1. 岐阜新聞ポッドキャスト▼ききかぢ▲
  2. #33 「私は前向きに捉えたい」..
#33 「私は前向きに捉えたい」▼新人記者が見た柳ケ瀬のシンボル最後の日。岐阜高島屋が閉店▲
2024-08-03 30:43

#33 「私は前向きに捉えたい」▼新人記者が見た柳ケ瀬のシンボル最後の日。岐阜高島屋が閉店▲

2024年7月31日、岐阜市・柳ケ瀬商店街の岐阜高島屋が閉店しました。47年の歴史に幕を下ろした柳ケ瀬のシンボル最後の日を、取材した新人記者はどう見つめたのでしょうか。

【出演】山田俊介(報道部)、篠田真穂(同)

【関連記事】◆岐阜高島屋が閉店 47年の歴史に幕 百貨店ゼロは4県目(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/419828

◆朝4時から開店待ち/変わらぬ味求め行列/「地域のおかげ」大きな拍手 岐阜高島屋 最後の一日 ドキュメント(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/420163

◆岐阜高島屋閉店 思い出ありがとう 別れ惜しみ来店2万人(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/420176

◆映画館と歩んだ商店街、戦後焼け野原でも「娯楽の別天地」 岐阜市・柳ケ瀬(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/362017) ※記事を読むには、岐阜新聞Web会員への登録が必要です。過去1年間に岐阜新聞Webで掲載された記事を閲覧できるようになります。詳しくはこちらから。


【「わたしの花火メッセージ」募集中】 岐阜新聞報道部は、花火大会を見に行く人から当日の過ごし方についてメッセージを募集しています。①誰と見に行く?②どこから見る?③楽しみにしていることは?④氏名、住所(市町村まで)を書き添えて、あなトク(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/2524)のLINEで送ってください。内容によっては当日、会場で記者がインタビューする場合があります。すてきなメッセージ、お待ちしてます!

