第232夜 『名古屋 丸栄百貨店、さよならとそれから。』
2026-08-28 45:22

第232夜 『名古屋 丸栄百貨店、さよならとそれから。』

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放送回:特選「さよなら! 私の愛した百貨店」(2018年8月3日)


丸栄の最後の3日間 / 閉店翌日も来るマダム / 25年連続の売上減少 / 何も買わない「お散歩」の場所 / 公園のような百貨店 / 床に潜むアンモナイト / トラック運転手になる営業課長 / 丸栄発信、行くぞ / 負け戦に出陣する武士の目 / ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』 / マルエイガレリア / 若者で賑わうフードホール / 何にさよなら

感想

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サマリー

このエピソードでは、公共放送のドキュメンタリー番組「ドキュメント72時間」で放送された「さよなら! 私の愛した百貨店」という回を振り返ります。特に、2018年6月に閉店した名古屋の老舗百貨店「丸栄」の最後の3日間に焦点を当てています。番組では、閉店翌日にも訪れるマダムたちの姿や、25年連続の売上減少という厳しい現実、そして「公園のような百貨店」として地域に愛された丸栄の姿が描かれています。単なる懐古主義ではなく、失われゆくものから何を学び、未来にどう活かしていくべきかという問いが投げかけられます。また、丸栄の跡地にできた「丸栄ガレリア」の現状や、現代の商業施設における「箱としての愛着」や「公共性」といったテーマについても深く掘り下げています。フランスの小説『百貨店』との比較や、従業員の人生に焦点を当てることで、時代を超えて変わらない百貨店の持つ人間ドラマや、失われたものの大きさを考察します。

「ドキュメント72時間」と「さよならシリーズ」
真夜中、コンビニの駐車場で。
このポッドキャストは、一つの場所を72時間にわたって定点観測する、某、公共放送局のドキュメンタリーを大好きな2人が、番組についての感想や愛を語ります。
今回は、さよなら、私の愛した百貨店、ということで、過去の傑作戦になるんですけれども、2018年8月の9日になります。
タイトルの通り、百貨店の最後の3日間に注目した回ということで、2018年6月の名古屋の愛されてきた老舗百貨店が、創業75年から最後に閉業してしまうということで、
その一時代を築いた老舗百貨店の最後の3日間に注目した回となっております。
それでは、やまぐちさん、いかがだったでしょうか。
まず、そもそもこの回を傑作戦としてやろうとなった理由みたいなところから話していくと、さよならですよ。さよならシリーズと言われるものがあるわけじゃないですか、ドキュメント72時間には。
結構多いですね。他も遊園地とか。
大島園とかね、あとロープウェイみたいなのもありましたよね。立石の酒場みたいな区画が成立しちゃうみたいなのも含めて。
そうですね。あったじゃないですか。去年ぐらいに僕らが結構いろんなところで言ってたので言うと、平成の終わり、令和の始まりみたいなことを去年ぐらいに言ってたと思うんですけど、
言ってました言ってました。
それは言語的に言うと別に始まってるんですよ、とっくにね。だけど、ある意味去年ぐらいで平成的なるものが一気に生産されて、その時代のパラダイムとして令和的なものに時代の空気感が含めてかけかわってきたなっていうのはすごい思っていて。
結構ね、頭を抱える令和ですけどね。
そうそうそうそう。だからそういう時代だからこそ、これまでさよならをしてきたものがどうだったかっていうのは、ドキュメント72時間がこういうアーカイブ性としていろんなものを撮ってるわけじゃないですか、さよならシリーズとして。
もうね、今はないですからね、本当にさよならシリーズは。
だから今後、これはね、今時代の切り替わりっていうことは我々は思っているが、ただその時代の切り替わりもいつかそのさよならをしていくことがあるわけじゃないですか、常に時代は回っていくから。だからやっぱりちょっと、令和が始まったみたいなことを去年言ったけれども、一歩先を見据えて、我々はもうちょっとさよならについて考えていくっていうことをやろうという強い気持ちを最近僕は思っていまして。
だからもう、なんて言うんだろう、懐かしむっていうことではなくて。
懐かしいじゃないですよ。
そう、懐かしいではなくて、ここからやっぱり真面目に言うと学べることみたいになっちゃいますけど、あれ、これってさよならしてしまってよかったのかなとか、とはいえこういう部分ってもう一回何かで社会の中に入れ込んでいかないとちょっとやばくない?みたいなこととかっていうのを勉強というかね、しみじみ感じ取っていくという形で今回でいくとね。
