で、雨草でいろんなことをしたことをここであんまり細かくは語りませんけれども、1回そこら辺ってイルカが見れるんですよ。イルカウォッチングのツアーみたいなのがあって、95%ぐらいで見れるっていうので、私はその残りの5%に当たっちゃったんですね。つまりあんまり見れなかった。あんまり見れなくて。
おっぽのちょこっとポチポチって飛んでるところは見えたんですけど、本格的に近くでタッチできるぐらい。 そんな確率で見れるんですね、95%って。 びっくりらしいです。僕も知らなかった。来るときも知らなかった。それもアドリブ旅行だから、イルカ見れるの?とか思って行ったぐらいで。で、雨草何しろ最高だった。でも大変良心的で、その5%に当たったのですいませんでしたとか言ってね。
でも別にそのツアーって2000円ぐらいなんで、何の後患ないんですよ。別にまあいいかなと思ってね。何しろ船でね、海出るだけで私は楽しいので。だけど1年間有効のもう1回来たら無料券をあげますとか言ってくれて、嬉しい。じゃあまた来る、ジャスティフィケーションができたわいみたいな気持ちになりつつ、そういう今後再訪する、もう1回訪れる可能性が与えられるこの豊かさみたいなのを感じつつ。
その雨草行って、阿蘇に行って、その次の週に私は今度はイギリスのマンチェスターにですね、これ仕事で1週間ほどいまして、で実はこのマンチェスターもまた別の仕事の時3年前ぐらいに行ったことがあってですね、またこれも再訪なんですよ。だからその時行ったマンチェスターはコロナをあけてだいたい2年ぐらい経ったときかな。このラジオでも少しだけ話しましたね。マンチェスター大学の現代音楽のコンサートで行って。
そう、それがマンチェスター。
そうそうそうそう。ちょっとブンブンハエみたいな音がするという風にちょっと少しだけ私はちょっとなんかやや辛口なコメントをしたらそういう音楽を専攻している専門家がリスナーの方にいらっしゃって大変恐縮したという思い出がありましたけど、そのマンチェスターにもう1回行きまして、そこもね、だからイギリスの非常に優れた歴史を持つ発展をしている。
私、街としてそれほど大規模ではない都市って最高なんですよね。で、マンチェスター2回行くとそんなに要素は変わらないんですよ。で、私が行ったときはちょうどクリスマスマーケットが始まるぐらいで、もういろんな店がオープンして賑やかさが始まっているところとかで。
まあそういう街よく3年前なんで結構記憶もまだ残ってて、ここあったよね、ここまた来たなーみたいな喜びがあって。それでウッズワース美術館とかは企画展示の展示の内容は変わっていても立地している場所とか公園の隅っことか緑豊かな場所に立地してあって大変品のいい、いるだけでなんか気持ちの良くなるような美術館で、そういうところにもう1回訪れる良さもあって。
だから人生もだんだん後半戦に差し掛かっていくと、こういうもう1回訪れる旅っていうのがだんだん前傾化してくるというか、なんか私の中でいい価値を持ってなんか来るなーっていうね、そういうことを最近よく考えるんだけれども。
まあこの超旅路上でも結構静岡行って静岡行ってまた静岡とか岡田さんの名作があるし、結構同じところにもう1回来る物語、旅みたいなのってのは割と今までも語ってきたテーマではあるけれども改めて再放の旅、再び訪れる旅の良さみたいなものをなんか語りたいなと思うんだけど。
岡田さんの最近すごいのあります?
悟ると岡田ゆう、超旅路。
再放しかしてない。
どういうこと?
いや、何でしょうね。なんか、その静岡の話もそうなんですけど。
この間出した本のテーマというか、もうなんかざっくり言うと再放しようみたいな本というか、なんか静岡の話も入れてるし。
そうでしたっけ?
