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#130-2 どんな「物語」を信じたい?推し活は救済か破滅への道か【最近読んだ本の話:イン・ザ・メガチャーチ】
2026-04-22 53:40

#130-2 どんな「物語」を信じたい?推し活は救済か破滅への道か【最近読んだ本の話:イン・ザ・メガチャーチ】

▼番組のnote:
Dialogue cafe | note

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▼内容:
推し活がテーマのベストセラー小説/3つの視点の群像劇/視野の広さと幸せについて/物語の中で感じる自分の価値/だけど結局、資本主義の掌の上で/マーケターの使命と良心/「コミュニティ」の何がそこまで嫌なのか/境界線がもたらす安心と分断/二人一組になるのにあぶれちゃうタイプ/LINEグループの返信プレッシャー/コミュ力コンプレックス/コスパ度外視で課金沼⁈結局、我が子が私の推しだ!

▼出演:
MC
田中優子(元クラウドワークス取締役、ビジネスアドバイザー、社外取締役、アントレプレナーシップ推進大使、1児の母)
岡澤陽子(ブランディングコンサルタント、組織支援アドバイザー、ビジネスメンター、戦略インサイトリサーチャー、2児の母)


▼関連エピソード:
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#120 キャッチ・ザ・グルーヴ!混ざって生まれる場のチカラ
#129-1 社会実験⁈何が得られるか分からないのにお金を払って参加するコミュニティとは

感想

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サマリー

このエピソードでは、浅井涼の小説「イン・ザ・メガチャーチ」を題材に、「推し活」が現代社会においてどのような意味を持つのかを深く掘り下げています。物語は、推し活を仕掛ける側と、それにハマっていく人々の3つの視点から描かれ、現代社会における人々の心の隙間や不安が、推し活という「物語」に救いを求める動機となっていることが示唆されます。特に、視野を意図的に狭めることで得られる安心感や、自己肯定感、そしてコミュニティへの帰属意識が、推し活の魅力として語られます。一方で、こうした熱狂が資本主義の仕組みの中で利用され、個人の倫理観や社会との繋がりが希薄になる危険性も指摘されています。また、コミュニティに対する拒否感や、境界線がもたらす安心と分断、LINEグループの返信プレッシャーといった現代的な人間関係の課題にも触れられています。最終的には、子育てにおける無償の愛や自己満足といった側面が、コスパ度外視の「推し活」と重なるというユニークな視点で締めくくられています。

「イン・ザ・メガチャーチ」との出会いと推し活のテーマ
スピーカー 1
本の話をね、前回に引き続きしたいんですけど、今回は小説です。
スピーカー 2
小説だけど、ビジネス小説みたいな感じの側面もあり、
スピーカー 1
そうね、そういう側面もあるね。
スピーカー 2
人間模様、人造劇、社会的な、社会小説というか、
スピーカー 1
今の現代の構造というか、非常に面白かった作品ですけど、
イン・ザ・メガチャーチというね、浅井涼さんが、あれは出たのは去年?
スピーカー 2
去年なのかな?
スピーカー 1
去年くらいかなり、2025年くらいかなり読んで、面白かったって言ってるのを周りでもSNSとかで結構見ましたけど、
スピーカー 2
まだ文庫ボアン出てないもんね、たぶんね。
そう、結構分厚いんだよね。
スピーカー 1
私も小説読んだの結構久しぶりで、
陽子ちゃんが、前からイン・ザ・メガチャーチ読んでみたいなと思ってたんだけど、
陽子ちゃんが読んで、この集団線量の話と通じるものがあるみたいな話で、
じゃあそれについて話したいから、じゃあ私も読もうって言うので、
2週間前くらいに読みました、ようやく。
結構分厚いから、結構時間かかるんじゃないかと思ったけど、
割と、
スピーカー 2
一気に読めるね。
スピーカー 1
そうそう、読みやすくて、
非常になんていうか、お話としても面白いから、続きが気になるので、
結構一気に、1週間もかからずに読んじゃったかもしれない。
そうそう、面白かったです。
スピーカー 2
面白いよね、最後とか怖いしね。
スピーカー 1
そうね、どういう話かって言うと、あんまり細かい展開は話さないけど、
なんて言うのかな、おしかつの話なんだよね。
スピーカー 2
そう、おしかつの話。
スピーカー 1
おしかつの話、全体は、
スピーカー 2
テーマとしてはおしかつで、
スピーカー 1
おしかつの話なんだけど、そのイン・ザ・メガチャーチっていうタイトルからすると、
私ね、あんまり内容知らずに読み始めたのね。
タイトルがさ、イン・ザ・メガチャーチで、表紙に教会のステンドグラスが書いてあるから、
これはなんかその、信仰宗教か何かの話なのかなって、ちょっと思ってた。
それにはまっていく話なのかな、みたいな、カルトの話かなと思ったら、
そういう話は全然なくて、
なんか教会マーケティングっていう言葉が出てきてたかな。
スピーカー 2
出てたね、アメリカでね。
スピーカー 1
だからその、アメリカでメガチャーチと言われる、
ちょっと熱狂的な教会、何て言うかな、
ちょっとアメリカにおいては、信仰っぽいキリスト教の一般みたいな感じなのかな。
信仰でもないか、もともとあるのか。
でもなんかそこに人を取り込んでいって、熱狂させていく仕組みみたいなものがうまくできていて、
その、それに習ったマーケティングとして、教会マーケティングっていうのがあるんだっていうことで、
それを、その考え方に従って、実際にアイドルのプロモーションというか、
アイドルのまさにその、推しの人たちにお金を使ってもらうための、
マーケティングをやっている中の人たちの話と、推し活にハマる人たちの話っていうので、
大きく3つの視点なんだよね。
小説の構造と描かれる人間模様
スピーカー 1
推し活を仕掛ける側と、
中に入って。
最初は推し活に全然興味なかったのに、
なんかちょっとしたきっかけで、推し活にむしろハマってしまう大学生の話と、
