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#19 音声包装勉強会:「イン・ザ・メガチャーチ」を読んで
2026-03-31 32:15

#19 音声包装勉強会:「イン・ザ・メガチャーチ」を読んで

音声包装勉強会は、音声包装に関するコンテンツについて、研究員同士で語り合う勉強会です

今回のテーマは朝井リョウの話題作「イン・ザ・メガチャーチ」

お待たせして申し訳ありません/推し活と信仰/広い視野と狭い部屋/とんでもない奴/同年代の主人公/中年の孤独と人生の後悔/朝井リョウの領域展開/すみちゃん/正解がない時代の個人の熱量/一番幸せな登場人物は誰か?/おじさんと雑談/健康的なエンタメの摂取/コエテイクが広める教義とは

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・takahashi 研究員

tsukanoma

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サマリー

今回の音声包装勉強会では、朝井リョウの小説「イン・ザ・メガチャーチ」を課題図書として取り上げ、その内容について深く掘り下げた。この作品は、現代社会における信仰心、熱狂、そして個人の内面的な葛藤を描いており、リスナーは特にそのグロテスクな描写や群像劇としての構成に言及した。物語は、音楽レーベル社員の久保田、大学生の武藤隅香、そして別のファンダムに属する隅川綾子という3人の主人公の視点が交錯する形で展開される。 議論では、視野を広く持つことと狭く持つことの対比、陰謀論への傾倒、そして中年期特有の孤独や人生の後悔といったテーマが浮き彫りになった。特に、ソーシャルゲームの課金システムで人を狂わせることに長けた人物「クニミ」の登場は、推し活における熱狂や中毒性を巧みに表現していると指摘された。また、登場人物たちが「正解がない時代」に自分を持て余し、内発的な動機や衝動性に突き動かされる様子は、現代社会を生きる多くの人々の姿を映し出していると分析された。 さらに、作中で描かれる「ケア」や「雑談」の重要性、そしてそれらがホモソーシャルな関係性の中でどのように機能するのかについても考察が及んだ。最終的に、最も幸せだった登場人物は誰かという問いに対し、登場人物たちの状況や関係性から、バランスを取りながらも熱狂や自己探求を続けることの重要性が示唆された。この作品は、現代社会における個人の熱量や生きづらさを浮き彫りにし、リスナー自身の「越えていく」という活動にも繋がる深い洞察を与えた。

はじめに:課題図書「イン・ザ・メガチャーチ」について
今日は音声包装研究所を越えていくということで、
番外編なのか何編なのか、読書感想編と言っていいのかな。
音声包装研究所を越えていくで、なんで読書感想をやっとんねんっていうところがまずあるかなと思うんですけど、
ただ今回、イン・ザ・メガチャーチっていう本をやるんですけど、
イン・ザ・メガチャーチを読んでみて思ったけど、やっぱりこれは越えていくに必要な本だったなというところもあるので、
そういうところなのが、たぶんそんなに別にネタバレを細かく話すつもりはないが、
基本的にネタバレになる恐れがあるのかなとは思うので、
読むかもなって思う人は、ちょっとそれ読んでからですね。
これ今回、だいぶ課題図書にしてから時間がかかってしまって、
3ヶ月以上だな。3ヶ月か。3ヶ月か。
年末だもんね。
年末に、年末に何を読みますかって言って、
だから3月末なんで、3ヶ月経って、
読むのに3ヶ月かかるわけじゃございませんということで、
僕もほぼ読んでない状態から昨日からガーッと読み切ってきたんで、
1日あれば読める本なんで、ぜひ読んでいただきたいなと思っております。
というわけで、イン・ザ・メガチャーチですね。
課題図書にした理由とテーマの提示
高橋さんもだいぶ前に読んで、またちょっとあれですか?
いや、僕は偉いので、ちゃんとこの土日で読み返してきました。
鏡です。
さっき言ったように、この超えていくの中で、
なぜ僕が超えていくやってるかってところにも、
関わってくるなとは思ってるんですけど、いきなりそこの話してもあれなんで、
まず一番刺さったところというか、
まず高橋さんが言いたいところとかあります?
でもその前にこれを課題図書にした理由ってなんだっけっていうのは、
後々明らかになるって感じ?
というか、そこに触れていくって感じでもいいんですか?