百花展っていうね、いわゆるみたいな昭和から続くカルチャーの一つの集団。
なんか畳み方みたいな感じかな、どう畳んでいくのかっていうところを、今回でいうとそのね、75年の歴史に幕を下したみたいなことなわけじゃないですか。それはなんか別に畳みたくて畳んだわけではないけれども。
そう、見返すとこれいいさり際っていうか、これはいい方ですよね畳み方としてかなり。
これはねすごいなんかいい、いや本当あれ久々に見て思いましたけどいい回ですよこれは。本当にいい回。
しかも多分当時見た時よりいいという感じがまたちょっと違ってくるというか。
時代と失われゆくものへの考察
多分当時ももちろんいい回だなと思ってたんですけど、これはあともう一個後でも話すかもしれないですけど、僕が名古屋に行ったんですよつい最近。
で、そこでそのマルウェイガレリアっていうですね、とこに行ったんですよ。で、マルウェイガレリアっていうとこに行って、普通にご飯食べて、別に帰ってきて、その後決策戦何にしようかみたいな話してて、で、マルウェイ百貨店みたいなのが一緒じゃんみたいになって調べたら、マルウェイ百貨店の跡地にマルウェイガレリアっていう別の建物ができてたんですよ。
これでさよならしてもうなくなってしまった百貨店だけれども、今はまた新たな形で別のものがスタートしてるわけなんですよね。
そうそうそう。
差分がどうなるのか。
そういうこともあって、じゃあなんかそういえばマルウェイ百貨店のこの回はどうだったのかということで、ちょっと長くなりましたけど、そんなような理由も含めて、このね私の愛した百貨店という、そもそも百貨店も閉まり続けてるっていう今もありますし、そういったものをね見ていこうと思って取り上げたわけですよ。
まあただね、やっぱもう百貨店の回だからなのかその、もうマダムが出るは出るわ。
もちろんそれはそうですよ。
マダムがすごい量のマダム。
名古屋のマダムがね、名古屋のマダム。
すごいもう初めて会ったのに、マルウェイのお客さんってみんなそうよねって言ってみんな一人で来てるお母さんってそのねマダムたちがみんな仲良くなってるっていうね。すごいでした。
思い出がね共通してますからねこのマルウェイに通ったっていうね。
ねもうこれもういきなり中の話、最後の話言っちゃいますけど、マルウェイがね6月30日に閉まるんですよね。
はいはい。
でその7月1日にその閉まった後ですよ。翌日も店の前にもマダム来ちゃうんですよね。どうすればいいのか調べてね。
あの気持ちでもわかるなあ。
あれなんかすごいねいいね。
ただ終わった日じゃなくて終わった次の日ね行っちゃうんだよなああいうのって。
そうわかります。
僕はあれですね中野サンプラザが閉業したとき。
ああはいはいはい。
翌日にやっぱ行きましたもんね。わあ本当に閉まったんだ。
やっぱ確認作業ですよね。
そうそうそうそう多分ね確認なんですよあの人たちも本当に。改めてねああ閉まったんだっていう。
そうなんですよ。
それはわかってるけどねそれは。
そうそうそうそれはね閉まってわかってますよそれはね。そうなんですよ。
今回って全部そういうマジレスが意味なくなっていく図式多くなかったですかそういうマジレス。
翌日に来ちゃうマダムたちにネットとかニュースでもあれだけ出てるんだから閉まってるもんは閉まってますよみたいなマジレスとか。
他もやっぱいろいろあるじゃないですかなんかこう25年連続売上げ現象でなくなることになりましたみたいなことも。
それはもう時代の転換なんで仕方ないです。
働いてるねこの後もたくさん喋っていくと思うんですけど働いている人たちに対してもなんかそんな最後までやるよりも早めに転職した方がいいですよみたいなこととか。
なんかもうそういうマジレスいやわかってんだってそんなことみたいなとこはかなりありませんでした。
いやこれ百貨店っていう存在がそういう存在なのだと思うんですよ正直。もう今の時代においては。
現代のね百貨店って。だって正直今ある百貨店とかってなんかやっぱ言ったら結構会員制のビジネスみたいなことで、
あとインバーやっぱもう結構もう僕らがこう知ってるようなあの百貨店のイメージとはやっぱ全然違うところでもう利益出してるじゃないか。
そうそうそう基本もうそれかあとはもうユニクロとなんか電気屋が半分以上閉めてるかみたいな感じですよね。
まあそもそもね。それは老舗百貨店というよりは今の言葉で言うと百貨店だけど新しいやつしか入ってないと。
商業ビルっていう言い方なのか。
まあ複合ビルとかですね。
ああ複合商業施設みたいな話ですよねだから。ともう百貨店はやっぱり全然違っていて、いわゆるの百貨店みたいな。