で、もう一人、もともと推し活にめっちゃハマってる30代の派遣社員みたいな女性。
そういう3つの、ちょっとモザイク的にというか、
群像劇的に、3つの視点が交互に描かれていくことによって、
スピーカー 2
でも一つの、全部どこかで繋がっているよね、その3人は、実はね。
しかもその仕掛ける側も、完全に仕掛ける側に徹している人と、
自分の人生にもちょっと疑問を抱きつつ、
それこそミドラクラシスというか、自分のこれまでのこととか、
自分が今後どう生きていくのかとか、
で、成功している人たちがキラキラに見えて、
自分の立ち位置がややあやふやになって悩んでいる、
その主人公のね、人とかね。
で、その人は、いろんな経緯があって、
仕掛ける側に入っていくんだけれども、
だけどすごく不安定な状態なんだよね。
スピーカー 1
でもなんかもうさ、出てくる人たちの大半はさ、
やっぱり何か現実の世界の中に満たされないものとか、
不安とか、そういうものを抱えている中で、
スピーカー 2
ひとつちょっと惜しいみたいなものが、自分を救うものになっている。
スピーカー 1
それが良いことなのか、悪いことっていうか、
良くないことなのか、みたいなのが、
どちらとも判定はされないんだけど、ずっと読みながら、
惜しかったによって救われるものと、
でもそこの依存性とか、異常さみたいな、
あるいは何かを、自分を騙してたり、
騙してる、なんか麻痺させていく、
意図して麻痺させていく感覚みたいな、
幸せとは何かみたいな気持ちに常にさせられる、
そういうお話。
視野の狭さと幸せの関係
スピーカー 2
そうなんだよね。
だからなんか、インザメガチャーチのメガチャーチっていうのは、
信仰とか宗教とかっていう教会だから、
なんだけど、小説の中でさ、
特定の宗教とかがない日本において、
お仕方は一緒に宗教なんだと、
そこに救いを求めるっていうか、
っていうようなくだりも出てくるんだけども、
そう、でなんかね、
ユコちゃんがまさに言ってくれたみたいに、
やっぱそこにはまっていく人たちの、
現実世界の中での、
うまくいかない感じとか、
もどかしさ、もやもやみたいなところが、
そこを見なくて済む感じの世界に入っていくんだよね、
お仕方の人たち。
もちろん今お仕方やってる人たちがさ、
全員が全員がそういう極端な例というわけではないと思うんだけれども、
だけど、なんかこう、
シアの中で結構象徴的だったのが、
視野共作。
視野共作にさせればさせるほど、
満足度が上がるっていうか、ハマるから。
っていうのは、確かに。
スピーカー 1
いや、その視野ってすごくキーワードとして出てくるじゃん。
視野を意図的に狭めていくのだっていうことと、
でも、逆に視野がなんて狭い人たちって、
視野の狭い人は逆にそこにそれは見えてないんだ、みたいな。
あの、なんていうのかな、
お仕方にめっちゃハマってる人が、
まあ言ったらちょっとこう、
陰謀論みたいなものとの紙一重なところがあって、
陰謀論的なものに、
陰謀論は、世の中のまだ見えていない真実みたいなものを、
私だけが知っているとか、みんな知らないんだ、
だからみんなに知ってもらわなきゃいけないっていう感じになってるんだけど、
スピーカー 1
でも陰謀論って、めちゃくちゃ視野が狭いからこそ、
こうだって思い込んじゃうところがあって、
でも信じてる人たちは、
みんな視野が狭すぎるって思ってる。
スピーカー 2
そうね。
スピーカー 1
みんな視野が狭くて騙されてるんですよ。
広く見たほうがいい、みんな視野を広げたほうがいいよって、
でも陰謀論にハマってる人たちを外から見る人は、
視野の狭い人だって思っている。
で、この構図というか、
もうすごく面白いなって思ったし、
で、意図して自分で、
押し勝つにちょっとしたきっかけでハマっていく女子大生っていうのも、
むしろさ、めちゃめちゃ視野の広い人たちっていうのが、
友達に、いわゆる意識と背景のさ、
世界の問題に目を向けようとか、
環境問題だったり人権問題だったり、
いろんな今時のいろんなSDGsなことに対して意識が高くて、
そのために私たちは生きていかなきゃいけない。
いろいろな何を見ても、
これはどこで作られてるんだ、どんな素材なんだっていうことを意識することが大事だ。
これをやることは、
ウクライナでの戦争に対してあなたはどうのとか、
イスラエルでのとかいう感じの、
いわゆる視野がすごく広い人たちっていうものに疲れちゃうみたいな。
そんなこと言ってたら何もできなくなるじゃん、みたいな。
それよりもあえて視野を狭めたほうが、
すごく手応えを感じられて、この人のために生きてるとか、
私は目の前のこれのためにすごくいいことしてるっていう気持ちになるから、
そのほうが人間生きやすいし、
むしろ世の中にいいことができるんだって安心できるとか。
そういうのもすごくありがちだね。
スピーカー 2
そう、わかるわかる。
スピーカー 1
意識高い系もそうだし、陰謀論もそうだし。
スピーカー 2
確かに。
なんかね、どの視点もわかるっていうのは、
なんかね、散りばめてられてて、
なかなかに生々しいんだよね。
すごいこう、確かに起こりうるなっていう感じがあるから。
ハマっていく仕掛けっていうのが物語であると、
推し活の仕掛けと消費される物語
スピーカー 2
その物語を、自分が物語を作っていく一つの重要な役割っていうか、
っていう風にさせていくんだよね。
だから、私たちが作らなきゃ、私たちが支えなきゃっていう。
皆さんのおかげで、この人は今デビューできるんですみたいな。
それこそオーディション番組系は基本そうだよね、全部。
スピーカー 1
そうだね。でもあれも面白かった。
オーディション番組も、オーディション番組好きっていう人。
押し勝てって言ってるけど、選ばれるところまでが、そこが最高潮みたいな。
だから常に新しいオーディション番組をハマる対象を探し続けてる人で、
デビューしちゃったら、そういうのいたねみたいな感じになっちゃうみたいな。
だからオーディション番組という仕掛けで、
それってすごく消費されちゃうっていうか、
だからこそその後、デビューした後をどう作っていくかっていうのが、
中の人が大事みたいな話なんだけど、
でもそうやって消費されるものも確かにたくさんあるなって。
なんかそうなんだよな。
スピーカー 2
ヤバちゃんはさ、押し勝つみたいなことしたことある?