コテンラジオで、LINEヤフーの川部さんがお仕事について話をしていたのと、
斎良がYouTubeとかでも、
このイン・ザ・メガチャーチの話をしていたっていうところであって、
信仰みたいな話かな?
確かにね、信仰テーマに。
信仰っていう話もコテンラジオで川部さんとか出てて、
要は川部さんがやってるようなお仕事も、
ここまでスペースで信仰ってほどでもないかもしれないけど、
信仰っていうものが、要は裏切られないというか、
信じられるみたいなところが大事だなと思って、
自分はコテンラジオとか、
推しといえばコテンラジオなのかなって思った中で、
裏切らなくはないしなって思ったり、
そういう意味では信仰心なのかなって思ったりとか、
イン・ザ・メガチャーチもそういう、
神がいないこの国では物語が、なんだっけ?
人を操るには物語がっていうのが、
表紙の帯にも書いてあるくらいのキラーフレーズになってますよね。
とかあったんで、
そこの仕方とか信仰心とか、
人々はなぜそういうものに熱狂するのかみたいなところだったり、
そこに中毒的になっていくのかみたいなことだったり、
俺はもうちょっと読んだほうがいいよねと思って。
ちょうどいいタイミングだったって感じですね。
そしてその流れでイン・ザ・メガチャーチ感想会みたいな話も
ポッドキャスト界隈でいろいろあったりとかしたんだけど、
完全に波に乗り遅れて、
はい、まだ大丈夫。
このタイミングで。
まだ間に合いますね。
作品の第一印象と構成
どうでした?
どこが刺さったっていうことはないんですけど、
全体的にグロいなというのが、
少なくとも年末年始に読む本ではなかったんじゃないかっていう気はしたし、
土日に読み返した時も、
2回目読んだ時の方がよりグロテスクだなっていう気は。
しましたね、僕にとっては。
もう言っちゃいますけど、
ラストシーン、最後のシーンとかはあれはほぼホラーじゃないですか。
これがいわゆる群像劇みたいな形になっていて、
主な主人公が3人いると、それぞれが語り手になっていて、
久保田っていう音楽レーベルの社員と、
それから離婚した妻の娘というか、
娘の武藤隅香という女性、これは大学生。
もう一人、隅川綾子っていう、また違う推し活動をしている女性っていう、
その3人が主人公として視点が切り替わっていくっていう感じなんですよね。
個人的な印象としては、もっとホラー欲しかったなって感じはしたというか、
なんだろうな、性欲ないんじゃないですか?
正しい欲と書いて性欲ですね。
僕はアサエリオンってその2つしか、
イン・ザ・メガチャーチとは性欲しかまだ読んでないんですけど、
両方読んで思ったのは、すごい解像度高いんだけど、1人1人が。
ただ物語としての展開は、あんまり大きくないなって。
そうですね、確かに。
すごいここで終わっちゃうんだみたいな物足りなさっていうのは、
若干イン・ザ・メガチャーチもあったかなとは思ったけど。
鈍電外視とかがあるわけではないし、
何かカタロシスがあるわけでもないって感じがしますね。
そう、なんでもうちょっと、え?え?みたいなところから、
どう転がっていっちゃうの?みたいな、
ハラハラ感はちょっと欲しかったなっていうのが正直あるんですけど。
視野の広狭と登場人物の対比
僕思ったのは、視野を狭くとか視野を広くとか。
そこは対比的に使われてますよね。
対比的に使われていて、自分ってどっちかな?みたいなものを思ったり。
さっき言った隅川、え?隅川彩子だっけ?
