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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、 英語のなぜに答える初めての英語史、英語語源ハンドブック
言語学ですっきり解決英語のなぜの著者の堀田隆一です。 英語の語源が身につくラジオheldio
英語史をお茶の間にをモットーに英語の歴史の面白さを伝え、 裾野を広げるべく毎朝6時に配信しています。
本日は2026年1月13日火曜日です。 皆さんいかがお過ごしでしょうか。
スペリングと漢字の共通点
今日の話題ですけれども、昨日に引き続きスペリングイコール漢字説を解説します。
と題しまして、続編をお届けいたします。 昨日は理論編と言いますか
漢字とスペリングが機能の点で共通点があるということをお話ししました。 今日はですね
角度を変えまして、規範主義の観点から 漢字は正しく書かなければいけない
スペリングは正しく綴らなければいけないという 規範的な圧力
これ皆さんも日々感じていると思います。 このあたりが似ているということなんですよね。
スペリングイコール漢字説を解説します。 規範主義の観点からです。どうぞよろしくお願い致します。
昨日の配信会お聞きいただけましたでしょうか。 漢字イコールスペリング説ということでですね
これ実は昨日、今日とお話ししているんですけれども かつてもですねこのヘルディオで考えたことはあったんですね
今回改めてこのお話をしているのは改めて背景を申しますと 年末にモンドの方に寄せられた質問
こちらがですね 英語を聞いていって
単語が知らない単語が読み上げられた音は聞こえたという場合にとりあえず メモしておく
そしてまぁ後に他の人に伝えるかもしれませんが とりあえずですね音は聞こえた
そうした時にどうやって記録を残しているんですかという趣旨の質問をいただいたんですよね これが非常に多くの注目を集めまして
モンド上でもそしてX上でもですね 非常に多くの議論が交わされたというのが年末年始だったんですよね
それで改めてですねこのつづり字の問題というのは非常に 日本人にとって関心のある話題なんだなということを再認識いたしまして
ちょうど年の変わり目ということで今年2026年はですね 文字論の話であるとかスペリングの話
これ私の英語史上の専門分野の一つでもあるんですね なのでこのあたりをですね
集中的にと言いますかね 意識して話題として多く
取り上げていきたいなぁと思った次第で新年早々ですね 文字に関する話とかあるいはスペリングに関する話
モンドの方でもやはり新年になってからも回答しているんですけれどもね いくつかスペリングに関する話題寄せられておりまして回答しております
そちらも併せてお読みいただければと思うんですけれども まあそんなことでですねこの
私のかねてよりの持論なんですけれども漢字以降スペリング説 これを改めてですね皆さんに紹介しようと思った次第なんですね
昨日の配信会では機能という観点からですね 漢字とスペリングは標語的である
それを構成している部品そのものは特に英語のスペリングの場合には確かに標音文字と 言われるローマ字
ローマンアルファベットなわけですよね ですがそれが一文字以上組み合わさって単語に対応したいわゆるスペリングというレベル
になりますとこれ途端にですね役割を変えるんですね 一文字一文字は標音的なんですけれども
スペリング全体となるとこれは標語 ダウトの例で説明しましたけれども d ou b t と b は読まないんだけれども
この d から t までの5文字のあの図像ですよね あの図像が一つの漢字
つまり疑いとか疑念のギッというあの漢字に 相当するんだと
そしておそらく脳の中でのですね認知の仕方 これあの専門家にお伺いしたいと思うんですけれども
スペリングを目にしている時と疑う疑念のギという漢字を 読んでいる時とですね
脳の働き方があの子に似ているっていうのはどこかで読んだ気はするんです けれどもね
もしあの専門の方いらっしゃったらですね ぜひ教えていただきたいんですけれどもまぁおそらく
機能的にはそういうことだという ことなんですね言語学的あるいは文字論的にはそれが巻のお話ししたことなんですが
今日はですねあの批判主義の観点から見てもこの2つはかなり近い関係にあるぞ ということをですね改めて
年末のそのバズったモンドでの問答ですね そこからですね時を越して考えていたったんですよね
なので私のかねてよりの感じイコールスペリング説 これあくまで機能に基づいた文字論的な観点からの主張だったわけなんですがもう一つ
