大人になりたい旅がしたい。このポッドキャストでは、旅行とお酒が好きな同級生2人が、大人だからこそ知りたい、ちょっとディープな国内旅行のモデル構想を紹介していきます。旅のお供はこの2人。
旅が一概なローカルトレジャーコレクター、はるやです。 ディープな旅がしたいけど知識がない旅行初心者、うちだです。
われわれちょっと前にイベントに行ってまいりまして。
それが、キチへ行こう!ポッドキャスト好き塩尻に集まれ!というイベントでして、7月の11日に行われまして、そこにわれわれ2人で行ってまいりました。
ありがとうございました。
こちらタイトルにある通り、キチというポッドキャストスタジオ付きゲストハウスですね。
以前、クラウドファンディングでわれわれ支援をさせていただいて、返礼品というかこの配信で飲んだりとかもしましたけれども、そのキチにようやく行きましたという感じですね。
楽しかったね。
楽しかったですね。
このイベントですね、ポッドキャスト好き集まれ!ということなんですけど、イベントの概要はですね、
宿とスタジオキチにポッドキャスト好きが集まりまして、みんなでタコスを作って食べようというね、とても楽しい回ですよね。
このイベントは、このキチをやられているユアサさんの番組、ローカルナイトニッポン、そしてひとことラジオ、あとはローカルタコストーリーズというね、この3つの番組のコラボのイベントという感じになっていて、
場所はそのキチで、タコスの具ですね、はひとことラジオさんの大地さんが作られていて、タコスの生地、トルティーヤですね、これはローカルタコストーリーズのパソナリティの方が国産のコーントルティーヤを作っていらっしゃって、
この3組の番組がコラボしてこのイベントがなったということで、もう本当タコス食べながらポッドキャストを配信している方、聞いている方、そして地元のポッドキャストを知らない方、もう本当に集まってみんなでワイワイ喋りながら交流をするという本当に楽しいイベントでございました。
はい、やっとキチに行けたというのもあったしね。
そうですね、キチね、長野県塩尻市というところで、東京から2時間くらいかかるかなという感じですけれども、なかなか行く機会がなかったところで、初めて行けてよかったですね。
よかったね、本当にいい空間でしたね。
スタジオすごかったですね、思った以上に大きくて、4人は同時に収録できましたからね。
そうだね、スタジオがガラス張りになっているから、お互いに見れたりとかしましたし。
ラジオブースみたいでしたよ本当に、そういう横浜さんじゃないけど。
そう、だからそれで収録もね、参加者が入れ替わりで全員収録するみたいなこともあったりして。
この音源はローカルナイトニッポンのルーム、ファンコミュニティーがあるんですけど、そちらで配信されているそうなんですけども、本当知らない人が初めましてで喋るみたいなのがあったりとか。参加者の中にはまた牛若さんがいたりとかね。
そうなんですよ、盛り上げてくださいまして。
車で何時間つったかな。
6時かな、豊岡からだもんね。
すごいね。よく来るなと思うけど。
しかも牛若さんの育てた牛のお肉を初めていただけてね。
めちゃくちゃ美味しかったな。
タコスの具にさせてもらったんですけど美味しかったですね。
美味しかったね。味噌で確か味付けしてたんですけど、それに負けない肉の旨味があってすげえ美味しかったな。
とかね、こういう交流ができてすごい楽しいイベントでした。
基地はまた行きたいですよね。
そうなんですよ。ちょっと我々宿泊ができてなかったのでね。
なので我々的にはちょっと特別な時にまた行くかなんて相談をしてますので、またぜひ行かせていただきたいなと思ってます。
ぜひ現地でも収録をさせていただけてね。
そうだね。本当に楽しいイベントでございました。
ありがとうございました。
ということで、今回からまた新しいコースということで、今回のタイトルは何でしょうか?
はい、今回からご紹介するコースのタイトルは、海にたどる記憶の手触り、みんな月を見ていたです。
なんかこれもタイトルらしいタイトルだね。
そうですね。
みんな月を見ていた。
これはね、気づく方は気づくかもしれません。とある本のパクリです。
これはどこのコースになるんでしょうか?
はい、今回まさに満を持してなんですけれども、宮城県のコースを2泊3日でやりたいと思います。
これにて東北地方最後の県になっておりましたので。
そうか、そうだね。
満を持してですね。
意外と宮城やってないんですね。
意外とね。
観光地的にも仙台があったり、グルメがたくさんあったり、歴史的にも有名な場所ではあると思うので、意外とやってなかったなって感じがしますけど、ようやく。
今回はね、結構歴史にかなり寄っていますので、久々に結構内容としてはヘビーと言いますかね、結構重量感のあるボリュームになっているかなというふうに思いますね。
なるほど。
まあまあでも、あの人が出てくるんじゃないかなっていうのは思いますね。
じゃあ早速いきましょうか。よろしくお願いします。
そういうわけでね、今回宮城県東北地方最後になるわけですけれども、このBOTCHASTER初登場になります。
どうでしょう?宮城県は行ったことだったりとか、何かしらのイメージだったりとか。
なんかね、小学校ぐらいの時に一回行ったんだよな。なんかね、僕と同じだった子が仙台に引っ越したのかな。それで遊びに行って。
まあでもそれはね、お家に行ってそれで遊んだだけなので、あんまり観光とかはしてないわけですけど。
まあでもイメージ的にはやっぱり色々皆さんもあるかなと思いますよね。牛タン?
