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#014 過去を思い出すことと記録の意味
2026-03-25 14:54

#014 過去を思い出すことと記録の意味

『僕ら 大切なことに使える時間はもうあまりないから』を読んで、過去を思い出すこと、出せることの大切さと、記録を残す意味をあらためて考えました。

思い出すことは、人生を意味づけ、自分を肯定し、幸福感にもつながる。
そんな実感を、ジャーナリングや声日記の話とあわせて綴っています。

#声日記 #ジャーナリング #読書 #ボイスログ #ボイスジャーナリング #ぼくら大切なことに使える時間はもうあまりないから #記録
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おはようございます、Emmyです。このチャンネルは、子供が育った後のぼっかり感を抜けて、第二の人生を面白がりながら、日々の気づきや心の動きを言葉にしていく声の記録です。
改めまして、おはようございます。今日は、本の紹介と、そこからちょっと私が思うことについてお伝えしていきたいなと思います。
昨日、本屋パトロールで3冊気になる本がありました、というご紹介をしたんですけれども、実は気になった本以外に購入した本もありまして、今日はその本の冒頭の前書きの部分からのご紹介になります。
本のタイトルは、僕ら大切なことに使える時間はもうあまりないから、というタイトルです。市川誠さんが著者で、SBクリエイティブという出版から出版されてますね。
これ今日、午前中ちょっといろいろと用事があって、それを終えた後、今ちょっとピラティスに行ってきて、帰ってきたという状態なんですけれども、
そのピラティスに行く前のちょっとした時間で、冒頭のはじめにという序章の部分をさらっと読んでみました。
そしたら、すごく刺さることばかりで、もうこれだけでちょっと1本収録できるなっていう、そういう感じがしたので、早速ご紹介していきたいと思います。
一番その冒頭の始めにのタイトルが、人生には大切ではないことに使う時間はない、というタイトルがあります。
もう本当に今、私これを実感していて、2年前くらいからエンディングノートを書くっていう活動じゃないけど、そういう取り組みをしております。
今私51歳で、エンディングノートを書き始めたのが49くらいだったかな、49、50くらいだったかな、健康寿命を考えた時、私あと残り25年くらいっていう計算にざっくりなるんですよね。
そうすると、まだまだあるっていう気もするし、もうあと25年かっていう気もする。でも何か成し遂げるには全然時間があると思うんですよね。
だけど、興味のないこととか嫌なことに構わっている、そんな暇はないなっていう、そういう実感があります。
だからこれから私のような50とか全然いってない若い方たちでももちろん、大切ではないことに使う時間はないっていう気持ちを持っていると、
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人生もっともっと楽しく、チャレンジに満ち溢れた日々になるんじゃないかなって思うんですよね。
ということで、この冒頭のタイトルから刺さるっていう、そういうお話になります。
さらに読み進めると、もう本当に逐一読んでいって、あだこだって言いたくなるんですが、
6個、私冒頭から書き出した部分がありますので、それをどんどんご紹介していきます。
まず一つ目は、人は自分の体験を思い出すことで自分の人生を意味付け、評価し、幸福を実感します。
もうこれ本当にそうだなって思うんですよね。
ちょっと前まで何回か、過去のジャーナリングからいろいろな思い出を語ったエピソードがあったかと思うんですけれども、
その数日間、私過去のジャーナリングを読み返していて、
読んだら思い出すっていうことはもちろんあるんですけど、読むまでは別に記憶になかったようなこともあったんですよ。
だけど読んだことで自分の体験を思い出して、そこに苦々しい思い出だったとしても意味があったなって、今なら思えたりとか、
すごく宝のような日々だったなって、尊いなみたいなそういう感情を味わい直して、これが幸せだなっていうのを実感しました。
ここの一文まさに本当に直近で点と点が繋がったっていう感覚でした。
次にご紹介するのは、予定を詰めすぎるとその日に行ったことの記憶が残りにくくなる。
これも最近感じることで、良かれと思って1日の間にいろんなことを、
文刻みとまでは行かずともいろいろ詰め込むと、その日の達成感としてはすごくあるんですけど、
私はジャーナリングをするので、あれやったこれやったっていう記録が残っていくから忘れるっていうことはないですが、
一つ一つはちょっとおざなりというかそういう感じはありますね。
やっつけ仕事というか、その時間内に終えるために集中してやるっていうことはとても良いことだと思うんだけど、
あまり丁寧さがない、そういう感覚もあるなって思います。
だから予定を詰めすぎるのはどうかなっていう、それを感じている時間があったからこそのこのフレーズが刺さりました。
さらに次は、人は過去の記憶を起こすことによって自分の評価をポジティブに受け止める。
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これも本当にそうだなと思うんですよね。
私そのエンディングノートを書き始めた時に、自分の死っていうものを考えて、あと何年とか、ちょっと正直落ち込んでいく時期がありました。
何とかそれをもっと前向きにしたいと思って、ジャンナリングでいろいろ深掘りして、いろいろ模索する中で、
100年カレンダーという本がありまして、これも別のタイミングでぜひご紹介しようと思うんですが、
自分の100年間を年表にして、それぞれ整理していくっていう本があったり、それワークがあるんですけども、
それを書いた時に、自分の過去を生まれた時から、今は51年くらい生きてきましたから、
その過去の間にどんなことが起こったかを、良いことも悪いことも含めて全部書き出して、年表にしたことで、
