それでは早速その生放送の様子を次のチャプターにします。本日もよろしくお願いいたします。
こんにちは、ホッタリュウイチです。今日はですね、英語に関する素朴な疑問、千本の句ということで、第2弾なんですけれども、熊本学園大学の宿見ひょうし先生と私、ホッタでお届けします。
前回は9月21日に行いまして、第1弾ですね。翌22日のVoiceのアーカイブに上げたということなんですが、大変ご好評いただきまして、第2弾を実施するという運びになりました。よろしくお願いいたします。
それでは宿見先生、まずご紹介ということなんですが、今、Zoomでつないでいるという形なんですが、こんにちは。
こんにちは、ホッタ先生お招きいただきありがとうございます。熊本学園大学の宿見ひょうしと申します。
私の専門はですね、ホッタ先生と同じ英語史ということになるんですが、特に私は初期近代の時期ですね、例えばシェイクスピアのあたりの時代の英語が専門で研究しております。
さらに言うと、社会言語学ですね。社会との結びつきから言葉の変化などを捉えていくということをしておりまして、歴史社会言語学という分野を自分ではやっているということになっております。
今回宣伝をということでしたので、私はホームページをやっておりまして、そこで研究や教育に関することを載せていたりとかですね、ホッタ先生のものに比べるべくもない規模でなんですけれども、ブログを少し始めようとしていたり、
あとはYouTubeのチャンネルがありまして、そこで動画を対外的に、もしくはオンライン授業のために内部の人に向けて動画を載せていたりということをしております。本日はよろしくお願いいたします。
はい、ブログであるとかYouTubeなんかもですね、後ほどですがリンクを貼らせていただきたいと思いますが、非常に活躍されていまして、今日もほとんどアドリブというか打ち合わせもないままにお付き合いいただくということでお忙しい中ですが、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
はい、そして司会なんですけれども、前回に引き続き、前回の司会ぶりが素晴らしかったということで、こちらもほぼほぼからご好評いただいているということで、ケルフの会長も務めています、マサニア。
どうもこんにちは、マサニアです。よろしくお願いします。
司会はこの間初めてやっていただいて、実は非常に専門職なんですよね。
いやいやいや。
専門職なんですよ。寄せていただいた質問ということで、これどれくらい?
前回は50近かったんですけど、今回は120を超えてます。
すごいですね。
もう来すぎて来すぎて。そんなにこれは期待されているのは。
これはじゃあこの中からまさにゃんチョイスでいくつか選んでもらいながら、時間の許す限り1時間、最大1時間ということでリズムよくいければと思うんですが、まさにゃん自身もいろいろと活動を英語誌に関連して。
僕自身も研究活動をしながら、同時にYouTubeでの発信もしてまして、YouTubeのまさにゃんチャンネルというところでシリーズ企画の毎日小英語という、小英語をゼロから学ぼうと。
小英語まだ学んだことがない人でも順にナンバー1からナンバー2見ていただいて、小英語がわかると。
そういうゼロから学ぶ毎日小英語というのをやっております。
これ順に見ていただければ、中間テストなんかも準備してましたので。
小英語模式みたいな感じで、そんな企画も楽しみながら学べたらなと思って、そういった活動をやっています。
よければ見ていただければと思います。
こちらも後ほどですけれども、リンクを貼っておきたいと思います。
それから、私のブログヘログでも、最近まさにゃんタグを新設したんですよ、カテゴリー。
驚きました。
ヘログで検索するときに、キーワードを入れたらタグがあるわけですけど、そのタグの中にまさにゃんという謎のタグがあったのに驚きました。
ありがとうございます。
今回のこの1000本ノックの生放送も、KELF、KOエゴシフォーラムの主催という形で、
第1回が実はKELFの合宿と言いますかね、ゼミ合宿ではあるんですが、そこでやったという流れで、
このKELF主催で今日も開いておりまして、その会長でもあるということですね。
いろいろと、前回第1弾も本当にリスナーの皆さんから好評いただきまして、
とりわけまさにゃんのお父様にも好評をいただいております。
知事も楽しんでいるようで、先ほどツイッターで生放送開始しますと言ったら早速いいねがついておりました。
ありがとうございます。
そんなことでですね、質問も本当に多数寄せられてきまして、ありがとうございます。
