ともえさんの自己紹介
みなさん、こんにちは。ご機嫌いかがですか?
ママの心の助産院、子育て、自分育てアドバイザー、かるぅこと、タダノカオルです。
ママの笑顔だと子供も笑顔、そんな思いを胸に日々、笑顔の日々、活動をしております。
今日は、コラボライブでゲストにともえさんをお招きしてお話を伺おうと思っております。
あ、ともえさん、こんにちは。今ショートしてますね。
あ、こんにちは。かるぅさん、聞こえますか?私の声。
はい、よく聞こえてます。
ともえさんの声もよく聞こえております。
大丈夫ですか?
はい。今日、お話を楽しみにしてました。
楽しみにしてました。嬉しいです。ありがとうございます。
先日は、読んでいただいて、いろいろお話を。
お越しいただいて、ありがとうございました。
かるぅさんとお話ししてて、すごい絵が見えるようで、それぞれの場面で奮闘されているかるぅさんの姿とか、神社にお参りしている様子とか。
神社に来ましたね。
そうそう、いろんなことが一緒にシェアできて、すごく楽しい時間でした。
本当にありがとうございます。すごく楽しい思いをさせていただいたので、私もともえさんにいろいろお話ししていただいて、楽しい時間を、私をホストにさせていただければいいなと思っているんですけれども。
まず、ともえさん、自己紹介していただいてもよろしいでしょうか。
わかりました。私は、心地よい心身をつくる自己対話サポーターということで、
繊細気質の方とか、がんばり屋さんのためのセルフケア、自己対話の方法をお伝えしております。
特に、40代から自分の人生を育て直そうということで、ご自身を知っていくためのセッションだとか、コミュニティ作りをさせていただいております。
初めての仕事は、中学・高校の教員をしておりました。
生徒生から外国籍の子どもから、障害を持ったお子さんから、本当にいろんなお子さんのサポートをさせていただいておりました。
それで、今は結婚して、息子と旦那さんと3人暮らしで、息子は野球にハマっていて、
親密は野球少年のママをしております。
そうなんですね。
そんなところで。
ありがとうございます。
野球少年のママとしての苦労
私の知ってるところだと、野球少年のママってめちゃくちゃ大変ってイメージがありますね。
そう、めちゃくちゃ大変っていうイメージですよね。
私、子どもが、息子が赤ちゃんの時に車で移動してて、小学校のグランドとかで野球やってるの見て、
私も絶対ああいうのできないから、とか言ってね。
堂々と宣言してたぐらいだったんですよ。
まさか、うちの子が野球をやりたいなんて言うとは思ってなかったんですけど、
どういうわけか、WBCですね、3年前になりますか、試合を見て、彼は当時年長さんだったんですよ。
5歳かな、6歳かな。
6歳?
そう、6歳。年長の終わりだったから6歳だったかな。
6歳だったのね。
そう。
野球…
ね、やっちゃって。
へー、そうなんだ。
じゃあ友人さんにとっては結構ショッキングだったんじゃないですか。
野球?野球したいの?みたいな。
まさかみたいな。
本当ですよね。
あ、シュガーさん、ありがとうございます。こんにちは。
そしてシマンさんだ、こんにちは。
前にフォローさせていただいてありがとうございます。
あ、さやかさん、こんにちは。
ありがとうございます。
あ、嬉しいお客さん来てくれた。
ね、嬉しい。ありがとうございます。
ありがとうございます。長居していってください。
ゆるりと。
ね、本当に。
じゃあ、ご主人とかは野球とかはされてなかったんですか?
全くないです。
全くないのに、何の親の意向もなく、本人がやりたい、やりたいって。
もう時間があれば、お母さんキャッチボールしようとか言って公園に連れ出され、
あまりに熱量がすごかったので、もうちょっと私には手が追えないと思います。
そしてね、面白いことに、本人も当時から小1成立の頃のレプリカ、
その野球のユニフォームのレプリカを着て、毎日遊びに行ってたんですよ、外に。
それで、ダイソー100円ショップで買ったプラマットでね、一生懸命野球ごっこをしてたんです。
事前と、周りにいるお兄ちゃんたちが、野球やりたいの?みたいな感じで、
キャッチボールやってくれたりとかするんですよ。
しっかりその気になって、野球チームになって、今はね、土日祝日、給付の日です。
そう、なんかね、お茶だしたりね、試合の応援に行ったりね。
なんか、今でも一時期に比べたら、やっぱりお仕事を持っているお母さんがほとんどだから、
野球少年のお母さんも、野球チームに貢献する量が減ったっていうふうには聞いたんですけど、
今どんなことされてるんですか?お子さんの野球に一緒に参加された時とか。
一応応援当番っていうのが回ってくるんですね、順番に。
グループになっているので、必ず行かなきゃいけないってことはなく、
それぞれ行ける範囲で、できる範囲で子どもたちを見ていきましょうねっていう感じになっているので、
たぶん私が子どもの時の少年野球とは全然違って、だいぶ楽になっていると思います。
負担は少なくなっていると思いますね。
そうなんですね。
お茶をしたりってこともないし、気持ちはした方がいいんだろうなと思うんですけど、
いろいろ追いつかないところもあって、子どものサポートだけ最低限のところ、お母さんたちでやっていこうっていう感じですね。
そうなんですね。試合とか行って、メガホンを持って応援しているわけですね。
応援してますね。
やっぱり一試合一試合ともにこの場にいるっていうことの大切さっていうのも最近実感してます。
そうですね。
本当は勝手にやっててって思ってたところもあったんですよ、正直。
でも遠征先でちょっと具合悪くなっちゃったりして、そんなことがあったりもする迷いをしてとか、
そうしたことではないんだけれども、やっぱりまだサポートが必要なのかなって、
私自身いろいろ考え直し思い直したところがあって、
とりあえず今年はなるべくいけるだけ試合はついていこうと思っています。
すごい。お母さんされてる。素敵素敵。
でもね、それもやっぱり私は高齢出産だったので、離婚もしてるので、
やっぱり子供のない人生になるかもっていうところもね、始まったんですよ。
だからなんかこう、子供一人なんですけど、
家族のことのありがたさっていうのもすごく感じながら過ごしてますね。
妊娠と出産の経験
そうなんですね。やっぱりあれですよね、
今ね、友恵さんお子さんがお一人いらっしゃるってことなんで、
その目の前のことを一生懸命されてるんだなっていう印象です。
お子さんがいらっしゃらない方はお子さんのいらっしゃらない目の前の人生をね、
すごいベスト尽くせばいいしね。
私の場合は4人いるから4人の親を全うするってことなんで、
全然できてない。子供ももう私の場合は大きいですけどね。
でも私自身は、なんだろうな、
いいお母さんねって言っていただくこともあるけれども、
自分のポンコツぶりに、自分の不甲斐なさに、
本当にできてないことが多すぎて、すごい落ち込むことがあります。
そうなんですか?
