1. 大人になりたい旅がしたい
  2. #160【宮城】みんな、月を見て..
#160【宮城】みんな、月を見ていた。Part1
2026-09-03 1:45:16

#160【宮城】みんな、月を見ていた。Part1

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海に辿る記憶の手ざわり みんな、月を見ていた。1日目


私たちが歴史を考えるとき、大きな手掛かりとなるのが遺物、すなわち”記憶の手ざわり”。先人が、己の手で、想いを込めて象り、今に伝えた”もの”からは、多くの想像と思考がもたらされます。今回は、長らく隠されていながら「世界の記憶」となった遺物を中心に、”もの”の見方、感じ方を問う静かな大人の旅へ。大海原に臨み、月の下に輝いた宮城県の人生の記憶は、いま、私たちに何を語りかけてくるのでしょうか。


【目次】

~ 「KICHI」でのイベント ありがとうございました!

~ コーステーマの発表

~ ★旅のはじめに★ ”杜の都”に三陸海岸 宮城県の魅力とは

~ 名物グルメ牛タン ”味噌”に漬け込んだ特製の味とは⁉ 【牛たん一福】

~ 絢爛豪華な伊達家の霊廟 仙台藩260年の聖域 【瑞鳳殿】

~ ★歴オタ話★ ”独眼竜政宗” 今に愛される鮮烈な個性

~ ★さらに歴オタ話★ 明らかになる政宗の表情 謎の”遺物”が物語るもの

~ 体系的に解説される宮城の歴史と遺物 【仙台市博物館】

~ ★歴オタ話★ 仙台に秘蔵された”世界の記憶” 話題はこのコースの本題へ

~ 仙台藩の雄大な本拠 杜の都の景観を一望 【仙台城跡】

~ ★歴オタ話★ ”伊達政宗像”は3代目 不思議な変身の理由とは⁉

~ ★緊急補足★ 初代伊達政宗像を巡る一説 彫刻家の苦悩と葛藤

~ 驚異的なコスパ! 三陸の恵みを110円から! 【牡蠣小屋ろっこ 東一店】

~ アジフライにはオリジナルの日本酒を 創作和食の名店へ 【氏ノ木2】

~ 吹奏楽ファン集まれ!ディープなトークも何のその! とっておきの音楽BAR 【酔奏楽部 宝島。】

~ 1日の振り返り


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サマリー

このエピソードでは、宮城県を巡る2泊3日の旅の初日が紹介されます。旅の始まりは、ポッドキャストスタジオ付きゲストハウス「KICHI」でのイベント参加から。その後、宮城県の魅力、特に「杜の都」仙台と三陸海岸の紹介に移ります。初日の観光では、まず仙台名物の牛タンを味噌漬けで味わえる「牛たん一服」を訪れます。次に、伊達政宗公の霊廟である豪華絢爛な瑞鳳殿へ。ここでは、伊達政宗の生涯や、彼の個性と「伊達男」という言葉の由来についても掘り下げられます。さらに、仙台市博物館では、宮城の歴史が体系的に解説され、特に「世界の記憶」とも呼ばれる慶長遣欧使節団に関する謎めいた遺物について触れられます。その後、仙台城跡を訪れ、伊達政宗像の意外なエピソードや、その像が持つ歴史的背景について解説されます。夕食は、驚異的なコストパフォーマンスを誇る牡蠣小屋「ろっこ 東一店」で三陸の海の幸を堪能し、続いて創作和食の名店「しのぎ2」で地元の食材を使った料理とオリジナル日本酒を楽しみます。一日の締めくくりは、吹奏楽をコンセプトにしたユニークなバー「酔奏楽部 宝島。」で、音楽談義に花を咲かせます。この初日は、仙台の歴史、グルメ、そしてユニークな文化体験を凝縮した内容となっています。