三越とかですよね。ああいうところっていうところはもう本当に三越とかそういう伊勢丹とかなんかその本当にトップ中のトップしか残ってなくて、
でそのトップ中のトップのところもやってることって言えばやっぱさっき言ったようなと全然違う。
なんかね当時とは違う形になっているので、まさや丸江とかはやっぱりその地域に目指してっていうところでやってきたけど、
もうやっぱり百貨店っていうねその業態自体がやっぱりもうニーズとしてはかなりねずれてきている。
マダムたちの愛着と百貨店の変遷
それが非常に面白いなと思ったのがそのマダムが帰ってきたけど、実はなんかその途中売上減少でてこ入れのためになんかギャル路線に走って紹介されるじゃないですか。
あれいいですよね。そのギャル路線に走ってもダメだったってそれはなんか違うだろうみたいな。
ギャル路線っていうのがやっぱでもその名古屋城と言われるじゃないですか。
途中でも出てきますしね。
まだ2018年だからまだ2000年代とか10年代って本当に名古屋城はいたと思うんですよ。
でもそのなんか本当にいたとはいえそういう名古屋城のギャル路線を取るかこのマダムの路線を取るかでいろいろ悩んだ挙句やっぱり多分どっちにも振り切れなくて、
結果なんかどっちの客も失ってしまったみたいな多分おそらくですけどなんかそういう悲しい状況があると思っていて。
そういう右往左往も含めてなんか百花亭の厳しさ。
昭和から来てるのがやっぱ平成で生き抜けなかった。そして令和ではもう完全にいなくなってるって感じしますよ。
そうね。だからその冒頭それこそ50年間通い続けてるマダムがやっぱその何がここがいいんですかみたいな話をしていると気楽に来れるのがいいみたいなこと言うじゃないですか。
そういうマダムは何をするのかっていうとバチカから始まり8階の美術品売り場に行き特に何を買うでもなくうろうろして帰るっていう感じなわけじゃないですか。
気楽に来れることがいいっていうことはもちろん地方地域に住むそのエリアに住んでいる人たちにとってはいいんだけれども商売的な目線で来るとさっき本田さん言ったみたいにどっちつかずになっちゃうっていう危険があるわけですよね。
結局ハイブランドがあるわけではなくてまあ見に来る人ももちろんなんかあれですよその滝の絵とかが2000万とかそういうのはあるんですけどそういう話ではなく。
僕も昔地元百貨店とかの屋上のああいうの見てこれ誰が買うねんと思ってましたから。
ああいうスペースとかもそのいわゆる百貨店フォーマットに乗っ取ってやってるわけですよね。
でもなんかそれがそのなんていうんだろうなやっぱり個々その気楽に来れることがいいんだよねみたいなことで言うとじゃあ突き詰めていくと別に若い人と今すごくユニクロとかGUとかそっちの方が別に気楽じゃんみたいなことに多分今時代的に言うともう完全に切り替わっちゃってる。
そのマダムの比較で言うと御服屋みたいなものとかと比べるとそりゃ気楽に来れるのがいいかもしれなかったかみたいな。
そんなさすがにあのマダムの人たちも御服屋には通ってないと思うんですけど。
いやいやでもなんていうの商店街のさ服屋さんとかさそういう風のよりもなんかちょっとこじゃれていて。
仕立て屋さんみたいなとこ行くようなってことですよね。
ツルシって言いますからね今の。全然今言わない言い方ですけどツルシのお店ってことですよね。
そういうなんかでもだからこそ中途半端な立ち位置になっちゃったんだなっていうのはやっぱ25年連続で売上減少って迫力ありすぎの数字でしょって思うわけですよ。
だからやっぱもう本当にバブルで終わってるはずだったっていうものですよ。
上手くねそのそれから変身を遂げれたというか業態としていろいろ変えることができた可能性があったのかもしれないけれどもやっぱりただ自分もこうああいう当時の客家店とか別にもうマルエだけじゃなくて見ててもうちょっと時代が違うもんなって思っちゃいますよね。
そうそれはだってもうそのでもギリギリそのなんか百貨店とかわかる世代じゃないですか我々って。
いやまあね子供ちっちゃい時はやっぱ百貨店行くっていうのがなんかちょっと特別な体験というね。
そうなんか親に連れられてなんかおもちゃコーナーが充実してるとかそういう屋上遊園地かどうかあれだけどゲームコーナーがちょっとした。
ありましたありました。
あるゲーセンじゃなくてちょっとあるみたいなねそういうのとかそういうのはやっぱギリギリわかる世代っていうかあったなっていうのは思い出しましたね見てて。
それがあるのと同時に大人になった今大人目線で考えた時になんか買うもんがねえっていうたまに僕地元帰ってそのそれこそ屋上遊園地があって僕の地元今でもやっていくんですけど。
