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スピーカー 2
みんながみんなそうっていうわけじゃなくて、なんですけど、大きな傾向としては、そういう傾向はあるとは思うんですよね。
じゃあ多様な価値観って本当に必要なのかとか、よくわかんないんだけど、別になくたって幸せじゃんとか。
幸せか幸せってないか議論になると、何でも幸せっていう話になっちゃうので、難しいんだけどね。
いや本当、選択肢を広げるためにいい学校に行くんだみたいな話がよく言うじゃないですか。
でも、いい学校に行くっていう風になると、それは選択肢を結果的には狭めてて、この中から選べみたいになってるって、その説もわからんでもない。
じゃあ、勉強だからいい学校に行かなくてもいいんだよ、みたいになっていくと、それはそれで狭いところの中で。
人間が選べる範囲なんて、どこから行っても一定の幅の中にしか、結局はないのかもしれない。
全部、すべての選択肢があるのは、生まれた瞬間だけなのではないかっていう気もしなくもない。
最近思うのが、中学受験をするかしないかじゃなくて、どういう中学校だと子どもがより楽しめそうかとか、子どもの選択肢が広がりそうかみたいな、学校選びみたいな観点で見るのもいいんじゃないかなと思って。
例えば、近所の法律中学がすごく合ってるな、良さそうだなと思ったらそれでいいと思うし、でも私立って本当に学校によって違うじゃないですか。
全然違うので、そうなんですよね。
すごい自由で、自主性をもんじってみたいな学校もあれば、結構厳しくて、学校が全部決めてみたいな学校も全然あるので、やっぱりどこに行かせたいかっていうのを選ぶのが大事なのかなと思って。
それが、例えばここいいね、こんな学校あるんだみたいなのが見つかると、モチベーションというかテンションも上がるじゃないですか。
そこから行くのがいいのかなとか思ったり。
例えば、ポッドキャストで聞いてたキュウカさんも、もちろん内心とか高校受験を考えてとか適正とかもあるけど、
でも子どもがロボットとかそういうのを作るのが好きで、ロボット部とか自動車部とかがある学校に入れたい。
でもそうすると効率だとなかなかなくて。
でも私とか、中古一貫校でそういう部活がある学校みたいなところで選ぶ。
スピーカー 1
なるほど、これ面白いですね。
スピーカー 2
そうっていう考え方もあるので、そういう選び方はありかなと。
逆算でね、これになってほしいからこうやるよって言ってる時点で、
もうなんかちょっと親が主導な感じがするし、こっちが正しいんだよって言ってる感じがして、
ただ、今これが好きみたいなので、子どもの興味があるとか、あるいは向いてるとか、心地いい。
スピーカー 1
心地いい?
スピーカー 2
としさんは、男子校はその後苦労するみたいなことをおっしゃったけど、
でもその瞬間?
スピーカー 1
めちゃくちゃ楽しかった。
今でも当時の友達と仲良かった。
この間久しぶりに学校の学祭に行って、子ども連れてきたやつとかもいて、
僕も子ども連れて行って、お久しぶりに学食でご飯食べて、愛着ありますしね、学校にも友達にも。
スピーカー 2
最高じゃない?
スピーカー 1
めっちゃ良かった。お勧めはしない。
スピーカー 2
逆算思考で見たら、その後大変だとかね、いいかどうか分からないけど、
でもその瞬間、めっちゃ楽しい6年間が遅れたら、それでいいじゃんっていう考えもあるかなという気もするよね。
そうなんですよ。
スピーカー 1
子どもにとってそのより良い環境、それは将来的にかもしれないし、
その時の興味・関心かもしれないし、どうあれ何らか良い形で育っていってほしいな、
その環境を享受してほしいなって思うんですけど、
いった環境が合うかどうかって、それこそ行ってみないといけないんですよね。
そういった環境が合うかどうかって、それこそ行ってみないと分からなかったりとか、
良い大人が就職活動だ、転職活動だみたいなところで一生懸命考えて、
転職した先が合わないみたいなことが全然ある。
人生で一回きりの中学に入るとか高校に入るという、
しかもあんまり転校みたいなことはなかなかないっていう。
スピーカー 2
あるんですか?