イベント参加報告と新コースの紹介
大人になりたい旅がしたい。このポッドキャストでは、旅行とお酒が好きな同級生2人が、大人だからこそ知りたい、ちょっとディープな国内旅行のモデル構想を紹介していきます。旅のお供はこの2人。
旅が一概なローカルトレジャーコレクター、はるやです。 ディープな旅がしたいけど知識がない旅行初心者、うちだです。
われわれちょっと前にイベントに行ってまいりまして。
それが、キチへ行こう!ポッドキャスト好き塩尻に集まれ!というイベントでして、7月の11日に行われまして、そこにわれわれ2人で行ってまいりました。
ありがとうございました。
こちらタイトルにある通り、キチというポッドキャストスタジオ付きゲストハウスですね。
以前、クラウドファンディングでわれわれ支援をさせていただいて、返礼品というかこの配信で飲んだりとかもしましたけれども、そのキチにようやく行きましたという感じですね。
楽しかったね。
楽しかったですね。
このイベントですね、ポッドキャスト好き集まれ!ということなんですけど、イベントの概要はですね、
宿とスタジオキチにポッドキャスト好きが集まりまして、みんなでタコスを作って食べようというね、とても楽しい回ですよね。
このイベントは、このキチをやられているユアサさんの番組、ローカルナイトニッポン、そしてひとことラジオ、あとはローカルタコストーリーズというね、この3つの番組のコラボのイベントという感じになっていて、
場所はそのキチで、タコスの具ですね、はひとことラジオさんの大地さんが作られていて、タコスの生地、トルティーヤですね、これはローカルタコストーリーズのパソナリティの方が国産のコーントルティーヤを作っていらっしゃって、
この3組の番組がコラボしてこのイベントがなったということで、もう本当タコス食べながらポッドキャストを配信している方、聞いている方、そして地元のポッドキャストを知らない方、もう本当に集まってみんなでワイワイ喋りながら交流をするという本当に楽しいイベントでございました。
はい、やっとキチに行けたというのもあったしね。
そうですね、キチね、長野県塩尻市というところで、東京から2時間くらいかかるかなという感じですけれども、なかなか行く機会がなかったところで、初めて行けてよかったですね。
よかったね、本当にいい空間でしたね。
スタジオすごかったですね、思った以上に大きくて、4人は同時に収録できましたからね。
そうだね、スタジオがガラス張りになっているから、お互いに見れたりとかしましたし。
ラジオブースみたいでしたよ本当に、そういう横浜さんじゃないけど。
そう、だからそれで収録もね、参加者が入れ替わりで全員収録するみたいなこともあったりして。
この音源はローカルナイトニッポンのルーム、ファンコミュニティーがあるんですけど、そちらで配信されているそうなんですけども、本当知らない人が初めましてで喋るみたいなのがあったりとか。参加者の中にはまた牛若さんがいたりとかね。
そうなんですよ、盛り上げてくださいまして。
車で何時間つったかな。
6時かな、豊岡からだもんね。
すごいね。よく来るなと思うけど。
しかも牛若さんの育てた牛のお肉を初めていただけてね。
めちゃくちゃ美味しかったな。
タコスの具にさせてもらったんですけど美味しかったですね。
美味しかったね。味噌で確か味付けしてたんですけど、それに負けない肉の旨味があってすげえ美味しかったな。
とかね、こういう交流ができてすごい楽しいイベントでした。
基地はまた行きたいですよね。
そうなんですよ。ちょっと我々宿泊ができてなかったのでね。
なので我々的にはちょっと特別な時にまた行くかなんて相談をしてますので、またぜひ行かせていただきたいなと思ってます。
ぜひ現地でも収録をさせていただけてね。
そうだね。本当に楽しいイベントでございました。
ありがとうございました。
ということで、今回からまた新しいコースということで、今回のタイトルは何でしょうか?
はい、今回からご紹介するコースのタイトルは、海にたどる記憶の手触り、みんな月を見ていたです。
なんかこれもタイトルらしいタイトルだね。
そうですね。
みんな月を見ていた。
これはね、気づく方は気づくかもしれません。とある本のパクリです。
これはどこのコースになるんでしょうか?
はい、今回まさに満を持してなんですけれども、宮城県のコースを2泊3日でやりたいと思います。
これにて東北地方最後の県になっておりましたので。
そうか、そうだね。
満を持してですね。
意外と宮城やってないんですね。
意外とね。
観光地的にも仙台があったり、グルメがたくさんあったり、歴史的にも有名な場所ではあると思うので、意外とやってなかったなって感じがしますけど、ようやく。
今回はね、結構歴史にかなり寄っていますので、久々に結構内容としてはヘビーと言いますかね、結構重量感のあるボリュームになっているかなというふうに思いますね。
なるほど。
まあまあでも、あの人が出てくるんじゃないかなっていうのは思いますね。
じゃあ早速いきましょうか。よろしくお願いします。
宮城県の魅力と初日の旅程概要
そういうわけでね、今回宮城県東北地方最後になるわけですけれども、このBOTCHASTER初登場になります。
どうでしょう?宮城県は行ったことだったりとか、何かしらのイメージだったりとか。
なんかね、小学校ぐらいの時に一回行ったんだよな。なんかね、僕と同じだった子が仙台に引っ越したのかな。それで遊びに行って。
まあでもそれはね、お家に行ってそれで遊んだだけなので、あんまり観光とかはしてないわけですけど。
まあでもイメージ的にはやっぱり色々皆さんもあるかなと思いますよね。牛タン?
そうですね。
寸田?歴史っていうテーマで言いますと、独眼流、伊達正宗なんじゃないかなと。
そうですね。
まあこれは僕でもわかる感じですね。
なんでまあそういうイメージはあるんじゃない?みんな。
そうでしょうね。ライブとかで行ったことないんですか?
俺あんま遠征をしないんですよね。
ああ、そっかそっか。
だから行ったことはないですけど、野球でも楽天とかね。
だから本当に色んなものがあるなっていう。都会のイメージはちょっとあるかな。仙台においてはね。
そうですね。おっしゃる通り仙台市は東北地方最大の都市でありまして、東日本でも有数の、日本の中でも有数の都市です。
もちろん政令指定都市になっておりますので、紛れもない大都会です。
でおっしゃる通りね、この仙台を開いた伊達政宗の話ですとか、ずんだ牛タンといったやっぱりグルメタウンとして有名なところでもありますよね。
まあそういうわけで東北最大の都市ですので、ライブとか何かしらのイベントも行われていますから、そういった領土で行ったという方もいるんじゃないかなと思います。
あとはね、最近記憶に新しいところでは、今日は旅の話の春の1回目の時に早坂真希子さんがね、昔仙台にお住まいだったと。
秋湯温泉を紹介してくださってましたけれども、秋湯ですとかナルゴですとか、ああいった温泉地もあったりしますので、東北の自然の良さと大都会、森の都なんていう印象がありますけれども、そういった街だということですね。
今回はですね、1日目は主に仙台もあるんですけれども、仙台とともに宮城というコースなので、仙台からさらに三陸海岸の方へ行ってね、海の方に実際ちょっと行ってみたいというふうに思っています。
後々詳しくは話しますけれども、もちろん伊達正宗の話もやりますが、それとともにね、今歴史の教科書に実は載ってるんですけれども、あまり注目されてない、あるいは何をしたかってよくわからないような人たちの話が実は宮城にゆかりのある方があるんですけれども、
それが実は非常に大きな意味と大きなことを考えさせられるような歴史上の事実だったりしまして、それが実は宮城ゆかりの人たちなんですけれども、ちょっとそういったことを考える、やっぱり歴史がテーマになってくるものになっております。
ので、歴史好きの方とかはいいんじゃないかと思いますし、もちろんグルメの要素欠かしたくないのでね、お酒好き、特に日本酒とかはやっぱりね、この辺はすごいですから、興味持っていただけるんじゃないかなというふうに思います。
で、仙台から始めるわけなので、まずは仙台駅からアクセスというところも確認をしておきたいわけですけれども、東京からいらっしゃる方の場合はやはり東北新幹線を使っていただくのが最も良いと思います。
ぜひね、エキネット35%オフをね、確実に。それで行くとね、大体東京駅からで行けば2時間あれば着くかなって感じですね。山彦であってもね。1時間半から2時間で着く距離になっていますので、アクセスという意味では非常にしやすいと思います。
一方で関西とか九州から行かれる方はどうしたら良いのかということになるわけですけれども、仙台には空港があります。ちょっと海沿いの方ですけれども仙台空港がございますので、そこまで飛行機で行っていただいた後、鉄道ですね。
仙台には市営地下鉄がありますので、その地下鉄とかを作っていただいて仙台駅ですとか、一番繁華街である青葉通りというあたりに行っていただくのが良いかと思います。その場合でも鉄道もちゃんと空港から整備されているので、そんなにアクセスに困るということはまずないんじゃないかと思うわけですね。
で、初日は仙台だけになりますので、仙台をじっくり巡るのでその点ご安心ください。そして車も1日目は借りません。
仙台、やはりこれ都市型観光の良いところで、仙台レベルの大都市になると、地下鉄があるって時点でもうだいぶなんでしょうね。交通網という意味では全く不便がありません。
ので、今回1日目一切車乗りません。ということはなんですね。楽しみにしていてください。
仙台観光:牛タンと瑞鳳殿
というわけで1日目ですね、11時くらいお昼前に仙台駅に着いたというところから話をしたいと思います。
飛行機の方はちょっとそれより前に設定していただいて11時に仙台駅から目指してください。
仙台観光のポイントなんですけれども、仙台はJR仙台駅という巨大な駅があります。
一方で仙台市の最大の繁華街は国分町という有名な歓楽街がありますけれども、それと共に青葉通り広瀬通りあるいは常前寺通りとかいっていって、結構幅広く栄えてるみたいなイメージなんですよね。
そうなった時に仙台駅の近くでももちろんグルメスポットいっぱいあるんですけれども、僕は個人的なお酒とかの趣味で言うと仙台駅から仙台城青葉城の間くらいが一番いいと思ってます。
そうすると仙台駅からだと歩いて大体10分から15分くらい。ちょっと地図見てみましょうか。
仙台は西側で栄えてるのは山の方ですね。今真ん中に仙台駅ありますけれども、それで地下鉄が伸びていますね左側の方にね。
そこで広瀬川という川を渡っていただいたところに仙台城はと、過去青葉城市がありますね。これが六つの国伊達藩の巨城です。
この仙台藩の仙台城と仙台駅の間が昔の城下町であり、今でも一番栄えてるところ。東北地方最大の繁華街になっています。
具体的に言うと仙台市へ地下鉄の青葉通り一番町駅とかあるいは広瀬通り駅この辺りが一番栄えているというふうに考えていただければいいと思うんですね。
ですので歩いて移動していただいてもいいんですけれども、今日ちょっと仙台城の方まで行きます。ってなると結構かかるんですよ。お城まではね。これ歩いてきて1時間ぐらいかかります。
1時間若干かかると思いますので、ちょっとこの辺回り方をね、コツがあるのでそれをまず最初に考えていきたいと思います。
何をすればよいかというと、地下鉄を使っていただいてもいいんですけれども、ここはバスを使っていただくのが一番いいというふうに思っております。
仙台市が運営しているバスがあるんですけれども、ループル仙台というね重たった観光地をいろいろ巡ってくれる周遊バスがあるんですよ。
これが便利なんですね。この緑のラインを見ていただく通りなんですけれども、仙台駅に始まって西の繁華街の方を通って、
伊達家ゆかりのところとかお寺とかを通って青葉城仙台城の方まで行っていただく。そして仙台駅に帰っていくという一筆書きの一周コースなんですよね。
これが平日だとだいたい20分間隔くらいで運行してますので、これ1日乗車券をまずここで買っていただくと非常に有効に活用できるということになります。
1日乗車券、2026年8月現在の値段ですと630円という風になっています。
1回乗車するのに260円かかりますから、3回乗っていただくと元が取れるということになります。
3回乗ります、これ間違いなく。
ですので、まず仙台駅に着いていただいたら、駅の西口の方のバスの事務所へ行っていただいて、この1日乗車券を買うところから始めてください。
地下鉄も一緒に使いたい方とかは地下鉄も含めた共通券もあるので、そこも適宜考えてもらえればいいかと思います。
共通のやつだと大人1人920円ですね。
そうですね。
これもお得そうな感じするね。
そうだと思いますね。
という感じです。
なので今回バス移動をします。
今の時刻に落とし込むと、11時20分に仙台駅を出るループル仙台に乗ってください。
1日乗車券持ってますから、何回でも乗り放題なので、そこはこまめに刻んでいきたいという風に思います。
仙台駅からループル仙台で4分ほど行っていただいたところに、青葉通り一番長駅というバス停があります。
これが一番仙台の繁華街の辺りですので、この辺りのホテルを通っていただくのが良いかなと思います。
青葉通りってのは結構南の通りなんですけれども、青葉通り、広瀬通り、常前寺通りという風にありますので、
