代替わりによる英語の変化
おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
9月19日、月曜日です。新しい週の始まりです。 日本列島は台風14号に見舞われていますが、被害が広がらないことを祈っております。
さて、本日の英語の語源が身につくラジオヘルディオですけれども、
King's English と Queen's English についてお話ししたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
イギリスの君主がエリザベス2世女王からチャールズ3世国王へと代替わりしたわけなんですけれども、これに伴って
国家も変わったという話題がよく取り上げられていますね。God Save the Queen だったのがGod Save the King というふうに変わるわけですよね。
同じように、これはリスナーの方からコメントをいただいたんですが、いわゆる標準英語のことを指して、イギリスの標準英語ですね。
Queen's English とずっと言い習わせていたものが代替わりで国王、男性の王ですね、キングになったっていうことで、じゃあこれは King's English と呼びかえることになるのかということなんですけれども、
国家と同じですね、極めて形式的ではありますけれども、King's English と呼びかえることに今後はなるんだろうというふうに私は考えています。
そのような発言と言いますか、私がコメント返しをしまして、リスナーのカミンさんからそれに対してまたコメントがありまして、このようなコメントです。
King's English ないし Queen's English は言語の維新の点では最強だと思いますが、英国における標準的英語のモデルと考えていいのでしょうか、というご質問が寄せられました。ありがとうございます。
今日はですね、この話題に関連してお話ししたいと思っているんですけれども、
そうですね、イギリスの標準英語という言い方、様々な言い方がありまして、最も普通にはスタンダードイングリッシュと言っておくのがいいかと思うんですが、
English English とかですね、 BBC English と言ったり、今回のような Queen's English とか King's English という言い方があったり、
とりわけ発音であるとかアクセントに関する限りですね、Received Pronunciation、容認発音というふうに訳されますが、省略して RP というのも非常によく流通している用語なんですね。
いずれも標準英語のこと、あるいは標準英語的な発音のことを指すという意味で、基本的にはあまり区別なく用いられることが多いと思うんですね。
ただもちろん、それぞれの言い方に付随するイメージっていうのがありますよね。
指しているものはおよそ同じになったとしても、やはりスタンダードイングリッシュというとやや規範性が高いっていう感じになりますし、
Queen's English とか King's English と言いますと、イギリスの社会のヒエラルキーですよね。
いわゆる貴族社会の名残ということなんですが、それが想起されて、その一番トップにいる Queen であるとか King というのがその代表と言いますか、象徴として描かれている、そんなイメージが想起される言い方になっていると思うんですね。
ですので、およそ指しているものは同じ標準英語のこととイギリス標準英語のことと考えていいわけなんですけれども、
そこに社会階層みたいなものを埋め込む場合には、あるいは女王国王のトップダウンって言いますかね、権威みたいのが強烈に意識されるような言い方を選ぶんであれば、これは Queen's English あるいは King's English ということになるのかなというふうに思っています。
まとめますと、いろんな言い方はありますけれども、指しているものは基本的に一緒。
イギリスの標準英語を指しているというふうに考えて結構だと思います。
King's Englishの歴史
その背後にあるイメージみたいのをプラスアルファで載せたいときに、どういうイメージを載せたいのかによって言い方を変えるぐらいのものかなというふうに私自身は理解しています。
さて、今回ご質問いただきまして、私自身も King's English とか Queen's English という言い方がいつから歴史のどのぐらいのタイミングから使われるようになったのかって、ちゃんと調べたことがなかったので、 Oxford English Dictionary で調べてみたんですね。
なかなか面白いことが分かってきまして、これからいろいろ考えてみる価値があるなと思いました。