やっぱ1ミリも大人になった今買うものがなくてただただその屋上遊園地に行って自分の子供の頃思い出してなんか10円でクレーンゲームやったりして満足してるんですよ。
それノスタルジー消費じゃないですか。
そうただのノスタルジーただの子供時代の良き思い出をクレーンゲームで思い出すだけでその全くその百貨店の考えるその子供も大人になってここで買い物をしてとかじゃないんですよ。
大人になってもここで買い物しねえそれは多分この〇aでも絶対正直起きてるとは思っていてそれ考えると本当にねどんどんどんなんか自分もここで〇aが閉まった後に僕もあの世に行っちゃうかもしれませんみたいに言ってた境の番長みたいにどんどんお客さんマダムたちも含めてやっぱり色々お客さんというのは減る一方になるよな。
そうそうそうでも愛されてたっていうのがやっぱり今回の回じゃないですか。
最後の3日間はねもう人がたくさん入ってくるわけですよ。
なんかもうねその最後本当に昔の賑わいが戻ってきたみたいなねナレーションとかも入りますけどすごい人なわけですよ。
すごいけどさやっぱさっき言った僕が言った境の番長なんてさ本当ここはもう大好きですからみたいに言っててお店に突入してなんかこれこれだって言うからバーゲンセールとかで最後買うやつでチェックしてたのがあったのかなと思って寄ってったら売り場じゃなくてそこの下にある代理席があんもないととかが紛れ込んでる代理席でこれが新聞で紹介されてて珍しいんですよみたいな。
はあこれですかって言って写真撮って帰っていくだけなんで収支手ぶらで番長はこんな時代のとか言いながら最後のバーゲンセールすら1ミリも買わずに帰っていくっていうこれが全てを象徴しているという。
百貨店って結構民業っぽくないっていうか公園とかそういう公共的な何かだと思っていた可能性が高いんですよねみんな。
いや多分そうだと思う。
そういういろんなフロアを巡ってお散歩するっていうことが結局この百貨店が用いる価値でありそうなってくると買い物よりもお散歩になるからどっちかっていうとそういう民間っていうよりは公園とか街とかそういう公の匂いがする場所みたいな捉え方をしてるんじゃないかなと。
百貨店ってだって言ったら日本でも戦前からありますから。
歴史が長いんですよ。
そうそうそう。なんか会社がやってるみたいなイメージを多分あんまり持ってないんだと思う百貨店に対して。
そうそうそう。
やっぱり百貨店ってできた当時は確信だったと思うんですよね。
一つ一つの個人商店みたいなものが一つの建物の中に集まってここで全てが揃いますっていうこと自体がものすごく画期というか確信だった。
そもそも百貨店ってフランスから来てるんですけどいわゆる産業が開花した頃の都市労働者っていうものが生まれた結果都市労働者の休みの日のレジャーとして中間層の購買力っていうのは高まると同時に百貨店は生まれて
それは全く日本でも同じですよね。文明開花以降の明治以降の都市労働者っていうのができたときにやっぱりその人たちの娯楽として始まったのが百貨店。
その一瞬脱線する話ですけどフランスの話で言うとラサマリテーヌじゃないですか。百貨店の話で。
あそこが一回閉まって改装されるのに閉まったときに改装をやったのは日本人の建築家なんですよね。内装をやったのが。それやったときも結局彼らが何したかっていうと公園というかいわゆる日本の百貨店みたいなめちゃめちゃ歩いて楽しいみたいなところを彼らとして目指して逆にフランスの百貨店をそういうふうにリニューアルしたんですよ。
そういう百貨店体験みたいなものが実はそういうフランスも日本も共通しているというか百貨店ってそういう散歩をするものというかいろんなものと出会うものみたいなことは多分世界共通体験なのかなっていうのが。
全く共通してますよ。この話つなげようと思ってたんですけどまさしくフランスから百貨店が生まれていて本当に100年以上前の作家がエミル・ゾラっていう作家がボヌール・デダム百貨店っていう百貨店を舞台にした小説を書いてるんですよね。そこで繰り広げられてるのって今現代の人が見てもほぼ一緒なんですよ。百貨店で行われる人情みたいな。
従業員の人生と「箱としての愛着」
今回のさよなら百貨店と全く同じでそのうちの一つが百貨店の従業員の人生なの。つまりボヌール・デダム百貨店って一番のメインどころの登場人物っていうのがお客ではなく従業員で紳士服売り場の人、それから婦人服売り場、デパチカみたいなものはないですけどレストランのコック。
いわゆるその百貨店の中に一つの社会っていうのができていてそこの従業員同士の男性も女性もいろんな世代の人がいるからそこの人間関係とか恋愛ものとかそういうのがこの200年以上前の小説で繰り広げられるんですけどそれがもう今回のでも全く一緒だったじゃないですかもう熱血営業課長吉田課長を中心に