ないね。
私もないんだよね。
スピーカー 1
いわゆる押し勝つはないし、
あれってさ、単に何かのファンでとかっていうレベルじゃないじゃん。
無駄にお金使って、無駄って言うとちょっと語弊があるのかもしれないけれども、
スピーカー 2
時間もね、お金もね。
スピーカー 1
CDいっぱい買うみたいな、CDなんて聞かないのね。
なんかそのランキング上げるためとか。
スピーカー 2
そうなの、でもね、本当に今そういう感じで、
で、あと何だっけな、ファミリーティングみたいなのも結局その抽選で、
で、CDを買ったらそれに応募券が付いてるみたいな。
で、そうするとさ、応募するために何枚も買うわけよ。
スピーカー 1
買わないCDを、みたいな。
スピーカー 2
で、例えばね、私とかはあんまりハマらないわけ。
基本的に物にハマらないから、
なんかそれこそいい曲だなとか、このバンドの歌好きだなって思ったとしても、
例えばそのCDをそもそも買わないと応募できないと、
いやCD聞かないしっていう時点で脱落するし、
で、例えばもう少なくとも10枚ぐらいは買わないと、
当たる確率が少ないとか思ったときに、
なんかそういうアプローチが嫌とか思っちゃうわけ。
スピーカー 1
だからそういう冷静なタイプっていうのは、
あのね、カテゴライズさせるなら、
スピーカー 2
仕掛ける側なのよ。
スピーカー 1
ターゲットじゃないよね。
どっちかって言うと冷静、常に距離を置いて、
むしろ神の視点みたいな感じの、
そういうキャラクターも出てくるからね。
非常に冷たい人として出てくるんだけど。
スピーカー 2
そうなんだよね。
推し活における課金と自己肯定感
スピーカー 2
でもなんかさ、そこに、
じゃあ、なんで、
合理、全くもって合理的なさ、行動じゃないじゃん。
けど、それだけお金を使ったり、
買ったりしないといけないのかっていう風に思ったときに、
で、しかもそんだけお金がある、
裕福な人だったら見つめよう。
でもさ、そうじゃない人たちが、
もう生活を切り詰めてでもとか、
学校に使うはずだったお金を、
親に黙って継ぎ込んじゃったりとか、
までしてやるっていうのは、
異常なまでの依存性じゃない?
そこまでさせるものっていうのは、
それをすることによって、
自分の存在価値みたいなのが、
強烈に味わえる、
そうなんだよね。
スピーカー 1
現実社会の中では、
やっぱり仕事でも、
友達関係でも、
自分の価値は感じられないなって思ってる中で、
これ自分がやったオフセ的なアクションによって、
この推しがランキング上がったとか、
みんなに知ってもらえたとか、
それですごい満足、
自分は役に立ってるって思えるだろうね。
それが喜びなんでしょう。
スピーカー 2
でも実際、
リアルなお友達で、
結構仕活やってる人もいるんだけど、
スピーカー 1
そういう形の?