その辺りの青葉通りから常前寺通り辺りのどこかでホテルをとっていただくと、夜の飲み歩きにはぴったりなところになってますので、参考までに。
そこでまず荷物を置いてしまいましょう。
だいたい青葉通り辺りでホテルをとったとして荷物を置いたとしましたら、最初にお昼ご飯を食べに行きたいと思うんですね。
そこで行くのがですね、牛タン一服さんです。
早速だね。
味噌漬け牛タン焼き?
そうなんですよ。
これが特徴なんですね。
牛タンってどうですか?食べることありますかね?
東京でもお店がたくさんありますからね。
でもだいたい塩焼きですよね?
そうですね。焼肉屋さんに行ってももちろんそうですし、仙台発祥のチェーンというのも有名なとこありますけれども、だいたい塩焼きだと思います。
で、仙台の牛タンってどこもいろいろ有名店だらけなんですよ。
もうどこを選ぶんだって話に正直なるから、無理にここじゃなくてもいいっちゃいいんですけども。
ただ、あえてこの一服さんを選んだ理由というのは、まずこのお店が仙台にしかないということです。
東京では食べられません。このお店のお料理は。
で、特にですね、この今内田が言った通りの味噌漬け牛タンっていうのが名物なんですね。
いや、そりゃ美味しいでしょうよ。
これは美味いよ。
これ意外と知られてないかもしれないんですけれども、実は仙台っていうのは味噌の名産地でもあります。
伊達藩の時代からと言われていますけれども、仙台味噌っていうブランドもあるくらいで、
実際仙台の麗寮な気候の中で醸した味噌っていうのは、結構お土産にも今も売られていたりしますし、
味噌蔵は無通伊達藩寮内は結構多いんですね。
ですので味噌食の文化っていうのは、実は仙台は結構盛んだったりするんです。
そういったものを背景に、この牛タンっていうものを味噌に漬けて、漬け込んだ下味のついているものを炭火でガッと焼く。
そしてご飯と一緒に食べる。
こんなことができるんですね。
米進みそうだなこれ。
進みます。
しかし進むのは米だけじゃないんですね。
なぜ×一日乗車券を買ったのかと。
これは飲むでしょう。さすがに。
ビールだなこれは。
ビールですね。
隣の牛テール焼きっていうビール料理のとこにビールのお供がいて、ビールが見切れちゃうんで、写真で付いてるとありますけど。
お店が清掃してるんでね。
これは良いっすね。
これは良いっす。
そもそも味噌漬けっていうのを食べてみたいのもあるしね。
ただ一方で仙台の牛タン、食べたいじゃないですかこれは絶対。
食べたいね。
味噌漬けは一服さんのオリジナル性があるので良いんですけど、塩焼きも食べたいっていう人もいると思うんですよ。
という時にこれが凄いのは、そのニュースを完全に満たすものがありまして、味噌漬け塩味牛タン盛り合わせというものがあるんですね。
最高だなこれ。
3切りずつだったかなと思うんですけど、一皿の上に塩も味噌もどっちも入れてくれる。
良いね。
これ一択だな。
これはやっぱりこれになりますよね。
迷うとしたら1.5人盛りにするかどうかだね。
そうですね。
あとはね、僕一人でしか行ったことないんですけど、複数人であればこういうわけで。
単品もあるんだ。
そうです。
さっき言った牛テール焼きとかもあるしね。
そうですそうです。
カルビ焼きとかね。
あとステーキとかそもそも。
タンシチューとかもあるんですね。
そうね。
これは飲んじゃいますよね。
いや良いな。
どう考えてもね。
なんかもういきなり名物食べるっていうのもあるしね。
ビール進むしな。
最高だなこれ。
もちろんこのお店は夜もやってますから、今日はランチから飲むことはしてますけれども、夜行っていただいても良いわけなんですよね。
そもそもですね、なんで牛タンって仙台で有名なのかってのはご存知ですか?
牛育ててないんだよね確かに。
そうなんですよ。
それがなんか不思議な、なんか理由聞いたことあったな。
何だったかな?
これ実はね、今言った通りで仙台、もちろん育てるところあると思うんですけどもね。
全てがその仙台とか国産のものじゃなくて、輸入に頼っている部分正直あるんですよ。
だから仙台の牛タンのポイントっていうのは、素材というよりは調理なんですよね。
で、なぜその調理法が生まれたかってことは小説ありなんですけれども。
有力な説としては、そもそも戦後、仙台というのは非常に大きな戦災の被害を受けました。
空襲が激しいところで、結構市街地のほとんどは戦争で焼かれてしまってるんですね。
そこからの復興っていうのがめちゃくちゃ大きなポイントになっています。
この現代の仙台を考える上で。
やっぱり戦後、町も壊滅してしまっているので、食糧難が著しい状態。
という時に養殖側、占領軍が入ってくるわけですけれども、
その時の普通日本人が食べないと思っていた牛タンをタンシチューに西洋の人たちはするということが分かって、
それがしかもめちゃくちゃうまいと。
煮込めば煮込むだけやっぱり柔らかくなってというふうになるじゃないですか。
というので、これ牛タンって食べれるんじゃんって思って、
これを和風にしたらウケるんじゃねっていうふうに考えついていたそうなんです。
これがタスケっていう今もあるお店なので、ここが一番有名なお店だと思うんですけども、
それを考えた人がやってみた結果それが大流行りして、
いつしかその一つのお店が発祥したものが、仙台全体でB級グルメになっているという感じですね。
その牛タンの塩焼きを思いついたわけだよね、たぶんね。
それに気づいた。
それだけってそれだけだけど、それがきっかけで仙台の名物っていうふうになったんですね。
やっぱりこれもちろん一概には言えないですけれども、
ホルモンとかが名物のところも、
結構やむにやまれる食糧難の時代から実はそれを逆手にとって、
新しい食材、新しい今まで食べなかったものを食べざるを得ないから、
でも食べるからにはせっかくなら美味しく食べたいから、
新しい調理法を考え出そうと。
そういうので結構出来上がってきた文化ってありますね。
仙台の牛タンはたぶん日本の中でも最たる例だと思います。
いいね、だからそもそも食べるもんじゃないのにそれを美味しくしたっていうことね。
そうそうそうそう。
やっぱりその調理人たちの技術と熱意と粘り強さ、
そういうあたりがちょうど今の仙台の牛タンを生み出していった。
必ずしも国産ではないんだけれども、
この調理というところにポイントがあって、
そういう意味で言うとやっぱりこの味噌漬けの牛タンっていうのは、
さらにその先端をいっているものになるんじゃないかなと思うんですよ。
実際美味いんですよ。
いや、そりゃそうでしょ。
甘みがちょっと味噌あってさ。
塩といい対比になるんですよ。
いや、いいね。
テールスープも美味しいしね。
美味しいですね。
いや、いいな。
正直ここで居座っちゃってもいいくらいなんですけれども、
ちょっと先があるのでね。
いや、しますがまあでも1時間はいるでしょうと。
飲んでね、思いますね。
まず飲んでいただいて、
牛タンをとりあえず最初まず味わってもらう。
っていうのもいいのかなというふうに思います。
いいスタートですね。
そうしましたらまたバスを使っていきましょう。
牛タン一服さんから徒歩10分ほど、最初降りたバス停ですね。
青葉通り一番長駅のバス停に乗っていただいて、
一応地図表に照らすと12時24分に出るものがありますので、
これに乗っていただきます。
そうすると、このループル仙台っていうのはね、実は一方通行なんですね。
なので逆走ができないので、
ループル仙台の巡路に乗っとって、
これからの歴史的な怪物動物とかも見ていきたいというふうに思っています。
そうすると最初にたどり着くのはどこかっていうと、
青葉通り一番長から9分ほどのところにあるのが、
瑞鳳殿前バス停です。
この瑞鳳殿前バス停から徒歩7分ほど歩いて行ったところにあるのが、
瑞鳳殿ですね。
いやー、きらびらかな建物ですよ。
名前からしてね。
そうですよね。
いや、豪華だなこれは。
これちょっとね。
すごいね。
もう本当、国際式の。
かっこいいね。
威厳がすごいわ。
この尋常ならざるを得ない建物なわけなんですけれども、
瑞鳳殿っていうのは、
これよく日光当将軍に似てるっていう人もいるような気がするんですけれども、
実は時代としては全く同じ頃なんですね。
江戸時代初めに建てられたものが、
残念ながら戦争で焼かれてしまっていて、
それを復元したものが今の建物になっています。
これはね、もうご存知の通り、
仙台藩層伊達正宗の霊廟になります。
お墓ですつまり。
それが瑞鳳殿です。
それでこれだけきらびやかなわけね。
伊達正宗というとね、
おそらく多くの人は知ってるんじゃないかなというふうに思うわけですけれども、
武通の国仙台藩の藩層で、
仙台藩は一度も藩主は変わりませんでした。
日本の中の黒鷹においても、
河賀前田百万石、薩摩島津、その次です。
日本で3番目に多い王朝を持っていた藩。
東日本最大の藩です。
というのが仙台藩になりますので、
これはなかなかすごいものが生まれるわけですよね。
瑞鳳殿さんに行っていただくと、
山の中にあります。
バス停から坂道を上がるわけなんですけれども、
その間も森の中に入っていく並木道で、
ちょっと神秘的な雰囲気の山道を上がっていくことになりますね。
お墓ではあるからね。
そうですね。聖地ですね。
これを行った先に配管券などを買っていただくと、
この瑞鳳殿があるわけなんですね。
今言った通りで、
もともとは伊達政宗というのは1636年に亡くなっていますから、
その翌年1637年に婚留されました。
そういうわけで戦争で亡くなってしまったんですけれども、
1979年に忠実に当時のものを復元して今に至っています。
結構戦後早いしね。
結局政宗のお墓はもちろんありますし、
政宗以外にも子供だったり孫だったりっていう、
2代3代っていう伊達藩の藩主たちも、
この瑞鳳の脇に別の廟が建っていますので、
そこも併せて参拝することができます。
それぞれやっぱり国際式の、
勢を凝らしたような建物になっておりますので、
江戸時代、関英時代の建築の名残ですね。
今昭和のものなのでね。
ただ当時の建築技術だったりとか、色の使い方だったりとか、
細工の仕方だったりっていうのは、
ここは本当に存分に感じられるんじゃないかなというふうに思うわけですよね。
ここでね、伊達政宗という人も、
伊達政宗の生涯と謎の遺物
ちゃんと出てくるのは初めてなんじゃないかなというふうに思うんですけれども、
これについてはどういう印象を持っていますか?
やっぱ独眼流っていう異名ですよね。
そうですよね。
キャラクターとかでもね、眼帯をしてるのがよく出てますしね。
あとこの三日月の兜。
そうですそうです。
そういうイメージはあるんじゃないかな。
結構でも内田にしては解像度が結構高い感じが。
でもやっぱりよくキャラクターにされるのがあると思うし、
あと派手なんじゃなかったっけ?
そうなんですよ。
伊達男っていうやつでね。
今の我々が使ってる用語の中にも伊達男もそうですし、伊達眼鏡とか、伊達物。
これ全部正宗が由来だと言われていますね。
そうだよね。
だから多分そういうので印象ついてるんだろうね。
そうですね。
やっぱり個性という意味では非常に強い人物として記録されてると思います。
一応解説をしておくとですね。
伊達眼鏡というのはそういうわけで仙台藩の藩属になりますので、
ある意味この東北の覇者になったわけなんですけれども、
仙台のイメージはあまりにも強いと思うんですが、
実は仙台で過ごした、仙台を領有したのは本当に後半世でして、
もともと生まれはデワの国の米沢なんです。
米沢って覚えてますか?
山形。
あの時どんな話をしたのか覚えてますかね?
お酒の印象がすごい強いんですけど。
それは内田だからですね。
上杉とか絡んでなかったっけ?
おっしゃる通りです。
どう絡んでたっけって感じではあるんだけど。
米沢藩は上杉家なんですね。
つまり上杉というのは最初もともと越後の国にいましたけれども、新潟ですよね。
上杉謙信がいました。
けど謙信が亡くなって後名でゴタゴタやって影勝というのを継ぎました。
影勝は秀吉と仲良かったから上手くやってたんですけれども、
ある時藍津若松に威風になってしまって、
藍津若松と米沢という超巨大大名にいました。
これも堕底のおさいなんですね、そもそも言うと。
でも上杉影勝とカロンの直山代っていうのがイエスに喧嘩を売って、
関ヶ原の戦いを布教行した超本人になってしまう。
で負ける。
ってなった時にその罰として藍津はすべて募集されてしまって、
米沢の領地だけが残されて、
そこに全部上杉が押し込められてしまった。
だからもう経済状況がどうにもなんないヤバイ藩だったんだけれども、
そこに秋月藩っていう小さな高鍋のところから入ってきた、
上杉陽山っていう名手が出てきて、
これが節約とかいろんな政策をやった結果、
すごく大きな功績を残した。
そんな話をしました。
その米沢なんです。
もともとあれって実は戦国時代は伊達芸のものだったんですね。
米沢を治めていた伊達芸の生まれってこと?
そうなんです。
正宗は山形県出身です。
そういう意味で言うと。
伊達芸って最後は仙台に行くんだけど、
実はそれまでは福島本拠していた時代もあったし、
米沢本拠の時代もあったしっていうのは、
結構転々としてるんですよ東北の中を。
正宗が生まれた時は米沢が本拠だった時代なんですね。
米沢本拠にそれこそ藍津とかも元々伊達が治めてて、
伊達が結構調子乗ってるから、
秀吉に藍津を注されちゃって、
その代わりにウィスリーが藍津を与えられてるってことです。