はい。
そりゃそうですね。
なんてダメ母なんだろうと思って。
そのダメダメエピソードって、今聞かせていただくことってできるんですか?
差し支えのない程度で。
全然披露するのは構わないんですけど、
性格的にすぐ忘れるので、
なんだろうな、
パッて聞かれると思い出せないんですけど。
でもわかる、それ。
私って本当にできてないよなと思って。
でもね、
なんだろうと思って、時々落ち込んでます。
その気持ちわかる。
私もね、偉そうなことを言ったりして、
実は全然ポンコツだなって思ってますよ。
で、同じようにもし、
桃井さんにどんなことが?って言われたらね、
うーん、わかんないかもみたいな。
そう、日々目の前のことで一生懸命すぎて、
思い出せなくなっているという。
でもやっぱり、今もおっしゃってたけど、
その場にいる、
存在するってことが、
お子さんにとってはめちゃくちゃ、
その時のお子さんが意識してなかったとしても、
何かこう植え付けられるっていうか、
そんな感じなんでしょうね。
そうですね、それだといいなと思っています。
本当に。
しまんさんから、
真面目な女性ほど自分を責める人が多いです。
みんなポンコツじゃないです。
天然なのよ。
天然。
嬉しいですね。
じゃあ、私も桃井さんも天然ってことで。
嬉しいですね。
そうやって、しまんさんから温かいコメントをいただいて、
嬉しくなります。
本当ですね。
本当にえっちらおっちらって感じですよね。
本当にそうですね。
手探りで。
本当に子育てって、
出産からそうだけど、
本当に答えがないなって。
私はもともと教員でね、
人を育てるっていう仕事に就いていたけど、
初めて30後半で妊娠した時に、
いやー世のお母さんすごいわって、
思いましたね。
妊娠中で思ったんですか?
妊娠中で、まず妊娠中で思いました。
座りの時期とかね。
もう24時間船酔い状態じゃないですか。
そうですね。私も座りは酷かったんですよ。
いやーこれ皆さんやってるの?と思って。
もう丹忍した子供たちのね、
ママさんたちも本当みんなすごいと思って。
そうですよね。
経験してわかる偉大さみたいなことってありますよね。
そうそう。だからなんか、
全然何も大したことないってね、
おっしゃるお母さんいっぱいいらっしゃるけど、
その時初めてね、
おーこういうことかみたいな。
こうして身体を使って命を育てていくのかっていうのをね、
体感させてもらって。
本当にね、妊娠中って本当すごいと思うんですよ。
なんか基本、自分の体の中に別の生命体が入った時って、
追い出すようにできてるんですって。
変な食べ物を食べちゃったらね、
バイキンが入ったら追い出そうとしてね、
お腹下したり、熱出したりとか、
そんな感じで体が反応するじゃないですか。
それの唯一の例外が妊娠みたいですね。
へー。
妊娠を継続させるために、
自分の抵抗力、異物というか異性人というか、
戦う力を落としちゃうんですよ。
落とすんですよ。
落としてまでも新しい命を育てることに、
もう全細胞が集中するんでしょうね、そこにね。
そう、なんとなくそれは感じました。
全細胞が違う方向を向き始めたみたいな。
本当ですよね。
つわりの時なんてね、赤ちゃんなんてまだね、
うんみりとかうんせんちとか超小さいのにね、
それなのにね、そこのところを守るために
全部がそっちに味方してね。
そう、そうなんですよね。
ほんとすごい。
ほんと不思議、不思議体験でしたね。
なんかね、その妊娠っていうことで言うならば、
かるうさんね、助産師さんでもいらっしゃるから、
友江さんの舞台経験
妊娠っていうことで、すごいこう覚えていることで言うと、
なんかステージに立つこともしていて、
ステージですか?