スピーカー 2
かなり使ってると思うけど、
リアルな生活でもすごく満足してると思うよ。
だから、あの小説の中で出てきた人たちは、
基本的にやっぱりリアル世界に対して、
何かしらのモヤモヤを思ってる人たちがほとんどだったし、
マジョリティはそうなのかもしれないけど、
現実世界はね、
別にリアルな生活に満足してても、
推し活っていうところにハマる気持ちよさとか、
満足はまた別のもので、
そういう世界を持ってる人もね、
当然中にはいると思う。
だけど、あの小説の中では全般、
結構現実苦しい感じの人たちが大きかったよね。
でも依存する人たちは、
依存性が高くなるのって、
そういうことを得てしてさ、
スピーカー 2
結構セットになりがちよね。
現実の苦しさみたいなところから、
ちょっと目を背けるというかさ。
スピーカー 1
そうね。
コミュニティへの違和感と境界線
スピーカー 1
推し活やってることによって、
現実よりも推し活やってる自分の方が、
その現実っていうか、
その人にとっては、
人生の中の自分が本当の自分で、
現実の方は毎回仮の姿じゃないけど、
っていう気持ちになれる。
別にどっちに現実だと思ったっていいじゃんっていう。
つまり認知の世界だから、
視野をめっちゃ狭いところで生きてることに対して、
あなた視野狭いですよって人に言われる筋合いはないっていうか、
これが私の、
私が一番心地いいし、
私の人生はこの狭い視野の中にある、
狭いって自分で分かってるか分かってないか別にして、
これでいいんですと。
そんな見たくない、
外の世界なんて、
全然本質的じゃない。
で、自分でその視野を、
視野とか認知を決めてるっていうことなのかな、
そうだとすれば何だって正当化されるというか、
使いたくて、やりたくてやってるんだから、
いいじゃんって言ったら、
でもそれを利用してる人たちがいるってことなんだよね。
利用っていうか、
仕掛けてる人がいるから、
自然にそうなったというか、
誰かの手のひらの上でお金を使わされて、
その何かのランキングで上に行かせるって、
結局その資本主義的な、
だって何の意味もないじゃんみたいな、
ランキングが上に行ったら嬉しいっていうのも、
誰かが作った、
スピーカー 2
誰かが作ったランキングだからね。
スピーカー 1
ランキングだから、
結局そこにお金が回ってるだけで、
自分はそこにお金をお伏せをたくさんしたぞと思ってるけど、
誰かが得してるだけで、
アイドル本人が、
別に必ずしも得をしてるわけでもないというか、
得をしてるかもしれないけど、
結局お金っていう、
儲けたい人たちのために結局集まっていく、
その人たちのある意味のピュアな活動が、
それでもいいのかもしれないけど、
幸せ、
スピーカー 2
それこそ幸せとは何かみたいな感じのところに、
結局落ちていく気がするんだけど、
選択肢が多いっていうのは、
結構大変なことだと思うんだよね。
もちろん選択肢が増える多いのは、
幸せなことでもあるんだけれども、
そこそこ女性の働き方とかさ、
そういうことも含めてね。
だけど選択肢がないときには、
それしかないから、
それがいいとか悪いとか幸せとか、
自分がどうしたいとか向き合わなくても、
その方向に行くしかなかったのが、
選択肢ができることによって、
自分は何をしたいのかとか、
考えざるを得ないし、
一方ではこういう選択をした人たちが見えて、
違う選択した人が見えて、
自分と違う選択をした人がすごくキラキラしてるようにも見えたりして、
なので、
選択肢が増えるのは素晴らしいことなんだけど、
スピーカー 2
同時にタフなことでもあると思うんですね。
何も世の中を知らない小さい村の中で、
ずっとその村のコミュニティの中で、
ちゃんと経済系も回ってて、
そこにいたら幸せに普通に生きていけてたのに、
都市に出て、違う世界を知ってたときに、
いろんな便利なものを享受したけど、
それが幸せなのかっていうのとはまたちょっと違ったりするのと、
私は広築に似てる部分もあると思って、
スピーカー 1
田舎のネズミと都会のネズミみたいな、
古くは常にあると思うよ。
スピーカー 2
でもそれがSNSとかインターネットによってものすごい拡張、
人間が処理できないくらい拡張されていってる中で、
あえての狭い世界の中で、
自分が力を、それこそ中学生じゃない、
自分が力を持てる感じ?
自分がアクションすることで、投入することで、
誰かを支えていたり盛り上がっていったり、
その世界が広がっていく幸せみたいな感じを作り上げちゃう。
っていうのは、
多分人が求めてるものにすごく合致してるんだと思うんだよね。
でも一方で横ちゃんがいたみたいな、
それをビジネスとして見た時のいやらしさと怖さと、
倫理的にどうなんだっていう感じがあるよね。
仕掛け側の倫理観とファンの熱狂
スピーカー 2
自分がマーキングをやってるから、
それもあって、ロイヤルファンってね、
アジアのあるリサーチ行った時に、
あるグッズのロイヤルのファンの人たちにインタビューしたことがあるんだけど、
普通にそのが好きで定期的に毎年買うんでしょみたいな、
理性的な人も中にはいるんだけど、
強烈な人がいて、
一生ケース何十個分ですと、
お金も空間も圧迫されてると、
でも本当に好きでっていう人がいて、
幸せなの、その人は幸せなのよ。
だから別にそれはそれでいいんだけど、
でもそこまで熱狂化させるっていうことに対しての、
仕掛け側としての倫理感がちょっと、
ゾクッとしたね、そのインタビューを見た時に、
っていう風に感じないかなって思ったんだけど、
別にクライアントはなんとも思ってない感じだったけど、
すごい熱狂的なファンもいてありがたいですね、
ぐらいな感じだったんだけど、
ありがたいんだけど、
だからすっごい成功例だったけど、
スピーカー 1
まあね、別に誰も被害者いないからね、
スピーカー 2
そうなの、被害者いないからね、
スピーカー 1
みんなだって幸せなんだもん、
ビジネスとしては儲かるし、
買ってる人はお金使っても、
それに十分な対価をその人は得ていると思ってるから、
全然いいっちゃいいんだよね、
勝手に周りの人がキモいって思うだけで、
周りっていうか、洋子ちゃんは思うだけで、
でもなんかちょっと、
倫理的にどうなのって思っちゃう、
それはわかるんだけど、
私も思わないではないけど、
むしろどうやってその状況を作るかっていうことを、
一生懸命考えてるってことだもんね、
仕掛け側はね、
スピーカー 2
そうなのよ、だってさ、
それこそね、
今、里直さんの、
AI時代の、
スピーカー 1
それも私も今読んでるよ、
スピーカー 2
読んでる途中なんだけどさ、
確かにさ、
AIがお勧めするみたいになってきた時に、
時代になってきた時に、
大きな企業とか大企業とかの方が強くなるのは、
より顕著になっていくだろうし、
じゃあそのニッチなところとか、
小さいところみたいなのが、
生き残っていく時に、
ファンを作っていくっていうのは、
めっちゃ大事だと思うんだよね、
でもなんかそのさ、
ファンを作るってさ、
健全なのとさ、やっぱさ、
不健全なのの境目って、
グレーじゃん、それは。
まあね、
スピーカー 1
りょうこちゃんがさ、
コミュニティへの拒否感の解像度
スピーカー 1
さっきのなんかさ、
集団占領の時に言ってたのか、
今回に言ってたのか、
わかんないけども、
コミュニティっていうものに対する、
ちょっと拒否感みたいな話?