なのでもともとは米沢の生まれでした。
知ってる通り独眼流と言われてしまっていますけれども、
あれはもともとは子供の時に包装という病にかかってしまって、
当時致死率もめちゃめちゃ高いものだった。
目に菌が入ってしまって、
こっからどう転移していってしまうと、本当に死んでしまうということになって、
片倉小十郎っていう非常に有名な家臣がいますけれども、
その家臣に言って、一か八かの家計をしようと。
手術も当時できないから、
もう刀で目にできてしまった腫瘍を切ってしまおうという雪女。
麻酔もないですよ。
荒良事だね。
荒良事も荒良事。
下手したらそれのせいで死んでしまうかもしれない。
もちろんそのために片倉も終わりですよ。
ですけれども、片倉小十郎という盛り役は、
自分の死を覚悟してやったんですね。
その結果、なんとかどうにかこうにか命は取り留めて、
包装の悪い腫瘍も全部切られたので、できたんだけれども、
その代償として右目が見えなくなってしまった。
その刀で無理矢理切ったという傷ですから、
見た目としてはあまりね。
ということで、伊達正宗自身は必ず肖像が右目を開かせた状態でやっぱり描かせてたっていうのも、
何かちょっとコンプレックスを感じていたのかもしれません。
もう見えないんだけど、肖像が全部開いてるんです。
でもそういうわけで片倉のおかげもあって、
結局治ってたらその代わりに眼帯をしてるっていう、
ドラマ作りはそういうふうに描かれますよ。
政宗というのは非常に腫らん万丈の人生で、
もちろん全部語るのはちょっとやめますけれども、
代表的なところで言えばね、
お父さんテルムネっていうのがいたんだけれども、
これは割と結構可愛がってくれたんだけど、
一方で母親のヨシ姫っていうのが、
これは今で言う山形市のモガミ家の出なんですけれども、
これが正宗の相棒が醜くなったとか、
気性が荒いってことを嫌になっちゃって、
その弟ばっかりを可愛がるようになっちゃってるんです。
父親は自分のことを結構可愛がってくれるけど、
母親からは完全に嫌われてる。
弟ばっかり悲劇される。
っていうふうに性格もすごい暗くなってしまう。
ねじ曲がっちゃったんですね、いろいろ。
アローコとかテルムネっていう理解者だった父親も、
マサムネに家族を譲った後に、
東北の小さな豪族たちのいざこざに巻き込まれて、
拉致されちゃって。
拉致されて、
福島の方の豪族に人質に取られちゃったんですよ。
油断してたら、テルムネがのんびりしてたら。
それをマサムネが追っかけていくわけですよ、取り戻しに。
見つけに行くんですよ。
そしたら、敵はテルムネを人質に取っているから、
マサムネは追っかけても手出しできないだろう。
鷹をくくってたんですよ。
ある川まで着いた時に、
マサムネは追いついたんですよ。
追いついたけど、テルムネが目の前にいて、
首に刀突きつけられて、
お前なんかしたら殺すぞって言われてるわけです。
どうにもなんないじゃないですか。
後着してたんだけれども、
これ今に伝わっている話だと、
テルムネの方から、
お前は伊達家の党首だろっていうふうに、
マサムネに語りかけて、
自分なんてどうしても死ぬんだから、
今すぐこのバカな子の犯人ごと、
鉄砲で俺ごと撃てって言って、
マサムネは涙を流しながら、
家臣に発砲を命じて、
そのせいでテルムネは死んだし、
その犯人も死んだ。
目の前で父親を自分の手で殺してしまったというふうに、
言われてるんですね。
ドラマすぎるね。
今で言うと、マサムネが自分で判断したとも言われてますけれども、
そういった事件があったのは間違いないことだと思います。
後に残ったのは、
自分のことを嫌ってる母親ですよ。
マサムネは戦は強かったから、
いろいろ諸位のライバルを手散らしていくわけですけれども、
その頃にはね、マサムネは1567年生まれです。
67年ってどういう時代かっていうと、
信長が33歳とかの時期なんですよ。
武田信玄、上杉謙信の川中島もとっくに終わってます。
っていう時代なので、
マサムネよく言われるのは、生まれるのが遅すぎたんですね。
戦国時代の風声がよそ固まった後に、
後から東北で暴れ始めたんですよ。
てなると、彼が20何歳になってる時には、
秀吉がほとんど天下を統一してるんですね。
秀長の助けもあって。
最後に秀吉が総仕上げとして、
攻めたのが小田原でした。
小田原法上を攻める時、
これが1590年小田原攻めがあるんですけれども、
この時に関東の法上というのを最後倒したら、
天下統一できると。
東北の方も伊達が不穏な動きをしているから、
マサムネにお前も小田原に来なさいと。
そこで私に頭を裂けたら、
お前のことを認めてやってもいいよ、
っていう風に言った。
けどマサムネは、
根っからの強情だったと言われていて、
結構野心家でもあったので、
なんだかんだ言い逃れをしながら、
なかなか行かないんですね、小田原に。
とうとう、
仕方ないまいかざらを得ないなと。
なったらなったで、
なんとある時、
ご飯を食べてたら、
急に具合が悪くなって、
そうしたら、
傍らにいた男がいきなり刀を抜いて、
自分に斬りかかってきた。
実の弟が。
それでえっと思って、やばいと思って、
とっさの判断で帰り討ちにして、
弟を斬り殺したんですね。
それなんでこんなことになったかっていうと、
自分を嫌っているお母さんの指図で、
弟は斬りかかってきたと、
いう風に言われている。
ちょっと嫌な家庭だな。
暗いんですよ、育ちがいろいろ。
誰からも愛されなかったんじゃないかと。
ただ病気だっただけなのにな。
性格もいろいろ問題があったとも言われているんだけど、
豪情で野心家で、
アグレッシブな感じが、
特に女性から見たら、
自分の子供を求めないような、
乱暴な奴だと思われたのかもしれない。
なるほどね。
これもあくまで今に伝わっている話で、
政宗が勝者となった後のね。
本当は実は政宗がだから謝罪を持って、
弟を手にかけたんじゃないかとも言われているけれども、
その辺は分からないんですよ、正直。
政宗はそういうわけで、戦とか強かったんだけど、
ちょっとけれんみがあるんですよ。
言葉を選ばずに言うと。
っていうのが結構特徴でもあります。
けどその分斬新な発足だったので、
織田原へ遅刻したんです。
大遅刻したんですよね。
秀吉に来いって言われてる国権も
持ってないしそもそも。
ようやく行こうと思ったら、
カチューで毒漏られてってなってるから、
また出発遅れるわけですよ。
織田原が降服した後に行ったら、
伊達が最後の敵になっちゃうから、
殺されちゃいますよ秀吉。
ギリギリだねって話になって、
開き直っちゃったんですよね。
何をしたかと言うと、
織田原の城下に入ってきた、
まさに石垣山一夜城のあたりに
来たわけなんですけれども、
自分は城小族の死に小族で
やってきたと言うんですね。
つまり秀吉に対して、
遅刻をした謝り、謝罪、ただ単純に
毒打するとつまんないから、
自分はいつ処刑されてもいいよっていうような
死に小族で来たって言うんですよ。
っていうことをやり始めて、
なんだこいつはと、
いう風になって、
秀吉ってのは元々が農民やがりで、
自分も金ピカのチャシで作っちゃうくらいですから、
相性が良かったんですね。
なるほどね。
そこまで狙ってるのかどうか
わかんないけど、
狙ったんだと思います。
秀吉相手だからそういうことをした。
片原の前田利家とか、
徳川家康みたいな堅実な方は、
なんだこいつだと思っちゃったんですけど、
秀吉は面白がってくれた。
ていうんで、石垣山の一夜城から
織田原の城下を見下ろして、
お前あと何日か遅かったらここが無かったよって、
首でペンペンってされるっていう、
名場面があるんですけど。
これ独眼龍魔侍で、大河ドラマで、
渡辺健さんが演じられて、
すごい有名になったシーンですけど。
でもちょっと発想が奇想天外な感じは、
もうすでにあるんですね。
そうなんです。割と奇想天外で、
こういうことをたびたびやるんですよ。
他の大名の友達とかに、
変なちょっかい出して、
おめごと起こしたりってことをたびたびやるんですよ。
しかもくだらないんですよ、結構喧嘩の理由が。
何かの服が気に入らないとか、
あいつの操作が気に入らないとかって、
くだらない言い掛けにもつけて、
それを面白がってやる、
なんかね、わんぱくなんですよね。
で、史上に派手なんですよ。
やることなすこと。
で、変な西洋のビードロみたいなのつけちゃったりとか、
してるから伊達者なんての。
で、執述豪傑を胸とする徳川の家風からすると、
なんだこいつはってなって、
いよいよ伊達の変な奇妙さと、
派手さと、
なんかトンチンカな感じが、
江戸の詩の話題になって、
いつの間にか伊達っていうのは、
派手な奇抜な大名詞になってしまって、
この霊話の夜にも続いてしまって。
なるほどね。
まあ、やっぱり
良くも悪くもキャラが立ってる。
キャラが立ってます。
だから現代のゲームでも人気なわけです。
で、今ちょっと話しましたけどね、
渡辺健さんが独眼龍馬侍という、
大河ドラマ60年以上の歴史の中で、
過去最高視聴率、いまだに破られてない、
最高視聴率を取ったのが、
独眼龍馬侍という名作ですね。
これ渡辺健さんも一気にね、
スターダムを掛けがといくわけです。
で、ちょっと長くなりましたけれども、
この伊達馬侍のファンの方にとってはですね、
随法殿っていうのは聖地なんですよ。
それはもちろん、
お墓があるからなんですけれども、
それだけじゃないんですね。
これちょっとね、随法殿のページを見ていただきたいんですけれども、
伊達馬侍
副眼像。
これ、
わかりますか?どういうことか。
これだから、顔?
胸像みたいなやつを
作ってあるってことね。
そうなんです。ただの胸像じゃなくて、
伏した顔の像って書いてあるじゃないですか。
復元してるってことね。
そう。
これね、すごく珍しいことなんですけれども、
正宗は、
病気で最後普通に大王城を遂げるんですけれども、
その後、
この病院に対するに葬られて、
建物は燃えてしまったんですけれども、
土の中にあった正宗のお墓が
守られたんですね。
その結果、何が起こったかというと、
正宗は、何とね、遺骨そのものが
残ってるんです。
顔も残ってます。
じゃあ、その頭蓋骨から
この顔を復元してると。
そうなんです。なので、数少ないというか、
ほぼ唯一だと思うんですけど、戦国武将の
顔が復元されてるっていう
例があるんです。
本当にこういう顔だったそうです。
はあ。
すごいね。
うん。
やっぱ戦国時代の人とかって、
絵でしか見れないから、
それが正しいかどうかって分かんないよね。
でもこれは科学的にこういう顔だった
っていう風になったわけね。
最新科学の結果、復元された顔がこれなんです。
へえ。
いやでも、こうして見るともう普通に
おじさんの顔だよね。
そうそうそう。
逆に正宗の肖像画を見るとね、
結構でっぷりしてるんですよ。
だからね、むしろ
肖像画よりこの顔が現代には
ウケそうな気がする。
そう思ってるよね。
渋いおじさんって感じがするね。
鼻がでかいんですよね。
そうだね。
右目がちょっと
半開きみたいな感じになってますけど。
耳もでかいなあ。
耳でかいっすね。
副耳だったのかもしれない。
すごいねこれ。
これがですね、
政宗の廟の近くに資料館があって、
そこでこういった
復元模写みたいなのを展示されています。
頭蓋骨の模型もあるんだね。
そうですそうです。
へえ。
血液型までわかってるんですよ。
すごいね。
B型だったそうです。
なんか、ああって感じでるけど
A型ではない気がする。
いや面白いな。
なんか急にやっぱ人なんだなっていうのがすごい。
そうなんです。
普通の日本人の顔ですよ。
これだからやっぱお墓がね、
しっかり守られてたからこそってことですね。
そういうことです。
武田信玄とかは武田家自体が滅んでしまっているので、
もう分かんないんですよどこ行っちゃったか。
大半はそうなんですけど、伊達藩みたいに
260年間題名が一度も変わってない。
っていうところがやっぱりこうなってくるんですよ。
すげえなあ。
現代科学もすごいね。
すごいですね。
これは世界の科学の結集だそうです。
医療系のお医者担当でみんなで結集してたとそうです。
あの、正宗のようなそういうけど
遺骨が残ってるくらいなので
お墓も当然残ってるわけなんですけど
一緒に何が入れられたかっていうのも
残ってるんですね。
まあ鎧とか刀は
まあまあそうだよねって感じがするんですけど
これなんですよ。
実はね、
こっからがこの3日間の
本題に入ってきます。
仙台城跡と伊達政宗像の変遷
こっから?
マサムネの遺品にね、
不思議なものが1点だけ入ってたんですよ。
当時の日本で
手に入ったと思えない
謎の遺物があったんです。
ブローチ。
当時ヨーロッパで
送信具として使われていた
金製のブローチ。ロザリオ。
キリスト教ってこと?
そうなんです。
マサムネの遺品に
なぜかこれが一緒に見られてたんです。
これが謎なんですね。
まあでも時代的には
まあ日本には入ってきてる
ってことではあるんだよね。
でそれの
ロザリオ
キリスト教の祈りに使う
道具ですよね。
それがお墓に収められてる
ってことは相当身近なもの
というか大切にされたもの
ってことだよね。
そうです。
しかしマサムネの生きた時代はもちろん
キリスト教入ってるんですけれども
徳川幕府は杉ヶ原の戦いの後に
金教令を出してますし
秀吉もキリストは禁止してますので
金教時代なんですよ。
