2026-02-26 25:38

【再】#586. コメント返し 2023/01/07(Sat)

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に
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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。英語史をお茶の間におもっとうに、英語の歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は1月7日土曜日です。いかがお過ごしでしょうか。
本日お届けする話題は、この数日間にいただいたコメントへお返ししたいと思いますね。
コメント返し2023年1月7日版です。どうぞよろしくお願いいたします。
本題に入る前に新聴のお知らせです。この新聴のお知らせですね、年末から毎日のように繰り返しているんですけれども、始めるのが早かったのかですね、まだ出てないんですよね。
1月12日以降に出るということになってるんですけれども、それまではですね、しつこく繰り返させていただきます。
京都大学の家入陽子先生と私、ホッタリュウイチによる協調です。文献学と英語史研究というタイトルの本が出ることになっております。
開拓者より出版されます。英語史研究のガイドブックという内容の本です。
英語史の入門書ではなくてですね、英語史研究の入門書ということで少しですね、ハードルレベルは高いということになっていますけれども、
このヘルディをお聞きの皆さんの中にはですね、英語史研究を志しているあるいは既に研究しているという方もいるかと思いますので、お知らせ差し上げます。
過去40年ほど、1980年代以降のだいぶですね、コーパス言語学などが出てきて、雰囲気が変わったタイミングなんで、ここをですね、一つのポイントとしてるんですが、1980年代以降ですね、
この40年間の英語史研究の潮流、これをまとめた上で、ではこれからの英語史研究どういう問題がまだ残っていて、どういうところに全体の関心が向いているのかというようなことをですね、まとめた本になります。
ぜひこの方面に関心のある方は手に取っていただければと思います。文献学と英語史研究開拓者より今月12日以降に一般発売となります。このチャプターに本書を紹介する記事へリンクを貼っておきますので、詳細はそちらをご覧ください。
03:14
以上、お知らせでした。今日はこの数日、新年になってからですけれども、たくさんのコメントをいただきまして、それにコメントバックするという回にしたいと思います。たくさんのコメントありがとうございました。
まず581回、新年のコメント返しにコメントをいただいたものに、今私がコメントをバックするというような複雑な過程になっておりますけれども、まずは海塩さんです。
品詞転換の話、とても興味深く拝聴しました。屈折から語順や前置詞に重点が移るにつれ、品詞転換の自由度が高まったと解釈しました。英語に携わっているリスナーの方からの質問は、私のような一般人にとってもありがたいですということで、海塩さん。
まとめありがとうございました。その通りです。屈折から語順や前置詞に重点が移るにつれ、品詞転換の自由度が高まったというまとめ、まさにその通りです。英語は全体的にこのような潮流で変化を遂げてきたということになります。
小英語、中英語ぐらいまでには屈折語尾がそこそこあって、語順や前置詞に頼らずとも何とか文法関係を示すことができた言語だったんですけれども、それが語尾の弱化によって、いわゆる屈折語尾と言いますか、活用語尾みたいなものがほとんどなくなるという言語になりまして、仕方ないからというのもあれですけれども、
語順であるとか前置詞によって、語と語の関係、そして最終的には文の関係ですね。これを表すという、そういう方針を持つ言語になったということなんですね。
これは総合から分析へ、from synthesis to analysisという全般的な英語の文法が辿った歴史をまさに表すものということになります。
コメントありがとうございました。次にですね、ピーマンさんから質問に近いと思うんですけれども、こんなコメントをいただきました。
英語詞とは関係ないのだが、is there anyone outside?とis anyoneoutside?はどこが違うのかと聞かれて答えられない。どこが違うんだろうかということですね。これなんか微妙でわかんないですよね。
06:09
Is there anyone outside?というのと、is anyone outside?ということですよね。
存在を表すthere is こぶんについてはこのヘルディオで話してましたかね、どうだったかと思うんですけれども、これ自体はかなり古くて、実は小英語からあるんですね。
あるにはあるんですけれども、普通の言い方はですね、小英語ではis there anyoneoutside?よりもis anyone outside?のような言い方の方がおそらく普通だったんじゃないかなっていう感覚を私は持っているんですけれども、
この違いですよね。おそらくですね、これ語用論という立場からですね、何らかの研究がなされていたり、少なくとも分析できるそういう観点はあるんじゃないかと思うんですけれども、すいません、私自身はですね、これについて歴史的な観点から迫ったことはありません。
現代の感覚としてどうなのかっていうのはまた別問題で、おそらくですね、何らかのこれも研究はなされているんではないかと思うんですが、すいません、ピーマンさんの質問に私直接答えることができないんですけれども、これからですね、ちょっとアンテナを張って、どう違うんですかね、本当にね、知りたいですよね。
少し注目していきたいと思いますので、ちょっと時間ください。このタイミングでですね、お答えできないということなんですけれども、考えてみたいと思います。これ実際、両方ありますよね。はい、鋭いご指摘ありがとうございました。
