フランス語史のバイアス
おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、そして英語の謎に答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
9月15日木曜日です。いかがお過ごしでしょうか。 英語の語源が身につくラジオヘルディオ。本日の話題は
○○語史のストーリーには要注意です。 これはですね、今から3日前になりますかね
468回エリザベス女王の死をめぐってという放送会に寄せられてきたコメントです。 カミンさんからいただきました。ありがとうございます。
読み上げます。 コメント取り上げていただきありがとうございました。当然のことですが、フランス語史の記述もフランス語を公用語とするフランス国家の枠組みを前提とされていて、標準化が進んでいない中世の多言語状況との疎後がずっと引っかかっていたのでした。
ヘルディオやユーチューブによって、これまで英語史にアクセスできなかった人に、英語史、言語史の面白さが伝わるのは素晴らしいことだと思います。
私も英語史がとても身近なものになりました。今後も放送を楽しみにしています。 という大変ありがたいコメントをいただきました。本当にありがとうございます。大変嬉しいです。
特に中世の英語を私は研究していますと、フランス語との関係であると、他大陸との関係というのは常に関係してきまして、話題に必ず引っかかってくるんですよね。
ですので、英語だったら英語史だけ、フランス語だったらフランス語史だけということではなくて、入り混じってクロスする方が面白いのではないかなというふうにずっと思っていたのですが、それぞれが専門的な領域なだけに、なかなかクロスするということも難しいのですが、
対象言語史というようなアプローチを、あえて難しいのは分かりつつ、想定して立ち上げて、クロスを心がけるという努力目標ですけれども、そんなふうに考えています。
非常に元気づけられるコメントありがとうございました。同じ加味さんからは、その前にも、今度生放送、このボイシーで20日火曜日と21日水曜日の午後に行うんですけれども、その件につきましても、カジュアルでオープンなアカデミズム、しかも英語史という地味で堅そうな領域で、
素晴らしい試みだと思います。放送会楽しみにしていますということでいただいております。
はい、コメント、ご意見ありがとうございます。本当に嬉しいです。
最初のコメントで、加味さんが取り上げてくれましたフランス語ですね、中世では多言語的状況だったにもかかわらず、そのあたりがあまりフランス語史であるとか、フランス語の話題を話すときに、なかなか出てこないということがありますね。
フランス語史の描き方というところに、何かですね、意図を感じるというような、そういう話ではないかと思うんですけれども、これ本当に大割でですね、英語史でも日本語史でもそうだと思いますが、何々語史というのは一つのストーリーなんですね、これは言語の歴史に限らず、政治史、文化史、軍事史、何でもいいですけれども、何々史というものは、
よく言われるように、勝ち組の記述する歴史ということですよね。負けたものが悪いことになって、勝った方が偉い、非常に重要なんだという描き方をするっていうのは、古今東西ですね、これはもう常識なわけですけれども、言語史もそうなんだと思うんですね。
今回この話題を取り上げつつですね、英語史において、そのような意図性と言いますか、かでは漢文、勝った側からの歴史の描き方っていうのが、やはり一般の伝統的、教科書的な英語史記述の中にも相当含まれているのではないかというふうに感じているんですね。この辺りについてお話ししたいと思います。よろしくお願いいたします。
フランス語というのは英語と違ってですね、非常に中央集権的な色彩が強いっていうのが、現代のフランス語の特色だと思うんですね。これは現代の特色ですけれども、もちろん歴史的に育まれてきたもので、とりわけですね、フランス革命以降、言葉、フランス語、標準語というもので統制する国といいますかね、ある意味そういう国になったわけですね。
方言であるとか、あるいはですね、もう言葉のようで言葉ではないパトワというような言い方で、いわゆる標準語でないものはフランス語でないというような発想がですね、非常に強く広まってですね、人々の間、フランス語、和社の間にも広まった結果ですね、フランス語というのは一つなんだという意識。
フランスイコールフランス語イコールフランス標準語というような発想が、まずフランス国内で出来上がり、さらにそのフランスの植民地であるとか、世界の各地のフランス語圏でもですね、この考え方が基本的には非常に強く堅持されていると、実際には方言あるわけですね。