隅川彩子はリンファミっていう別の舞台俳優のファンダムだった人。
ファンダムだった人が陰謀論みたいなところに巻き込まれていって、
それを陰謀論に巻き込まれてる人たちは、
日本は外国のスパイみたいなのに操られてるみたいなところで、
もっと視野を広くして、みんな気づいてないから視野を広くしていっていく。
だけど、後隅川の方は、今まで社会問題とかに色々、
ちょっと世界に目を向けなければって言ってたけど、
もっと視野を狭くしたら、自分らしくなれたみたいな。
幸せになれたのは。
幸せになれたみたいな流れで。
両方とまでもファンダム的な視点に取り扱われていて、
自分は一体どっちも分かるなっていう気もしながら、
なるほどなってその対比うまいなっていうところがありましたね。
一方で、くぼた、パートというか、
ファンダムをプロデュースしていく、
推し活をしていくみたいなところだと、
クニミっていうとんでもねえ悪いやつが出てくるじゃないですか。
悪いのかどうかも分かんないけどね。
こいつはやばいですよね。
どういう人かというと、
元々はソシャゲー、ソーシャルゲームなどの課金システムで、
いかに人を狂わせて課金させるかっていうところを
専門にやってきた人なんだが、
今回、くぼたのところのチームに入ってくるわけですね。
ファンを獲得していかに狂わせていくかっていう、
推し活にはまらせていくかっていう、
戦術担当として来てるクニミっていう人がいるんですけれど、
この人は結局視野を狭めていかないでくださいねっていう風には言ってましたよね。
もう分かってんだよね、その構造をね。
そっち両方分かっていて、
この人は結構冷静に、
とはいえみたいなことは言ってもいるんですよね。
だからこの3人の登場人物それぞれが何て言うんだろう、
3つの立場がありつつという感じになってますね。
中年期の孤独と人生の後悔
そのお父さん、くぼ太陽志彦は、
僕と同い年なんで、
僕らと同年代なんですよね。
その父親がまさに離婚をして、
だいぶ前に離婚してると思うんだけど、
別居して、
会社仕事も昔の楽しかったところから離れていて、
中年の孤独みたいなものだったり、
過去への後悔みたいなものが、
それもクニミが言ってたんだっけかな。
ちょっと誰が言ったか忘れたけど、
中年の孤独と人生の後悔みたいなものが、
この年配の男性がハマっていくものになってるんだ、
みたいなことを言ってて、
分かるみたいな、
まさにこの越えていくみたいな活動もそうだなって思ってるんで、
それはまた後で話したいと思うんですけど。
朝井リョウの世界観と「領域展開」
怖いな、その構造。
だからね、
さらに目指していくと、
完全に浅井亮が書いてるじゃないですか。
そこ行っちゃうとあれなんだけど。
いや、いいと思います。
浅井亮すげえというか、
僕が越えていくで言ってることもそうだし、
その前から会社でポッドキャッスルやろうとしてたこともそうだし、
なんかその、
社会の中でいろいろ足掻いているようなこと、
それすべて浅井亮が、
全部カツジにして、
バーンって目の前に出して、
グザーって刺してくるみたいな、
何をやっても浅井亮に刺されてしまうみたいな、
必中の領域展開の中で、
僕は、
完全に飲み込まれているぞと。
手のひらの上で転がされているかもしれない。
っていう怖さを浅井亮に感じて、
おりますと。
だからもう会社に何を言ってももう、
これ浅井亮前言ってたなって。
浅井亮の小説でした。
そのキャラクターですみたいな。
しかも久保田義彦みたいな、
名前にもならないぐらいの、
モブですね。
そんな怖さをちょっと感じましたけどね。
「グレートリセット」と陰謀論
なんかね、グレートリセットとかっていう言葉を使って、
あーどこだ言ってる人もいて、
いましたね。
渋谷で演説してる人ですね。
僕もね、使ってました。
会社の中の提案資料だったりとか、
社会のグレートリセットだったりとか。
別にグレートリセットだって言ってるわけじゃないけど、
でも一回リセットした方がいいっていう。
社会の潮流としてこういうことが今、
世の中のアジェンダ的に言われてますみたいな。
よく会社マーケティング的な感じの話だけど、
資本主義はもうグレートリセットだ。
ポスト資本主義みたいな、
そういう強い言葉って、
いいようにそれぞれの解釈で
曲げられちゃうというか、
使われて掲げられちゃうなっていうね、
危険性をはらみますよね。
そう、陰謀論。
陰謀論ですよね。
グレートリセットもある意味、
陰謀論的な文脈としても
言われているわけじゃないですか。
この本で、
結局渋谷で演説している男性がいて、
それも一つの陰謀論としてあって、
それから、
隅川彩子パートにおける怪しい
週末が来るぞと、
核戦争が起こるぞって言っている人たちも
あるとというか、
そういう陰謀論にはまっていくっていう
ところがあって、
「隅ちゃん」の混同と合わせ鏡
手当じゃないですか、