いかに百貨店というものを愛した社員というか従業員たちがいろいろな場所で働いていていろいろな人たちがいておそらくいろんな人間関係とかの波があったんだろうなあっていうのを思わせるさまざまな従業員って出てきて今回の回もそれが結構言ったらメインぐらいに据えられてるじゃないですか
だからそれがもうボヌルデダム百貨店と全く一緒だと思ってだからもうこんなに国と時代を超えて百貨店っていうものが持つものって変わらないんだなっていうのはめちゃめちゃ今回も
いや本当ね従業員たちの人生ですよね今回吉田課長もそうですしあと婦人副店長の加藤さんね
いいのに支えられてるんですよねやっぱ
本当ですよでも本当あのなんかピアガーデンのシーンが切なすぎて僕はもう営業本部でのピアガーデンのシーンがラスト3日間頑張るぞって言ってね結局その吉田課長はみんなを誘ったわけですよ
結局吉田課長はもう子会社に行くとでもそれでトラックの運転手をやると
すごいっすね百貨店の企画店とかやってる営業課長ですよ会社愛と家族を守るってこの2つで考えた結果子会社でのトラックドライバー結構ねきますよね
そうでしかもその残り他の3人はまだ決まってないみたいなね
もう辞めるというかねもう
そのまま残りだってもうね3日なわけですからあれなかなかそのなんか厳しい現実ですよね
これも本当に冒頭言ったもうマジレスとかじゃないんですよ本当に多分ナレーションでもあったけどもちろんその
閉まってしまうということに先駆けて早期退職ってやってるわけで早期退職してねある程度お金が出るとか早めに早期退職してしまって
転職活動しようとかそういうことを考える方が普通じゃないですかみたいな経済合理的にみたいなマジレスするのは簡単なんだけど
やっぱ彼らの顔を見てるとそういうことじゃないんですよねやっぱり最後までこの百貨店とやっぱり共に行くということを
やっぱり一旦心にねすごく決めた覚悟を決めた人たち
多分もちろん途中でね辞めてた方ってたくさんいらっしゃると思うんですけど別にその選択が間違ってるとか全然思わないんですけど
もう残った彼らだからもうやっぱ目つきというか覚悟が違うんですよねここに出てくる従業員たちがこれによって支えられていたとも言えるし
まあこれでもその24年連続売上げ減少っていうのはもう止められたろうなっていう
そういうことの積み重ねでやっぱ最後のそのね吉田課長の掛け声が響いてくるわけじゃないですか
最後最終日ですね
あれってまじでなんかある意味ゾスの対局ですよね
いやーもう丸栄発信行くぞーってやつ
みんなもう本気であーっていう本気の顔だったじゃないですか
あれいいっすよね一致団結してるなんかやっぱ戦いに行く武士の目をみんなしてましたよね
しかもラストサムライの方の武士でしょ
もう負け戦って分かってるけど出陣みたいなそっちの方のサムライですもんね
すごいですよねやっぱそういうなんていうのかなさっき公共みたいな話したし
民間がやってると多分ユーザーは思っていないみたいな話しましたけど
こういう人たちにより多分支えられてきたものっていうことなんでしょうね
経済合理性とかっていうことよりもそういうここが好きとか
愛者精神とかこの場所を守っていきたいとか
そういう思いによって成り立ってたんだろうなっていうのは
ここの行くぞっていう掛け声とかこの最後の一日を見るとやっぱつくづく思いますよね
それを思えば思うほど何が正解だったんだろうというか
百貨店みたいなものが終わりゆくっていうことは仕方ないことだと
公共じゃなくてとはいえねやっぱり利益を出していかないと会社って存続しないよとか
経済だって上向かないんだからその通り
でもやっぱりこの最後完結してる人たちの熱量とか見ると
なんていうかそれだけで片付けてしまって
何かこれをもう少し前向きな組み替えていくことで非常にそこも含めて
あと味が一見よく感じるんですけどどんどんもやもや
さよならが響いてくるんですよ
失ったものはでかかったと思います
百貨店が結局今どうなってきているかっていう話で言うと
そうですよまさに今どうなってますか
この場所はマルウェイガレリアっていうですね
もっと言うとこのマルウェイがなくなったタイミングで
この一帯が再開発をかけられる予定だったんですけど
結局コロナだったりとかその他いろんな多分知見者事情とかもあって
しばらくはまだ一帯開発がかけられないという状況になり
一応その土地の一時利用暫定利用みたいな形で今建物が建ってるっていうのが今ここなんですよね
ガレリアも最終形態ではないんですか
一応そういうつもりではないとは思う
ただ暫定10年とかそういうレベルだと思いますけどね多分
このマルウェイガレリアは全く違う名前になろうとしてたんですけど
地元の人からマルウェイっていう名前を残してほしいっていう思いを受けて
マルウェイっていうのが残って謎のイタリア語のガレリアっていうのはついてるっていう