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
こんにちは、岐阜新聞報道部の山田俊介です。
同じく報道部の篠田麻穂です。
今日はこの2人でお送りします。よろしくお願いします。
今日のききかぢは、岐阜高島屋閉店ということで、とうとう閉まってしまいました。
県内唯一の百貨店で、岐阜市の柳瀬商店街にある岐阜高島屋。
こちらが7月31日をもって、最後の営業を終了して閉店と、47年の歴史に幕を下したということですね。
長い歴史でしたね。
ねえ、47年。1977年からずっとあの場所にあったわけですけど。
コロナ禍とかもあってね、売上がなかなか落ち込んで、そこから回復がなかなかできず。
その建物自体の老朽化も70年代から経っているので、そこに追い討ちをかけているという背景もあって。
結果、この全国で百貨店のない都道府県というのが、山形、徳島、島根とあったんですけど、
そこに続いて4県目に都府が入ってしまったということです。
4県しかないんですね。
もっとあるような感じもしちゃうんですけど、意外となくって。
早い段階でなくなっちゃったんですね。
そうですからね、やっと百貨店が消えてしまったということでね。
7月31日、ものすごい人出で。
すごかったですね。
こないだの三河健一さんが来られたときもものすごい人数が押し掛けましたけど、
それより多かったのかな、どうなんだろうって考えたけど、それに適するくらいの人数がいて。
マスコミもね、それを取材しようという報道各社もかなりの数が来ていまして、
弊社もね、報道部だけで記者7人いたということで、
報道部だけじゃなくてデジタル関係だったりとか、
あと取材じゃなくてね、空いた時間に名残を惜しむようにして見に行ってきたみたいなね、
そういう方のお話も聞いたりしましたけど、
だから寄付新聞だけで多分10人は超えてて、
20人もガガオカくらいの勢いで高島山に集結してたということですね。
で、そのうちの一人に篠田さんがいたと。
はい、行ってきました。
篠田さんはまた今年の4月に入ったばかりの新入社員ですけど、
どうでした?
あの大切な節目に取材する側の一員としてね、
03:06
触ってみて感じたこととかちょっと聞いてみていいなと思ったんですけどね。
そうですね。
なんか関われたのはすごい貴重だったなって思いました。
1年目のうちにこういう経験できたのはすごいでかいなとは思いましたね、取材の時に。
やっぱ高島が閉まるって考えたことが小さい時とか生まれた時からあって、
考えたことがなかったので。
あるのが当たり前っていう。
そうですよね。
最初は午前中とかは本当に閉まるのか?みたいな感じの思いをした感じで。
あれ何時入りだったんだっけ?
何時入りでしたっけ?
8時に会社を出ました。
8時に会社を出た。朝8時に。
8時に会社を出たので、なんとかにはもう着いてて。
ずっと一日張り付きみたいな感じだったんですよね。
ずっと一日、柳瀬の高島屋付近にフラフラフラフラって話聞いてっていうのをずっとやってましたね。
もうね、この日の締めも大展開で、8月1日付けで地面トップで岐阜高島屋閉店。
柳瀬で47年歴史に巻くっていう見出しがついてて、そこに本気があって解説が。
社会面を広げると、両面見開きで社会面対抗面を埋め尽くすように。
本当ですよね。
人、人、人って感じですよね。
めちゃめちゃ人が写ってるっていう。写真もね。
とにかく人がいっぱい来たっていうので、その人模様をね。
最後の一日のドキュメントですとかね。
あとはお客さんに声を聞いたりとかね。
千尋さんどの辺に関わってたんですか?
私は基本的に、まず最初に行って、一番最初のお客様にお話を聞きました。
貴重な。
一番最初に並んでた方にお話を聞きに行きましたね。
なんと午前4時から並んでた。
4時!?
すごいですよ。
すごいです。
気合が違うね、やっぱり一番の方だね。
すごいです。
へー。
あとは順次、バラもらう。
この日最後だったのに、先着470本のバラが配られてて。
先着470人にプレゼント。
そうなんですよ。その方のお話を聞いたりですとか、
あとはレストラン街、最後のご飯食べに来たみたいな。
赤沙汰なのね。
最後のご飯食べに来たよっていう方とかでやったり。
一回にメッセージカードが展開、ボードが展開されてたんですけど、
06:03
そこを貼りに来たお子さんとかの話を聞いたりとかして。
