久しぶりの配信と高知への帰省
みなさんこんにちは、りえです。今日は久しぶりの配信となってしまいました。間が空いてしまったにも関わらず、聞きに来てくださったみなさんありがとうございます。
配信をね、ちょっとお休みしていたのは、先週から今週の頭にかけて、高知県に行っていたからですね。
祖母の家が高知にありまして、子供たちをね、連れて帰省をしてきました。
で、その帰省の前に、高知市、高知駅の周辺を観光したりもして、めちゃくちゃ楽しかったです。
広め市場、みなさん知ってますか?ぜひ行ってください。めちゃくちゃよかったんで。
まあそれは余談ですけど、その観光した後に、田舎にある祖母の家に行ってきました。
でね、祖母の家って、本当にめちゃくちゃ田舎にあるんですよ。
電波が入らないぐらい田舎です。
で、まあそんなこともあって、先週、先週と今週の月曜日かな、いつも月末の5時に配信してるんですけど、まあそれがね、できなかったんですけど、
実はね、そのコミュニティ欄にも少し書いたんですけど、
配信ができなかったのは、純粋にその旅行を規制中で、収録のタイミングがなかった、電波が入らないっていうこともあったんだけれども、
実はその2回あった定期配信、そのキャンセルした定期配信のうちの1回は収録まではしたんですよね。
一応ね、公開予約もしてたんです。だけど、やっぱやめようと思って、
キャンセル、公開を取り下げたんですね。で、それは何でかっていうと、
ものすごく自分の中で
揺れたんですよ、気持ちが。それをね、少し今日お話ししようかなと思います。
田舎での衝撃と人生観の変化
揺れたっていうのは、なんかね、私が
今生きてる人生って何なんだろうみたいな、そのぐらいちょっと大きな
衝撃っていうのを、そのね、祖母の家にいる間に受けたんですよね。
うまく言葉にならなくって、だからその収録したけど公開しなかった
その時も、その配信でも
そういう衝撃を受けたっていうことをね、ちょっとお話ししてたんですけど、自分の中でね、
あまりにも整理がつかなすぎて、生々しい感情が生々しすぎて、それで配信を辞めたんだけど、
まぁちょっとね、数日経ったので、話してみようかなと思ってますが、まだまだちょっと生の感情でね、
うまく話せるかわからないし、もしかしたら後で消しちゃうかもしれないんですけど、今日はでも配信、公開はしようと思ってます。
そう、それでね、そうなんですよ。だから自分の人生が
緩がされたっていうか、なんて言うんだろう。
すごい大げさに聞こえるし、大げさかもしれないんだけど、祖母の家ってめちゃくちゃ田舎なんですよね。
電波が入らない。
山の中。
で、まぁだから
まぁ今、普段私が送っている生活と、全然違う
環境、生活なわけですよ。価値観も違いますよね。やっぱりその、
都会と田舎っていう単純な比較はもちろんできないんだけれども、できないし、別に我が家もね都会ってことでもね、郊外って感じですけどね。
まだけどその、祖母のね、家の山の中に比べてば、比べればまぁ都会というか、
まぁ都会にね、都心にすぐに出れたりもするしね。
やっぱりだから、とにかく全然違う生活なんですよ。本当に、
私はその寄生虫やってないけど、日の出とともに起きて日の入りとともに寝るみたいなね。
本当にイメージとしては、イメージとしてはそういう生活なんですよね。だから
なんか、
そのね、まぁ自然とともに生きるじゃないんだけど、それを数日体感してきて、
なんかね、その自然のリアルさに圧倒されたっていう感じですかね。
自然の、その物質、なっていうの、ちょっとね表現が難しくて、私の言語化が追いつかないんですけど、
自然、山じゃないですか、海もあるんだけど、そういう自然ってリアルにそこにあるものなんですよね。
映像を見てるわけじゃなくて、そこに体を置いていると、
なんかめちゃくちゃこう、圧力みたいなのは、圧力じゃないんだけど、
まぁそういう圧倒的な存在感、圧倒的なその自然の存在感みたいなのがすごく肌で感じられて、
なんかね、私が普段、今自宅ですけど、ここで生活しているその生活が、
すごい軽いな、みたいな。
なんかウソっぱちみたいに感じられる。表現がすごい難しいんだけど。
それでね、なんか、とにかくそれでなんか私は衝撃を受けてきたわけですよ。そのなんかリアルの
圧力みたいなもの。
で、すごいなんか私の心が揺れて、
なんか私、今の生活を続けてていいのかな、みたいな。
はっとした、目を覚まさせられた、そんな感じがあった今回の寄生だったんですよね。
体と五感を取り戻す感覚
で、まだ全然、
整理しきれてないし、その受け止めきれてないんですよ。要はその大自然みたいな、大自然の存在感みたいなものをね。
だからどうしていくかわからないんだけれども、
ちょっとですね、そんな感じで今私、
私の大地揺れているので、
ちょっとね、今まで月末の17時でしばらく、ここ2ヶ月ぐらい定期配信をしてきたんですけど、