暫定の話すぎるな
そうなんですよ
ガレリア
で今中に入ってるのは無印とかあといろいろ入ってるんですけど
あと清浄石井家とかが入ってるんですけど
スシロウとかねそういうのが入ってるんですけど
一つも名古屋由来の会社入ってなかったですね
2階中3階にグルナビーがプロデュースしたフードホールっていうか
フードコートみたいなやつがあって
でそのグルナビーのフードホールみたいなとこがすごいにぎわってるんですよ
若い人がめちゃくちゃいるんですよ
どういう系のフード
結構いろんな国の料理が占めていて
いろんな国っていうのは日本も含めてで
ヤンニョムチキンが食べられる韓国の系のお店もあるし
あとはひつまぶしが
僕はこの間出たときはひつまぶしを食べる店がどこも空いてなくて
そこしか空いてないからそこで食べて帰ったっていう話なんですけど
ひつまぶしを食べたりとか
人気ですからねひつまぶしはね
あとラム肉とか不思議なお店もあったりとか
ブラジル系かな
あと中国の本場中華料理みたいなお店もあったりとか
そういう結構いろんな国のものが食べられるみたいな
ちょっとコンセプトになってて
韓国系だったりとか
あとシンプルに焼肉があったりとか
結構楽しい感じにはなって
若い人これは
若い人って言っても本当にたぶん10代後半とか20代前半くらいまでですけど
まさにこのマルウェイ百貨店がやろうとしていたギャル路線みたいなことが
たぶんそこで繰り広げられてるわけですよフードホールでは
若者路線
縦替え後の若者路線で
そういうのをやっぱ見て
確かにそのマルウェイ百貨店の時は絶対にいなかった層が
ここにはいるなっていうのは思うわけですよ
それは無印とかも含めてねやっぱ店舗見て思うし
でもなんかそれがじゃあなんかこういう
なんていうのかな
マルウェイガリリアが良い悪いとかではなく
こういう業態のお店が別にここ以外には存在し得ないかって言われると
別にいろんなどこでもできるようなことを
なんか不動産的に価値があるからこの場所でやってるんだなっていうことにやっぱり
どうしてもなっちゃうなと思っていて
マルウェイ発信行くぞみたいな感じはちょっともう残ってないんだなっていう
悲しみがやっぱり今回
見返すというより思うっていう感じなんですよね
だからマルウェイガリリアで例えば10年働いていた人が
景気が悪くなってそこをクビになったから
どうしても働かせてほしいで警備員でもっかいやるとかっていうのは絶対ないはずなんですよ
それは
そういう人いたじゃないですかマルウェイでは
マルウェイ百貨店では
でもそういうところの愛着がなんか
テナントベースになってるっていうのもあると思うんですけど
入れ替え可能な箱になっちゃってるっていうことなんですよねテナントベースの
商業施設って
結局百貨店も今じゃあ他の百貨店がどういう動きになってるかっていうと
現代の商業施設と失われたもの
サイジスペースがどんどん増えてるっていうことですよ
最近の百貨店の生き残り戦略としては
つまり
サイジスペースって何でしたっけ
イベントスペースですね
なんで常に北海道ブッサンテンとか
なんとかブッサンテンとか
それだけではなくて例えば展示会
あのなんだろうな
千井川展示会とか
千井川美術館とかねそういう
わかんないですけど他でもいいんですけど
ポップアップ的なのが締めくって
ポップアップとかそういうのをやるようなスペースがどんどん増えていて
結局百貨店の中でも
百貨店の床を使った不動産ビジネスみたいなことになってるわけですよ
百貨店の生き残り方として
そういうサイジで
場所の良さっていうね
境の真ん中にあるところ
価値としてはそれなわけ
百貨店が結局立体土地の価値を上げるために
縦に床を増やしているっていうだけの存在に
それはなんかなっちゃってる気はしていて
1階だと1しかないものが10階だと10になるわけです
その場所にある土地の数って
すごい簡単な計算ですけど
それになっちゃってる気がしてて
それでもそうなんだけど
今回のこのさよならの丸絵百貨店で書かれていたものは
そこにお客さんと従業員のつながりだったりとか
そういう
なんていうんだろうな
人がやっぱり働く場所の中に暮らしがあるっていう感じかな
それがやっぱりなくなっちゃってきてる
っていうか漂白されちゃってるっていうのが
すごく課題なのかもなっていうのは
見てて思いましたかね
仕事なんだけどお客さんと仲がいいとか
なんていうんですか
働くと暮らすが近い感じ
そういう
百貨店どうだろう
逆に僕は会社員の目線
やっぱりなんか
もちろん働いている人とか
お客さんと知り合いとか
そういうのも大事
結構最後もずっと描かれてたのが
一個一個箱物としての
やっぱり馴染みは大きいのかなと
これ見た時に僕
