2026-01-12 22:03

【再】#541. Z は zee か zed か問題

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に #アルファベット #Z #英米差
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サマリー

今回のエピソードでは、アルファベットの最後の文字【Z】の読み方に関する問題が探求されています。特に、英米で異なる発音の【Zee】と【Zed】がどのように生まれたのか、そしてその歴史的背景が考察されています。このエピソードでは、英語における男女差の研究のトレンドとその変化について議論されています。特に、社会言語学の視点から、男女の言葉遣いの違いやジェンダーに関する議論の進展が取り上げられています。

【Z】の問題提起
英語史の面白さを伝え、裾野を広げるべく、日々配信しています。
本日は11月23日、水曜日です。
リスナーの皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
英語の語源が身につくラジオ【heldio】。
本日は、【Zee】、アルファベット、最後の文字ですね。
【Zee】は zee か zed か問題、と題してお届けします。
どうぞよろしくお願いいたします。
昨日の放送、539回ですが、【Zee】について語ります。
と題して、このアルファベット最後の文字、【Zee】が、英語において、
いかにマイナーな、ひかげもの的な文字かということを話題にしました。
今日も続けて、この【Zee】の話題なんですけれども、
この文字にはもう一つ面白いことがあって、読み方に2通りあるということなんですね。
他の文字はですね、基本的には一つの発音しかない、読み方しかないというふうに考えてよいと思うんですけれども、
この最後の文字に関しては、よく知られている通りですね、【Zee】と【Zed】、この2つがありうるということなんですね。
日本語の文脈でこの文字を呼ぶときには、だいたい【Zed】と言ってるんですかね。
ドですらなくトですよね。【Zed】というふうに日本語では言い習わしています。
これは英語の一つの発音である【Zed】をそのまま日本語化したときに、
語末の【d】が【t】の音に変わった、日本語化したということで考えられると思うんですね。
なので、この英語の【Zed】という読みは、日本語母語化者には馴染み深いといえば馴染み深いですね。
一方で英語を英語として学び始めるときにはですね、現代ではだいたいアメリカ英語風に言うんだと思うんですね。
なので【ABC】の歌もですね、【XYZ】というふうに【Zee】で終わるんではないかと思うんですね。
ですので、英語学習のコンテクストではだいたい【Zee】と皆さん言っているんではないかと思うんですね。
そもそもこの2つは何の違いかと言いますと、単的に言ってしまえば【ABC】なんですね。
イギリスでは【Zed】、そしてアメリカでは【Zee】ということで、
英語の歴史における【Z】
どっちが正しい間違いという話ではなくて、いわば方言ということになります。
典型的な【ABC】の一つ、そのように考えることができると思うんですけれども。
では、なぜこの【ABC】が生まれたのか。
このチャンネルは英語の歴史を扱う番組ですので、この問題、英語史の立場から迫ってみたいと思います。
昨日の放送でも述べましたが、この文字の起源はギリシア文字でいうところのアルファベットの6番目の【Zeta】ですね。
【α】【β】【γ】【δ】【ε】【ζ】のあの6文字目の【Zeta】です。
これがラテン語に入り、さらにラテン語からフランス語に入り、
フランス語から英語が借り受けたということですね。
中英語期にフランス語の【Zed】という形をそのまま英語にも持ってきたということです。
これが定着してずっとイギリスでは一般的なあの文字の故障となっている。
現代に至るわけですね。
ただですね、歴史をたどるとこの【Zeta】は、
近い発音なんですけれども、ちょっとした異形というのが主に近代になってからなんですけれども現れています。
例えば、【Zed】ならぬ【Zed】というのもありましたし、それから【Zerd】、それから二音節語番でですね、
【Izard】【Izard】【Ozard】のような、