が嫌なんだけど、みたいな、
なんか言ってたじゃん。
それ、もうちょっと解像度上げたいって思ってたけど、
いや、なんかわかるんだけど、
何が、
何がそこまで、
りょうこちゃんが、
なぜ嫌だと思うんだろう、
とかっていう、
それ何なの?
自分の何か奪われる感じがするの?
スピーカー 2
違う、たぶん私ね、
私がコミュニティ的なものが嫌だなって思ったのを、
さかのぼると、
もう全然10代からそうなのね、
だから学校みたいな集団も苦手なのよ、
苦手だったのよ。
スピーカー 1
で、なんで?
スピーカー 2
で、そうそうそれで、
なんかある一方向に向かってる感が、
なんか拒否反応っていうか、
本能的に怖いって感じがしちゃうね。
怖いっていうか、
本能的に苦手だと思っていて、
で、それがやっぱりある集団になった時に、
当然さ、そこは共通の価値観が、
同じ思いを持ってるから、
そこに集団化するわけじゃない?
で、それ自体は、
別に私は否定してるわけじゃないし、
私自身も、たとえば友達との関係においてはさ、
やっぱりある種の共通する価値観があるから、
友人関係なわけだし、
話してて心地いいわけだし、
それは誰しもあると思うんだよ。
でも、そこに対して、
たぶん私は常に、
固定化していくのが怖いみたいな感じがきっとある。
スピーカー 1
自分が?
スピーカー 2
自分が。
自分が固定化していくのが怖いっていうのもあるし、
その集団が規模が大きければなるほど、
コミュニティとしての価値観みたいなのが、
より広厚になっていく感じがすごいあって、
集団が大きくなればなる。
で、そこの中に入るのに、
強烈な違和感をかけている。
たぶん10代からずっとそうなんだよね。
大人になってからというよりは?
スピーカー 1
人と、
つまりやっぱり同調圧力みたいなものを感じたくないっていうことなのかな。
スピーカー 2
それが大きいんだと思う。
スピーカー 1
コミュニティが持っている価値観に自分が絡めとられるのが嫌だと。
でも自分はそうじゃないって思っていればいいだけのような気もするんだけど。
スピーカー 2
そうそう、だから別に否定をするわけじゃないんだけど、
自分がその中に入りたいと思わないというか、
否定っていうのは、そういう存在とかコミュニティを否定するわけじゃなくて、
私がその中に入りたいとか、その一員になりたいと思ったことがあまりないよね。
で、なぜそうなのかっていうと、
ある種のコミュニティって、私たちっていう。
で、私たちっていうのは、私たち以外っていうのと線を引く、
その境界線を引く感じがあって、
で、なんかその境界線の中にいるから、
安心感があったり、理解し合える心地よさみたいなのが生まれる。
で、その心地よさとか安心感を別に否定をしない、
私も全然否定をしないんだけど、
なんかじゃあ、自分がそういう心地よさとか安心感を求めてるかっていうと、
多分あんまり求めてない感じもあって、
なんかそこに、それ以上に、
その私たちと私たち以外のその線を引く感覚に、
違和感を多分強烈に抱えちゃうのね。
なので、コミュニティで私たちみたいな感じで見たときに、
その中にどっぷり入っていこうとするよりは、
ちょっと引いた感じで、そこを見て、
なんかいろんなコミュニティとかを覗いて、
で、私はどう思う?みたいな、
自分自身に問いかけるみたいな感じのスタンスを、
結構常にとってきたなっていうのを新たに感じたわけ。
で、私はその線引きが、
線引きがね、
嫌っていうか怖いっていうかっていうのは、
さっきの集団戦略じゃないけど、
やっぱり線引きをして、
私たちっていうのを強くすればするほど、
うまく組織が機能しなければ、
固定化されちゃうっていうか、
概念が固定化されちゃったりとか、
するなんか同調圧力みたいなところもやっぱり生まれていく、
その心地よさの反面リスクみたいなのもあるのを、
本能的に感じたのかなって思ったの。
なんかもちろん10代の頃にそういうコミュニティがやられたと思ってたので、
そこまで考えてなかったんですけど。
スピーカー 1
じゃあさ、その心地よさみたいなものは、
それは陽子ちゃんは必要がないからなのか、
それとも別なところにあるからなのか、
それってどう思う?