当たってるのになぜ
これを持ってるかってことなんですよ。
本来
持ってちゃダメだもんね。
でマサムネがキリシタンだったって
記録はないんですよ。
なのにこれがまして
お寺の物色のお墓の中に
これが入ってた。
異常みたいな。
これが謎なんです。
分かってない。
ただこれをちょっと覚えておいてほしいんですね。
こっからがこの
3日間の本題になってきます。
いずれにしてもこういうものも
水宝殿さんでは写真とかでは
見ることができます。複製品とかでね。
ちなみにマサムネの子供とか孫にも
ちゃんと出土品はありまして
それぞれ個性が強いんですね。
息子は結構ね武闘派だったのか
鎧とか
刀とかそういうものが多いんですけど
孫になってくるとね
時代の推薦なのか分からないけど
着せるとか眼鏡とか
筆箱とか
こういったものが入ってるんです。
刀とかは出てないんですね。
だからやっぱり江戸時代で平和になってきて
刀とかってことじゃなくなってきたのと
あとこの人の気質によるところも
多いと思うんです。
これで資料を書いていただくと
見れますのでぜひご覧いただければ
いいかなというふうに思います。
というのが水宝殿でした。
そして次に
行くのがバス停まで戻っていただいた
後なんですけれどもまたループル仙台に
乗りましょう。時間的には
13時53分発
に水宝殿前の
バス停を出るものがありますので
そこからループル仙台で5分ほど
行っていただいたらそこにあるのが
博物館国際センター
緑彩館前バス停というところです。
これ仙台城の
ふもとまで来ています。
そこからバス停から徒歩3分ほど
行っていただいたところにあるのが
仙台市博物館です。
ロゴにも
三日月が入ってますね。
そうですね。正宗の甲冑として
非常に有名なのが三日月を
背負った楽天イーグルスの
応援歌にも入っていますけれども。
彼は三日月の挿し物を
兜に掲げていたということで有名で
これがあまりにも有名な後で
城跡の銅像になっちゃってますから
このイメージが強くて有名ならしいですけど
ジョージ・ルーカスさんが
マサムネの兜を見て何を考えたかって
ご存知ですか?
ダース・ベイダー? そうです。
ダース・ベイダーは伊達マサムネのモデルだと
言われています。デザインが
頭の形とかね。
真っ黒の甲冑とか
日本のマサムネの甲冑を見て
モデルにしたという説が
今年垢にあるんですけども
そんな話もあったりしますね。
仙台植物館はですね
仙台の中で最も歴史を
体系的にまとめられた博物館になっています。
もちろん伊達マサムネのことも
ちゃんとやっていますけれども
古代から仙台地方の
歴史だったり
マサムネが死んだ後の伊達藩
200何十年の伊達藩
仙台藩の歴史だったり
そこに残されたお宝物だったり
とかいうのをいろいろしっかり
展示しているものなんですね。
なので結構歴史好きの方はここは
マストスポットになるかなという感じがします。
縄文の時代から
武士の時代へ
そして近代へと。
そうですね。
この東北の辺りっていうのはかなり早く
開けた場所なので
古代から人が暮らしていました。
仙台というところ自体は
伊達マサムネが
仙台藩の本拠にしたことから
始まっているわけなんですけれども
それ以前にも伊達家の一族が
治めていたりしましたので古から
幼少の地ではあった。
仙台藩というのは
マサムネの一応封じられた
国高という意味で言うと
62万国なんですね。
これは日本3位の国高になっていて
本当は関ヶ原の戦いで
彼は東軍に尽くって東北で暴れるんですけれども
家康からはもっと稼働してやる
という約束で東軍に受けたにも
関わらず実際には
わずかな領地が稼働されなかった
というか
はめられたというかあまり家康とは相性が良くなかったのかもしれない。
ということもあったり
しましたがさすがにマサムネも
おとなしくそこには従って結局仙台藩の
礎を築いたわけですね。
62万国だったんですけど
その後マサムネはやはり
政治主義にも非常に長けていましたから
今も笹西市とか
そういった人目惚れとか
お米の産地として非常に有名だと思いますけど
そういった神殿開発とか
北亀川の地水工場とかを頑張って
お米をたくさん作れる土地
というものを造成して
それにどんどん貴重を送り込んでいったんですね
その結果実は最盛期には
62万国が表向きの数字だったのに
実際にも100万国を
超える生産力があったと言われている
超富裕な
巨大な藩なんですよ
生産率が良かったのか
良かった。生産力の非常に高い土地を
手にしていた。これは今も昔も変わらない
というくらいの藩でした
しかもその後の地域
石巻だか塩釜とかという港を使って
北前ぶらいとかでどんどん貿易もやっていて
特にあの辺って
フカヒレとか取れるじゃないですか
あれを長崎に運ぶと中国に高値で売れるんです
とかっていうこともありますので
そういったもう海の幸
山の幸というものを
ふんだんに用いてね
自分の領土を耕していった結果
日本でも有数の有藩。巨大なね
勢力のある藩になってきた
もともとすごく恵まれた土地であって
そしてそれを上手く使って
貿易もして儲けて
そういうことですそういうことです
伊達紀の一族にその長大な藩をね
連邦国家じゃないけれども
仙台を主にして
それぞれのいろんな土地
例えば以前やったところで言うと市野石とかね
水沢とか
これ覚えてますかね。水沢っていうのが
国境地帯だったから人材の
宝庫になった。そして今大谷昌平さんも
生まれてるっていう人がいましたけど
あれは織戸河畔南部家に対する
国境の最前線なんですよね
だから市野石でも
最初のお昼はずんだのお餅が食べられた
あれは伊達藩の領地だったから
だから今の岩手の南部も
伊達紀なのでっていうぐらい巨大な
藩だったわけです
結局そういうのは連邦国家みたいな感じで
治めさせた結果
江戸時代を通して裕福に行ったんですけれども
最後はね母親戦争の時には
東北諸藩、欧越列般同盟
という
薩長の分に対する対抗旧幕府側の
名手に担がれてしまって
伊達紀先代藩はその欧越列般同盟の
名手としてやって
負けてあんまり戦わずに
降伏したので
仙台の町があんまり戦艦にされてしまって
なかったんですけれども
それで賊軍になってしまって
終わったという感じですね
その後は陸軍とかが置かれて
軍統になっていった結果
栄えたんだけれどもその見返りというか
代償として戦争で
太平洋戦争の空襲ではすごく
狙われてしまった
で、仙台の人が壊滅してしまって
随法でもしっかりほとんどが燃えてしまって
そこから
逆に戻っていこうというところが
今の仙台のね、町の厳局
築いていったという感じになります
だからやっぱ
全体的に恵まれた土地である
というのが結構キーな感じですね
だからこそ安定もしてた
けど、それによって
戦争で狙われてしまってということでもある
そうですね
そういった歴史だったり
実際に異物というものを
この博物館では見ることができるわけです
ただですね
今回のテーマにおいては
とある特別展示に
注目をしたいと思ってるんですね
ここがこの
2泊3日のメインの話なんですけれども
内田は
警長検温施設団
という人たちのことを
聞いたことがあるでしょうか
わかんねえなあ
施設団というとやっぱ岩蔵の
イメージはありますけど
わかんないなこれ
これね一応教科書に載ってはいるんですけれども
この伊達正宗の
まさに生きていたとき
1613年
これは大阪夏の陣で豊臣家が滅ぶ2年前です
に伊達正宗の命令で
ヨーロッパへ渡った
侍たちがいたこと
というのを知ってるでしょうか
かなり先進的じゃないですか
そうなんです
これ歴史の記録に残っている上では
日本人として初めて
大西洋を渡った人物として
言われています
これが伊達家の人たちなんです
その時代に
生きるのがすごいし
生かせる人がいた
というのもなかなか
革新的な感じがしますね
今言った通りで革新的だし
危険だしという中で
なんでこれは
彼らはヨーロッパに行かなきゃいけなかったのか
というのは実は大いなる謎なんですね
これも分かってない
分かってはいるんですけど
本当の真意が何だったのか
いまだに多くの説があるんです
なんで仙台市博物館で
この話をするかというと
国宝慶長建恩施設
関連資料というものが
この仙台市博物館に
所蔵されていて
常設展示の中でも
期間を区切って公開されることがあります
これなので
毎日見れるかどうかちょっと分からないんですけど
公開されている期間は確実にありますので
そこを見極めていっていただくといいと思うんですね
そして
見ていただきたいのが
長谷倉恒長像
これ
不思議だと思いませんか
これはもう明らかに
キリスト教徒の絵ですね
そうなんですよ
十字架を前に
手を合わせてますし
服装もね
キリスト教というか洋服ですよね
洋服なんですよ
洋服をちょん曲げの人が着てるんです
そうだね
そしてこれが描かれたのは
彼が生前の時なので
1610年代なんですね
さっき言った通り禁止されてる時代ということで
そうなんですよ
そして
1610年代の絵として
見た時に
不思議なことがあるのは分かりませんか
西洋画のタッチですよね
そうなんです
これね西洋画なんですよ
すごい希少な
西洋人が描いた
日本人の絵なんですよ
これ西洋の人が描いたんです
だからすごいなんか
違和感があると思うんですよね
そうだね
やっぱ武将の絵はね
畳に座ってね
着物を着てっていうイメージですけど
これはもう完全に
ヨーロッパ風の後ろにカーテンが
あったりするしね
そうなんですよ
タッチがもう明らかに西洋のものですよね
これが慶長建法施設の
一番リーダーを務めた
長倉常永という人物だと言われてるんです
他の異物も見てみましょう
不思議なものがいっぱいありますよね
日本の博物館なのかっていう感じ
十字架像とかね
財布探検
ローマ教皇パウロ後製造
見てみましょう
これ仙台社博物館にこれがあるんですよ
当時のローマ教皇の絵ですね
なんであるんだ
そうなんですよね
これは後々詳しくはどんどん話していくんですけれども
慶長建法施設というのは
1613年に仙台藩の伴侶を発して
太平洋だってメキシコへ行く
当時メキシコというのはスペイン寮なんですね
アカプルコというところまで行って
スペイン国宝に派遣されている
メキシコ総督みたいな人に会いに行って
メキシコでいろいろ話をする
そしてスペインの本国へ行って
マドリッドまで行くんです
これが日本人発の太平洋横断と言われてるんですけど
マドリッドまで行って
さらにアローコとかスペインから地中海を渡って
なんとローマへ行くんですね
そしてローマ教皇に会ってくるんですよ
会うんだすげー
そのローマ教皇がこのパウロ5世という人物でした
そして仙台に帰ってこの絵をもたらしてきたんですね
っていうのがこの慶長建法施設というものなんです
なおそれは何しに行ったんだろうという感じですね
そうなんです
これちょっと種明かしをだんだんしていくので
今はする理由はないんですけど
ちょっと下の方も行ってもらうとですね
これも不思議だと思いませんか
ローマ市公民権証書
ローマ市議会が長谷倉慈永に与えた証書
つまりあなたはローマ市民ですって言ったんですね
日本人と初めてローマ市民として認められた
ビザですよ
これがね仙台市博物館に今残ってる
これまで行ったのが謎だったけども
それに加えてこれ歓迎されてるよね
そうなんです
これもまた不思議だね
不思議なんですね
彼ら一体何をしに行ったのかっていう
そしてこの存在というのは
長らく歴史から隠されてたんですずっと
仙台藩の中に隠されてたの
この絵とかは全部
世の中に明るみされてなかったんです
この人たちの存在を
当時からしても生まれちゃまずいわけだもんね
そういうことなんですよ
秘密組織だったんですね
っていうのが後から分かって
実はめちゃくちゃ貴重なものだったってことが分かって
今これはなんと
今見た長谷倉慈永像
パウロ御清像
ローマ氏公民権証書は
ユネスコが
登録している世界記憶遺産
になっています
世界遺産なんですこれだからある意味で言うと
文献資料
いわゆる生きせかさな世界遺産
じゃないんだけれども
ユネスコが世界の記憶として留めなければならない
ものだっていうふうに登録したんですね
世界史レベルのものなんです
日本で大事なもの
って言うんだったらまだ分かるんだけど
これ世界において大事なもの
そうなんですユネスコの登録遺産なんです
どんどん謎になってくるね
これが仙台にあるんですよ
分かんねーなーなんだこれ
っていうのが
この3日間を通しての話になってきます
だいぶミステリー
ミステリーですね正直
ちょっと謎を残したまま恐縮なんですけれども
この仙台植物館に行っていただくと
その展示機関に
当たっていると今のものっていうのは
実際に見ることができます
これ写真も撮れるんですね
僕も以前見たときは
撮ったんですけど
ハセクラツナが持ってた剣とかもね
これもね十字架が
貼ってあったりするんです
この展示はちょっと
その時期を調べてみてもらうと
いいのかな
それとさっきのマサムネが
持っていた金のブローチ
っていうものも
徐々に関連が分かってくるんじゃないかなと思うんです
不思議
この話は3日目に
最終日に詳しくしますが
仙台というのには
今分かってきたことは
こういった謎の西洋文化との
交流があったと
それが江戸時代の仙台だったんですね
その名残が今なぜどういうところに残ってるのか
っていうのがおぼろげながら分かってくると
いいかなというふうに思っています
知ってるこの歴史像と
全然違うね
