はじめに:『イン・ザ・メガチャーチ』感想
おはようございます。このチャンネルは、子どもが育った後のぽっかり感を抜けて、第二の人生を面白がりながら、日々の気づきや心の動きを言葉にしていく、私、Emmyの声の記録です。
改めましておはようございます。今日はね、アサイリョウさんの イン・ザ・メガチャーチについての感想をお伝えしていこうと思います。
今年の本屋大賞の大賞を受賞されたこの本ですけれども、 私、今日午前中にオーディブルで聞き終えました。
手元に本がないので、振り返りながらお話しするということができないので、 このしょぼい脳みそをフル回転して、なるべく漏らさず感想をお伝えしていきたいと思っています。
Z世代描写の解像度の高さと共感
まずですね、一番強く思ったのは、描かれている 世代が割とZ世代と言われている世代の人たちですよね。
アイドルを目指している男の子が、確か2001年という描写があったと思うんですよ。 2001年生まれ、ここに登場しているカスミちゃん、スミカちゃん。
スミカちゃんも大学、確か3年生って言ってますよね。留学の準備をしようとしている大学3年生。
うちの息子も、大学にドロップアウトしちゃって、専門学校に通っているんですけど、大学に行ってたらこれから3年が始まる年、これから4年になる年ですね。
そういう、すごくニアな世代なので、Z世代への解像度がすごいなっていうのを、まず一番思いました。
私はその世代の子をもうつぶさに、幼少期からずっと観察しているので、当然これもあるあるだなっていうのをめちゃくちゃわかるんですけど、
アパイさんは別にそういうね、お子さん育てているわけじゃないし、どうやってこの解像度を磨いていくんだろうっていうのを、まず強く思いました。
あと、ちょうど息子と同級生で、私がすごく仲良くしているママの長女が、息子と同い年の女の子がいるんですよ。
その女の子がちょうど9月から留学しようとしていて、そうね、1月、2月ぐらいにその留学先を決める、ちょうどこのスミカちゃんと同じような状況だったんじゃないかなと思うので、
その辺の前後の、なんか心の在り方っていうのをすごく感じました。
お友達もきっとこういうふうに揉まれていったんだろうし、伝え聞いた話で第一希望の国には行けず、みたいなこともね、あったので、
その辺がもうどんぴしゃでここで語られていたっていうのにものすごく親近感を持ちながら読み進めました。
ということで、もう令和っていうんですかね、今の時代を本当に詰め込んだ社会現象とか文化とか、文化人類学お手本みたいな感じが私はしました。
これからどんどん月日が経って、令和っていうこの文化を読み解いていく専門家とかがね、
溢れてくると、この本は教科書になるんじゃないかなっていう、まあそんなふうに思いました。
推し活とファンダムの考察
この本題に戻ってきて、これ、おしかつっていうことで大体語られると思うんですけども、
印象に残っている言葉としてはファンダムっていう言葉がありましたね。
ファンダムって何なんだろうって言って、改めてあの辞書とか調べてみると、
このファンダムのダムのDOMっていう部分には、領域、世界、状態、集まりっていう意味があるそうです。
例えば英語ではキングダムとかフリーダム、スターダムみたいな使われるそうですね。
ファンたちの世界とかファンたちの文化圏、ファンの共同体みたいな意味でファンダムが使われていると、そういうことみたいです。
もうこれは何ですかね、日本でもアイドルを応援するようなファンの集団っていうのはすごいかっこたるものが昔からあったと思うんですけど、
韓国の人たちの推しの文化がまたちょっとこう別の形で入ってきてる気もしますよね。
その辺もちょろっと思ったりしました。
推し一口では当然語れないと思うんですけど、
一つ言えることは何かを強く信じてのめり込むことっていうことが一つのテーマにはなっているのかなと思いますね。
バランス、何事もすべてのことはバランスっていうのは最近この年になって本当に思うことですけど、
この推し勝つについてもこのバランス、それを大いにバランスを描いている人たちっていう感じもしました。
なんか自分を消費しているとかっていう言葉もあったけど、なかなかに思い、ここの背景にある孤独とか欠落とかそういうのがテーマっていうこともすごくわかりますね。
「してこなかったこと」が返ってくるというテーマ
割と冒頭の確かところでお父さんが、人生とは今後帰ってくるのはしてきたことじゃなくてしてこなかったことなのかもしれないっていうフレーズを言っていると思うんですけど、
この前編通してそうなのかな、してきたことじゃなくてしてこなかったことについてのしっぺ返しじゃないけど、後から帰ってきているっていうね。