ステージに立って踊ってたことがあってね、一時期。
そうなんですね。
そうなんです。
びっくり。
それでなんかその舞台の時に、
あれもしかしてって思ったんですけど、
その時に気づかれたんだ。
舞台の袖で聴いてた音楽が、
すごいなんか命の賛歌みたいなね、歌を歌ってて、
マサヤさんっていうアフリカの音楽を奏でている方がいらして、
その方の曲を命をめでる歌を聴いていて、
すごいなんか泣きそうってなってて、もうすぐ本番なのに。
自分の内側の命と共鳴してたのかなとか思って。
じゃあ通常だったら、いつも心が動かない音楽を聴いて、
ものすごい心が動いたってことなんですね。
普段、舞台袖でスタンバイしてる時、そこまで心が動かないのに、
いい曲、いい音楽なんだけど、
その時はもう本番前なのに自分が泣きそうみたいになってて。
そうなんですね。
現場から戻ってさせてみたら、あれみたいな。
すごいな、体のサインが出てたんですね、きっとね。
体も心もね、何かが。
すごいな、やっぱり敏感になるんですね。
ね、敏感になるんですね。
すごい、人ってすごいな。
でもあれですよね、ステージで踊られてる時は、
もう学校の先生はお辞めになってたんですか?
そうそう、辞めてたんです。
辞めて、ひょんなことから知り合いのミュージシャンがいて、
私のバックダンサーみたいな感じで、
ちょっと一緒にやってくれない?みたいなところで声をかけていただき、
そこから間もなく、私プロとしてやっていくためにレーベルを立ち上げますと。
事務所を立ち上げますと。
お会いさん、そのお仕事、お手伝いをしていただけますか?っていうことで、
送っていただいて、3年近くその方と一緒に、
全国津々浦々、一番遠いときはフランスのパリまで行きましたけど。
すごいですね。
すごい、いろんなことされてますね。
そうなんですよね、いろんなことしてました。
もともと、外に向かって動く仕事とかがすごい好きだったんですよね、私自身は。
楽しくて楽しくて。
学校の先生になられたのは、育てるのがお好きで。
そうなんです。
そうですよね。
やっぱり人の成長に関わる仕事がしたいっていう思いがあって、
そして私は日本の古典の世界がすごく好きだったので、
源氏物語とか、桜の草とか平家物語とかね、
ああいう世界がすごく好きだったので、国語の先生をしてました。
そうなんですね。
で、1回目の結婚を機に教員を辞めました。
そうなんですね。
私はね、一生の仕事と思って、すごいも熱中してやってたんですけど、
ちょっと一旦やめようと。
ステージが変わったんですね。
そう、変わったんですよね、あの時にね。
特に何の仕事をするつもりもなかったんだけれども、
ギュッと呼ばれて、全然違うエンタメの世界にね。
しかも踊りを踊ることになろうと思って。
踊りも、自分もステージに立ちながら、裏方の仕事もしながらっていうことで。
へー、なんか智恵さんの人生がブワッと広がったような感覚を受けますね。
そうですね、自分の考え方とか、意識とか、見るものがブワッと広がりましたね。
へー、今はもうステージの上に立ったりとか踊ったりとかはされてないんですか?
されてないですね、してないですけれども、
趣味として、なんか踊りはやっていきたいなと思ってます。
あ、そうなんですね。
でもなんか、実を言うとちょっとこの間、
そしたらステージ出るかも、みたいな声はかかったんですけど。
すごーい。
でもちょっと今回はね、上がれました。
あ、そうなんですね。でもじゃあ細々続けてるって感じなんですか?
そうですね、もしかしたら機会はあるかもしれないので、
教育者からエンタメへ
ただはね、作っておこうかなと思います。
すごいですね、だって私は踊りが好きなんですよ。
そうなんですね。
踊りが好きなんで、踊りの話にちょっとね、
ともひさんの話にちょっと踊りのところに食いついてるんですけど、
私はね、子供を産むまでベリーダンスやってたんです。
そうなんだ、ベリーダンスも好きです。
すごく大好きでやってたんですけど、
だけど妊娠中はやってたのかな、
出産期に、レベルは全然初心者とかそこらへんですよ。
なんですけど、やめて、そこからずっとやってないです。
へー。
だからなんていうの、
多分ともひさんは私と全然レベルが違うんだろうなってお聞きしてて思いました。
うんうんうん。
ね、すごーい。
いやー素敵だなー。
また再会することもあるかもしれないんですけど、
今の生活に、ステージで踊ってたとか、
いろんな場所に行かれたっていうのが、
生きてるなーって思われることって何かありますか?
あーそうですね、今生きてるとしたならば、
やっぱりいろんな経験、
教員の時にはできなかった様々な経験をさせてもらったっていうことかな。
人の生き方に関してもそうだし、
フリーランスで働く方っていうのすごくやっぱり多かったりとか、
音楽、
フリーランスで働いてる方たちの仕事の丁寧さっていうのかな、
プロフェッショナルな着替えだとか、
実際の作業の丁寧さとか、
人に対する接し方、人あたりのかっこよさっていうのかな、
人づてに聞くんではなくて、
自分の目で見て体感したっていうことがすごく大きいかな。
ライブとかコンサート、それからテレビ局やラジオ局、
いろんなところにお邪魔したので、
皆さんが知ってらっしゃる有名人、芸能界の方にもお会いしたし、
そういうことですごく視野も広がったし、
こういう素敵な大人になりたいみたいな、当時大人だったけど、
すごく視野が広がりましたね。
なるほどね。ありがとうございます。
確かにステージで踊るっていうお仕事と、
学校の先生ってめちゃめちゃ両極端ですよね。
そうですよね。
学校の先生って言ったら、公立ですか?私立?