まだ深く調べているわけではないんですけれども、少なくとも非常に面白そうだという感覚を得ましたので、その面白そうな感覚をお伝えするぐらいに終わると思うんですが、ご報告といいますか、お話ししたいと思うんですね。
まず King's English という言い方ですね。これの方が当然歴史は長そうですし、使われていた時間は長いと思うんですね。
いわゆる男性の国王が統治していた時代の方が、女性の国王、女王が統治していた時代よりも、当然絶対的な年数で考えると長いわけですね。
女王の方が少数派ですから。ですので King's English というものの方が長い歴史であるとか、よく使われてきたんだろうなというふうにまず考えられたわけなんですけれども、それはおそらくそうだと思うんですね。
スタートを見ますと、どうも1553年にトマス・ウィルソンという人が、Art of Rhetoric という作品の中で、まず King's English という表現を使ったということが記録されているんですね。
OED での2つ目の例はシェイクスピアからです。
Merry Wives of Windsor、ウィンザーの陽気な女房たちというシェイクスピアの喜劇ですけれども、この中で使われています。
一番最初の例、1553年の例ですが、トマス・ウィルソンという人なんですけれども、この人は Art of Rhetoric という、いかにも言葉にうるさそうな本を書く人だったんですね。
英語史上も名前が出てくる人物で、当時、ルネサンスの影響で、ラテン語であるとかギリシャ語のような外来語がものすごい勢いで英語の中に流入してきたんですね。
これであまりに言学的なお高い外来語だということで、Incantum という名前で、トマス・ウィルソンは、こうしたラテン語やギリシャ語からの釈用語を避難したんです。
Incantum っていうのは、文字通りはインクツボ語ということなんですが、インクツボっていうのは学者の象徴です。
つまり、非常に学者臭いラテン語ぶった、ラテン語かぶれの言葉だということで、こんなものが英語の中にあふれているのは良くないことだっていうふうに、かなり強く避難したタイプの人なんですね。
一言で言えば、言葉に関して保守派ということになりますが、この人物がキングズイングリッシュと、キングの国王の話している言葉、いわゆる伝統的なという色彩の強い威信のある言葉、そのような表現を生み出したっていうのは、なかなか面白い話だなと思うんですね。
さらに、これは偶然なのか、色々と調べてみたいと思うんですが、この1553年っていう年代なんですけれども、エドワード6世が1547年からこの53年まで統治していたんですね。
体が弱かったので、儚き知性だったんですが、この53年に亡くなり、次のメアリー1世という女王になっていく、この53年という面白いタイミングで、キングズイングリッシュという表現が生み出されたっていうのも、なかなか偶然にしてはよくできているなということですね。
このメアリー1世っていうのは、いわゆる血まみれメアリー、ブラディメアリーと呼ばれるようなカトリック教徒で、プロテスタント、ピューリタンたちを粛清したというような、そういう悪名高い女王ということなんですけれどもね。
しかもイギリス史上、正式には初めての女王ということになるんですかね。
その次がエリザベス1世ということになりますけれども、400年ぐらい前に一度、マチルダという女性がですね、国王、女王に匹敵するような権力を持ったんですが、公式には国王として、女王としては刻まれていないということなんですけれどもね。
このように、いわば初代女王となったメアリー1世が即位した年、1553年にキングズイングリッシュという表現が出たっていうのも、なかなか面白い話だなというふうに思っております。
Queen's Englishの登場と影響
キングズイングリッシュという表現の起こりが、この1553年ですね、トマス・ウィルソンによるものだったということなんですが、ではクイーンズイングリッシュはどうなのかということは、次のチャプターでお話ししたいと思います。
クイーンズイングリッシュという言い方は、ではいつ出たのかというと、これも意外と同じぐらい古いんですね。
同じ16世紀、先ほど1553年と言いましたが、その40年ほど後ですね、1592年に、OEDによりますとクイーンズイングリッシュが英語の中に初出しています。
初めて現れているんですね。
1592年と言いますと、エリザベス1世女王の統治下にある年代なわけなんですけれども。
その後、エリザベス1世の後、次に女王になるのはビクトリア女王ということで、19世紀のことになるわけですね。
そして19世紀には普通に使われていたのが、次に国王エドワード7世となり、4代ほど男性の王、キングですねが続いて、そして先日お亡くなりになったエリザベス2世女王ということで、久しぶりに女王の存在が出来上がったということで。