お父さんの文脈では家族や娘にきちんと向き合ってこなかったことが後から断絶として帰ってくるっていう意味だし、
娘の文脈では不安や空白ばかりを見つけて熱狂に注ぎ込んできたことで棚上げしていたものが後で重く帰ってくるっていうことでしょうね。
お仕方全体の文脈では何かを強く信じたことそのものよりその熱中によって見ないで済ませてきた孤独や現実の方が人生に影響するという意味。
これはもう人にすべてに当てはまるんじゃないかなって思いますね。
スミカちゃんがどんどんどんどんお仕方にハマっていく、あのあたりのこととかお父さんとの関係とか、私すごくシンパシーを感じながら見ていました。
テレビ電話でもう完全にカラー回りしているお父さんと、もう何なのこの親父みたいな感じであのしれっとしている娘っていう構図、私も自分じゃないかと思っちゃうくらいな感じがしましたね。
息子と、母と息子っていうこの構図でちょっと性は変わってますけど、似たようなことが起こってます。
私、あのうちの息子は大学2年になった時に辞めたいって言ってきて、まあお仕方ではなかったけど、まあゲームに熱中したりしてね、昼夜が逆転して
なんか生活ももうぐちゃぐちゃになってたりとか、でもこれからこの先どうやって生きていくのか、もう何もあの興味も持てなくなっちゃったりとか、全然一言じゃなくこの話を聞いてました。
今は自分のやりたいことを見つけてそれに向かって進んでいるので、まあ安心はして見ているんですけど、完全に心配がゼロになったわけではないし、
いつでもちょっと紙一枚なところはあるかなっていうふうな何か危機感は持ってます。
自身の人生と「してこなかったこと」
まあでもこのお父さん娘さん、お仕方全体、そして私自身ということで見ていくと、私は何か向き合わないまま過ごしていることあるかなってしてきたことじゃなくて、してこなかったこと。
それがこれから帰ってくるって言ってる意味では、キャリアを積んできてないっていうことは大きく人生に帰ってきてるというかあるかなと思います。
私、そうですね、30歳の時に息子を出産して、それから専業主婦というかパートワーでは仕事をしていたけど、あの正社員としては働いていないんですよ。
なのでキャリアをずっと積んできて、上ママとしてしっかりどっちも頑張られているお母さんとかすごいなって思う一方で、私にはもう全然できないなって思うし、できないからやってこなかったんだけど、
それはこれから私の人生に帰ってくることなんじゃないかなっていうのはね、ちょっと今覚悟して見ています。
まあこの冒頭の部分で私がね、子供の巣立ち後第二次の人生をっていうのを話してますけれども、やってきたことよりやってこなかったこと。
今、見ないで過ごそうとしている部分っていう面でいくと、私がこれから何者として生きていくかっていうこの問いへの答えを、
ちょっとね、準備している人っていうことにかまけて、何かを先送りしてないかっていうことをちょっと考えたりもしています。
早くっていうか、そんなに別に速攻で答えを出さなくてもいいとは思ってるんだけど、やっぱりちょっともうちょっと覚悟も必要なのかなっていう気もするし、
っていう悩ましい問いを投げかけられた気持ちにはなってますね。
終盤の衝撃と読後感
で、最後のシーンはもうこれ、このオーディブレで最後のシーンを聞いたときはもうなんだろう、この本ホラーだなって思うくらいちょっとびっくりしましたね。
最後の1ページっていうような意味ではなくて、もう終盤の冷や冷やしながら、なんか背筋がもうゾウゾウって寒くなりながら、お話が進んでいく感じ。
もうぜひこのエピソードはネタバレ満載だっていうことを冒頭で言っておくべきだったんですけど、確かその話をしないまま来てしまったのでタイトルに入れないといけないな。
もし読んでない人がいたら申し訳ないです。
壮大なネタバレを繰り広げておりますが、本当にエンディングがびっくりでした。
もし、もう読み終えていらっしゃる方、この辺のご感想をお伝えいただければ、私もなんか嬉しいなと思います。
まとめとリスナーへの呼びかけ
というわけで、今日はインザメガチャージについての感想をお伝えしました。
自分の考えの浅さとか言語化力のなさとかがもう諸に露呈してしまうので、本当にこれは言うか言うまいか迷いましたけれども、勢いにかまけてお話ししてみました。
皆さんの感想もよろしかったらコメントやレターなどで教えてください。
また、いいねやフォローもお待ちしております。
最後までお聞きくださってありがとうございました。また次回お耳にかかりましょう。
素敵な一日をお過ごしください。
エミでした。