はじめに:新年度の授業準備の現状と課題
デジタル時代の国語教育を語ろうにようこそ、パーソナリティのKasaharaです。 この番組では、Google for Education認定トレーナーと認定コーチの資格を持つ、私Kasaharaが、教育にまつわる様々な話を配信していきます。
さて、今日は4月の20日。あっという間に4月の下旬ですね。 新年度が始まったかと思ったら、もうここまで来てしまいました。
新任の先生たちにとっては、毎日よくわからないことの繰り返しで、気づいたらもうここまで来てしまった。授業が始まってしまったという人は、少なからずいるんじゃないですかね。
自分は今年で教員14年目ですが、今年が一番わけわからないまま進んでます。 年々学校を巡る状況が混乱してきていて、やることもトラブルが増えている感じです。
本当は14年もやってればベテラン使いなんですよ。 でもそのベテランでもこうしてきついんだから、慣れない先生たちにはもっと強烈に過烈なんだろうなーっていうふうに思いますね。
雑務の合間を縫って授業準備をして、なんとか授業を回している先生も多いでしょう。
でも落ち着かない状況で授業準備を進めていると、自分の授業が思い通りにならないなんて先生もいるんじゃないかなと。
教員という仕事は、雑務で叱られたり失敗したりしたとしても、 授業で自分でやりたいことを自分ではとりあえずやれてるんだと思えれば元気が出てくるものなんです。
でも授業準備の暇もなくて、授業もうまくいかないとなると悪循環に陥ってしまいます。
自分がアドバイスできることは多くはないんですが、今回は授業準備についてどういうところを抑えていけば良いのかということに関して話してみようかなというふうに思います。
発想は国語化の話が中心となりますが、例えば探求の授業にもつながりそうなことを考えながら話しますので、
国語の先生方以外でも授業の考え方やうまく仕事を回す方法の話として聞いていただいたら嬉しいなと思っています。
さてここからが本題です。
今日は大体を大きく分けて3つぐらいのポイントでお話ししようかなというふうに思っています。
ポイント1:オリジナルの教材作成に固執しない
一つ目のポイントは、いきなり自分のオリジナルの教材を使って授業をしようとしないということですね。
無理して自分のオリジナルなものを作って時間をかけすぎてしまわないようにしようというそういう話ですね。
例えば教科書や教科書の指導書付属のプリントというのは、確かに慣れてくるといろいろと思うところは出てきます。
教室の実態から考えると噛み合わないところもありますね。
ある意味で最大公約数的な資料ではあるので、ぴったりくるわけではないのは充実です。
つるしのスーツなんかと全く同じですね。
自分も滅多に実は使うことはないです。
ただ、教科書会社が出している副教材だとか、授業の補助プリントというのは学習指導要領の指導手法をかなりしっかり抑えた状態で作られていますし、
多くの先生方が使いやすいようにと解説も充実させている場合も多いんですね。
生徒がすぐに使えるように宿題で使えるように穴埋め形式になっていたりとか、そういうところの工夫もしっかりしています。
だから、授業に慣れていない先生、特に新任の先生であれば、教科書会社が提供してくれている授業のデータや教材をまずは有効活用していくことが間違いがない安心できる方法だと思います。
で、そういうものを使うことは、それはそれでちゃんとした勉強なんです。
教科教育の教材研究の勉強になるんですよ。
子どもたちがその教材の難易度に合っているかどうかというような問題は結構あるんですけど、
例えば国語の場合、確認テストみたいなものが副教材としてついてくることも多いので、その確認テストみたいなものを使ってみて、
ここの防線に関してどうしてここに防線を引いているんだろうみたいなことを授業研究として考えてみるわけです。
で、そうやって分析していくこと自体が教材に対する見方を高めてくれますし、
国語の授業の中で鍛えなければいけない教科の力って何だろうということに関する気づきになる、そういうチャンスにもなるんですね。
特に4月の授業開きの段階では、子どもたちがどういう能力を持っていたり、
どういうところに興味関心があったりするかはわからない場合の方が多いと思うんですよね。
私立学校のように移動がなくて長くその学校にいるのであれば、もしかしたら4月の段階で当てずい量でわかるものって多いかもしれませんが、
多くの場合はそうではないですね。だからこそ、ある意味でフラットな、誰が解いてもある程度のところまでは解ける教科書会社の教材を使って、