この武藤隅香と隅川彩子っていうのは、
それぞれ、
これも明らかに名前が似てるんですよね。
隅川さんと隅香さんなんで、
両方隅ちゃんって書いてありますね。
両方隅ちゃんって言われていて、
これ本当にあえて混同するように
多分書いていると思っていて、
これなので合わせ鏡みたいになっているし、
あと文章の中であるんですよね、
隅香が隅川さんのことを見て、
あれは私だっていうシーンがあるんですよ。
なのでその視野をめっちゃ狭くしていった先、
あるいは視野をめちゃくちゃ広くしていった先って、
結局円環のように繋がっているんだぞっていうことを
言っているのかなって思ったりはしたんですよね。
確かに。
両方隅ちゃんって言われているなっていう、
これどういう回収なんだろうと思ったんだけど、
そういう対比で変わっているんですよね。
あるいはもしかしたら無等隅香が大人になったら、
隅川は横的なムーブをするかもしれないし、
確かに。この先気になりますよね。
そういうこともあり得るんだろうっていう。
もちろんだから良い、だから悪いとかの話では
正解のない時代の熱量と内発的動機
もはやないと思うんですけど。
そうだよね。
もう悪いでしょって思っちゃうときもあるね。
それは漏悪的に悪いよねって書いていると思っていて。
うん。
でも隅川彩子の方も警察団になっているし、
隅香の方もいろいろお金を親から騙して
継ぎ込んでいるし、いいとは言わないし、
やっぱり悪い方向に行っちゃっているよなとは思う。
あとでもこれすごい刺さるのは、
結局じゃあなんでこういうムーブになっているのかって言ったら、
なんかやっぱり世の中が正解がなくて、
正解がない中で、
結局だったら自分を持て余しているみたいな。
持て余すのが一番の避けなきゃいけないことだみたいな。
自分を使い尽くす。
結局、自分を使い尽くすことに専念することが正義っていうか、
もうそうなっちゃっている。
でも自分もそうだなと思っていて、
だからそれって会社でいつも言っているのは、
やっぱり世の中っていうか、
そもそも多分正解ってものはない中で、
過去はでも正解があった時代があったけど、
それが今正解がなくなっちゃって、
何していいかわからない人たちが多い会社がそうなっている。
だからもうそれぞれ一人一人の熱量をもっと出した方がいいみたいな。
それってやっぱり持て余しているんじゃなくて、
会社のルールとか、それにとりあえず無機質的に従うんじゃなくて、
もっと使い切った方が絶対いいもの生まれるじゃないか。
みたいな思い込みみたいな。
それをずっと言ってきているんだけど、
それがまさにここにも描かれていて、
やっぱり内発的動機だとか、
自分の中にある衝動性みたいな。
それこそ正義みたいな。
正義なんて何もないとか言いながら、
それこそ正義みたいな思っちゃっているような。
それがこういう状況につながっていくんだなとか、
それを操っている国民みたいな人が多い。
そうですよね。
だからそこすらもハックされちゃっているんだなっていう気がしていて、
国民がそういうことを言っていたのは、
間違ってもいいっていうか、
俺はこれで間違うんだっていう覚悟を決めて、
突っ込んでいくしかないんだっていうことを言っているから、
国民もすごい悪いやつだと思うんですけど、
でも多分間違っていると思いつつ、
そこに全部突き込んでいるのも、
彼も一緒なんだなっていう気がしていて。
国民の私生活が知りたいですね。
登場人物の幸せについて
ね。だって名前もフルネームも出ているけど、
年齢もよくわからなくしているし、
男か女かももうわからないようなって書かれていて、
私生活はわからないですよね。
本当にそういう謎のキャラクターとして書かれている。
国民はわからないし、
あとはエンディングの部分、
エンディングというか結末?
うん。
あれじゃないですか。
そこでようやくコンタクトが起きた。
その後どうなるんだっていうことがあるじゃないですか。
YouTubeに映るってところですよね。
そう。ずっと顔を見せない、
後ろからの姿なんだけど、
振り向いたみたいなところで、
そこで顔を見るわけじゃないですか。
父さんが。
その後どうなったんだみたいなところがあったり、
ちょっと気になるところは残しつつだから、
これ映画化された時どういうふうに表現されるのかなというところは、
ちょっと気になったなというところはありますが。
でもあれじゃないですか。
武藤隅香の顔のドアアップがバッと映って、
暗くなって、
エンドロールが流れる。
まぁね。
そんな感じかなと思いつつ、
これ絶対映画化しますねって思いながら。
そこで終わっちゃうかな。
どうだろうな。
まぁまぁ。
これ、登場人物の誰が一番幸せだったと思いますか。
ちょっと待て、
とりあえず浮かぶのは、
2人。
武藤隅香のお母さんと、
ほんとだ。
ほんとだ。
確かに確かに。
武藤隅香のお母さんと、
あと、なんだっけ、青木?