私立です。
私立って言ってもちゃんと枠があって、
カリキュラムがあって、それに沿ってやっていくわけじゃないですか。
だけど、ステージとかって本当に作り上げていくっていうか、
型がないっていうか、上限がないっていうか、
全然違うものですよね。
そうですね。全然違うものだったので、すごくチャレンジだったし、
鍛えられた部分もあるし。
すごいなぁ。
あれなんですかね、学校の先生されてたのは、
すごく転職だ、一生するってされてたけど、
そこのところの、たぶん働いてる中で、
いろいろ型にはまってるところの疑問とか思ったのが、
一気にはじけ飛んだり。
そうですね。やっぱりね、私ね、
型にはめられるのが好きじゃないので、
自分自身がね。
子供にもそういうことはしたくないと思っていたし、
父親がそうだったから、
ガチガチの学校もこうあるべき、
しなければならないっていう学校に勤務したときは、
ちょっとうつっぽくなってましたね。
でもそうですよね。だって学校っていうのは、
先生っていう仕事は、
自分がプライベートでそうじゃなかったとしても、
仕事でこれはこうあるべきだ、こうすべきだっていうのを
教えてあげるのが仕事ですもんね。
でも学校によってはいろいろあって、
割と野放しにっていうか、
自己裁量、私がやりたいようにやれるところもあって、
最後5年間は割と私が自由にできるところだったんですよ。
そうなんですね。
自分で考えて、こういう教材を作りたい、
こういう授業を作りたいっていうので、
学級経営に関してもこういうふうに学級をやっていきたいっていうのを
突き進んでいたので、すごく楽しかったし、
子ども生徒からも保護者からも割と支持していただいてたかなって思いますね。
それで、悪口も言われることありましたけど、職員室で。
でもそうですよね。
いやでも、そんな自由な教育方針でもいいよって言われたけど、
さらに自由な方向に飛ばれたわけですね。
そうですね。
じゃあ、友江さんがノート活用の方に進んでいったのはどんな感じなんですか?
どんな経歴があってそっちの方に動いていったんですか?
でもそう、やっぱりそこでわーっと自分が流れに乗って、
自然の流れに乗って自分ができることを一生懸命やってみて、
そうですね。結局そのエンタメの仕事をしている時に離婚したんですよ。
そうだったんですね。
離婚して、また離婚したと同時にその仕事も辞めて、
会社員になって、教育関係の仕事に会社員なんですけど、
学校向けの教材を作っている会社に移して、結婚するっていうような流れだったんですけど、
友江さん激しいな。
そう。
固い世界から自由な世界に行って、また固い世界に戻ったんですね。
でもその時は結構ね、それまでは外に外に向かって一生懸命頑張っていたようなところがあって、
やっぱり離婚してエネルギーがズーンと落ちたんですよね、一旦ね。
そりゃそうですよね。
ゆるーく生きていこうみたいな感じに。
職場の方もすごい良い方たちばかりでね、すごい恵まれて人に。
すごい温かい職場で、穏やかに毎日淡々と仕事をする、楽しく仕事をさせてもらって、
そこで私が考えたのは、結構学ぶところがね、私男性的な学びがすごい多かったなってことに気がついたんですよ。
そうなんだ。男性的な学びってどういうことですか?
経営者の本とかもすごい好きだったし、
そういう感じの。
教員してるのに、わりと稲森和夫さんとか、石田光之介さんとか、
そういう経営者の方の本とか大好きだったし、
お前方とか、どういうふうにシステムを作ってみたいなね、学級系とかもそうですけど、
ああ、はいはいはいはい。
みたいなね、やってたところもあり、
女性として、どう幸せに生きていくのかみたいな、
なんかちょっとそこにね、意識が変わってたんですよね、そこから。
なるほど。
一旦、一人になって独身にまた戻って、
自由にやっていこうとは思った。
どういうふうに歩んでいってもいいよと。
子どもがいるから幸せとか、子どもがいないから幸せとか、
結婚してるから幸せとか、そういう条件付きのものってそんなのないよと。
自分が好きなものを選んでいったらいいよねとはいうふうに思っていたけれども、
でももう一回選べるとしたら、何がやりたいかなって思ったときに、
やっぱり自分の家族が持ちたいなっていうふうに自分の中から湧いてきて、
ちょっと婚活らしきこともしたんですよ。
心身の成長
そうなんですね。
でも結局、そこで知り合った方とはまた別の方と2回目の結婚することになったんですけどね。
めでたく結婚してっていうスムーズな流れで、
よし、お母さんだ、念願のお母さんになれるみたいなね、
そういうふうに喜んだのも束の間。
束の間。
束の間で、
妊娠時期にびっくりしたのが、出生前診断を義理の母に勧められたりとかして、
結構それは私にとって衝撃的な出来事だったんですけど、
私はそういう考えじゃないんだよなと思って、
望んでなかったんですもんね。
どんな子が出てきたとしても、私はその子を育てるよっていう思いでいたから、
まさかみたいな。
2回目の結婚はすごく義理の父に反対されていたこともあり、
母にいろいろかばってもらったこともあったし、
顔を立てなきゃじゃないけど、
恩義を感じられてたんですね。
自分の思いを正直に伝えることができなくて、
私がやったことだから、誰のせいでもなくて、私がそうしたことなんだけど、