これが面白いところでもあるんですけど
いずれにせよ
すごく貴重なものが見られますので
ぜひ公開スケジュールを見ていただいた上で
旅行の日も決定してもらうといいと思います
博物館を見終わった後は
またバス停に戻っていただいて
そこから
15時38分に出発
ループル仙台に乗ります
そうするとこの博物館の上が
仙台城の跡になっていますので
5分ほど行っていただいたところが
仙台城跡のバス停です
そこから徒歩3分ほどで仙台城の跡に着きます
これはね
だてばさむねの像ね
これは写真で見たことある人多いだろうな
そうですよね
仙台城は青葉山という山の上にありますから
今青葉城なんて言われているよね
よく言いますけれども
仙台の死影を一望できる絶景のスポットになっていて
夜景とかもすごい綺麗ですね
いいですね
ちょっと高いところから仙台の都市部を
見れるって感じだよね
そうなんですよ
この周りは割と緑があるんですね
そうですね
森の都と言われるくらいなので
これはやっぱり仙台が一度戦争で燃え尽きてしまった
後で緑の
食事をちゃんとしようと
自然豊かな街にしようということで
始まったことから森の都になっているわけです
仙台城跡は
建物はほぼ残っていませんから
ほとんどこのだてまさむねの騎馬像と
あるいは展望ですよね
楽しんでいただくのがメインになるとは思います
一方で本丸の跡には
仙台城見聞館
っていう施設があって
ここは無料で入れる小さな施設なんですけれども
いわゆる仙台城というものが
どういった構造だったかとか
どんな建物が残っていたかということが
紹介されている感じなので
仙台に行ったからにはここはあっている人も
結構多いんじゃないかという風に思います
ちょっと夕方目に設定してあるのは
そういった夕方の黄昏時とかも
行っていただくと季節によっては
丁度当たるんじゃないかと思います
ただバスの時間が結構
夕方夜はループルが走らなくなっちゃうので
それが気をつけていただきたいと思っています
ただ一つ
補足というかコラム的な話をしておくと
伊達正宗の像ってあれが
あまりにも有名だと思うんですよ今の像がね
ところがですね
この像もちょっといろんな
曰くつきの像でして
今三代目なんですね
戦争の被害とか
そういうことなんですかね
これどういうことかっていうと
騎馬像というものは最初
1935年ですから
太陽戦争が終わるのが45年なので
その10年前に初めて建てられたんですよ
これ伊達正宗さんが亡くなった
300年の節目の年ですね
っていうので記念して建てられたんですけども
日本の
戦争の状況が悪化すると
二宮金次郎もそうなんですけど
各地の銅像というのは
軍に供出されてしまって
潰されちゃって
鉄砲の弾とかにされちゃったんですよ
だから伊達正宗の像持ってかれちゃったんですよ
初代の像はなくなっちゃったんです
ところが
そもそも騎馬像だった
っていうのが実は
なぜか分かんないんだけど
発注ミスなのか意図的な改変なのか
分かんないんですが
後から記録を遡ってみると
当初仙台寺は
騎馬像にしたくなかったってことが分かったんです
当時満州事変も
起こってますから怪しい時代になってるんだけど
だからこそ正宗は
平和な武将だったっていうのをイメージしたくて
その騎馬像みたいな勇ましい姿じゃなくて
平服つまり着物を着た
政治家としての正宗っていうのを
平和のためにPRしたいんだ
っていうことを
仙台寺は当初やったらしいんです
ところがそのなぜか分かんないんだけど
これ本当に分かんないんだけど
なぜか出来上がってきたのが騎馬像だったんです
でも仕方ないから
出来ちゃってるんで
それをするとまた出来がいいわけですよ
かっこいいからね
すごいじゃないですかシンプルに
てんでそれでそのまま付けられちゃって
だけど結局戦争で
まだ持っていかれちゃったから
ダメだという風になってしまう
戦争で持っていかれちゃったんだけど
戦争が終わって仙台の街が復興していきますよね
そしたらやっぱりもう一回建てましょうと
ダタマスの像で
今度こそはちゃんと発注の意図だった
平和な正宗を見せたいんだ
ってことになって
今度こそは着物の正宗像を作ってくれ
って言ったんですよ
その結果どういう像ができたかというと
ちょっと調べてほしいんですけど
岩手山城伊達正宗像って
開いてもらっていいですか
これはそうですね
立ってる像ですね
はい
着物を着てるじゃないですか
つまり戦の姿じゃないですよね全然
だいぶ落ち着いてますよね
うん
これが当初の発注だったんですね
はいはい
でこれ今着物の像がですね
岩手山城ってこれ同じ宮城県内
なんですけれども
正宗が仙台に入る前に居場にしていた城
の広場にこれ今アンチされてるんです
実はこの像は
今の騎馬像がある前の
78年は
この像があの台に立ってたんですね
仙台城の像に
じゃあこれは発注通り
できたんだよね
だけどやっぱり初代のあの騎馬像が
あまりにも人気があったんですよ
出来が良かったんですよ
ってことになってこの像かわいそうに
仙台城のために作られたにも関わらず
結局騎馬像に作り直しましょう
ってことになってしまって
これはじゃあ岩手山城に置いて
岩手山城に追いやられてしまって
結局またもう1回
その戦前にあった騎馬像を作り直したのが
今のこの3代目伊達正宗の像
はあ
へえ
まあまあでも
比べちゃうとね
こっちの騎馬像の方がやっぱ
インパクトはあるし
迫力はありますよね
やっぱ仙台のイメージってこれって
もうついてるからね
やっぱ出来が良かったんですよ
デザインが優れてたんだと思うんですよシンプルに
その初代はマジ何なんだろうね
でその何なんだろうねって初代がですね
これも本当に変な話なんだけど
戦争で軍隊に
持ってかれて解体されたのに
なんとね
結局残ってるんですね
えっ?
使われなかったってこと?
仙台市博物館伊達正宗像って調べてもらっていいですか
ほーん
この
溝地から上
ぐらいが残ってますよね
そうなんです
これね本当なのかよく分かんないんだけど
なんでこれがあるかって言うと
戦争に持ってかれて
もう解体されてみんなが諦めてたんだけど
塩釜っていう
港町があるわけなんですよ近くに
そこの解体業者の
ゴミ箱みたいなところに
このね胸の部分だけが
転がってんのを地元の人が
見つけたって言うんですね戦後に
でこれってあれじゃんってなって
合わせて買い戻して
とりあえず仙台市にもう一回戻したと
でも胴体とか馬の部分は
なくなっちゃってたんだけど
胸から上のところだけはなんとね
残ってたって言うんですよ
捨て置かれてたって言うんですね
はぁ
なんか両親の過酌と言うか
かもしれない
使い切れなかったのかもしれない
そうなのかもしれないやっぱりあえてここを残した
っていうのはなんか最後に最後に
しとこうと思ってそのうちに戦争が終わっちゃった
ってことなのかもしれない
使うに使えなかったのかもしれない
まぁそうね
それがゴミ箱みたいなところに
あったそうなんですよ
捨て置かれてたって言うんですね
なので結局この書台もね
なんと見ることができるんです
胸から上だけが仙台市博物館さっき言った
博物館の前にありますので
この書台も見ることができるし
二代目の岩手山城に行っちゃった像もまだあるし
結局三代目は三代目で
作り直しちゃったか未満もあるし
この正宗像なんとね
三代あの台座に座ったら
結局全部残ってるっていう
謎の像なんですよ
面白いな
あでもこれあれだね
かぶとの三日月が欠けてますね
欠けてますね
やっぱり相当消耗してしまってるのは間違いないんですけど
っていう不思議な話もあったかもしれません
はいここで後日
収録の緊急でね
我々初めて
オンラインで収録してますけども
ここまで話したね
伊達正宗像の
面白いエピソード
みたいな感じで
喋ってきましたけど
別の説があるんじゃないかということで
急遽ね収録をしております
今までね話した
仙台城の本丸にある伊達正宗像
の話なんですけれども
今我々が見ているものが
三代目であって
初代は戦争の前に騎馬像として作られたんだけれども
これが本来
兵服要は
文人としてのね
家中を着ていない正宗っていうのが
発注されていたにもかかわらず
なぜか騎馬像になって納品されて
しまったっていうのは謎でちょっとおかしな
エピソードだと
初代の像は戦争で持っていかれちゃったんだけれども
その後二代目はだから
当初の発注だった兵服の像になって
けれども最初の
騎馬像の出来があまりにも良かったがために
その兵服の像は岩手山城に追いやられちゃって
結局また騎馬像になったっていう
今話をしててね
ちょっとおかしなポイントとして
なぜ初代の騎馬像ができたのかっていうのは
謎でちょっとおかしみがあるっていう話をしたんですけれども
ちょっと私がですね
収録の後に色々調べを
気になってしていたところ
朝日新聞の記事で
一つちょっとこの
謎の騎馬像について最新の学説
具体的に言うと
その彫刻家が実際に作った
小室さんっていう彫刻家の方なんですけど
その人の日記っていうものが
見つかってこの中に
色々その騎馬像を製作するまでの
過程っていうのが回避だった
そうするとどうやら発注ミスとかそんな単純な
しはなかったんじゃないかっていうことが
記事として見つかったので
その話を補足させていただいた方が
いいなと思っています
というのはですね
やはり最初いよいよ
仙台城本丸に伊達政宗の像を
建てるっていうことが決まった時には
いろんな有識者の人で
会議が行われたそうなんですね
その中には
旧正二校これは仙台にあった学校なんですけれども
校長先生だとか
政宗のことを研究している
京都史家の方だったりっていう
いわば歴史とかアカデミックな専門家の方々が
どういった政宗がふさわしいか
っていうことを考えてくれたそうなんですよ
その人たちの
見解としてはやっぱり
政宗はもちろん優れた武将でもあったんだけれども
仙台にあえてやるのであれば
政治家としての
政宗の像っていうのをやるのが
適当であるとつまり
政治経済産業という仙台という
町を開いた優れた政治家としての
念をちゃんと打ち出すべきなんじゃないか
っていう意見があったのが事実だそうです
つまりこれを通りにいけば
甲冑ではなくて文人としての
二代目の像のような
になるはずだったわけですよね
どっちかというと平和の象徴みたいな感じ
にしようとしてたんだね
そういった意見が
体制を占めていたのは間違いなかったようです
これがだから当初
平復に発注されたんじゃないかって
僕が言った理由ですね
なんですけれども
なんで結局平復にならなかったのか
っていうことについて
当初彫刻家はやっぱり
平復にしようって最初は思ったそうなんです
ところが
その時松島の随眼寺
っていうところを翌日
紹介するんですけれども
ここにある政宗の有名な像があるんですが
それは椅子に腰掛けている
甲冑を置いた政宗像っていうのが
あまりにも伊達政宗のイメージとして
仙台市民の間でもなじみがある
かつですね
この時時代背景として
1935年にこの像ができているんですけれども
満州事変が起こって4年後
日中戦争が起こる2年前で
いよいよ日本が戦争という
暗い時代に突入している
その中のことだったんですね
そして仙台には陸軍第二師団っていう
日本でも有数の規模を持った
陸軍の基地があったんですよ
この時
実は近代の仙台っていうのは
軍都として発展していったっていう
歴史があるんですね
そういった時代背景とか
仙台の都市の性格ってものを考えたときに
やはり
戦争という時代の最中にあって
かつ陸軍のお膝元になっていた
っていうのを考えたときに
かつ市民にとっても甲冑像が
非常に身近だっていうことを考えたときに
朝骨家の方が
いろいろ悩んだ末に結局
甲冑姿にするべきだろうという
判断を最終的には自分でしたそうなんですね
そこに陸軍が
圧力があったのかってのはちょっと分かりませんけれども
少なくとも戦意高揚的な
平和の象徴よりも
今日本が戦時中で大変な時だからこそ
勇ましい像を作ってくれ
っていう要望が
上からも下からももしかしたら肌で感じていたのかもしれません
なるほど
そこで本来の
発注と変わっちゃったんだね
そうなんですだからミスではなくて
あくまでも文化人の人たちは
平和像にしてくれっていう発注はあったんだけれども
朝骨家の方はいろんな
悩みに悩んだ結果
最終的に今の時代にはこの像が
ふさわしいって判断を下して
悩んだ結果意図的に
あの牙像を作ったっていうのが
おそらく事実なんじゃないかっていう今
見解を出されてるんですね
苦しい判断ですね
だからそういった
あんまり笑い話では正直なくて
多分その時代で本当に
芸術家としてはかなり苦しい葛藤が
あった中で初代の像が作られた
その葛藤が伺えるというのは
非常に興味深い
指摘があるんですけれども
普通牙像であれば他の戦国武将とかだったら
祭拝を持っていたり
軍配を持っていたりっていう
いよいよ敵に向かれというような
勇ましい号令が聞こえてくるような像
っていうのが一般的なんですよ
これは今残っている牙像を見ても
大体はそうだと思うんですね
しかしあの伊達正宗像今の3代目も
そうなんですけれども軍配とかは
持ってないんですね
そうだね
今僕も画像を見ているんですけど
刀に手は置いているんですけど
右手は
開いているのかな
これ実は腰に回しているんですよ
腰に回していて
あえて後ろ手に組んでいて
そこに何を持っているかというと
扇数を持っているんですね
軍配じゃなくて扇数なんだね
そうなんです
これもだから意図があったんじゃないかという
