の人生を進めるために始めたはずの起業が、起業家であるという状態を保つことに変わっちゃう。
家族を大切にするための役割が、いい母親であることを維持する行動に変わる。
はい、まとめです。人は弱いからではなく、安心したいからやり方を目的にしてしまいます。
不確実な目的よりも確実な手段を握る方が怖くないからなんですね。
でも、その安心は人生の方向を少しずつ反らしていきます。
安心のために選んだやり方が、本来の目的を覆い隠すことがあります。
次回は、やり方を手放すとき、何が怖くなるのか、これを扱います。
今日はここまでです。それではまた明日。