どちらかというと、私の人生のビジョンが出てきた経緯っていうのも、
ちょっとお話ししたいなと思ったんですけど、
私が一番衝撃を受けたところっていうのは、
大学生の時に、ある専門の女の子に会ったことなんですね。
いろんなハンデキャップがある人と関わるみたいなやつで、
仲良くなったハワイ人の女の子がいて、
その子をたずんでて、私がハワイに遊びに行ったんですよね。
そしたら、彼女は全くもちろん目が見えないんですけど、
一人でハワイ中を案内してくれたんですよ。
すてき。
ショッピングモール連れてってくれたりとか、
あとは動物園連れてってくれて、
ここにはヒッポーがいるんだよとか、カバがいるんだよとか言って、
ハンハンとか言って、笑ってみたいな。
すごいなと思って。
彼女は全く目が見えないんですけども、
その代わりに全ての別の感覚が研ぎ澄まされていて、
右から風が来るっていうのを右の肌で感じて、
あ、右に道があるんだとか、前から音が聞こえるか、前から車が来るっていうのが、
もう彼女自身で分かってるんですよ。
目はゼロかもしれないけど、それ以外が200%とか300%とか、
研ぎ澄まされてるから、全部合わせて完全体なわけですよね。
なので、一緒に歩いてて、今何見える?みたいな。
あ、何?って看板見える。
あ、そしたら次右ね、とかっていう風な、それぐらいの感じでできるんですよね。
なんてすごいんだろうってすごいあれなんですけど、
やっぱりハイキャップがある人っていうのは、
サポートされっぱなしじゃないと生きていけないっていう風に思っていたのが、
そういう風に本当に必要なインフラだったりサポートみたいなのさえあれば、
自立して輝けるんだ、生きていけるんだっていうことを目の当たりにしたところで、
やっぱり本当に障害ってやっぱり社会が作ってるっていう風に言われますし、
それは本当にまさにこっちが枠をはめているだけなんですよね。
だからこそ、もっとこの強みだったりとか、予算にこの焦点を当てて、
働く場でもそうですし、生きていく場っていうのが、
やっぱりやっていけば誰もが、やっぱり誰も必要じゃない人なんていないので、
もう一つちょっと言っちゃうと、ミニミュー編っていう子供たちの、
キッザニアの元になったものなんですけれども、
子供たちが、ドイツでやってるやつなんですけど、
2年に1回ぐらい開催される、街で開催されるやつで、
まず中に入ると、手形みたいなのが渡されて、
そこから職案に行くんですね。職を探しに行くんです。
そこからあなたは、そのショップで売ってくださいとか、弁護士やってくださいとかって言われたりとかするんですね。
で、一つだけ約束があって、それは辞めますっていうのは言っていいっていう。
で、いっぱいリタイアしてました。で、辞めていって、結局最終的に自分が好きなところに行き着くんですよ。
そこですごい能力を発揮するんですね。
で、小学校1年生の子とかが市長選にとか出て、タクシーっていう子供が子供をリアカーで引くみたいなのがあるんですけど、
それは危ないので廃止しますとか言ったりとか、
ゴミ捨てみたいな、誰もがやりたくないようなのをすごい楽しくゴミ集めとかやってる子がいたりして、
みんな強みだったり楽しいものを突き詰めれば、街が回っていくんですよね。
本当ピースがはんまっていくっていう形だと思うんですけど、やっぱりそういうふうに社会ってできてると思うんですけど、
さっきのお金っていう、確率的な価値だったりとか、きっとこうだろうっていうバイアスがあると、やっぱり生きれる人と生きれない人がやっぱり出てくる。
それじゃなくて、それぞれのどんな人でも自立して幸せ、自立っていうのがやっぱり自分で行動できるってすごく大切なことだと思っているので、