子どもたちの様子をチェックしていくという考え方は全然アリだと思いますよ。
評価の専門用語で言えば、診断的評価のためにそういう教材を使うっていう、そういう話ですよ。
教科書会社の教材を使うことで子どもの実態を理解することにもつながりますし、自分自身もこういう問いかけをすると、子どもたちはこういう解釈をして、
こういうアウトプットをするんだなぁとか、こういうところは一生懸命頑張れるけれども、こういうところは全然粘らないんだなぁとか、
ちょっと難しいんだなぁみたいなことを把握していく手がかり第一歩として、すごいやっぱり使いやすいんですね。
周りの先生方がご自身でプリントを作って授業されているのを見ると焦りますよね。わかりますよ、その気持ち。
でも教材の再発明をする必要って全然ないんですよ。あるものを使えばいいんです、まずは。
ベテランの先生たちが自分で教材を作っているのは、子どもたちの様子だとか、学校の雰囲気というのをよく把握しているから、そういう教材を使えるのであって、何もないところからゼロで作っているわけじゃないんです。
だから、新任の先生であれば、まず子どもたちの手がかりを知るために教科書会社の教材をうまく使ってください。
今の世の中には優れた教材いくらでもあります。ギガスクールの時代ですから、オンラインの情報も使い放題なんですよ。
あと、周りの先生に関係が良いのであれば、先生の使っているプリントを自分も使わせていただいてよろしいですか、みたいな形で、他の先生から授業のアイデアをいただくということも敬意を持ってちゃんとやるのであれば、それはかなり良い試みなんじゃないかなと。
実際に使ってみた感想だとかをその先生と話してみると、授業の研究としてはすごいレベルの高いことができますよね。
だから、そういうような色々なものを有効活用していって、自分の肩の荷を下ろしていって、精神的に余裕を持って授業に臨んでください。
子どもたちの様子を安心して見ていられるという状況を作るのが、まず授業準備として一番大切なんじゃないかなというふうに思います。
余裕がない状態で自信なく授業をやっていると、子どもたちが授業で何をやっているのかということにもう目が行かなくなるんですよ。
緊張したり、授業準備できてないなとか、後ろめたいことがあると、子どもたちの方をじっくり見て、しっかり見て授業をすることが精神的に厳しくなったりしますよね。
そういうことに身に覚えありませんか。自分はすごいあります。
自信がないときは子どもの方を直視できなくなりがちなんですよ。
だからこそ教科書会社の教材をそのまま使うことで、自分のせいじゃないから何があっても大丈夫だよとか、
もし食いつきが悪かったら教科書会社のせいにしちゃって気楽に授業に臨めるみたいな方がよっぽどちゃんと授業できるんじゃないかなというふうに思うんです。
ああ、なるほど。こういうところに食いつかない子どもたちなんだな。
じゃあ自分はこうやって工夫して良い授業をしようみたいな形で決めていけば、授業研究としても意味のある行為だと思います。
そうやって楽をしながらスタートしていくのはとっても大切なことなんじゃないかなというふうに思いますね。
特に大学を出たてたと、自分で教材作んなきゃいけないみたいな変なプレッシャーを感じたりする人も多いと思いますし、
おそらく大学の国語の教科教育法というのが自分で教材作ってみようみたいなところってあると思うので、
その感覚で毎日やってこうと思うときつくなっちゃうので、一旦合理的に手を抜いてみる。
手を抜くといってもちゃんと安心できる材料を使って勝負していくっていうのが大切なんじゃないかなというふうに思いますね。
ポイント2:子どもたちの話をよく聞く
2つ目のポイントは子どもたちの話をよく聞くということです。
授業の中で子どもたちの発言や活動の様子を見るというのはもちろん大切です。
でもそれに加えてできるだけいろいろな場面で手控えを残しておくということが、まずは勉強として修行として大事かなというふうに思いますね。
手控えって何かというと、生徒の活動の様子のメモのことなんですが、
これは簡単にやるなら座席表をコピーして、その座席表のところに子どもたちが何を話していたかとか、名前のところにメモして記録をしていくみたいな、そんな感じのものですね。
自分も新人の頃、1,2年は若い頃にはそういうことをやってました。
子どもたちの日々の様子を手控えとして残しておくと、授業作りとして学ぶことがやっぱり多いですし、授業を組み立てるときのヒントとして役に立つんです。
例えば、生徒一人一人がどんなことを考えて、どんな取り組みをしていたかパッと思い出せますか?
