夏休みと子供との時間
おはようございます。 今日も聞くとホッとリラックスするラジオを聞きに来てくださってありがとうございます。
心理セラピストの松川ちえです。 いよいよね、お盆休みという感じの季節に入ってきましたけれども、これを聞いてくださっているあなたはどんな
月曜日を迎えていらっしゃるでしょうか。 ちなみにですね、私の夏休みは
まあ、お一個ちゃん、め一個ちゃんのお世話をして、 ひたすらお世話をして終わるんじゃないかなと思っています。
明日からね、8月11日、明日から泊まりに来るんですよ。 うちの一番下の妹、11個下のね、私の出来合いしている妹と
妹の子供ね、2人がちょっと何日か泊まりに来るんですよね、お盆休みということで。 なので
おババカな私はですね、きっと毎日一生懸命2人のお世話を、2人のちっちゃい子のお世話をして、 めいこちゃんとね遊んだり、めいこちゃんのお世話をしたりしながら
体力の限界までたぶん遊んだりしてるんじゃないかなと思います。 でも
あの真ん中の妹のね、娘ちゃん、 だからもう一人めいこちゃんいるんですけど、その子はもう高校1年生なので
まあそんなにね泊まりに来たりも今となってはしないし、 遊びに来てね、ジェイちゃん遊んでみたいな年齢でもなくなってますので
そう思うと、遊んでとかね、遊ぼうとか言ってくれる時期って あっという間に過ぎるんですよね。
それをもう知ってるのでね、もう高校1年生になっためいこちゃんがいますので、 遊ぼうとか公園行こうとか言ってくれるのって
最大で小学校5年生までだったなという記憶が私の中に残っているので、今のうちに本当に期間限定のね愛しいシーズンを楽しんでいきたいなと思っています。
人生観の変遷
今日のテーマはですね、あなたは自分の人生をどんなふうに捉えてますか?
っていう話をしようかなと思ってました。
自分の人生ってね、なんかいろんな解釈ができると思うんですよ。
人生は冒険だとか、人生は旅だとか、人生は苦行だとかね。
私小学生の頃苦行だと思ってましたから。
小学生の頃は生まれてきたってことはこんなに辛いことで、なんかたくさんいろんな辛いことに耐えなきゃいけないのが生きるってことなんだから、
生まれてきたってことは何か私は生まれるっていうほどの罰を受けてるに違いないって思ってたんですよね。
生まれるっていうのが苦しいことだ、生きるっていうことが苦しいことだと思ってたのでね。
今はその頃みたいな息苦しさっていうのはもちろんないんですけど、
今振り返って思えばすごい悲観的な小学生でしたよね。
生まれてきたなんて、こんな辛い世の中を生きていかなきゃいけないなんて、
私は何か天国で罰を犯して今なんか苦行を受けてるんだと思ってましたからね。
でも私が思っている、常々思っていることというのは、
生まれてくることの奇跡
人間って生まれてきて何の奇跡が生まれてくるわけですよね。
生まれてくるってすごいことじゃないですか。
生死と乱死が出会って受精してお腹の中で、お母さんのお腹の中で無事に育って、
ちゃんとたった一つの受精卵からこんなに手とか足とか内臓とか出来上がって、
いつの間にか人間として完成されて生まれてきて、
最初は歩くこともできないし、ご飯食べることもできないのに、
いつの間にかこんな風にいろんなことができるようになって。
だから生まれるっていうこともすごく奇跡的なことだなって本当に思いますし、
この年齢まで45年間、途中で死ぬことなくなんとか生きてきているっていうのも、
本当にあらゆる奇跡が織り重なって今があるんだなっていうふうにはいつも思うんですよね。
あと何十年かしたら、何年なのかわからないけど、
いつか私の肉体って滅びるわけじゃないですか。
それは多分これを聞いてくださっているあなたの肉体も、今何歳かわからないけど、
何十年かしたら、わからない、100年くらいかもしれないけど、
いつか未来に人間の寿命が伸びている可能性もあるのかもしれないけど、
とにかくいつか限界が多分来ますよね、肉体には。
そして滅びていくわけですよ、この肉体は。
そう思うと、
人生はドラマチックな物語
亡くなるっていうことまで含めて私は奇跡だなっていうふうに思ってるんですね。
やっぱりね、永遠に生きてるっていうのは疲れるんじゃないかなと思うんですよね。
永遠に生きてるっていうのは疲れるような気もするし、
あとね、やっぱり全てのものが変化していく、
特にこういった肉体とか目に見える何か、
ものじゃなくて、ものもね、ずっと何十年何百年たったら変化していけますけれども、
でも生身の肉体っていうのはすごく変化が激しいじゃないですか。
生まれたときはちっちゃい赤ちゃんだったのが、
いつの間にか大きな160センチくらいある人間に成人になって、
いろんなこと喋ったり食べたり動いたりするようになって、
そしてまた何十年かしたらヨボヨボになって、
いずれ肉体が動かなくなるっていうね。
この変化ってすごくドラマチックだと思いません?