ざっくり言うともうなんかもう一度訪れ、時間経ってから訪れたりとか。
はいはいはい。
時間のあれは違いますけど、やっぱその同じ場所でも時間が経った場所に行くとすごい、むしろなんかいいみたいなものとも捉えられるというか。
ラジオで話した、なんか歯医者に定期的に通ってるから。
そうか、定期的に通るよりも再び訪れることにはほくならないわけか。
そうなんですよ。定期的にその町を訪れるっていうのも再放だし。
そうだな。
どうみたち川に泊まりに行ったのも再放だし。
そうだな。あ、岡田さんの方がやってるな。あ、そうか。岡田さんがより場を置いてるから。そうか。
川は、玉川を開けて歩くのはスタートとゴールが一緒だから。
途中からの再開。
その度に再開、再放しを繰り返すみたいなものでもあるし。
いいね。そうするとどんな気持ちになります?なんか。それは歯医者と静岡の観光士とでは違いがあるかもしれないけど。
そうですね。
でもなんか安心みたいな。また変わってなくても嬉しいじゃないですか。変わってても嬉しい。
そう、変わってても嬉しい。
どっちに転んでも勝ち。勝ちじゃないか。
そうなんですよ。
なんかそれありますよね。知ってるよみたいな。
仮説じゃないけど、こういう街だろうとかこういう景色だろうみたいなのがあった上で行くと、その通りだったら懐かしいってなるし、そうじゃなければあれ、こんなとこ変わってるやんって驚くサプライズになるから。
そうそう。絶対面白いじゃないですか。
価値覚ですね。価値覚。
これ赤ちゃんがイナイナイバーとかするときも、たぶんいないって見えなくなって、もう一回僕お父さんの顔、お母さんの顔同じ。うけるわーみたいな。違う。うけるわーみたいな。
イナイナイバーですね。
今思いついただけなんですけど。
イナイナイバーもあれなんか。
根源的な喜びは。
根源的にはあれ、確かに10ヶ月くらいからちゃんと楽しめるようになるんですよ、イナイナイバーって。それは記憶力がついてくるから。それまでって短期記憶すらないで。
出たとこ勝負だから。
出たとこ勝負だから。毎回ランダムなんですよ。でも記憶がつくと次こうなるんじゃないかっていうのがパターン予測みたいな。それから楽しめるみたいな。
いい話になってきた。
という意味ではイナイナイバーかもしれない。
いいですね。課長されたイナイナイバーとは。
大人のイナイナイバー。
ひっくりひねり出した哲学の論文みたいな感じになってるけど。
でもなんかその喜びって昔の人類からありますよね、たぶんね。
それはあるな。いや、当然ね、同じとこばっかり行くことがいいとは当然言わないし。
やっぱ旅をあえてする人って、本当にずっと同じとこにいたかったら家から一歩も出ないようになっちゃうわけだから。
それでもいいんですけどね。
いいんだけど、でもなんかあえてちょっと飛び飛んでね。
自分のとこからちょっと1時間何時間かあるいは時々1日くらいかかっていくんだけれども、そこが同じであるとこの喜びみたいな。
私はね、そこまでまだ成熟できてなくて、生後9ヶ月の先から成熟できてなくてですね。
どっちかって言ったら初めて行くところにより重き活用。
半ば無理くりにでも、なんか考えてた。
若かりし頃という言い方はなんかちょっとおっさんじみますけど。
なんかそういうのがあったんですね。
だからあえてやっぱりヨーロッパの中でもいろんな行ってない都市ってまだいっぱいあるわけですよ。
塗りつぶされてない白地図を見るときの興奮も今もそれ残ってますけど。
でもなんか、疑似して言ったわけじゃないけれども、あえて言うんだったらやっぱせっかくなら違うところに行きたいなとか思ってたの。
今はそうじゃなくなってきたなーってのがありますね。
どうでしょう。
今なんか言おうとした。なんかいいこと言おうとしたんですけど。
いいこと言おうとした。
忘れました。
でもあのごまごまこっちゃんさんみたいなね。
モンゴルだけを。
ゲストの方もね。裁縫系の人。
他の国ほど行ったことないのにただひたすらモンゴルだけを。
でもそれ潔いですよね。人生の時間配分の的確な使い方。
モンゴルいい、モンゴル行こう。
そうだ思い出した。
なんか結構本とか映画とかをもう一回読んだり見る楽しみみたいなのもあるじゃないですか。
再読みたいな。
あるあるある。
そうやってたぶん忘れてるっていうのを一つと、
あと自分の内面が変化してるから。
そうそうそうそう。
もう一回読むと違って見えるみたいな。
本当にそう。
で、その場所の場合はさらにその場所自体が変化してるから。
そう。両方変わるんだね。
かけ合わせで無限の組み合わせが生まれるから、
それは結構楽しい。
そうですよねー。そうですよねー。
受け止める方も。見る店とか行く店とかね。
そうですよね。
好みとかもね。食べ物、飲み物、お酒。
変わってますよねー。
変わってますねー。
そういうとなんか超つまんない超平凡な結論は、
若い時にいっぱい旅しといた方がいいという。
まあそうね。
超つまんない結論だけど、
でもそれは将来の楽しみへの。
再放可能性を最大限広げておく。
福利。
超つまんないビジネスパーソンが言いがちな言葉。福利。
出ました。
思い出の福利ね。
福利。
でもねー。
なので次に再報すべきはトルコですかねという。
これもまた最高ですね。
人と人との繋がりで、
フェイスブックと確かに行った時にとりあえず友達になりがちで、
その後全く連絡しながちだけど、
時々そういうXってしまうかな。
残るのありますよね。
ゲストに来てくれたセッコウさんもまさにウズベキスタンの再報。
最高の再報のエピソードですよね。
本源地で知り合ったウズベキスタンの人に会いに行く。
中央アジアは。
モンゴルもそうだしね。
なんだろうな。
中央アジアのお住まいの方は、
その土地のコンフタブルとか経済事情もあって、
そんなに外国に行かなかったりするけれども、
多分来たお客さんともともと5円を持つ文化だったりするから、
そうやって円が繋がりがちで、
もう一回来る吸引力を持っているのがスタン国。
モンゴルとかも含めたあの辺りなんですかね。
いいですね。
最高ですね。
他にもありまして、
ラジオネームコナカラブツさん。
国外の都市で初めて再報したのがワシントンDCでした。
2度目の訪問は2018年で、
本務に加えて、夜にスポーツ観戦、
空いた日にスミソニアン山脈。
スミソニアン博物館とかいろいろありますからね。
スミソニアン山脈と今よりドルがかなり安い恩恵を十分に受けられました。
初訪問は2002年。
これが私の初海外であると同時に、
行き先が911直後ということもあり、
道中不快な体験と緊張感を強いられた旅行でした。
飛行機登場時に靴底を抜かれたのはこの時の一回だけです。
え?靴底を抜かれたの?