リスナーの皆さんも数週間ぐらい前から呼びかけていたんですが、
これほど集まるとは思っていなかったんですが、その分ですね、面白い質問がいろいろ、
我々もまたたじたじになるのではないかと思いますけれども。
生放送ということは、生放送中も質問を受け付けているということで、
ボイスもアプリからにはなりますけどね。
アプリをダウンロードしていただければ、生放送で質問も募集しています。
はい、ぜひご投稿ください。
さあ、それではいきますか。
早速1問目いきます。
1問目です。
比較級最上級でER、ESTが付く語とMORE、THE MOSTを前に付ける語がありますが、
これはなぜなのでしょうか。
なるほど、これは現代英語で確かにね、必ず文法で勉強するということかと思いますが、
これ、矢泊先生。
はい、なぜなのかということですけれども、やはり言いやすさというものが一番重要な要素かなとは思います。
MORE、もしくはTHE MOSTを付ける場合っていうのは、多音節の語に多いということですので、
例えばBEAUTIFULなんかっていうのは、BEAUTIFULERっていうのは少し一単語として長くなりすぎてしまうというところがありますので、
他で別の前に付けるという形の方が言いやすいと。
一方で、短い単語であれば、CLEARERとかですね、そういった形で一つの言葉で言ってしまう方がむしろ言いやすいというようなところがあると思います。
あと歴史的に言うと、このERを付けるか、前にこの無限的って言うんですけれどもMOREとか、語尾を付けるんじゃなくて前に単語を付けるっていう形で比較級最上級を作るっていうのは、
結構揺れがあってですね、今でも両方付けるパターンっていうのもありますし、両方許容されているパターンもありますし、
過去には二重比較級といってMORE BEAUTIFUL、MORE CLEARERみたいなものが、例えばシェイクスピアで出てきたりっていう、そういう時期もあったんですね。
そうですね、なんかいろいろ歴史を見るとバリエーションがあったっていうのが面白いですよね。
小英語まで遡ると基本的にはER、ESTのタイプしかなかったものが、中英語期以降にゆっくりと、おそらくラテン語あるいはフランス語からの影響というふうに言われることが多いんですが、
MORE、MOSTみたいな無限的な両方がどんどん勢力を伸ばしてきたんだけれども、今はどっちつかず両方が共存しているっていうような状況ですかね。
バリエーションは今でもあれに続いていると言えると思うんですけどね。
では次の質問です。
英語には未来時世がないと聞いたことがありますが、これはどういうことですか。
未来時世ですね。
これは今どうやって習ってるんですかね。
WILLとかBE GOING TOで未来のことを表す表現というのはあるってことになってますよね。
未来表現とか言うことが多いんですかね。
ただやっぱ中高で教える際には未来系といって、未来系WILL、BE GOING TOって教える先生も多くいるような印象も受けますね。
そうですね。
時世っていうとまた言語学的な観点では、表現とか系っていうのとまた違って、
これは立場によって未来時世っていうのは認める立場と認めない立場っていうのもあると思うんですけどね。
要するに一単語の屈折か活用ですかね。
活用で未来系というものは英語では存在しないわけですよね。
過去形はEDをつけるとかいうことなんですが、その意味では形態的という言い方なんですが、
合変化させて何か未来を作るっていうことは英語ではできない。
WILLみたいなものを持ってきて統合的にっていうことなんです。
統合的に未来表現を作ることはできるっていう。
このあたりをどう見るかによって未来時世ありますよという考え方と、厳密にはないっていうような言い方あると思うんですけどね。
この辺どうですかね。
そうですね。やっぱり何とか時世って言っちゃうと言語学の中では厳密にはこの単語自体の形を変えてですね。
例えばフランス語とかであれば、単語の語尾に特定のEDみたいな語尾を加えることで未来を表すことができたりしますけれども、
英語ではそれがないということで、未来時世と呼んでしまっていいものかっていう、教育の現場でもそうだと思うんですけども、
そういうところから未来を表す表現っていうふうに、
例えば文法の参考書とかにも書いてあると思うんですけど、
例えばそのwillとかbe going toですね。
なのでちょっと定義の問題というか、厳密にはそう呼べないんじゃないかっていうのが一般的にあると思います。
そうですね。
will、be going toを例えば未来時世みたいに考えるとしても、歴史的には割と出てきたのが新しいんですよね。
