第233夜 『東京 錦糸公園、あの日のポケモントレーナーたち。』
2026-09-04 45:18

第233夜 『東京 錦糸公園、あの日のポケモントレーナーたち。』

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放送回:特選「大都会 モンスターに沸く公園で」(2016年10月7日)

感想

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サマリー

このポッドキャストでは、2016年にリリースされ社会現象となった「ポケモンGO」について、公共放送局のドキュメンタリー番組「ドキュメント72時間」で取り上げられた「大都会 モンスターに沸く公園で」という回を元に、二人のパーソナリティが語り合います。放送当時、ポケモンGOをプレイしていた側とそうでない側で、その現象に対する見解が大きく分かれる様子が描かれます。ポケモンGOが、単なるゲームとしてだけでなく、散歩や健康増進といった新たな価値観を生み出し、特に高齢者層にまで浸透したこと、一方で、人々が現実世界からデジタル世界へと没入し、ゾンビのように公園を彷徨う光景に対する違和感や、それが現代の「動員」の時代へと繋がる危うさについても議論が交わされます。また、ポケモンGOが現実世界とデジタル世界を繋ぐ「ミラーワールド」の概念を確立したという視点や、ゲーム性を追求したポケモンGOに対し、習慣化を重視した「ピクミンブルーム」との比較を通して、現代における「意味のないこと」や「ついで理論」の重要性についても考察が深められます。最終的には、ポケモンGOという現象が、現代社会における人々の行動様式や価値観に与えた影響の大きさを振り返り、その光と影を含めて興味深い回であったと締めくくられています。

ポケモンGO現象とドキュメント72時間
真夜中、コンビニの駐車場で。
このポッドキャストは、一つの場所を72時間にわたって定点観測する、某、公共放送局のドキュメンタリーを大好きな二人が、番組についての感想や愛を語ります。
今回は、大都会、モンスターに湧く公園で、ということで、今回、過去の傑作戦になっています。
時代はですね、2016年、ポケモンGOがリリースされた、本当に直後ぐらいの話なんですけれども、夏に一大ブームになったポケモンGOということで、
ポケモンGO、いろんなところにポケスポットがあって、そこにたくさんの人が集まるという、そんな社会現象を巻き起こしたんですけれども、
実はそこにドキュメント72時間密着していて、東京の近市町にある公園に、本当にたくさんの人たちが朝から晩まで、たくさんの人たちがポケモンGOのゲームをしにやってくるという、
そんな大都会の公園の異常な光景を映し取った3日間という回が、実はあるんですけれども、その回について今日話していきます。
ポケモンGOへの異なる視点
それでは山口さん、いかがだったでしょうか。
ポケモンGOやってましたね。
やってました?山口さん。
やってましたよ。やってましたやってました。
ちなみに僕はね、1回もプレイしたことがないんです。
マジっすか。
僕っぽいでしょ。
日本にいた?本当に。
日本にいました。でも心はやっぱり日本にいなかったんで、あの頃。
多分ね、僕この頃、2020年がオリンピックだったじゃないですか。
決まってたじゃないですか、この2016年の当時ってね。
働き始めて1年ぐらい経った頃だったんで、僕は2020年の東京オリンピックが開催される頃までに、日本を出るって固く決めてたんで。
心は日本にいなかったんで、この時のポケモンGOブームなんてマジでクソ暗いで、1回もゲームをプレイしてなかったんで。
本当に僕はこの回リアルタイムで見てましたけど、ここに出てくるバカが本当に集まってるよなみたいなおじいちゃんがいたじゃないですか。
携帯持ってないおじいちゃんですよね。
携帯持ってないですよって。有電で大丈夫でしょっていう。
まあもうほぼ彼と同じ状況でしたね。
当時だとめっちゃ早いスマホだけど、みんなiPhoneを持っている中、僕はAndroidのスマートフォンを持って、しかも格安SIMを入れてたんで。
格安SIMでAndroidのスマホで数少ないギガで節約していた自分にとっては、ポケモンGOなんてギガ泥棒でしたから。
ギガ泥棒でしかないんだから、家に帰ってWi-Fiをつないで初めてスマホが使えるみたいな感覚で過ごしていた僕からすると、
ポケモンGOは本当に三大携帯会社に1万円以上払って、無限のギガを使う暇な人の遊びだなって思ってたんで。
今ポケモンGOをあの頃やっていた全ての人を否定するような言い方をしたんですけど、僕は一旦その立場でこの錦糸町の公演を、しかも僕まだ東京に住んでなかったんで。
東京も本当にこんな状況でっていう感じで、あれ日本中にもそうでしたからね。
本当に日本中のあらゆるポケスポットがああなってたっていうところの中で、今回錦糸町の公演。山口さんなんて当時いたんじゃないですか?