スピーカー 1
あるんです。
スピーカー 2
中学受験したけど合わなくて、公立中に行くというケースも全然聞きますし、
中高一貫校に行ったんだけどちょっと違うなと思って、
もう一回高校受験をして別の高校に行くというケースも結構聞くので。
スピーカー 1
本当ですか?また目から鱗。
スピーカー 2
なんで子供に言ったのは、ここにいないといけないとか、
スピーカー 1
そうですね。前職の同僚でエンジニアだったやつが
今の福島県の南相馬、小田田市というところに移住して
コーワーキングスペースとかカフェとかやってるやつがいるんですけど、
そこの小田田の高校の高校生にプログラミングを教えたりとかも
したりしてるらしいんですよ。話聞いて、
そいつのとこ一緒に子供連れて遊びに行ったりしてるんですけど、
話聞いたら、やっぱり大学に行くという選択肢を
そもそもやっぱり地元の子たちはあんまり持つ機会がない。
まず近所に大学がないし、大学生という存在を見ることもないし、
親世代とかも地元で育って、地元で就職してみたいな人が多かったりとか。
別にそれはそれでいいじゃんっていうことではあるんですけど、
そこに行ってる彼からすると東京で勤務してて、
そっちに就職して、いろんな仕事あるぜとか、
大学行く行かないもそうだけど、仕事っていうのもいろんなものがあったり、
ある意味ちょっと多様な世界を知ってる側としては、
知らないままよりは知った上でってほうがいいんじゃないの?
ということでそういう話も伝えたりしてるみたいな。
それね、ほんと難しいですよね。
スピーカー 1
地方都心みたいなところでもいろいろ違いがありそうでは。
スピーカー 2
パキスタンとかに外交官の方で駐在というか行かれた方が、
すごい経験のあるイスラム教の方が多いです。
そこの国はね。
その人は外交官で行ってるから、エリート層の人たち、
その国のエリート層の人たちとコミュニケーションをするんだけれども、
エリート層の人たちっていうのは、
イスラム教徒だけどやっぱり西洋的な考え方をすごく持ってるので、
結構お酒も飲んでるし合理的な考え方をしてます。
そういう人たちが、でもすごく階級があるから、
その人たちの生活をすごく貧しいというか収入の少ない地域の人たちが
例えば運転手をやってます、家政婦をやってますみたいな感じで
すごい安い賃金で働いてて、
その人たちはすごく経験のあるイスラム教徒で、
自分たちの考え方とか生活を疑わないと。
外の人から見るとこんなに貧富の差があって、
かわいそうだと思う。
もっとこの人たちを自由にさせるべきなんじゃないかって
思ったりするんだけれども、
このイスラム教徒の経験のあるイスラム教徒たちは
そのコミュニティの中で結構幸せを感じちゃってて、
変に、あなたかわいそうだから貧富の差をない世界にした方がいいんじゃないの?
って働きかける人たちにピンとこないというか。
余計なお世話なんですね。
すごく貧しくても自分たちの宗教的な背景の中から
人にプレゼントをするとかね。
そういうことも結構してくれたりとかして、
全然そんなお金もないのに私にしなくていいよとか。
彼女の運転手さんがね、外交課の日本人がプレゼントをくれるんだけど、
そんな気をつかなくていいよとか思うけど、
これは愛情というか親しみを表現するのに、
別にこれは何か、あなたは私たちとは違う豊かな生活をしているかもしれない。
それに対して何も不公平だとか何とも思わないですよみたいな。
こういうふうに思っている人たちに、
外からこれが西洋的な価値観を持ち込んで、
それってどうなんだろうって思ったりするんですよねみたいなことを言ってて。
日本国内における地方というものと、
別にそれってちょっと同じような違うような部分はあると思うんだけど、
そこってすごい難しいなって。
でも一方で、例えば日本の南相馬に住んでいる人たちで、
もちろん何の疑いもなく幸せに暮らしている人もいるかもしれないけど、
実はここの生活とか考え方にモヤモヤしているなとか、
自分は当てはまらないなって本当は思っている人っていうのも中にはいて、
けどその人は他の選択肢を知らないから、
自分ができる気もしないし親も認めてくれないから、
そこから抜け出せないっていう人ももしかしたらいるかもしれない。
スピーカー 1
そうですね。
モヤモヤしている人がいて、
その人にとって自由が与えられるとか選択肢が提示されることって、
その人ハッピーだと思うんですけど、
例えば子供、高校出たら地元で就職して、
子供を抑えて家族で生活していくものだって思っているっていうことで、
とても幸せだった人にとって、
実はこういう価値観もあってこういう生き方もあってっていうことは、