575回、英語ことわざ辞典をAから読み始めていますということで、昨年末の放送会でしたが、こちらにただしたナミさんよりコメントいただいています。ことわざといえば、気になっていたことがありましたので、質問したいと思います。
A friend in need is a friend indeedということわざは、困った時の友こそ真の友と覚えていましたが、a friend in needは困っている友という意味だとすれば、困っている友こそが真の友という解釈ができます。英語の解説でも、a friend who helpsyou when you are in troubleと説明されています。
英語指摘に説明がつくことなのでしょうか、ということですけれども、a friend in needっていうのが、ここのneedっていうのはまあtroubleぐらいの意味ですよね。困難に陥っているっていう。困難に陥っている友が真の友という読みは、ことわざ的にはもちろんできないっていうことになるので、このあたり文法的なこのfriend in needという構文ですよね。
09:23
この解釈とバッティングしないかというような、そういう問題意識かと思うんですね。
解釈するには、a friend in needをどう解釈しなきゃいけないかというと、a friendwhen you are in needっていうことですよね。あなたが困難に陥っているときにそばにいてくれる友達というふうに、このことわざとしてはそういうふうに読ませたいわけですよね。
この説を使ってパラフレーズすると、a friend when you are in needとなるわけですが、これがグッと圧縮されたa friend in needで、そのような意味を表し得るのかという、これは何の問題って言うんですかね。構文上の問題と言いますか、文体上の問題というか。
これにつきましては、まずコメント、質問をいただいたただしたナミさんの、構文的な解釈としてこれは可能なのかという理屈上の問題というのと、語用的、文体的な問題っていうのが絡み合っているところなのかなというふうに思います。
一つはことわざですので、韻律って言いますか、リズムが良くないと覚えられないということでグッと圧縮されるんですね。
ですので、説明的に、説に展開すればもっと長くなるところをグッと縮めたっていうところにむしろポイントがあるっていうことなんですね。
実際、このことわざは非常にリズム感が整っていまして、弱強弱強にも乗りますし、しかもですね、needとindeedっていうことで韻も踏むんですね。客韻です。
friend and need is a friend indeedというふうに、これを成り立たせるために少しですね、文法的な厳密さっていうのは犠牲にしなければならないというような、そういったプレッシャーが働いているっていうことは一つありますね。
12:01
もう一つはですね、in needのような全知識ですけれども、これは非常に意味の幅が広いっていうことです。
この部分を説に展開すれば、おっしゃる通り2つの読みがあり得ると思うんですね。つまり、a friendwho is in troubleという意味と、a friend when you are introubleということですよね。
これを端的に全知識ということで収めようとするとですね、ある種意味的には無理がきます。どっちの意味なのかわからないっていうような形になります。それが結果的にa friend in needという凝縮された全知識を用いた全体としては名詞句ですね。a friend in needになると思うんです。
これくらいは許されるんだろうというふうに私は理解しています。そして英語史的な観点から言いましても、このことわざは小英語記にラテン語から入ってきたもののようで、そのラテン語ではamicus in neccesitateと言っています。つまりそのまんまfriend in needなんですよね。ある意味で英語以前の問題ということになります。
コメント返し、さらにチャプターを継ぎたいと思います。
みんさんありがとうございました。
本当にありがとうございました。
ありがとうございました。
15:37
ヘルディオのリスナーの皆さんもですね、この企画急な正月のなんとなくのイベントだったんですけれども、ご支援いただきましてありがとうございました。本当に感謝しております。
次に584回旧優語の言語事情の回についてです。
海塩さんからコメントをいただいています。
言語の数は数えられない政治が絡むから。
なるほど。
言語という視点から紛争地帯を見る新たな視点を獲得して世界がより俯瞰的に見えてくるような気がします。
ということでコメントありがとうございました。
そうですね。
大体ですね、民族とか宗教っていう観点から世界の地域紛争を見る向きが多いと思うんですけれども、実はこれ知られていないんですけれども、言語という切り口かなり有効なんですよね。
これ本当に広めていきたいなと思ってるんですけれども、それから文字っていうのも有効で、今回の優語のお話もですね、セルビアとクロアチアで使う文字が違うっていうことなんですけれども、
これはですね、なかなか盲点なんではないかと思って攻めていきたいなと思っているところなんですよね。
このあたり皆さんもですね、注意して世界の地域紛争をなくなるに越したことはないんですが、実際にはありますので、この際に民族とか宗教ということだけでなく、言語そして文字という側面に注目するとですね、
かなりよく理解できるっていう、そういうケースがあったりします。このあたりまた機会があればお話ししていきたいと思います。
同じ言い換えにつきまして、まゆみさんからコメントいただきました。
毎朝楽しみにしています。今日の話題はなかなか重いものでした。