埋め尽くされてましたよね。
埋め尽くされてましたね。
上から上からどんどん重ねて貼っていくから、
あれ何層ぐらいになってたのかっていうぐらい。
しかも老若男女っていうんですか。
そうなんですよ。
年代問わず。
皆さん貼られててすごい愛されてきた百貨店だったんだなっていうのを感じましたね。
全体的に紙面がエモいよね。
すごくエモーショナルですよね。
本当です。
自慢客を狙って4時から待ったっていう方のコメントとかもね。
高級感のある放送士。
アルバマの乗った放送士と丁寧な接客が大好きだった。
ありがとうの気持ちを伝えたいとしみじみ。
みんなでしみじみしてたわけですよね。
しみじみしてましたね。
思いがあふれて涙になってみたいなお客さんもいるんだろうね。
聞いてる方結構いらっしゃって。
お話聞いてるうちにだんだん涙が出てきちゃってみたいな方結構いらっしゃって。
人生と共に寄り添ってきたみたいな感じの方がかなり多かったですね。
でも一日そう見つめてさ、最後シャッターの前でありがとうございましたと
従業員の方々、皆さんに感謝を伝えてるシーンだとかね。
最後まで見守って。
自分の中での思い出とかもさ、いろいろ蘇ってきたんじゃない?
おばあちゃんと来たなと思って。
それこそお話聞いてる方もそうだったんですけど、
子ども服を買ってもらったとか、私もそうだと思ったりして。
しまるんだと思って。
その日もなんですけど、次の日に近く歩いた時に
もうすごい勢いで解体作業始まってて。
もう次の日やるんだと思ったよね。
その時がどちらかというとしまった日よりも
私次の日の方が結構来るのがあって。
その日はフワフワってした気持ちで終わっちゃったんですけど
あ、しまったみたいな感じで終わったんですけど
次の日、本当にどうくなっちゃうんだと思って
次の日の解体業者が来て
高島屋っていう文字を消してるみたいな感じの
あの瞬間が。
淡々と消していってた感じだったもんね。
そっちの方が結構私的には胸に来ちゃって。
なーっと思いましたね。
すごい1日、2日って感じでした。
09:03
こうやってさ、みんなでわーっと取材かかってみたいなことも
初めてだったわけでしょう。
初めてだったのですごいウロウロしてたんですけど
でもなんか皆さん取り組んでるところの一員になれて
すごい楽しいではないですけど
お祭りみたいな感じがちょっとあるよね。
そうなんですよね。
で、youtubeの方にも動画あって
それ見た時に、あ、私この辺いたわーとか
この中関わってたわーとか思うと
なんか記憶に残る
なんですかね、初めてがこういう団体で動くのが
たかしま屋だったので
そうなんですよ。
すごい思い出、すごい思い出の後
経験にもなりますけど
これからも自分の中でも忘れられない取材になっていくんだろうしね。
すごい貴重でした。
なんか経験させてもらえて良かったなって思いますね。
最後がさ、ものすごい人だったでしょ。
本当にすごかったんですよ。
すごくて、私も圧倒されそうな勢いだったんですけど
本当にね、なんか正気倒しとかそういうことならなくてよかったなっていうぐらい
ちょっとだけ怖かったし、気温がちょっとなんか上がり
なんか絶対上がってるって勢いなくらい人がいて
こんだけ密集してるとさ、熱気がすごそうだよね。
熱気すごかったのに、1度ぐらい上がってたんじゃないかなっていうぐらい熱かったんです、本当に。
でまたみんなスマホ掲げてさ
新しいですよね、やっぱりスマホ掲げるっていうのが新しいなと思って
なんかでもあれでしょ、結構かきまけて取材しないといけなかったりとかしてさ
いろんなこと言われたりするわけでしょ。
怖くて、最初初めてだったのでめっちゃビビりまくりながら
うわーとか言いながらやってたんですけど
もうそうですね、もう最後の方はもういいよ、もうここにいなみたいな感じだったんで
優しい人もいるからね。
もうなんか話聞いてくれそうな人だなって言いながら探しながらやりてたんですけど
やっぱ思いが最後になるになるにつれて
やっぱ感じてる思いが溢れてる方がやっぱ多かったですね。
時間がこうね、閉店時間に向かってくほどに
だんだんその感傷的な部分っていうのが膨らんできて
飲み込んできたつもりだったけど
やっぱダメですって流れてる方も結構いて
買い物に来ずにこのフィナーレだけに来たっていうお客さんもいらっしゃったので
そうだよね、やっぱ最後を目に焼き付けたいみたいな人結構いたんじゃないかな