誰かにサポートされっぱなしじゃなくて、例えば電車も、駅員さんがパタンって板を下ろして車に乗るっていうのもいいんだけれども、
北欧とかでは電車から板が出てくるんですね。
自分で乗れるんですよ。
人を返さない。
自分で乗れるってすごい幸せなことだと思うんですよね。
それはそうですね。
何回、やっぱり電車に乗りますかって毎回お客様ご案内でして、言われながらやってたら、今日ちょっと行くのやめようかなってなると思うんですよね。
自分で行っていい、自分が受け入れられている。
さっき子供って安心の上で挑戦ができるって話をしたと思うんですけど、やっぱり自分が受け入れられる、どんな自分でも受け入れられるんだっていう社会は絶対挑戦ができるような社会でもあると思うので、
そういったことが実現できる社会だって欲しいなっていうのはすごく思いとしてある。
自分らしくっていうところについては、環境を自分たちで作っていくみたいなところまで入ってるってことなんですね。
そうですね。本当受け入れられる社会なんだと思うんですけど、そういう人がいるのが当たり前と言ったらあれなんですけど、
そういう人が構成員としていると、いろんな人がいるんだなっていうことが当たり前の上で社会を作られていくっていうのが大事である。
私たちの会社はまずは、それを組織の中でやっていくっていうことと、教育の中で強みを見つけていくとか、
違いは先生なんだよ、違うっていうのは教えてもらえることがあるんだよとか、違うのは悪いことじゃないんだよっていうことが、
ちゃんと伝わっていくようなことができたらなっていうのは根本的には感じているところですね。
ちなみにこのビジョンの中にも納得した選択肢を増やしていくっていう、選ぶ人を増やしていくってあるんですけど、
どんな選択肢が増えたらいいなと思いますか?
どんな選択肢、別に何でもいいと思ってて、やっぱり今って、さっきのやっぱり練習話だと思うんですけど、結局自分で納得した選択肢してないと思うんですよね。
結局、私たち社会企業家とか皆さんもそうだと思うんですけど、自分が好きでやっていること、自分で選んでいることって絶対正解にすると思うんですよね。
途中失敗があったとしてもやり切るし、良かったって思えるようにすると思うんですよね。
それが大切だと思っていて、ただその時に狭い社会の中で、例えば本当にお家の中で、本当に成績がいいのが大事ですとか、そういうこととか、選手が高いのが大事ですって言われて育った人たちはそれしか見てないわけですよね。
で、そうではなくて、いろんな大人がいる。それこそ隣のおじさんは商店やってるし、その隣は畑やってるし、その隣はトラさんみたいに何やってるかわかんない。でも生きてるみたいな。どうやって生きてるんだみたいな。聞いてみようみたいな感じで、どんなふうなことでもいいから、いろんな行き方とかやり方の選択肢があって、それを納得してっていうのがすごく大切で、
いや、でもその資格で資格取るからとか、そういうやりたいからっていうニーズとか。
心の声をね、聞いたりとかも。
そういう意味での選択肢なんですね。自分の心のやりたいみたいな。
だから、よく行動しろとか、そういう物の本にはいろいろビジネス書にも書いてあるけど、
それってそうしない人が多いから、それは多分フューチャーされるのであって。
でも行動する手前には、たくさん階段が実はあって、本当の自分の声を聞けないと、行動するにも行動できないのではないか。
もっと手前?でもなんか、やっぱり兵庫みたいにね。
だから、とりあえずやるって。
毎回その学校、大学生向けにもたぶん毎年2000人ぐらいあるんですけど、
これ3つぐらい大切ですっていう。
これテストに出るよとかで出ないですけど。
出るのが、一番最初は自分の感覚を信じるというか、自分のやりたいっていう声を信じるっていうのを大切にして。