多分自分の会社の社屋が取り壊されるとかなったら
多分見に行く
自分がずっと通ってた会社で
もし多分その会社から
例えば転職するとか辞めるとか
そういうことがあったとしても
最後に実はこの会社の社屋
この建物が取り壊されるんです
っていうのを知ったら
多分見に駆けつけると思うなって思ったんですよ
その時にそれなんでかって思ったら
やっぱり箱としての愛着って
結構意外とあるなと思った
外の見た目もそうだ
結構外から写真撮ってる人もいたじゃないですか
お客さんでしたけど
遠くなっちゃったけど
終わるって思った
最高なんですよって写真撮ってましたけど
それに近いものも感じるし
早期退職してそれでも警備員をやってる人
みたいなところで行くと
やっぱりいろんな警備員として
場所を転々と
その建物の中で
いろんな場所を点検したりとか
っていうことをしたことによって
やっぱりより味わい深く感じるっていうところは
僕はすごいわかる気がしていて
この会社の倉庫で作業したなと
どちらかというと箱としての
東郷誠二の絵のエレベーターとかもそうで
最後の最終日に
売り場っていうよりは
よくわかんないところでみんなそれぞれ最後
記念写真とか撮った
多分あれ自分の職場のところ
場所だと思うんです
そこが一つ丸絵っていう箱に
一個なってて
さっきのガレリアの中の無印とか
ガレリアの中のフードコートとか
そういうことではなく
丸絵の中の何々売り場
みたいなものの
一つところとしての箱
物理的なものもそうだし
会社業態的なものとしての箱
みたいなものが存在してるからこそ
なんかよりそこへの思いって
強まるのかなっていうのは
自分はなんかその
サラリーマン目線で見ると
すごく思う
そういう意味では最後その
丸絵ガレリアって
建物自体も変わってるんですよ
大本自体も
新しいもので
見た目的には
なってますね
やっぱそれって結構やっぱ人間として
大きいんじゃないかなと
自分の家を取り
それは結構町に住む人としても
働いてた人としても
なんか一つ風景の中にあった
この箱っていうのが
なくなっているのは
なんかそこがなんか
だからってこの建物って
あるべきなのっていう
やっぱそういう感じじゃないと
そのしみじみとしては
残らないのかなっていうのが
ちょっとまとまんないんですけど
僕は思った
なんかやっぱその場所と
その一連
その店舗が
一連卓商かどうかみたいな話な
まあそうですね
結局テナントは
代替可能なわけじゃないですか
百貨店ももちろんテナントなんだけれども
その若干その
仕組みが違っていて
ヤグオみたいなところに
あるんですかね
だしその
例えば百貨店で言うと
なんだろうな
ショッピングモールで言うと
区画がもう決まっていて
そこをテナントがするっていうのが
そのショッピングモールの形態なんですよね
百貨店って
多くの場合は
百貨店の中に
重機つまりそういう
棚とかそういうものは
百貨店側が準備してるんですよ
そこに対して
お店が入るっていう
形だから
あんまりその
自分が好きな世界観を
作りにくいんです百貨店って
フロアによるんですけど
そういうことも多くて
商品だけを出して
売り場っていう感じです
売り場は百貨店が
栽培してるって感じ
だからこそ
百貨店の中にある
お店っていうことが
結構意識としても
強くなるし
百貨店を盛り上げていかないと
自分たちも終わるみたいなことも含めて
そのやっぱ
さっき会社
っていう話してましたけど
百貨店自体がそういう
大きな一つの会社として
テナントの
売り場の人も含めて
機能している
だからこそ
そこの
来る人も含めて
ファンになりやすいし
代替可能なものではなくて
別にここがダメだったらまた
次行けばいいやとかって思っている
テナントとは違って
より重く深く土地に根付く
だから
亡くなった時の
創出感も大きいし
風景としての
裏を返せば風景としての価値も出てくる
みたいなことなのかもな
っていうのは
思いますけどね
本当にそれの
リスクって
やっぱり
代替可能じゃないってことが
そのまま弱点になって
経営的なところで
より拡大することが難しい
になるから
やっぱりだから
そもそも成り立たないっていうのが
平成の最後に
言ったら地元企業とはいえ
大都市名古屋の境にある
百貨店がそうなる
その時代の
そういうことを言ってもリスクっていうものは
本当にしっぺ返しで
くるっていう
ことを言おうかな
丸栄ガレリアと消費動向の皮肉
逆のアプローチを
マルエイ・ガリリアはやっていて
特にフードホールの例とかは
本当そうですけど
結局フードコートなわけだから
その店舗がダメになったらまた次の店舗が来ればいいわけじゃないですか
だから裏おかしが
最新を常に追えるわけですよね
だけど
最新を追えるけれども
その別に