サポートをするですね まあ見解と言いますか観点があるということを今回気づかされたという
ことで質問者さんに本当に感謝 申し上げたいわけなんですがこれは何かと言いますと
教育と社会的圧力
漢字これあの 日本の国語教育漢字教育ではですね
止めとか羽根というところまでまあ少なくも修辞 書道などではまあそこまで教育するわけですよね
国語の漢字でもですねまあ比較的細かくですね ご指導される
箇所だと思うんですよね もちろんあの読みそのものもそうですね音読み訓読みとありましてどういうふうに送り仮名を
振るうかということも含めてなんですが 典型的な書き方とか書き順というような問題を教育の場で我々みんなですね
経験してきているわけですよね 漢字は正しく書かなければいけないものなのだという
ものがですね日本の教育のみならず社会全体の中に浸透していて だからこそ間違ったものをですね公的に出してしまうとこれ恥を書く恥を書く
っていうのはこれあの規範からそれているということをこれをですね これに対して意識過剰になるとこれ恥を書くという感情になるわけですよね
これあの感じの場合わかると思うんですがこれがですね 日本人の場合日本語を母語とする英語学習者の場合ですね
この漢字教育による この圧力社会からの規範的圧力というのが
あるこれはすでにですねもう小学生ぐらいの時にいわばすり込まれている状態ですので その後に英語英単語ですよね
スペリングを学ぶという段になってもですねこれをそのまま並行的に適用しちゃうんですね なので綴り字は正しく書かなければいけない
一文字間違えたらアウトというような単語テストをこれ私も中学 生の時ですね経験していますし今教員になってからですね単語テストみたいなことを
英語の授業でまあやってきたことはありますね そうするともちろんですねあの丸をつけるという立場からするとですね
一文字が大事だよっていう立場になってですね まあ原点とか×をつけたりっていうねことになったりするんですが
これはですね原点×をつけながらですね ちょっと心が痛むっていうところがあったりするんですね
漢字の間違えてはいけませんよ圧に慣れている典型的な日本人にとってですね
それを他の言語まあ定型的な英語から入ることが多いわけですが その際にもですね書き言葉ちゃんとしなければいけないんだという圧が非常に強いので
まあこのスペリングですねあの一文字も間違えていけないんだって思いがことさらに強い のがまあ日本人だろうと思うんですね
もちろんこれは相対的な話でですね じゃあ英米人を始め英語ネイティブが重視しないかというとこれはあの上から下まで個人差
などもありますがやはり教育上はですね非常に重視するわけですよ 特にこの傾向はアメリカの方がより強いんじゃないかなと思いますね
スペリングBとその影響
すでに年末のその問答での問答の際にですね色々と議論が交わされたんですけれども そこでスペリングBが紹介されたと思うんですね
アメリカでのいわゆるスペリングコンテストです これですねとんでもなく難しい
実際が出てそれをですね本当にあの7歳とか8歳ぐらいのですね 子が見事に答えていくという大人も書けないようなものを書いてですねあの優勝すると
で優勝するとですねこれあの 大統領と会うことができるとかですねなんかものすごい
あの得点と言いますかねあの賞がついているというぐらいまあ国民的なスペリングコンテスト というのがあってこれがあのアメリカのまあ一つの伝統になっているんですね
対応するものはですねギリスにあんまりないんですね あのクイズ番組とかコンテストみたいのはあったりするんですがそんなに盛り上がらないんですよ
アメリカほどは という点から言うとその感じイコールスペリング説
に関連して日本人とどちらかというとアメリカ人が近いかと思うんですが ただアメリカ人もですねそのようなスペリング b のようなものに熱狂する関心の高い人もいれば
まああのそうでもないっていう人もいるわけなのでこのあたりはあの それぞれね個人の温度差などあります
ただもちろんアメリカでもいいですねもう公的な場面 教育の場面では一文字も間違えないようにという指導はもちろんあります
ただその一般の間違えてはいけないという圧 に関して言いますと平均値
これはですねまあアンケートとか何か 統計データがあるわけでもないわけなんですが
日本人と例えばですがアメリカ人を比べた場合に 日本人の方が
はるかに この程度が強いのではないかというふうなこれは私の
観測 直感的な観測なんですけどねそれがあるんですね
つまりですね日本人が漢字をを見ているときのあるいは書くときの特に公的に 書くときのプレッシャー間違えてはいけないというプレッシャーと