そうですね。
寸田?歴史っていうテーマで言いますと、独眼流、伊達正宗なんじゃないかなと。
そうですね。
まあこれは僕でもわかる感じですね。
なんでまあそういうイメージはあるんじゃない?みんな。
そうでしょうね。ライブとかで行ったことないんですか?
俺あんま遠征をしないんですよね。
ああ、そっかそっか。
だから行ったことはないですけど、野球でも楽天とかね。
だから本当に色んなものがあるなっていう。都会のイメージはちょっとあるかな。仙台においてはね。
そうですね。おっしゃる通り仙台市は東北地方最大の都市でありまして、東日本でも有数の、日本の中でも有数の都市です。
もちろん政令指定都市になっておりますので、紛れもない大都会です。
でおっしゃる通りね、この仙台を開いた伊達政宗の話ですとか、ずんだ牛タンといったやっぱりグルメタウンとして有名なところでもありますよね。
まあそういうわけで東北最大の都市ですので、ライブとか何かしらのイベントも行われていますから、そういった領土で行ったという方もいるんじゃないかなと思います。
あとはね、最近記憶に新しいところでは、今日は旅の話の春の1回目の時に早坂真希子さんがね、昔仙台にお住まいだったと。
秋湯温泉を紹介してくださってましたけれども、秋湯ですとかナルゴですとか、ああいった温泉地もあったりしますので、東北の自然の良さと大都会、森の都なんていう印象がありますけれども、そういった街だということですね。
今回はですね、1日目は主に仙台もあるんですけれども、仙台とともに宮城というコースなので、仙台からさらに三陸海岸の方へ行ってね、海の方に実際ちょっと行ってみたいというふうに思っています。
後々詳しくは話しますけれども、もちろん伊達正宗の話もやりますが、それとともにね、今歴史の教科書に実は載ってるんですけれども、あまり注目されてない、あるいは何をしたかってよくわからないような人たちの話が実は宮城にゆかりのある方があるんですけれども、
それが実は非常に大きな意味と大きなことを考えさせられるような歴史上の事実だったりしまして、それが実は宮城ゆかりの人たちなんですけれども、ちょっとそういったことを考える、やっぱり歴史がテーマになってくるものになっております。
ので、歴史好きの方とかはいいんじゃないかと思いますし、もちろんグルメの要素欠かしたくないのでね、お酒好き、特に日本酒とかはやっぱりね、この辺はすごいですから、興味持っていただけるんじゃないかなというふうに思います。
で、仙台から始めるわけなので、まずは仙台駅からアクセスというところも確認をしておきたいわけですけれども、東京からいらっしゃる方の場合はやはり東北新幹線を使っていただくのが最も良いと思います。
ぜひね、エキネット35%オフをね、確実に。それで行くとね、大体東京駅からで行けば2時間あれば着くかなって感じですね。山彦であってもね。1時間半から2時間で着く距離になっていますので、アクセスという意味では非常にしやすいと思います。
一方で関西とか九州から行かれる方はどうしたら良いのかということになるわけですけれども、仙台には空港があります。ちょっと海沿いの方ですけれども仙台空港がございますので、そこまで飛行機で行っていただいた後、鉄道ですね。
仙台には市営地下鉄がありますので、その地下鉄とかを作っていただいて仙台駅ですとか、一番繁華街である青葉通りというあたりに行っていただくのが良いかと思います。その場合でも鉄道もちゃんと空港から整備されているので、そんなにアクセスに困るということはまずないんじゃないかと思うわけですね。
で、初日は仙台だけになりますので、仙台をじっくり巡るのでその点ご安心ください。そして車も1日目は借りません。
仙台、やはりこれ都市型観光の良いところで、仙台レベルの大都市になると、地下鉄があるって時点でもうだいぶなんでしょうね。交通網という意味では全く不便がありません。
ので、今回1日目一切車乗りません。ということはなんですね。楽しみにしていてください。
というわけで1日目ですね、11時くらいお昼前に仙台駅に着いたというところから話をしたいと思います。
飛行機の方はちょっとそれより前に設定していただいて11時に仙台駅から目指してください。