ちょっとスタイフの配信、ここから不定期にさせていただこうかなというふうに感じてます。
ちょっとね定期的に配信をする自信が今なくなってます。
ということで、ちょっと不定期な配信になっていくかなというふうに思います。
そう、なんかね、
そのリアルな自然の中に身を置いて、自分自身もリアルな物質、物体であることを思い出したみたいな感じ。
伝わらないですよね。
あ、私にも体があった、みたいな。
なんか普段の生活って、家にいて、私通勤もない個人事業主だから、
家にいて、インターネットで全てが完結するみたいな生活をしてて、
家事は手抜いて、時短して、みたいな。
私何のために生きてる?何のためにこの体あるの?みたいなことを感じちゃったんですよね。
その田舎暮らしを。
田舎暮らしって言ったって、お邪魔しただけなんでね。
全然そこで生活してる人からしたら、何言ってんのってことだと思うんだけど、
一旦に触れてさ、とはいえ、観光もしたけど観光じゃなくて、おばあちゃんの家に行って生活をしてきてるから、
普通の観光よりはちょっと一歩踏み込んで、自然とか田舎、なんていうんだろうな、そこの生活を感じてきたから、
体あることを思い出したいみたいな、ほんとそういう感じです。
だからこの体使わなきゃみたいな気持ちにすごいなったんですよ。
もちろんインターネット便利だし、SNS便利だし、SNSでの繋がりっていうのも、
私はこの1年半ぐらいですごく広がって、そこで出会った人から刺激を受けたり、
今度は来月にはSNSで出会った人と、SNSがきっかけで出会った人と一緒にパリに行くことになったし、
だからすごくいろんな広がりがあって、すごくいろんなチャンスをSNSのおかげで得てるんだけれども、
でもやっぱりちょっと待って、基本の体はここにあるぞみたいな、リアルに私の体はここにあるぞみたいなことをすごく感じたんですよ。
だからやっぱりリアルの体使っていきたい。
だから私この1年半ぐらい寝てたなって思いました。寝てた。
なんか昼寝してた。長い昼寝をしてたみたいな。人生の長い昼寝をしてたみたいな。
はっと目が覚めた感じなんですよ、本当に。
過去の苦しみと自己防衛
あ、私本当は頑張りたかったんじゃんみたいな。
そういう気づきですね。なんか頑張ってなかったわけじゃないんだけど、体は使ってなかったし。
あとは私の配信をずっとかけてくださっている方はご存知かと思うんですけど、私は自分自身が学校の先生をやっていて、
でも家事と育児と自分自身と、自分の個人、私個人という自分自身と、
なんかこうやりたいことがたくさんあって、でもキャパオーバーでどうしていいかわかんなくなってっていうところで、
本当に苦しい時期を過ごして、適応障害という診断名もついて、
一月は本当にね、消えていなくなりたいって毎日泣いてたんで、
もうさ、そんな苦しい時間を二度とごめんなわけですよね。
だから、
そうならないように、そうならないように、相当この1年半生きてきてたと思うんですよ。
それはでも仕方なかったと思うし、それが自分を守る術だったと思うんだけど、
言ってみれば、自分自身を腫れ者のように扱ってきたんですよね。
なんかちょっとこう、なんていうかな、荒く扱っちゃうとまた壊れちゃうかもしれない。
またあの苦しい日々が待ってるかもしれないみたいなところがあったんだなっていうのをなんか感じたんですよ。
自然の中での五感の解放
その大自然の中にこう、大自然の中でさ、山の中でさ深呼吸して、
緑を感じて、空の青さを感じて、川とかも流れててね、せせらぎを耳で感じて、
そうなんかね、ちょっと話がいったりいろんなとこ飛んでっちゃうんだけど、
自然の中にいたら、五感も勝手に全開に開きましたね。
そう今深呼吸って言ったけどさ、私の家ってさっきも言ったように別にめちゃくちゃ都会にあるわけじゃないんだけども、
結構家の近くに太い交通量の多い道路が通ってて、
そうするとそんなところで深呼吸したくないじゃないですか。
吐き気が吸い込むだけみたいな。
だから自然と五感を使わないようにキュってなんかちっちゃくなってたのかなってそんな感じもすごいしました。
めちゃくちゃ五感開いた。
深呼吸もだって積極的にしたいし、その肌に感じるそよ風とか耳から聞こえてくる、
蝉も鳴いてんだけどさ、蝉の鳴き声もそうだけどでも鳥が鳴いてたりとか、小川のせせらぎがあったりとか、
で食べるものって言うとさ、なんか海で獲ってきたタコ、自分たちで獲ってきたタコとか貝を食べるとかさ、
川で捕まえたエビを食べるとかさ、そういう生活なんですよ。
自給自足ってことでもないんだけどね。
でもそうするとやっぱ味覚っていうのも、すごくこうその旬のもの時のもの。
旬も旬ですよね、数時間前まで生きてたみたいなさ、ことだし。
時のものっていうのもほんと目の前の川みたいな。
だからさ、味覚っていうのも古活用、なんていうのかな。