例えばアメリカ人が母語である英語を書く際に間違えてはいけないと感じる圧 この圧を比べることができるんであれば
両者ともかなり高めだと思うんですがその高めの中でも日本人の方がですねもう ちょっと上を行ってるんではないかという気がするんですね
これはですね正しさ丁寧さということを追求するというポジティブな見方ももちろんできると思うんですね
一方でですねそこまで正しさが本当に必要なのかというような状況においてすら 正しさを求めるというこだわり
ということがですね不の側面に出るというケースも多いんではないかなというふうに感じています
これですねあの丁寧さとか正しさというのをないがしろにしているのかという批判ん ですねを受けかねないので改めて述べておきますが私も公的な
シチュエーションでは正しく書こうとしますし間違えたらまずいという これスペリングの話ですねあの感じだけではなく英語を書くときのスペリング
これはですねカッチリ調べますしスペルチェックも入れますし ある意味ではあのかなり貴重面な方だと思います
私も英語で論文を書いたりですね まあ公的に出すっていう機会がありますのでそこは相当に気をつけますがただそうでない
環境において一文字 忘れてですね
書き間違えたり落としたりするっていうことに 罪悪感を感じるかというとそれはないんですよね
これあのやっぱり個人によって異なると思うのでね皆さんにもお聞きしたいと思うんです けれども
思い返してみるとですね私は英語学習者歴としてなかなか長いものがあるんですが中学生 の時に初めて英語
に触れて英語学習を本格的に始めて中高大と多分それこそスペリング b に
と出たいと思うぐらいのスペリングオタクに近かったと思いますね なので正確なスペリングであるとか
イレギュラーなスペリングをきっちり覚えるということで スペリング力が相当高い方だったのではないかというふうに思い起こすんですよね
その後ですね大学院になりまして英語史という分野を専攻しました そしてこのヘルディをでもお届けしているようにですね高英語中英語
特に中英語がカオスなんですがするに516通りの書き方がある そしてそんな英文中英語の原文を読むのに慣れてくるとそうするとですね
スペリングは正確でなくても十分に通じるんだという実体験をしてしまったということがありますね そこからですね別にカチッと音を立ててというわけではないんですが
スペリング正しいスペリングへのこだわりというのは公的な場合には先ほど述べたように しっかりと守りますし教育教団に立ったらですねしっかりと
これはこうなんだよってダウトには b が入るんだよみたいなことになるわけなんですけれども それ以外の
外に必ずしも出さないかもしれないというところでのこだわりというのはかなり減ったと思います もちろん最近はですね
スペリングと漢字の関係
ワープロソフト等で自動のスペルチェックなどで買って直してくれるという安心感などもあると思いますが スペリング力はですね
多分私が高校生大学生ぐらいの時から見るとですね ガクガクっと落ちていると思うんですよね
スルーの516通りというのは極端だとしても一つの単語に複数通り 10通りや20通りの綴りがあるっていうのは中英語ではザラでした
そしてそれを読んでですねわからなくなるっていうことはたまにあるんですが やはり中英語も読み慣れるとですねこれ慣れてくるんですね
なのでこれ経験と感がものを言うということでこれは何という単語に相当させたいと思って書き手がですねこんな変な通りをしているのかっていうことが読めるようになってくるんですよ
心も読めるしそのスペリングが表す単語が何かっていうところも ちゃんと読めるようになってくるっていう 経験をしたっていうことが大きいんですね
そもそもですね 話し言葉の場合には鉛 例えば母音が鉛ったり子音が変わったりっていうことも
最初はおというふうに これ日本語でも英語でもなんですが戸惑うわけなんですが 耳が慣れてくると理解できるようになってくるわけじゃないですか
これも完全に経験と慣れですよね これは聴覚 話し言葉ですから声音でですね聴覚に訴えかけて多少の遊びずれをですねちゃんと修正する能力っていうのが人間備わってるんですよね
全く同じことが視覚的にも言えるんですよね 視覚つまり文字ですよね
文字でも多少ずれていても調整する能力というのがある 少なくともこれを育むことっていうのはそんなに難しいことではないんですよ
これ私が中英語で実体験してるんで言えることなんですけれども そうするとですね
年末の問答の問答でですね私が例えば name っていうのを聞き取れたけれども ちゃんとしたスペリングがわからない