黙ってそれを飲んじゃったんですよね。
私が勝手にしたことだけど、
いい妻でいようみたいな、
おとなしくて都合がいいっていうのかな、
変に波風立てないようにみたいな、
いい妻でいようみたいなことを私が選んじゃったから、
次第に次第に苦しくなっていったんですよね。
出産した後も、そんなつもりはなかったのに、
いいお母さんでいなきゃ、みたいな囚わりの中にいて、
気がついた時には毎日しんどい。
毎日なんでこんなにイライラしてるんだろう、私。
子供はもちろんかわいいし、
旦那さんは日々真面目に仕事してくれててね、家族のために。
子供をお風呂入れたりとかしてくれてるし、
何が不満なの、私っていう。
よくわかってなかったから、その時ね、自分のことが。
そこで、自己対話ノートっていうのに、
あれもしかして私、これ必要なのかも、みたいなね。
ということで、ちょっと自分との向き合いをスタートしたんですよ。
そうだったんですね。
そしたら、本当の私と全然違うことをやっていたから、
そりゃあイライラするよね、みたいな。
感情との向き合い
なるほどね。
そりゃあしんどかったよね、っていうふうに言ったわけです。
なんかね、このお話始めた時も、
友恵さんが自己紹介してくださった時も、
自分を知るっていうワードを出されてたんで、
やっぱりね、自分を知るって言葉で言うと簡単だし、
だけど、結局のところ、私たちって生きてる時に、
もちろん自分が主役で生きてるじゃないですか。
だから、自分のことなんて、いや、わかってるよって誰も思っちゃうからね。
だから、自分のことわかってるのに、私なんでイライラしてんだ、みたいなね。
本当はわかってないんだけどね。
だけど、自分がわかってないなんて思ってないから、
そこのところがね、その自分がわかってないってことを知るまでがすごいジレンマですよね。
そう、そこに気づくまでがね、
なんか、自己否定をしていることにすら気づいてなかった。
でも友恵さん、よく気づかれましたね。
そう、やっぱりそれは、何でしょうね、自分の感情がサインとしてね、知らせてくれてたんですよね。
イライラがね、あの時のイライラが、
その自分の、本当の自分、内側の自分が、
違うよ、違うよっていうサインを、イライラっていう形で言ってくれてたのかも。
本当にこのね、イライラするとかね、ムカムカするとかね、
さっさと手放したいじゃないですか。
だけど、そこに、必要があって出てきているイライラだから、追いやろうとしないでね。
たぶん友恵さん、向き合われたんですよね。
そうなんですよね。もうちょっと、なんかおいしいものを食べたり、
ちょっと素敵な場所に出かけるぐらいじゃ、もうイライラが収まらなくて。
もうなんか、これはね、自分と向き合うしかないみたいなね。
いやもう、相当すごいイライラだったんでしょうね、きっとね。
そう、私ってこんな人間じゃなかったはずみたいなね。
うん、なんか自分で自分を疑うぐらいイライラしてました。
なんかその頃の友恵さんを思い浮かべると、なんか私が息苦しくなってきますね。
うん、そうそう、本当に苦しかった。
それは、産後のホルモン云々の話じゃないって思いました。
そういう話もあるけどね。
そうですね、そうなんだね、そこのところで運命のように、
あれなんですね、自分を見ていくノートと出会われたんですね。
そう、私にとってのベストタイミングでやったかなっていう感じはありますね。
すごい、やっぱりうまくできてるんですね。
そうね、やっぱりそれまでいろんなごたごただったり、
わちゃわちゃだったりね、体験があったからこそ、
でもそのノートでノートを使って自分と向き合ったときに、
ああ、そうか、みたいなね、イッチが出てきたかなっていう感じが。
そうなんだ、私は前、なんだっけな、
自分を知る学び的なことをしてた時代があるんですけど、
そのときに、ジャーナリングっていって、
多分友田さんご存知かと思うんですけど、
頭に浮かんできたことを、都にも閣にもずらずらずらずら書いていくっていう、
それをやってて、やっぱり私、頭の中でものすごいおしゃべりが多かったから、
要は余計なおしゃべりっていうんですかね、それがすごく多かったから、
ノートが書いても書いても書いても書いても書けずにいれなくて、
本当にそうでした、私も。
だから、今はほぼしてないんですよ、私、ジャーナリングって。
あんまり必要なくなったんですよ。必要なくなって、今はしなくなったんですけど、
友江さんのノート術って、まだジャーナリングとは違うと思うんですけど、
形式的なことってあるんですか、質問とかどういう型があるんですか。
まず最初にやってほしいものっていうのは、3つおすすめのものがあります。
何でもいいんですけど、何でもいいって言うと困るじゃないですか。
手がつけようがないので、私がおすすめしている3つは、
まず一つ目は今、かるーさんがおっしゃったジャーナリング、
私はモーニングページっていうことで知ったんですけれども、
モーニングページなんだ。
モーニングページ、ずっとやりたかったことをやりなさいっていう、
アメリカでベストセラーになった名著があって、
それを紹介されているモーニングページっていうのが、
朝起き抜けの時間に、ただひたすらA4、3ページに
自分の頭の中の言葉を書き出しているっていう。
これは私もおすすめですね。
朝なんですか?
