英語学と統語論の基礎
おはようございます。英語の歴史の研究者、そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
8月24日、水曜日。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
東京地方は、比較的暑さが柔らいで、と言っても、少し歩くと汗ばむぐらいですけれども、残暑はまだまだ続きそうですね。
英語の語源が身につくラジオヘルディオ。本日お届けする話題は、英語学・英語史と統語論です。本日もどうぞよろしくお願いいたします。
今週は、私がですね、慶応大学の通信教育課程のスクーリング、いわゆる集中講義なんですけれども、これを月曜日から土曜日ということで、英語学の集中講義を行っているんですね。
今日はその3日目ということになるんですが、1日目はイントロ、そして2日目は音韻論・形態論という分野を扱って、そして3日目の今日がですね、統語論という非常に大きな話題を扱います。
統語論というのは、シンタックスというふうに英語では言うんですけれども、日本語の方が分かりやすいかもしれませんね。統語ということで、語をすべる、複数の語を統一する、まとめるということで、複数の語をどういう順番で並べるかという、基本的にはそういう考え方ですね。
単語を組み合わせて、句、フレーズというレベルを作り、フレーズからさらに発展させて、節、クローズというレベルに発展させ、それが元になって、さらに大きなセンテンスという単位を作り上げるということで、いわゆる文が最大の大きさですかね。
統語論で扱うのは文、一文までで、それ以上文と文をつなげる、そしてパラグラフを構成するとかですね、さらに広く広がっていく言葉の世界は統語論の外になりますので、統語論というのは基本的には一語以上、そして一文以下というこの辺りを扱うことになるんですけれどもね。
英語というのはご存知の通りですね、語順が固く厳しく決められています。例えばSVOとかSVOCとか、語分形ということでもおなじみですけれども、固定してるんですね。
そうすると、つまり固定された語順の言語、英語というのはまさに語順が命である言語ということになりますので、統語論ですね、英語学においては統語論の占める割合というのがかなり大きいものになります。
もちろん、どの言語にも統語論というのはありますので、比較の話、相対的な話ではあるんですが、英語というのは語順が確定しているという言語ですので、統語論の出番といいますかね、統語論で分析できることが多いといいますか、盛に研究されているという事実があるんですね。
チョムスキーと生成文法
ところが、このように語順が重要な英語なんですけれども、英語統語論そのものはですね、栄えたのはせいぜいこの、そうですね、ざっと70年弱ということなんですね。意外のように思われるかもしれません。
もちろん、それ以前もですね、単発といいますか、システマティックではない形で色々と統語の問題、もちろん扱われてはきたんです。ただし、現代的な統語論への関心の高まりといいますかね、英語学の世界において、これがですね、爆発的に起こってきたっていうのは、1950年代後半、名前は聞いたことあると思いますが、
ノーム・チョムスキーというですね、言語学者が現れてから本格的に指導したと言っても過言ではないくらいですね、重要な転機となったんですね。1950年代終わりです。チョムスキーは言語学に革命を起こしたというふうによく言われるんですけれども、確かにそうなんですね。
文には構造があるということを述べまして、さらにですね、英語なら英語という個別言語にとどまらず、ユニバーサルに、すべての人の言語に通ずる統語上の規則があるということを言ったんですね。
例えば、英語ではSVOという語順が基本ですね。日本語では多少動かせるとは言ってもですね、基本語順という言い方ですとSOVになります。これはだいぶ異なった統語構造を持っているということになりますが、チョムスキーに言わせると、それは表面的に違っているだけで、根本的、本質的には実は全く同じである。
そこからたまたま表面に現れる際のパラメーターですね。OVなのかVOなのかというスイッチの入れ方が両言語で逆になっているだけである。大元は一緒なんだというような考え方を提示したわけです。
こうなると言語横断的にといいますかね、古今東西の言語を一つの原理で相手にすることができる。表面的な違いはパラメータースイッチの入れ方の違いだというふうに説明できるということで、これは言語の本質に迫った考え方だということでですね。
大フィーバーといいますか、言語学上ですね、特に統合論上、大戦風を巻き起こしたということなんです。言語学の教科書や本でですね、見たことあると思うんですが、統合ツリーというものがあるんですね。
上に例えばVPなんて書いてあってですね、これはVerb Phrase、動詞句なんてあって、動詞句の下に二手に必ずツリーが分かれるんですけれども、二股に分かれて左側にVっていうのがあってVerbですね。そして右側にいわゆる目的語に相当する名詞句があるということでNPがある。
NP自身の中身も複雑なので、さらに二手に分かれてっていうようなツリー上にですね、逆さにした木ですけれども、上にどんどん広がっていくっていう、あの図を見たことがあると思うんですが、あれがまさにチョムスキーの生成文法という理論ですね、統合理論に基づいたものなんですね。
あのツリーの図からもですね、なんとなくわかると思うんですけれども、極めて形式的なんですね。チョムスキーの生成文法っていうのは。
意味についてはあまり考えない、深く考えないというところがありまして、意味を重視したい、言語の機能を重視したいという立場からは反論が上がりました。