仙台観光のポイントなんですけれども、仙台はJR仙台駅という巨大な駅があります。
一方で仙台市の最大の繁華街は国分町という有名な歓楽街がありますけれども、それと共に青葉通り広瀬通りあるいは常前寺通りとかいっていって、結構幅広く栄えてるみたいなイメージなんですよね。
そうなった時に仙台駅の近くでももちろんグルメスポットいっぱいあるんですけれども、僕は個人的なお酒とかの趣味で言うと仙台駅から仙台城青葉城の間くらいが一番いいと思ってます。
そうすると仙台駅からだと歩いて大体10分から15分くらい。ちょっと地図見てみましょうか。
仙台は西側で栄えてるのは山の方ですね。今真ん中に仙台駅ありますけれども、それで地下鉄が伸びていますね左側の方にね。
そこで広瀬川という川を渡っていただいたところに仙台城はと、過去青葉城市がありますね。これが六つの国伊達藩の巨城です。
この仙台藩の仙台城と仙台駅の間が昔の城下町であり、今でも一番栄えてるところ。東北地方最大の繁華街になっています。
具体的に言うと仙台市へ地下鉄の青葉通り一番町駅とかあるいは広瀬通り駅この辺りが一番栄えているというふうに考えていただければいいと思うんですね。
ですので歩いて移動していただいてもいいんですけれども、今日ちょっと仙台城の方まで行きます。ってなると結構かかるんですよ。お城まではね。これ歩いてきて1時間ぐらいかかります。
1時間若干かかると思いますので、ちょっとこの辺回り方をね、コツがあるのでそれをまず最初に考えていきたいと思います。
何をすればよいかというと、地下鉄を使っていただいてもいいんですけれども、ここはバスを使っていただくのが一番いいというふうに思っております。
仙台市が運営しているバスがあるんですけれども、ループル仙台というね重たった観光地をいろいろ巡ってくれる周遊バスがあるんですよ。
これが便利なんですね。この緑のラインを見ていただく通りなんですけれども、仙台駅に始まって西の繁華街の方を通って、
伊達家ゆかりのところとかお寺とかを通って青葉城仙台城の方まで行っていただく。そして仙台駅に帰っていくという一筆書きの一周コースなんですよね。
これが平日だとだいたい20分間隔くらいで運行してますので、これ1日乗車券をまずここで買っていただくと非常に有効に活用できるということになります。
1日乗車券、2026年8月現在の値段ですと630円という風になっています。
1回乗車するのに260円かかりますから、3回乗っていただくと元が取れるということになります。
3回乗ります、これ間違いなく。
ですので、まず仙台駅に着いていただいたら、駅の西口の方のバスの事務所へ行っていただいて、この1日乗車券を買うところから始めてください。
地下鉄も一緒に使いたい方とかは地下鉄も含めた共通券もあるので、そこも適宜考えてもらえればいいかと思います。
共通のやつだと大人1人920円ですね。
そうですね。
これもお得そうな感じするね。
そうだと思いますね。
という感じです。
なので今回バス移動をします。
今の時刻に落とし込むと、11時20分に仙台駅を出るループル仙台に乗ってください。
1日乗車券持ってますから、何回でも乗り放題なので、そこはこまめに刻んでいきたいという風に思います。
仙台駅からループル仙台で4分ほど行っていただいたところに、青葉通り一番長駅というバス停があります。
これが一番仙台の繁華街の辺りですので、この辺りのホテルを通っていただくのが良いかなと思います。
青葉通りってのは結構南の通りなんですけれども、青葉通り、広瀬通り、常前寺通りという風にありますので、
その辺りの青葉通りから常前寺通り辺りのどこかでホテルをとっていただくと、夜の飲み歩きにはぴったりなところになってますので、参考までに。
そこでまず荷物を置いてしまいましょう。
だいたい青葉通り辺りでホテルをとったとして荷物を置いたとしましたら、最初にお昼ご飯を食べに行きたいと思うんですね。
そこで行くのがですね、牛タン一服さんです。
早速だね。
味噌漬け牛タン焼き?
そうなんですよ。
これが特徴なんですね。
牛タンってどうですか?食べることありますかね?
東京でもお店がたくさんありますからね。
でもだいたい塩焼きですよね?
