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【ABOUT ME】第11話 この放送は
スタイフの人気配信者でありコンサルタントのママモデルあっこさんが主催している 期間限定コミュニティ伴奏会でのチャレンジ配信です。
3月13日までの1ヶ月間、毎日私が知っている私、これを音声に残すための放送です。
今日は、はこだてに行ってからの私ということで、
中学前までの話をしようかなと思います。
中学前までだとすごく多いんですけれど、イベントとしては結構大きなことがあっているので、
5分ぐらいで話せることだけ話していこうかなと思います。
はこだて市内にある祖父母の家、平屋のこだてでした。そんなに広くなくて、
LDKがなかったですね。LDKがなくて、
1、2、3、4、4Kみたいな感じですかね。
お風呂がなかったと記憶しています。あったかな?
まだトイレが水泉じゃなくて、昔の言い方で言うとドッポンベンチョっていう、
しゃがんでするタイプで、中が見えるタイプね。排泄物が。
汚れ物が入った層が中が見えるって感じで、怖いんだよね。落ちたらどうしよう。
落ちて死んだ人とかもいるらしいからね。怖いんだよね。
なんだけど、祖父母の家のトイレの便器っていうんですかね。
それが陶器でできていて、ちょっと高級な食器あるじゃん。
ロイヤルコペンハーゲンみたいな柄で、高級なトイレ。
割と気に入っていたというか、好きでしたね。裸電球が1個あって、
トイレが怖くなかったというか、私陶器が好きだったので、
食器とか陶器が子供の頃からどうやら好きだったみたい。
そのトイレの便座、便座って言わないのか、便器自体は好きでした。
怖くなかったです。よく磨いてましたね。
そんな祖父母の家でどのぐらいの間かはちょっと一貫的には、
おそらく兄が小学校に上がる頃には引っ越していたので、
1年ぐらいだったと思うんですけど、過ごしていましたと。
そんな中、自分の記憶にあるものっていうのから推察していくと、
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おそらく私というのは、人の言葉から真相心理を見に行って、
相手がどうして欲しいと思っているかとか、
そういうのを推察するパターンっていうのを身についたのは、
ここの時期なのかなっていうのは何となく思っています。
祖母はあまり子供の相手が好きじゃないというか得意じゃないタイプだったとは思います。
だから猫かわいがりするようなとか、そういう関わり方っていうのはしていなくて、
常に大人に対して接するのと同じような生死方でしたね。
いい意味でフラットな方でした。
で、怒られたことがある。
一度だけめちゃくちゃ怒った時があって、
それがいとこが遊びに来てくれてた時に、
そのいとこと一緒に近くのスーパーに行こうということで雨が降ってたんですね。
雨が降ってるから傘を差していこう。
で、おばあちゃんに雨が降ってるから傘貸してみたいなことを言ったら、
玄関にあるの使っていいよっていうことだったんで、
いとこはおじいちゃんの黒い傘かな、覚えてないですけど、
そこの辺に刺さってたやつがあって、
で、私は壁にかかっていた白い小さな傘を選んだんですね。
小さいから子供用だと思ったと思うんです、その時なんとなくの判断で。
なんだけど帰ってきたらおばあちゃんにはめちゃくちゃ私怒ってるんですよ。
なぜかというとそれは、そこの日傘だったんですね。
白いレースの日傘で、布でできているタイプで、
雨の中濡らしてしまったのでシミになってしまったとレースが、真っ白のレースが。
めちゃくちゃ怒られましたですね。
見たことない行走で、見たことない声をあらげて、
見たことない祖母の姿で怒られて、
怒られたと捉えているので、結構傷ついたと思うんですよね、私自身が。
何がいけなかったんだろう、自分の中で分析をするんですけど、
知らなかったのにとか、言えば知らなかったことだからわざとじゃないんだけどな、みたいな。
でも嫌だったんだなって。
そこで人は自分の大切にしているもの、私にとってどうかじゃなくて、
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自分が大切にしているものを、それが高かろうが安かろうが金額に関係なく、
大切にしているものを壊されたり傷つけられたら、怒るんだということを覚えたんですよね。
今喋りながら思いましたね。
その感情をぶつけられたことに対して結構傷ついたと思うんですよね、私ね。
嫌われたと思ったのか、ここにいてはいけないような、存在を否定されたような、
そんな風に幼い私を捉えたと思うんですよね。
で、私、自分がそういう感情になったので、人に怒れなくなったんですよね。
自己都合で。自己都合で怒れなくなっちゃったんです。
相手にも事情があるかもしれないとか、感情の出し方が分かんなくなっちゃったんでしょうね、きっと。
泣くしかできなくなっちゃったんですよね、頼っている人に対してしかも。
なるほどね、ここで蓋が閉じたんだな。
クリスマスでサンタクロースが、私たち兄弟にモンチッチの兄弟をプレゼントしてくれたんですね。
兄には男の子のモンチッチ、私には妹の女の子のモンチッチ。髪の毛結んでいる方が女の子ね。
すごい嬉しくて、めちゃくちゃ可愛くて気に入ってて、初日大喜びで、兄はそのモンチッチにアブって名前を付けたんですね。
アブはワンパクで暴れん坊とか設定をしてて、すごいパンツとかキックとかしてくるんですよね。
相変わらず嫌なんですけど、普通に遊びたいみたいな、仲良くお人形ごっこしたいみたいな、思っている私。
暴れん坊のアブがすごい殴ってくるんですよ、私の女の子のモンチッチを。