自分の人生が立ち上がるというか、別に大した人生ではないんだけど、
なかなかやったもんだなって、私なりに頑張ってきたなって、そういうふうに思えたのが、
ポジティブに受け止めたことにつながるなって思うので、これも本当に自分の体験として体感があります。
その次に、体験の記憶が残っていないほど体感時間が早く感じられる。
体験が残ってないほど早いってことですよね。
そうですよね。
やっぱり何か一生懸命やってると、あれやった、これやったって時間の経過が、
たとえ早かったとしても、収穫したものが多いっていう、結果につながっているから時間を有意義に使ったなっていう感じがすると思うんですけど、
何にもしないで過ごしていると、フヨンって一瞬で過ぎちゃったみたいな感覚に陥ることってないですかね。
私はそういうのあります。
忙しくいろいろ、さっき言った予定を詰めすぎると記憶が残りにくいっていうのと、ちょっと相反する考えになってしまうけど、
忙しくしていると、瞬間的には早く過ぎ去った気もするけれど、やっぱり収穫があるなっていう、自分の気持ちを揺らすものがあるなってそういう感じがします。
これは例えば、小学生が小学校卒業までの体感っていうのと、年取ってからの体感っていうの。
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どっちが長いと感じるかって言ったら、やっぱり小学生の時の方が長いと感じるのかなっていう、そこに基づいているかな。
圧倒的な体験だったと思うんですよ、小学校って。
まだ自分自身に体験が少ないから、毎日が冒険じゃないけど、いろんなハプニングが起こって、いろんなそこに学びがあって、そういうことにつながるなっていうのをすごく感じました。
その次が、過去の体験を多く思い出せるようになることが、人生における充実感や幸福感につながる。
これもさっきの100年カレンダーとつながると思うんですけども、大したことしてきてないなって私は思ってたんですが、書いていくと結構いろんなことやったなっていう、そういう事実が自分の目で確認できて、それが人生の充実度合いをアップさせたなっていう気がします。
で、わざわざ思い起こすことがないと、もうこの10年、20年はまとめて10年、20年っていう感じになっちゃって、本当に逐一いろんなことが起きてるはずなんだけど、わざわざそこに着目しないじゃないですか。
だから過去を振り返るっていうのも、そんなに悪いことじゃないって私は思うんですよね。別に人様にご迷惑かけることではないので、自慢げに話すとかはめんどくさい大人になっちゃうけど、自分の中で振り返るだけなら何も問題がないと思うんで、ぜひ過去を振り返るっていうこともやってみたらいいなって思います。
これと同時に、時間が過ぎるのが早い人は自分が体験した詳細を覚えていない可能性があるっていうのも、これも確かだなと思うんです。
このジャーナリングを何日か振り返ったときと、またこれ被りますけれども、もしジャーナリングを私が書いてなければ、思い出せるエピソードって数に限りがあって、それを読むからこそその時のことがあってさっと思い出せる。
例えばそれが写真だったり音楽だったりとかそういうこともあると思うんですが、ジャーナリングは特にそれが文字で前後関係とか状況が残っているので、ちくいち覚えている必要がないのがジャーナリングで、ジャーナリングの良さがそこにあるなって。
書いた時にも気持ちが落ち着くし、さらに後から読み直してもう一度味わい直せる。本当にジャーナリングをやらない手はないなって思うんですね。
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今までこのジャーナリングしてよかったっていうことばかりをお伝えしてきましたけれども、やっぱり書くジャーナリングはそれなりに負荷があると思います。
もう習慣になっている人はもちろん全然そのまま進めていったらいいと思うんですが、今まで何も書くっていう習慣のない方にはそれでもジャーナリングしたらどうかなって思うんですよ。
もっともっとハードルを下げたものが、私は声による声日記って呼んだりボイスジャーナリングって呼んでいる、声による音声によるジャーナリングこれを今すごくお勧めしたいなって思います。
私がこのスタイフを初めて何回かそのやり方についてご紹介したエピソードもあるんですが、本当に簡単にスマホについている録音のボイスメモとか、
例えばパソコンでチャットGPTにいきなり音声で話しかけるとか、いろんな手法があって音声で思いを残せるシステムというか、その時代のこの機器のありがたさを恩恵を受けられるところに私たちいるので、本当にそれを使わない手はないなと思います。
寝る前の5分でいいので、その日にあった出来事とか、その出来事について自分が感じたこととか、そういったことを残して、また後日これをまた味わい直して幸福感を高めたり、充実度合いを再認識するっていうのに使ってもらえたらいいなって思います。
もちろん書くジャーナリングはさらにお勧めです。
何か困りごととか悲しかったこととか、もうどうにもならないなんか切ないとか、そういう折り合いつきにくい感情も書くことで本当に落ち着くっていうのを私は何十回も経験しているので、
とはいえまだ習慣になっていない方にはハードルが高いかと思いますので、まずはボイスジャーナリング、声の記録を、それが習慣化してジャーナリングを残す醍醐味を感じられるようになった時にはぜひ書くジャーナリングもお勧めしたいなと思います。
ということで、今日は昨日購入した僕ら大切なことに使える時間はもうあまりないからという冒頭のところからのご紹介をさせていただきました。
それに関しての私のジャーナリングについて感じることもお話ししてみました。
よろしかったらいいねやフォロー、コメントでのご感想もお待ちしております。
ここまでお聞きくださってありがとうございました。また次回お耳にかかりましょう。
素敵な一日をお過ごしください。エミでした。
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