スピーカー 2
別なところにあるからだと思う。
それはその集団の心地よさじゃなくて、
1対1とかで生まれる、
理解だったり共通だったりみたいな心地よさがあって、
それを点とか線でいいっていうか、
そういう点や線がいっぱいあることが心地いいんだと思う。
なるほどね。
スピーカー 1
そういうことね。
だから集団の中に感じなくても、
関係性の中にあればいいっていう。
それぞれの。
スピーカー 2
それぞれの関係性の中であるから、
なんか別に集団ということに求めないんだと思う。
集団になった途端に浅いんだけど、
価値観はなんか強固みたいな感じのところが、
自分の欲しい深さじゃないし、
だけどすごい一方向の価値観があるしみたいな。
そこで入りきれない気持ちがするかと思う。
スピーカー 1
確かにね。
集団と個人の心地よさ
スピーカー 1
煩わしさが多い感じはあるよね。
ちょっとしたことよ、本当に。
意味あるんだかないんだかわからないけど、
一緒にお弁当食べるとかもさ、
例えば、なんとなく惰性で学校とかで一緒に、
それは集団というほどのサイズじゃなくてさ、
スピーカー 1
数人でいつも仲良しグループがあるじゃんって、
そういうのがないならないで、
確かに所在の無さみたいなのを学校の中で感じる。
スピーカー 1
私は友達がいないとも思わないし、
別にいじめられてたわけでもなんでもないんだけど、
みんなで二人一組になってとか、あるじゃん。
スピーカー 2
あるね。
学校とかでよく、そういうのであぶれちゃうタイプだった。
スピーカー 2
私はあぶれちゃう。
スピーカー 1
誰ともこの子といつも仲良くしてるとかがなくて、
だから、みんなとそれなりに仲良くしてるし、
孤独だと感じることも特にないんだけど、
いつも一緒にいる固定の、こういうのあったら、
私たちセットだよねみたいな、
そういう相手がいなくて、
いざみんな手繋いでってなった時に、
あれ、手繋ぐ子いないみたいな、
そこに所在のなさを感じて、
この問題をどう解決したらいいかっていうんで、
中3ぐらいの時にようやくグループみたいなものに、
もしかしてこれはグループかなっていうところに、
自分が4人ぐらいのいつも仲良い友達っていうのに、
スピーカー 2
自分入れた時にちょっと安心したの。
なるほどね。
スピーカー 1
これはとりあえずここにいれば、
なんかそういう、あぶれないぞ私っていう感じが、
それは例えば価値観が合うとか、
そういうものすごく強い、
まだ中3の時の感じは、
まだ本当に仲良し、
といえば仲良しだったし、
でも全然違うの、みんな。
実際中学卒業しちゃったら、
もうほぼ連絡も取ってないぐらいな感じになっちゃったんだけど、
高校の時とかはより、
もうなんかある意味の便宜上というか、
あぶれないために、
一緒にお弁当を食べるとか、
一緒に陶芸講をするとか、
そういうことのために、
必要な場所を作るみたいな感覚で、
グループの中に入ってるみたいな感じがあったなって思うんだよね。
スピーカー 1
それは別にそんな同調圧力とかも別にそこまで感じなかったし、
嫌悪感もなければ、
ここにいればでも楽。
余計なこと考えなくていいっていうか、
私が一人になっちゃうとか、
所在なさを感じる、
一人でお弁当食べるのもやだしみたいな。
でも毎回誰かに入れてくれるっていうのってすごくハードルあるけど、
スピーカー 2
エネルギーかかるよね。
スピーカー 1
かかるじゃん。
とりあえずこの何人かで食べるっていうルールにしとけば、
そこのストレスはなくなるから、
でも世の中そんなものたくさんある気がするんだけど、
スピーカー 2
そうね。
スピーカー 1
それが私たちのグループでいたいならこのルール守ってねみたいな感じになると、
ちょっとそれは私も嫌だったと思うんだけど、
当時はスマホないんで、
SNSない、
LINEグループないから多少。
でもLINEグループで言うならば、
このLINEグループの中のこの返信しなきゃいけない、
誰かが言ったことに反応しなきゃいけないプレッシャーみたいなものは感じることあるね。
別にそんなコミュニティってことなかったとしても、
どう反応すればよいのだみたいな、
スルーすると冷たいかなとか、
スピーカー 2
なるほどね。
スピーカー 1
とかね。
ちょっとレベル感違うかもしれないけど。
スピーカー 2
でもそうね。
なんか別に、
友達がいなかったら絶対つらいし、人生。
こんだけ喋るの好きだしさ。
誰かと喋ってたりし。
若い時に比べると今の方が、
例えばいろんな場面に呼ばれたりとかしたら本当嬉しいなと思うし、
あぶれちゃうタイプとコミュニティへの参加
スピーカー 2
ありがたいなと思うしすごい楽しく話すんだけど、
なんだろうね、
さっき言ったようなあぶれがついた話をしてたけど、
大学でクラス何人いたんだろうね。
クラスがあったんだよ。語学別の入学したときにクラスがあって、
40人くらいいたんじゃないかなって。
女子が7人?
で、基数なんで。
で、体育があってさ、
で、体育と語学はクラスでやるみたいな話だったんだけど、
で、体育でやっぱりペアになると必ずあぶれるから、
男子と組むか先生と組むかみたいな感じで、
でもそれもあんま気にしないんだけど、
でも入学して、
1週間か2週間とか1ヶ月も経ってないぐらいのときに、
1ヶ月ぐらいのときに、
お昼、
私は入学式の後に、
新入生関係のいろんな部活が勧誘したりするじゃん。
そこで会った友達と仲良くなって、
で、その子たちといたら、
私以外のクラスの女子みんなが一緒にお昼食べてる場面があって、
で、別になんていうの、
私入れなかったとか思わなかったんだけど、
受けたね。
100円みたいな。
面白かったっていうか、
面白くて強烈に記憶に残ってるんだけど、
そういう場面の中に、
入らなきゃと思わなかった自分にも受けたし、
入ってない自分にも若干受けて、
笑っちゃったんだけど、
そこに努力をね、
今以上にしてなかったんだよね、若いときは。
スピーカー 1
うん、わかるよ。
目に浮かぶようだし、
実際そこまで、
気にしなければ、
別に気にならないで終わることのような、
スピーカー 2
それでいいんだけどね。
高校生活以上にその場面もそんなに多くないから、
スピーカー 1
自由にやればいいんだもんね。
スピーカー 2
だからそこに入ってないことによる、
負荷っていうか、心理的負荷だったり、
あと声かけるエネルギー負荷みたいな、
一緒にペア組もうみたいな、
エネルギー負荷もそこまでなかったから、
そのまんまにしちゃったんだけど、
すごい、
ようこさんたらって自分で思ったわけ。
なるほどね。
スピーカー 1
だからそういう意味では、コミュニティっていうものが、
たぶんお友達グループみたいな、大人になるとさ、
もっとそういう意図して作らなきゃいけない、
みたいな中で安心するよりどころっていうか、
だから結局、
推し勝つっていうのも、
アイドルと自分の関係性っていうこと以上に、
推し同士の仲間の中での自分のポジションっていうのが、
一つそこにいる理由になるわけじゃない?