朝がいいって言われてます。
そうなんだ。
朝は意識がはっきりしていないときがいいっていうこと。
なるほど。
健在意識がもうろうとしているときに、
ぐわーっと書き出すのがいいっていう。
そうなんですね。なるほどね。
私逆なのかなって思ってた。寝る前がいいのかなって思ってた。
そうすると、わりと深く、
自分の奥から出てくるものがあります。
なるほど。
夜、書くことももちろん私もあるけれども、
わりといろいろ活動をしていて、
思考が強い、現実世界で、
自分の精神世界よりも現実世界でのこと柄について、
あーでもない、こうでもないっていう思考をしているから、
そっちの色が強くなるかなっていう。
なるほどね。
でもそれを整理したいときもあるから、
この目の前の現実のね、
それの整理のために夜、ぐわーっと書き出すこともあるけれども、
朝のジャーナリングいいですよ。これが一つ目で。
一つ目は、ステキリストって私は呼んでるんですけど、
私の素敵なところとか、私の自分の素敵なものっていうのに
フォーカスして、箇条書きに見つけたものを書いていく。
へー。
私と私の周りの素敵なものね。
形あるものでも形がないものでも何でもOKって感じなんだよね。
笑顔で挨拶した私、素敵だねって。
いいですね。
こういうね、見過ごしちゃうことを振り返って拾い集めてあげる。
育児中ね、私は前しか見てないというか、子供しか見てなかったから、
自分を見てあげるっていうことができるようになったかなっていうのはありますね。
そっかそっか。でも確かに素敵なところをいっぱい書こうと思ったら、
ちょっと他の視点、何て言うんですか、意識が他の方向に向いたりしますもんね。
ちょっとオンテナが立つのでね。
じゃあやってみようってなると、見えるものが変わってきますね。
なるほど。
あともう一つは、ちょっと時間がかかるんですけど、深掘りノートみたいなのを書くんですね。
すごく嫌な出来事があった時、自分の感情が揺れた時、
なんかすごい悲しいとかすごい怒りが湧いたとか、
それについてまず事実を書き、その時の感情を書きみたいな。
そこにある自分の思い込みなんだろうっていうところをインタビューしてあげる、
そういう方があるんですけど、それをやってみると、
毎度やらなくてもいいけれども、それをね何回かやっていくと、
自分の感情のパターン、自分の行動のパターン、そして自分の思い込みっていうことに気がついていけるんですよね。
そうなんだ。
それをやってもいい、やり続けてもいいし、
感情がね、ブワーッと出てくるっていうのは何かサインだから、
じゃあ私どうするって思い込みを持ったまま行くのか、
ここでやめようっていうふうに宣言するのか、どっちにするかみたいな。
こうおしゃべりしています。
そうするとね、なんかね、夫にねすごい怒りが湧いた時とか、
でも実は自分に怒ってたとかね、
あったりとか、私はあとなんか、夫に対してあんまりこう、
自分の感情を素直に出せないところがあったりして、
なんで?みたいな自分に聞いてたら、なんか攻撃されるのが怖いとかね、
ポッとね、自分でもびっくりするような本音が出てくるんですよ。
私こんなこと考えてんだみたいな。
そう、え?みたいな。
それもそう、なんかね、こう、すごい楽しくって、
え?みたいな、なんか自分の思考していたことと、
そこまで感じていたこととのタップがね、
こんなにあったのね、みたいな、ちゃんと丁寧に見ていってあげるとね、
こんなに違ってたのか、みたいなことを発見して、
そしてすごく楽になりました。
ノートを通じた自己理解
そうなんですね。
やっぱり深掘りは、深掘りだけに深いですねってわけわかんないこと言ってるんですけど。
でもなんかその、深掘りばっかりもできないから、
おかしいしね、深掘りばっかりもできないから、
今はね、結構体を整えるっていうこともね、お伝えしています。
あ、せいれいさん、こんにちは。
あ、せいれいさんだ、こんにちは。遊びに来てくださりありがとうございます。
結局ね、その体、体の反応を、
私はノートを書きながら見てるんだなっていうことに気がついたんですよ。
あー、はいはいはいはい。
わかります?
何の反応?
本当はどうしたらいいとか、
例えばじゃあ、こういうコラボライブの企画やってみたいっていうのを、
ノートに書きながら自分に聞いてみる?
聞いたときに、そんとく感情を頭でするんじゃなくって、
自分の体がワクワクっとするのか、シーンとしてるのか、
それを見てるんだなっていうことに気がついて、
結局その、何だろうな、体の感覚を大事にしていくと、
何だろうな、生きやすくなるっていうのかな。
一見めんどくさいようなんだけど、
そう、自己理解が深まる。
そうですよね。
感情もさることながら、体の感覚も出てきますもんね。
なんかこう、嫌だなって思うとき、
水落ちのあたりに痛みが走るとか、
そういう体の感覚ですよね。
そうなんですよね。
本当にせいれいさんも、体は正直だよねって。
本当に正直に出てきますよね。
嬉しいとか言いながら、体があれ、なんかおかしいぞって、
違和感を感じたりとかね。
そう、そう、そう。
ちょっと私、今本音違うかもみたいなね、
っていうので気が付いたりとかもしますよね。
しますね。
今の体の話で、
ちょっと友恵さんのお話を伺っている途中なんですけど、
今朝私にあった、面白い話してもいいですか?