すごいドラマチックだし、ものすごい奇跡的な物語だなって、
本当に日々思うんですよね。
生きてる間にはいろんなドラマがあるし、
たぶん亡くなるまでの間にもいろんな物語がそれぞれあると思うんですよ。
突然の方もいらっしゃると思うし、徐々にっていう方もいらっしゃると思うし、
私自身がどうなるかはちょっとその時になってみないとわからないですけど、
でも全部すごくリアルで面白いドラマだなと思うんです。
個性ですよね。
亡くなり方とか弱っていき方もたぶん人それぞれじゃないですか。
こういうふうに全員がたどるっていう道ってないと思うし、
人生の物語との向き合い方
なので私は人生ってどんなものだって捉えてるかっていうと、
まずベースに何か生まれてきて、そしていろいろあって生きて、
そしていずれ肉体は亡くなっていくっていう、
この原則だと思ってるんですよね。
究極を言えば生きてる間に起きるいろんな物語っていうのは
ドラマに過ぎないというか、人生全体がもちろんドラマなんですけれども、
生きてる間に起きるいろんな喜怒哀楽っていうのは
それぞれ一つのストーリー、一つ一つが楽しいストーリーかもしれない、
悲しいストーリーかもしれない、びっくりしたストーリーかもしれない、
ワクワクしたかもしれない、なんかいろんなストーリーがあるんだなっていうふうに思ってるんですよね。
なのでそれらの生きてる間の途中のいろんなストーリー、物語を
全部をね、全部を自分の自我の思う通りに
ハッピーで豊かで素晴らしいものに全部書き換えようって
しなくてもいいんじゃないかなって思ってます。
自分が背負っている人生のドラマがものすごく苦しいものだったら
やっぱりそこを緩めて書き換えてあげていくっていうのも
生きやすくするためにはありかなとも思うんですけれども、
でも、そうだな、重たいものね、真のものを何個かやったら
あとはもう、全部をきれいにしなくてもいいんじゃないって思うんですよね。
自分の人生の物語全部を。
1から100まで全てを自分の思い通りに整えようとするって
結構無茶なんじゃないかなと思っているので
うまくいかなかったこととか、悲しい出来事とか、寂しい出来事とか
辛かったこととか、そういったものも楽しかったって思えるようになるまではね
人それぞれハードルがあると思うんですけど
私も、そうですね、もちろん痛いとか辛いとか嫌だって思うこと
いろいろ人生に起きたりしますけれども
でもそれも全部過ぎてしまえばね、いい思い出っていうか
いい思い出ってならなくても、あああれも面白い出来事だったなとかね
ナビがあったなとかね、そういうふうにしまっていくことができるので
人生の輪と捉え方
全てのことはね、過ぎていきますから
人生に起きるあらゆる全てのことはいずれ過ぎ去っていきますから
安心して、いつかこの肉体は滅びるんだし
いつかいろんなことは全て変化して変わっていって
いつかは全部が、この物語のエピソード
すべてのエピソードがいつかは終わっていくと思っているんですよね
もちろん受け継がれていくエピソードもあると思うんですよ
私、子供がいないからあれだけど、子供がいる方とか
あるいは、私の場合だとめいっこちゃん、おいっこちゃんとかがね
なんとなく仲間意識みたいなのがありますけれども
そういう血のつながった子供がいなかったとしても
何代、何十代か遡ればみんな親戚じゃないですか、たぶん
なので、みんなね、いずれ生まれて生きていずれ亡くなっていく
この人生の輪の巡っていく輪の中で
いろいろね、ジタバタしてるんだなっていうふうに思うんですよね
そのジタバタの内容が楽しいものベースの人もいれば
苦しいものベースの人もいれば
ユニークな個性的な人もいれば
いろんな人のいろんな人生があると思うんですけれども
全部ね、面白いなと思うし
全部奇跡だなと思うし、完璧だなと思うんですよね
いろんな葛藤やストレスや苦しむことまで含めて
たぶん完璧にできてるんでしょうね
まだ全てを悟った感じというか
人生を気楽に捉える提案
全てを択感して、そういうもんだなっていうふうにね
あらゆる全てのことを受け入れられてるかっていうと
私もね、まだまだいろんなことに抵抗して
日々、ああだったらいいのに、こうだったらいいのにってね
いろんなことを考えてますけれども
でもね、根本の部分では
自分の人生は生まれてきて生きてて
いずれな肉体が滅びていくものっていうふうに思ってます
それ以外のことは全部、なんだろう
おまけっていうかね、装飾
プラスアルファのエピソードなんですよね
そういうふうに考えてみたら
少し気楽になるんじゃないでしょうか
という提案です
あんまりね、深刻に捉えすぎず
自分の人生こうなるはず、ああなるはず
なんでこうなんだ、なんでああなんだっていうふうに思うんじゃなくて
全ての人が生まれて生きていずれなくなるっていう
このね、輪廻の輪の中で生きてるんだよなっていうね
その中で起きてくるいろんなエピソードは
プラスアルファの彩りなんだよなっていうふうに捉えてると
良いことも悪いことも一つのドラマとしてね
楽しんでいければいいんじゃないかなというふうに思います
はい、なんかもしかしたらね
何言ってるかよくわからんっていう人もいたかも
わからないですけれども
人生をどんなふうに捉えてるかっていう話をさせていただきました
最後まで聞いてくださった方、ありがとうございます
それじゃ、またねー