この2016年の放送の時は多分まだ錦糸町とかそっち側に住んでないですね。
多分翌年ぐらいに住み始めるのかな。
なのでリアルタイムでこの錦糸公演は放送されている時は見てないけど、半年後ぐらいには多分見てるかなっていう気がしますね。
なんですけど、ポケモンGOはもうこの頃いたるところでみんなやってましたよ。
やってない人いないぐらいでしたもんね。
IngressからポケモンGOへ
そうそうそうそう。それこそオタクだからイングレスとかでやってるわけですよ、僕とかは。知ってますかイングレス?
逆です。だから僕はイングレスでしょ?みたいな。イングレスにポケモンついただけでしょ?
オタクしか言ってないんだよ、オタクだけの用語それは。
ARという拡張現実という言葉があって。
誰も知らないイングレスなんてもう今。
知らないね。
久々に言ったイングレスっていう単語を。イングレスっていう人取りゲームみたいなのがあったわけですよ、ポケモンGOの前にナイアンティクスがあっている。
GPSと連動してっていう。
GPS連動の人取りゲームみたいなのが、それである程度海外でシェアを取ったナイアンティクスが次に打ち出したのがポケモンというIPとコラボしてのポケモンGOっていうことなわけですけども。
ある意味確信でしたけどね。だからイングレス時代も含めて海外の技術とか海外のものっていうイメージがあったものと、
いわゆるバリバリ国産のポケモンっていうIPで、任天堂以外でそんなにコラボするイメージがなかったポケモンががっつりそこと組んでやるっていうのは驚きは本当にありましたけどね。
ポケモンGOの社会への浸透
ポケモンを捕まえられるっていう感じがやっぱりあの時のポケモンはどんなに携帯持っていないおじいちゃんでさえもポケモンは知ってるみたいな認知度がめっちゃ高いものなわけじゃないですか。
だからそういうキャラクターになったことによって一気に近くなったし、しかもポケモンGOすごい上手いなと思うのがやっぱ歩かないといけないとかっていうのがあるわけです。歩かないと卵が帰らないわけですよね。無駄に歩くわけですよ。
やってないんで知らない。僕はポケモンのボールを投げるのしか知らないから歩かないといけないとかいうルールを今知りました。
歩かないと卵が帰らなかったりするんですよ。僕も思い出しながら喋ってますけど。
あとポケストップをクルクル回したりするとモンスターボールみたいなのが手に入るんですけど、モンスターボールを手に入れたりするのもいろんなポケストップを回らなきゃいけないから、それを回るたびにウロウロするとかやってるわけですよ。
ポケモンGOを僕みたいにやったことないっていう人もたくさんいると思うんで。
いないよ。いないよ。いないよそんな人。その人たちは生まれてない。生まれてない。物心ついてない。これ2016年に。その人たちがいない。
いやいやだからもうね今15歳とか16歳くらいの方が聞いてもらってるとしたら当時5歳とかで。それでもやってるよね。親と一緒にやってるとかね。
ポケモンを知ってるって山下さん言ったじゃないですか。でも僕の記憶ではこれを皮切りに僕らよりも年上のいわゆる今で言うと多分40代以上の層にポケモンというのを実際に触れさせたという革新的なものだったんですよ。
だから要は僕らってポケモンの第一世代ってポケモンのゲームをやってるのって僕ら以上の年上の人ってポケモンのゲームってやってないわけじゃない。
ゲームっていうよりも子供とか息子娘とかが見ているものやっているものっていう認識だったってことでしょうね。自分がその当事者というよりも。
子供に買い与えるものとしてのポケモンだったと思うんですよ大人って。でもこれを皮切りに実際ここにも出てきますけど、お年を召した方々がポケモンをやってこれで若い人とのコミュニケーションになるんだよみたいな。
先生がいっぱいいるって言ってね。
いるからっていう。これでも実際にこういう人本当にたくさんいて、僕の身の回りでもおじいちゃんみたいな人がポケモンGOをやり始めたとか、会社の頭硬そうなおじさんとかがポケモンGO最近やってるんだよねとか言ったりして、
爆発的にみんなポケモンというゲームというかね、ここで言うとポケモンGOなんで厳密にはポケモンのゲームじゃないですけどに触れて本当にポケモンの実際の名前を知っていくとかねっていうのがあって、これによってなんか変な話ですけど、ポケモンというIPがまた一段世界中でレベルが上がったなっていう。