その意味で英語史的には英語の長い間基本的には未来の表現というか特別な表現というのはなかったと言ってもいい感じなので、
そんな歴史の流れを組むとやっぱり未来時世ってずばり昔から今まであったということは言えないわけですけどね。
その辺との絡みでね、現代をどう見るかという話なのかなと思っています。
これは今の現在形の普段何を読んでるんですか?というのじゃなくて、
今何を読んでるんですか?っていう進行形が実は意図されているというところで、
まだこの進行形が完全に定着していない発達の過程だっていうのも例としてよく出される部分なんですけれども、
進行形自体もまだその時は定着していないような感じだったので、
英語の中の歴史を通して、例えば今みたいな完了進行形というのも発達してきたということが言えると思います。
かなり複雑化してきたっていうのは言えると思いますよね。
ではシェイクスピアの話題もありました。そんなシェイクスピアにまつわる質問です。
はじめまして。30数年ぶりに英語の学習を再スタートしたアラカンです。
前々から疑問に思っていたことなのですが、英語で性別を区別する話し方はあるのだろうかということです。
シェイクスピアの時代は少年が女性を舞台で演じていたと聞いたことがあります。
言葉遣いを聞いただけで、話者が男か女か分かる、そのような表現はあるのでしょうか。
はい。ジェンダーの話題となりますね。
なるほど。言葉遣いだけでですね。
これは特定の語法であるとか、特定の語文法事項、何でもいいんですけれども、男女で見てみると明確な差があるとか、そういうことは個々にはありますかね。
この辺りは、これは助っ人を呼びたいなと思っているんですけれども、助っ人がですね、たまたまこの場に強力な助っ人が一人、
専門家がおりまして、専修大学の菊地翔太先生がこの場に祝わせていただきまして、このシェイクスピアあたりの話題についてお詳しいということで、
この問題にズバリということかは分からないんですが、一言、一言でも二言でも。
すみません。専修大学の菊地翔太と申します。
この質問にどのように答えるか。
ヤドミさんにもちょっと助けていただきながら、何か一言、二言言えたらと思うんですけども、歴史社会言語学の研究で、三単元のSの形態、伝統的なTHの形態が廃れて、Sが普及していくという変化があったと思うんですけど、
それって確か女性が先導したという結果ありませんでしたっけ。
そうですね。私がメインの一つで行っているのが、この三人称単数形のゴミがTHからSに変わっていったという流れがあるんですけれども、
それで言うと、一つは女性が最初、この新しい形を多く使って、それで男性の方がそれについてきたというか、そういう流れがあったというふうにはありますよね。
同時に喋って、例えばセリフとか単語だけレベルで、これは男女だっていうのって、ちょっと私は思いつかなかったんですね。
ヤドミさん、ちょっと記憶が確かかどうかちょっと怪しいんですけども、
生計大学の田辺晴美先生が、シェイプスピアのロミオとジュリエットを取り上げて、三単元ゴミの男女差というのを研究されていて、
それで女性のキャラクターの方がSの方を多く、高い割合で使っているという結果を報告されていて、当時のその社会を反映したようなパターンになっているんじゃないかということを指摘されていましたので、
もしかしたら、シェイプスピアのような偉大な劇作家であれば、当時の文法の男女差なんかも見て、それを登場人物のセリフの特徴付けに活用していたという可能性があるのかなというふうに思いました。
今、一つの事例なんですけども。
おだしょー 面白いですよね。
特定の社会集団という言い方をあえてすれば、ジェンダーも男集団、女集団とか、あとは階級によっても上の集団、下の集団とか、あるいは当時のイギリス英語とアメリカ英語。
17世紀くらいだと、この差なんかもS化をどういうふうに誰がリードしているかみたいな研究がいろいろあったかと思いますので、ジェンダーのみならず、いろんなカテゴリーでの社会集団との複合的なパラメーターで動いているということのほうが大体多いのかなという気がします。
そうですね。この単語が来たら絶対にっていうところではなくてですね、もっと複雑に絡み合っているというのが絶対かなとは思いますね。
これはかなり専門的な話になってきちゃいますね。
これは別枠でやったほうがいいかもしれないですね。
思いがけず専門的な話になってしまいました。
専門家がいらっしゃったのでそういうことになったということですね。ありがとうございました。次いきますか。
フィッシュやシープといった単語はなぜ単服同型なのですか?