これは推測なんですけれども
つまり彫刻家の小室さんとしては
やっぱり平和ってものに対する
思いっていうのも強くて
いろんな有識者の人が
平和像をそもそも求めてきているっていうことも
重々わかっていた
けれども陸軍の圧力があったかわかんないけれども
今の時代はこっちの牙像に
せざるを得ないんじゃないかということを牙像にした
だけれどもその平和の像とか
っていう当初の意図だったり
個人の思いとしてもあったから
いわゆる敵にかかれじゃなくて
あくまでも1000代に
初めて入ってきた時の
政宗これから1000代という街を
開発していくんだっていう
政治的な
ビジョンだったりっていうものを抱いて
これから1000代を良くしていこうっていう姿の
けど勇ましい姿っていうのを
やるために甲冑は着てて
みんなが政宗ってわかる姿にしたんだけれども
あえて
政治の象徴である扇っていうのを
表だっては掲げられないから
密かに裏で腰に手を回していた
っていう異例の牙像の構図も
そういった葛藤の表れだったんじゃないか
というふうな見解があるんです
だから政策者的には
うまく
接中をして作ったっていう感じなんだね
そうそうそうそう
だったと思いますし
もしかしたら文化事の人たちも
多分そういう
メッセージが実はあるんだな
一般市民には気づかれてないかもしれないけど
軍隊戦争勇ましい
じゃなくてちゃんと平和ってものを
たどんだ武将が正宗であって
そういう時代が来てほしいっていう意図を
密かにあの像に持たせたんじゃないかと
いうふうなことが後から
推測をされている
本人の日記には
そういったいろんな深い葛藤が
ある
軍隊から戦争に変わったっていうことも
いろんな文化人の方の
意見とかを踏まえた上でのおそらく結果だったんだろう
という痕跡が残っているそうです
っていうのがね
本人も宮城県の出身なんですけど
その郷土の研究者の方が
日記を読み取った結果そうなんじゃないか
ということが今分かってるんです
だいぶ苦しい判断だったのは
想像に固くないですけど
でも上手い形をね
模索して実現したんだな
っていうのが分かりますね
その後の歴史は同じ通りですけど
結局その正宗像というのは
作ってからわずか
10年も経たないうちに結局
戦争のために凍結されてしまって
持っていかれちゃったわけですよね
ある意味すごく皮肉な運命
どうも金属が凍結されるときには
やっぱり陸軍のお膝も取ってあって
かつ正宗ですら
出陣に行くんだから国民は
怯んじゃいけないっていうことを
デモンストレーションしたかったようで
盛大に正宗像が金属へ凍結される
ってことに対する出陣式みたいのも
行われたそうなんです
当時の時代の歪みというか
まさにそういったものを象徴して
出陣していく自分の作った正宗像を
彫刻家はどんな思いで見てたのか
っていうのはなかなか
痛ましい気もするんですけど
ただ結果としてだから
その像は後から
塩釜の工場で何か見つかったとしましたけれども
撤去されちゃって
2代目は本来文化人たちが望んでいた
当初の意図だった平和像
というものが作られたけど
結局その後3代目はまた勇ましい像になったけど
正しく今のように
彫刻家の本来の意図が伝わったならば
もう100年ぐらい
間もなく経ちますけれども
1世紀を経てようやく
当初の彫刻家の小室さんの
苦しい葛藤と
本当に寄与した思いっていうものも
今我々そこに汲み取ることができる
初めてできる時代が来てるのかもしれないな
というね
僕もごめんなさい勉強不足で収録当時は
ここに気づいてなかったんですけど
これはあんまり茶化したまま
終わっちゃいけないなというふうに
後から思ったので
よろしければ
有料記事になっちゃってるんですけど
朝日新聞デジタルで
2022年5月の記事として
非常に興味深い論考がなされてるので
もしよかったらご覧いただければと思います
当初の形が
3代目でちゃんと
再現されて
今平和な世になってるっていうのは
ちょっと感慨深いですね
仙台城の後は
伊達政宗像があまりにも有名ですけれども
その他にもすごいレリーフ
わしかなり大きな鳥居を描いた
像もあって
それは元々は結構すごい巨大な
台座のものだったんだけども
残念ながら2011年の東日本大震災の時に
仙台も非常に大きな被害を受けてます
その時に崩れ落ちてしまったと
いうんで
結局戻すのも危険だったので
台座の下に鳥だけは置かれてるみたいな
のもあったりするので
その辺りもなかなかリアルな感じではあるんですけれども
あったりしますね
という話になりまして
一応観光としては
今日は半日になりますので
これで一旦終わりになります
バスの時間気をつけていただいて仙台城後のバス停まで
戻っていただきましたら
16時23分
これ週バスだったと思うんですけれども
16時23分に
出るバスループル仙台に乗っていただいて
これ一方通行ですから
今度大回りして仙台町まで帰ってもらわなきゃいけないんですけども
なので
36分ほど乗っていただくと
16時59分に
広瀬通り駅バス停
というものに着きます
これ仙台の繁華街ですね
そこから徒歩10分ほどすると
おそらくホテルには帰って来られるという風に思いますので
そこでチェックインをしてしまいましょう
ここでチェックインをして
少しゆっくりしたら
のみ行くわけですね
まあ仙台いっぱいありそうだな
これはもうすごいですよ
僕も仙台行くより1日しかいられないので
もう絞りに絞ってくる感じです
仙台の夜:牡蠣、創作和食、吹奏楽バー
本当に
これ以外にももっといい店いっぱいあるので
もし何か気になるのならお便りとかいただければと思います
とかおとたび編集部の
チャットとかね
そうですそうですあっちいただけたら
知ってる限りお答えしますので
広瀬通りから青葉通りあたりのホテルに
泊まっていただいていたら
約10分ほど歩いていただいたところに
柿小屋六湖統一店というところがあります
これがぜろじ会ですね
うわあ
柿小屋ね
これはやっぱ仙台とか宮城来たらね
なるほど
柿としめじのアヒージョとか
柿フライね
柿の天ぷら
燻製柿の油そぼ
これもおいしそうですよね
へえ
柿グラタン
ああ生柿もいっぱいあんな
そうなんですよもちろんやっぱ生柿はね
ありますね
柿グラタンこれすごいね
うん
もう要は殻の丸々
グラタンってことです
いやいいなあ
うちだ柿好きですよね
これはだからいいと思うんですよ
いや
食べログは
生柿の写真がいっぱいありますね
まあこれはやっぱ僕もね
まあね
生柿からいきますよね
驚くのは値段なんですね
メニューちょっと見てもらいましょうか
はい
なんとね
生柿110円
はい驚異の110円から
やばいなこれ
何倍いけちゃうのっていう
10杯頼んでも1000円ですよ
すごめっちゃいいじゃん
しかも朝どれって書いてあるね
そうですやっぱり三陸の
それこそ塩釜とか石巻とか
仙台市自体も海に面していますしね
実はねっていうのもあるから
やっぱりもう三陸海岸っていう日本を代表する漁場ですよね
そこの牡蠣と言ったらこれは美味しいですよね
いいね
うん
牡蠣の天ぷらも200円だしね
牡蠣フライもそうだね
いやちょっと
これいいなあ
そうなんですよ
ここうまいんすよね
いやあ
ああ他の海類もあるのね
そうですそうです特にホヤとかね
これやっぱ宮城の地味ですよね
はいはい
はい
そしてドリンクもぜひ見ていただいて
まあやっぱ宮城のね
日本酒と言ったら挙げたらケリがないわけですけど
健康市
久上このあたりは有名ですかね
うーん
半号からね出してくださった
そうなんですね
これなので僕はオススメなのは
本当待ち合わせ前の0時回です
これね店も立ち止めなんですよ1回は
あそうなんだ
2階のテーブルあったと思うんですけど
何か見られますか写真
あっ立ちではないか
ごめんごめんカウンターか
だから1人でも全然いけます
はあ
なので待ち合わせ前とか
軽く一杯ってときに
日本酒半号ビールもちろんいいですけどね
と生牡蠣3つぐらいで
言うて300円だしね
とちょっと揚げ物とか
あとフライアヒージョとかわかんないけど
っていうので軽く0時回をしていただく
なるほど
めちゃくちゃいいですよ
いいね
多分行ってそれでも1500円とかで済んじゃう
ワインもね
ありますしね
いいっすねこれ
絶対好きだわ俺
絶対好きです
仙台はグルメはすごいですよね
やっぱ恵まれた土地だな
恵まれた土地ですね
昼に牛タン夜に牡蠣ですよ
最高ですね
うん
で余談なんですけれども
これ本当にもうね
仙台だけで200ミリも全然行けるんで
迷ったんですけど
カディゴヤロッコさんってね仙台で有名なチェーンなんですね
ああそうなんだ
だからいくつか仙台市内にお店があります
で今回東一店という
繁華街の北側国分町の北側にあるお店を
後の動線を考えてしたんですけど
実はいくつか
お店がありまして
これ余談なんですよ完全に余談なんですけれども
仙台飲みで酒が好きな方はね
ぜひ行っていただきたいのが
仙台はですね横丁飲みって文化があるんですよ
はあ
こっちをメインにしようかなと思ったんだけど
ちょっと画像検索で仙台横丁って
開いてもらっていいですか
はい
めっちゃあるんですよ横丁が
本当だ
なんかここら辺密集してるな
そうなんですそうなんです
ああこれだからさっき言ってたところですね
そうです
仙台駅から
このお城までの間のところ
そうですね
ここにすごい密集してますね
はい青葉通りの南側にあるんですけど
文化横丁
いろは横丁とかっていうのがあってね
これがレトロで面白いんですよね
はあはあ
博多は屋台なら仙台は横丁なんですよ
うん
これ酒好きにはたまんないですよね
この雰囲気といいね
そうね
これいろは横丁ですね
ああ
どことなくやっぱ農芸にちょっと近いかな
という感じもしますが
で小っちゃいうなぎの根床みたいなお店が
大量にあるんですよね
はいはい
いやこれは楽しいだろうな
はいこっちをメインにしても良かったんですけれども
一旦ちょっとね
後々障害したミスがあるのでね
今日は横丁は触れなかったんですが
なんで今ここで横丁話をしてるかというと
かけこえろっこさんね
このいろは横丁の中にもお店あります
こっちは立ちのみです
ですので横丁文化とか
仙台のディープな方に行きたいよ
牛タンとかじゃなくてディープスポット
行きたいよっていう人は
ぜひいろは横丁文化横丁に
行っていただいてそのゼロ次回に
かけこえろっこさんのいろは横丁店を
使ってもらうといいと思います
とりあえず今回は
今回は東一店という高島屋とか
いわゆる怪しくない繁華街
ですねこの辺りは
はいはい
という感じです
ここでゼロ次回で柿を召し上がって
いただきましたらその時がメインの
お店になります柿こえろっこ
東一店から徒歩5、6分東側の方に
行っていただいたところにあるのが
しのぎ2号店
しのぎ2ですねというお店です
ここがね
おいしいんですよマジで
伊達市とか何々市の
宇治の木と書いてしのぎ
って読むんですけれども
仙台に何軒か2、3軒かな
ある居酒屋になって
その2号店になるんですね
ここはいわゆる本当に創作和食です
おいしいですここ
写真見ててもね
結構種類豊富な感じの
お料理と
そして日本酒と
やっぱり仙台は本当に
山も海もあるというところで
宮城県の素材を使った創作和食
食べられます
特に僕が行ったのは5月くらいだったかな
に行ったんですよね
その時にやっぱりすごく良かったのは
カツオでした
カツオがちょうど三陸沖に来る頃で
めちゃくちゃ良いハヤガツオの
あってそのたたきではあるんですけれども
それにね
炭のソースをかけるっていうね
炭のいぶしたソース
燻製っぽいソースをかけるっていうたたきで
これが
うまかったな
食べたことない味でしたね
あとは多くの人が頼むと思われるのが
この究極のアジフライというものですね
ちょっとレアめなんですね
そうなんです
これ小田原でも半生のアジフライありますけれども
あれにちょっと近くて
衣が薄くてね
アジのお刺身を素揚げしたみたいな
そんな感じの魚の旨みたっぷりの
アジフライなんです
はいはいはい
極めつけはね
なんとこのお店すごいのは
日本酒なんですよ
なんでこの写真急にしたかと言うと
日本酒は日本酒で色々あるんだけれども
なんとね
オリジナル日本酒がありまして
この究極のアジフライに合わせるための
日本酒っていうのが開発されてるんですね
健康一主導っていう宮城県の有名な
すごい大手の酒グラスがありますけれども
ここの特別順番は
石の木オリジナルっていうのがあるんです
ここでしか飲めないんです
これはさっき言った究極のアジフライに
非常に合う
日本酒ということで一緒のペアリングを
お勧めされますね
これ美味しいです
魚の旨みを消さない程度に日本酒味を感じられて
さっきの僕ら秦野の
お酒いただきましたけど割とああいう繊細な
とりあえずな感じが非常にしました
すごいねオリジナル日本酒
もちろんそれ以外にもね
博楽生とかね
阿部館とかもう早々たる
キラボシのような宮城の日本酒が並んでいます
もちろんこっちを頼んでいただいても
いいわけです
他にも東北のお酒
多いですね
やっぱこれは車運転なんか
できませんよね
こういうことになっちゃう
これ二日目以降大変だな
大変です
料理のメニューも見てみましょうか
例えばね
上の方に行っていただいた時にね
鰹の炭オイルがけって
僕が食べたのもありますね
あとマンボウのホルモンとかね
なかなか珍味もありますよね
一方で
黒豆のカマンベールシーズとか
酒飲みの需要をよう分かっとる感じが
