ホテルのホスピタリティ
水曜日8時になりました。こんばんは、Sakiです。
Mioです。水曜日の縁側は、東京と北海道で働く私たちが、日々生じる疑問や感じたことについて語る、約30分のポッドキャストです。
会社員、企業、経営などの立場を危機する私たちが、リアルな体験をもとに、ゆるく、時には熱く、お届けします。
早速なんですけれど、インスタにメッセージをいただいています。いつもありがとうございます。
今日は少し抜粋して読み上げたいと思います。
今週のテーマ、ホスピタリティのお話は、とても興味深い内容でした。
私はホテルに宿泊する機会は、年に3回程度で、大した経験はないのですが、ホスピタリティを感じた経験は数回あります。また、その逆もあります。
Sakiさんがお話しされていたように、想像力や対応力みたいなものが人から感じられた時に、ホスピタリティって感じる気がします。
抜粋したところに、今回この方が行かれた旅のお話を書いてくださっているんですけど、またここから戻りまして、いいなと感じたポイント。
どのスタッフさんに対応していただいても感じが良い。受付の方や施設内のカフェの方も、朝食の会場は普通でしたが、
遠走係の方々もすれ違う時の感じがとても良いです。朝食時間に間に合わないことを相談したら、心よく朝食ボックスを出発時間に持たせてくださいました。
食べやすくサンドイッチにして飲み物もつけてくださいました。相談ごとにさっと別の方法が思い浮かぶ起点や、相手のニーズを深く読んで、これをしたら喜んでもらえるかなという気持ちと行動力がある場所が利用して気持ちが良い場所になるのかなと思います。
そのことでちょっと抜粋して紹介しました。
ありがとうございます。
相手のニーズごとにさっと別の方法が思い浮かぶ起点や、相手のニーズを深く読んで、これをしたら喜んでもらえるかなという気持ちと行動力がある場所。
私、メッセージを初めて読んだ時に思い浮かべた本があるんですけど、最近私フリーター生活でして、読み途中だった本を紹介しているんですけど、
盆地徹底という本を読んで、イエローハットを創業された影山さんという方が書かれた本なんですけど、40年間、お掃除をとにかく徹底してやっているという方の本だったんですよ。
で、その掃除をするということで、気づく力が身につく。ここがもうちょっと綺麗にしておいた方がいいなとか、あとはいつものところで掃除してたら、今日ちょっとこの人元気なさそうだなとか気づく力。
かつ、自分が掃除したところを気持ちよく使ってくれている人を見ると、それが楽しんでもらっているんだなという喜びにつながるみたいな感じの話で、手につなげながらお便りを読んでました。
そうだよね。なんか、ジェームスですごいブルーボトル創業するときに、おもてなしっていう日本の言葉をどう言語化するかみたいな話をしていて、
要はおもてなしっていう日本語をマニュアルというかその接客スタイルに落とし込むってなったときに、それってどうやって英語で伝えるかみたいな話をしてて、
一歩先を読むとか、自分が気づいてないこと以上のことに気づいて先回りして提案するみたいなことを彼は定義していて、なんかそれを私は聞いてて思い出したかな。
なんかこの前のホスピタリティの話で、さきさんがしてくださったホテルの方々っていうのは、なんか多分それを教育で受けたのかな、わかんないですけど、でも見に来てるんでしょうね。
やっぱ考える、相手の立場になって考えるってことなのかしら。
それは何においても本当に必要な人としての力な気がしますよね。
そうだよね。
新しく仕事を始めるときにも思うかも。
いろんな仕事をスタートさせていただくときのオンボーディングみたいな話で、ある会社は事前に資料を送ってくれて、それで各チームリーダーとのミーティングをセットしてくれて、みたいなこともあれば、何もなくドンって始まって、
あれ、何の会議でしたっけ、今日とか言われちゃうみたいな。
なんか結構いろんなバージョンを経験した気がする。
なるほどね。
どういう力を身につけるかってね、でも確かに。
どの業界に行ったとしても、その力がある人はいろんな人が気持ちよく一緒に働きたいなって思える人に。
確かに。
進路の選択
あるわけだし、とかなんですけど、どんな人であるべきかみたいな話で、最近私がもっぱら悩んでるのが子どもの教育のことなんですけど。
私、長女が今中1で、もう北海道って中1から高校受験始まってるようなもんなんですね。
えー。
内心の比重がすごく高いんですよ。
だから、中学校3年間の評定が、もうここの高校受けられますっていうのの第一判定みたいなの出ちゃうんですよね。
どこの地域もそうだと思うんですけど、北海道は特に文化が強いっていうのがあるから、
私も彼女が小学生の時なんか、結構こう自分で私が何にも言わなくても宿題とかやる子だったらしい。
結構ほっといてたんですけど、もう突如中学生になって、ここの高校に行くにはこのくらい取ってなきゃとか、ここの大学に行くためにはとかすごい考え始めるようになって、
自分のこと以上に子供の進路がちょっと過剰なくらい心配になってた時期が半月前くらいまでそうだったんですよ。
そうなんですけど、なんか進路って自分たちの時ってどう考えてたかなって。
私は半月前くらいまでは結構介入しようとしてたんですけど、さきさんってどの高校行くとかどの大学行くとかって、そこに親とはどういうコミュニケーションを取ってました?