それに乗っかるようですが、最近奴隷を意味するスレイブの語源がスラブ民族のスラブだということを知って驚きました。
イエールユニバーシティがティモセイスナイダーのロシアウクライナの歴史に関する講義を公開していて、その中で言っていました。スラブ民族はキリスト教化される前、西ヨーロッパやイスラムの地域に奴隷として連れ去られていたらしいですね。語源と歴史は表裏一体と思います。
18:11
そうなんですよね。このあたりなかなかですね、暗いダークな歴史があるようで、語源的にも興味深いことになっているんですけれども、英語ではですね、中英語期にこのスレイブという奴隷がフランス語から入ってきました。
そしてヨーロッパの多くの言語でスレイブと関連する単語は奴隷の意味で使われているんですけれども、その窓口と言いますかね、広めるきっかけはおそらくフランス語だったんではないかというふうに考えられています。このあたり私もさほど詳しくはありませんので、改めて調べて勉強してみたいと思います。
ユミさん、コメントありがとうございました。
次に昨日の放送ですね、585回、ウクライナ人がウクライナ語を学び始めてるってどういうこと。国家と言語の複雑な関係ということで、少し重たい話題になりましたけれども、この回につきましてコメントいただいています。
カミンさんからです。
ナショナリズムが排外主義、マイノリティ抑圧につながる事例は数多あるため、その評価をどう評価するかは厄介でデリケートな問題です。
昨日のユーゴの諸言語もそうですが、ウクライナ語とロシア語は生字に似ているだけに複雑であるように思います。
ウクライナでのウクライナ語学習の高まりは、逆に言えばロシア語系住民がウクライナでロシア語を話し続けることが難しくなっているということでもあるように思います。
ということで、おっしゃる通り、こちらの方面、つまりこのナショナリズムの高まりによってむしろ少数派になってしまって、固みが狭くなってしまう人々の存在にも思いを馳せる必要があるというような趣旨かと思いますけれども、紹介した朝日新聞の記事では、
キイウの公民館で無料でウクライナ語会話の講習会があって、それに出ているというロシア語話者のウクライナ人が講習会に通っているという話だったんですけれども、
その記事の中で、自分の兄はロシア語をずっと使い続けていて、それ自体は悪いことだとは思わないと言いますか、それは許容したいと、ただ自分はウクライナ語を使うようにしたいというような非常に複雑な思いを語っているんですね。
人の使う言語、自分の同胞ですけれども、ウクライナ人の同胞が使う言語は、たとえロシア語であっても構わない、それは一つの自由である、ただ自分はウクライナ語を使いたいっていう、このあたりがですね、なかなか本当に難しい問題を呈していますよね。
21:21
個人の問題、家族の問題というようなところで収まればいいんですけれども、ナショナリズムというのは文字通り国家単位の話になってきて、そこに国語問題が絡まると、個人ということと国民に属するということっていうのはしばしば相反することになるわけですよね。
ナショナリズムというのは往々にして極端に振り切ってしまうっていうところがあってですね、これが難しいところなのかなというふうに思います。
関連してですね、昨日の放送で言い忘れたんですけれども、ぜひですね、この国語問題に関しては346回の放送なんですけれども、母語と母国語は違いますという非常にクリティカルで重要な話題について話しています。
こちらぜひぜひ皆さんに聞いていただければと思います。
まだお聞きでない方はですね、346回です。母語と母国語は正反対の概念だっていうことなんですね。
日本人にとって母語と母国語はほとんどの場合イコール日本語ということで一致してしまうので、この違いがわかりにくいんですが、根本的に考え方が異なっている2つの用語だということを話しています。
ぜひ346回こちらのチャプターにリンクを貼り付けておきますので、そちらぜひ聞いていただければと思います。
最後に同じ回につきまして、海石陽さんからのコメントです。
自国民になるために自国語を学ぶそんなこと考えてみたこともありませんでした。
そうなんですよ。まさに今述べたですね、母語と母国語は違います問題にこれは直結することなんですね。コメントありがとうございました。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
この数日間という短い間にですね、たくさんのコメントを寄せていただきまして本当に感謝しております。
コメントをいただいてそれに対してコメントバックをすると話が具体的になるんですよね。
私一人で普段ですねタイトルを決めてお話しするっていうことになるんですがどうもですね抽象的になったりぼやけてきたりするっていうことなんですがやはりピンポイントでコメントいただいたり質問いただくとですねそれにお答えしようということになって話がものすごく具体的になるんですよね。
24:07
これおそらく聞いている皆さんもわかりやすいと思いますし私もとっても早話しやすくなるんですね。
これが本当に魅力でですね皆さんのコメントなりご意見なりを日々お待ちしている次第です。
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こちらには必ず逐一ですね通知が入るようになっておりますのでそれに対してなるべく反応をしていきたいと思います。
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この年末あたりから大変ありがたいことにいただく機会が増えてまいりましたので静かに歓迎しております。
それでは今日も皆さんにとって良い1日になりますようにホッタリウイチがお届けしました。また明日。
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