そうですね。焼肉屋さんに行ってももちろんそうですし、仙台発祥のチェーンというのも有名なとこありますけれども、だいたい塩焼きだと思います。
で、仙台の牛タンってどこもいろいろ有名店だらけなんですよ。
もうどこを選ぶんだって話に正直なるから、無理にここじゃなくてもいいっちゃいいんですけども。
ただ、あえてこの一服さんを選んだ理由というのは、まずこのお店が仙台にしかないということです。
東京では食べられません。このお店のお料理は。
で、特にですね、この今内田が言った通りの味噌漬け牛タンっていうのが名物なんですね。
いや、そりゃ美味しいでしょうよ。
これは美味いよ。
これ意外と知られてないかもしれないんですけれども、実は仙台っていうのは味噌の名産地でもあります。
伊達藩の時代からと言われていますけれども、仙台味噌っていうブランドもあるくらいで、
実際仙台の麗寮な気候の中で醸した味噌っていうのは、結構お土産にも今も売られていたりしますし、
味噌蔵は無通伊達藩寮内は結構多いんですね。
ですので味噌食の文化っていうのは、実は仙台は結構盛んだったりするんです。
そういったものを背景に、この牛タンっていうものを味噌に漬けて、漬け込んだ下味のついているものを炭火でガッと焼く。
そしてご飯と一緒に食べる。
こんなことができるんですね。
米進みそうだなこれ。
進みます。
しかし進むのは米だけじゃないんですね。
なぜ×一日乗車券を買ったのかと。
これは飲むでしょう。さすがに。
ビールだなこれは。
ビールですね。
隣の牛テール焼きっていうビール料理のとこにビールのお供がいて、ビールが見切れちゃうんで、写真で付いてるとありますけど。
お店が清掃してるんでね。
これは良いっすね。
これは良いっす。
そもそも味噌漬けっていうのを食べてみたいのもあるしね。
ただ一方で仙台の牛タン、食べたいじゃないですかこれは絶対。
食べたいね。
味噌漬けは一服さんのオリジナル性があるので良いんですけど、塩焼きも食べたいっていう人もいると思うんですよ。
という時にこれが凄いのは、そのニュースを完全に満たすものがありまして、味噌漬け塩味牛タン盛り合わせというものがあるんですね。
最高だなこれ。
3切りずつだったかなと思うんですけど、一皿の上に塩も味噌もどっちも入れてくれる。
良いね。
これ一択だな。
これはやっぱりこれになりますよね。
迷うとしたら1.5人盛りにするかどうかだね。
そうですね。
あとはね、僕一人でしか行ったことないんですけど、複数人であればこういうわけで。
単品もあるんだ。
そうです。
さっき言った牛テール焼きとかもあるしね。
そうですそうです。
カルビ焼きとかね。
あとステーキとかそもそも。
タンシチューとかもあるんですね。
そうね。
これは飲んじゃいますよね。
いや良いな。
どう考えてもね。
なんかもういきなり名物食べるっていうのもあるしね。
ビール進むしな。
最高だなこれ。
もちろんこのお店は夜もやってますから、今日はランチから飲むことはしてますけれども、夜行っていただいても良いわけなんですよね。
そもそもですね、なんで牛タンって仙台で有名なのかってのはご存知ですか?
牛育ててないんだよね確かに。
そうなんですよ。
それがなんか不思議な、なんか理由聞いたことあったな。
何だったかな?
これ実はね、今言った通りで仙台、もちろん育てるところあると思うんですけどもね。
全てがその仙台とか国産のものじゃなくて、輸入に頼っている部分正直あるんですよ。
だから仙台の牛タンのポイントっていうのは、素材というよりは調理なんですよね。
で、なぜその調理法が生まれたかってことは小説ありなんですけれども。
有力な説としては、そもそも戦後、仙台というのは非常に大きな戦災の被害を受けました。
空襲が激しいところで、結構市街地のほとんどは戦争で焼かれてしまってるんですね。
そこからの復興っていうのがめちゃくちゃ大きなポイントになっています。
この現代の仙台を考える上で。
やっぱり戦後、町も壊滅してしまっているので、食糧難が著しい状態。
という時に養殖側、占領軍が入ってくるわけですけれども、
その時の普通日本人が食べないと思っていた牛タンをタンシチューに西洋の人たちはするということが分かって、
それがしかもめちゃくちゃうまいと。
煮込めば煮込むだけやっぱり柔らかくなってというふうになるじゃないですか。
というので、これ牛タンって食べれるんじゃんって思って、
これを和風にしたらウケるんじゃねっていうふうに考えついていたそうなんです。
これがタスケっていう今もあるお店なので、ここが一番有名なお店だと思うんですけども、
それを考えた人がやってみた結果それが大流行りして、
いつしかその一つのお店が発祥したものが、仙台全体でB級グルメになっているという感じですね。
その牛タンの塩焼きを思いついたわけだよね、たぶんね。
それに気づいた。
それだけってそれだけだけど、それがきっかけで仙台の名物っていうふうになったんですね。
やっぱりこれもちろん一概には言えないですけれども、
ホルモンとかが名物のところも、
結構やむにやまれる食糧難の時代から実はそれを逆手にとって、
新しい食材、新しい今まで食べなかったものを食べざるを得ないから、
でも食べるからにはせっかくなら美味しく食べたいから、
新しい調理法を考え出そうと。
そういうので結構出来上がってきた文化ってありますね。
仙台の牛タンはたぶん日本の中でも最たる例だと思います。
いいね、だからそもそも食べるもんじゃないのにそれを美味しくしたっていうことね。