ケベックのフランス語であるとか、フランスだって国内だって様々な方言というのはあるわけなんですが、表情って言いますかね、表看板としてはフランス語は一つなんですよ、まとまってますよっていうことを予想、これが一つの国策なんですよね、これもちろんある意味うまくいったところもあるし、つまりコミュニケーションの道具としての標準フランス語ですね。
フランス国内だけではなくて、広く世界のフランス語圏でまとまるための一つの道具立てとなっているっていう側面はあると思うんですね。一方で実際には方言であるとか、非標準的なものはいくらでも存在しているのに、それが見えなくされている、押し殺されているっていうことがあると思うんです。
これは一つのフランスとしての言語の扱い方と言いますかね、そういうふうにフランス語という言語を位置づけて、それによって統制していくっていうような、ある種の言葉を用いた言語政策ですよね。こういったものがあって、それは歴史的に育まれてきた言語政策っていうことです。
したがって、フランス語史というものを描くときにも、昔から今まで方言のような非標準的なものはいくらでもあるんだけれども、あまりそれを強調する方向に走らないっていうことですね。
そういう方向に走る技術を細かくすると、今やっているフランス語の政策とバッティングしてしまうっていうことですよね。政治的にあまり得策ではないっていうことになると思うんですね。
なので、こういう取り扱い方をしているし、フランス語史の伝統的、教科書的な技術の中にも、こういった考え方であるとか言語政策的な含みっていうのが盛り込まれた形で、いわゆる教科書上のフランス語史っていうのが描かれてるんじゃないかというふうに私自身は思っています。
英語史の成功ストーリー
これはですね、英語史でも似たようなことが起こっているんですね。
やはり何々史ですね、何々語史に関わらず何々史っていうのは、勝ち組の論理によってストーリー、これまでのストーリーが再編成されるっていうことですね。
勝ち組に有利なように歴史記述がなされるっていうのが、本当に古今東大の定石ですよね。
ですので、そこも込み込みで、我々は一般に流通しているフランス語史であるとか英語史であるとか日本語史もいいんですけれども、それを見る必要があるっていうことなんですね。
いわゆるズバリの政治史とか軍事史とか社会史と違って、言葉は客観的であると、直接に政治性を帯びないように見える、文法の変化とか音声の変化とか、いかにも政治、社会とは関係なさそうですよね。
ですが、むしろこのようにですね、一般の政治的社会的なところからの関与が少なさそう、つまり、手垢にまみれてなさそうな雰囲気を出している言葉だからこそ、これを利用してですね、やはり歴史記述に利用しようっていうのが、やっぱり人間なんではないかっていうふうにも思ってるんですね。
英語史もそういったですね、英語であるとかイギリスあるいはアメリカを徴用するような、持ち上げるような様々な工夫の凝らされた英語の歴史っていう描き方に大体なってるんですよ。
英語史の場合ですね、何が狙いで、この典型的な教科書的な英語史の記述になっているかというと、簡単に言うと、英語はやっぱり本質的にもともと偉い言語なんだ。
重要な言語で、やはり世界の言語たるべき言語なんだというような方向に持っていくような記述のされ方って割となされていると思うんですね。
簡単に言うと、英語のサクセスストーリーです。英語は成功した言語であるっていう、この成功した感を強めるために様々な仕掛けであるとか伏線っていうのを用意しておいて、英語史が描かれているっていうふうに思うんですね。
これはですね、主にどういうところに現れているかっていうとですね、伝統的教科書的な英語史記述では、まずですね、アングロサクソの時代、古英語の時代にイングランド一国の国語、言語として確立するんですよ。標準語っぽいものもあるというふうにですね、出来上がったっていうふうになってるんです。
本当はですね、言うほどの標準語ってできてなかったんですが、一つ国会語としてあったんだみたいなことを見せたいので、そういう見せ方します。その後、1066年に一気にドカンとですね、ノルマン征服によって英語がダメダメな言語になるんですね。これ、後のサクセスストーリーにつなげるには、一回谷に落とすことが重要なんです。
なので、ここの谷が深ければ深いほど、後で世界的にですね、重要な言語になってくるという山が高くなるっていう、そういうトリックがあって、1066年で英語はですね、フランス語によってノルマン人によってズタズタにされたんだという記述が一般的です。