やっぱ散歩という健康みたいなものと紐づいたっていうのがやっぱ強いですよね。
これそのポケモンGOって僕すごい思うんですけど、街歩きじゃないですよね、やる理由っていうのが。
街歩きしたいとかっていうことに紐づくのではなくて、結局ポケモンGOをやると健康になるとか、だからゲームをするっていうのは自分が子供たちに言っていたように悪いことっていうイメージが上の世代にはあったんだが、それを裏返すようにポケモンGOをやることによってたくさん歩いたりする、痩せたりする、だからやろうみたいなことで。
価値転倒というか、それが起きたんだと思うんですよね、上の世代に。だからせっかく散歩するぐらいだったらポケモンやってた方がいいなみたいなことっていうのをみんな思ってる。ついでにそれもできるしいいやみたいな。
そういうちょっとお得心というか、そういう気持ちをくすぐるコンテンツとしてちょうどよかったなと思うんですよね。
ポケモンGOへの違和感とミラーワールド
本当に多分もうすでにお気づきだと思うんですけど、僕はもう本当にポケモンGOアンチ派なんですよね。
あんまりいないんだってそのアンチ派の人。
結構いると思うけどな。ちなみにそう言いますけど、この2016年当時僕がつるんでる友人でポケモンGOをやってる人いなかったです。
それはもうコミュニティが狭い。
いやいやいや。
いやわかんないけどでも、なんて言うんだろうな。
ポケモンGOのいいところ、僕が思ういいところは、途中から変わっちゃったから良くないなと思うんですけど、1人でもできたっていうのがすごくいいところだと思うんですよね。
だから今回の回でいうと、自転車でずっと回っててみたいな。
2時まで走っていて、翌朝7時には起きて、夜釣りを趣味だから、いつもこういうライフサイクルだから普段と変わんないんですよみたいなことを言ってる人いましたけど、
その人とかも別に誰かとポケモンの対戦をしたくてやってるわけじゃなくて、1人でそういうのに没頭できるから良かったんだと思うんですよね。
結構このポケモンGOの革新的なのは、友達とやるとかどんどんじゃなくて1人でできるっていうことで、ポケモンGOがだんだん時間経っていくとバトルだったりとか、友達とみんなでできるみたいな機能が拡張されていって、離れていく人も増えていくっていうのがなんとなくポケモンGOの話ではあるんですけど、
でもこの時点はまだみんな1人でもひとりでひたすら恋キングを集めるみたいな不思議なことをやったりするのはできるわけじゃないですか。そういうのもいいなと思うんですよね。
いや本当に久々に僕と山口さんの思想対立会でも今回はあると思うんですけど、当時僕がどう見えてたかっていうことにも含めて話していくんですけど、今山口さんが言った良さがもう僕は反転してすごい悪さだと思ったんですよ。
当時あの公園しかり、あの公園だけじゃなくてあの時って日本中のいろんな公園とかだったり駅前のちょっとした広場とか、あとは歴史的なスポットとか、もともとナイアンティックとかね、そういう観光名所とかそういう場所にどんどんピン立てていったので、そこがポケストップになって集まっていたじゃないか。
でそれをポケモンGOをやってない僕からすると異常な光景だったんですよ。でそれが今回の映像からもありありと見れるんですけど、みんな一人でやってるじゃないですか。まあその二人でやりに来たとか家族でやってるとかもいましたよ。だけどその映る景色でみんな一人でスマホの画像だけを見つめてゾンビみたいに公園に退去して押し寄せてるんですよ。
これが現実世界なのにみんなの頭の中全てスマホのデジタル世界に取り込まれていて彷徨っているっていうのが当時から僕も無性に気持ち悪かったんですよ。なんかね僕だけが現実世界にいる気がしました。
僕はスマホの画面を見ずにこう前を向いて歩いているのに周りの人たちはなんかそれこそこのまだまだそのコロナ前の時代でもあるにもかかわらずみんなが等間隔ぐらいのなんかすごいソーシャルディスタンスを守ってスマホを見て下を向いてうろうろしてるんですよ。
それが本当に気持ち悪かったっていうのが僕はポケモンGOをやらなかった理由の一つ。
一人だけそのマトリックスのネオみたいな気持ちだったってことですか?
