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スピーカー 2
ダイアログカフェ。筋書きのない対話から新しいアイディアと自分自身に出会う場所。この番組は様々なテーマで楽しみながらお届けします。
中山理香さんを招きしての3本目なんですけれども、キャリアの話はいっぱい聞いてきましたが、今度はプライベートのお話を聞きたくてですね。
シングルマザー歴25年?28年か。最初の3年は結婚してたから。3歳から。厳密に言うとシングルマザーじゃないですよね。一応、世紀は入ってたから。
10歳くらいまでは結婚してたことだからね。
私も子供、男の子でまだ9歳ですけど、これから思春期を迎えてくるあたり、男の子は異性じゃないですか。
いろいろ難しいかなと思ったり、そういうこともあるかなと。そういう時に男親がいてくれると、ちょっと頼れるものもあるんじゃないかと思ったり、そういう気もしたりするんですけど。
実際、お子さん、男の子を育ててきて、難しいなって感じたりとか、何かありました?親子感の何か、反抗期とか。
スピーカー 1
反抗期は普通にうち強烈だったんで、絵に描いたような反抗期だったんで、めっちゃ大変でしたよ。
スピーカー 2
何歳くらい?
どんな感じで出てきたんでしょう?
スピーカー 1
小学校の中学年ぐらいから中学生の真ん中ぐらいまで。
そんな感じですかね。
早くないですか?小学生からと男の子で。
高学年ぐらいかな、そう思うと。初めて。
10歳過ぎぐらいから14、15まで。
分かりやすいんですけど、何か言うと反対のことを。宿題やんなさいって言ったらやらないとか。
そういう形で言うと、もともと反抗期数だったんですよ。小1の時ぐらいから。宿題やれって言ったら、漢字の練習帳とかあるじゃないですか。
それに皮みたいなヒュルルルルっていう線を書いて、やったみたいな。
書いてないけどって言ったら、書いてる。漢字書いてないよ。
でもこれ漢字なんだ、俺にとって。
そういう感じだったりとかして、とにかくどうやってズルをしようかっていうことを始終考えている息子だったんですけど。
そんな感じだったんですけど、それが反抗期の時は輪をかけて、嫌だとかやらないとか。
一言、二言目にはそういう感じで。
ただ、これが反抗期だなっていうのが分かった理由の一つに、自分の反抗期。
スピーカー 2
私自身の反抗期が激しかったんですよ。
スピーカー 1
なので、自分の反抗期よりも、もしくは自分と並ぶぐらいの反抗期かな。
スピーカー 2
自分の反抗期は何歳ぐらいの時の話ですか?
スピーカー 1
あんまり正確に覚えていないけど、小学校の後半とかが一番。
中学校まで引きずらなかった。
スピーカー 2
小学校の後半ぐらいですかね。
スピーカー 1
親の言うことをとにかく聞きたくないっていう時期があったと。
物を投げたりとかしましたね。
スピーカー 2
物を投げるのと、私もさすがに石投げるとかしないじゃないですか。死んじゃう。
スピーカー 1
どうやったら嫌なのかなと思って。
マジックペンの、太いマジックペンの先を取ったやつを投げてました。
そうすると洋服とかにマジックがつくでしょ。
それが嫌だろって言うので、マジックとか投げてました。
スピーカー 2
すごい記憶に鮮明にある。
スピーカー 1
何?親を困らせたかったの?
スピーカー 2
困らせたかった。
何か理由は明確なんですか?何にもない?ただイライラするとか?