高校はもうなんか選択肢が他にないって感じで、中学がアメリカだったじゃないですか。
で、帰ってきたのが中3の夏だったんですよ。
で、もうだから帰国枠で受けれるとこしか受けれなくて、でもうちお金がなかったので私立は行けないってなったから、公立で帰国枠兵庫県みたいな1校1クラスみたいなとこしかなくて。
1校1クラス?
そこ行くしかないっていう感じで、だから塾にも通い、小論文と英語だったかな?と面接だったかな?テストは。
だから他の科目ほぼ捨てて、なんか英語もさ、受験英語と日常会話と違うじゃないですか。
だからなんかその辺を、なんか急ピッチでやるみたいな感じだった。
だから、もうなんか高校は一択。
で、大学も私本当に高校がその、なんていうのかな、帰国枠、公立高校で、いろんな8クラスぐらいある中の1クラスだけが国際関係、国際なんとかっていう学部で、
だからそのクラスだけがそのちょっとユニークで、他は普通の学校だったんですね。
で、そのクラスは40人中10人が帰国子女で、同じような感じで海外から帰ってきたばっかりの人たちが入ってて、
残りの30人は近家のすごく優秀な子供たちが、英語教育を効率ですごく学びたいっていうので入ってきたっていう、なんかそのミックスのクラスだったんですよ。
だから、もう超落ちこぼれてて私。
だから英語はできるけど、それ以外の科目はさ、やってきてないから、受験でも捨ててるし。
でもみんなエリートだから、各市にあるさ、普通の私立中学の一番頭がいい子たちがみんな揃うみたいな感じの学校だったのね。
だから本当に何にもついていけなくて、今だとダメなんだと思うんだけど、成績上に、成績座らせる学校だったの、そのクラスだけ。
だから毎回ベベみたいな、ベベから1個か2個みたいな、40番か39番かみたいな感じで、
そういう風になると、何ていうのか、ちょっと開け直っちゃうところもあって、全然勉強しなくって、
だから引き続き英語しかできないみたいな感じで、
だから大学もほぼ一択、一択じゃない、3択ぐらいあったけど、英語しか受験がない。
英語と国語、あっても英語と国語だけみたいな、学校しか受けられなくて、偏差値的に。
なので大学も、その3校のその学部のみっていう感じで、その受験方法のみっていう感じだった。
なので、ちょっとあんまり参考にならないかもしれないけど、
でも、なんか一個親との話で言うと、親は、父は国立、公立、国立みたいなところにしか行ってないので、
だから私学なんて、なんかクソだみたいな、なんかそういう、ちょっとぶっ飛んでたから、
そもそも私学に行くっていう選択肢についてめちゃくちゃ揉めた。
あ、そうなんだ。
でも私は、もうそれしか選択肢がないということだったから、それで行きますっていう感じに、
結果になったんだけど、最後まですごく揉めて、
でも、行ってすごく良かったねってなって、
で、妹も結局同じ大学に行くんだけど、同じ大学の同じ学部なんですよ、妹も。
妹の時は、なんかお姉ちゃんと一緒のとこ行きなさいぐらいの感じだった。なんか良かったから。
すごい、そうなんですね。妹さんって、さきさんは卒業した後に入学?