超ネオの気持ちだったし、でもはっきり言ってそれがどんどん強化されていったのがその後の時代じゃないですか。
もうめちゃめちゃもうその当時から言われていたけれども動員の時代っていうことになって、当時アラブの春なんかも言われたけれどもフェイスブックとかそういうのの繋がりで何月何日ここに一気に集まろうみたいなもので集まるという動員の時代が2010年初めの方から起きていて、
ポケモンGOがその一つの結節点みたいなことになっていて、アラブの春的なその社会的な意味じゃなくてポケモンGOのポケストップでなんかバトルか何かが開始されたっていうのである日この時間帯にみんなが一斉に現れるっていうのが起きたじゃないですか。
でもそれがもう本当にどんどん先鋭化した結果今の現代にいろいろあるようなその動員の時代で起こるこうヤバさみたいなものを象徴するようなものな気がしていて、もういわゆるその現実の世界の繋がりではなくデジタルの世界の繋がりでどんどん人が動員されていきで途中でもなんかこれによって歩いてたらなんか迷ったみたいな人いたじゃないですか。
気づいたらなんか迷っちゃってた。だからあれなんかそのいいようにみんな言う人はなんか町と触れ合えるこんなところがあるんだって気づくきっかけになったみたいなこと言ってるんですけどそんなのごく少数で大多数の人はスマホ画面しか見てないしその例えばなんかここのお城みたいなところがポケストップになっていてもお城の歴史とかに一切興味というか理解も深めないまま
うわここにギャラドスが出たとかもうそういうことでしかその場所を認識しなくなっていくっていうものがどんどん増えていってなんか非常に全くそんなポケモンGOいいですよって言ってる人の世界に実際はなってないよなってずっと思ってたんですよね。なんかそれが今回の回でも非常によく現れてる人々のインタビューだったなって僕は思いました。
動員の時代とミラーワールドの確立
すごいアンチだなぁ
面白いなぁ
いやいやそう言ってることはわかっていて
間違いなくこのポケモンGOっていうのがこの現実におけるインターネット空間っていう
インターネット空間ってものがパソコンの中だけではなくて現実のもう一つ別の世界のミラーワールド的なものとして存在するっていうのを確率に定義づけたものだと思うんですよね
当たり前の感覚
そうそう裏側のものとしてポケモンGOがありっていうだからこの時期の現象っていうのは歴史的な話とかで言うとフロンティアを見つけたっていう感じに近いと思ってるんですよ
アメリカ大陸を見つけた人がみんないっぺんに押し寄せてくるみたいなそれに多分状況として近くて
いいように言うな
現実においてミラーワールドっていう新しいフロンティアを見つけたことによってみんな大量に退去してたっていうのが多分このポケモンGO的なるものの現象だと僕は思ってるんですよね
それでみんな現実の歴史とかにポケストップは結局ギャラドスが多いとかカビゴンが出るとかミニリュウが出るとかそういうことだけで現実の歴史とか現実に目を向けないじゃないかっていう批判は最もてそれは本当にそうだと思うんだけれども
ただそれはその現実ベースの考え方であって結局主従みたいな話が多分今の時代って結構バラバラになってると思うんですよね
つまりミラーワールドのほうで割と生きている人っていうのもいると僕は思っていて
正直コロナ禍以降でそういうもうほぼ家にいてとか別にリアルワールドはあるんですよ
だけど別に連絡取るのもあれでしかも特に例えばわかりやすい例で出会い方とかもポケモンGOの時代はポケモンGOナンパみたいな話が今回も出てくるじゃないですか
やってましたけどそうじゃなくて今で言うとマッチングアプリになってるわけですよ
それはもうミラーワールド的な話だと僕は思うし
結局そういうリアル空間にどう価値を転用するかっていうことではなくて新しい現実としてのミラーワールドが登場してしまったっていうのが
多分こういうポケモンGO的なものだしこれからの世界の考え方だから別にそういう歴史に目を向けないじゃないかっていう話は非常にあるし
僕もそれは思うんだけど100それじゃなくても別にいいんじゃないのっていうのはちょっと思うし
結局それがその回り回って
例えばアニメの聖地巡礼とかもある意味そういう話に近いわけですよ
コンテンツでその場所に訪れるみたいなことも結局そこでお金が落ちていって
ラブライブの聖地で静岡が潤うみたいな話と一緒で
別に静岡には何のラブライブの要素もリアルな歴史上はないんだが
ラブライブを取り上げたことによって大量に人がやってきているみたいなことって
結構ポケモンGOミラーワールド的な話に近い気がしているので
別にもちろん現実に目を向けなさいっていうマトリックス的な思想はすごくわかるんだけど
両方あるからネットの世界は広大だわぐらいの感じなんですよ
分かるんですけど多分今まで山口さんが全部挙げてきた例と