はい、これは私の専門に近いので一言、そうですね。
これフィッシュとシープの例が今挙げられましたが、2つまた別の理由なんですよ。
シープから言いますとこっちの方が簡単なんで、シープは複数形のシープということになっているんですが、これは古英語からそうなんですね。
昔からそうで、中性名詞っていうニューターですかね。
英語にも昔、文法的な性っていうのがありまして、中性名詞は典型的に複数形で語尾を取らない。
あるいは本当は何かあったんだけれども消えてしまったというパターンが多いんですね。
それで結果的に単数形と同じ形になってしまったというその名残です。
他にももっと中性名詞ってたくさんあって、シープと同じタイプももっとあったんですけれども、歴史の過程でSをつけるっていういわゆる規則的な複数形にどんどん乗り換えていったんで、
シープがある意味乗り換え損なったと言いますかね、今の今まで残ってしまったという感じです。
フィッシュは実は男性名詞なので、今のシープの話の流れには本来は乗らないんですね。
今でも種類を表すときにはフィッシーズと、例えばアジとサンマとあったらこれトゥーフィッシーズっていう言い方ですよね。
はあるので、本来的なSの使い方で複数形を作るっていうのもあったんですが、こういう群れをなす系の動物でたまに起こるんですけど、シープも結局そうですけどね。
群れをなす、普通1匹とか1匹っていうのかな、考えないフィッシュみたいな群れをなす動物の場合には単複動形が使われるっていう傾向も一方で中英語キーコー現れてきたっていうそんな流れがありますね。
ただまあ今から見るとやっぱりその2つですかね、この辺りっていうのは他に何ですかね。
ディアとかもそうですかね。取り残された例外的なものが残ってしまっているので、少数派ではありますけどね、そんな流れです。
私、複数形の専門ということをやっているので、まさに今の質問、答えさせていただきました。
では続いて同じく複数形に関する質問です。
アンテナの複数形にはそのSをつけたアンテナ以外に、そのアンテナにAというスペル的にはAEという発音になりますが、この2種類があります。
この校舎のような複数形の起源はどのようなものなのでしょうか。
じゃあこれも一言私ので、これは語源的にはラテン語なんだと思うんですけれども、おそらく近代以降に入ってきたというもので、
今でこそアンテナって日常用語の一部みたいに考えられますが、本来はかなり程度の高いっていう言いますか、専門用語で、
例えば触覚なんか今もありますよね、動物の触覚みたいな、ある意味動物学用語みたいなので、ラテン語という高級な言語から借りてくることが多いんですが、
そうした専門用語っていうのは、ラテン語からの専門用語は、ラテン語での複数形の作り方っていうのはあって、これがアンテナに対してアンテナAなんですが、
英語もそのまま借りてくると、複数形も含めてその専門性みたいなのが感じられるからだと思うんですけどね。
ラテン語の複数形の形で借りてくるっていうことが起こって、アンテナAと。
ただ馴染んでくると、さすがの英語も英語化してるんでね、英単語ということなので、普通にSつけておこうよという発想も出てくるので、
アンテナAというような使い方も出てきて、最終的にはこの規則的なSの方にだいたい寄っていくことが多いと思うんですけれどもね。
今、共存状態にまだあるっていうような、そういうふうに捉えてもらえればと思います。
では次の質問です。英単語を勉強していると、多義語というので、一つの英単語でありながら複数の意味を持つものというのを勉強したきっかけで、
多義語を勉強した記憶があります。こうした複数の意味を持つ語を誤解することなくネイティブは理解できているのはどうしたと思いますか?