スピーカー 2
そうなんだよね。
それもコミュニティじゃん。
スピーカー 1
推し勝つコミュニティって。
推し勝つコミュニティ、そうだよね。
スピーカー 2
だから、
そうそうそうなんだよね。
インターメンガチャーチャーの中でもさ、
あなたはもう十分頑張ってるよとか、
あなたの貢献で、
みたいな感じで周りが言うんだよね。
だから、
自分の存在、
ここだと自分は認めてもらえるとか、
役に立ってるかみたいなのを、
強烈に味わえる。
そうだよね。
スピーカー 1
ちょっと別人格ぐらいにね、
現実の時には全然主張がないタイプでも、
その中に行くと自分の使命を感じて、
すごく大胆な行動に出れたり、
人を盛り上げる役になったりとかできるわけじゃん。
だからそういうのがね、
称賛されるからだと思うけど、
それは存在意義を感じるよね、自分のね。
スピーカー 2
そうそうそう。
そうなんだよね。
あれがさ、
本当に、
よこちゃんが今言ったみたいに、
推しの対象と自分っていう、
それだけだときっと弱いんだよ。
構造としても。
だけどさらに、
コミュニティで集団で上げていって、
その集団の中に役割みたいなのができてくるから、
上下っていうか、
縦もあれば横糸もあって、
斜めもあってみたいな感じに、
構造化されていくから、
より強固なコミュニティみたいな感じに、
成長していく感じが、
すごいあるじゃない。
スピーカー 1
そうね。
スピーカー 2
で、私はその、
この構造みたいなところに入る。
もともと入れないっていうか、
スピーカー 1
まあね、
煩わしいことね。
スピーカー 2
めんどくさいのかな。
めんどくさいんじゃない?
スピーカー 1
別にそう思ってるわけでもないのに、
合図中通とかがめんどくさいんじゃない?
スピーカー 2
でもね、私若いときは、
推し活コミュニティの構造と存在意義
スピーカー 2
入れない。
大学のときのケースでいうと、
別に何とも思わなくて、
何とも思わない自分にもあらあらと思ったんだけど、
でもどこかで、
特に20代とかは、
なんで自分はコミュニケーション下手なんだろうって、
コミュニケーション能力が低いし、
っていう風に思ってたこともあるわけ。
だから、そういうコミュニティに入れるっていうことに憧れっていうか、
なんか、いいなって。
でも入りたいかって言ったら、そうじゃないんだけど、
っていう風に思ったりしたこともあったんだけど、
でもね、もはや何も思わないよね。
スピーカー 1
ありのままになっちゃう。
スピーカー 2
そう、ありのままで。
スピーカー 1
歳をとればとることね。
スピーカー 2
そうだし、私は多分、
深い線の方が心地いいっていうか、
スピーカー 1
分かるよね。
スピーカー 2
深い線が無数にあって、
なんかそれがアメーバみたいな感じにあって、
それがどんどん広がっていく方が、
自分としては楽しいし、
民族度も高いし、幸せだから、
よし!みたいな。
いいんじゃない?
スピーカー 1
いや、いいと思うよ。
そう、そうだよね。
でもまあ、人によって、
そういうところに喜びを感じる人もいるから。
スピーカー 2
でも、そっちの方が大切なんじゃないかな。
スピーカー 1
そうなのかね。
そうなのかね。
スピーカー 2
でもさ、昔からそういう性質が人間にはあったと思うし、
そういう役割が地域コミュニティだったり、
業界だったり、みたいなものだったんだと思うんだけど、
SNSとかインターネットによって、
バーチャルに再現ができちゃうし、
作れちゃうから、
健全な形だといいけど、
本当にそれがカルトもそうだし、
ちょっと生活を壊すぐらいの課金、
課金システムみたいなものとかも容易に作れちゃうから、
怖いって怖いよね。
スピーカー 1
そうだね。
スピーカー 2
自分の子供とかが、
課金まみれのお仕事とかに変わったりしたら怖いよね。
スピーカー 1
形のないものにそうやってね、
そうなんだよね。
なんかの授業料で、留学の費用だって言ってきて、
子供のためのお仕事してる、
子供をお仕事してると思ったら、みたいな。
だからさ、
誰にお仕事してるって、
子供に課金しまくってるわけじゃん。
スピーカー 2
確かに。
スピーカー 1
押しですよ。
押しとしか言いようがないわ。
子供に対してこんだけ課金してるの。
スピーカー 2
それね、別の友達とも、
その話になったわ。
だからなんか、
子育ては押し勝つ。
スピーカー 1
押し勝つだよ。
それ以上の、
リターンがあるともないとも、
そういうことだけじゃないじゃん。
ただの愛じゃん。
スピーカー 2
無償のね。
スピーカー 1
無償の愛。
無償っていうか、
自分の身を削ってる愛なんだけどさ。
スピーカー 2
確かに。
スピーカー 1
相手はどう思ってるかは別にして。
むしろ、
それで子供がどうなるかとか、
以上にある意味、
子供にそうやって、
お伏せをしていることの
自己満足みたいなところもある。
あるんじゃないの?