ミラーワールドの価値観とポケモンGO
僕ポケモンGO全然違うと思うんですよね
つまり山口さんが今言っていたようなネットのミラーワールド的なものの良さで
そこに種があってもそれはそれでいいじゃないかとか別にそれの価値観とかっていうのが
対応であるっていうのは全然あることだと思ってるんですね
ラブライブの話とかもすごい典型だと思うんですけど
でもラブライブとかで静岡が舞台ですって
静岡と現実の歴史的なものとは関係はないけれども
やっぱり沼津が舞台になってるとかそこで主人公たちが過ごしたっていうことの
ミラーワールドに価値があると思ってそこに現実の沼津にも押し寄せるっていうことの聖地巡礼みたいなことと
あまりにもそこの場所例えば今回で言えば県市公園
県市長の公園と全く関係のないギャラドス発生みたいなことで
人々が無限に引き寄せられるものって全然別だと思うんですよね
そのミラーワールドの価値として
じゃあそれが実際にポケモンGOというのが本当にそのままレガシーになって
ここに伝説のギャラドスが出た場所としてその後も以降語り継がれる場所になったかっていうと
実際今なってないし当時あの時も僕は絶対にならないとそこは確信して
人々のゾンビ的な顔を見る限り
明らかにそういう新たな物語が作られる場所として歴史が紡がれていくという
そのミラーワールドではなかった
単純にそのほぼアルゴリズムによって誘導される人たちの群れでしかなかった
っていうのがミラーワールドっていう言い方とかそういう世界があることはめちゃめちゃわかるけど
全然その例の良い方の例ではない方のポケモンGOだったとは思っている
っていうのが結局今ポケモンGO的なゲームがいろいろ乱立していて
もう別に誰もポケモンGOのそのレガシーのここでこうがあってって
面白く個人で聞いていけばそれなりにあるのかもしれないけれども
全くそのミラーワールドとしての価値が生まれているようにはやっぱり全然思えないし
当時も全然思えなかった
ゲームのある程度のUIを見る限り
本当に人の群れを起こさせることだけがあの時のムーブメントになってた
っていうのはやっぱりこの回を見ても非常にわかるなというか
熱量とゾンビ感
この恋キングを答えが良いものだけを厳選するっていうところに命をかけていた彼が
今もかけているとは思えないというか
別にずっと命をかけるべきだとは思わないけども
あの時こんなことがあったなって多分思い返してるぐらいだと思うけれども
とはいえあの時彼がサンダルで千葉から12時間かけてやってきた
良かったのかっていうのはポケモンGOで本当に急に良かったのかっていうのは
彼に問いたいところはやっぱりあるって感じですね
これねミラーワールドとかネットとかで今はなくなってはないけど
今の多分世の中の論調って今本田さんが言ったみたいな論調なわけですよ
結局全てのことに何か意味を求めるというか
そういう意味あることっていうより熱量の話だと思うんですよね
だって別に言ったらラブライブに命かけることだって
今その論調で言えば意味ないとも言えるけれども
なんか彼らには彼らのやっぱり熱量すごく感じるし
僕はそれは意味ないとは全然思わないんですよ
だから僕もすごくオタクだから
そういうことに命をかけていくことってすごい分かるけれども
あの時のポケモンGOにそれがあったのかっていうと
本当に異常に日本総一億ポケモントレーナーみたいな時代だった時の雰囲気から感じるに
その熱量はなかったっていうのが僕の当時の考え方で
だからすごくゾンビに見えたんですよ
聖地巡礼をしているオタクのことを
たとえスマホを見つめていても僕はなんかゾンビだとはやっぱり思わなかったけれども
ポケモンGOのトレーナーにはなんかそのゾンビ感を感じたっていうのがやっぱあるんですよ
それはやっぱね意味を求めていると思いますよ
意味のないことの重要性
結局役に立たないことを
いやこれ改めて今回の回で思ったのは
みんなこれが意味のないことであるというか
役に立たないこともするのも大切とか
なんでやってるかわからないけどやってるみたいなこととか
みんな結構口々にそういうことを言ったりしてるじゃないですか
インタビューされるとマジレス仕様もないですからね
ポケモンってなんかやる意味あるかって確かに言われるとないんだけど
ないけどそれって大事じゃないですかってやっぱ言うのがカウンターだから
それしか言えないっていうのはありましたね
急にね72時間にインタビューされるとね
でもなんか結局ポケモンGOって大人がやってたって言うとそうだけど
なんだかんだ結局ポケモンGOをやるとかよりもやっぱその健康になるとか
結局やってる人もそういうそれなりの意味はなんとなく見出そうとはしてたんだけど
役に立たないことをするというか
結局これは別に自分の人生に何か意味があることではないんだが
なんか楽しいからやっているハマってるからやっているみたいなことであり