はい、私が考えるところでは、多義語っていうふうにあるんですけれども、その多くっていうのはやはりもともとのコアミーニングがあって、そこから派生していったっていうところだと思うんですね。
例えば、動詞で言えばtakeとかgetとかありますけれども、同じような頭の中で行動のニュアンスがあって、そこから意味を派生させてできているっていうところがあると思います。
堀田先生の教科書にも載っているように、例えばcraneという名詞ですね。あれは確か名詞で鶴だったと思うんですけれども、そこから工事現場にあるものを運ぶために、クレーンのように、クレーンですね、日本語でクレーンと呼ぶものを意味する。
でも、やっぱりここでは鶴がこういう鳥が餌を食べるときに、クレーンみたいな動きをするっていうところと機械の動きっていうところが関連させられている。
どうしてもこの多義語といっても、その多くはもともとのニュアンスから派生していると思いますので、そういう意味で大きく違った意味だって認識してるわけじゃなくて、もっとイメージ的に言葉を理解してるんじゃないかなっていうふうに思います。
なるほど。クレーンの話だと、私は温泉好き、銭湯好きなんですが、皆さんカランってありますよね。
知ってます?蛇口?あれカランって言いますけど、あれオランダ語で、英語のクレーンが生まれたオランダ語なんですよね。
やっぱ蛇口の形ですかね。カランもそうなんですよ。
ただ、この辺絶対知らないと繋がらないですよね。多義語。
多義語は日本語でもやっぱり無数にありまして、文脈によっても区別できるっていうことがほとんどですよね。
例えば、本当に作ったような状況でなければ、どの意味で使われてるのかわからないっていうことは実はそんなに多くないっていうか、現実ではですね。
I'll give you a ringっていう例がありますけど、これ指輪をあげるよというのか、あるいはただ電話するようなのかだいぶ意味が違って、これが間違えられる現実的なシチュエーションって普通ないだろうなっていう感じはしたりするんですよね。
漫才のコントみたいな。
作らないと作らないとできないっていうシャレみたいなもんですけどね。感じますね。
では次の質問です。現代英語では伝わってしまったZAUですが、近代英語記になってもこのZAUというのが用いられていたのはなぜでしょうかという質問です。
これは近代の専門家ということで。
私がお答えしてですね。近代でも、すいません質問ですけど、近代でも残っていたのはなぜかという質問ですか。
そうですね。はい。
今質問にあった通りですね。英語には昔ZAUという言い方がありました。
これは二人称ですね。あなたという意味で使われていたんですが、今では英語ではYouのみですけれども、これが昔は単数に対するあなたと複数に対するあなたを使い分けてたんですね。
もともとYouというのは複数のあなたという意味で、実は単数に対してはDAUを基本的には使っていました。
ですが、これが近代英語の頃にですね、DAUは使われなくなっていくという流れがあって、単数であってもYouを使うという流れが発生したんですね。
近代英語でもまだ残っていたのはなぜですかという質問ですけれども、おそらくこの質問が一部としているところは、
DAUというものが今ではほぼなくなっているんですけれども、なぜスッとなくならずに少しは使われるよという状況が結構英語では長く続いていて、
これがなぜかという質問だと捉えてお答えするんですが、やはりDAUというものは便利だったんですね。
例えば今でもフランス語やドイツ語でもこの単数と複数のYouにあたるものがあって、
特にこの単数の場合というのは親近感を表したいときに使うことができるし、英語でもできたわけですね。
なので同じ相手だとしても、DAUを使うときとYouを使うときというのはイメージが違うわけです。
ですので例えばまたシェイクスペアの話に移りますけれども、ロミオとジュリアットが初めて会うときは、ジュリアットはロミオのことをYouと呼びます。
しかしバルコニーシーンでロミオが恋しくて、オーロミオというときはこれ、Why are thou RomeoというふうにDAUを呼びするわけですね。