そうそうそうそう。
やっぱりその調理人たちの技術と熱意と粘り強さ、
そういうあたりがちょうど今の仙台の牛タンを生み出していった。
必ずしも国産ではないんだけれども、
この調理というところにポイントがあって、
そういう意味で言うとやっぱりこの味噌漬けの牛タンっていうのは、
さらにその先端をいっているものになるんじゃないかなと思うんですよ。
実際美味いんですよ。
いや、そりゃそうでしょ。
甘みがちょっと味噌あってさ。
塩といい対比になるんですよ。
いや、いいね。
テールスープも美味しいしね。
美味しいですね。
いや、いいな。
正直ここで居座っちゃってもいいくらいなんですけれども、
ちょっと先があるのでね。
いや、しますがまあでも1時間はいるでしょうと。
飲んでね、思いますね。
まず飲んでいただいて、
牛タンをとりあえず最初まず味わってもらう。
っていうのもいいのかなというふうに思います。
いいスタートですね。
そうしましたらまたバスを使っていきましょう。
牛タン一服さんから徒歩10分ほど、最初降りたバス停ですね。
青葉通り一番長駅のバス停に乗っていただいて、
一応地図表に照らすと12時24分に出るものがありますので、
これに乗っていただきます。
そうすると、このループル仙台っていうのはね、実は一方通行なんですね。
なので逆走ができないので、
ループル仙台の巡路に乗っとって、
これからの歴史的な怪物動物とかも見ていきたいというふうに思っています。
そうすると最初にたどり着くのはどこかっていうと、
青葉通り一番長から9分ほどのところにあるのが、
瑞鳳殿前バス停です。
この瑞鳳殿前バス停から徒歩7分ほど歩いて行ったところにあるのが、
瑞鳳殿ですね。
いやー、きらびらかな建物ですよ。
名前からしてね。
そうですよね。
いや、豪華だなこれは。
これちょっとね。
すごいね。
もう本当、国際式の。
かっこいいね。
威厳がすごいわ。
この尋常ならざるを得ない建物なわけなんですけれども、
瑞鳳殿っていうのは、
これよく日光当将軍に似てるっていう人もいるような気がするんですけれども、
実は時代としては全く同じ頃なんですね。
江戸時代初めに建てられたものが、
残念ながら戦争で焼かれてしまっていて、
それを復元したものが今の建物になっています。
これはね、もうご存知の通り、
仙台藩層伊達正宗の霊廟になります。
お墓ですつまり。
それが瑞鳳殿です。
それでこれだけきらびやかなわけね。
伊達正宗というとね、
おそらく多くの人は知ってるんじゃないかなというふうに思うわけですけれども、
武通の国仙台藩の藩層で、
仙台藩は一度も藩主は変わりませんでした。
日本の中の黒鷹においても、
河賀前田百万石、薩摩島津、その次です。
日本で3番目に多い王朝を持っていた藩。
東日本最大の藩です。
というのが仙台藩になりますので、
これはなかなかすごいものが生まれるわけですよね。
瑞鳳殿さんに行っていただくと、
山の中にあります。
バス停から坂道を上がるわけなんですけれども、
その間も森の中に入っていく並木道で、
ちょっと神秘的な雰囲気の山道を上がっていくことになりますね。
お墓ではあるからね。
そうですね。聖地ですね。
これを行った先に配管券などを買っていただくと、
この瑞鳳殿があるわけなんですね。
今言った通りで、
もともとは伊達政宗というのは1636年に亡くなっていますから、
その翌年1637年に婚留されました。
そういうわけで戦争で亡くなってしまったんですけれども、
1979年に忠実に当時のものを復元して今に至っています。
結構戦後早いしね。
結局政宗のお墓はもちろんありますし、
政宗以外にも子供だったり孫だったりっていう、
2代3代っていう伊達藩の藩主たちも、
この瑞鳳の脇に別の廟が建っていますので、
そこも併せて参拝することができます。
それぞれやっぱり国際式の、
勢を凝らしたような建物になっておりますので、
江戸時代、関英時代の建築の名残ですね。
今昭和のものなのでね。
ただ当時の建築技術だったりとか、色の使い方だったりとか、
細工の仕方だったりっていうのは、
ここは本当に存分に感じられるんじゃないかなというふうに思うわけですよね。
ここでね、伊達政宗という人も、
ちゃんと出てくるのは初めてなんじゃないかなというふうに思うんですけれども、
これについてはどういう印象を持っていますか?
やっぱ独眼流っていう異名ですよね。
そうですよね。
キャラクターとかでもね、眼帯をしてるのがよく出てますしね。
あとこの三日月の兜。
そうですそうです。
そういうイメージはあるんじゃないかな。
結構でも内田にしては解像度が結構高い感じが。
でもやっぱりよくキャラクターにされるのがあると思うし、
あと派手なんじゃなかったっけ?
そうなんですよ。
伊達男っていうやつでね。
今の我々が使ってる用語の中にも伊達男もそうですし、伊達眼鏡とか、伊達物。
これ全部正宗が由来だと言われていますね。
そうだよね。
だから多分そういうので印象ついてるんだろうね。
そうですね。
やっぱり個性という意味では非常に強い人物として記録されてると思います。
一応解説をしておくとですね。
伊達眼鏡というのはそういうわけで仙台藩の藩属になりますので、
ある意味この東北の覇者になったわけなんですけれども、
仙台のイメージはあまりにも強いと思うんですが、
実は仙台で過ごした、仙台を領有したのは本当に後半世でして、
もともと生まれはデワの国の米沢なんです。
米沢って覚えてますか?
山形。
あの時どんな話をしたのか覚えてますかね?