それってなんかこうなんて言うんだろうな
それこそコスパタイパみたいな話と逆じゃないですか結局こういう話って
そこは全然そうだと思いますよ
別に僕コスパタイパでポケモンGOはタイパが悪いとかコスパが悪いとか
そういう話は全然してるつもりはないですけどね
だからポケモンGOにその僕の感覚ですよ
今回ドキュメント72巻のインタビューでもあった中で
本気でこのゲームをやり切るっていうことを決めてる人となんとなくやってる人と
いろんなレイヤーがあってそれは別にそれでいいと思うんですけど
みんな何かに突き動かされてるっていうか
それを感じるんですよ
別に陰謀論とかそういう意味じゃないですよ
そういう意味ではなくて
神の無意識みたいなものにどんどん突き動かされてる感覚っていうのがあって
僕はラブライブのこれを押すんだみたいなことの雰囲気は感じなかったっていうところに違和感があったので
そこには別にタイパとかコスパとか意味は僕は意味関係はないとは思ってます
それで別にナイアンティックスとか最近言われてますけど
ビッグデータ収集と習慣化
結局ポケモンGOで言われた学習データがドローン攻撃に使われたりしてるわけじゃないですか今
そういうことがあったりするんですけど
もともともない話に
でもナイアンティックスっていうかGoogleがそもそも何をやりたかっていうかっていうと
Googleマップの拡張ということをやりたくて
それを一人一人でやるっていうのは大変だから
人々を歩かせようみたいなことでポケモンGOとかイングレスから始まってね
ポケモンGOも含めて
ピクミンブルームとかも今やりますけど
そういうものも含めてビッグデータ集めとしてやらされているから
確かにそういう巨大な意思のもと
そういう陰謀論的な話じゃないけれども
僕はそういう文脈では全然言ってないけど
一方でそういう捉え方をしていくと
別に何て言うんだろうな
そういうのに盲目的というか
そういうことが正しい正しくないとかじゃなくて
盲目的に流行にハマるとか
そういうことって今なかなかそれが起こりにくくなっている気がしていて
やっぱり正しいことがいいみたいな
そういうポリコレみたいな
それこそ山口さんの今こういう関係が狭いというか
フィルターバブルなのかもしれないけど
それはもちろんあるけど
それはあるけどやっぱり大きい流れみたいな流行りみたいなものは
結構この時代を皮切りに
ずっと状態化してるって逆に思っていて
それが一つの大きなムーブメントになってないだけで
推し勝つとかも言ったらそういう話じゃないですか
一つ一つ自分の好きなことで
コスパとか関係ないんで僕が良ければいいんでということで
時間を費やしていくっていうのが
今回って10年前である意味サヨナラシリーズの一つとして
取り上げてるじゃないですか僕たちの意図として
そういう意味ではこれの10倍ぐらい薄まったのが
今10年間ずっと続いてるっていうのが僕の認識ではあるって感じですね
全くこれが切断されたという風には僕はあんまり思ってないって感じ
意味を求めすぎてないっていうのが
結構ポケモンGO重要なのかもなって見てて思ったんですよね
ピクミンブルームとの比較
やっぱ推し勝つとかって意味乗せてるじゃないですか
自分の人生と相手の人生を重ねるとか
誰もポケモンGOとかに重ねてないんですよそんな正直
いや分かんないですよコインキングに重ねてたかもしれないですよ彼はね
だけど結局頭の隅っこでは別にそんなに
何をなんかやったところで別になんか自分の人生が好転するわけでもないし
とりあえずなんかやっているみたいな
そのなんていうのかな本当に自分の
そこにすごい平成の定観を感じますよねポケモンGOって
それ分かりますよそれの良さっていうかそういうのあったなって
僕もすごく分かる感じがするそういう
意味ないけどいいんだよな
あれじゃないですか僕も山口さんもそのハマってた当時の
あのコインゲームのコイン落としてゲーセンにあるコイン落として
それが流れてって台のところでジャラジャラって落ちていく
あれに意味も熱量もなかったじゃないですか
でもあれにハマってたじゃないですか
コインゲームねコインゲームね分かりますよ
それはめちゃめちゃ分かるんですけど
それが無駄だったなって言うからって言って
その時間のすべてが否定されるわけでもないし
っていうのはそれは分かります
それは平成の定観として懐かしいものとしてあって
それがポケモンGOで最大化されたっていうのは
私も同意って感じです
いやそうなんすよねだからなんか
いやでもこれね結構面白くて
ピクミンブルームってあるじゃないですか知ってます?
それであのどれもやったことがないんだ
いやいやナイアンティックが今やってるね
今っていうか結構そのポケモンGO的なシリーズの
ピクミンブルームでももう5年ぐらい前からやってません?