自分は慣れてきた部分もあるので、100%正確かと言われるとそれは自信ないですけど、
例えば前回の授業でノートにここまで書いていたよなとか、前回のグループワークの時にはこの子が視界で仕切ってくれたよねみたいなエピソードというのは、
だいたい記憶に残ってますし、細かいことであればメモを取っていますから、だいたい記録も記憶も残っているみたいなそんな感じですね。
だから前回の授業で話していたことがこういうことだったから、今回の課題とこういうところにつながってるんだよみたいな、
そういう声かけを子どもたちにするのは実は自分にとってそんなに難しくないんですね。
そうやって一人一人の活動のエピソードを記録しておいて、ちょっとした時にそれを使って話しかけてモチベーションを支援してあげる。
そうすると授業で自分のやりたいことがある時に子どもたちの方がちゃんと協力してくれるようになるんですね。
この先生がこれだけ一生懸命言うんだったらちょっと一旦協力してやろうかみたいな感じなんですよ。
子どもたちは何も考えてないわけではないですし、大人の様子を見ていないわけでもないんです。むしろ大人のことをものすごくよく見てます。
だからちゃんとやろうと努力していると子どもたちに助けられることって本当にいっぱいあるんですよ。
だからまず授業で自分が何をやってうまくいった失敗したということよりも、
子どもたちが授業の中で実際に何をやっていたかというのを記録しておいて、それをちゃんと伝えてあげるようにする。
よく頑張っていることを伝えてあげるようにする。小さいことに見えるでしょうこれ。
でもこれがちゃんと意味があるんです。
逆にそうやって子どもたちと話していると子どもたちの方から授業に対するフィードバックをいろいろもらえたりもするんですね。
この前出した課題こういうところ全然難しくてわからなかったですとか、先生あの課題どういう意図で出したんですかみたいなことを聞いてくれるようにちゃんとなります。
そうやって子どもたちが話してくれることを踏まえて、じゃあ次の授業でこの指示を追加しようとか考えるのもいいですし、
この課題は子どもたちに合っていなかったから撤退しようみたいな形で撤退を決めることがあってもいいんですよ。
授業でうまくいかなかったらどんどん撤退していいというのは個人的に思っているところなんですが、子どもと話していないとそういう判断も怖くて全然できないわけです。
もちろん子どものフィードバックに全部振り回されて自分の授業の軸がブラブラとしてしまうのは良くないんですけど、
子どもたちの言葉を受けて調整していくことで授業の勘どころがだんだんわかってくるので、子どもたちの話を聞きに行くのは本当に大事です。
ちゃんと子どもの言葉を聞いてますか。
学校によっては風土の差がかなりあるので必ずしもこのやり方が正解だとは言いません。
子どもと話している暇があれば自分の仕事をしろよというような学校もありますからね実際。
でも自分は少なくとも自分の勤務校では放課後ホームルームが終わった後に自分が授業を教えているクラスの教室を除いて残っている子どもたちがいたら声をかけるようにしたりしています。
子どもたちに声をかけることで今の状況を把握したり、授業の課題できてるみたいなことを聞いてあげることで次の授業で何をやったらいいかを考えるきっかけにしていたりします。
あと自分は授業で毎回コメントシートを生徒に書いてもらっていますね。
Xで1回つぶやくくらいの200字も書けないくらいの短いものなんですが全部に目を通してコメントをつけて返すようにしています。
コメントつけてると言ってもコメントはうーんとかそうだねーとか2、3文字ぐらいだったりします。
でも生徒がいいところを書いてるなというところにはアンダーラインを引いてあげるぐらいのリアクションをしてあげるだけでも生徒は全然ちゃんとモチベーション高めて頑張ってくれるんです。
自分たちのことを見てくれてるんだなという感覚が伝わるだけで全然生徒のリアクションって変わるんですよ。
だからちゃんと見てるよーとか話を聞いてるよーということが伝わるような工夫はしていきたいなというふうに思ってます。