ちゃんとしたスペリング na me なわけですけどもわからないときは例えばですね 日本人であればローマ字を知っているんだから
何でもいいんですけれども その辺でとりあえず綴っておけば良いのではないかという回答をしたんですね
これは読んでみればですね 結局 name とかねいむとかちょっと母音が生まれてるぐらいで ちゃんと name と聞き取ってもらえるわけですよ
と同じように綴りもですね多少間違えたところで本当はちゃんと理解できるはず みんなが類推測を働かせてですね
正しい name にですね行き当たるはずなんですが非常に多くの反応 これは問答を読んでいただいた典型的に日本人の方だと思うんですが
私で口を揃えて neim だとわかってもらえないんですかという この反応がものすごく多かったんですね
で なぜそうなんだろうというところがわからなかったと言いますか
na me から一文字でも外れたら理解不能になるんではないかという恐れがある 心配があるっていうことだと思うんですがなぜそのような心配が生まれるのか
っていうのが最初理解できなかったんですね それはある意味では私が516通りのするとか極端な例ですがあんなタグになれている
からとも思ったんですがただあの なんでそのように皆さんが恐れを感じるか心配を感じがわからないというのはちょっと
大げさな言い方ですね 私も高校生大学生の自分
のですね考え方を思い起こすとなるほどというふうに不に落ちてはいるんです 落ちてはいるんですがそれくらいまでにその日本の英語学習者の皆さんは
1文字を間違えるということに抵抗があると言いますか 規範的な圧を感じているんだということなんですね
そしてその演言はですねやはりあの漢字教育にあるんだろうと思います はいであの私ですね今回あの現行の日本でのスペリング教育とか漢字教育
みたいなものに何かの批判するとかですね まあそういうつもりはなくてですねまぁ現状分析
なぜ多くの日本人の英語学習者がネームを neim と書けばとりあえずいいんじゃないかといったあの私の発言にですね
日本人の英語学習者の反応
ある種の抵抗感を持って反応 されたのかということをちょっと考えたいと思ったんですね
この規範的な圧力という観点ではスペリングイコール感じいい どころかですねむしろこの公式と言いますか
この同一誌はですね漢字から始まっているんだと 漢字学習漢字教育から始まっているんだと考えられるのではないかと
つまりスペリングイコール漢字説はとりわけ 日本人
においてですね機能をしている 公式当てはまる公式なんではないかというふうに考えたりした次第なんですね
ぜひこのスペリングイコール漢字説についてご意見ご感想 反論などもあろうかと思いますお寄せいただければと思います
エンディングです今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました 昨日今日とスペリングイコール漢字説を解説してみました
いろいろとお考えあるんではないでしょうか これでまたですね議論が盛り上がってくると面白いなぁと今年はこのように文字論とか
ねスペリング論みたいな話多くしていきたいと思っておりますので皆さんもですね ぜひ議論コメントに参加してですね
盛り上げていただければと思います それから今日は1月13日火曜日ということで1週間ほど前からお知らせしてまいりましたが
今日締め切りということでですね 2025年第4四半期のお聞きのヘルディオ
の配信会の中からベスト回を決めるという投票をですね 開催しております
昨年の10月11月12月のレギュラー配信会ですね92回あるんですけれども この中から皆さんの
マイベスト10をですね選んでいただきたいということなんですね 概要欄に投票会場へのリンクを貼っておきますので本日の夜締め切りですね
23時59分までは開けておきたいと思いますのでぜひですね ふるってご投票をいただければと思います
結果発表はですねこのお聞きのヘルディオで後日 集計した後にですねお伝えしようと思っております
このチャンネル英語の語源が身につくラジオヘルディオではあなたからのご意見ご 感想をお待ちしています
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昨年10月18日にオープンしたほったりうちの英語しポータルサイトヘルハブ も概要欄のリンク先より定期的に訪れていただければと思います
数時間おきに英語しコンテンツの情報が更新される ヘルかつ最先端の場所となっております
それでは今日も皆さんにとって良い1日になりますように 英語し研究者のほったりうちがお届けしました
また明日