問題のシーンの前に母音がついて、全体として二音節になるものっていうのもあったんですね。
今でも古風ですが【Izard】なんていうのは使ったりします。
【Izard】という綴りで、
【from A to Izard】のような言い方で古風ですが残っていたりします。
この二音節語番の【Izard】は、
言わば頭にちょろっと母音が挿入されてしまったということですね。
【語頭音転化】なんて言ったりしますが、母音がですね、シーンの前について結果的に二音節になってしまったということです。
このような【Zed】を起源としながらも、その母音が少し変わったり、頭にあらゆる変化が起きてしまったりします。
このようにですね、マイナーではありましたけれども、近代以降もいろいろ出来てきてはいたっていうことです。
ただ常に最も普通に使われ続けたのが【Zed】ということで今に受け継がれているっていう、そんなことなんですね。
さて、近代以降に【Zed】が出てきて、
これ、なぜかと言いますと、いわゆる音声学者、現代でいう音声学者に相当する学者、人々がですね、生まれ出したのがこの時期なんですよ。
そういった人たちが、この時期に生まれ出したのが【Zed】なんです。
これ、なぜかと言いますと、いわゆる音声学者、現代でいう音声学者に相当する学者、人々がですね、生まれ出したのがこの時期なんですよ。
そして、このアルファベット最後の文字に新しい発音、新しい呼び方ですね、これを発明してあてがうというようなことが流行とまではいかないんですけれども、
この17世紀によく出てるんですね。
先ほど述べた【Zed】系列のものとは別にですね、別のタイプの新たな呼称というのが生まれました。
これが【Zee】だったり、そして今はなき【Eez】という呼称です。
【Zee】については、チャールズ・バトラーという文法家がですね、【The English Grammar】という本を1633年に書きまして、その中でアルファベット最後の文字は【Zee】の発音であるということを提示したんですね。
一方、少し遡って1619年のことなんですが、今度はまた別の文法家【Alexander Gill】という人が【Logonomia Anglica】という文法書の中でですね、【Eez】という呼称を与えています。
いずれも発音について研究している人だったわけなんですけれども、教育的配慮ということもあったと思うんですね。
基本的には文法の教科書を書いたわけなんで、アルファベットの他の文字の呼び方との平行性というのを確保するために、おそらく意図的にこのような新たな発音というのを最後の文字に当てがったんだと思うんですね。
例えば【Zee】としますと、これは他の多くの文字の呼び方と音を踏みます。つまり、B、C、D、E、G、P、T、Zのようなものですね。
一方、【Eez】の方もですね、問題の詩音の前に【e】という母音を加えるということですから、これは他にもあります。例えば、F、L、M、N、S、Xというふうにですね。
ですので、新たな最後の文字の発音、呼び方といっても、何か発明したというよりは、他に合わせた、そして平行的にすることで、体系的、そして教育的配慮ということですね。これを狙ったのではないかと考えられます。
つまり、この17世紀あたりにですね、様々なこのアルファベット最後の文字の呼称というのが提案されて、複数出そろったということなんです。そして時は17世紀です。
ちょうどこの頃、イギリスがアメリカに植民地を築くことになります。それとともに英語がアメリカに移植されるということになったんですね。この移植されるときには、既にこの文字の発音というのは複数取り合った状態が、そのままイギリスからアメリカに持ち越されたということです。
標準化の過程と影響
ですから、アメリカでも伝統的なZもあればIzzardみたいのもあったし、さらにZとかEsという新興の新しい系のですね、呼び方っていうのも体制を渡ったということなんですね。
そしてその後、イギリス英語から別れる形でアメリカ英語も発達していくことになったんですが、両方とも近代に差し掛かってますので、時代的にはですね、ここから標準化が起こることになります。
一つの文字の読み方に複数あるっていうのは、いかがなものかというような発想です。一つのものに標準化しよう。その際に、ではどれを標準的なものに決めるのかという問題があり、これがイギリス側とアメリカ側でたまたま違うものが選択されたというのが、今回のZかZか問題っていうことですね。