ありますよね
いやなんかどれもいいな
どれもいい
ここいいんですよ
会社の後輩にね
前職ですけれども
高校時代仙台で過ごした宮城出身の子がいて
その子がオススメしてもらったんですけど
やっぱ良かったですね
これもちろん本店に行ってもいいし
二号店でもどっちでもいいんですけれども
二号店しか僕行ったことがないんで
二号店にしたんですが
二号店ちょっとオススメポイントがありまして
外観見てもらっていいですか
はあ
なんていうんですか
半透明のカーテンで区切られてる感じの
そう
冬の泣かせ晴れ落ち橋って感じですね
これがいい地球なんですよね
非常に
だから外の雰囲気も感じられる
そうなんですよ
中でちゃんと席あるので
予約とかすれば中行くんですけれども
外だったらね一元でもパッと入れるんです
カウンターでね
なるほど
これ夏の夜とかいいですよやっぱね
冬は寒いと思うけど
うん
これはいいね
いいっすね
いろんな料理とお酒を
いろいろ頼んで楽しむって感じだね
そう
ここはやっぱり創作和食で
いろんなものあるけれども
牡蠣はあまりなかったので
牡蠣はかけ声6個食べてから
このコースがいいと思う
今日は仙台に宮城初めてなので
結構王道のお店を2つとも行きました
これ結構宮城の方からしたら
あそこかっていう感じだと思います
なのでまたちょっとやる気かかったら
横丁の方の話もできたらと思うんですけど
はいはい
でねここまでは王道なんですよ
ところがですね
最後に
このポッドキャストならではの
すげえ店をこの間見つけてしまいまして
どうしてもここはちょっとやりたくてですね
黒文庁なんですけれども
篠木2さんからですね
徒歩10分ほど
黒文庁の方に戻っていただくんですが
水槽楽部
宝島というね
バーがあるんですね
これはね我々
水槽楽部出身ですから
宝島というのも分かりますよ
そうなんです
この水槽楽の定番曲でね
宝島というのがあるんですよね
それが店名になってると
そうなんです
字はね水槽楽部の水は
酔うになってますね
酔う奏でる楽しいという最強です
お客さんから借りてる
演奏会のDVDがあったりするんだ
はい
面白いな
ここめっちゃ面白くてですね
その通りコンセプトはずばり水槽楽なんですよ
珍しいね
水槽楽酒場
というものでこの店主さんが
超水槽楽が好きな人で
ご自身も今でも仙台とか宮城の
市民の楽団の指揮者とかもやってらっしゃる
方なんですよね
なんとね
これ面白いのが
このカクテルなんですけども
なんとこれ今写真出てるのね
サックス
というカクテル
これねなんと
水槽楽の楽器をイメージした
オリジナルカクテルを作ってらっしゃるんですね
へえ
フリューゲルホルン結構
ニッチな楽器とかね
ストリングベース
これはあれだねいわゆる
ジャズとかで使われるような
指揮者
指揮者のカクテル面白いね
僕はまあ
ホルンをね
頼んだんですけどやっぱホルンはいい味しましたね
やっぱ非常に
性格がいいのがねよくわかるなと
あとクラリネットも飲んできましたね
ああそう
それぞれの楽器のカクテルがありますので
これはぜひ水槽楽場
ぜひ行ってほしいなと思うんですね
クラリネットめっちゃ気になるな
はい
美味しかったですよ
あと宝島とかでカクテルもあるわけですよ
ああなるほどね
懐かしいな
宝島はね11で確かやったね
やりましたね
だから多分最初の演奏会でやったやつだね
懐かしいね
うん
とかこういう話ができるわけだよね
そうですそういうことなんですよ
僕がいた時はね
たまたまその日他にも客船いなかったので
最初いなかったので
マスターと二人で話したんですけど
水槽楽部で運転って話になって
したら大型テレビがあって
そこに演奏会の音とか
動画とか映せるんですね
でいろいろリクエストも
聞いていただけるんですよ
懐かしくなってティコティコとかね
アルセナールとか
これが通じるんですよつまり
アルセナールねとか言って
みんなわかんのかなこれ
わかんないと思いますよ
アルセナールはいいよねとか言って
数字で流してくれるんですよね
アルセナールはいい街だったな
ですよねあれ卒業式の時ですかね
やってたのね
そうだねティコティコは
うちの学校の水槽楽部の定番のラスト曲
そうです
あとエル君バンチャラとかね
エル君バンチャラね最初叫ぶやつね
そう
とかっていう超マニアックな話ができるんです
ここだと
超楽しいじゃんこれ
そうこれ絶対言った方がいい
仙台行った時は絶対言った方がいい
いいね
ジャパグラ何やったとかね
そうそう
いいね
それでホルネのカクテルを飲みながら
なるほど
あとはまあ
僕6月仙台最近行ったんで
5月30日の嵐ショックがね
まだ止んでない
永遠に嵐を聞いていた
この間雑談会で流しましたからね
その時だったので
マスターも超嵐が好きで
嵐トークも超盛り上がって
嵐を見たりしてました
そういうことね
ジャパグラの嵐メドレーもあるしね
そうそう
誰の編集がどうだとか
誰の編曲がどうでこうで
それぞれの曲とかね
めちゃめちゃ楽しいな
このところはね
水槽楽ファンはもう
ほんとに週一つするという感じで
すごい有名らしくて
この方は宮城県市民楽団の奏者とかもしてるんですけれども
なんとこのバーのファンになった神奈川県のそういう方とかが
わざわざその宮城の楽団に
飛び入りで加わったり
っていうぐらいやっぱり水槽楽ファンにとっては
熱いところなんです
誰とは言いませんけれども
もう僕らだったら絶対知ってるような
結構有名な編曲者さんとか
指揮者さんとかのサインも
ガーってあって
やっぱり口コミで
その会話ですごい広まってるらしくて
もう誰々さんって超ビッグネーム者とかも
普通に来るみたいな
仙台公演の時に来てくれてる
でこういう話するみたいな話もあったりと
我々の母校もね実は知ってましたね
知ってんだよ
クラリネットが強かったわけですけど
知ってましたでアンサンブルコンテストというのに
我々出てたわけですけど
で僕らの当時の顧問は
編曲やったりもね
話してましたからね
いやこれはめちゃめちゃ楽しいじゃん
そうなんですよ
これはもうこのポッドキャストならではですよ
いいね
これだから自分のDVDとか持ってってもいいわけでしょ
ああいいんじゃないか
もう2時くらいまでいました
話が盛り上がっちゃって
いやそうね
やっぱあの青春の時代だからな
たくさん語れるよね
そうですね
だからこれぜひね
我々も行きたいなと思う感じもありますね
いやいいですね
はい
というね水曽学ファンのちょっとマニアックな
トークになってしまいましたけれども
もし同行の方がいらっしゃいましたら
日本でもなかなかないと思うので
ぜひねこの仙台国文庁
水曽学部宝島にね行っていただけると
いいんじゃないかなという風に思います
というところでね
1日目の振り返りと翌日の予告
ちょっとね本当に消化不良ではあるんですけど
正直仙台の酒場というか
本当はもっといっぱいあるんですけれども
一旦コースとしてはこの012でね
終わって国文庁なので
ホテル10分くらい歩けば着くかなと思いますので
これで1日目は終わりにしたいと思います
それでは1日目を振り返っていきましょう
スタートは
11時に仙台駅
ということですね
そこから徒歩5分ほど
仙台駅西口のバスターミナル案内所で
ループル仙台
1日乗車券を購入します
1日このループル仙台に乗りますので
ぜひこの1日乗車券を
買っていただいて
この1日過ごすということですね
そこから徒歩1分
仙台駅前のバス停に
行きまして現在の時刻表に
照らしていますと
11時20分仙台駅前の
バス停を出発する
ループル仙台に乗ります
それで4分青葉通り
一番町駅のバス停で
降ります
そこから徒歩5分ほど
青葉通りから
長前寺通り近辺の
ホテルに一旦荷物を置きます
こちらにホテルを取っておくと
夜の時に便利ということですね
そこから徒歩
5分牛タン一服
さんですね
こちらでまずは仙台の
ご当地グルメ牛タンをねいただくと
こちらは
元祖味噌漬けの牛タンを
置いてらっしゃるので
やっぱり塩焼きと
相盛りのやつが
一番贅沢な感じがしますね
ですので
一番最初のご飯に
名物をいただくと
この日はバスで
一日過ごしますので
ぜひこのビールを
こちらで召し上がっていただくと
とてもいいんじゃないかなと思いますね
そこから徒歩10分
青葉通り一番町駅の
バス停に戻りまして
12時24分のバスに乗りまして
9分
水宝殿前のバス停で
降ります
そこから徒歩7分水宝殿に
向かいます
こちらは皆さんご存知
伊達正宗の
霊廟という風になっております
いわゆるお墓ですね
本当にきらびやかな装飾が
ございますので
こちらに参拝をしまして
この建物もよくご覧になると
いいかなと思いますね
この水宝殿の中に
伊達正宗の顔を復元した像とか
服装品の一部が
展示されていたりも
しますのでそちらもぜひ
ご覧になっていただくといいかなと思います
そこから
水宝殿前のバス停に戻りまして
13時53分
初のループル仙台に
乗りまして5分
博物館国際センター
緑彩館前の
バス停でおります
そこからあと3分
仙台市博物館ですね
こちらはこの仙台の縄文時代から
近代までもう一気に
歴史を騒々いすることが
できる博物館となっております
そして時期によっては
謎のね
長蔵常長像だったり
ローマ教皇パウル5世像だったり
とかローマ氏公民権
少々これら国宝もね
展示されていると
いうことですので
ちょっと今の段階だとまだ
謎に包まれてますが
とても貴重なものがねこちらにございますので
ぜひこの展示されている
時期も事前にちょっと調べながら
見ていただければなというふうに
思います
そこからあと3分
博物館国際センター緑彩館前
のバス停に戻りまして
ループル仙台で5分ほど
仙台城跡の
バス停に向かいます
そこからあと3分
仙台城跡に
向かいます
こちらは建物はもうないですけれども
小高いところにありますので
仙台の街並みをね
一望することができる
そしてこの3台目のね
伊達正宗の牙像が
あるということですね
ここはもうほんと仙台の
名物スポットという感じ
だと思いますので
この初日にね行っていただくのがいいかなと
思います
そこから徒歩3分
仙台城跡のバス停に戻りまして
16時23分の
ループル仙台に乗ります
この時間帯がだいたい
終バスぐらいの時間ということですね
ですので
時間見ながらね
見ていただければなと思いますが
ループル仙台に乗りまして
36分ぐるっと一周する感じですかね
広瀬通り駅の
バス停に行きまして
そこで降ります
そこから徒歩10分ホテルに向かいまして
こちらでチェックインをします
そこから徒歩10分
ここから飲みに行くわけですが
牡蠣小屋6個
当一店ですね
1個100円からというね
覇覚の牡蠣が
こちらでいただけるということなので
こちらでね
ゼロ次回的に牡蠣と
日本酒だったりとか
ワインだったりビールだったり
っていうのを召し上がっていただくという感じですね
この牡蠣小屋6個さんは
横町の方にも
お店があるということですので
横町の方に行きたいという方は
そちらでもOKという感じですね
そこから徒歩6分
篠木2さんですね
こちらは仙台の人気創作居酒屋
ということで
三陸の名物を中心に
創作和食を出されていると
名物は究極の味フライ
ということですので
こちらとやっぱり
オリジナル日本酒をね
一緒にいただくのがいいかなという風に思いますね
ですのでこちらがメイン
という感じですね
そこから徒歩10分
吹奏楽部宝島
というバーに向かいます
こちらは店名の通りですね
吹奏楽をコンセプトにした
バーという風になってますので
ちょっと我々のようなね
吹奏楽部OB OGは
とても話が盛り上がるんじゃないかな
と思いますね
こちらでそれぞれの楽器の
カクテルなんかを召し上がっていただいて
そこから徒歩10分ほど
ホテルに戻りまして
1日目が終了というところですね
この番組では
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ございますのでそれぞれ
参考にしてみてください
この1日目は
この仙台の名物とか
名スポット
伊達政宗を
さらっと見ていく
という感じですかね
途中でやっぱり伊達政宗の話は
ありましたけど
イメージ通り
とても
特殊な人というか
ただその裏に
やっぱちょっと複雑な
家柄とか
病があるとか
っていうのもあるんだなという感じですね
これは翌日の
準備段階という感じですかね
翌日と翌翌日までかけて
このいろんなパーツパーツが
組み合わさった上に
謎に満ちた
慶長検温施設団というのは何者だったのか
ということも含めてこの3日間で
少し考えられるといいかなと
思うわけですね
今回出てきた
謎をこのコースの
最後まで覚えておいていただいて
それを解明していく
コースという感じなんですかね
翌日は
どういう位置になるんですかね
翌日はですね
仙台を出まして
塩釜、松島
石巻といういわゆる
山陸絵画の方に行きますが
歴史も歴史であるんだけれども
もう一つの
タイトルもある
記憶の手触りという
アートの方に踏み入れていきたいと思いますので
実は宮城県は
最近美術館関係が
厚い地域でもありますので
そういった話ができればいいかなと思ってます
じゃあまたちょっと
趣向が違う1日って感じですかね
ということで今回はこの辺で
ありがとうございました
ありがとうございました
01:45:16

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