そう、7個離れてるので、全然もう、私がだから、大学の時、まだ小中学生だったから。
そうかそうか。じゃあその4年間の卒業までを見て、良かったねってなったってことですね。
なったんだと思う。
自己決定と相手の立場を考える力
へー、なるほどね。
私今お父さんの気持ちすごいわかるなと思ってて、
お父さんは私立を経験してないわけじゃないですか。
だからそこがわからないから、多分怖さもあったんじゃないかなって勝手に想像してるんですよ。
わからないとわからないとできないじゃないですか。
確かに。あとなんかちょっと国立っていうところで、見下してるっていうか、
ちゃらついてる奴らが行くところみたいな、そういう固定概念?固定観念?もあったんだと思うんだよね。
なんかそういう、いろんな思いで、不適な奴らが金を払って行くところみたいな、
なんかそういう、すごい偏った父でございましたですね。
なるほどね。さきさん、大学に行くときに反対されてたわけじゃないですか。
うんうんうんうん。
だけど、それでもそこに行くっていう決意って、
いくら以外しなかったんですか?やっぱりお父さんが言う通りにしたほうがいいかなとかなんなかったですか?
いけないっていうのもあったんだけど、そもそもがね。
だけど、もともとはもう別のところが第一志望だったんですよ、大学は、実は。
あ、そうなんですか。この市立ですか?
はい、官学に結局行ってるんですけど、本当は立命館が第一志望で、そこに行きたかったんですよね。
で、それはなんでそう思ったのかはちょっと覚えてないけど、でもいろいろ自分でリサーチをして、
そこの学校の国際関係っていう学部に行きたいってすごい思っていて、
でもそこ落ちちゃったんですね、結局。
だから、市立国公立みたいなところでの父親の反対みたいなのは、
あんまり選択肢がなかったってことも含めてあんまりなかったんだけど、
行きたい学校みたいなことについては、結構自分の中ではここって決めていったんだけど、
結果そこじゃないところに行ったけど、官学でよかったなって思ってる。
だから、せい害にしていったってことですよね、きっと。
そうだね、結果論だけどね。だから、そうね、あんまりでもその父親に対して言われたから、
進路変えなきゃとか、老人してまで国公立行かなきゃみたいな思いはなかったかな。
なるほどね。
みやさんは何かありましたか?ご自身の学生時代。
私自身は青森県の八戸市っていうところ出身なんですけど、
八戸高校っていうところに行ったんですけど、そこにしか私は行きたくなかったんです。
八戸高校っていうのは、青森、八戸の中だと新学校なんですよね。
なんでそこに行きたかったかっていうと、うちの親が教師なんですけど、
高校に勤めていた時期があって、県の教員だからいろんな学校回るわけなんですけど、
自由な学習環境の魅力
本当に八戸はいいぞって言われてて、なんでかっていうと、成績、みんな勉強頑張るけどその分自由だってすごい言ってたんですよね。
自由だし、高校生がいっぱいいるって、これがすごい得意。
これは逆に全然不得意。スポーツとかは全然できないけど、勉強すごい得意で、
そういう自分の得意とか自分の好きとかが周りから認められる環境だみたいなのを言ってたんですよ。
なるほど。
それを聞いて、私中学校、小学校の時って全然気が合う友達いなくて、
私が楽しいって思える子と共感できる子本当にいなかったから、
すごいそっちの環境に行きたいと思うようになって、きっかけは親だった。
親が八戸はいいぞって言ったことだったけど、そこから自分で興味を持って勝手に目指したんですよね。
自分で選んでいきました。
私、両方教師なんで、青森の東北の中のどこかの教育学部に行って、私も先生になろうと思ってたんですけど、
でも高校の時の担任が、私も英語すごい好きで、英語だけがビンって得意だったから、
別の、この大学はどう?いけるんじゃない?みたいな感じで勧めてくれて、
その大学に、豚も穂立てりゃ木に登る状態で目指して、って感じなんですよ。
だからどっちも自分が心から行きたいと思って受けていったって感じなんですね。
ただ、ラッキーだったなって思うのは、大学に関して言うと、
私の行った大学って、センターは全部あるんですけど、二次試験英語だけだったんですよ。
だからある程度、捨て教科を作ることできたんですけど、さっきあったって言ってましたよね?