なんか隠してないかってこと?
ああ、そういうことか。
こわっ。
しかも上司と書きましたが、実際は指導教員は、
日程の都合で同行しないから一人で行ってきたらとか言い始めたのを、
なんとか説得して生きのみついてきてもらい、
飛米三日目には完全短期での現地滞在となりました。
振り返ると一泊三日で北米往復してもらったのは我儘を射ついたかなと思います。
発表会場でも日本人の知り合いもおらず、
積極的に知り合いを作れるわけでもなく一週間を過ごし、
後にも先にも日本語が理解できなくなった。
帰国時の日本語アナウンスが一瞬理解できなくなったのはこの時だけです。
16年の間に歳を取り、知り合いを増やし、旅慣れをしたのにも加え、
スマートフォンを活用した裁縫は非常に快適でした。
が、日本と完全に切り離されて母語を失うような体験は、
今後全くできなくなったのだなあと思うと、
違った考えを覚えましたと。
いいなあ。
分かる。社会人の始めたって分からん時の不安いっぱいの気持ちに、
アメリカって結構簡単じゃないですからね。
あそこで聞き取る英語は容赦ない人が多いから、
あんまりノンネイティブスピーカーに優しくない人もいらっしゃったりするから、
そういう中で、しかも9.11の直後だとね、
外国人に対するあれもちょっとね厳しかった時期とか、
そういう時期に行って苦しかったけど息抜いたけど、分かる。
そういう似た経験僕もあるので、
そうだよなあ、今もう私ワシントンDCとかウィーンとか行ってももう、
なんだろ、長風に行くののもう延長みたいな感じで。
緊張しないでね。
全然ですね。
もうワシントンDCにあそこのホテル行って、あそこ角を曲がって、
あそこのソレーダージョーズで買い物しようとか、
でもそれってなんか失ってますよね、私は。
という気持ちにもなるんですよね。
なんかそれが、なんかいいことと思えない気もするので。
裁縫しすぎだってことですかね。
裁縫しすぎ。
しすぎてもいかんのかなあ。
でも今年、今年だけでもワシントンDCいっぱい行ってますけど。
そういう地元っぽいとこができるのはまたなんか違う。
そうですね。
楽しみとリラックスしていける場所。
そうそう、それはあるなあ。
私もウィーンとか住んでたこともあるし、
ウィーンの外国人向け日本料理屋みたいな、
要するに基本的にあんまり行ってもいいことない系の中華の方が経営してる、
あんまりおいしくない寿司を出してくれるとこ、みたいなところに私よく行ってたんですよ。
よく行ってた。
職場から近かったから。
で、行ってたうちに顔も覚えてもらって、いろいろ覚えてもらって、
そのところに3年ぶりぐらいに行ったら、そのおばちゃんがいて、
僕のことを3年ぶりに来たお客さんのことを覚えてて、
最近来ないじゃんみたいな。
すごい。
最近来ないよ、何も。日本に帰ったんだよって言ったら、残念みたいな。
でも今いるじゃん、みたいな感じで。
いや、今この店が好きで来たんだよ、みたいな。
あんまりおいしくない味噌汁を飲みに来たんだよ。
あんまりおいしくないわ、言わなくて。味噌汁を飲みに来たんだよ、みたいな。
出汁がない味噌汁。
いいなあって思って。
出汁がない味噌汁。
え、でも海外のあれってそんな感じなんですよ。
分かります?
出汁取らないですね。
そうそうそうそう。
でもいいなあって思って。
俺のこと覚えててくれたら嬉しいみたいなね。
結構人気店なんですよ、そこ。
だからそういう、いっぱいお客さんが来る中で僕のこと覚えてくれてて嬉しいなあったけどね。
そういう細胞は思い出しましたね。
だから街単位ではもうなんかこすりにこすって、もう新鮮味ないけど、
人なんだな、つまんないことまで言うと。
人が覚えててくれるとそこにまた喜びがあるみたいな。