ポイント3:ゴールのイメージを明確にする
で最後に3つ目のポイントになるんですがゴールのことをよくよく考えるということですね。
逆向き設計だとかそういう難しい話は一旦置いておいて漠然とで全然構わないです。
目の前の子どもたちが3年生を卒業する段階でどうなっていて欲しいのかそのイメージを定期的にちゃんと振り返って検証していくことが大事だなというふうに思っています。
これも学校によってゴールのイメージは全然違いますよね。
例えば自分の勤務校であれば大学入試ということがどの子どもにも大きくのしかかってるんです。
まあ学校生活の目の上の担保部なわけです。
だから大学入試に安心して向き合うために普段何をやらなければいけないかということは逃れられないわけなんです。
普段の授業の中でどういうことをやれば子どもたちが安心して学びに向き合えるのかそういうことを常に考えるんですね。
でも大学入試のために授業をやるという話になってしまったらそれは全然話が違ってダメだと思うんですよ。
大学入試に受からせればいいんでしょみたいな考え方は完全に思考停止だって自分は思ってますからね。
教育として成し遂げなければいけないことは大学に合格させて送り込んで後は死なないようじゃないですから。
嫌な話をすると大学まで送り込んだらその先はそいつの責任だから知ったこっちゃないと言ってはばからない先生って一般います。
でも自分はそういう立場は取りたくないですね。
まあもちろん大学に入った後の人生に対して教員が責任が持てないのは事実です。
でもだからといって大学の後のことは俺知らねえではなくて
ちゃんと今の授業、高校で学んだスキルがその後の人生を豊かにするものであってほしいと考えながら
まあ祈りにも似たようなそういう思いですよね。
そういうものを持って今日目の前の授業を何やるかっていうのは考えています。
だから入試の傾向が変わろうが何が変わろうと自分がちゃんと信じたものに対しては
周りの先生から何を言われようと子供たちからの反応が悪かろうと
これは意味があることだと丁寧に説明して授業の軸はぶらさないようにしてやろうとは思っています。
まあそのぐらいのことは戦おうと思ってますね。
自分の授業ぐらい自分で守れバカ者よって感じです。
あのこれ元ネタわからないと今すごい嫌なこと言った奴みたいになってるので
自分の漢字性くらいっていう言葉でちょっと検索してみてください。
元ネタは茨城のりこさんです。話がそれましたが一方で入試とは全然違う価値観で生きている学校があるのも事実です。
そういう学校に就職された新任の先生は教育の価値ってどこにあるんだろうということを問うことから始まるわけで
新学校に勤務するよりもよっぽど教育の本質的な部分根っこの部分と向き合わなければいけないんだろうなというふうに思いますね。
学校の先生って大卒が多いですから受験あることは当たり前の世界線で生きているので
それとは違う世界線で価値観探してくるってすごい大変だと思いますよ。本当にきついと思います。
ゴールの明確なイメージがないままに授業を続けているとやっぱりいろんなことがバータリー的になるんですよ。
思いつきで物を言ってちょっと良さそうなものに飛びついてフラフラと無駄な時間ばっかり消費してしまうみたいなことになりがちです。
信頼されないですよね。教員として学校として一番信頼できないのは思いつきで動いてトータルなゴールも道筋も見えないまま軸がぶれているということですから。
自分の中の軸がはっきりしていない教育は足元がふらついて全然頼りなく見えるわけです。
じゃあ卒業する時の姿を見通して日々の授業を考えるために先生たちはどういう準備勉強すればいいのかっていう話なんですが
これに関してはやっぱりいろいろな先生にまずは話を聞くことだと思います。
その学校を卒業していった卒業生たちがどういう活躍をしているのか
過去にいた生徒たちがどういう成長の仕方をしたのか
そういうエピソードをぜひ先生方に聞いてみてください。
先生たちは子供たちに対して多くの時間と苦労を背負って関わってきているので
一人一人の生徒に対してちゃんと記憶も思いも持ってますし