私は英語と小論文か英語と国語しかやってない。他は全部捨てた。
私もね、数学ってもうクラスの中で一番できなかったから、
数学も科学も、理系科目全般も高校入って嫌いってなっちゃって、
嫌いってなっても、なるとできなくなるじゃないですか。
わかる。
本当にアレルギーがあって、だけど身内で行きたい大学のためには最低限、
例えば数学だったら1Aまでは必要だから、そこまではそれだけはやるみたいな感じだったんです。
2Bとか捨ててるんですよね。生物とか化学とかもセンターみたいな、捨ててるんですよ。
今の中学校の評定、捨て教科もちろん作ることできないんですよね。
例えば5段階評価で1個でも3とかついたら、全体の足引っ張るから平均下がるじゃないですか。
3とかついた瞬間にもう受けられない高校がバーって出てきちゃうんですよ。
へー。
だから捨て教科作れない。
そんなん?それって昔からそうなの?そういうもんなんだっけ?
私も北海道を知らなかったから、今はそうなんだってなってるんだけど、捨て教科作れないんですよ。
そんなんだもん。いやもう、私本当にできなかったから、笑えるほど。
で、なんかひらけになっちゃって、ちょっとグレてたっていうか、なんていうの?
なんていうの?もうさ、高2に上がれないかもぐらいだったんですよ、私。
高1の時に、何の教科も微力欠すぎて、そうすると全体のクラスの対応もそういう対応になってくるし、
そうするとどんどん頑張れなくなっていくじゃないですか。
わかるわかる。
大学進学のきっかけ
で、私その時バレエ一生懸命やってたから、毎日バレエを頑張って、
で、学校で衣装とか塗って、人生授業とか聞いてなかったし、
なんかもうひどかったんですよ。
で、なんなったかな、コテンとかが嫌いすぎて、
現代に生きていくのに昔のことなんて知らなくていいと思うみたいな、
ちょっとあれしてて、言っちゃってて、そういうこと言ってたからやってなくて、
で、テストで赤点取りまくって、結局なんかね、追試、不良に混じって追試受けたんですよね。
上がれないかも、みたいになって。
私たちのクラスは、そういう人あんまりいない、不良みたいな人いなかったんです。
みんな優秀な子たちだったから。
横並びの他のクラスは、ヤンキーみたいな子とか不良みたいな子いっぱいいて、
普通の学校だったから。
で、だから追試は他のクラスとまるっと一緒になるんですよ、できない子たちが集められて。
だからなんかすごい、メンツの中にポツンと入れられて、
私が弁だって思ったのを覚えてる。
だから、なんか本当に、ステ強化っていうかもうギリギリ、危ない端を、危ない端なんていうの?
ギリギリの綱渡りをして、なんとか卒業したっていう感じだから、
ステ強化とかなかったら、私どこにも行けてないよねっていう感じ。
私もね、そうなんですよ。中学校から高校に上がるときは、
その頃はまだ数学とか理科系とかも得意だったんですけど。
得意?好き?
好きだった。
ですけど、高校入って私ももう本当に、こんなに成績落ちるっていうくらい落ちて、
数学、私も本当に野球しかやってない野球部の人たちと混ざって、追試を毎回受けてるみたいな感じだったし、
生物も先生に1,2世のとき呼ばれて、このままだとね、ちょっと次の進級させられないの?みたいなこと言われたりとかして、
でも、もうなんか自分の中では、それ捨てるって決めてるから、私も開き直れてたんですよ。
自分たちの子供については、しかもこの地域については、それが通用しないんだと思ったら、
なるほど。
結構私自身も息苦しくって。
すごいね。
なんか、そっか。
娘ちゃんはどういう感じなの?なんか勉強好きなの?
好き?好き?好きなんですけど、好きだけど、当然苦手科目ってあるじゃないですか。
好きなんだけど、ここどうしてもわかんないな、みたいなのあるじゃないですか。
そこも今のところ楽しんで理解しようとしてるけど、でもどんどんやっぱり範囲とか広がっていったら、そうとは言えない時期が来るなと思っていて、
苦手かもって思うものに取り組んでいかなきゃいけない、絶対に。
取り組んでいかなきゃいけないし、それで評定がつくわけなんですけど、結構評定も割と今絶対評価だから、
初めたら相対評価で、クラスの中で何が5みたいな感じだったけど、今って絶対評価だから、先生が結構この評価できてるよね、提出物もやれてるよねってなったら、結構ポンって5つくんですよ。
5つくけど、でも全員につけるわけにいかないから、この間先生から言ったのが、結構これ悪いとこ探しに近いなって私は思ったんですよね。
ここができたから、ここがこんなに伸びたから5をつけるとかじゃなくて、今回これができてなかった、この提出物が出てなかった、
この時の態度がこうだった、みたいな原点方式なんですよ。
そうすると子どもたちが自分の得意なところに集中するとか、そこで自信を持つとかっていうよりも、できてないところを埋めていくっていう姿勢になってるように周りの子たちを見ると見えて、
なんかね、それが私は結構、なんか負に落ちてない、つらい。
そういうのって親同士で話したりするんですか?
