「雨の日になると、頭がズーンと重くなる。」
——でもそれって、ずっと「そういうもの」だと思って過ごしてきました。
気象痛なのか偏頭痛なのか、子供の頃からずっと。
ブレる頭の重さ、引っ張られるメンタル、「これくらい普通」と思ってきた自分。
頭痛薬を飲むのも、なんだか特別すぎる気がして。
自分のことを、雑に扱ってきたのかもしれない、と気づいた話です。
あなたも、天気の悪い日になんとなく調子が落ちる感覚、ありますか?
▷ 毎週日曜20時配信/『このままでいいのかな』とモヤモヤしているあなたと、正解のない問いを一緒に考えていくラジオです。
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サマリー
このポッドキャストでは、雨の日に頭痛や気分の落ち込みを感じるパーソナリティが、自身の体調の変化を観察し、その原因と向き合おうとする様子が語られます。長年「そういうもの」だと受け流してきた不調に慣れすぎていることに気づき、自分を大切に扱えていない可能性を指摘。頭痛薬を飲む選択肢すら「特別すぎる」と感じてしまう自己肯定感の低さや、他者への共感と自己への対応の違いを浮き彫りにします。最終的には、自身の不調を観察し言葉にすることで、今後の自己理解と向き合い方が変わる可能性に言及しています。
雨の日の体調不良とその原因
なつなのこのままでいいのかラジオ 皆様こんにちは、なつなです。
このラジオは、このままでいいのかなぁと思っているあなたと、正解のない問題について一緒に考えていくラジオです。
今日のテーマは、雨の日の自分のことをちょっと観察してみた話、です。
今日は、ちょっと雨の日の自分について話をしてみたいなと思って、ラジオを撮っています。
私は、どうでしょう、皆さんどうなんでしょうかと思いつつ、雨の日はちょっとですね、体調があまり良くない日が多くて、
頭がずーんとちょっと重いような日が、雨の日は多いんですよね。
気象痛なのか、変頭痛なのか、なんかそういう類いなんじゃないかなぁとは思うんですが、
ちっちゃい頃から結構多くて、ずっと雨の日はね、そんなに得意じゃない人生を過ごしていました。
この前だと、台風の前ってより後の方がすごかったですね。
あと何日、通り過ぎて何日かとかは、ずっとちょっとね、体調が良くなくて、ずーんとした頭を抱えて過ごしていました。
まあでも頭痛いとか、頭重いとか、それ以外は特に体調が悪いわけでもなくて、
いつも通り過ごそうと思えば、なんとか過ごせるような、
なんかそのくらいだったので、ずっとこれまでも過ごしてきたし、
まあそんなもんなのかなぁなんて思っていました。
不調の波とメンタルへの影響
ただ、もうちょっとこの重い感じみたいなのとか、
あんまり体調が良くないなぁと思いながら過ごしている日々をもうちょっと観察してみると、
ずっと一定の痛みだったり重みが変わらずあるわけではなくて、
気づいたら頭が痛いとか、逆に気づいたら頭が痛くないとか、なんかそんなこともあって、
1日ずっと同じってわけじゃなくて、地味にブレてる。
でもそんなにブレも意識してないから、
あ、今ちょっと頭痛いかも。いや、今はあれ意外と大丈夫かもみたいな感じで、
結構こう波がね地味にあるような、そんな感じなんですよね。
その地味なブレがなんか逆にしんどいというか、
ずっと痛かったらね、もう痛いなーって思って終わりなんですけど、
こう、あ、痛いかも。あ、大丈夫かも。やっぱり痛いかも。
ってなるたびに、まただなーというか、重さだったり痛さを改めて再認識させられるようなそんな感じがあって、
それがね、なんか逆に辛いみたいな、そんな風に思ってました。
で、そうすると頭や、の重さや痛さが、こう、メンタルにも引っ張られるというか、
何してもちょっと集中しきれない感じもあるし、
全体的にやる気はめちゃくちゃ下がって、もう何もやりたくないですっていう感じになるし、
なんかこうデバフかかってるみたいな、こうゲームで言うとね、デバフがずっとかかっている。
で、しかもそのデバフのかかり具合がランダムみたいな状態ですね。
不調への慣れと自己への無関心
それを話していて気づくこととしては、こういう感覚にあまりにも慣れているというか、
慣れすぎているのかもしれないというのをすごく感じました。
まあ今日は、なんかちょっと体調悪いなーとか、なんか頭重いんだよなーって思ったときに、
パッと外の天気を見て、雨だからかーとか、ちょっと天気悪いからだなー、
まあじゃあしょうがないか、みたいな感じで、なんとなく受け入れて、
まあそのままにしちゃっているというか、特にそこから何かしようとは思わない、
みたいな状態は、なんか慣れすぎているからだなーというのも思います。
なんか前向きでもないんですよね、この慣れたっていうのが。
そう思うと、これってじゃあ何なんだろうっていうのをちょっと考えてみたんですが、
これは、なんか自分をちょっと雑に扱っていることにもなるんじゃないか、というのを思いました。
例えば、他の人が同じ症状で困っていたりとか、他の人がそういうことを言っていたら、
いや、一旦休んだ方がいいよって、多分言います、自分は。
でも自分には言わないし、これぐらい大丈夫だなーとか、
特に動けないぐらい辛いっていうわけでもないし、
今すぐ休まないとやばい、みたいな風には思わないから、
まあなんとかなるかと思って、特に何の対処もせずに。
頭痛薬を飲むっていう選択肢もあると思うんですけど、
この状態が多すぎると、週によってはほぼ毎日それを飲まなきゃいけなくなっちゃう。
となると、なんかちょっともったいないというか、まあいいか、みたいな気持ちになってしまって、