ドラクエGOとかドラクエGOでしたっけ
あの辺が全部一気に他のやつで始まりました
そうでもピクミンブルームって
今も結構やってる人多いんですよ
多いですよ
結構女性が特にやってることが多いんですよね
多いです言ったら僕のパートナーもやってます
結構それが結局ポケモンGOって
ゲーム性を上げるっていう方向に
どんどん進化していったわけですよバトルをするとか
でもピクミンブルームって
マジでピクミン集めるだけなわけですよ
集めたところでどうなるわけでもないみたいな
そういうポケモンGOの初期の頃のポケモンGOのことを
ずっとやっているピクミンブルームが
意外とポケモンGOよりも息が長くなっている
今っていうのがあって
それは役に立たない理論じゃないけど
何かのついでに何かができることが
これはさっきの役に立たない理論っていうよりも
ちょっと運動したついでにピクミンが育っている
得をした気持ちになるみたいな
別に得もしてないんだけど
そういう心の気持ちとかあるんじゃないかなって
ついで理論ですよね
どっちが先か分かんなくなっちゃうというか
ピクミンのために歩いたのか
歩いてみたらピクミン育ってるのか分からない
どっちでもいいけどぐらいのついで感覚が
もともとのポケモンGOの設計も
どっちかというとそっちが元だったんですよね
もともとはゲームを作ろうとしていたのがポケモンGOで
習慣を作ろうとしたのがピクミンブルームだと思うんですよね
つまりゲーム性を上げていったのがポケモンGOだから
バトルをしたりとかポケストップでどうのみたいなことになったわけですよ
本末転倒さと追い込まれる人々
ピクミンブルームはもうストップとかなく
花を咲かせて歩くっていう
何なんだそれはみたいなこと
ピクミンっていうゲームのストーリーとか
全てを無視してピクミンのキャラクターだけを
抽出して使うみたいなことをやってるわけですよ
ピクミンブルームって
敵も出てこないし
惑星でデカいの出てこないしみたいな
そういう世界観でやってて
でもピクミンが可愛いからいいかと思っているみたいな
そういうことが
だからゲームではなくて習慣になっているのがピクミンブルームで
この頃のポケモンGOっていうのは
みんなゲームをしているっていう風に思ってるんだけど
実はそれが習慣になり変わっているっていうタイミング
なのかもなっていうのは
でもなりきれなかったっていうのがポケモンGOだと思うんですよ
つまりそれはナイアンティク側もゲームにしようとしちゃったから
っていうことはそんな気はしてて
ゲームにしようとするとさっきの目的性とかの話になってきて
クリアしなきゃいけないとか
追い立てられるようになるわけですよね
習慣っていうのは別に目的とかゴールが存在しなくて良くて
さっきの役に立たないことみたいな話と似てて
別に習慣に都度目的を考えなくなるぐらい
繰り返しやることが習慣かと思うんで
常にこれをやる時に絶対に健康になるために
歩かなければと思ってピクミンブルームを開き
1万歩歩くまでに歩みを止めないみたいな
そんなこと思わないじゃないですか誰も
歩いてるついでにピクミンブルーム起動するぐらいだから
そういう習慣化みたいなことが結局
ゲームから習慣になってきたっていうのが
ポケモンナイアンティック的な話で言うと
歩きはしているっていうのが
ピクミン比較で言うと思いますかね
多分にそっちの方が分かるっていう
やっぱそこな気がしますね
僕が感じている違和感の本質は
そこの本末転倒さにあって
ピクミンブルーム的な
まあいいかこれで歩いてたし
ピクミンも育ったみたいな
習慣的な楽しみとしての
ゲーム性だったっていうか
の方が分かりやすいというか
そういうことあるよなってさっき言ってた
平成的低下につながる部分もあるなって
思う部分はあるけど
それにどんどん追い立てられていく人々
っていうのがポケモンGOにあって
ゲーム性によって
それこそ12時間歩かねばならないみたいな
本末転倒さに異常さを
僕が一番当時感じてたっていうものが
あるのかもしれないなと思って
社会現象としてのポケモンGO
だからそれは今のナイアンティックゲーム系には
逆にもう残ってないっていうか
全然別のまた追い込まれに
転下されていってるっていうのが今のゲーム
それが2026年いろんな場所で
本末転倒で追い込まれてないっていうことは
結構ある気がしていて
ちょっとやっぱり言ったらあれですけど
推し勝ちしかりですけど
それに僕はやっぱりすごい
違和感を感じてたのかなって今
話としては感じましたね
ピクミンブルーム的な
一人でやれる
自分のペースでやれるみたいなことが
結構重要で
特に今回描かれていたポケモンGOの頃は
多分そういうのがあんまりないというか
あるしポケモンをやり始めた老夫婦とかは
多分自分のペースで楽しくやろうって思って
やってると思うんですけど
多分その大半の人はそうではなくて
いち早く何とかをゲットしなきゃいけないとか
そういう焦りみたいなことで
駆動されちゃってたなっていうのは
やっぱ思いますよね
実際これの放送のもうちょっと後ぐらいからですけど
めっちゃ社会問題化して
バスの運転手がポケモンGOやって事故とかあったじゃないですか
あの辺でやっぱりかなり