やったことを振り返るというか、ということと最後、違うと思ったものも実は大切みたいな。
やっぱり好きなものと嫌いなもの、食べ物とかって、
絶対好きなものっておいしいからって理由しかないんですけど、
嫌いなものって明確に味がちょっととか、なんかこう舌触りがとかって、明確に理由がある。
やっぱやってみて、違うなって思った。
匂いが苦手で嫌だった、匂いがないものだったら好きな可能性があるみたいなふうに、
そういうたびの行動は大事というか、感覚を大事にするための行動はすごく大切。
だけど、行動することは別に、だけに意味がないっていう。
感覚を確かめていくみたいな感じで、やめられるみたいな、さっきの子どもの職場体験というか、仕事体験みたいなのも、
そういうのができてるからこそ、見つかっていくのか。
ほんとそうだと思います。違うと思ったら、別にやめていいっていうのって、すごくいいなって思ってて。
そういう選択肢とかって話がありましたけど、
バリューのところで子育てから始めてるっていうのは何か、ご自身の体験の中で。
バリューは何度も変えようかみたいなところで、毎回議論になるんですけど、
一番は子育てをしながらキャリアアップっていうのが、やっぱり大事というか、第一歩かなと思っていて、
変な人の健康であって、能力もある人たちがキャリアアップができないって、
それ以外の文化も違うような人が、外国人が入ってくるとか、マニキュアップがいる人が入ってくるとか、
全部受け入れられないわけじゃないですか。子育てをしながらキャリアアップさえできなければ、もちろん介護も難しいし、
全部難しいじゃんって話なので、逆にそこを解消すれば、子供の成長なんて大体同じじゃないですか。
やっぱり高齢者って、本当に介護って変数が多すぎるじゃないですか。
印象があるのかないのか、一緒に住んでるのか住んでないのかとか、いろいろなところで対応の仕方って変わってくるんですけど、
やっぱり子育ては大体一定じゃないですか。それさえ対応できないんだったら難しいよねって。
逆にそれが対応できれば、介護も全然いけるんですよ。私は介護の方が先に親は来たんですけど、私の場合、子育てよりも。
確実にそうだなって思った時に、まずそこをハックするっていう体制を作れば、大体いけるよっていう。
じゃあまず第一歩としての。
子育てをしながらキャリア。それ別に男女関係ないですね、これも。
ここがある程度できたら他にも応用できるみたいなところとして。
そうです。実際応用できてるんで、会社さんとしては。
現場ではどういう感じで応用がされてたりするんですか。
それこそやっぱり子育てをしながらキャリアアップするってことを考えていくと、まず保育園に行ける時間までに仕事を終えていくっていうことと、
チームでやっていく、情報共有をして、誰かが休んでも大丈夫なような状態にしていくっていうことと、
そういった空きがあったとしても、ちゃんとそれが受け入れられて評価されている状態っていうのを作るっていうことですよね。
別に介護で、デイサービスに迎えに行かなきゃいけないですだったりとか、そういうところでも同じなので、
例えばある程度の役職の方が、介護でも実家の方に帰らなきゃいけないっていう時に、育児の方でやってたり、リモートワークの制度がもちろん活用がされたりだとか、
チームでやっていることによって、特にやっぱりそれも管理職の人が抜け、今までは一般社員の人が抜ける、そうすると管理職だけがなんとか吸い上げて仕事をしてたんですけど、
管理職が抜けるって結構大変だと思うんですけど、チームで共有するような仕組みっていうのができていれば、
そういう管理職だったら、私も3ヶ月ぐらい全く3級で休んで、メッセージも1個も見なかったんですけど、それでも回せるんですよね。