青木ね。
くぼたの部下で、
全身脱毛していて、
お肌の手入れも欠かさない、
ビタミンCを飲んでるやつですね。
いた。
確かに。
そうですね。
他何かキャラクターいたかなっていうのは。
あとあれじゃないですか、
ミチアじゃないですか。
ミチアいたね。
そうか。
ミチアは幸せじゃないでしょ。
いや、とはいえ、
結局求めてるものを手に入れたじゃないですか、彼は。
ミチアっていうのは、
新しくデビューさせられた、
ブルーミーっていう
アイドルグループの
メンバーなんですけれど、
彼に対して狂わせるように、
戦略は狙われてるんですよね。
だから武藤隅香とかは、
ミチアに対して狂う。
ミチア推しで、
京都、新都を増やそう。
増やそうっていう戦略を取ってると。
そのミチアっていうのは、
結局途中で、
ちょっと体調を崩してしまうんだが、
とはいえ、彼は
求める場所に収まることができた
っていうことかなと。
ちょっと僕、求める場所が
ケアと雑談の重要性
収まったのかよく分かんないけど。
彼は、
父親みたくなりたくないって言って、
アイドルを目指したと。
それで、
どういう状態かっていうと、
仕事以外で
語り合える仲間みたいなものが
友達が欲しかったっていう形だったんですよね。
それで、
ちゃんとアイドルグループの中に
居場所を見つけることができて、
確かに体調崩したかもしれないけれど、
そのアイドルグループの中で
ちゃんと
安らげる場所というか、
そこを得てはいるっていうことかなと思って。
マンションに倉地だっけ?
と一緒に?
9人で共同生活をしていてっていう感じですね。
あれって9人で共同生活してるんだっけ?
多分そういう感じなのかなと思って。
あそこがね、
ちゃんと読めてないかもしれないけど、
よく分からなかったですよね。
体調崩して、
メンバーがそこにいて、
それはどういう意味を持っているのか?
分からなかったですけど。
でも多分、
ミチアは、
ファンダムで
そういう扱われ方が嫌だったんだろうな
という気はしなくもないんですよね。
それこそリン・ファミの
リン太郎が
病んでいったのと同じ構図にはなっているので。
リン太郎が全然分からないけどね。
どういう?
推察するしかないんだけど。
そういう描き方してますよね。
リン太郎と同じような経緯を辿っているような形で病んでしまって。
その後本当にまた
急にちょっとね、
亡くなっちゃうんじゃないかっていう不安もあるよね。
だからこそ
後で言ってみたいなね。
でも実はそこは別に
仲間がいたから
助けられてました。
っていうことなのかなっていう気はしてて。
なんか僕がその
青木とかって思ったのは
青木って全然いい人としてあまり描かれてないし、
多分サラリーマンからしたら
本当になんか嫌な
後輩だなみたいなこともありつつ、
だけど
久保太がちょっと一つ心を許したら
なんか見方を変えたら
急になんか
支えになってくれる
自分存在になってきていると。
ケアをし合える仲間みたいになってたって感じですよね。
そうだね。
だから
会社っていうそのホモソーシャルな
同じ人たちが集まって共通の目的にやっていること
利益のためにやっていること?