はい、聞きたいです。
今日、私、我が家には日めくりカレンダーが、月めくりがあって、
1ヶ月くるくる回してる、数字だけのカレンダーがあるんですよ。
ちょっと小さなミッションが書いてあるんです。
1日目は君が世を歌うとかね。
そういうのがあって、
今日がね、いつもやらないことをやってみてっていう日だったんですよ。
面白い。
いつもやらないことなんだろうって、
何しよっかなーなんてなんとなく考えてたんですけど、
そういえばね、ふっとね、
今日はね、お盆だなって思ったんですよ。
で、私、×1なんで、元夫がね、結構近くに住んでるんですよ。
一緒に暮らしてないんですけど、
その元夫の、だから私にとっての義理の父親ですよ。
で、義理の父親が、もう何年か前に多戒してるんですけど、
じゃあ今日お盆だから、きっと元夫の家の仏壇があるから、
そこに来てるんだろうなって思って、
私ね、もう何年も元夫の家には、
もちろん足を踏み入れてないんですけど、
今日朝ね、その何年ぶりかにお参りだけしに行ったんです。
へーすごい。
でね、初めね、思いついた時にめっちゃ気が進まなかったんですよ。
うん。
すっごい気が進まなかったんだけど、頭でそう思ったんだけど、
あ、どっちだろう?違うな。
頭で、え?って思ったんですよ、私。
あーうんうん。
とんでもないこと思いついたな、私って思ったんだけど、
うん。
体は全然不愉快感がなかったの。
あーわかる。
カレンダーに書いてあったけしね、ミッションだしね、
いっちょやるかって。
で、頭に頭で言い聞かせて、
行った帰り、涙が止まらなかったんです。
あー。
で、涙が止まらなくて、この涙は何の涙だろうって、
自分で自分のことを見つめた時に、感謝だーって思って、
感謝でブワーって、ちょっと怪しいですよね。
いやいやいやいや。
朝の7時過ぎぐらいの話ですよ。
うーん。
そう、長女が今日学校に行くから仏壇行ってる暇ないって言ってたから、
じゃあ仕方ないねって心の中でちゃんとお参りしときだよみたいな話をしたら、
なんか思うところがあったみたいで、
で、うち5分早く準備できたから、5分だったら行けるから行こうって言って。
あー、それがすごい。
で、行ったんですけど、そうそうそうそう。
だからね、なんかね、やっぱりね、深掘り。
ともえさんのおっしゃる3番目の深掘り。
感謝と深掘りの体験
本当に体の感覚と、頭の感覚と、本当に奥が深いですね。
本当に。
そう。
本当にね。
頭がね、頭の声はちょっと疑った方がいい時がありますよね。
頭しょうもないな本当に。
あー、せいれいさんメッセージくださった。
カルーンさんの気持ちわかるよ。
あー、わかってくださいます。嬉しいなー。
せいれいさんありがとう。
嬉しい。
ねー。
でも、脳はね、脳で私を守るために変化を起こさないっていうのはね。
そうですよねー。本当にねー。
エキミッションだから。
ねー、なかなか脳が反対して、私ね、強制修了でね、寝かされるんですよ。
へー。
私にものすごい、耐えられないぐらいのスイマを与えてくれるんですよ、私の脳は。
おー。
この野郎とか思うんですけど、
でも、その脳さんのおかげで私は今まで生きてるんだなって、やっぱり思いますね。
そうそう、そうですね。
本当に。
またせいれいさんメッセージくれた。
サノーは経験から出してくれるからね、違うことをさせてくれない。
本当ですよ。何かやろうとすると必ず邪魔が入るんですよ。
ね。
もうそれは本当に自分だなって思ってますけど、今は。
誰も私の邪魔できないのに、自分がしてるなんて。
そうですねー。
本当にうまいこと。
うまいこと、感謝して、なだめ透かして、ちょっと騙して、みたいな前に進むのに。
そうそうそう。
でもやっぱり、そこに持ってかれないように意識してることが大事ですよね。
感覚を信じよう、本当ですね。
感覚を信じよう。
でも本当にいいお話を富井さんに聞かせていただいて、3つですね。
おすすめノート。
朝のジャーナリング。
私と私の周りの素敵なもののリストアップ。
あとは深掘る。
そうですね。感情がブワーッとなんか出た時に。
そうですね。
でも3番の深掘りはね、ちょっとね、自分一人だとしんどかったりもするからね。
そういう時にね、お助けの役割で富井さんが存在してくださってるんですもんね。
そうですね。
一人だとしんどいですよね。
うん。
そっかー。ありがとうございます。
なんかね、素敵なお話を聞かせていただいて。
私はね、前に富井さんにしていただいたみたいな、なんだろう、すごいまとめの一言みたいなのが作れないのがちょっと申し訳ないところなんですけど。
全然です。
ありがとうございます。
じゃあ最後に富井さん何かここで告知したいこととか何かお伝えしたいことがあったら。
よろしくお願いします。
どうぞどうぞ。
もしこれを聞かれて、自己対話ノートって何だろうとかちょっとやってみようかなって思われた方がいたら、私、公式LINEでそのノートの始め方、音声配信でプレゼントしてるので、お受け取りくださいっていうことかな。
ありがとうございます。
このコラボライブ、キャプションのところに富井さんのリンク貼らせていただきますので、お話のある方は是非是非、富井さんのところに遊びに行っていただいて、公式LINEプレゼントを受け取っていただいてって感じでしょうかね。
それでね、心が落ち着いたり、すっきりしたり、ほっこりしてくれれば嬉しいなという感じです。
心地よい時間の共有
富井さんのこの話苦調が本当に今のほっこり、穏やか、本当に私もちょっと1時間とっても癒される時間を過ごさせていただきました。
テニーさんだ。こんにちは。
こんにちは。
ありがとうございます。
テニーさんこんにちは。
そろそろ終わりなんです。
ありがとうございます。