なのでここで親近感というものをですね、さらに詰めたということが表現できるわけですね。
今は劇機の例ですけれども、実際の生活でもそのような使われ方、相手の親近感によって呼び方を変えるということができたわけですね。
なので有用であったために初期賃財においてですね、かなりの期間が残ったということが言えるんじゃないかなと思います。
では次の質問です。
これは付け加えることとして、後ろの方にいらっしゃいました菊池先生に改めて。
DAUはなぜ近代にもまだ残っていたのかという質問だったと思うんですが、現代でも実はまだ使われているという地域があるみたいで、
その上で各地域の英語なり特徴なりがですね、よりそういうのってあるよねっていう形で受け入れられていくっていう流れはあると思うんですが、
これは完全に未来のことなので、私の予想ですけれども、イントリッシュっていう言葉自体は残るんじゃないかなというふうに思います。
はい、これについていかがですかね、菊池先生は。
この問題を理解するために重要なキーワードは遠心力と求心力じゃないでしょうか。
はい、私もよく使ってるんですけど。
本当に何が方言で何が言語なのかって、今泉先生がおっしゃったような点なんですけど、
これも本当に予想なので、我々もう歴史屋さんなので予想はできないんですよね。
歴史の教訓をもとに予想できるのかっていうと、私はあんまりできないっていうふうに考える立場なので、
予想はあくまで予想ということでしかないので、かなり皆さん関心はあるし、私だって個人的には関心のある問題ではあるんですが、
何かそれを英語史の観点から言えるかっていうと結構難しいかなと思ってるんですよね。
ただ、個人的にはいろいろ考えはあります。
温めているっていう感じなので、お話しするような時もあるかもしれませんが、今ちょっと考えている最中っていう感じですね。
先生のおっしゃる通り、私も英語語学的知見から意見したわけではなくて、
本当に単純に聞かれたら私はこう思うかなっていう、本当に予想なだけでそういう知見ではないかと。
もう一度言っておきます。
それは多分同じような立ち位置だと思います。すみませんが、はきれいが悪いかもしれません。
英語の未来の話もありましたけれども、次の質問ですが、
ここ数十年における英語の特に大きな変化と言われたらどういった変化なのかという質問になります。
これいい質問ですね。これ何かありますかね。
例えばよく言われていて、そうかなと思うのは、
助動詞の頻度が少なくなってきているということが言われていると思うんですね。
ここ50年くらいですかね。
例えばコーパスですね、オンライン上でデータを調べてみると、
明らかに特にマストなんかが顕著なんですけれども、明らかに頻度が下がっているというのがあると思います。
他の助動詞なんかも割と下がっているものが多いですので、
助動詞の頻度全体が下がりつつあるというところは、私が気になっているところでもありますね。
交互化というのも進んでいるとよく言われていると思いまして、
書き言葉に話し言葉的な特徴がどんどん取り入れられるようになっています。
例えば学術論文では縮約形なんていうものは昔はほとんど使わなかったと思うんですが、
今はたまに見ることはあります。見る機会が増えていると思うんですけど、
交互化というのもキーワードかなと思います。
外的な英語の立ち位置ということで言うと、
先ほどのワールドイングリッシーズみたいな問題がそもそも英語自体が変わっているというか、
英語の内部の文法とか単語とかいう話ではなく、
英語の社会的位置づけが変わっているっていうのなんかは、
本当にこの50年と言っても、100年ですけどね、この数十年と言ってもいいと思いますし、
あとはポリティカルコレクトネスによる言葉遣いとか、
確かに1点面白いところを挙げてと言われたら、これを挙げるかなっていうのが、
短縮、特にアクロニムっていうものですかね、
頭文字を集めて、長い単語を一つにするとか、
ネイトとか、何でもいいですけど、AIDSだってそうですし、EUだってそうですよね。