スポーツ経験と身体機能の探究
はい、どうもゆうとです。今回はですね、身体の結晶性知性みたいなものを高めるというような話をしてみようかなと思うんですけども、
今後の取り組みとして、こういう切り口っていいんじゃないかなっていうのをちょっと思いついたというか、自分個人でもやっていこうかなっていうところなんですけど、
自分自身はですね、結構身体能力みたいなことを高めるっていうのが好きなタイプだったんですよね。
小さい時からスポーツ、小学校ぐらいから水泳ですかね、部活に入っていて、中高とやって、ある程度心肺機能とかもついてきたんで、
液伝とかですね、長距離走とかもやったりしましたし、大学ではボート競技やって、そこから自転車競技とかも関わったのがありますけど、
大体どれもですね、いわゆる身体機能、心肺機能とか、筋力とかパワーとかスピードとか、こういうものが結構ダイレクトにスポーツの成績に関わるっていうようなところをやってきて、
これも自分の身体機能が高まっていくみたいなことを実感できたりとか、なんかブレイクするみたいなのが起こったりするんですよね、たまに。
そういうのが楽しかったっていう感じで、試合で勝つとかっていうのはそんなに興味がないことはないですけど、それよりは自分自身と向き合って機能を高めていくみたいな、
営み自体が好きだったみたいな感じだと思うんですよね、今振り返って思うと。
ただですね、やっぱり20代中盤ぐらいとか、大学院で研究してたりとかですね、トレーニング割く時間難しくなってきたり、
一旦やり切ったかなっていうか、身体機能を高めるっていうのだと、自分の中で限界を感じて、ちょっと一旦そういう方向から離れたっていうのがありますけど、
もともとそういう身体機能的なものを高めるのは好きだったんで、なんか最近あんまりやり切れてないかなと思ってたんですけど、
結晶性知性とは何か
逆というか違った方向性として、その結晶性知性みたいな方向性で高めていくのは、結構生涯探究できそうだなみたいな感じがしていて、
思いついたというか、以前から思っていたのはあるんですけどね、改めてそういう方向でやってみようかなみたいな感じですね。
結晶性知性とか、結晶性知能みたいな言い方もありますけど、ここで言われるのが流動性知能と結晶性知能みたいなもの。
例えば最近のAIの動向をすぐキャッチアップして、情報収集してやるとか、そういうスピード感のある判断というか、どっちかというと若い人の方がやりやすいようなものが流動性知能というもので、
結晶性知能みたいなものは、すごい経験が積み重なった職人的な感みたいなものとか、歴史とか哲学とか結構深い知識があるからこそ時代を読み解けるとか、
こういうのが結晶性知能みたいなものって言われますけど、個人的には知能っていうよりは知性っていう言葉の方がなんとなく合うなっていう気がしていて、
一旦今進退における結晶性知性みたいな言葉を使ってますけど、こういうのを高めていくのは結構面白いんじゃないかなみたいな感じですね。
わかりやすいイメージでいくと、よく格付けの番組とかありますよね。めちゃめちゃ高い食べ物だとか音楽とか聞いてどっちが高いのか安いのかみたいな、
あんな感じで、違いがわかる人っていうかそういうのが、いわゆる結晶性知性が高いみたいな感じかなと思いますけど、
そういう誰かと競争するみたいな感じではなくて、自分の中で以前よりも違いがわかるようになってきたなっていうか、
どっちかというと人と比べるというよりは、自分の中での探求を深めていって、より人生とか世界を楽しめるようになるみたいな方向性がいいんじゃないかなっていう気がしていて、
自分自身としてはこういうのをやっていこうかなみたいな感じですかね。
香りや芸術を深く味わう
過去関わってきたところとか最近でも嗅覚とか香りみたいなところの取り組みがあるんですけど、
こういうのもですね、高齢化していくと一般的に数値化できるような客観的な嗅覚みたいなものは落ちていくっていうのがあるんですけど、
その中でもある程度早めに取り組んでおけば機能自体も維持できたりとか改善できたりという話もありますが、
香りとかっていうと、どっちかというと機能的に感じれるかどうかみたいなところっていうよりも、
こういうのが好みだとか、匂いを感じた時に思い出がよみがえってくるとかですね。
そういう意味みたいなものが強いのかなっていう気がしていて、
どっちかっていうとそういうところをこだわってみたいなみたいな感じではありますかね。