でも嬉しい。
ありがとうございます。
貴重なお話を聞かせていただいて本当にありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
また何かの機会があったら是非是非、コラボで。
心地よいので、かるぅさん。
そうしていただけてありがたいです。
なんかね、話したいテーマがあったら、そのテーマで2人でなんか、ああでもない、こうでもないって話したりするのも楽しいですよね。
そうそう、子育てもそうだし、出産もそうだし、出産もない、私はないと思うけど。
いやいやいや、そんなこと言わない。
でもなんかこう、若い方が聞いて、ああそうかみたいに思ってくださるような。
そうですね、でも私も何だろう、病院の中ではなくて、外でこんな何て言うんですか、外の活動をしていると若い方に声かけられることが多くて。
子供は欲しいと思ってるんだけど、子供への向かっての一歩が出ないって。
ああそう。
何気にいらっしゃるんですよ。
いらっしゃるんじゃないかな。
で、なんかお話聞いて、うちにポロポロ涙こぼされたり、皆さん真剣だなって、真面目だなって思って、なんかそのお姿を見るとね、将来の日本に希望が持てるんですよ、すごく私。
そのね、ごとに悩んでるんだろうけど、悩んでるんだけど。
こんなね、ピュアな思いを抱えて頑張ってる子がいるんだってね。
なんかね、みんな真剣だなって思って。
だから何だろう、ちょっと話は脱線するけど、病院でね、お産する世代も自分よりも二世代ぐらい下なわけですよ。
下手すりゃ私の娘世代の人がお産するんですけど、なんかね、もうそのね、彼らを見てると、日本の将来って明るいなと思うのすごく。
素敵、ちょっとその話も聞きたい。
そんな話でもいいしね、なんか全然関係ないね。
なんかね、政治の話でもいいしってわかんないけど。
私も話せる、聞き興味はあるけど話せることはないかな。
私も話せることない、なんか突然思い浮かんだから言ってみたけど。
ごめんなさい、ごめんなさい、終わりにね、終わりにごめんなさい、言いたいことが出てきちゃったんだけど。
私はね、20代の時、教員をしている時にたまたまね、あれ?話しましたっけ?
保護者の方の紹介で、佐乙女智子さんっていう方がクラスに来てくださって、
その命の話っていうのをしてくださったんですよ。
佐乙女智子さんは産婦人科の先生で、割と自然なお産を大事にされている方で、
特別にだったと思うけど、何か別の場所で私だけに話してくれたことがあって、
佐乙女智子さんっていうのは、ちゃんと自分のタイミングで出てくるのよ、みたいな話をしてくれて、
たとえで言うと、はしごをトコトコと登って、水中にジャンプする競技があるじゃないですか。
はしごをトコトコと水中にジャンプ?
高いところから水中に落ちる。
はいはいはい。
あんなイメージで飛び込むんだけど、それぞれの赤ちゃんがそれぞれのタイミングやスピードで決意して、
この世に出てくるんだよ、みたいな話をしてくれて、
それが20代の私にすごい印象に残って、
しかも出産っていうのは病院だけじゃないんだよっていう話をそこで私にしてくださって、
畳の上とかでね、出産する方もいるんだよ、みたいな話とかを、
へえ、そうだったんだって思って、すごい深く印象に残ってて、
そうなんですね。私、佐乙女先生、存じ上げてる気がしてきました、どんどん。
うんうん。
有名な方ですよ。
本も出されてるしね。
広く活動されてる方なんだけど、
助産院についての体験
それで、私も産むなら助産院がいいって思ったけどね、
年齢が結構いってたので、難しいですっていう感じになって、
尋ねてみたけど、
そうなんですね、行かれたんですね。
行ったんです。
吉村委員の話とかもすごい聞いてたりとかして、
はいはい、有名です。
知り合いの方が、私の職場の方がね、職場の方の奥様が吉村委員で出産されてたりとかして、
吉村委員って知らない方のために、名古屋だからあっちの方にある助産院。
愛知ですよね。
昔のお母さんたちはすごく体も丈夫で、安産だったからってことで、
そこで巻割りをやったりとかね、
昔式の生活をわざと体験させてくれるみたいな、そういう場所なんだよ。
はいはい、ごめんなさい。
本当に解除っていうのは、医療的なことは最低限何もしないっていうので、
命を見守るっていうスタイルが素晴らしいなと思って、
生まれてくる赤ちゃんをおもんじるっていうのかな、
そういう考え方とかやり方にすごく感銘を受けて、
知り合いの方はパパなんだけど、子供が生まれた後もキラキラで感動して、
いいなって思ってたりとか、そういう経緯もあってね、
助産院を訪ねてみたけど、自分自身の年齢とパートナーのご家族の考えもあって、
私は普通の大きな病院で出産することになったんですけど、
やっぱり若い時に聞いたイメージ、良いイメージ、ポジティブなイメージってすごく大事だと思うから、
さっきカルーさんがおっしゃってたような20代の方とかにね、
こんなに素敵な神秘的な体験だよっていうのを残せる場があってもいいかなって思ったりもしてます。
ありがとうございます。私は助産院はやってますけど、心の助産院なんで。
でも本当に、どの世代も一生懸命生きてるんだなっていうのは本当に感じます。
素敵です本当に。すいません、1時間経っちゃったんで、これくらいで終わりにさせていただきます。
感謝の意
もっともっと話したくなっちゃう。
終わらないですね。
本当にありがとうございました。聞いていただいた皆さん。
こちらこそありがとうございます。
テレさん、テリーさん、さやかさんももっともっとありがとうございます。
それではこれで終わりにします。
じゃあ、ともえさんまた。
ありがとうございました。
失礼します。
素敵な午後をお過ごしください。