なので、すごく強い組織ができるんですよね。なので、実際に応用はもうみなさんされている。
確かに。何か子育て以外の有事があったときに、みんなで支え合える。
そうです。おっしゃるとおりです。
でも、生きていれば、そんなことたくさんありますもんね。
たくさんね。
本当に。
お互いにね。
お互い。
確かに。
ペットがなくなったり、精神的にできませんっていう若者も結構いたりとかもいますし、どんな仕事でも。
でも、その1日ではなくて、もうちょっと長期的に考えていくってことですよね。1日来れるか来れないかじゃなくて、
これは別に対応できれば、その1日でさえもクライアントが待てないってことはまずないので、戻ってきてちゃんと対応してくれれば、別に問題ない話だったりするので。
時間軸っていうところでいくと、長期に見るっていうのは意外と現場で忘れがちかなって。
そうですね。やっぱりそういうふうにやっていくと、能力だったりとか商品の価値のほうも上げようってなりますよね。
やっぱり、いつでも連絡ができる会社なんです。それで選ばれてますっていうような会社は、商品価値ないわけですよね。
人を大事にしない。
クライアントからしたら、商品っていうよりは、いつでもつながることが大事なんですよね。
なるほど。
で、逆に、いやもううちは6時までしかやってません。それが終わったら次の日ですっていうふうな、それでもお願いしたいって思うには、ここに価値があるからお願いしたいわけですよね。
なるほど。なんか3ヶ月待ちのパン屋さんみたいな感じ。
あ、そうですそうです。なので、変な話、そういった、逆にそこを効率的にやって、価値を上げていくようにどうするのか。ずっとその前の、目の前のものだけ対応してるだけだったら、価値向上できないわけですよね。休まってないし、インプットもできないわけなので。
なので、ちゃんと休んで、インプットもして、ネットワークもね、作ったりとかしていきながら、やっていくことによって新しいものを生み出していくことに、逆に意識を向ける。
なるほど。価値を上げていくってことにも、その時間ができることに向けられますよね。
そうですそうです。そうじゃないと逆に選ばれなくなるので、あえてキャップをつけるっていうこともすごく大切。
それを主体的に実はみんな選べてるようで、選べてない器用さもあるってことですね。
そのほうが多いですよね。やっぱり今までそういうふうに対応してやってたところが多いと、やっぱり今までのやつはアンラーニングできない仕事。
なんかこう、そのやっぱこう、どうしても目の前のものがあって動けないっていう方々が多いかと思うんですけど、
まずなんか一歩として、どういうことからこうやっていけばいいんじゃないかみたいなのは、現場でよく聞かれることだと思うんですけど、まずなんかどういうことから。
一番わかりやすいのは、会議を削減するってことですよね。会議を6時以降やらない、チャットを6時以降やらないって、もうそれだけでだいぶ変わると思います。
それで会議の回数・頻度、回数・頻度、まあ同じような感じですね。
あと参加人数を半分にする、てかまあ適正な人数にするっていうことと、アジェンダを作る。時間を区切る。
無駄な会議が多い。
結局会議なんですよ、みんな。しかも決めてないです、その会議で。なんとなくやってるみたいな。
毎週やってるのは別に、2週間に1回にしてもいいしっていうのを、ただこれ生きてるとどんどんミーティングって増えていくんで、定期的にやっぱり減らしていく。
そのためにもやっぱり、6時以降しないっていうふうにキャップをつけるのが一番、結局わかりやすいです。
そうすると早めに相談しようとかなる。もう入れられないから。
あえてちゃんと制限を明確化していくっていう。
そうです。キャップをつくる。
シンプルに普段話せば済むことも多かったりしませんか?