お酒の印象がすごい強いんですけど。
それは内田だからですね。
上杉とか絡んでなかったっけ?
おっしゃる通りです。
どう絡んでたっけって感じではあるんだけど。
米沢藩は上杉家なんですね。
つまり上杉というのは最初もともと越後の国にいましたけれども、新潟ですよね。
上杉謙信がいました。
けど謙信が亡くなって後名でゴタゴタやって影勝というのを継ぎました。
影勝は秀吉と仲良かったから上手くやってたんですけれども、
ある時藍津若松に威風になってしまって、
藍津若松と米沢という超巨大大名にいました。
これも堕底のおさいなんですね、そもそも言うと。
でも上杉影勝とカロンの直山代っていうのがイエスに喧嘩を売って、
関ヶ原の戦いを布教行した超本人になってしまう。
で負ける。
ってなった時にその罰として藍津はすべて募集されてしまって、
米沢の領地だけが残されて、
そこに全部上杉が押し込められてしまった。
だからもう経済状況がどうにもなんないヤバイ藩だったんだけれども、
そこに秋月藩っていう小さな高鍋のところから入ってきた、
上杉陽山っていう名手が出てきて、
これが節約とかいろんな政策をやった結果、
すごく大きな功績を残した。
そんな話をしました。
その米沢なんです。
もともとあれって実は戦国時代は伊達芸のものだったんですね。
米沢を治めていた伊達芸の生まれってこと?
そうなんです。
正宗は山形県出身です。
そういう意味で言うと。
伊達芸って最後は仙台に行くんだけど、
実はそれまでは福島本拠していた時代もあったし、
米沢本拠の時代もあったしっていうのは、
結構転々としてるんですよ東北の中を。
正宗が生まれた時は米沢が本拠だった時代なんですね。
米沢本拠にそれこそ藍津とかも元々伊達が治めてて、
伊達が結構調子乗ってるから、
秀吉に藍津を注されちゃって、
その代わりにウィスリーが藍津を与えられてるってことです。
なのでもともとは米沢の生まれでした。
知ってる通り独眼流と言われてしまっていますけれども、
あれはもともとは子供の時に包装という病にかかってしまって、
当時致死率もめちゃめちゃ高いものだった。
目に菌が入ってしまって、
こっからどう転移していってしまうと、本当に死んでしまうということになって、
片倉小十郎っていう非常に有名な家臣がいますけれども、
その家臣に言って、一か八かの家計をしようと。
手術も当時できないから、
もう刀で目にできてしまった腫瘍を切ってしまおうという雪女。
麻酔もないですよ。
荒良事だね。
荒良事も荒良事。
下手したらそれのせいで死んでしまうかもしれない。
もちろんそのために片倉も終わりですよ。
ですけれども、片倉小十郎という盛り役は、
自分の死を覚悟してやったんですね。
その結果、なんとかどうにかこうにか命は取り留めて、
包装の悪い腫瘍も全部切られたので、できたんだけれども、
その代償として右目が見えなくなってしまった。
その刀で無理矢理切ったという傷ですから、
見た目としてはあまりね。
ということで、伊達正宗自身は必ず肖像が右目を開かせた状態でやっぱり描かせてたっていうのも、
何かちょっとコンプレックスを感じていたのかもしれません。
もう見えないんだけど、肖像が全部開いてるんです。
でもそういうわけで片倉のおかげもあって、
結局治ってたらその代わりに眼帯をしてるっていう、
ドラマ作りはそういうふうに描かれますよ。
政宗というのは非常に腫らん万丈の人生で、
もちろん全部語るのはちょっとやめますけれども、
代表的なところで言えばね、
お父さんテルムネっていうのがいたんだけれども、
これは割と結構可愛がってくれたんだけど、
一方で母親のヨシ姫っていうのが、
これは今で言う山形市のモガミ家の出なんですけれども、
これが正宗の相棒が醜くなったとか、
気性が荒いってことを嫌になっちゃって、
その弟ばっかりを可愛がるようになっちゃってるんです。
父親は自分のことを結構可愛がってくれるけど、
母親からは完全に嫌われてる。
弟ばっかり悲劇される。
っていうふうに性格もすごい暗くなってしまう。
ねじ曲がっちゃったんですね、いろいろ。
アローコとかテルムネっていう理解者だった父親も、
マサムネに家族を譲った後に、
東北の小さな豪族たちのいざこざに巻き込まれて、
拉致されちゃって。
拉致されて、
福島の方の豪族に人質に取られちゃったんですよ。
油断してたら、テルムネがのんびりしてたら。
それをマサムネが追っかけていくわけですよ、取り戻しに。
見つけに行くんですよ。
そしたら、敵はテルムネを人質に取っているから、
マサムネは追っかけても手出しできないだろう。
鷹をくくってたんですよ。
ある川まで着いた時に、
マサムネは追いついたんですよ。
追いついたけど、テルムネが目の前にいて、
首に刀突きつけられて、
お前なんかしたら殺すぞって言われてるわけです。