すごいなーと思って
思いましたね
12:01
なんか閉まった後ありがとうって声が響いてて
あーすごいなーと思って
印象的でしたね
愛されてたんだなと思いました
すごく
そうだよね、確かにさお客さんは減っちゃっていたのかもしれない
売り上げ減っちゃってたのかもしれないけど
最後にこれだけ来るってことは
やっぱりどっかで気にしてた
その高島屋や長瀬のことを気にしてる岐阜の人が
これだけたくさんいたっていうことの
もうこれ以上ない証ですよね
そうですね
本当に思いました
ねー
私はちょっとね、全然取材タッチしてなくて
今回ね、なんかね
あの、まあ
なんていうの
見に行けなかったんだよね
全然空いた時間見つけて
ちょっと見に行こうかなとも一瞬思ったんだけど
なんかさ、もう見ちゃうといろいろ
あふれてきちゃいそうだなみたいなね
ところもあったし
いらっしゃいましたら
逆に最初の方に来て
閉店のとこを見たら泣き崩れる自信しかないから
私はもう帰りますっていう方も結構いて
高島屋の他にもたくさん百貨店があってさみたいな
どの辺まで記憶がある?
いや、私
何年生まれ?
2001年なので
2001年前か
バラの広場とか言われたときに
分かんなくて
2年あるが2005年とかそのぐらいなんですよね
で、バラの広場があんまりよく分からず
話には出てくるけどみたいな感じで
年賀作りのね
待ち合わせとかに
みなさんよく使ってみた
バラの広場っていう空間があったんですけど
売り場の土地を増やす、広げるために
そこは2005年ぐらいに廃止になって
だからその頃は
出てたんでしょうけど記憶がたぶんない
ということですよね
そうですね
この2000年前後から
岐阜の柳笠の辺りの商業施設ってかなり激変というか
そうですね
篠田さんが生まれる前後あたりって
そうですね
どんどんやっぱりお店が閉まっていった頃で
そうですね
最初はこの1999年
金鉄百貨店の閉店がまずあって
2001年には大英が閉まるんですよね
名鉄の岐阜駅の近くにあったんですけどね
そうなんですね
2004年に
また柳笠の近くですけどファッションビルの岐阜線さん
これが閉店をして
2005年に
15:00
名鉄岐阜駅の辺りの
新岐阜百貨店が閉店になると
2006年にパルコが閉店
2009年に
メルサが閉店
というふうに立て続けに
お店が閉まっていったという頃で
メルサの記憶はあるんです
メルサの記憶はある
メルサの記憶はあります
ああ
ですね
ホールとかが入ってたりしてね
そこでピアノの発表会とかね
やったりしてました
たぶん聞いたんじゃないかな
発表会の思い出がある
思い出がありますね
あるある
そのメルサが閉まった後に
2011年
トンキホーテの柳笠店が
オープンして
これも2020年に
閉まってしまうと
2024年に柳笠高島屋が
閉店というのがね
一連の流れなんですけど
ただ
どうなんだろう
高島屋
物心ついた頃には
高島屋しかなかったわけでしょ
そうですね
なかったですね
こんなに百貨店
名古屋みたいな百貨店あったんだって
改めて年表見せると
思いますね
悪子があったのみたいな
悪子しまったな
みたいなのがあって
だんだんその
街の様子が変わっていっちゃう
っていうところがね
記憶にあるんだけど
この辺の違いって結構大きいよな
と思って
20代からすると高島屋が唯一
柳笠の
シンボルだったっていうのがね
あるっていうのと
だんだん
縮小していってるっていうのを
知ってる人と
の間で結構ね
今回の岐阜高島屋の
閉店という捉え方がちょっとまた
違うのかなって思いますし
もっと言うとさ
柳笠って
肩がぶつかるほどのにぎわいとか
言われてた頃が
あって
その頃から知ってる方からすると
ものすごい
この勢いで
絞んでるっていう印象を
どうしても持ってしまう
世代によって結構ね
感じ方捉え方は
今回のニュースの捉え方が
だいぶ違うんじゃないかなっていう
あんまりここと絡めて
語られないなと思いながら
柳笠の話を見てるんですけど
柳笠って
映画の街でもあるんですよね
映画館がね
いっぱいあった
街で今も2つね
ありますね
柳笠シネックスと
VR劇場とね
これもさっきのね
商業施設の
閉店が続いていく時期と
18:01
同じ時期に
映画館の閉館ラッシュっていうのも
重なってるんですよね
シネックスの
記憶ぐらいしかもなくて
2001年から
ギフピカデリー