わかんないけど。
やっぱこれだけ。
そうしないでいられない感じ?
子供の願いを叶えてあげたいとか、
子供が喜ぶって言ったら、
してあげたい。
だから押し勝つなんじゃないかな。
ある意味、
そこはあんまり、
子育ては究極の推し活?
スピーカー 1
全然コスパとか考えてないから。
もちろん世の中考えてる人もたくさん。
一般的には考えると思うんだけど。
たぶん、
自分のお金の使いどころとして、
子供のことはあんまり考えてないよね。
これやったら、
この価値あるのかとか。
出せるもの出せないものありますよ。
もちろん。
それとの金額の高もあるし、
いやいやこれはちょっと高すぎるでしょとか。
あるけど、
でも自分が出せる範囲だったら、
やりたいならやればいいんじゃない?
あんまり金額を気にしてないなって思うし。
自分の何か買い物には、
めっちゃこれいるかなとか、
めっちゃ考えちゃうんだけど。
物を買うっていう意味では、
子供に対しても。
物を買うのは考えるんだけど、
体験みたいなものに対しては、
スピーカー 2
ほんと、
スピーカー 1
射止めをつけてないのではないかっていう。
超高いものとかじゃないんだけどね。
スピーカー 2
わかるわかる。
スピーカー 1
じゃあわかんない。スキーに行きたい。
子供スキー合宿に行きたい。
3万です。4万です。
まあいいんじゃないの?って思っちゃう。
スピーカー 2
そうね。
スピーカー 1
とか。
でもまあ冷静に考えて、
2泊3日で4万、5万。
まあまあ一人でね。
それだけ。
まあまあちゃんとした汚染旅館とかに行くのと、
スピーカー 2
変わらないと思うとか思うと、
スピーカー 1
じゃあいざ自分が家族で行くってなった時には、
まあちょっとどうするか考えるかもしれないなとかね。
ちょっと少しでも安い日にちはないかしらとか、
探すかなとか思うけど、
なんかそういうの全然気にしてないなとかね。
スピーカー 2
確かに。
スピーカー 1
もう探求学者なんてどんだけ、
どんだけ払ってるかっていう。
スピーカー 2
しかもね、次々と面白そうなコンテンツが生まれてくるからさ、
あ、これは確かに面白そうだねとかね。
スピーカー 1
そうそうそう。
スピーカー 2
そうなのよ。もう言っちゃうよね。
スピーカー 1
どんだけ課金したかって思うんだけど、
子どものことなら、
だからそれはもうしかつもそうなんだよね。
スピーカー 2
しかつじゃない。確かに。
スピーカー 1
しかつなんだろうね。
スピーカー 2
だからその、星の、
しかも今現在の幸せとかじゃなくて、
今現在もそうだけど、
それ以上に将来の何かの勝手に、
地となり、肉となり、勝手になるならっていう感じ。
スピーカー 1
と思ってね。
スピーカー 2
と思ってね。
スピーカー 1
資本主義に絡めとられて、
言ってるだけかもしれないけど、
でもそんなんいちいちコスパとか考え始めたら、
まあやれない感じもある。
まあいいんだよって思っちゃう。
子どもが喜ぶならいいんじゃない?って思っちゃう。
スピーカー 2
だからさ、そこで使ってるし、
そこを調べていったりとか、
あ、これもいいかもみたいな感じのが、
ゆう子ちゃんのおしかつで満たされてるから、
なんかそれ以外のところで、
応援したり決意したりみたいな感じの気持ちにならないじゃない?
そうなの。
スピーカー 1
よそのアイドルよりね、うちのアイドルでいいよ。
みたいな、小生意気な。
確かにね。
スピーカー 2
報われない感じもあるからね。
報われない。
特にうちとかも大きくなってきてるから。
そうだよね。
スピーカー 1
まあそうそう、そういうね、
なんかうちがあるんだかないんだかわからないけど、
スピーカー 2
まあそういう、いつもの通り。
結局子どもの話になっちゃったけど、
でもインサメガチャーチは、
なかなかにおすすめだし、
分厚いけど読みやすいから、
やっぱりアサイリオンあれですね、
スピーカー 1
ヒットメーカーですね。
すごい、なんか視点が面白いね。
スピーカー 2
そうそうそうそう、視点が面白いね。
視点が面白いから、
その最後のゾクッとする、
こう接続されていく感じとかも、
なんか面白いから、
なんかこう、いろんな視点になって読んで、
見て欲しい感じがする。
スピーカー 1
ひとりひとり登場人物に、
役者を当てはめて、
映像化するイメージをめっちゃ持ちながら見てた。
スピーカー 2
映像化できそうな感じがする。
スピーカー 1
たぶん何年か後に、
スピーカー 2
されそうだよね。
スピーカー 1
ドラマか映画かわかんないけど、
されるだろうな、
まあかなり映像化されてるしね、
アサイリオンの作品でね。
スピーカー 2
でもなんかさ、それたぶんさ、
想定してんじゃない?ある程度。
スピーカー 1
そうだよね、そういうのが上手い。
でもすごい時代性のあるテーマだから、
10年後だと、
もしかしたら時代に合わないかもしれないから、
映像化するなら、
今年か来年がいいんだなと。
スピーカー 2
勝手に。
勝手に応援する。
スピーカー 1
たまには小説もいいなって思いました。
スピーカー 2
ぜひ読んでみてください。
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