そこでですね、生成文法が批判にさらされることになるんですが、言語学戦争と呼ばれるような議論がありまして、意味、機能を重視する立場から、いわゆる認知言語学という分野をですね、担っていく研究者たちがどんどん出てくることになりました。
象徴的なのは、1980年代後半ですかね、ロビン・レイコフという人とロナルド・W・ラネカという人が中心人物なんですが、反論ののろしを挙げたということですね。
そして認知言語学という分野、そして統合論で言えば認知公文論ですかね、認知言語学の観点からの統合論なんですけれども、これが盛んになってきたということなんですね。
この新しい統合論はですね、ツリーを書くというよりは、何でそのような統合構造になっているのか、例えばどうしてそういう語順になっているのかっていうことをですね、モチベーション、話者の動機であるとか認知、視点といった、そういった観点から解明しようとする、そういう立場なんですね。
英語の語順とその変遷
例えばですね、Mary married John last monthという文がありますね。これと、John married Mary last month、これ命題としては同じ、同じことが起こっているわけですね。さらに、John and Mary married last monthというふうに言うこともできます。
2人が結婚したっていうことは一緒なんですが、3つがでは同義か、完全に同知かと言われると、言い方を変えてるんだから何か違うんだろうって気がするわけです。統合的には3種類、別々の構造ということなんですけれども。
では、3つの選択肢がある際に、どうやって話者は1つを選んで実際に発話するのか、この辺りの動機づけなんかを考えたりするわけですね。そうすると、例えば、Johnの話をずっとしている最中に言うんであれば、これ、John married Mary last monthと当然なるわけですね。
John主語に持ってくる。そこで、いきなりMaryを主語に立てるっていうのは、なんか妙な話なわけです。Johnがずっと主題なのに。例えば、そんなモチベーションですね。いくつか構文的に選択肢がある場合に、どれを用いるのかというような話になってくるわけですね。
例えばですけれども、視点であるとか、注目されているのは誰かというような意味、機能を重視する観点からの構文論、統合論ということになります。
生成文法と認知言語学的な立場からの統合論ですね。これについて、学詞を振り返るような形で簡単に統合論と英語の関係について見てきました。アプローチは展開してきましたけれども、それでもやはり語順の言語ということですので、英語を今でもですね、統合論研究というのは非常に盛んです。
日本でもとりわけよく研究されています。一方で語順の言語という言い方をしたんですけれども、英語史的に見ても語順がいろいろと変わってきた。英語の統合論というのはかなり大胆に変化を遂げてきたという言語でもあるんですね。その意味でもやはり歴史的にも統合論が面白い、語順が面白いというそういう言語なんですね。
ですので、英語史研究の立場からもですね、様々な研究がありまして、そして今でも盛んに英語の統合論の研究というのが続いています。何も語順だけの話ではなくてですね、例えばある動詞の後ろに不定詞を取るのか、通不定詞を取るのか、動名詞を取るのか。これも立派な英語統合論の変化という話題ですし、他にはですね、助動詞。
キャンとかメイなんかがありますけれども、この後には動詞の原型が来るということになっているんですが、もともとはこの助動詞っていうのは本動詞、普通の動詞に過ぎなかったんですね。それが文法的な助動詞に化けたというのは、意味論的な話題でもありますが、統合論的な話題というふうに考えることもできます。
英語史にとっても英語学全体にとっても、統合論という分野は注目されてきたということですね。
学識的には一番最初に音声の話がメジャーになって、それから携帯モフォロジーの話がですね、表舞台に立ってきた、そういう時代が長かったんですが、1950年代後半以降ですね、統合論っていうのがある意味トップに踊り出たっていうことですかね。
そして近年になって21世紀に入りまして、他にですね、文よりもより大きい単位、つまり統合論では扱えないような、談話という単位ですね、ディスコースのような単位が注目されるようになったりですね。
語用論であるとか、社会言語学であるとか、様々なアプローチが生み出されて、そして注目されてきてですね、英語研究、英語学の研究はますます盛んになってきているっていうことです。
現在ではワールドイングリッシーズのような、まさに今起こっている英語に起こっている出来事をですね、コーパスなどを用いて研究するっていう、そういう新たな分野も起こってきています。ますます盛んになる英語学。
リスナーの皆さんにもぜひ注目していただきたい分野ということで、今日は統合論から始めまして、それと英語学、英語史との関係という大雑把な話でしたけれども、お話ししました。
コメント返しです。
h74さんでいいんでしょうかね。いただきましたコメントです。
これまでなら大学で英語学や英文学を専攻しなければならなかったであろうないように、誰でもアクセスできて大変素晴らしいと思います。
ということで、これは448回、言語学の6つの基本構成部門という極めて教科書的なと言いますかね、大学の講義的なお話をしたんですが、それに対していただいた反応です。ありがとうございました。
これ本当にインターネット上で個人がですね、情報を発信できるっていう、そういう時代になったっていうことと、このVoicyというプラットフォームですね、これが存在しているということ、そしてそれを活用できるという立場にあるということで、私自身も本当に素晴らしい世の中になってきたなというふうに感じます。