利益のため、お金のため
そういったもののためにやっていることじゃないところでの会話。
それが雑談で
それがするためには
ケアっていう考え方が必要なんだな
共同で生活
共同で一緒に助け合う仲間なんだみたいな
そういうところが大事なんだなみたいなところがあって
なるほどなというか
だから
「越えていく」との関連と「おじさん」
越えていくでも
室越龍之介さん
室さんに来てもらって
おじさんとコッドキャストとか
そういう話をしてた時に
おじさんの話をよく
室さんはホモソーシャルな中で
そこでしか居場所がなくて
そこじゃないところに行った時に
全然寂しさを孤独を感じてしまう存在みたいなものが
おじさんみたいな感じ
とした時に
やっぱりそういう人たちが雑談できないねっていう
まさに自分もそういうとこにあるなと
この越えていくも
そもそも理念を掲げている番組なんで一応
そうすると雑談する場所じゃない
と思ったりする
雑談系ポトキャストは理念掲げずに
みんなでね
大変ですが
こんな時代ですが
よくぞよくぞここまで
金曜日の夕方5時までみたいな
オーバーザさんみたいな
そういう
雑談なんだなっていう
助け合ってね
そういうことか
って思ったっていうところなんですけど
そうなんだよね
健康的なエンタメの摂取
ケアって本当に大事だろうなっていうか
必要なんだなって思いましたね
どうなんだろうね
でもこの本の中ではケアとか
そういう文脈でつながってる人たちって
幸せになってない感じはしなく
でもそうか
ミチアはそれで幸せになってるってことね
青木は青木で多分幸せだし
そうね
だからそこの文脈じゃない人が
頑張ってそこに入っちゃったりとかした時に
なのかな
それは生きづらい世の中だな
あとあれですね
スミカの
バイト先の
年上の
ユリちゃん
っていうのも多分
エスカレートしていってない形での
オタクというか
単純にそういう番組を
エンタメとして楽しめる
節度を持って
エンタメを摂取しているっていう
だからもう本当に
ここから仮に教訓を引き出すんだとすれば
エンターテイメントは
節度を持って
健康に影響のない範囲で
摂取いたしましょうっていうことに
つまらない
結論になるかもしれないけれど
そうね
MBTI診断と自己定義
それに対して
ムトスミカから意見をいただきたいんですけど
でもやっぱりそうですよね
ハマらないと幸せになれないっていうところもあるし
だからそれって
機質というか
あれさっきのやりました?
MBTI診断
INFPとかっていうのはMBTIのやつだ
そうそうそこが多分キーワードになってて
INFPっていう
機質というのが
一つテーマになってたじゃないですか
それやっぱやらないとダメじゃないですか
僕やったんだけど
なんだっけ忘れちゃった
そうねちょっとやらなきゃいけない
INFPではなかった
でもそういう
結局みんな診断結果とか
自分はどうなんだ
答えを出してもらいたいっていうよりは
自分が楽にしてほしいっていうね
そうですよね
自分を定義してほしいというか
あなたはこれだからって言ってほしい
みたいなところはある気がしますね
というのはあるなと
「越えていく」と「コテンラジオ」の教義
でちょっと最後に
これちょっと僕が思った
越えていくに絡めて
考えた時にですね
この本のテーマが
神徒と教義
だから神徒というか信者みたいな
そこには教義があって
その教義を広めるための信者がいて
みたいな構図があって
僕が今越えていく
何やってるかっていうことを考えたら
古典ラジオなんですよね
やっぱりやっぱり
まさに孤独なおじさんが
過去を後悔しながら
古典ラジオに出会って
そこからこの世に正しいものは何もないとか
生きてるだけでいいとか
そういうところから自分が楽になって
いろんな見方をすると
これは常識じゃないんだ
みたいなものを見た時に
それって同じように
常識に囚われてる人いっぱいいるな
会社の中でなかなか提案通らないのも
そういう当たり前で囚われてるな
これは何とかせねばあかん
てか何とかできる
広めなければ
古典ラジオ聞いてて
すげー言ってもらったことはないけど
ちょっとこれ面白いよみたいな感じで
好きあれば広めるとか
こともやったり
あとやっぱり深井さんが言ってるようなことを
会社の中でどうこれを
深井さんが言ってることが
そもそもやっぱり企業が変わらなきゃいけない
みたいなのを言ってるじゃないですか
この社会っていうものが
変化が激しい社会の中で
それを
でもちゃんと立ち止まって考えて変えていく
変えていく力を持ってるのは
やっぱり株式会社だって
それを大きく
力を持ってるのは大企業があって
そこはやっぱり意識を変えていくってことが
大事だって話を言うから深井さんが
まさにそうだなと思う
教祖が言うから
教祖が言うので
それをやっぱり変えていかなきゃって
もっと知ってもらって
そしたら変わるんじゃないかとか
っていうのを割とずっと僕は思ってて
だから会社でポッドキャスト始めた時も
それの延長線上で
もっと自分たちが囚われてるところから
解放されて