名前もまだ付けれなくて可哀想で。
そうこうしているうちに、やめてみたいな。
私は本当に嬉しかったので、大切にしたかったし、蹴ったり殴ったりぶっ飛ばしたりされるのが、
たとえぬいぐるみでもお人形でも嫌だったの。可哀想だと思ってやめてって言ったら、初めて兄にやめてって言った私に対して兄は激行して、
買って封を開けて喜んで、1時間経ってなかったと思います。まだ名前も付けてなかったんで。
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その女の子のモンチッチの首をひねって首チョンパしてちぎったんですね。
首がちぎれたんですよ。泣きましたね。かなり泣きましたこれは。
すごく辛くて身を切られるような思いで、悔しいし戻らないし、なんてことするんだっていう感情ごちゃごちゃで母に訴えたんですよね。
それはさすがに兄がこんなことしたって壊されたっていうのを訴えに行ったら、
早朝から遊んでたんで、母も機嫌が悪く朝起こされて泣いてくるもんでね。
そんなの仕方ないだろうって壊れたものはどうしようもないんだから諦めなさいって言われたんですよね。
事の経緯だったりとか、してはいけないことをした兄に対しての悟しとかではなく、
私がしつこい、私が諦めが悪い、みたいな設定で叱られたんですよね。またグズグズしてるみたいな。
理不尽やろ!ってなるわけ私は。すごい嫌だと思って。
でもまあ自分の力のなさですよね。嫌だったのは一番。
本当に嫌なことを嫌だって言えないこととか、知りたげられて助けてもらえる人がいないこととか、腐りますよね本当に。
で、そういう自分の感情をまたそこに蓋をして、そこにいるしかないので、自分では力がないのでね。
我慢しているわけなんですけど。なるほどね。だから私あれだな、後輩とかそうしてきたしね実際。
なるほどなるほど。自分のことがすごくわかってきました。
それ他にも、離婚してこれから祖父母の家で暮らすんだよっていうことを理解できていないので、
なぜ岩手の家族やみんなが泣いているのかも理解できないまま函館の暮らしが始まっている私に、
兄はおそらくわかっていたのか、1歳の差でも賢い人なんで気づいていたのか、
してましたけど、元気に相変わらず暴れん坊でやんちゃで意地悪でしたけど、
私は父が来ないことをとても違和感というかね、果たしていつ来るんだろうっていうのを思っていて、
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それを母や祖父母に聞くわけですよね。
お父さんはいつ来るの?お父さんはいつ帰ってくる?っていうのを聞くたびに聞いている相手の顔が曇るんですよね。
表情が。言葉を濁したり、目をそらしたり、はっきりしないと。
で、察するわけですよね。幼少期の私は。聞いてはいけない質問なんだということから察するわけです。
これを聞くと大人の顔が、要素がおかしい。
ということはこれは聞いてはいけない質問なんだなっていうのを察して、もうそれ以上は聞かなくなるんですね。
察するってことです。父はもう帰らないんだな。
私が父との別れはその時だったんですね。
その時に、自分が察した時に自分の中でさよならも言えず、そこに寂しいとか悲しいとかっていう感情はなく蓋をしたんですね。
それは様子、人の言葉。そこで言ってはいけないことなのかと。相手が困るんだと。
真相真理を見に行き、相手は聞いてほしくないことなんだろうと。
そういう推察する。これもパターンになってますね。今。
なるほどね。よく認知科学でも脳科学でも言うんですけど、幼少期、大体3歳ぐらいから15、16歳ぐらいの間に、そういう信念とかパターンっていうのが出来上がるって言って聞きますけど、まさにそこだなっていうのは思います。
なので、記憶自体、そもそも蓋をしてしまっている人も多いのかと思うんですけど、やはりトラウマに近いこととか、傷ついたこととか、嬉しかったことっていうのはこのように、私は動画で残ってるんですけど、記憶に残ってるはずなんで、この話をすることに何の意味があるかっていうと、誰かのトリガーになったりするんですね。
そういえば私も似たようなことがあったとかね。なので、行こうかなって撮っていこうかなと思うんですけれど、そこに自分の今もなおね、なぜか反応してしまう感情、なぜかざわついてしまう反応、その根っこっていうのが幼少期の、それを見に行くんですね。
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なので、こういう感情っていうのは、されたこととかじゃなくて、そのように捉えた自分が自分を守るために蓋をしたり忘れようとしたり、なかったことにしようとしたりってする自分の思考の前提というか、OSを作ったものなはずなんですね。
なので、そこを知るっていうことが大事。消すことはできない。なくすことはできない。
あの時の自分を守ろうとしたこのパターンがあるんだなっていうことに気づくっていうことが大事。
自己理解の、自己否定の運と手前の行動なので、この話を聞いてね、何か思い出したことがあるんだったら、一旦自分の幼少期っていうのを振り返ってみるっていう行動はやってみていいことかなと思うんだけれど、人によっては本当に深い傷で苦しくなっちゃったり不安になっちゃったりするんで、
誰か、皆さんのコーチだったり、カウンセラーだったり、コンサルでもいいですけど、専門的な学びをちゃんとしている人、友達とかじゃなくて、ちゃんと学んで対応できる人、勝手な解釈できっとそうだよっていう人ではなくて、学んでいる人の専門家の相手に打ち上げたりフォローしてもらってください。
それでは、今日はここまでです。