ただ親がムカつくみたいな。
スピーカー 1
その衝動みたいなのをぶつけるところが親だったんですけど、
それが自分の中で反抗期だったなっていう記憶がすごくあるんで、
息子の反抗期も意外と許容できたというか、
巡り巡って自分に戻ってくんだなって思ってたんで。
比較的、本当に口聞かないとかなっちゃって。
個人の部屋はなかったんですけど、ちょっと自分の一角に閉じこもって、
ご飯だよって言っても来ないとか。
最初は腹減るから来るんですけど、会話しない。
あと何とかしなさいって言ったら嫌だとか、
とにかく学校でも反抗期してたみたいですね。
スピーカー 2
宿題出さないとか、出さないのって言ったら知らない。
スピーカー 1
あと成績もめちゃめちゃ悪かったんですけど、とにかく反抗してて。
家にも帰ってこいって言っても帰ってこなくて、
遅く帰ってきても怒っても無言みたいな。
何ですかね、あの時本当に分かりやすく反抗期でしたね。
スピーカー 2
それは親としては悩んだんですか?
それとも、こういう時期もあるだろうって思ってたんですか?
スピーカー 1
いつかは終わるんだろうなっていうのと、
あとは自分を責めるのは一人親なので、
一人親だから反抗期じゃなくて暮れてるだけかもしれないって思った。
反抗期は一時的なもんだけど、
これ戻ってこないでずっと暮れてヤンキーとかのまんまだったかもしれないなって思った。
唯一つなぎというか、やってたのは、
月に1回は必ず、ずっとやってたんですよ小学校の時は。
月に1回は必ず、お給料日あるじゃないですか。
お給料日には美味しいものを食べに行くっていうのをやってたんですよ。
小さい時は偉そうに、こうやって美味しいご飯を食べれるのも
ママが給料をもらってるからだからねって。
だから給料日には1回美味しいものを食べさせるみたいな感じだったんですよ。
でもそれはすごい喜んで、月に1回必ず25日、次のどこかでは必ず行くっていうのをやってて、
もう今日は今月は何に行こうか、焼肉とかビュッフェに行くとかそういう感じだったんで、
スピーカー 2
それをずっと日課にして何年も何年もやってたんで、
スピーカー 1
反抗期の頃にもう口聞かなくなっちゃって、ほとんど会話しないとかなるんだけど、
じゃあ今月も焼肉に行く?って言うと、
楽しい会話はないけど、黙々と塩炭塩とかカルビとか言って来るんで、
スピーカー 2
それが途切れてない間は大丈夫なのかなみたいな。
スピーカー 1
だからこれがある間は会話がすごい少ないけれども、
そしてとても反抗的ではあるけれども、
スピーカー 1
まあ一家っていうので月に1回それをやってて。
スピーカー 2
親子のね、絆確認があるね、月に一度の。
そういうルーティンというか、リチュアルというか儀式というか大事ですね。
大事だなと思いました。
スピーカー 1
なんかそれも来るんだ。
スピーカー 2
なんかでもすごい反抗的な態度で話しかけても返事しないとかだと、
まあこんなもんだなと思っても、
スピーカー 1
例えばこっちも疲れたりとか仕事忙しかったりすると、
ちょっと許容量が下がったりとか、
なんか誘ってやるもんかみたいな気持ちになったりすることとかなかったんですか?
スピーカー 2
たぶん私が焼肉食べたいとか思ってたんでしょうね。
スピーカー 1
実際近くにちょっと美味しい焼肉があって、今もあるんですけど、
そこにずっと通うようになったんです。後半はもう決めて。
近いし、美味しいし、男の子って焼肉好きじゃないですか。
なんでそこに行くようになってたんで、すっかりそこのオーナーも、
スピーカー 2
今月のね。
スピーカー 1
はい、領収書みたいな。
領収書出てくるし、行けばなんか身長大きくなったねとかいう感じで、
スピーカー 2
ずっと長年見てくれてる店長さんみたいな感じなんですけど、
スピーカー 1
それは反抗期を耐え忍べた一戦、首の皮一丸の焼肉屋ですね。
スピーカー 2
月一の。
でも終わったって思った時期があるんですか?
何がどういうこと?
スピーカー 1
今落ちたみたいにフワーって、それとともに、
俺、勉強するって言ってて、
スピーカー 2
ありがとうみたいな。
12とか13の時?