だからどういう子供たちがいたかというエピソードは周りの先生方はいくらでも語ってくれると思いますよ。
その話をぜひ聞いてみてほしいんですよ。
そして周りの先生方から子供の話を聞くことで何を一番学ぶべきなのかというと
もちろん子供のゴールの姿を学べるというのもあるんですが
それ以上に気づいてほしいのが先生たちは実は子供にいろいろな面で育てられているんだということです。
あの時ああいう子供がいたから今の自分はこういうことを考えるんだという
それぞれの先生がその仕事を通じてどう学んできたのか
子供のエピソードを聞くことでそういうことになんとなく気づいていく
そういうことが大事なんじゃないかなというふうに思っています。
まとめ:授業づくりの負担を減らし、子どもと共に成長する
今この4月の下旬の段階で授業をやることが辛いと思っている先生って一定数いると思うんですよ。
その辛さの原因がどこから来ているかというと
多分足元が固まらないままこの先どうなってしまうんだろうという不安から来てるんじゃないかなと思います。
だからこそ今日お話ししたポイントとしては授業の負荷を自分で増やすのではなく
アウトソーシングできるものはどんどんアウトソーシングして
自分を先生だと育ってくれる子供たちの様子を自分から気づきにいくことが大切だということ
そして周りの先生たちも子供に育てられたという事実に気づくということ
そういうことが気持ちを軽くしていく上では大事なんじゃないかなって思っています。
いろいろなことをちゃんとやらなければと考える人は
まあ学校の先生って真面目な方が多いですから
いっぱいいっぱいになってしまっている人も多いんだろうなって思います。
ただ自分が引き受けなければいけない範囲はちゃんと守りつつも
もっといろいろなもので自分の心を許してあげるということが大切なんじゃないかなと思うんです。
そのためのヒントとして今日は教材研究の手の抜き方の話だとか
周りから教えてもらうんだよということの話をしてみました。
何か参考になることがあったらいいなというふうに思いますね。
決して学校であなたは一人で仕事をしているわけではないので
周りに頼って良い先生になってください。
今回の配信はいかがだったでしょうか。
今回は授業作りに挫けそうな先生へというテーマで
3つのポイントをお話ししました。
教科書会社の教材を使って肩の荷を下ろすこと。
子どもたちの話をよく聞くこと。
そしてゴールの姿を見通して授業の軸を持つということ。
言ってしまえば自分で全部抱え込まなくていいよということについてお話ししてみました。
日々の生活に流されていくと
自分の教員としての根っこの価値観が定まらないまま
フラフラと過ごして生きがちになるんですよ。
そうなると目の前の授業をやっつけるということに重心を置いてしまって
中長期的に時間をとって授業改善の勉強をすることへのモチベーションが
下がってきてしまうということもあります。
ただ目の前の授業だけに振り回されているだけだと
いつまでたっても授業のやり方だとか
子どもとの関わり方を改善することは難しくなってしまうわけです。
どうやって学んだらいいのかということもわからなくなってくるんです。
だからどこかで自分の荷物を下ろして
周りと協力して子どもたちを育てるということに向き合っていくことで
自分自身をしっかりいたわって
勉強する時間が取れるようになってくるといいなあなんてことを思います。
何はともあれ、4月という忙しい時期を無事に乗り越えられてよかったです。
この4月を乗り越えられない先生方も残念ながら少なからずいることを考えると
こうやってちゃんと先生を続けてくれる方がいるというのは嬉しいことです。
本日のポッドキャストの裏話は私のボーイシューで朝6時半に配信しています。
ボーイシューでは毎日の教育実践の話や
ちょっとした雑談もしていますのでぜひそちらもお聞きください。
ここまでお聞きくださりありがとうございました。
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次回の配信もお楽しみに。
ではまた。