どうにもなんないじゃないですか。
後着してたんだけれども、
これ今に伝わっている話だと、
テルムネの方から、
お前は伊達家の党首だろっていうふうに、
マサムネに語りかけて、
自分なんてどうしても死ぬんだから、
今すぐこのバカな子の犯人ごと、
鉄砲で俺ごと撃てって言って、
マサムネは涙を流しながら、
家臣に発砲を命じて、
そのせいでテルムネは死んだし、
その犯人も死んだ。
目の前で父親を自分の手で殺してしまったというふうに、
言われてるんですね。
ドラマすぎるね。
今で言うと、マサムネが自分で判断したとも言われてますけれども、
そういった事件があったのは間違いないことだと思います。
後に残ったのは、
自分のことを嫌ってる母親ですよ。
マサムネは戦は強かったから、
いろいろ諸位のライバルを手散らしていくわけですけれども、
その頃にはね、マサムネは1567年生まれです。
67年ってどういう時代かっていうと、
信長が33歳とかの時期なんですよ。
武田信玄、上杉謙信の川中島もとっくに終わってます。
っていう時代なので、
マサムネよく言われるのは、生まれるのが遅すぎたんですね。
戦国時代の風声がよそ固まった後に、
後から東北で暴れ始めたんですよ。
てなると、彼が20何歳になってる時には、
秀吉がほとんど天下を統一してるんですね。
秀長の助けもあって。
最後に秀吉が総仕上げとして、
攻めたのが小田原でした。
小田原法上を攻める時、
これが1590年小田原攻めがあるんですけれども、
この時に関東の法上というのを最後倒したら、
天下統一できると。
東北の方も伊達が不穏な動きをしているから、
マサムネにお前も小田原に来なさいと。
そこで私に頭を裂けたら、
お前のことを認めてやってもいいよ、
っていう風に言った。
けどマサムネは、
根っからの強情だったと言われていて、
結構野心家でもあったので、
なんだかんだ言い逃れをしながら、
なかなか行かないんですね、小田原に。
とうとう、
仕方ないまいかざらを得ないなと。
なったらなったで、
なんとある時、
ご飯を食べてたら、
急に具合が悪くなって、
そうしたら、
傍らにいた男がいきなり刀を抜いて、
自分に斬りかかってきた。
実の弟が。
それでえっと思って、やばいと思って、
とっさの判断で帰り討ちにして、
弟を斬り殺したんですね。
それなんでこんなことになったかっていうと、
自分を嫌っているお母さんの指図で、
弟は斬りかかってきたと、
いう風に言われている。
ちょっと嫌な家庭だな。
暗いんですよ、育ちがいろいろ。
誰からも愛されなかったんじゃないかと。
ただ病気だっただけなのにな。
性格もいろいろ問題があったとも言われているんだけど、
豪情で野心家で、
アグレッシブな感じが、
特に女性から見たら、
自分の子供を求めないような、
乱暴な奴だと思われたのかもしれない。
なるほどね。
これもあくまで今に伝わっている話で、
政宗が勝者となった後のね。
本当は実は政宗がだから謝罪を持って、
弟を手にかけたんじゃないかとも言われているけれども、
その辺は分からないんですよ、正直。
政宗はそういうわけで、戦とか強かったんだけど、
ちょっとけれんみがあるんですよ。
言葉を選ばずに言うと。
っていうのが結構特徴でもあります。
けどその分斬新な発足だったので、
織田原へ遅刻したんです。
大遅刻したんですよね。
秀吉に来いって言われてる国権も
持ってないしそもそも。
ようやく行こうと思ったら、
カチューで毒漏られてってなってるから、
また出発遅れるわけですよ。
織田原が降服した後に行ったら、
伊達が最後の敵になっちゃうから、
殺されちゃいますよ秀吉。
ギリギリだねって話になって、
開き直っちゃったんですよね。
何をしたかと言うと、
織田原の城下に入ってきた、
まさに石垣山一夜城のあたりに
来たわけなんですけれども、
自分は城小族の死に小族で
やってきたと言うんですね。
つまり秀吉に対して、
遅刻をした謝り、謝罪、ただ単純に
毒打するとつまんないから、
自分はいつ処刑されてもいいよっていうような
死に小族で来たって言うんですよ。
っていうことをやり始めて、
なんだこいつはと、
いう風になって、
秀吉ってのは元々が農民やがりで、
自分も金ピカのチャシで作っちゃうくらいですから、
相性が良かったんですね。
なるほどね。
そこまで狙ってるのかどうか
わかんないけど、
狙ったんだと思います。
秀吉相手だからそういうことをした。
片原の前田利家とか、
徳川家康みたいな堅実な方は、
なんだこいつだと思っちゃったんですけど、
秀吉は面白がってくれた。
ていうんで、石垣山の一夜城から
織田原の城下を見下ろして、
お前あと何日か遅かったらここが無かったよって、
首でペンペンってされるっていう、
名場面があるんですけど。
これ独眼龍魔侍で、大河ドラマで、