研究員は発信しちゃいけないとかじゃなくて
自分が思ってる
本当に心から思ってることを
どんどん言っていけばいいよ
みたいなところから
そのポッドキャストを通してやっていくと
自分の推しって
ポッドキャストなのかなって思ったんだけども
でもやっぱりポッドキャストはあくまで手段で
古典ラジオというか古典の
深井さんが言ってる理念だったんだなって思ってて
深井さんも結局は今言ったようなそういうことを
世の中に浸透させるための最適なメディアは何かって言ったら
やっぱりポッドキャストなんだ
本当はやりたくねえって言ってた
ポッドキャスト俺好きじゃねえって言ってるけど
それはポッドキャストが最適なメディアなんだって
だから自分もまさに同じなんですよね
僕はポッドキャストって言葉を本当に大嫌いで
ポッドキャストって言葉を早く変えてほしいなと思ってるんだけど
でもやっぱり音声配信じゃないとできないものがあって
それを信じちゃっているから
深井さんと全くそこの部分は一緒で
それをなんとか広めたい
みたいなところがあると
だからその中で言うと深井さんすごいとか
深井さんの考えことせいで
なんで深井さんのことをみんな知らないのとか
もっと知ったほうがいいよとか
リベラルアーツ人文地
抑えようかなちょっと抑えようかな
人文地を知ってもらいたいみたいな
ちょっと止めようかな
みたいな
そんな流れがこのin the mecca churchにも
同じような構造で書かれてはいるけど
さらに押し勝つみたいな
そんなに深井さんにお金を投資してるってほどではないけど
ポテンクルーっていう形で一応毎月1000円払ったりとか
あといろんなところに行って
その同じ啓蒙していくみたいなところにお金使って
うちお金ないと
家から怒られるみたいな
そういう構造になっているのは
これはまずいぞと
逆にというか冷静にね
そこを
いうのがまず一つ
ポッドキャストというメディアとバランス
自分の構想としてはあるなと思ったと
結局でも
じゃあそれがダメかって言ったら
そうじゃなくて
このin the mecca churchの話もダメかって言ったらそうじゃなくて
やっぱりそのシェアを狭くして
自分が幸せに感じて
楽しんでるってことはそれは間違ってない
結局それを普及させようとか
そこにお金を使ってとか
そこの行き過ぎる部分がやっぱり問題で
そこは行き過ぎちゃうなやっぱり
そこはシェアを開くというか
視点を多くの視点を持つとか
もっと広い世界はそこな
だから武藤隅家で言う
もともとのSDGsとか
社会の問題っていうのも忘れずに
そっちも大事だよって
そこの外の世界を見ることと
自分の内面とかに向けあって
そこの自分が本当にやりたい
シェアを狭めてっていうところを
やっぱ結局バランスなんだろうなとは
思ったっていう
本当それ
要はバランスなんだ
要はバランスなんだが
ただバランスを取り続けることが
目的になっちゃうと面白くないから
確かにね
やっぱある時は熱狂して
ある時はでも外を見てみたいなところも
そのバランスを取り続けていくみたいなのが
めっちゃいいまとめ
良いのかもなとは思ったり
しつつ
だからそうやってね
酔いながら
メタ的な視点とエコーチェンバー
ちょっと
自分の正義みたいなものを楽しみつつ
楽しみというか貫きつつも
でもなんかどっかちょっとやっぱり今は
そういうシーン
そういうモードだなとか
うんうん確かに
いうのをちょっと持ちつつかなみたいな
メタに
メタに
見てないといけない
と思います
最後ごめんなさい
いやいや大丈夫です
怒涛のように話してしまいましたけど
いやなので
ちょっとIn The Mega Church
非常にこの越えていく中でも
うん
良い課題図書だったと
はい良かったよ
思いますが
なのでこの番組はもうここで終了しようかな
本当に?
違う
全然全然あれですけど
いやいやいや
あのはい
ちゃんと節度を持ってね
そう節度を持って
これが楽しい
メロディミティだ
そういうことじゃなくてね
そうですね
うん
バランスが
バランスを取っていきましょうということで
うん
まあどうバランス取るかっていうのが大事なんですね
逆にね
うん
そこのファンダムじゃないけど
そこのやっぱコミュニティの
人も大事っすね
僕と高橋さんが同じようにこうなんか
そうだそうだってどんどんね
傾いていってもしょうがない
ああそうそうそうですね
そのエコーチェンバー的なっていうか
フィルターバブル的なって話はそうですね
本当にそう
まあSNS通しちゃうとまたねすごくそれが
加速しちゃうから
こうやって実際に会って話せる人と
うん
客観的に話せるのが一番良いかもしれないですね
そうですね
はい
まとめとエンディング
というわけで
今日はありがとうございました
ありがとうございました
待たせてしまってすいませんでした
全然大丈夫です
僕のために来ていただいてありがとうございます
はい
32:15

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