しかも統治期間がご存知の通り非常に長かったということで、クイーンズイングリッシュという表現も定着した感があったわけなんですが、チャールズ3世の即位、今回これでまたキングズイングリッシュに戻るということになります。
思ったよりクイーンズイングリッシュっていうのは、使われる期間と言いますかね、いわゆる女王統治の期間っていうのは歴史的にはキングの統治期間に比べればずっと短いわけなんですけれども、それなりの存在感を持ってその統治期間には使われていたし、その統治期間のことを歴史的に差し示す形でクイーンズイングリッシュという表現は断続的に使われてきたということがわかるんですね。
キングズイングリッシュにしろクイーンズイングリッシュにしろ40年ぐらいの時差はありますけれども、16世紀というタイミングで現れてきたということですね。
そして、いわゆる君主が使う英語として権威のあるもの、そして見習うべきもの、いわゆる標準英語という発想を体現する表現として出てきたわけなんですけれども。
この16世紀というタイミングがやはりとても面白いと思うんですね。
15世紀までは英語はフランス語に負けていたと、国内でもフランス語っていうのは偉い言語だったということなんですが、ようやく英語が国家語として、イギリスの国語として帰り在短、フランス語と並んでさらに追い抜いたと、国内ではっていうことですね。
国内の威信を得るようになったということなんですが、16世紀になると、今度はライバルと言いますか、追い付け、追い越せの存在がラテン語に変わるんですね。ターゲットがラテン語に変わります。
キングズイングリッシュの背景
ラテン語に対して憧れを抱きつつも、やはり新興国として実力を少しずつつけてきたイギリス、イングランドですけれども、イングランドが自分の国の言葉、国語である英語を売り出したい、自国語に自信をつけたいというふうに考え始めた、そんな時代だったんですね。
そこでラテン語のことを徴用しつつも、そして憧れつつも、一方で自分の言葉のことも高めたいという意識が極めて強い時代だったんですね。
この時代にいわば権力としての拍をつける、権力的な匂いのついたオーラを言葉にまとわせるために、キングズイングリッシュであるとかクイーンズイングリッシュのような表現ができてきたと、そういうふうに考えると時代の流れには完全にマッチしてるんですよね。
なので、この表現が初出した年代ということと時代の雰囲気っていうのがピタッと合っている感じがして、これはもう少し詳しく調べてみたいなと思ったんですけれども、とっても面白い符号だなというふうに感じています。
最後にもう一つキングズイングリッシュについての話題なんですけれども、実はThe King's Englishという売れ筋の本が1906年に出ているんです。
売れ筋の本と言いますか、いわゆる語法マニュアルという、ユーセージマニュアルというタイプの本の走りなんですけれども、これをアマチュアの語法研究家であるファウラーという人物ですね。
フランシス・G・ファウラーという人物が出しました。
The King's Englishです。
当時のキングっていうのは、エドワード7世ですね。
ヴィクトリア城の息子ですけれども、これが大変注目されたっていうことです。
そしてこのファウラーは、弟と一緒にConcise Oxford Dictionaryという、今でも非常に人気のある英語辞書を編纂しているんです。
これ1911年のことですかね。
それからポケット版であるPocket Oxford Dictionary、PODなんて言っていますが、これが1924年ですね。
これも兄弟で出しています。
そしてその2年後ですかね、1926年にModern English Usageというですね、ユーセージマニュアルなわけですが、これを世に出したんですね。
これは兄さん単独でっていうことなんですが、これが未だに版を重ねて、ファウラーのModern English Usageとして絶大な人気と知名度を誇るユーセージマニュアルとなっているんですね。
このファウラーという英語学習上、名前を残した重要人物と言っていいと思うんですけれども、
英語教育上と言いますか、英語語法、マニュアル史上非常に大きな足跡を残したファウラーという人物がですね、一番最初に当てたマニュアルのタイトルがThe King's Englishだったということがあるんですね。
ということで、今回はQueen's EnglishであるとかKing's Englishというリスナーさんからいただいたご質問から始まってですね、それをコメントバックし合いながら2往復ぐらいしたところで、初めて腰を持ち上げてOxford English DictionaryでKing's EnglishとかQueen's Englishについていろいろ調べてみたら、こんなに面白いことがわかってきたということで、