この辺は多分アート鑑賞とか映画を見るとかそういう音楽を聴くとかにも通じてくるかなと思いますけど、
やっぱりあんまり集中して意識せずに、
それもいいんですけどね。音楽聴いてるだけとか映画見るだけとか、
それ自体もたぶん楽しく感じるのはあると思うんですけど、
より違いが分かるとか、自分の中での新しい気づきがあるとかっていうと、
ちょっと訓練というか修行というかですね、情報を得たりとか、いろいろ必要かなとは思うんですよね。
個人的には今後そういうものをより楽しんでいけると人生楽しいんじゃないかなっていう感じがしていて、
年齢とAI時代に活きる身体感覚
今36で今年37になる年っていう感じですけど、
実際にさっきの流動性知能みたいなものはこの辺の年代ですかね、
特に結構境目になるような感じがしていて、
40代50代とかになるとおそらく自分ではできると思っていてもうまくできないとか、
中年危機とかミドルエイジークライシスみたいな話もありますけど、
結構そういう若い時の気根塚みたいな感じのことに執着しすぎると苦しくなってくるんじゃないかなと思いますけど、
やっぱり多分年取れば取るほど違った価値の出し方とか楽しみ方っていうのがあるんじゃないかなって、
まだそこまで行ってない年齢かもしれないですけど、そうじゃないかなっていう気がしていて、
特に30代中盤とか40代ぐらいとかですかね、
そういうところでうまく今までとは違った楽しみ方みたいなことも感じるようになるとより良いだろうし、
最近のAI時代みたいなことで言うと言葉にされたものとか情報とかですね、
数値化されたものとかっていうのを素早い処理みたいなことはAIでもできるわけで、
逆にまだ数値化しきれないような身体感覚とか言葉にするのがちょっと難しいけど、
感じられることみたいなことっていうのはまだ世の中たくさんあるかなと思いますし、
そういうところに目を向けて大切にできると、おそらく戦略的にっていうかですかね、
AI時代でAIがいろいろできるようになったこととしても、
人として生きる意味とかできることみたいなことが残るんじゃないかなと思いますし、
そういう戦略的にみたいな感じじゃなくても、
人生楽しんで生きていく上ではですね、
こういう身体の血小生地性みたいなことは大切にしておく意義は結構あるんじゃないかなみたいな気がしているので、
ちょっと取り組んでみようかなみたいな感じですかね。
自分もセラピストとして例えば手で手術をするとかっていうのもそれに近いような感じで、
確かに最新の論文とか知見みたいなことで言うと、
若い人の方がキャッチアップしやすかったりとかあるかもしれないですけど、
人の感情とか情動みたいなことを察知する機微っていうか、
そういうものだったり、手の敏感な感覚とか直感みたいなものっていうのは、
おそらく年を経たからこそできることっていうのもあるかなと思いますし、
そういうセラピストとしての職人性みたいなことも一種ありますし、
あと結構身の回りでですね、そういう職人派だというか、
西宮でのワークショップ構想
結構長年そういう一つの道を探求してきたみたいな人も結構いたりしますし、
最近哲学系の方も関わる機会が増えてきてますけど、
そういうところが結構個人的には面白く感じるというか、
まだ言葉にもされてないようなところだけど、
すごく大事な感覚を持っているとか考えているとかですね、
そういう人と関わるのが結構好きなところもあるんで、
自分自身も探求しつつ、そういう人とも話をしたりしつつ、
何か音声なり動画とかテキストなんかで届けられるところは届けていって、
一応兵庫県の西宮っていうところに自分の会社のオフィスがありますけど、
そこでの活用の仕方っていうのも検討していたところで、
一応個別に施術できる場所とかあったりしますけど、
イベントスペース的な20名くらい入れるところで何しようかなみたいなことが
まだ決まりきってなかったんですけど、
こういうワークショップ的なものとか、
自分の身体に目を向ける時間を作るとかですね、
こういう身体の結晶性知性を高めるみたいな方向性で、
人と比べるんじゃなくて自分の中でより楽しめる人を増やしていくみたいなことは、
結構意義があるんじゃないかなっていう気がしているので、
いろいろ試していこうかなという感じですかね。
ちょっと今の思いつきというか気づきとして、
でも結構今後長く続けることになりそうなテーマが見つかってきたので、
今回しゃべってみました。
以上です。ありがとうございます。