するする。親同士も割とやっぱり原点方式だから、いかに加点されないか、加点されるかじゃなくて原点されないか、意識するみたいな感じの話になってるんですよ。
ちっちゃい、13歳とか12歳とかじゃないですか。
できていないところはここだ、ここもできてない、ここもできてない、みたいな感じで目を向けるって結構、私からするとなんか不健全だなって思っちゃったりもする。
さきさんのさっきの英語にフォーカスする話も、好きな英語があるから、そっちがあるから自分は大丈夫みたいな気持ちになるじゃないですか。
なんかね、そうはなかなか思えない仕組みになっている気がする。
なるほどね。
私立なら別なのかもしれない。私立ならもうちょっとね、ここの得意を伸ばすとか。
で、その得意がある子が、指定工学とかでいけるような仕組みになってるんだと思うんですけどね。ちょっとあんま詳しくないですけど、私立。
すごいね、大変な、大変だねとか、なんかすごい、なんていうの、なんでもない回答しかできないけど、なんかこう、なんていうのかな。
立場が変わるとまたいろんなことが見えてくるわけじゃないですか。
子供の時はさ、ただただ、なんかもう宿題やんなきゃとか、勉強やんなきゃとか、なんか決めなきゃとか、なんかいろんなことやってはいるけど、
見えてる範囲ってやっぱ狭いし、目の前のことだけだけど、やっぱりそういう、これが人格形成するのかもしれないとかさ、
未来の中のここは何なんだろうかとかさ、もっと大人は見えてるわけじゃないですか。
考えれば考えるほど、何が正しいんだろうとか思っちゃうんだろうね。
そうですね。
なんかこう大人になって働くようになってから、なってから初めて私は学歴全てじゃないなって思うようになったんですよね。
例えば本当高卒だけどすごい活躍してるエンジニアとか、見てきて一緒に働いてきたりする中で、あ、私は学生の時に何を怖がっていたんだろうって思ったりもするんですけど、
だけど自分が子供の頃ってわかんないから、あえてそれを選ぶみたいなことってなかなかできなくないですか?
学歴と選択肢
確かに。
そうね。
だから分からないものに挑むって怖いなと思って。
確かに。
そうだね。
しかもなんか子供の話だと自分の人生じゃないじゃん、最後は。
そうなんですよ。
どこまでお膳立てというかさ、レールに乗せてあげとくかみたいなことだもんね、きっと。
そうそうそう。
でもなんか私今その話聞いてて、お父さんにずっとそうやって言われてたかもって思い出した。
なんで?
俺の仕事は、お前の選択肢が極力増えるようにするってことが俺の仕事だからって言われたのをすごい覚えてる。
それで大学の選択肢をちゃんと考えろって言われたんだっていうことを今なんかすごい思い出した。
その私学で本当にいいのかみたいな話?
いや、別にここに行けとか、あそこに行けとかっていうことはもうどうでもいいけど、
そこに行ったことによって選択肢が狭まる世の中、自分の見える、選べる選択肢が狭まっちゃいけないって、
そこだけは自分のパパの責任だから、
なんかそこ、それで言ってるんだみたいなことを言われた気がする。
その時って、それをどう感じてました?