それは高校生。
スピーカー 1
ちょっと段階を踏んでるんですけど、
俺このままだとダメだと思うから、塾のお金出してって言われたくない?
一応中学は公立だったんですけど、受験はするじゃないですか。
途中で多分自分はそうは言っても、
俺そんなにバカじゃない人思ってたみたいで受けたんですけど、
結局入りたいところに入れなかったんです。
結局いろいろ自分で妥協して入った学校で、
これはいかんって思ったんですよね。
塾のお金出してほしいって言われて。
スピーカー 2
これはいかんっていうのは、もっと自分はできるはずだとか思ったってこと?
スピーカー 1
自分のレベルがこのレベルなんだって思ったって言ってました。
スピーカー 2
一般研鑽士がね。
スピーカー 1
これはいかん。
自分はここに同化したくないって思ったみたいですね。
スピーカー 2
なるほどね。
スピーカー 1
自分のレベルはここだっていうのもわかったし、
でもこのままでいたくないって思ったみたいで、
その時に私立に高いお金を払ってもらってもわかるけど、
でも自分がさらに塾のお金を出してもらうのも、
すごい高いのもわかってるんだけど、
出してほしいですっていう風にお願いをされたんです。
勉強したいですみたいな。
そのぐらいの時に、
なんだかんだで受験勉強もしないと、
高校もちゃんとしたとこ行けないよって言ったのもうるせえとかって言われてて、
だけど俺はちゃんと考えてるからとか、でも考えてなかったんですけど、
そういう反抗をしてたのも一段落し始めたのが中学校後半ぐらいからで、
でも結果なんだかんだ行って受験も失敗して、
失敗したけどでも入るところはあったんで、
それでもまあまあなんとか、
ドップアウトとかまでは行ってなかったんだけど、
自分でなんとかしたいですって言ったのが高校入ったからで、
高校入った時にはなんだかんだで私が結構あんまり口出しせずに、
割と本人というかやりたいようにやらせてたっていうところがあったんですけど、
それに感謝の言葉をもらうんですよ。
今までやりたいようにやらせてくれたことに感謝してますみたいな。
それは何気なく遊歩道とか一緒に歩いてるときに言われたんですけど、
なんか感動しちゃいますね。
なんでそう思ったんだろうみたいな話。
なんでそう思ったの急にって聞いたら、
友達と結構高校にもなると自分の人生とか、
自分の親との育児って、
親の質系とか子育てがどうだったかという話もするらしいんですよ、友達同士。
仲良い親友とかできると。
その中ですごい他の親はいろいろ命令されて、
無理矢理塾に入れられてとか、
例えば塾嫌だって言ったら、
塾じゃなくて苦悶言ってたんですけど、苦悶は嫌だ。
嫌だって言うけどさ、やめたらこういうデメリットがあって、
今人生の選択肢を減らしていいの?みたいな話を、
いろいろ大人ぶったことを言ってたんだけど、
それでもいいって言われて。
とか言うのも覚えてて、子供的には高校で。
って言って、俺が自分で選ぶの分かっているが、
そこで自由にさせてもらって、
俺は恋はないと。
大抵の親はそこでうむを言わさずに、やめんなって言われて、
強引に親の指示通りに持ってきて、
レールに乗ってきたっていう人が友達にいて、
自分はレールに乗ってなかった。
スピーカー 1
試練とか失敗とかもプラスに変えられるんだと思いますよ。
子供ってすごい力があるから。
スピーカー 2
失敗の経験を奪っちゃいけないとか言いますよね。
言いますよね。
だからまあなんか、
でも私本当に、こんなに学校の先生に
すいませんって言ってるのって、
自分の人生でもあんまりなかったけど、
スピーカー 1
しょっちゅう担任の先生にすいませんって言ってます。
私もそうでした。
小学校も中学校も、
高校はガラス割ったりとかして勉強してた。
スピーカー 2
そっか、なるほどね。
スピーカー 1
ずっと呼び出されてましたね。
本当に忙しかったですね。
スピーカー 2
そっか。
でもそこから本人は勉強をしたいということで、
大学を目指すっていう感じで勉強していった。
それはすごい、やっぱりそこから本気出すと
スピーカー 1
結構成績が伸びたりとかしたんですか?