これは私一人ではたどり着けなかった話題だと思うんですね。リスナーの皆さんとのコラボレーションで、なかなか面白い話に、英語史上も面白い話題になってきたぞというところで、これからも少しずつ注目して深掘りしていきたいななんて思った話題でした。
リスナーとのコラボレーション
コメントをいただきまして本当にありがとうございました。
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございます。先ほどのチャプターの終わりでも述べましたように、皆さんからコメントをいただく形で、そしてコメントバック、それに対するコメントバックということをやるうちにですね、自然と調べが進んでですね、いろいろ面白いことがわかってくるっていうのは、これはなかなか一人ではできない一種のコラボレーションみたいな感じで、本当に面白い。
交流をさせていただいているなというふうに思います。
Voicy のコメント機能を通じまして、当該の放送の内容と関係あるのももちろん大変嬉しいですし、そうでないものがあってもですね、新しい質問という形、問題提起という形で触れていただいても結構です。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
最後に生放送のお知らせです。
Voicy 生放送いよいよですね、明日、あさってに迫ってきました。
数週間前からご案内していたんですけれども、明日9月20日の火曜日、そして21日の水曜日と続けてですね、2件のVoicy 生放送をお届けします。
いずれも対談という形で、実は私の大学で行っていますゼミ合宿の一環として生放送、生対談企画を盛り込んでいるということなんですけれども、それぞれご案内します。
まず一つ目、9月20日火曜日、明日ということですね、の午後2時50分から3時50分という1時間の枠で生放送をお届けします。
英語バナキュラー談議と題しまして、立命館大学の岡本博紀先生、そして私、ホッタが2人で英語のバナキュラーについて語ります。
主にですね、岡本博紀先生が11月25日に公開される映画グリーンナイト、これ元の原作はですね、サー・ガウェイン&グリーンナイトという、ガウェイン教徒緑の騎士という後期中英語の英文作品で、中英語最大のロマンスと言ってもいいと思うんですけれどもね、
この映画の字幕監修をされているんですね、専門家です。
ですので、このあたりもですね、私からもねほりはほり聞きたいなと思っています。
まさに中英語ロマンスということで、英語バナキュラーで書かれた、英語の方言で書かれているんですね。
ということで、この英語バナキュラーというタイトルをつけているわけなんですけれども、映画グリーンナイトの話もたくさん出てくるはずです。
こちら、ぜひですね、リアルタイム、あるいはご都合がつかなければですね、そちら後日アーカイブとして放送いたしますので、お聞きいただければと思います。
そして生放送の2つ目なんですが、これは翌21日水曜日の午後4時から5時までということになります。
こちらはこのVoicyの英語の語源ミニスクラジオでも、たまにですね、レギュラー放送の中でやっています専門ノック、英語に関する素朴な疑問の専門ノックを、ノックを受けるのが私だけではなくてですね。
熊本学園大学の矢戸美博先生にもお付き合いいただきながら、皆さんから寄せられた、リスナーの皆さんから寄せられてきました素朴な疑問にどんどん答えていくという趣旨の放送会になります。
Voicyの生放送の予約の仕様でですね、2件生放送予約をできないということになっていますので、この2つ目の21日の方はまだですね、生放送として公になっていないと言いますかね、アプリの方では設定できていないんですけれども、こちらぜひですね、ご予定いただければと思います。
もちろんこちらもリアルタイムで聞けないという場合もですね、アーカイブ放送として後日をお届けする予定です。
いずれの生放送もですね、もうタイミングとしては直前ではあるんですけれども、きりきりまで事前のご質問であるとか、こんな話題を取り上げてほしいというご要望を受け付けております。
このチャプターにですね、URLを貼り付けておきます。そちらに行っていただきますと、2つの生放送に対するコメントフォームであるとか、その他詳細が記されていますので、ぜひ一度訪れていただければと思います。
また、この2つの生放送の案内はですね、実はこのVoicyの中でも466回にですね、詳しく案内していますので、ぜひですね、この466回の放送を聞いていただければと思います。
生対談ということでですね、私自身も大変楽しみにしております。皆さんもぜひご参加いただければと存じます。
それでは皆さん、台風の行方にお気をつけつつ、新しい1週間どうぞお元気でお過ごしください。
ホッタリウチがお届けしました。また明日。