マジックイーの起源と教育現場
ここから英語学であるとか英語史であるとか、そういった学問的な分野ですけれどもね、そちらに少しでも関心が湧いたり、理解が増したりということであればいいなという、そういう思いでこの放送も続けています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
それから質問もいただいていますね。槍を振り回すおじさんからです。いくつかあるんですが、なかなか難しい。すぐに答えられないっていう質問も多かったので、まずすぐに調べて答えられそうなものということで一つ取り上げさせていただきます。
おはようございます。質問です。英語学習の界隈ではマジックイーという単語がありますよね。ケークとかファイヤーとか一部の単語では語末に発音されないイーがついているときは強制音説が調某員を持つ、あるいは語末のイーが強制音説を調某員に変える働きをするというように解かれるところのものです。
このマジックイーという概念はいつ誰の考案によるものなのでしょうか、というご質問です。こちら私も深く調べたわけではなくて、オックスフォードイングレッシュデクショナリーで調べてみた限りのことしかお伝えできないんですけれども、マジックイーという言い方そのものですね。この表現は初出、最初に出たのは1918年のプライマリーエデュケーション、小学校の教育ですね。
その英語の授業でしょうかね。その教科書と言いますか、教育現場のセリフと言いますかね、そういうものが載っているんですけれども、訳しながらその文脈を取ってみるとこういう感じです。先生が生徒に教えているっていうそういう現場なんですけれどもね。
マジックイーがマットという単語にくっついたら、あの音はどうなるでしょうか。見てみましょうねと言いながら黒板にマットにイーをつけたメイトってのを書くわけですね。そして、ほらこのマジックイーがどんなトリックをしたかわかるでしょう。
このマジックイーは短いアを長いエイに変えてくれたんだよというそういう文脈です。まさに授業でスペリングを教えているというそういう風景なんですけれども、マットにここにイーの語尾をつけるだけで、これはメイトって読みになるんだよとこういうマジックをイーっていうのは披露してくれるんだよっていうそういう文脈ですよね。
まさにというマジックイーの役割がよくわかるような情景風景なんですけれども、ここで1918年ですけれども、書例として出ているんですね。なので、これがある特定の先生の発案によるマジックイーという呼び方なのか、あるいは当時すでに所属した頃にはすっかり定着していたと言いますかね。
他の先生も知っていたというような用法なのか、そのあたりはさらに遡って調べる必要はあると思うんですけれども、遅くとも1918年、今から100年ほど前ですけれども、その段階ではマジックイーという教育用語っていうんですかね。教育ジャーゴンみたいなものがすでにあって、そして今でも教育で使われているということなんだろうと思いますね。
そして概念がいつ成立したのかっていうのは、これはなかなか難しい話ですけれども、このマジックイーが果たす機能ですかね。これ自体はもう17世紀くらいから気づかれていまして、というのはその時代の聖書法学者とか聖音学者という人ですね。
スペリング等との関係に関心があった人々はこのマジックイー、呼び方はともあれですね、この機能に気づいていたと言いますか、指摘してそれを聖書法の本なんかに載せているわけですので、当時の呼び方はですね、マジックイーはなかったんですけれども、サイレントイーという言い方。
これはですね、1582年のマルカスタという人ですね。この人もスペリングに大変関心があった当時の教育界のドンなんですけれども、彼がサイレントイーという用語自体は使っています。
ただ、これはマジックイーとは必ずしも同等ではなくて、いわゆるイーがあるからその前の母音が長くなるんだよっていう時だけではなくて、単に5末のイーでこれは読まないことだということで、焦点の当て方が違うので、全く同じものと考えていいかは別ですけれども、少なくとも聖音学者、聖書法学者たちはこのいわゆる我々がマジックイーとして理解しているところの機能について、
気づいていたことは間違いありませんね。ですので、概念の成立という言い方で、いつ成立したのかはっきりわからないですが、その気づきみたいなものはすでに17世紀、さらに遡って16世紀ぐらいにはあっただろうなというふうに私は考えています。
実際、もっと早いのではないかなとも考えています。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
スクールリングのほうもですね、3日目となりまして、昨日2日目はですね、最後のほうで語とは何か、単語って一体何なんだという議論でみんなで盛り上がりました。
フラワーポットであるとか植木鉢。これは1語なのか2語なのかっていうような問題ですね。さまざまな点から考えてみたということなんですけれども、改めて言葉って難しいな奥が深いなというふうに自分自身で講義をしながら、そして皆さんの反応をいただきながらですね、改めて思っている次第です。
リスナーの皆さんもこのチャンネルの放送を聞きながら、ふと思いついた疑問というのはあると思いますし、日々の英語学習の中から生まれてくる疑問、いろいろあるかと思うんですね。
そこでこの番組ヘルディオではご意見ご感想ご質問を寄せいただいています。簡単な質問ばかりではないので、私も答えあぐねるっていうものもたくさんありまして、既に溜まっているという状況でもあるんですけれども、新たに素朴な疑問など思い浮かびましたら、ぜひお寄せください。
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