言語史の視点
そこから這い上がってくるっていう感じですね。数百年かけて這い上がって、ギリギリなんとか近代の入り口までには再び国家語としての地位を取り戻したというふうに、なんとかかんとか追いついたって言い方をして、そしてその後ですね、近代期になって一気にフランスとの植民地争いに勝ってですね、国際的な言語となり、スターダムにのし上がっていく。
そして20世紀、21世紀、今があるというような作説ストーリーにつなげるためには、この1066年でドカーンと一気に地下に潜った、とんでもないぐらい下の地位に入ったっていうことを強調する必要があるんだと思うんですよね。
そのほうが谷が深いほうが、後の登っていく山が高いので、作説ストーリーになりやすいってことです。私はここはずっと疑問に思っていまして、1066年、確かに政治的にはですね、英語というのはフランス語の区引きってよく言いますけれども、区引きのもとに入って全く浮かばれない言語になった。
書き言葉に付されなくなるし、話し言葉だけの世界に閉じ込められて、そしていわゆる話し言葉というのはもう自由奔放ですよね。書き言葉っていうのはある意味扇の要というか抑えなんですよ。
ですが英語が書き言葉に付されなくなると扇の要が取れてしまって、地方に方言がですね、隣立するというか乱立する状態になった。これが1066年以降の中英語っていうことなんですが、これをもってフランス語の区引きに入った。
英語は歯止めの効かない、抑制の効かない、もうめちゃくちゃに多様化していく、とんでもない野蛮な野生動物のような行動を取ったというふうな描き方が普通だと思うんですが、私は天野寂なんで逆でですね、最も英語が生き生きとしていた、つまり縛りもなく、上からの縛りもなく、自由奔放に野生的に多様化することができた。
自然状態に置かれた中英語って一番英語が英語らしかった、言葉として言葉らしかった時期なんではないかっていうふうに考えたいと思うんですね。
ですから教科書的にはフランス語の区引きのもとにあったって言うんですが、とんでもない区引きどころか一番開放されていた時期だと思うんですね。
ただこのように言ってしまうと谷が深くないのでその後の英語につながらないんですね。この辺りがポイントなんじゃないかと思っています。
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
今日の話はですね、一言で言いますと言葉のヒストリオグラフィー、歴史記述に関する話題だったと思うんですね。
ただ事実を列挙してですね、時代中に列挙して書くのが例えば英語史とかフランス語史というわけではなくて、そこにはそもそもどういう思いで言語史を記述しているかっていう態度、それは政治的であったりすることも多いわけなんですが、そこも込み込みで歴史記述があるんだということかと思うんですね。
ですので、とりわけ教科書的、伝統的な〇〇語史の描き方というのはですね、客観的で何の含みもないように見えておきながら、実際にはかなり含みのあるストーリーテリングになっているんだと思うんですよね。
それが日本語史だったらまた話は別なんですけれども、母語なんで、そうでなくて、例えば私の場合は英語史という英語、母語でも何でもない言語については客観的に見られるはずだという思いで、客観的、時に批判的、クリティカルに英語史を見るということをしています。
ですので、もちろん教科書とか伝統的な記述っていうのは、そこからスタートということなんですけども、それで勉強することが多いと思うんですが、一旦それに慣れてしまうと、飲み込まれてしまうと、それに慣れてしまうところがあるんですが、そこにはやはり何か意図的なものがあったりするので、あくまで第三者の立場から客観的に、
そして与えられているものに対しては批判的、批評的に見ていきたいなというふうに私は常に思っています。
今、一般に流通している英語史って、やっぱり英語のサクセストーリーということで、やっぱりうまくできてるんですね。なかなかこれよく練られているので、簡単に覆すことはできないっていうぐらいよく練られていますので、そこの今日をつくと言いますかね、それが割と面白いかなと思って、この分野研究してるっていうところも何割かぐらいあるかなと思って、今日のお話をしました。
あのきっかけとしては、カミンさんにいただいたフランス語史の解釈の話ですね、方言であるとか、非標準語はどうなってるんだとか、多様性っていう問題ですね、方言の多様性、そこからスタートした話題でした。ありがとうございました。
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