イギリスでは結果的に伝統的なZが勝ち残って、他のものは廃れた。一方、アメリカでは新しいZが採用され、他のものは基本的に使われなくなったということで、一件落着。コメント開始です。
昨日の放送539回、Zについて語ります。につきまして、リスナーのマリーさんより一言コメントですが、ちょっとZが愛おしくなりました。ということで、そうなんですよね。Zって本当に日陰ものですので、ただですね、昨日、そして今日とですね、この文字を取り上げましたんで、この文字もですね、皆さんの関心を集めることができたんで、
はないかというふうに思います。他にもですね、この文字をめぐってと言いますか、他の一つ一つの文字をめぐっていろいろな話題がありますけれども、アルファベット本当に面白いですよね。今後も取り上げていきたいと思います。コメントありがとうございました。
それからリスナーのただしたなみさんからいただきました。515回の英語に関する素朴な疑問1000本ノック。宿見広志&ほったりゅう1第2弾につきましてコメントいただきました。
はじめまして。いつも楽しく拝聴しております。性別を区別する話し方について以下のような男女差があると聞いたことがあります。
1.lovelyやwhat should I doは男性は使わない。2.女性は男性を避けるように話す傾向がある。3.女性の方が不可疑問を多用する。4.女性の方が色の分類が細かくishを多用する。
例えばyellowishみたいな表現ですね。30年以上前に聞いたもので出典も覚えていませんが、このような違いは現在の英語にも存在するのでしょうかという、いわゆる男女差、言葉の男女差という問題ですね。
千本ノックの回でこの英語の男女差について触れたところがありまして、歴史的にですね。おそらくこのあたりを聞いて、現代ではどうなんだろうということで思い出されたことをですね、共有していただいたということかと思います。
今、例として4つほどですね、語法であるとか話し方について、女性は何々とか男性は何々というようなことを紹介していただきまして、これは非常に有名なもので、私もいろいろなところで聞いたことがありますし、実証的な研究もなされてきた項目だと思うんですね。
男女差の研究のトレンド
確かに少し古いところがあって、30年以上前ですかね、それが更新されずにずっとテキストであるとか、例えば社会言語学の授業などでもですね、話しとしては受け継がれてきているっていうのが現状ではないかと思うんですが、最近どうなんだろうかと。
これはなかなかいい質問なんですけれども、その後追い研究みたいなものですね。これはないのかということです。実際そんなにないんではないかと思うんですね。今でも英語の男女差ということで調べれば、いろいろと出てくるとは思うんですね。
そして先ほど触れていただいた項目なんかもですね、もしかしたらこの30年の間にですね、男女差が閉じてきている方向、開く方向というよりも閉じる方向にきているんではないかという予想が立ったりするんですけれども、ただある程度はですね、残っているものもあるんではないかと。
これは完全に私の予想と言いますか、想像ということなんですけれども、それ以上になぜ後追い研究っていうのがあまりないのか、少なくとも目立つ形で出てきていないのかということの方が面白いと言いますか、興味深い現象だと思っているんですね。
私の同僚で一緒にYouTubeもしています稲上一平先生もよく述べているんですけれども、昨今の社会言語学的研究ですね、昨今のっていうのはこの10年20年という21世紀に入ってから特にそうだと思うんですが、いわゆる男女差の研究、言葉の男女差の研究ってトレンドから外れてきてるっていうんですね。
20世紀中は言語の男女差とかジェンダー差というものは割とよく注目されてですね、好んで研究されたという時期もあったんですけれども、そのうちですね、トレンドからだんだんと外れていったという経緯があるようなんですね。
言葉の男女差ということを調べ、そして男女の違いがあるっていうことを強調するっていうことは、いわゆる社会的な男女差というものを強調する、拡大再生産するというような論調が出てくるわけですね。
さらにジェンダーに関する議論というのは、従来の二分法、男女という二分法だけでなく様々な性というのがあり得るという方向にますます昨今なってきているっていうことで、ことさらに伝統的、従来的な男女差というのを強調することへの疑念みたいなものが背景にあるんだろうと思うんですね。