これやばいなって思ったのはあります
本当に追われているというか
本末転倒感
そこがやっぱりどんどん
雲行きが怪しくなっていったタイミング
意外とだってこれ
ドキュメント72時間のこの回ってめっちゃ先見の目で
リリースしてまだ1ヶ月も経ってないぐらいの時にやってるんですよね
異常な光景と時代の転換点
めっちゃ早いですね
そうですよね
だからめっちゃ目が早くて
まだみんなとはいえ
僕が言ってるやばい追い込まれてる感とか
ゾンビとか多少あったけど
もうちょっとみんな熱気
ついにポケモンGOで僕ら歩いてますっていう
熱気があの公演に
特に東京の大都会だったからっていうのもあって
ものすごい熱気があって
ここからどんどんやばくなっていくんだよなっていう
その雲行きの怪しさみたいなのは
まだ少なかった時なんだ
とはいえいろいろありましたよ
本来遊ぶべき子供たちが遊べないから
遊具のところになんか垂れ幕みたいなのが引かれていて
ここから先にポケモンGOの人は入らないでくださいみたいになってて
どんだけ邪魔になってんだよみたいなねあるとか
そういうのも加えて
いやーこういう社会現象あったなーっていう
今見て本当に面白い回なんです
いやーすごいね本当にこう
2016年だから確かに今から考えると10年前で
まあ10年前そんなことあったなっていう気は確かにするけれども
なんかこうやって客観的に見ると
やっぱ異常というか異常な風景だなとも思うし
それはやっぱすごい思うし
そういうネットみたいな話が
ネットというかそういう現実とインターネットみたいなことが
多分クロスし始めた
本当に一般レベルではそういうクロスし始めた
なんかタイミングなのかもなーとやっぱ思いますけどね
間違いなく2010年代のSNSともう一つの転換といえばこういうポケモンGO
特に日本においては多分そうでしょうね
上の世代も含めてで言うと
独自のプレイスタイルと社会性
いやいやいやっていう本当に
そうあれなんですよ
今を見つめ返す回ですよね
繋がってますからね
ずっと僕はポケモンGOを一人でやってたわけなんですけど
バトルとかに全然興味はなくて
卵を返すっていう
卵を返すのは歩かなきゃいけないんですよ
3キロ5キロとか
何個か歩くと卵が返るみたいな
卵を手に入っちゃうんですよ
ポケストップ回すと
卵が手に入ると
それを孵化するために歩かなきゃいけないっていう気持ちになって
ずっと歩いてるみたいなことを
黙々とやっている人でしたね僕は
ヤマキさんあれじゃないですか
すいませんここカビゴに捕まえられるんですかとか
ポケモンをネタにしてナンパする男たちね
あれも流行りましたよね
全然ああいうのはやってない
一人で事務船とかポケストップでやってるのも一切やらずに
ずっと手に入る卵だけを返すっていう
違う遊び方を一人でずっとしてて
ポケモンGOを多分3年ぐらいしたんじゃないかな
周りの人が辞めてもずっと卵が手に入るから
歩くときにずっとやってるみたいな感じでしたよ僕は
分かってたんですけど
ヤマキさん僕にさもポケモンGOやってなかったんですか
みたいなマジョリティのフリしてますけど
絶対そのプレイスタイルマジョリティじゃないんで
ポケモンGOプレイヤーを代表したみたいな
この40分に謝罪してください
本当に俺これマジョリティだと思ったんだけど
卵から何買えるかが気になって歩くっていう
いないと思う
だいたいやっぱり一人でやってても
ポケモンのゲームに意地になってるか
友達とのネタにしてるか
ナンパのネタにしてるかの
当時の20体で絶対その3択なので
全然卵を返すことだけしかね
本当に考えてなかったね
付加装置が何個手に入るかみたいなことだけをね
気持ちのなんか大部分を占めてましたね
僕は別にそれは全く否定しないっていうか
何もね本当に
全然だから今もサインインストールして
卵付加するんだって全然やりますよって感じなんですけどね
僕は全然
何のためになるのか全くわからないけれども
それこそ
ポケモンGOはね
本当に当時はね
やってれば話の種になります
社会性を出そうと思ったらポケモンGO一択ですよ
全然ポケモンGOの話したことないですけどね
僕と山口さん一緒なんですよ
当時の
全然したことないけど
いや本当にそれよくないです
全然したことないんだけど
すごいやってますっていう人よりも
卵だけ返してるからモンスター数がすごい多いみたいな
気持ち悪い人みたいになってますよね
コイキングの彼よりも多いですかね
オタクの気持ち悪い人の集め方してるから本当に
そういうポケモンGOの
そういうね
よくないなと思いますねやっぱ
遺伝子としてのポケモンGO
でもこういう時代もあってね
いいんじゃないですかっていう感じというか
今と比較すると面白いですよね
本当に今完全になくなったかっていうと
なんか本当にこうミームじゃないですけど
遺伝子がね
乗り移っていろんなとこに乗り移ってるなって
それだけ強大な
ムーブメントだったんで
非常に光と影含めて
面白かったんじゃないかなと思います
はいということで今回は以上です
ありがとうございました
ありがとうございました
45:18

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