まあね、そうやって味覚も目いっぱい感じてきたし、視覚も目もそうですよね。
目に見えるもの、緑。
もうなんか緑、木々の緑と空の青しかないみたいなところに家があってね。
だし、その触覚、肌で感じる空気とかもね、やっぱりその都会の暑さとかとは違うし、
心地よいから自然に感じたくなるんですよね。
でもなんかこれが、人間の本来っていうとちょっと平和あるのかもしれないけど、
だからなんか動物としての人間の能力をいっぱい使ってきた気がします。
パラダイムシフトと今後の配信
なんかそういうのとかでも、
一人パラダイムシフトじゃないけど、そんなことを感じて帰ってきて、
だからすごくね、さっきも言いましたけど揺れてるんですよ、私の人生は。
何やってたんだろう、いいんだろうかこのままで。
もっと体使わなきゃって。
ここで深呼吸したくないのは変わらないけど、
でも体あるじゃん私、体使ってかなきゃ。
もっと頑張りたかったんじゃん私みたいなことを思い出した。
そのしんどい時期があったから、しんどくなりたくないから、
セーブしてたっていうか、
それをそれやってきてて、やってきてたんだけど、
その自覚はあるようでなかった。
あったんだけどね、あったんだけどなかった。
自覚をSNS企業、自分ビジネス、私なんか企業してフリーで、
家で仕事してます、かっこいいでしょみたいなところで、
見ないようにしてたと思う。
そんなことも結構思ったりをして、
いろんなことを感じてるわけです。
こんなちょっと長い配信になる予定じゃなくて、
ちょっとこれから配信不定期になりますよということだけ、
今日はお知らせしようと思って5分ぐらいで終わるはずだったんですけど、
なんか3倍ぐらいの15分ぐらいになりそうな勢いで喋ってますけど、
そんなところでね、なんかちょっとまた思いもやらぬところで、
転換期を迎えてしまったのかな私っていうふうに思ってますね。
リアルな場への回帰と決意
でもね、その2026年後半にやりたいことっていうのをね、
リアルの場に仕掛けていきたいということはお話ししてたと思うんですよね。
その場は子育て広場みたいなところに出かけていったり、
そこでね、ちっちゃい子を育ててるママさんたちとかやっぱ大変だから、
私自身も大変だったし、だからそういう方たちの力になれたらっていうところでリアルの場に。
あとは自分も学校現場にやっぱり戻っていきたいということも話をしたと思うんですけど、
だからね、リアルの場に出ていく、リアルに自分の体を動かしていきたいという思いは、
たぶんもともとやっぱりあったんですよね、根底には。
だけど、抑えてた。
それがリアルに自然の中に行って、体全開って感じてきたら、
その思いがブワーッと膨らんだっていうそんな感じですね。
そう。
何に喋ってましたっけ。
はい。
そんな感じなので、ちょっとね、これから転換期が思いもかけず、
なんかその、祖母の家に帰省してさ、そんなこと思うなんて考えてなかったから、
本当に自分でもびっくりしてるんですけど、転換期また来ちゃったなっていう感じで、
おそらくですね、私来月パリに行くんですよね。
変化と変わらない根底の思い
そこでも絶対感じるものがあるから、なんか私ほんとめちゃくちゃちょっと今こう、
なんか人生急カーブに差し掛かっているような気がして、
そんなね、私の変化をぜひ楽しみに。
こいつコロコロ言うこと変わるなと思ってると思うんですけど、
それもね、でも開き直って、しょうがないです。
転換点。
でもね、言い訳をすると、言い訳っていうかね、説明というかにすると、
根底にある思いはやっぱり変わらないですよ。根底にある思いは変わらない。
ただそれをどう表現、なんていうのかな、表現っていうか、
思いは変わらないけど、それを実現する手段として何を取っていくかっていうところだったり、
思いは変わらないから思いは滲み出てるんだけれども、
それをその時その時の状況によって、いろんなもので追い隠してきたりとか、
そういうことなんですよね、たぶんね。
だから根底に流れてる思いは変わらないんだけど、
それをどういう形でどういうふうに出していくかっていうところは、
今ちょっとね、大きく変わろうとしているのかなっていうふうに思ってますね。
はい、なのでちょっと不定期になると思いますが、ぼちぼちですね、
こんなこと考えてるよとか、こんなふうにしていきたいななんて私自身のね、ことも今後も発信していきたいですし、
まああとは私が体験したこととか、いろんな本とかね、読んだりしたことで気づいたこと、
これは他の方にも役立つななんてことはこれからも発信していきたいと思いますので、
ぜひぜひ今後もお付き合いしていただければ嬉しく思います。
はい、ということでこんな長いよくわからない配信を最後まで聞いてくださってどうも本当にありがとうございます。
ではではまた。
Thank you for listening.