例えば、なんか雑談とかを全然しないで、全部会議に持ってくるみたいな。
それだとゼロベースで話し始めるってよりは、関係性がない中の会議と、日常から関係性がある会議とでは全然…
違いますね。
スムーズさが。
なるほど。
それに、相手のことを理解してるかしてないかっていうのも、上司部下っていうことだけじゃなくて、人間と人間の関係性。
すごい大事。
確かに。コミュニケーションの課題も実は包含されている。
それをやると言うと、飲み会じゃあやろうよって。
まあ、そうじゃない。
だから、それをいかにちゃんと聞くって。それこそ、それって別に会議の中でもできたりするんですよね。
その会議の冒頭に、アイスブレイクみたいな感じで、最初にね、最近ハマってることなんですかってお伺いしていただきましたけど、そこから始めるっていうだけでも立体的になるんですよね。
仕事の話だけすると、点とか面でしかその人が見えないけれども、私がミュージカル好きなんですとか、ビキッドに行こうと思ってますみたいなやると、立体的にまた私の姿が想像できる。
土日何をやってるのかとか、ハマってることみたいなことを聞くだけでも、実は全然変わってきたりとかするので、もちろん日常をワンワン入れるとか、そうするとワンワンが増えたり飲み会が増えたりするので、
逆にそういう中で、ちゃんと話す時間を取るっていうだけでも、まず第一歩としては大事かもしれないなと思いました。
そうご理解があった上で、たとえばホリエさんが今日はもうどうしても帰らなきゃいけないっていうのがミュージカルって言われたら、そら頑張って言ってくださいって言うのは、早く早く言ってくださいって思いますもんね。
大好きなんです、みんながわかるとね。
確かに。
ベースのコミュニケーションの問題もあるのかなっていうのを聞いてて思いましたね。
職場って仲良くなりすぎる必要はないと私は思うんですけど、かといって仲悪いままじゃ絶対うまくいかないし、
信頼ですよね。
仲がいい悪いっていう価値基準じゃなくて、お互いにちょっと知ってるとか、よく知ってるの間ぐらいで、好きなものを把握してるぐらいってちょうどいいのかな。
あと嫌いなもの。
例えばちょっとしたことだけど、お土産買っていくときに、職場の人の嫌いなもの知らないって結構致命的だと思ってて、
ご飯買えることとか。
そう。
確かに。
それって結構傷つく人もいる。
まあ傷つくって言ったらちょっと大げさだけど、なんかあの人これ好きだからこっち選ぼうとか、
なんかちょっとしたことだけど、一応働く仲間をお互い知っているっていうのはすごく温かい感じがする。
温かいですね。
なんか頑張ろうと思うかもしれないですね。
うわさん、今日の話聞いてみていかがでしたか?
障害は社会がつくるみたいな話のキーワードを、フレイさんから出たときに、電車の板を日本は駅員さんがやっていくっていうのと、
ヨーロッパは逆で電車から出てくるっていうのを、それは私知らなかったので、すごくいいなって思ったのは、
やっぱりその、日本だとそれはそれですごいサービスだなとは思うんだけれども、
常にやってもらうほうとやってあげるほうっていう関係がある気がしてて、
まあそれが悪いわけじゃないんだけど、延々にそれが終わらない感じもしてる。
で、それはなんていうのか、上下関係を見やすいなって思うし、いつまでもできるようにならないっていうか、
どうやったらできるだろうとかいう考えも奪っちゃうかもしれないし、機会も奪っちゃうかもしれないなって思うんですよね。
それが障害があるとかないとかではなく、たとえば子育てをしていることとか、
あとは小さい子供さんが自分をやりたいことを表明していくときとか、いろんなことのシーンであると思うんだけど、
転ばぬ先の杖っていうのを、たとえば親がつきすぎたり、危ないからこうやっておいてあげるとか、
リスクを除去していくことがいいことだみたいな文化があるような気がしていて、
みんな優しさからやってあげてるんだろうけれども、結果優しくないというか、
だから転ばないようにするから転んだこともないし、
とか、痛い思いをしないと痛いことがわからない。
だから積極的に転べとは思ってないけれども、
ここで今こけたら痛いよなっていう体験がないままに大人になっちゃうと、
さらに失敗しないようにっていうのが強くなっちゃうような気もする。
やっぱり福祉とか支援職してても、すごくリスクっていうのは非常に嫌うので、
リスク除去に頭がいっちゃって、その人がどうしたいかとか、
その人が何を考えてて、どんなことを感じてるかとかっていうことに目が向かなくなっちゃうなと思ってます。