特別じゃないんですよね、その痛みが。
なので、その特別じゃない痛みに対して、自分としては薬を飲むっていうことはある種の特別だと思うので、
特別じゃないものに対して特別なものを使うのはなんかちょっと違うかなっていうのが勝手に自分の中で起こってしまって、
別に特にお薬も飲まず終わる、みたいな感じになったりするんですよね。
それは、自分に対しての理解というか、探求というか、どうしたら良くなるんだろうとかね、
なんかそういうことを諦めている感じもするし、
それをもうちょっと言うと、自分のことを大事にしない、みたいなことにつながっているんじゃないかなぁなんて思いました。
見過ごされた頑張りと自己肯定感
なので、いつものことだしなとか、
そういう、例えばちょっと休むにしても、そんなことをしている時間はないんだよなぁ、
みたいな言葉がなんとなく聞こえてきているような気がしていて、
ただそれって本当に向き合ったことがあるかと言われると、別にそういうわけではなくて、
なんとなくそんなことをしている時間はないなぁとか、
休めるもんなら休みたいよとか、そういうふうに自分で思ってやめちゃう、みたいなことがあるなぁと思いました。
あとは、これまでずっと、なんかこういう感覚に耐えながらというか、
まあ耐えているという意識すらない、
今日はちょっと頭が痛い日だな、ぐらいの感じで、いつも通りに過ごしていた自分がいるんですけど、
そう、これって耐えてきたという感覚すらないんですよね。
これはこういうもんだなぁとか、こういう日もあるよね、みたいな感じで、
普通の日常の中にあったものなので、
一つの頑張りとか、今日は頭が痛い中でも頑張ったなぁとかっていう、
頑張りカウントみたいなことすらしていなかったんだろうなぁというのをちょっと思いました。
こういうのって外からも、もちろん見えないというか、
あの人は頭が痛いのに頑張ってるんだとか、ちょっと体がしんどいのに頑張ってるんだっていうのって、
特に自分から出さなければ、外からは全く見えなかったりしますし、
そうなると誰にも見られない、誰にも気づかれないことが、自分でも気づけなくなるというか、見なくなったりとか、
で、そうすると気づいたら、いつの間にかそれが普通のことになっていて、
で、その頭が重かったりとか、ちょっと辛いのを頑張っていた自分が、
こう、いつものことになっていて、
で、そのいつもの頑張りというか、頑張りですらないよね。
日常の、こう、頑張るっていうか、日常のなんでしょうね、
こう、なんだろうな、これはなんて言うんだろう、
日常に使うエネルギーみたいなものが引き上げられていくような、
で、知らないうちに毎日を過ごすことだけで精一杯でもうヘトヘトみたいな、
なんかそんな風につながってるんじゃないかなーなんて、ちょっと思ってきました。
観察と気づきによる変化の可能性
今日は雨の日の自分についてを改めてちょっと観察して、言葉にしてみたんですけど、
そうすると、なんかいろんなことに気づいてきたなと思います。
頭の重さがあったりとか、その重さがぶれることがあったり、
それによってメンタルが引っ張られたり、
そしてそれを抱えながら日常を過ごすことに慣れすぎていること、
自分を雑に扱ったりとか、なんか大切にしてないような感覚があったりとか、
そして気づいていなかった頑張りがあったり、
頑張りとしてそれをカウントできていなかったりとか、
これっておそらくずっとあったことなんですけど、
これを観察して言葉にしてみるまでは全く気づかなかったことなんですよね。
これを観察して言葉にして今気づいても、
特に何かを解決したわけではないし、
きっと明日が雨であったとしたら、
その日はきっと頭が重かったりとか、
やる気がちょっと出ないなーなんていう日になるのかもしれません。
けど、観察して言葉にしてちゃんと見えてきたことで、
少し今後見え方は変わるんじゃないかなと思いました。
また雨だなーとか、
今日ちょっと頭が重いなーと思った時に、
少しだけ自分の状態に気づいたりとか、
自分頑張ったなーとか、
今日は頭が痛かったりとか、
ちょっとやる気が起きにくい日だなーとか、
そんな中でも最低限は頑張ったよねーとか、
100点じゃないかもしれないけど、
できる限りのことはしたよねーとか、
そんなことを自分に投げかけることができるかもしれないなと思います。
いい時ももちろんあるけど、
悪い時もちゃんと自分に対して向き合って観察をしていくっていうことは、
いろんなことの一歩になるんじゃないかなーというのを感じた、
きっかけになった、頭の重さでした。
あなたは天気の悪い日になんとなく調子が落ちるみたいな感覚あるでしょうか?
そしてそれをいつものことだからといって流していますでしょうか?
もしかしたらその自分のことをちょっと観察して言葉にしてみると、
何かわかることがあるかもしれません。
雨の日の自分のことをちょっと観察してみた話でした。
どうでしょうねー皆さん。
あんなにこういうちょっとした不調みたいなのって、
普通に生活できちゃうからこそ見落としているんじゃないかなーと個人的には思うんですが、
見落としている不調や、ちょっとだけなんだよなーっていうそういうものを、
もう一度見つめてみると何かわかるでしょうか。
聞いてくれてありがとうございました。
夏菜のこのままでいいのか?ラジオ、お相手は夏菜でした。
また来週日曜日の夜にお会いしましょう。
ではまた。
15:07
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