シネアールイマージュ
この2つが閉館して
2002年には
ギフトヨトミ東映劇場が閉館
2005年シアターペルル
閉館
2006年ギフ集落が閉館
集落で
ゴジラ映画見たなみたいなのとかね
ギフピカデリーで
スターウォーズの
エピソードワーズが見たなとかね
小学生だったのかなそれがね
これが昭和30年代
とかがピークで
柳瀬だけで11あったんですよ
そんなに
えー激戦区だったんですね
そう激戦区
高島屋もねリフ高島屋も
元々は映画館があって
言い訳事情っていうのがあって
その跡地に
立ったのがリフ高島屋だったと
そうなんですね
っていうのも
重なってたりするんでね
本当にその
街が2000年代
入って
映画館はね
シネコンが主流になって
いってね
2000年にはカラフルタウンリフができたし
2006年には
モレラリフができたしっていうことで
映画館その
単館系のね映画館が
やっぱりちょっと不利な状況に
追い込まれていったっていうのもあるし
商業施設でいうと2000年に
モレラの地である名古屋高島屋が
開店しているということで
やっぱり
名古屋の吸引力っていうのが
ここでものすごく強くなって
その愛知県
名古屋の中でも
だんだんその
栄っていう街があるけれど
栄のにぎわいっていうのが
だんだんこの名古屋の駅周辺に
吸収されていったっていうね
その後も
ゲートタワーができたり
そうですよね
街の構図ってのが
本当この2000年
第1位入ったぐらいから
激変していって
そこを経て
今回ですね
リフ高島屋の閉店っていうのもあるわけなんですけどね
長瀬だったりとかさ
あの岐阜駅の周辺っていうのも
最近はその
タワー番がどんどん増えてるじゃないですか
そうですね再開発が進んでますね
現実ラッシュで
タワー番が増えていって
新しく
そこに入ってくる人がね
たくさん増えてきてるわけだけれど
そうやって
新しく引っ越してきた方にとって
じゃあ
今の柳瀬
これからの柳瀬が
その方々にとって
住みよいものなのか
っていうね
21:02
人が変わってくるんだから
それに合わせて街もちょっと
作り変えていかなきゃいけないんじゃないかな
っていうのがね
これからの課題なんですよね
そうですね
頑張っていかなきゃ
みたいな声は結構
聞いてはいたんですけど
市面でもね
招待主の方の決意だったり
とかねそういうようなものも
合わせてお伝えをしてますけどね
どうするといいんだろうね
でもね
一店舗一店舗で結構
面白いお店であったり
新しいお店は
増えてますよね
カフェであったりとか
古着屋さんとか結構多くて
若い子に人気じゃないですか
かつてでいうところの
専門店みたいなものが
点在し始めてるということでね
さっきの話じゃないけど
やっぱり世代交代というかね
だんだんその
若い人がここに入ってくる
っていうところでね
若い人たちがこう
お店を出そうかな
って思えるその
環境づくりだったりとか
そもそもが
車社会だし
駐車場が
無料駐車場が少ないっていうのは
結構大きいのかなって
車で来たいよねって
いう方が多かったり
そういうところでやっぱり
シネコンだったりとか
ショッピングモブっていうのは
有利なわけじゃないか
今は新しいことやり放題だなって
ちょっとは思うんで
何か
やってみたいなみたいな人いたら
気軽に行ったらできそうな感じ
じゃないですか
勝手に
商売難しいんだろうな
と思うんですけど
これも難しいのがさ
商店街を構成している
その建物自体が
そこが古いでしょ
そのままじゃ入れるのか
って入れる建物ばっかり
でもなかったりするみたいだし
建て替えるにしたって
誰がそのお金を出すのか
とかね
結局
しまったのは
寂しいですけど
新しい一歩を踏み出すためにも
前向きな意見があっても
いいんじゃないかなって
後ろ向きに捉えがちだし
こんなに最後の日に
人が来るなら
そうなる場合に
もうちょっと共存していく道は
なかったのかなとかね
そういう気持ちもあって
見に行けなかった
なんかこの寂しい寂しい
っていう流れに
乗り切れなかったところも
あったりして
前向きにね
行かないと
24:00
強いですよきっと長瀬商店街の方達は
もう前向いてます
金のだるまが現れたりとかさ
このんだろ立ち上がるんじゃいみたいな
その決意はもうすでに
かなり表し始めて
なれるわけですし
西矢流せをさ
奥矢流せっていって
売り出そうとしてたりとかさ