それで、いわゆる言葉の上での男女差を調べるっていうことは、今でも一般的に言えばそこそこポピュラーな話題だとは思うんですよ。ただ言語学上はですね、特に社会言語学上、この視点のみを強調して取り上げるっていうことは少なくなってきたのかなと、そのように感じます。
現在でも英語における言葉遣いの男女差というのはあるんだろうと予想します。しかもですね、それを研究するための材料と言いますか、例えばコーパスなんかで男女差を比較するっていうことはかなり容易にできるようになってるんですね。
昔より断然容易です。したがって、掘っていけば必ずですね、男女の違いっていうのが出るだろうというような、そのような条件は揃ってるんですが、あえて掘らないと言いますか、学術的な関心は薄れてきているという、そんな状況にあるんではないかというふうに読んでいます。
ただ、これは現代英語の話で、よかれあしかれ男女差というものが社会の中に定着して、ある意味では固定化していた近代、以前の時代に関しましては、今でも男女差の研究っていうのは割と盛んです。
つまり英語史という分野においては、男女差の研究っていうのは、まだ格強を呈していると言っていいんですが、現代のことになると、いわゆるジェンダーの問題という、ジェンダーの議論というものが絡み合ってきて、先に述べたような状況になっているのかなと、そのように考えています。
コメントありがとうございました。
今後の展望と生放送
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきまして、ありがとうございました。
このチャンネル、英語の語源が身につくラジオヘルディオでは、あなたからのご質問、ご意見、ご感想をお待ちしています。
Voicyのコメント機能を通じてお寄せください。
最後に、生放送のご案内をさせてください。
連日、案内を差し上げていますけれども、今週の土曜日、11月26日土曜日の朝10時から11時、生放送を予定しています。
立命館大学の岡本博紀先生との対談という形でお届けするんですが、話題は、「ヴァナキュラーなグリーンナイト」というお題でお届けします。
その生放送が26日なんですが、その前日25日にですね、映画グリーンナイトが全国ロードショーとなります。
原作は、中英語のアーサー大物のロマンスということで、サー・ガウェイン&グリーンナイト、ガウェイン卿と緑の騎士という中英語作品があるんですけれども、これを映画化したものなんですね。
これが25日に封議られると。この映画の字幕監修を岡本先生がご担当されているということで、封議られた翌日26日に、映画の話題ももちろん含めまして、原作サー・ガウェイン&グリーンナイトであるとか、その言語について語るという、そんな対談企画になっています。
ですので、この対談を聞いていただいて、そして面白そうだなと思っていただいて、映画を見に行くと。これがいいパターンなんではないかなと思います。
私自身も25日に封議られて、その日に行けるわけではないので、先に26日に岡本先生と対談して、ある意味見たい圧を高めて、そして来週見に行くぞというような算段でいるんですね。
この生放送の対談企画につきましては、昨日の私のブログヘログにて案内していますので、そちらへのリンクをこのチャプターに貼り付けておきます。そちらのブログ記事に、映画に関する関連リンクもですね、いろいろと貼ってありますので、そちらもお楽しみいただければと思います。
事前あるいは生放送中にですね、岡本先生への質問やご意見なども受け付けたいと思いますので、ぜひボイシーの生放送予約のページに飛んでいただきまして、そこからですね、アプリ経由でコメントなど事前あるいは生放送本番最中でも構いませんが、投げていただければ幸いです。
ちなみに生放送のその時間は生では聞けないという方も多いかと思いますが、収録したものはですね、翌日の朝にアーカイブとして配信する予定でおりますので、もちろんそちらでお聞きいただくこともできます。ぜひお楽しみにどうぞ。
それでは、今日も皆さんにとって良い1日になりますように。ほったりうちがお届けしました。また明日。
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