そのフードコートが好きみたいなことって
なかなか感情としては生まれにくくて
だから常にそういう
ある意味で燃料を投じ続けないと
流行を追い続けないと
その場所っていうのは
ダメになっちゃう可能性があるっていうのが
今の
マルエイ・ガリリア的な
方法なわけですよね
それは本当に逆なんです
マルエイ・百貨店とね
それが一周回って
今の
我々の消費動向がそれすぎるっていうことの
壮絶な皮肉ですよね
ゴンチャーができれば
みんなそこに集中して
それが廃れたらもう誰も通わなくなり
その場所はひっそりとゴンチャーが
なくなって
次にマーラータンのお店が来てまた人が
溢れるっていうことを
これ結構繰り返してる
今10年ぐらいじゃないか
東京も含めてね
そういうのを思うと
それを選んでるのが踊らされてる
我々だっていうところも含め
悲しい皮肉がここで
効いてるって感じ
そうなんですよね
だから
だからこそ
じゃあなんか
さようならというか
百貨店は最初に話したように
とはいえ百貨店は
良かったよねっていうのはあるが
別に
何か買うかって言われると
買わないみたいなもともこもない
境の番長になっちゃう
そうそう
買わないみたいな
そういうことにはなってしまうわけで
じゃあ
どうしたら良かったんだろうかっていうのは
結構この
さようなら回から見える
大きな問いというか
別に答えが
あるわけでもないし
別にこの回にもないし
まだ誰かが今出している
答えがあるわけでもないけれども
そういうところはやっぱ
百貨店という業態で
さようならをしても
残り続けるものだし
むしろそれは重要なこと
これからの時代も含めて
考えなきゃいけないんだろうな
っていうのは
常に思いますけどね
公共性への回帰と資本の力
だからこれあれなんですよ
この
もうちょっとだけ話すと
例えばこの百貨店的なるものが
散歩っていうか
お散歩みたいな話だと思うんですけど
まさにその高輪ゲートウェイ
とかがそうなんですよね
今の話で言うと
高輪ゲートウェイって
新しいね
ニューマンとか
いろんな商業施設できてますけど
そこがJRがやってる開発で
だからやたら座るところとか
すごい多いんですよ
回遊制みたいなこと
すごい歌ってて
みんななんか無料で座ってる人
めちゃ多いんですよ
そういうところも含めて
百貨店的なるものを
アップデートしていくと
高輪ゲートウェイ
高輪ゲートウェイ的なものになるか
ただ高輪ゲートウェイをやれているのは
それは事業主体がJRであるという
結局
どんどん公共的なものというか
公のものに
百貨店的なるものは回収されていくっていうのが
実はなんか
今の方向なのか
とかっていうのも思ったりはするんですかね
僕は田舎から出てきたんであれですけど
僕が気づいたのは
日本のそういう百貨店とかって
ほとんどそういう
JRとか
私鉄系の百貨店
多いですよね
東部とか西部とか
セットになっている
そこに運ぶまでの
郊外から運んでくる列車
というものがあり
そこに運んでいった結果
回遊し
それはまだ根強く
残っていて
アップデート可能というか
またリスクヘッジの話
○Aという百貨店のみで
25年連続売上げ減少
するような世の中になっても
電車が儲かればいいみたいな
他の不動産が儲かる
経営的な話になっちゃう
そういう強みがある
資本的に言うと資本の強みがあると
百貨店もどんどん
アップデートしていけるよっていう
今回ここまで話すと
すごいごちゃごちゃになるから
話しませんけど
イオンみたいな話とか
あるわけじゃないですか
この70時間でも
何箇所も密着しているのは
ありますけど
イオン的なショッピングモールとか
そういう話を
対立軸として
勾配行動としては出てくるわけで
そういう話
とかいろいろ
広がりがある話なんだけれども
この会話だからやっぱ
そういうことを考えさせられるのも
これも含めて
どうさよならを
百貨店の何にさよならをして
何を引き継いでいくべきなのか
っていうのは非常に
考えさせられる会ですね
もう本当に
吉田課長の
大猟奇に
金の文字で栄え
って書いてもハッピー
あれが名古屋だなと思ったし
でも吉田課長
かっけえなっていう
あんな大猟奇の金の
ハッピーをやっぱ
かっこいいと思えるのが
やっぱり吉田というか
人の人間力で決まるもの
なのだっていうのをこの会を見て
トラックドライバーとして
どこかのもしかしてサービスエリアの
会で出てくるかもしれないですからね
かもしれないですね
出てるかもしれないですすでに
かもしれないですね
ドライブインで
ということで今回は以上となります
ありがとうございました
ありがとうございました
45:22

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