そうですね
いろいろ取り組みはされてますし
どうなんだろうね
古いものも古いものとして
残せる部分は残しつつ
っていう感じなのかな
レトロブームとかもあるしさ
全部新しいものにする必要は
ないと思いますし
なんですかねシンボルが
なくなってしまったんですけど
シンボルがなくても
やれる力が矢流せには
たぶんあるとは思うんですよ
その猪瀬商店街の
人の話とか聞いて
ちょっと近いところに住んでるんですけど
やっぱお店やってて
今この高島に来てた人を
どう呼び込むかっていうのを
話してるみたいな
人たちは結構いらっしゃるので
なんていうんですかねやれると
個人的には思ってました
私も岐阜県生まれで
やっぱ矢流せは身近な場所では
あったので
肩がぐつぐつになるぐらい
なんか閉店の時も
すごい人がいっぱい集まったみたいに
呼べる力は絶対あるので
肩動かせないんだから
ギュンギュンって感じだったんだよ
それを
できるんじゃないかなって
思って取材して
思いました
三河さんの時もそうだったけど
一時的じゃなくて
普段から
人が呼び込める
場所になれるっていうところを
商店街の方も目指してると思うんですよ
そうですね
閉店の日見に行けなかったのは
三河さんの時も
実際ににぎわってるところ
自分の目では見てないんだよね
夜のコンサートだけ見て
なるほど
なんかね
どうしても肩が
ぶつかるほどのにぎわいって
知らない世代からすると
これだけ人が
来ちゃってるって
エナジードリンク飲んでる
一時的に
ブーストかかってるみたいな
感じがあってさ
商店街の方からすると
一夜漬けの勉強で
100点取るよりも
毎日80点もらえる場所
お客さんから
いいねって
常に持ってもらえる場所を
目指してるんだと思うんだよね
これから
核になる店舗は
失ってしまったけど
全国的に見たら
百貨店があるっていう商店街の方が
後々に少ないわけで
27:01
ほんとです
こんだけ集まれるんですから
こんだけ呼べます
呼べます
地域はすごい感じだよね
やっぱすごい場所なんだなっていう
思います
これから
どうなっていくかっていうのを
あんまり
マイナスに捉えずに
私はプラスに捉えたいなって
思いますね
多分多いんじゃないですかね
若い子って言ったらいけないかもしれないですけど
悲観的よりかは
前向きに見てた方がいいんじゃないか
って思う人の方が
多いんじゃないですかね
多分
思ってる方が多ければ多いほど
柳田さんは盛り上がると思います
その意気ですよね
そういうことですよね
私は思いました
前向きさを
市面でもこれからいろんな話題で
期待していけるといいのかな
と思いますね
高島屋のことで
なんとなくまだ余韻も
残ってる感じではあるんですけど
8月入ったんで
花火大会
なわけですよ
花火ラッシュ
本当に花火ラッシュ
県内各地で花火ラッシュ
8月の10日に
岐阜長良川
花火大会がありまして
岐阜市内長良川下半で
花火大会がありますけど
それを前に
岐阜新聞報道部では
花火大会見に来ますよ
という方から
当日の過ごし方について
メッセージを募集しています
伺いたいこと4項目がありまして
まず誰と見に行く
というところと
どこから見ますか
というところと
あと楽しみにしていることですね
個人的なことで
OKなんですけどね
そこにお名前と住所
市町村までですね
を書き添えて
穴徳のLINEで
送ってもらえたら
嬉しいなと思っているんですよね
送ってください
内容によっては
当日花火会場で
記者がそこまで
伺いまして
インタビューをする場合がある
ということなんですよね
どうなんだろうね
突然記者がやってきて
話し聞かせてください
迷惑になっちゃうかな
LINEで会うのって
新鮮じゃないですか
行き当たりばっかりで
話しに行くことが多いので
新しいなと思って
事前にある程度やりとりを
伺っておいて
当日も大変で少しお話をね
伺えたらいいなという感じなんですけどね
穴徳の登録方法は
概要欄にリンクを貼っておきますのでね
30:01
素敵なメッセージお待ちしています
高島へ閉店ということで
話してまいりましたけど
地元の新聞社として
前向きに
これからの動きを
捉えて
追っかけていきたいと思いますのでね
どうぞ
みんなで頑張っていきましょう
ここまでのお相手は
岐阜新聞社報道部の山田俊介と
同じく報道部の篠田麻穂でした
30:43

コメント

スクロール