でもその学歴が全てではないとは思いつつも、
どこにいるかで、イメージとしてはなんて言うんだろう、
なんだろうな、ロールプレイングゲームでもいいし、何でもいいんだけど、
ここに乗れたから、その先の選択肢が5になるのか10になるのかみたいなとか、
このレベルも行けるのか行けないのかみたいなのが変わるっていうことは、
なんとなくすごく認識させられたかもしれない。
だから勉強しろって言うし、だからちゃんと選べって言うんだっていうこともすごく言われたから、
そうだね、そのレールに乗せるまでが自分の仕事だみたいに言われてたかもって、
なんか今思い出した。
なるほどね。
たぶんなんか、他も、その受験の時もそうだけど、
私はその赤点とか取りまくって怒られてる時にする話になったのかもしれない。
それこそさんとしては、勉強する理由を伝えたかったってことなんですかね。
うん、そうだと思う、そうだと思う。
なんかそれがどう自分の未来に影響するのかって、
それはなんか就活の時にも思ったし、こういうことかって、
なんか思い知らされたし、その先にも何回か思い出したかな。
学校進路の悩みと選択肢
それはその、自分のことでも思ったし、周りを見てても思ったかも。
周り。
頑張らなくて、大学行かなかった子とかも見てるし、仲良かったし、
でもすごい勉強できたのに、なんかちょっと道外れてやらなくなっちゃった子とかもいたんだけど、地元でね。
そこからの選択肢とか、人給とか、どういうふうなことがその先にあったのかみたいなことで、
自分で自分の可能性を潰してしまったんだなっていうことを、後からなんかこう思ったりとかしてた。
なるほどね。
選択肢を増やす。
そうですね。
いやでもなんか、今確かにその、少なくとも日本でね、生きていくんだったら学歴があるって効率いいじゃないですか。
うん。
で、学歴がなくても活躍して、学歴がないというか、いわゆるピカピカじゃなくたって十分に活躍して十分に稼いで、
稼がなかったとしても、楽しく生きてる人って絶対いっぱいいるんだけど、
いるんだけど、なんか、
私ね、怖いんですよね、結構。
自分も苦手だったとはいえ、勉強は行って頑張ってしてきて、今比較的自由に働いて生きているって考えると、そうじゃない道がわからないから、
頭ではそういう人生だってあるって思ってるんですけど、やっぱり怖くて、わからないから怖くて、
ついつい自分がたどってきた道をせいとして、押しつけようとしちゃうんですよね。
そうだよね。そうだよね。確かに。そうだよね。
子供の進路への向き合い方
いやー、なんか私は、自分が見てきたものが全てじゃないとは思ってるけど、まだ子供いないからわかんないなと思うんだろう。
自分のことよりも真面目に考えちゃうのかしら?
そうかもしれないですね。自分のことって子供の頃から自分は自分だから、どうにかなるかなとか、どうにかなるかなっていうか、
やるかやらないかって結構自分で決めるじゃないですか。で、やらなくても反省したりとか。
だけど子供って、親はやってほしいから、やってもらう以外はもうNGであるみたいな風に考えると、やっぱ押しつけちゃいますよね。
確かに。確かになー。
でも正解って、正解、死ぬまでわかんないもんね。
そうそう。
そういう話って、みよさんの親としたりするんですか?
しますしますします。で、親は、親も私の受験の時って結構こう、まいってたから、プレッシャーで。
だからその時は私にも結構きつく、きつくじゃないけど、でもそのプレッシャーが伝わってくるくらいのコミュニケーションだったんですけど、
今は逆にそうなろうとしている私に対して、なんていうんですか、大丈夫だから、子供はそんなに心配するほどじゃないから、ちゃんとやるときはやるからみたいな風に言ってくる。
悟してくれるんだ。悟してくれる。
お父さんもお母さんも同じ感じ?
そうですね。でも母親の方が、もうちょっとキーってなってるかもしれない。なってた?
なってたし、孫に対してもちょっと心配しようかも。
そっかそっか。
ないですね。
でもなんかね、娘ちゃんがハッピーなのが一番だしね。
そうですね。
どこまでお任せするかというか、お膳立てするかは本当に難しいポイントだよね。何が正解かわかんないしね。
でも今決めてるのは、押し付けすぎないようにしようっていうのだけは半年くらいで学んだことで、
押し付けないようにそうするためには、自分が認知すること、自分が押し付けようとしてるんだって認知するものから始めるっていうのが最近の私なので、ちょっとまた報告させてください。
でもね、リスナーさんで子供さんいらっしゃる方たちは、同じ世代が多分いらっしゃると思うし、同じような悩みも多いんじゃないですかね。
そうですよね。ちょっと聞きたいですね。お子さんの進路にどういうふうに向き合って、このコミュニケーションは良かったとか、逆にこれをしなきゃよかったとか、先輩に教えてください。
では今日もちょっと時間になりましたので、エンディングに行きたいと思います。
はい、水曜日の縁側では皆さんからのお便りご意見、テーマをお待ちしています。プロフィールトップのフォームからお送りください。
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今日も最後まで聞いてくださりありがとうございました。それではまた来週水曜日にお会いしましょう。