自分でも言ってるんですけど、本人にも言ってるんですけど、
スピーカー 2
私の親から見ても、ビリギャルの男バージョンぐらいの感じですよ。
いたよここに。
フィクションじゃない。
あれも実演だけどリアルにいたよ。
スピーカー 1
なんかね、センサーシティ的にはだいぶ
学校名は出さないですけど、だいぶ低めのところに入って、
それでもあんまり勉強しないみたいな感じだったんですけど、
その学校自体は、
輩出する大学、そもそも大学に行かない人も多かったんですけど、
輩出する大学が関連の工業大学か、
もしくは町へとちょっと遠くに行く学校しかいかなくて、
東大とかいないし、慶応とか早稲田とかもいないし、
その辺のいわゆる総計とかにはあまり行かない、
ほとんど行かない学校なんですけど、
うちの息子は塾に行き始めてそこで勉強したら、
模試で慶応とかが割と県内みたいな感じになるくらいにはなって、
成績もすごく上がって、学校で受ける模試とかもあるじゃないですか、
あれも結構トップレベルで、高校ではトップレベルになって、
先生がついてくるんですよ、お前の受験を応援するぞみたいな、
放課後も残ったら論文の添削とかしてくれるみたいな、
先生がついてくれて、学校ぐるみで応援してくれる感じだったんですよ。
それで塾でも行けそうだなみたいな感じだったんで、
これはワンチャンうちから慶応が出るぞみたいな学校が盛り上がってくれて、
先生もこの調子だったら行けるんじゃないですかみたいな感じで、
私学校の先生にこんなに好意的に接してもらったことなくて、
スピーカー 2
謝ってたのに。
スピーカー 1
ずっとガラスの勉強をしてくださいみたいな感じだったんで、
これはワンチャン、すごい人生大逆転劇を見れるかもしれないっていう感じで言ってたんですけど、
まだ人生はそんなに簡単に許してくれなくて、その逆転を。
うちの息子は結果全部落ちたんですけど、慶応しか受けなかったんですよ。
滑りども受けないで慶応全部落ちたんですよ。
だから結構すごいどん底に落ちて、
でも滑りどもがなかったみたいな感じで一浪それを交換したんですよね。
一浪して大学に入ってっていう感じだったんですけど、
スピーカー 2
そのぐらいのレベル感のところにはグワーって成績が上がって、
スピーカー 1
もう学校でもちょっとお前は違うよなみたいな扱い、
高校の時にもなってて、結果でも一浪してるんで、
もう一回引きこもったんですけど一瞬。
それでも本人的にはすごい一浪の経験をなんだかんだで肥やしにして、
1年すごい勉強したんでまた。
さらにご飯食べるとき以外はずっと勉強したんですよ。
周りの環境もやっぱり外面の人たちと一緒に塾の生徒たちと一緒にやってたんで、
本当に病気にならないかって思うぐらい勉強してましたね。
だからちょっと良かったかもと思いました。
いろいろ失敗して。
でもそれがちょっと自信にもなってるし、
スピーカー 2
あの時あんだけ勉強したので。
自信がつきますよね。
スピーカー 1
受験の自信じゃなくて、やればできるっていう自信。
朝から夕方までノート何冊もたまってビシリ書いたやつが。
スピーカー 2
それができるっていう自信ができたのが良かったと思う。
なるほど。
スピーカー 1
そうか。
スピーカー 2
勇気が出るわ。
でも息子さんも大学を卒業して社会人になって28ってことはね、
もういつ結婚して。
そうですね。
だってりかさんもその年には産んでたわけですよね。
スピーカー 1
そうだ。確かに。
スピーカー 2
孫ができるかもしれない。
スピーカー 1
できてもおかしくないですよね。