渡辺健さんが演じられて、
すごい有名になったシーンですけど。
でもちょっと発想が奇想天外な感じは、
もうすでにあるんですね。
そうなんです。割と奇想天外で、
こういうことをたびたびやるんですよ。
他の大名の友達とかに、
変なちょっかい出して、
おめごと起こしたりってことをたびたびやるんですよ。
しかもくだらないんですよ、結構喧嘩の理由が。
何かの服が気に入らないとか、
あいつの操作が気に入らないとかって、
くだらない言い掛けにもつけて、
それを面白がってやる、
なんかね、わんぱくなんですよね。
で、史上に派手なんですよ。
やることなすこと。
で、変な西洋のビードロみたいなのつけちゃったりとか、
してるから伊達者なんての。
で、執述豪傑を胸とする徳川の家風からすると、
なんだこいつはってなって、
いよいよ伊達の変な奇妙さと、
派手さと、
なんかトンチンカな感じが、
江戸の詩の話題になって、
いつの間にか伊達っていうのは、
派手な奇抜な大名詞になってしまって、
この霊話の夜にも続いてしまって。
なるほどね。
まあ、やっぱり
良くも悪くもキャラが立ってる。
キャラが立ってます。
だから現代のゲームでも人気なわけです。
で、今ちょっと話しましたけどね、
渡辺健さんが独眼龍馬侍という、
大河ドラマ60年以上の歴史の中で、
過去最高視聴率、いまだに破られてない、
最高視聴率を取ったのが、
独眼龍馬侍という名作ですね。
これ渡辺健さんも一気にね、
スターダムを掛けがといくわけです。
で、ちょっと長くなりましたけれども、
この伊達馬侍のファンの方にとってはですね、
随法殿っていうのは聖地なんですよ。
それはもちろん、
お墓があるからなんですけれども、
それだけじゃないんですね。
これちょっとね、随法殿のページを見ていただきたいんですけれども、
伊達馬侍
副眼像。
これ、
わかりますか?どういうことか。
これだから、顔?
胸像みたいなやつを
作ってあるってことね。
そうなんです。ただの胸像じゃなくて、
伏した顔の像って書いてあるじゃないですか。
復元してるってことね。
そう。
これね、すごく珍しいことなんですけれども、
正宗は、
病気で最後普通に大王城を遂げるんですけれども、
その後、
この病院に対するに葬られて、
建物は燃えてしまったんですけれども、
土の中にあった正宗のお墓が
守られたんですね。
その結果、何が起こったかというと、
正宗は、何とね、遺骨そのものが
残ってるんです。
顔も残ってます。
じゃあ、その頭蓋骨から
この顔を復元してると。
そうなんです。なので、数少ないというか、
ほぼ唯一だと思うんですけど、戦国武将の
顔が復元されてるっていう
例があるんです。
本当にこういう顔だったそうです。
はあ。
すごいね。
うん。
やっぱ戦国時代の人とかって、
絵でしか見れないから、
それが正しいかどうかって分かんないよね。
でもこれは科学的にこういう顔だった
っていう風になったわけね。
最新科学の結果、復元された顔がこれなんです。
へえ。
いやでも、こうして見るともう普通に
おじさんの顔だよね。
そうそうそう。
逆に正宗の肖像画を見るとね、
結構でっぷりしてるんですよ。
だからね、むしろ
肖像画よりこの顔が現代には
ウケそうな気がする。
そう思ってるよね。
渋いおじさんって感じがするね。
鼻がでかいんですよね。
そうだね。
右目がちょっと
半開きみたいな感じになってますけど。
耳もでかいなあ。
耳でかいっすね。
副耳だったのかもしれない。
すごいねこれ。
これがですね、
政宗の廟の近くに資料館があって、
そこでこういった
復元模写みたいなのを展示されています。
頭蓋骨の模型もあるんだね。
そうですそうです。
へえ。
血液型までわかってるんですよ。
すごいね。
B型だったそうです。
なんか、ああって感じでるけど
A型ではない気がする。
いや面白いな。
なんか急にやっぱ人なんだなっていうのがすごい。
そうなんです。
普通の日本人の顔ですよ。
これだからやっぱお墓がね、
しっかり守られてたからこそってことですね。
そういうことです。
武田信玄とかは武田家自体が滅んでしまっているので、
もう分かんないんですよどこ行っちゃったか。
大半はそうなんですけど、伊達藩みたいに
260年間題名が一度も変わってない。
っていうところがやっぱりこうなってくるんですよ。
すげえなあ。
現代科学もすごいね。
すごいですね。
これは世界の科学の結集だそうです。
医療系のお医者担当でみんなで結集してたとそうです。
あの、正宗のようなそういうけど
遺骨が残ってるくらいなので
お墓も当然残ってるわけなんですけど
一緒に何が入れられたかっていうのも
残ってるんですね。
まあ鎧とか刀は
まあまあそうだよねって感じがするんですけど
これなんですよ。
実はね、
こっからがこの3日間の
本題に入ってきます。